2020年01月20日

【目からウロコが落ちる奇跡の経済教室  基礎知識編】中野 剛志 読書日記1113



《目次》
第1部 経済の基礎知識をマスターしよう
 第1章 日本経済が成長しなくなった単純な理由
 第2章 デフレの中心で、インフレ対策を叫ぶ
 第3章 経済政策をビジネス・センスで語るな
 第4章 仮想通貨とは、何なのか
 第5章 お金について正しく理解する
 第6章 金融と財政をめぐる勘違い
 第7章 税金は、何のためにある?
 第8章 日本の財政委破綻シナリオ
 第9章 日本の財政再建シナリオ
第2部 経済学者たちはなぜ間違うのか?
 第10章 オオカミ少年を自称する経済学者
 第11章 自分の理論を自分で否定した経済学者
 第12章 変節を繰り返す経済学者
 第13章 間違いを直せない経済学者
 第14章 よく分からない理由で、消費増税を叫ぶ経済学者
 第15章 主流派経済学は、宗教である

「目からウロコが落ちる」という使い古された表現がされているが、まさにその通りのちょっと変わった経済書である。何が目からウロコなのかと言えば、現在低迷する日本経済に対する処方箋においてである。まず、現在の日本経済は、「デフレ」に苦しんでいる。アベノミクスがそこからの脱却を目指している通りである。そしてこのデフレとは、「需要不足/供給過剰」の状況を指す。日本が成長しなくなった最大の原因がこのデフレだとする。

 デフレで不況下にあると、個人も企業も消費や投資を控えて貯蓄に励む。これ自体、正しい行動ではあるが、この結果が国家に及ぼす影響は経済の停滞となる。「合成の誤謬」と呼ばれる現象で、ミクロの視点では正しくてもマクロの世界では反対の結果をもたらしてしまう。これを正すのは政府の役割であり、デフレ対策として必要なのは、「財政拡大」、「大きな政府」、「減税」であるとする。つまり、これまで政府がやってきていることはデフレ対策ではない。

 「金融緩和」、「生産性の向上」は「供給過剰」を招いてしまうとする。平成不況の原因は、構造改革を始めとして本来インフレ対策であることをやってきたからだとする。無駄な公共投資すら必要なのだと著者は主張する。にわかには信じがたいことである。GDPの240%を超える国家債務を前にして「減税」を説くなんて、と思わなくもない。どうやって返すのだと思うが、著者は永久に借り換えればいいと断じる。

 国家は通貨発行権を持っているから債務など関係ないのだという主張は、無謀に思えてならない。ただ、貨幣とは負債であり、政府の赤字は民間の貯蓄を増やすと著者は明確に主張する。多額の債務も、アルゼンチンなどは外貨建て債務であったから破綻したのであって、国内であれば、通貨を発行すればいいのだとする。そんなことをすれば通貨が溢れてハイパーインフレになりそうなものだというが、それでこそインフレになるのであり、その手前でやめればいいのだとする。なるほど、それも一理である。

 税金とは物価調整の手段であって財源確保の手段ではないと税金の性格を論じる。「国内民間部門の収支+国内政府部門の収支+海外部門の収支=0」というマクロ経済の構造があり、国内政府部門が黒字になればその他の部門が黒字になる。となれば政府部門は赤字で良いという説明も目からウロコである。自由貿易も経済成長を阻害するもので、アメリカを見ても保護主義を続けた結果、経済成長を実現したと論じる。

 従来、常識とされていた理論を信じていると、「本当か」と思うが、著者の説明を読む限り否定するのは(少なくとも素人には)難しい。現実を見ればその通りと言えなくもない。「生産性の向上は不要」なんて聞いたら、デービッド・アトキンソンさんはなんて言うだろうかと思ってもみる。素人の立場で著者の意見を否定することはできない。であれば1つの意見として頭にとどめておきたい。いろいろな意見を聞き、その中から自分なりの意見を形成させていきたいと思う。

 「経済教室」と言う謳い文句に偽りはない。続編もあるようだから、合わせて読んでみたいと思う一冊である・・・






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2020年01月15日

【邂逅の森】熊谷達也 読書日記1112



第1章 寒マタギ
第2章 穴グマ猟
第3章 春山猟
第4章 友子同盟
第5章 渡り鉱夫
第6章 大雪崩
第7章 余所者
第8章 頭領
第9章 帰郷
第10章 山の神

 本書は、平成16年度、第131回直木賞受賞作品。直木賞というだけでは別に読もうとも思わないし、マタギが主人公の話と聞くとなんとなく敬遠したくなる。しかし、「直木賞、山本周五郎賞を史上初めてダブル受賞した作品」と聞くと、なんとなくこれは読まないといけないと思わされるものがある。そうして読むことによって「読まず嫌い」がなくなるとも思う。そういう経緯から手にした一冊。

 物語は、大正三年の冬の山形県の山中から始まる。主人公の松橋富治は、数えで25歳の若者。鈴木善次郎が頭領を務める狩猟組、善之助組に身を置くマタギである。マタギのことはよく知らない。単独で獲物を追うイメージであったが、ここでは善之助組がチームで猟をする様子が描かれる。獲物はアオシシと呼ばれるニホンカモシカ。声をあげて追い立てる役目と、追われてきた獲物を仕留める役目。それぞれ頭領の下、団結しての狩猟の様子はそれだけで興味深い。

 初マタギの富治は、先輩マタギによる手荒い儀式を経て、経験を積んでいく。仕留めた獲物を解体して売る。貧しい村のそれが貴重な収入源。夏は小作農、冬はマタギ。獲れる獲物はなんでも取る。その獲物は熊にも及び、特にその胆(い)=胆嚢が高く売れる。マタギにもルールがあり、山の神様の怒りを買わないようにいろいろな決まり事がある。小説も面白いが、そういうマタギの生活ぶりも興味深い。

 一方、里にはアメ流しと呼ばれる川漁がある。嫁探しの場とも言われていて、そこで富治は文枝という地主の娘に一目惚れする。夜這いの習慣がある地域。富治は友人の忠助の助けを借りて文枝に夜這いに行く。そしてこれがまんまと成功する。実は、文枝は周囲に夜這いの事を聞いていたが、地主の父親に遠慮してみんなが手をこまねいて見送る中、富治が無鉄砲にも夜這いをかけたのである。これが逆に声を掛けられなくて自信を喪失していた文枝の心を掴む。いつの時代も高嶺の花は勇気を持って取りに行くべきなのだろう。

 しかし、やがて文枝が妊娠したことから、父親である長兵衛の怒りを買う。富治は小作の家であり、富治は村を追われて鉱夫として鉱山へ送られる。好きなマタギの道を断たれた富治。しかし、富治の人生はここから様々に動いていく。断ち切れぬ山と狩猟への想い。様々な人との出会い。縁と縁とによって富治はやがてイクという女と所帯を持つことになる。これも普通の男ならちょっと腰が引けてしまうもの。

 そんな富治の人生を追う物語。背景には大正から昭和初期の貧しい時代がある。雪深い山中に獲物を追うマタギの様子は、それだけで興味深い。何よりチームで行動するマタギの狩猟の様子はこれまでイメージしていたものとはまるで違う。山の神を恐れ、山に入る前には女断ちする。まだ恐れを知る時代の良き日本人の姿がある。富治の波乱の人生を深く味わうも良し、マタギの風習に触れるも良し。かつてあった時代の息吹に心地良さを感じる。

 まるほど、タブル受賞も納得の一作である・・・


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2020年01月14日

【1兆ドルコーチ−シリコンバレーのレジェンド ビル・キャンベルの成功の教え−】エリック・シュミット/ジョナサン・ローゼンバーグ/アラン・イーグル 読書日記1111



原題:TRILLION DOLLAR COACH THE LEADERSHIP PLAYBOOK OF SILICON VALLY’S BILL CAMPBELL
《目次》
1 ビルならどうするか?―シリコンバレーを築いた「コーチ」の教え
2 マネジャーは肩書きがつくる。リーダーは人がつくる―「人がすべて」という原則
3 「信頼」の非凡な影響力―「心理的安全性」が潜在能力を引き出す
4 チーム・ファースト―チームを最適化すれば問題は解決する
5 パワー・オブ・ラブ―ビジネスに愛を持ち込め
6 ものさし―成功を測る尺度は何か?

 この本は、アメフトのコーチ出身でありながら、優秀なプロ経営者であり、スティーブ・ジョブズの師であり、グーグルの創業者たちをゼロから育て上げたというビル・キャンベルという人物を紹介したもの。残念ながらご本人は既にお亡くなりになっているそうだが、3人のライターが取材を通じて、そのコーチングを追ったものである。

 そのビル・キャンベルであるが、生前は毎週日曜日にスティーブ・ジョブズと散歩に行き、そこでいろいろと相談に乗っていたという。そんな関係になったのも、1985年にスティーブ・ジョブズがアップルから追放された時、それに抵抗した数少ない同社幹部の1人だったということにあるのかもしれない。そのあたりの経緯はとても興味があるが、この本では触れられていない。

 やっぱり元アメフトのコーチらしく、個人よりはチームを重視していたようである。それは、「企業の成功にとって重要な要素は、会社のためになることに個人としても集団としても全力で取り組むコミュニティとして機能するチーム」という考え方があったようである。そしてそのチームにおいては、まずマネジャーの役割が大事なようである。
 1. リーダーは部下がつくる
 2. 人がすべて
 3. マネジャーの最優先課題は、部下の幸せと成功
そんな考え方が紹介されるが、部下の立場ならそんなチームで働きたいだろう。

 マネジャーにとってコミュニケーションが大事で、それが会社の命運を握るとも言える。そのための最重要ツールは「1 on 1」を正しくやることだとする。これが、部下が実力を発揮し成長できるよう手助けできる最良の手段だという。この時、相手に神経を集中させ、じっくり耳を傾け、相手が言いそうなことを先回りして考えず、質問を通して問題の核心に迫ることが必要らしい。質問を通じたソクラテス方式の対話である。

 人はありのままの自分でいられる時、そして全人格をかけて仕事をするとき最も良い仕事ができるという。そのためにはチームとして「正しく勝利する」ことがすべてであるとする。正しく勝利するとは、「倫理的に正しく」という意味で、勝てば何をやってもいいということではない。このあたりは、スポーツであろうとビジネスであろうと、およそチームで何かを成し遂げようとする場合は必要なことだろうと思う。

 そんなチームにおいては、個人も求められるものがある。「知性」「勤勉」「誠実」そして「グリット」。チームファーストの姿勢が大事であり、物事がうまくいかない時には「誠意」「献身」「決断力」がリーダーには求められる。チームを良い状態に持っていけば、必ず問題をうまく解決することができる。人々が絆で結ばれる時、集団は強くなれる。まったくその通りでないかと思う。

 繰り返すようだが、スポーツもビジネスも「チームで成し遂げる」という点では同じである。元アメフトコーチであるビル・キャンベルが成功したのは、そういう意味で当然なのかも知れない。残念ながら本人は故人であり、直接その考えを知ることはできない。そういう意味では、本人の考えをもっと知りたかったと思う。それでも多くの人を取材して故人の成し遂げたことを再現したこの本でもそのエッセンスは感じ取れる。

 今、自分の所属している中小企業でも「チーム」の考え方は当てはまると思うし、それを重視したビル・キャンベルの考え方を是非とも実践していきたいと思う。どんな人だったのか。もっと早くにその考えに触れてみたかったと思う一冊である・・・

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2020年01月08日

【感動する!数学】桜井 進 読書日記1110



《目次》
第1章 数学とは「発見」だ!
第2章 数学とは「芸術」だ!
第3章 数学とは「ドラマ」だ!
第4章 数学とは「宇宙」だ!
第5章 数学とは「夢」だ!

 数学に魅せられて数学の世界に入り、塾講師などを仕事としている著者による、いわば数学雑学と言える一冊。もともと自分は文系人間であるが、なぜか数学は好きで(「できる」ではなく「好き」である)、今でも高校を卒業した娘に数学の教科書をもらって問題を解いているほどである。そんな自分だからこそ、興味を持って手にした次第である。

 数学はそれまでなかったものを「発明」するようなものではなく、もともと数学の世界に存在していた法則やルールのようなものを見つけ出す、つまり「発見」することだと言う。言われてみればその通り。そしてそんな数学の発見は、「ユニバーサル・アート」だと言う。自分以外の約数を足すと自分の数になる「友愛数」などは、よく見つけるなと思ってしまう。芸術と言いたくなるのもよくわかる。

 個人的には、以前より「黄金比」については不思議この上なく、これは芸術以上のものだと感じている。パルテノン神殿、ミロのヴィーナス、オウム貝が描く螺旋、ひまわりの種の配列などいろいろなところに見られる黄金比。1:1.618{(1+√5)/2}の比率になっているのは一体なぜなのだろうと思わざるを得ない。証明されるのに350年かかったフェルマーの最終定理は難しすぎるが、シンプルな黄金比に魅了される理由はよくわかる。

 雑学的に面白いと思ったのは、単純な確率問題。クラスに同じ誕生日の人がいる確率について、23人のクラスで50.7%、40人のクラスで89.1%、57人のクラスで99%と言われると、本当かと思ってしまう。しかし、3人の場合、その確率はP3=1-(365/365+364/364+363/365)=0.83%と計算して行くとそうなることを示されると愕然とする。こういう例は結構あるのだと思う。感覚に頼るのではなく、冷静に数字を計算してみる重要性と言えるだろう。

 また、数学は宇宙共通言語であるとか、地球より2メートル大きな天体の円周と地球の円周を比較すると、その差は6メートルちょっとしかないといった話は単純に面白い。そしてなんといってもπの話がまた不思議である。3.14・・・の数字は無限であり、その中に例えば個人の生年月日から電話番号、クレジットカードの番号などの数字がすべて入っているという話は、船井幸雄が晩年狂っていた聖書の謎なんて話よりずっと真実味がある。

 そのπであるが、無限であるのはいいとして、そうだとするとπから求められる円周は有限という事実と矛盾してしまう。これはどう解釈すればいいのだろうか。この本にははっきりとした答えは書かれていない。書かれていたとしても理解できるかどうかはわからないが、考えてみても面白い問題だと思う。

 数学といっても、物理学とはほとんど隣接していて、相対性理論や素粒子論の話も出てくる。そのあたりは文系理系は関係なく読める。内容は雑学としてみてもいいし、文系でも数学の奥深さが感じられる一冊である・・・




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2020年01月07日

【「開成×灘式」思春期男子を伸ばすコツ】柳沢 幸雄/和田 孫博 読書日記1109




《目次》
第1章 学校
第2章 勉強
第3章 人間関係
第4章 大学受験
第5章 家庭生活
第6章〈対談〉ギフト(天賦の才)を伸ばす教育とは?

 世の親の常であるように、私も子どもの教育には関心を持っていて、この手の本のタイトルを見れば一読してみようという気になるというもの。開成と灘という東西の名門高校の校長先生に25の質問をしてそれぞれについて回答してもらおうというもの。なかなか面白い試みであると思う。開成も灘も「戦前からの伝統校」「私立中高一貫男子校」「校風が自由」「東大に毎年多数の合格者を輩出」という共通点がある。両校の校風を知るという興味も持てる本である。

 東京大学に毎年多数の合格者を輩出していると言っても、何か特別のものがあるのでもないようである(謙遜なのか本当のところはわからない)。特にガリ勉ばかりというわけでもなく、開成は「自立と自律」を備えた大人へと育つ学校だとしている。灘はあえて放任主義をとっていて、制服もない。制服がないとなると、毎日何を着て行くか考えるのが面倒な気がする。しかし、服選びは子どもにさせるべしとする。全部親が用意すると、それは制服があるのと同じだとする。なるほどである。

 中高一貫校ってどうなのかと個人的には思う。受験という試練が自分にはいい経験だっただけに、疑問に思うところである。しかし、担任団が6年間持ち上がりで受け持つため、特定の担任と生徒が一対一の関係になりにくく、相性が悪くて苦労することがないとする。そのあたりは「そういうこともある」という程度だろうか。それでも高校入試が一応あって、「外の空気」が入る仕組みもあるらしい。

 流石に校長先生だけあって、教育について大いに頷かせられる考え方が随所にある。
 1. 成績が悪いからと部活をやめさせたところで、空いた時間を勉強に使うわけがない
 2. 社会にセクハラ、パワハラがあるように、学校にもいじめがあるという前提で考える
 3. 部活なしで中高の青春時代を何に使うのか
 4. 親の想像力の中で子どもの幸せを縛らず、自由に選ばせる
 5. 親の夢、親の意向もあるだろうけれど、親は結局、諦めざるを得ない
 6. 英語は情報交換の道具、大事なのは論理の構造
 7. 母親にとって保護者同伴時代からの卒業の時、手本を見せて生活力を養う
 8. 保護者は名脇役、時には斬られ役・敵役
 9. 精力善用・自他共栄

 携帯電話やパソコンなど新しい情報ツールとの付き合い方については、闇雲に否定するのではなく、付き合い方を教えるというところは面白い。あるネット中傷被害を受けた芸能人の手記を授業でテキストとして使うことをしたらしい。もっともいけないのは「制限する」ことだと思うので、この試みはさすがだと思わされる。我が家の子供たちに対する指導という点で参考にしたいと思う。

 開成でも東大よりハーバード大を志望したりする生徒が出てきているらしい。これからの時代、こういう考え方も出てくるのだろう。そういう動きに対応しながらもそれがすべてでないという柔軟性も大事なのだろう。2人の校長先生の回答を読みながら、我が子に対してどういう対応を取るべきか、いろいろと考えるヒントとさせていただいた。特に母親に対して、男の子から子離れするべしという意見には大いに賛同した。妻にも是非とも読ませたい一冊である・・・


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2019年12月26日

【アフリカの奇跡 世界に誇れる日本人ビジネスマンの物語 OUT OF AFRICA】佐藤芳之 読書日記1108



《目次》
はじめに 桁外れにスケールの大きな日本人
序章 風の吹き始める場所
第1章 アフリカへ
第2章 ケニア・ナッツ・カンパニー
第3章 アフリカってところは!
第4章 失敗から学ぶ
第5章 アフリカが教えてくれたこと
第6章 さらに先へ
第7章 新たなるチャレンジ
終章 アフリカから日本を想う、日本を憂う

日本人がアフリカに行ってビジネスをするというと『プータロー、アフリカで300億円、稼ぐ』を思い起こす。しかし、これはそれよりも歴史とスケールの面で大きく異なる。著者は単身アフリカに渡り、ケニア・ナッツ・カンパニーを創業、年商30億円でアフリカ有数の食品加工メーカーに成長し、世界のマカダミアナッツ業界でも第5位の規模になったという。そんな著者の自伝である。

 著者が生まれたのは、戦前の昭和14年の北朝鮮。その後帰国して宮城県志津川で育つ。当時は貧しい生活だったそうであるが、まわりもみんな貧しかったので気にならなかったという。アフリカも同様で、人々はみんな明るく暮らしているらしい。著者がアフリカに興味を持ったのは高校生の時。その夢を胸に抱き、大学は東京外国語大学を選択。ボート部に所属し、ごく普通の大学生活を送るも夢を貫き、ガーナ大学へ留学する。

 著者の性格なのかもしれないが、アフリカに行こうと思い立ったのは高校生の時。一度そう決めると、アフリカの本を読んだり、「アフリカ」と書いた紙を机の前に貼ったりしていたという。そんな思いが人との出会いを生み、ガーナ大使を紹介してもらいガーナ大学への留学の道が開ける。少しでもアフリカを身近に感じていたいとアフリカ協会に出入りして手伝いをしていたことが大きかったようである。「一念岩をも通す」という言葉が脳裏をよぎる。

 ガーナにいる時、著者はヨーロッパの教養人のレベルの高さに触れる。当時のアフリカ研究所の所長は夫人がノーベル賞をもらうような環境で、夕食後にクラッシックを聞き、家族で演奏をしたりして、著者は深く感銘を受ける。日本にいるとなかなかそういう刺激を受けることは少ないが、かの落合信彦も似たような話をしていたし、自分も意識してみたいと思ったりする。

 ケニアに移ったのは、東レの現地法人に勤務することがきっかけ。ここではケニア人の立場に立って仕事をする。そしてケニア・ナッツと出会い、その美味しさに惹かれて創業する。ビジョンを示すと、ケニア人たちの表情が変わる。そもそもアフリカに行ったのは儲けるためではないから、合理的な経営よりもみんなでハッピーになることをめざす。自ら「情の経営」と称しているが、会社内で行っていくことは欧米の合理的な経営とはまったく異なる。主な内容は下記の通り。

 1. 利益はすべて再投資と従業員還元に使う
 2. 株主への配当は創業以来未実施
 3. 従業員の医療費の85%を会社が負担
 4. 工場内に従業員が無料で利用できる医務室を作る
 5. 年金は保険会社と契約し、従業員と折半して積み立てる
 6. 従業員相互扶助組合を設立し、元本は会社が負担、それ以外はメンバーが積み立てし、教育ローンや住宅ローンを提供

 日本人的には当たり前のように感じるが、アフリカでは異例なのだと思う。現地では倫理観・道徳観の違いに苦労したそうである。「言葉は風」として、約束を破っても許される文化はやはり厳しい自然の中で培われたものなのだろう。「アウト・オブ・アフリカ」は商品名であるが、なんだか映画で観たようなタイトルだと思ったら、同じ映画に感動して取得したのだとか。「心配とは想像力の誤用」という言葉を気に入っているというが、その通りだと自分も思う。

 せっかくの会社なのに、著者はそれをタダ同然で現地の人に譲り、今は新しいビジネスを手がけているという。PPP「ポジティブ」「パワフル」「パッショネイト」の精神を大事にしているというが、真の意味で世界に飛躍している日本人と言える方である。「情の経営」については共感するところ大であり、大いに学びたいと思わされる一冊である・・・

 



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2019年12月24日

【町工場の全社員が残業ゼロで年収600万円以上もらえる理由】吉原 博 読書日記1107



《目次》
序章 吉原精工はなぜ生まれたのか
第1章 その昔、吉原精工は「ブラック企業」だった
第2章 3度の倒産危機を乗り越え「残業ゼロ」へ
第3章 年3回の10連休とボーナス手取り100万円
第4章 吉原流「経営改革とリストラ」
第5章 「自分が嫌なことは、社員にもさせない」吉原流経営
第6章 頭の中の99%を占めている「営業」の面白さ

 著者は、ワイヤーカット加工を専門とする株式会社吉原精工の会長。聞きなれないワイヤーカット加工とは、「電気を通した真鍮製のワイヤーで金属を精密に加工する方法」だそうである。著者は高校を卒業後、3つの会社に勤務し、ワイヤーカット加工と出会い、その後縁あって支援者がいて、1人で会社を創業したそうである。「残業ゼロで年収600万円以上」というのはすごいと思うが、その内容を明かしてくれるのが本書である。

 株式会社吉原精工は社員数7名ながら、タイトルにある通り「残業ゼロ」「年収600万円以上(ボーナス100万円支給)」「年3回の10連休」を実現しているという。ネットで紹介された途端、履歴書を送ってきた人が15人もいたというのもよくわかる(ただ、そういう就職希望者についてはあまり質は良くないように個人的には思う)。なぜ、そんな好条件なのか、そしてなぜそれで成り立っているのか。大いに興味のあるところである。

 もともと吉原精工も、バブル期には次々と仕事が舞い込み、残業の連続でブラック企業だったという。それを改めようと考えたのは、著者自身のサラリーマン時代の経験。残業自体には不満はなかったが、「あらかじめ決めてくれたらいいのに」と思っていたという。そこであらかじめ「22時まで残業」「19時まで残業」「定時に退勤」と週2日ずつ分けることにしたと言う。それが効果を生む。

 さらに事務の合理化を進める中、残業代の計算が面倒だからと固定給に切り替える。残業代を支給する代わりに概ねの金額を織り込む。社員からは不満が出ることもなく、さらに週休二日制を導入する。これで「工夫すればできる」という感覚をつかむ。この結果、仕事が効率化し、ミスも減ったという。社員の立場からすれば、残業してもしなくても給料が同じなら早く帰りたいと思うだろう。それが仕事の創意工夫を産むことは想像に難くない。

 社員が自ら工夫し始めると、「指示待ち」もどんどん減る。「クリエイティブな発想は会社のデスクだけで生まれるものではない」というのはその通りである。過去にはリストラ経験もあるらしいが、その基準は「自分から率先して仕事をするかどうか」。この考え方には深く同意する。総じて、著者は「試してダメならやめる」という考え方の持ち主で、工場の機械の稼働率を下げずに社員の労働時間を減らしていく。その中で生まれた夜間専門社員(週休3日)というのも面白い。

 社員の待遇以外にも、面白いと思う取り組みは、
 1. 名人・達人をなくし全社員をプロにする
 2. 事業は本業一本に絞り、生き残りをかける
 3. 返済が苦しい時は今借りているところに頼む
 4. 会議・朝礼なし
 5. お客様を差別しない
というところ。付け加えて社員に対する待遇面では、
 1. 社員がする仕事に対しては十分な報酬で返すこと、休日などの待遇を良くすること
 2. 定年なし
 3. 社員全員に「部長」の肩書
である。

 総じて感じるのは、実践を通じて得てきた考え方といったところであろうか。経営指南書に書いてあることではなく、自らの経験で得てきたこと。それゆえに感じるところが大である。自社ですでに実践していることもあるが、参考にしたいことも多々ある。「十分な報酬」はすぐには実践できないが、なるべく意識していきたいと思う。
 中小企業の経営者なら、一読の価値ある一冊である・・・
 



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2019年12月20日

【そして、バトンは渡された】瀬尾 まいこ 読書日記1106



 著者は、個人的にはあまり馴染みのない作家。作品を読むのもこれが初めてである。そういう新しい作家との出会いは、期待させてくれるものがある。
 
 主人公は女子高生の森宮優子。普通とちょっと変わっているのは、その家庭環境。父親と2人暮らしであるが、実はその父親とは血の繋がりはない。生まれた時は、水戸優子であったが、そのあと田中優子、泉ヶ原優子と三度苗字が変わっている。なぜ、そんなことになったのかと、冒頭から興味を惹かされる。その経緯が明らかになっていく過程が縦のストーリーとなっている。高校生の優子の生活と同時に、過去の優子の生活が描かれていく形で物語は進むのである。

 優子は、初めはもちろん血の繋がった両親の元に水戸優子として生を受けている。しかし、産みの母が早逝し、父は優子が小学校2年の時に再婚する。その女性は田中梨花と名乗り、優子は産みの母に対するこだわりもそれほど見せず梨花を受け入れる。梨花と優子はウマがあったのか、仲良く過ごすがやがて父がブラジルに転勤となる。この時、優子は梨花と一緒に日本に残ることを選択する。まだ小学校の4年生だったせいか、「友達と離れるのが嫌」というのがその理由。そして父はブラジルに単身赴任する。

 しかし、父とはやがて音信不通となり(理由はのちに明かされる)、梨花は「ピアノが欲しい」という優子の望みを叶えるため、優子が中学生の時、泉ヶ原茂雄と結婚する。合間に高校生の優子の日常が描かれる。それは友達同士の他愛ないやり取りだったり、血の繋がりのない父親(優子は「森宮さん」と呼ぶ)とのやり取りだったりする。優子がどういう経緯でこんなに苗字が変わり、そして血の繋がっていない人たちと親子関係になっていったのか。非常に興味を惹かされたまま物語は進む。

 優子の親が変わっていく経緯は、なるほどそんなこともありそうな感じがする。いわゆるたらい回しとはまったく違い、どの親も優子に愛情を持って接する。特に最後の親である森宮は、優子の食事を作ったりと献身的に面倒を見る。親子のやりとりもユーモラスである。高校生の優子の日常もごく普通の女子高生のそれ。特に波乱があるでもなく、物語は静かに進んでいく。この作家のこれが作風なのだろうかと思ってみたりする。

 変わっているのは、親が次々に変わっていった優子の身の上だけで、何があるというものでもない。ちょっと軽い感じの物語である。読み終えてみれば、タイトルの意味もよくわかる。なんとも言えないが、ユニークな作品である・・・




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2019年12月19日

【文芸オタクの私が教えるバズる文章教室】三宅香帆 読書日記1105



《目次》
CHAPTER1 バズるつかみ
CHAPTER2 バズる文体
CHAPTER3 バズる組み立て
CHAPTER4 バズる言葉選び

 つい先日、『読みたいことを、書けばいい。−人生が変わるシンプルな文章術−』という本を読んだばかりだが、ブログをやっているような書くことに対する意識のある人間としては、どうしても「文章術」系の本を手に取ってしまうものなのではないかという気がする。著者は、文筆家・書評家だとのことで、「バズる」という言葉自体が、ネット文筆家を表している。

 そんな著者が語る文章術であるが、各章それぞれ「つかみ」「文体」「組み立て」「言葉選び」と分けて、丁寧に解説してくれる。有名作家の文章を例にしているので、実例付きの理屈でありわかりやすい。そもそも「うまく書く」という視点でなく、「文章で楽しんでもらう」という目線を意識しているもので、素人にはわかりやすいことこの上ない。この本の目的も、
 1. 文章の終わりまで読もうかなと思ってもらう
 2. この人いいなと思ってもらう
 3. 広めたいなと思ってもらう
ということとしていて、気軽に入っていける。

 初めの「つかみ」では、まずしいたけの文章が紹介される(個人的には知らない作家だ)。「合宿ってポロリが多いんですよね」という文章を捉え、それが確かに「つかみ」としては面白いことはわかるが、問題はそれをどう応用するか。著者は文末で、
 1. 伝えたいことを一文にしてみる
 2. その中で一番伝えたい部分を伏せ字にする
 3. その伏せ字をいろいろ言い換える
 4. 一番インパクトのある言葉をチョイス
という具合に解説してくれる。これならなんか書けそうだと思えてくる。

 こんな具合にいろいろな作家の文章を例題にして説明がなされる。
「いい書き出しが見つからない時、ごく日常的な習慣から書き出す」
これはいつも引っ掛かるところであり、なるほどである。「文章とはリズム感」というのは納得であるが、具体的には「同じ語尾を3回繰り返す」とされると、これもストンと落ちてくる。

 「長い文章を二文、三文に切ってみる」「確信ではなく、推量・願望・確認に換える」「語尾をぶった切る(体言止め)」「漢字をひらがなで書く」などは、どれも参考になる。さらに、「漢字をひらがなで書く」のは、「強調したい時」「漢字と漢字が連続する時」「手書きはあまりしないような漢字」とくる。これも具体的でわかりやすい。「何があったのか」→「それについてどう感じたのか」→「どう感じたのかに出来事をくっつける」とくれば、なるほどすぐに応用ができそうに思えてくる。

 「気づいてもらうためには気づいてもらう努力が必要」という言葉はもっともである。「偉人の名言」を引用するも良し、「ひとりごとモード」から「突然問いかける」というのも良し。これだと確かに読んでいてギクッとする。「最後の一文を情景描写で締める」と余韻が残る。「メタファーで表現できる」ようになれば、個人的にはかなり満足感の高い文章になりそうな気がする。突き詰めていくと、自分でどんな文章を書きたいかというと、やっぱり「自分で満足できる文章」となる。他人に高評価されればそれも気分がいいと思うが、まずは自分だろう。そんな文章が書けそうな気がしてくる。

 書くことに興味を持っている人であれば、「バズるか否か」は別として、一読しておきたい一冊である・・・


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2019年12月13日

【「量子論」を楽しむ本 ミクロの世界から宇宙まで最先端物理学が図解でわかる!】佐藤勝彦 読書日記1104



《目次》
はじめに
序章 量子論の世界へようこそ――天才科学者二人と猫による「量子論超特急」
1章 量子の誕生――量子論前夜
2章 原子の中の世界へ――前期量子論
3章 見ようとすると見えない波――量子論の完成
4章 自然の本当の姿を求めて――量子論の本質に迫る
5章 枝分かれしていく世界――解釈問題を追う
6章 究極の理論へ向けて――量子論が切り開く世界

 もともと文系人間であると自負している自分ではあるが、どういうわけか数学と物理に対しては興味を失わずにきている。「わかるわからない」ではなく、「好き嫌い」で言えば間違いなく「好き」である。そんな「わからないけど好き」と言うべき物理の中でも、さらによくわからないのが「量子論」であるが、そんな「量子論」を少しでも理解したいと手にした一冊。
 
 そもそも「量子」とは、「小さな単位量」のこと。素粒子などのミクロの世界に適用される物理学の理論が「量子論」というわけである。この量理論と相対性理論が物理学の二本柱になっているらしい。そしてこの量子論を理解することは相対性理論よりも難しいというが、それはこの本を読むとよくわかる。量子論を代表する物理学者であるボーアは、アインシュタインと並び20世紀を代表する科学者と言われていると言う。

 内容を見ていくと、まず量子論はミクロの物質を「波」と考えるとする。まず光の正体をめぐる歴史が解かれ、光の正体は波か粒かが問われるが、この答えが「光は波でもあり粒でもある」とするもの。そして研究は原子の構造を探ることに及ぶ。原子は原子核の周りを電子が回っているとされるが、この電子も波と考えられる。つまり「電子の波が原子核の周囲を回っている」と言うものらしい。

 しかし、これが簡単ではない。なにせ見ようとしても見ることのできないミクロの世界の話。それはすべて実験結果から推測した「思考実験」に過ぎないわけである。その結果、従来の物理法則とはまったく違うルールに支配されているらしいというのがわかってくる。「見られる前の電子の波は広がっているが、観察したとたんにどこか一点に収縮する」なんて説明が出てくる。シュレーディンガーが波動力学を唱え、波動関数Ψ(プサイ)を発表するが、このΨはなんと電子を「発見できる確率」を表すものなのである。

 この波動関数の確率解釈に対しては、かのアインシュタインも「神はサイコロ遊びを好まない」という有名なセリフで反対する。アインシュタインも反対したと聞くと、やっぱり本当に難しい理論なのだと思う。この不確定性原理だけでもそうで、「相容れない2つの事物が互いに補いあって1つの事物や世界を形成している」という考え方は、やはり理解し難いものがある。その極め付きが、「シュレーディンガーの猫」の思考実験だろう。この実験によると、猫が「生きている状態」と「死んでいる状態」が同時に存在することになる。

 こういう「多世界解釈」は難しいが、それでも量子論によって成果も出ていて、その最大なものは下記の2つだとされる。
 1. 個体の電気的な性質の違いを理論的に説明(導体・絶縁体・半導体)
 2. 概念的または哲学的な意味での「無・ゼロ」は物理的にはありえないこと
量子論は、さまざまな現象を解き明かし、量子コンピューターや量子暗号などの話を聞くとなかなかすごいと思うが、この本では平易に説明されてはいるものの、それでも読んでもよくわからないというのが正直なところ。

 「量子論によってショックを受けない人は量子論をわかっていない人」というボーアの言葉に従えば、自分は間違いなくショックを受けていない。と言っても、「量子論を利用できる人はたくさんいるが、量子論を理解している人は1人もいない」とファインマンも言っているくらいなのだからそれも無理ないところなのだろう。それでもやっぱり量子論のかけらでも触れてみたいという人には、この本はいい入門書だと思う。

 理解できなくても、量子論とは何かと思っている文系人間には程よい一冊である・・・





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