2018年04月05日

【笑う奴ほどよく眠る −吉本興業社長・大崎洋物語−】常松 裕明



プロローグ 楽屋
第1章 難波大阪編
第2章 疾走編
第3章 疾風怒濤編
第4章 漂流編
第5章 死闘編
エピローグ それから

 サブタイトルに「吉本興業社長・大崎洋物語」とあるように、これは吉本興業社長である大崎洋氏の自伝的物語である。ただし、ご本人が執筆している訳ではないが、それはあまり重要なことではないだろう。

 物語は、主人公である大崎が吉本興業に入社し、新人研修で訪れたなんば花月の楽屋から始まる。「瞬間、圧倒された」と冒頭から語る大崎。そこにうごめく芸人の世界は、一般社会からいきなり入ればそれは圧倒されたのだと思う。雑然とした舞台裏で賭け事をしている人がいたり、女性芸人が着替えていたり。中でもベテラン芸人である中田カウスにピタリと借金取りが張り付いている様子が、個人的には印象的。一般人には窺い知れない世界である。

 大崎氏はバイトとサーフィンの大学時代を終えて吉本興業に入社。他に同期は2人いたが、扱いの上では一番下。それは配属にも現れていて、一番優秀な者が一番格上の花月である「なんば花月」に、そして次が「うめだ花月」、そして一番評価の低かった大崎が「京都花月」に配属される。こういう格差は、どこの企業でもあるかもしれない。ドラフト一位とビリの差である。そして大崎は、当時ミスター吉本と言われた個性の強い上司の下に配属される。

 いきなり、「一番できの悪いやつか」と言われ、タクシーの乗り方からタレントの呼び方まで教えられて行く。「挨拶以外社会人としての常識はダメ」と自認していた大崎は、基礎を叩き込まれて行く。酷い扱いとはいえ、大崎も遅刻常習者でかなりのチョンボもやっていたようであるから、まんざらただ扱いが酷かっただけでもないような気もする。

 まだ「コンプライアンス」も浸透していない時代。怖い人たちとも遭遇しながら、やがて漫才ブームも到来し、大崎は忙しく働きながら仕事を覚えて行く。上司に教えられた「マネージャーは付き人ではない。タレントにおんぶに抱っこではなく、対等の立場で一緒に仕事をするもの」と教えられる。この考え方は、マネージャーだけでなくても、いろいろな仕事に応用できる考え方だと思う。

 やがて西川のりお・上方よしおのマネージャーを務める。さんまや紳助、ザ・ぼんちなどのメジャータレントとも付き合い、このあたりは裏話として興味深い。せっかく東京で頭角を現したものの、大阪に戻されてやることがなくなる。基本的に大崎は同僚の仕事を取ろうという発想はなく、誰もやっていないことに目を向けて行く。こういうスタンスが、最終的に社長にまで上り詰めた要因なのだろう。これもいろいろな仕事に応用が効くと思う。

 そんな中で、無名だったダウンタウンを発掘する。それが成功すると今度は落ち目だった吉本新喜劇の立て直しを命じられる。理不尽とも思える異動はサラリーマンの常とはいえ、大崎は腐らない。ダウンタウンとも二人三脚の関係を築き、映画や本や歌は大崎が勧めたらしい。コンテンツビジネスへの進出や音楽ビジネスとのコラボも、「人のやらないこと」を求めて行った結果。「仕事を自ら創り出す」スタンスこそが社長にまで上り詰めた要因だろう。「言われたことだけしている」サラリーマンだったらこうはいかない。

 普通の人間が知りようもないテレビの向こう側の話であり、物語としてはただでさえ面白い。そこにサラリーマンとして働く者が意識したいエッセンスがそこかしこに散りばめられている。同期入社でビリ扱いだった大崎が社長になれたのは、この働くスタンスに他ならない。楽しみながら学びもあり、サラリーマンであれば読んで損のない一冊である・・・



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2018年03月31日

【黄色いバスの奇跡 十勝バスの再生物語】吉田理宏



第1章 父と子の決断
第2章 試練のはじまり
第3章 苦悩
第4章 先輩の土下座
第5章 学びの日々
第6章 雪解け
第7章 小さなチャレンジ
第8章 新たな出発

 この本を読みたいと思ったのは、サブタイトル「十勝バスの再生物語」に惹かれたからに他ならない。企業経営、とかく企業再生に関するものには基本的に興味がある。地方では路線バスや鉄道が苦戦している話が多く、そんな中での成功事例となれば特に心惹かれるというものである。

 主人公は十勝バスの社長である野村文吾。十勝バスの四代目の社長である。父は三代目の社長であり、既に業績が悪化していたためであろう、息子である文吾氏に跡を継げとは言わず、文吾氏は大学を卒業するとプリンスホテルに就職していた。物語形式のこの本は、そんな父が突然文吾氏を訪ね、「会社をたたむことになった」と告げるところから始まる。

 文吾氏はその場は話を聞くだけにとどめるも、やがて考えた末、家業でもある十勝バスの経営の跡を継ぐべく入社を決意する。時に1998年4月1日。そんな文吾氏に、父は「経営企画本部長」としての職務を与え、実印と金庫の鍵をも渡し、全ての経営を委ねる。個人的にはこの時、父親がどんな考えだったのかすごく興味がある。

 十勝バスは1969年に最大2,300万人の利用者を有し、ピークとなって以降利用者は文吾氏の就任時にはピーク時の40%にまで落ち込み、赤字を垂れ流し、その赤字を国や地方自治体からの補填金で何とか賄っている状態であった。そんな会社だから社内も停滞し、特に顧客目線は欠如し、「乗せてやっている」という雰囲気であったという。

 文吾氏は、そんな中で何とか経営を立て直そうと奮闘するが、変革を嫌うのは停滞した組織の常でもあり、社員は反発。「笛吹けど踊らず」の状態であったという。それゆえ文吾氏は若手経営者の集いで、愚痴ってばかりいたようである。ところがある日、仲間から逆に叱られる。従業員を敵として見ていてはうまくいかないと。その真剣な苦言に反省した文吾氏は、「従業員を愛する」と決めて、仕事に向かう。

 それからだんだんと社員の態度も変わっていったという。社員から提案が出てくるようになり、それまで「営業しろ」と笛を吹いても踊らなかったのに、社員の方から「営業するしかないですかね」と出てくるようになる。この営業は、社長が想定していた大規模なものではなく、一停留所周辺を対象にした小規模なもので、社長も不満だったが黙って飲み込み、とにかく始める。すると少しずつ乗客が増え、この「小さな成功」が社員のやる気を引き出す。

 こうして様々な全社を挙げての取り組みで、十勝バスは2011年に40年ぶりの運送収入増を果たす。絵に描いたような再生ドラマであり、その過程には企業再生のヒントがにじみ出ている。薄い本であるが、エッセンスの果汁はたっぷりである。物語としても感動的でもあり、経営のヒントも溢れている。現在、同社のホームページを見てみると、この本以降も様々な取り組みがなされていることがわかる。実に楽しそうなホームページである。

 企業再生に興味のある人には、一読の価値ある一冊である。


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2018年03月30日

【多動力 全産業の“タテの壁”が溶けたこの時代の必須スキル】堀江貴文



第1章 一つの仕事をコツコツとやる時代は終わった
第2章 バカ真面目の洗脳を解け
第3章 サルのようにハマり、鳩のように飽きよ
第4章 「自分の時間」を取り戻そう
第5章 自分の分身に働かせる裏技
第6章 世界最速仕事術
第7章 最強メンタルの育て方
第8章 人生に目的なんていらない

 ホリエモンの新刊をまた一冊。この方の考え方はちょっと普通と変わっている。良い悪いではなく、そういう変わった考え方に触れるのは自分自身にとっていい刺激になると考えて毎回手に取っている。今回はタイトルを「多動力」としているが、「多動力」とは「いくつもの異なることを同時にこなす力」だとする。ホリエモンが語るにはピッタリの力だと思う。

 この多動力だが、実は多動力のある人というものは、次から次へと興味が移ってしまい、全くもって落ち着きがないのだという。イーロン・マスクは着替えができない(着替えている途中でやりたいことが出てきてしまい着替えが続けられない)というエピソードを交え、それが説明される。これまでは間違いなく悪いこととされてきた資質である。小学生の通信簿にはおきまりのように書かれる言葉だ。だが、これからの時代はそれが必要なのだとする。

 これからの時代に多動力が求められるのは、インターネットが水平分業モデルを可能にし、あらゆる産業の壁が溶けていくからだとする。あらゆるものが、(テレビ番組ですら)スマホアプリの1つになるだろうし、「これからはフジテレビのライバルは日本テレビではなく恋人からのLINEになる」という喩えはなるほどである。紹介されるホリエモンの一週間のスケジュールは凄まじい。

 寿司屋で10年も修行することはもはや何の意味もないとホリエモンは断言する。これまで修行してきた人たちにはショックだろう。だが、現実に専門学校を出て開店して11ヶ月でミシュランの星を取った飲食店の話をされると黙るしかない。そういう現実を直視し、考えないといけない。そしてホリエモンの言葉はそのヒントになる。

 1. とにかく始めてしまえば必要な知識やノウハウは自ずと身につく
 2. 自分の肩書きが3つ以上ない人は反省
 3. 全部自分でやらなければならないという思い込みをしていては、多くの仕事を手掛けることはできない。思いっきり任せる。
 4. 仕事を選ぶ勇気
 5. ヒマな人ほど(メールの)返信が遅く、忙しい人ほど返信が早い
 6. みっともない失敗をしても3日も経てば誰も覚えていない
 7. 「○○をしたい→○○が必要」というのが筋。「○○を持っている→○○をしないともったいない」というのはうまくいかない

 一方で、やっぱり「如何なものか」と疑問に思うことも少なくない。
1. 経費精算を自分でやるサラリーマンは出世しない
2. 電話をかけてくる (一方的に人の時間を奪う) 人間とは仕事をするな
3. 会議中でも生放送中でもスマホはいじる
こういうところが、ホリエモンの言動に顔をしかめる人が少なくない理由なのかもしれない。その主張にはなるほどと思うも、自分でそうしたいとはやっぱり思えない。

 人間は新しいものに興味がなくなった瞬間に老いが始まるというが、これはその通りだろう。そしてホリエモンはその興味の塊のような人物である。良い悪いではなくとにかく刺激的であるのはこの本でも変わらず。そういう刺激が自分には必要だと思うし、そういう刺激を求めて今後もこの人の著書を読んでいきたいと思わされる一冊である・・・




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2018年03月28日

【“トークの帝王”ラリー・キングの伝え方の極意】ラリー・キング



原題:How to Talk to Anyone,Anytime,Anywhere

はじめに 「伝え方」は誰でも身につけられる 
第1章 いつ、誰にでも通用する「たった1つの大原則」
第2章 会話の達人に学ぶ「8つの習慣」
第3章 初対面でも緊張しない「会話の続け方」
第4章 パーティで気後れしない「社交の会話術」
第5章 仕事で結果を出す「ビジネス会話術」
第6章 聞き手を魅了する「達人のスピーチ術」
第7章 達人の一歩先へ!「スピーチ術・上級編」
第8章 番組史上「最高のゲスト」「最悪のゲスト」は?
第9章 テレビ・ラジオで生き残る「メディアでの話し方」
最後に 「伝えること」の未来について

 著者は、番組を一度も見たことがない私でもその名を知っているアメリカの名物司会者であり、キャスターである人物。CNNの看板番組「ラリー・キング・ライブ」は、見たことがなくてもその存在を私が知っているくらいだから、現地では誰でもが知る番組なのかもしれない。そんなまさに「話すために生まれてきた」ような著者が、「伝え方の極意」と称するのだからこれは読まずにはいられないと、手にした次第である。

 冒頭からいきなり著者は、伝え方の大原則は「自分らしく、素直に」だと言う。簡単なようでいて、難しいかもしれない。話が上手くなるには、積極的に話す努力を続けるという前向きな姿勢が大切だとする。当たり前と言えば実に当たり前であるが、こんなものなのかもしれない。さらに話し上手になるには、「相手に興味を示す」「自分のことを率直に語る」ことだとするが、これは素人にもやさしい。

・好奇心を持って人の話を聞けば、家にいたって視野は広がる
・自分の仕事を心から楽しんでその仕事への情熱を他人に伝えることができれば、成功する可能性はずっと高まる
なるほどと思わされることである。さらに興味深かったのが、会話のきっかけ。仕事でもよく戸惑うところであるが、これは「天気の話」「子どもと犬の話」「今いる場所の話」だという。これは意識したい。

 「成功できたのは話すことよりも人の話を聞くことに努めたから」という言葉は重みがある。「口は1つ、耳は2つ」という言葉に通じるものがあるが、こういう人が語ると重みがある。さらにアイコンタクトのルールが参考になった。
1. 相手が話している時、視線を合わせる
2. 自分が質問する時、視線を合わせる
3. 自分が話している時は視線を逸らしても良い

 また、パーティーでの会話の基本は、
1. 素直に話す
2. お互いの共通点を見つけて話題にする
3. 相手の話をしっかり聞く
としているが、なるほど参考になる。

 さらに場を盛り上げるコツとしては、
1. 誰もが話せる話題を選ぶ
2. 必ず相手の意見を求める
3. 内気な人をサポートする
4. 会話を独占しない
5. すべてを知ろうとしない
6. 「もし〜だったら」の質問をする
としている。こういう役回りが苦手な自分としては、ちょっと覚えておきたいところである。

 また、「面接=自分をセールスする」時の4つのルールも面白かった。
1. 自分に何ができるのかを伝える
2. 仕事への熱意を示す
3. 事前に準備をする
4. 自分から質問する
今後、そういう機会があるかどうかわからないが、頭の片隅に置いておきたいと思う。

 そのほかにも司会の心得やスピーチについてなどもあって、さすが「トークの帝王」と言える。プロの司会者になるつもりがなくても、ちょっと人前で話さなければならなくなった時には、印象に残ることが言えるかもしれない。
 人前で話をすることに興味を持っている人は、一読したい一冊である・・・


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2018年03月26日

【ありがとうの魔法】小林正観



第1章 「お金」が味方になる習慣
第2章 ぜんぶを受け入れる
第3章 「ありがとう」は魔法の言葉
第4章 「人間関係」に恵まれる
第5章 「病気」にならない人の習慣
第6章 「喜ばれる」存在
第7章 「子ども」を伸ばす子育て
第8章 悪口・戦う・否定をしない
第9章 「神様」が味方になる習慣

 著者は、もう故人であるが、多数の著作や講演などで主として生き方の点でいろいろと啓発をされていた方のようである。それを「ベストメッセージ集」としてまとめたのが本書であるという。実は「ベストメッセージ集」は既に2冊出ていて、これが第3弾らしい。そのベストメッセージ集のキーワードは、タイトルの「ありがとう」。40年間の研究の結果、「ありがとう」を言うだけで「神様を味方につける」ことができる(らしい)というのが、その主な主張。

 小林正観氏の説明は、下手をすると「胡散臭い」と取られても無理はない。なにせ、「ありがとうを言い続けて130万回に達したところ、病気の進行が止まった」などという話が出てくるのである。とてもではないが、素直に聞ける説明ではない。「人生は自分が生まれる前に書いたシナリオ通りに進んで行く」なんて、それなら無残に殺されたりした人はよほど下手なシナリオ書きだったのかと突っ込みたくなる。だから、そういう部分には目をつぶり、共感できる部分にスポットを当てて読まなければならない。

・幸せと不幸せは本人の捉え方次第
・不条理を受け入れる(感謝する)と幸せを感じられる
・五戒(不平不満・愚痴・泣き言・悪口・文句)の禁止
・人間関係も仕事も「お陰様=謙虚さ」こそが大切
・どうしたら喜んでもらえるかを考えると商売はうまくいく
・悩み、苦しみという泥水が濃いほど幸せという大輪の花が咲く
・一日中汗をかいて仕事をすれば、冷たい水の一杯でも幸せとなる
一つ一つが、「その通りだなぁ」と思わされる事が続く。こういう考え方は、本当に大事だと思う。

 特に家族についての記述には、今まで自分にはなかった視点がある。それが「家族という名の甘え」である。見知らぬ他人が朝晩食事の支度をしてくれたら、手を合わせて感謝するだろうというが、それはその通りである。家族であるがゆえに、「当然」と思って感謝もしていない(それは夫婦双方がそうであろう)。こういう「家族」という特別視がなければ、悩み・苦しみの9割はなくなるという主張も頷ける。

・尊敬という概念があれば上下関係はスムーズになる
・投げかけたものが返ってくる。投げかけないものは返ってこない
・仕事の原点は、一人一人を大切にすること、一つ一つを大事にすること
・「この子はこのままでいい」と丸ごと受け入れることが子育ての本質
・子どもに何かを伝えるときは、叱る必要はない
仕事、家庭生活、子育てと正観氏の言葉は多岐にわたる。だが、その根底に一貫して流れるのは、「ありがたい」という感情。

 正観氏は生前いろいろと人生相談もされていたようで、その悩みの98%は自分以外のことで悩んでいることだとする。しかし、他人のことなどどうすることもできず、自分にできることは「笑顔になること」「自分が太陽になること」だとする。それも丁寧に受け止めたい言葉である。「胡散臭い」部分は確かにあるが、それで大事なものを見落としたくはない。
一つ一つ、丁寧に感じたい言葉が並ぶ。自分の成長に繋がるものとして、そして常の心のあり方として受け止めたい一冊である・・・



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2018年03月19日

【終わった人】内館牧子



 人に薦められた本は基本的に読むことにしているが、この本も知人に紹介された一冊。「終わった人」と言うのはなんとも言えないタイトルであるが、ここでは「現役を終わった人」と言う意味。主人公はこの度、定年退職した田代壮介。岩手県出身だが、東大法学部を出てメガバンクの万邦銀行(のちに合併してたちばな銀行になる)に入行。惜しくも出世街道から外れたが、子会社に転籍し専務で退職の日を迎える。サラリーマンとしては、まずまず成功したと言えるキャリアである。

 さて、退職した壮介であるが、長年連れ添った妻の千草は美容師の資格を取ってサロンに働きに出ている。生活のためというより、自身の趣味のためと言える。したがって、退職したからといって、2人で旅行する時間もない。1人手持ち無沙汰になる壮介。このあたり、定年退職したバリバリのサラリーマンの何もできないもどかしさが妙にリアル。しかも壮介は、定年退職していった先輩たちが昔の風を吹かせる愚かさを熟知しているから、なおさらすることがない。生き生きと働く妻とのギクシャク感が、己の未来図を見ているような気がしてくる。

 「やることがない」とはプライドにかけて言いたくない壮介。従兄弟のトシを相手にやることを探す。ボランティアやスポーツクラブ、カルチャースクール等々。しかし、見学に行ったフィットネスクラブがジジババばかりなのに嫌気がさす。この気持ちはよくわかる。昼日中から喫茶店に行き、本を読んで時間を潰す。やっぱり自分も定年のない仕事をしないといけないとつくづく思う。

 この前半部分は、つくづく身につまされる。自分も「終わったら」間違いなくこうなるわけである。お中元、お歳暮、年賀状は激減し、世話になった取引先の会長のパーティーに出かけていけば、招待状を出さなかったかつての部下が気まずい顏で出迎える。思い余って再就職を決意し、ハローワークに行くも、今度は立派な経歴が邪魔をして面接に行った中小企業の社長からは敬遠されてしまう。

 この身につまされる前半から、中盤は壮介が大学に戻ることを考えカルチャースクールに通うようになり、物語が動く。カルチャースクールで会った女性と親しくなり、淡い希望が脳裏をよぎり、そして思いもかけない再就職の道が開かれる。顧問に迎え入れられたその会社で、予想外の展開が起こり、壮介の人生はリスタートする。まだまだ六十代は働き盛り。一昔前はそんなこと思いもしなかったが、五十代も半ばに近づくと、実感として湧いてくる。

 後半は小説らしい展開となり、その内容は読む人の好き好きによるだろう。個人的には前半部分の「終わった感」が非常に心に響いたと言える。著者の内館牧子は、相撲審議委員会などで名前を目にしたことはあるが、小説を読むのは初めて。たくさん著作はあるが、今までなんとなく敬遠してきたところがある。これから他の著作を読んでみるかと問われるとなんとも言えないが、この本は読み甲斐があったのは確かである。

 「終わり」に近づいている人には、一読の価値ある一冊である・・・

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2018年03月16日

【「原因と結果」の経済学 データから真実を見抜く思考法】中室牧子/津川友介



第1章 根拠のない通説にだまされないために
    「因果推論」の根底にある考え方
第2章 メタボ健診を受けていれば長生きできるのか
    因果関係推論の理想形「ランダム化比較試験」
第3章 男性医師は女性医師より優れているのか
    たまたま起きた実験のような状況を利用する「自然実験」
第4章 認可保育所を増やせば母親は就業するのか
    「トレンド」を取り除く「差の差分析」
第5章 テレビを見せると子どもの学力は下がるのか
    第3の変数を利用する「操作変数法」
第6章 勉強ができる友人と付き合うと学力は上がるのか
    「ジャンプ」に注目する「回帰不連続デザイン」
第7章 偏差値の高い大学に行けば収入は上がるのか
    似た者同士の組み合わせを作る「マッチング法」
第8章 ありもののデータを分析しやすい「回帰分析」

 タイトルを見て興味を持った一冊。データ分析については、最近ビッグデータという言葉が流行っていたり、統計などがもてはやされたりしているが、個人的にそれらの分析についてはあまり興味を持っていない。専門家がそれをやるならお任せするというのが私の考えで、自らそれらの手法を覚えて利用したいとは思わない。そんな私がこの本に興味を持ったのは、サブタイトルに「データから真実を見抜く思考法」とあったからである。

 「因果関係」と「相関関係」は間違われやすいと著者は説明する。当然ながら両者を混同すると誤った判断のもとになってしまう。特に日本では、因果推論を体系的に学ぶ機会がほとんどないため、テレビや新聞でも相関関係に過ぎないことを因果関係にあるかのように報道しているのをしばしば目にするという。因果関係がはっきりしない根拠のない通説が山のように氾濫しているのが、教育と医療の現場だという。なかなか興味深いイントロである。

 因果関係を確認する方法は3つあるとする。その3つのチェックポイントは以下の通り。
1. まったくの偶然ではないか
2. 第3の変数は存在していないか
3. 逆の相関関係は存在していないか
なるほど、言われて見れば上の3つが存在していれば因果関係は否定されるわけであり、このポイントをまず確認すべしというのはよく理解できる。

 因果関係を証明するのは「反事実」だとする。これは、「もし〜をしなかったらどうなっていたか」というもので、実はこれは確認ができない。というのも、例えば広告効果を見る場合、広告は出したか出さなかったかのどちらかであり、両方を比較することはできない。「事実は観察することはできても反事実は観察することができない」わけである。こういうことはあたり前だが、だからこそ難しいのだと思う。

 こうしたことをそれぞれ各章で章題に挙げられていることを考えていくわけであるが、話のネタとしては確かに面白いかもしれない。ただ、最初にサブタイトルを見て期待した気持ちからするとちょっとずれている。「データを用いた分析をどう解釈するかが大切」という考えに異論はないが、そのためには「因果関係をしっかりと見極めましょう」という結論なら「ちょっと・・・」と感じてしまう。

 もっとも、それは何を求めるかによって異なるところであり、この本が役に立たないというわけではない。因果関係を確認するというのは、ビジネスの世界も含めて大事なことだと思う。そういう意味でも、そういう内容を求める人には有意義な本であると思う。目的に応じて、読む本を選びたいと思わされる一冊である・・・



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2018年03月14日

【中洞正の生きる力 山地酪農家】中洞正



第1章 山地酪農と牛のしあわせ
第2章 酪農のアウトサイダー
第3章 導き、支えてくれた人々
第4章 本当の「おいしい牛乳」
第5章 酪農維新に向けての決意

 この本は、どうやら「ソリストの思考術」というシリーズの一冊であるようで、第7巻とある。だが、そんなことを意識しなくても十分に読める。ここで採り上げられている人物は、山地酪農(やまちらくのうと読むそうである)を実践している酪農家。山地酪農とは、自然放牧の牧場ということである。何となく酪農というと牛舎を想像してしまうが、著者の実践する酪農は日本の従来の酪農とは全くスタイルが異なるようである。

 日本の酪農は、中洞氏曰く、「工業的酪農」だそうで、牛舎の中で一坪に満たないスペースで牛を飼い、器具または綱で牛を固定し、濃厚飼料や配合飼料を与え、邪魔な尻尾や角を切り落とし、ひたすら効率的に牛乳を絞るそうである。これに対し、山地酪農にはまず牛舎がない。自然放牧で24時間365日ほったらかしで、唯一朝夕に搾乳するだけだという。それも牛が自ら搾乳舎にやってくるそうである。農薬も飼料も一切使わず、牛たちにとっては楽園だと中洞氏は語る。

 聞けば聞くほど、自然放牧の良さばかりが目立つ。しかし、農協が取り扱い流通が認められているのは脂肪率が3.5%以上の牛乳。自然放牧だと脂肪率は3.2%程度にしかならず、流通には乗せられないという。この法改正が行われ、それまで少なからずいた自然放牧牧場はことごとく方向変換させられたそうである。

 さらに工業的酪農は、設備投資が大変で、酪農家は皆農協に借金する。濃厚飼料はアメリカからの輸入であり、酪農家は借金を返すためにせっせと「効率的に」稼がざるを得なくなる。なにやら陰謀めいた匂いがしないでもない。大いなるシステムに組み込まれれば、様々な補助金や援助もあり、抜けられなくなるらしい。その中で、己の信念を貫く中洞氏の姿は強烈である。

 自然放牧へのこだわりは、それが「自然の摂理に適っているから」という中洞氏の意見は実にシンプル。自然放牧は牛舎にまつわる重労働から解放され、むしろ「楽農」だとする。牛の幸せがあっておいしい牛乳がいただけるとする。その通りなのだろう。殺菌方法も低温保持殺菌法というものらしく、工業的酪農の高温短時間殺菌法より味がいいらしい。この方法は運送手段の発達した日本ではもう頼らなくてもいいはずと中洞氏は語る。いろいろと日本の酪農界の問題点も描かれる。

 自然放牧は、牛が草を食べることから、林業との相性も良く、コラボすれば可能性も広がるのだとか。さらに日本の土地はスイスの3倍も生産量があるらしく、そう考えるとやりようによっては世界的な競争力もありそうである。とにかくいい事づくしのような感じであるが、ネックはその価格。調べてみたら500mlで800円くらいしていて、めちゃくちゃ高い。これに対しては、「牛乳は『贅沢品』、『滋養食品』として週に何回か飲む程度でいい」と中洞氏は語るが、そう考えないとなかなか飲めない。

 なんでも『奇跡のリンゴ』の木村秋則さんとは交流があるのだとか。無農薬と自然放牧とはその目指すところは同じであり、息が合うのだろう。こういう農業がもっともっと増えてくればいいのにと思わざるを得ない。それはともかくとして、一度飲んでみたいとつくづく思った。できれば毎日飲めなくてもいいから、こういう牛乳を飲みたいと思わされる。そんな自然放牧の実態が描かれた一冊なのである・・・



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2018年03月13日

【孤独について】中島義道




序 章 孤独に生きたい
第1章 ずっと孤独だった
第2章 孤独な少年時代
第3章 孤独な青年時代
第4章 孤独を選びとる
第5章 孤独を楽しむ
第6章 孤独に死にたい

 この本を手にしたのは実に偶然である。最近個人的に哲学に興味があって、著者の『「純粋理性批判」を嚙み砕く』を読んだのであるが、他にカントについて著者が書いた本はないだろうかと調べて見たら、この本が目に止まったというわけである。そこからさらに手に取ったのにも理由があって、実は身内に心を病みかけているのではないかという者がいて、それに対して自分はどうすべきかと考えていたところだったため、何かヒントになりそうな気がしたという次第である。

 それにしてもこの方、超難解なカントを容易く読み砕くものだと思っていたが、実は予想外の一面を持つ人であった。というのも、この方実に人との関わり合いを嫌う方のようなのである。「他人から関心を持たれることそのことがひどく嫌」と語る。タイトルにある通り、孤独が好きなようである。本書では、「他人は決してあなたの孤独を解消してはくれない」と訴える。その考え方も独特で、「孤独になり不幸になることは、たいそう辛いからこそ貴重。その辛さがあなたの目を鍛えてくれる」と語る。

 その考え方のルーツは、小学生時代に遡る。「死ぬのが怖い」と泣き叫んで学校を休み、しばらく登校拒否になったという。これだけでもちょっと変わっている。さらにご本人は「世界が折れる」と表現しているが、独特の世界に入り込む術を持っていて、のちにそれはある精神分裂病の少女の手記に書かれていたものと同じだったと気づいたようであり、要はそういう要素があったと言える。

 また、一斉におちんちんを出して一緒に用を足すということがどうにもグロテスクで耐えられないと、トイレに行けなくなる。我慢しきれずに漏らしてしまうこともしばしばであったらしい。よく「大」の方は行けないというのは私も経験があるが、「小」までもは例がないかもしれない。さらにアイスクリームが配られる時に、友達とアイスをもらう群れの中に入って行けないとか、ボールが投げられないから足元にボールが転がってくると恐怖するとか、およそ私には理解できない感覚を持っていたようである。

 それでも成績は良くて、県立川崎高校から東大法学部に一発合格で入学する。しかし、そもそも東大法学部は優秀な家系ゆえのプレッシャーからであり、行きたかったわけでもなかったことからたちまちうつ病を発症してしまう。ここから迷走が始まり、わざと留年したと思えば思い立って教養学部へ転部し、大学院、ウィーン私費留学と迷走する(普通は能力的にやりたくてもできない迷走だったりするのだが・・・)。ようやく誘われて大学の教員になるも、今度は教授に徹底的にいじめられる。ただ、教授のいじめと言っても、実は非は著者にありそうな気もしなくもない・・・

 そんな壮絶とも言える人生の中で、哲学を勉強してこられたようで、『「純粋理性批判」を嚙み砕く』にはこんな裏の物語があったのかと感心してしまう。最後に著者は自分の「ぶざまな人生」をなぜここまで書くのかと問われれば、それは「生きるのが困難な多くの人に私の血の言葉でメッセージを送りたいから」と語る。確かに、こういう人でもそれなりに社会の中で地位を築いていけたというのは、大いに自信になるかもしれないと思う。

 世の中やっぱりいろいろな人がいるわけで、著者の例はそれでも極端だとは思うが、多少は生きるのが困難であったとしてもそれでもうダメということはない。周りに身を置く者としては、著者の例を念頭に置きつつ暖かく見守る事ではないかと思う。そして必要に応じて手を差し伸べて上げられたらと思う。こういう人がいるというのは、大いなる安堵をもたらす。必要な人には勇気付けられる一冊である・・・



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2018年03月09日

【食いつめものブルース −3億人の中国農民工−】山田 泰司



プロローグ 食いつめもの
第1章 希望(五輪・万博)
第2章 爆買いとPM2.5
第3章 異変
第4章 夢の国と夢の死(ディズニー)
第5章 彷徨
第6章 初めての海
エピローグ 農民工たちはどこへ行くのか

 近年、経済発展でついに世界第2位の経済大国となった中国。日本でも観光客がやってきて、「爆買い」が話題になるなどしているが、その一方で13億の国民の中には貧しい人々も大勢いる。そんな爆買いとは無縁の貧しき人々の姿を追ったドキュメンタリー。何となくネットで見つけた記事に興味を持って手にした一冊である。

 著者は、現在地上海に暮らすライターのようである。1988〜1990年に北京大学に留学して以降、香港で記者をされていたりという経歴を見ると、ほぼ私と同年代のようである。しかし、あまり裕福ではないようで、自ら「食いつめもの」と自虐的に語り、しかしそれゆえにこそ同じ「食いつめもの」である中国人たちと仲良くなり、その実態を伝えられるのかもしれない。

 ここで登場するのは、上海に暮らす農民工の人たち。農民工とは、もともと地方に戸籍があるものの、地元を離れ都会である上海に職を求めてやってきた人々のこと。ここでは特に上海で暮らす安徽省出身の人たちが採り上げられる。安徽省と言っても、我々日本人にはピンとこないが、上海に隣接する省のようである。

 安徽省の人たちがなぜ都会(上海)に出てくるかと言うと、地元では農業をしているから食うことはできるが、「それだけだから」だと登場人物は語る。「農民の年収より上海人の毎月の年金の方が多い」となると、「やってられない」と思うのは当然かもしれない。そして男たちは出稼ぎに行き、安徽省の農村には「留守児童」と呼ばれる子供達が溢れる。

 そんな出稼ぎの農民工たちだが、受け入れる上海人たちは安徽省人に対しては罵詈雑言を浴びせるほどバカにしている。その背景には、上海に住む人たちのおよそ3人に1人は安徽人と言われる状況があるようである。上海の人口は1,900万人(2009年末)というから東京よりも多い。その三分の一が農村出身で、出稼ぎの肉体労働者というのもすごい気がする。

 そうした総論的な話もいいが、著者が紹介するのは具体的な名前を持った人々。それもゴミ拾いをしたり、家政婦や食堂で働いたりする人々。ほとんどが高い家賃を払えなくて、取り壊しが決まった廃墟などに住んでいる。驚いたことに、そんな廃墟でも安いながら「家賃を払って借りている」という事実。中には部屋の中に間仕切りのない状態で便器が置いてあったりするところもあって、そんな部屋でも家族が暮らしているという事実。

 単に貧しいということだけでなく、社会にある不平等にも驚く。中国の一人っ子政策はよく知られているが、実は2人目以降になると、罰金を取られるのだという。それだけではなく、シングルマザーも子供が1人でも罰金対象になるのだとか。そしてその罰金は決まった金額ではなく、役人が値踏みして決めるのだという。なので「コネ」がないとかなりの大金を取られてしまうらしい。

 また、ここで描かれる中国人の考え方も興味深い。稼いだ金は自分のためには使わず子供のために使う。登場してくる廃品回収をしている人物は、身につけているものはすべて拾ったもので廃墟に暮らしながら、子供の勤め先には大金を出資したりしている。気持ちはわからなくもないが、微妙な気持ちである。

 普段知ることもない中国の片隅の様子は、どれもこれも興味深い。日本はまだまだはるかに恵まれているのかもしれない。こういう中で暮らしているからこそ、中国人は逞しいのかもしれない。ここに登場する中国人はほんの一部でしかないが、これもまた中国の現在の一面でもあり、興味深い。知られざる中国を垣間見ることができ、興味のある人には実に面白いドキュメンタリーである・・・


posted by HH at 00:00| Comment(0) | ドキュメント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする