2011年01月23日

【フリー<無料>からお金を生み出す新戦略】クリス・アンダーソン

モノを売って対価としてお金を得るというのが商売の基本。
事業というものはそれによって成立し、そこに働くものはそれによって生活が成り立つ。
その対価であるはずのお金をもらわない、つまりタダ(Free)にすればそれらは成り立たないはずである。
ところが昨今のネット社会の出現によりそう言えなくなってきた。
ネットは基本的にFreeだからである。

冒頭でアメリカの伝説的なコメディーユニット、モンティパイソンの例が挙げられる。
自分たちのビデオが不正コピーされ、大々的な著作権侵害に遭っていたが、Youtubeにすべての映像を無料で公開。
しかも不正コピーモノとは違って高画質ときている。
一見無謀なこの試みは、彼らのDVDがアマゾンのベストセラーリストで2位になり、売上はなんと230倍になるという結末に結び付く。

現代におけるFreeは過去におけるFreeとはまったく違う。
それをここではアトム(原子)からビット(情報)へという言葉で紹介している。
アトムとは物質の事、ビットとはネットで飛び交う情報のことである。
もともと20世紀の社会でもFreeの萌芽はあった。
ジレットが安全カミソリをタダで配り、替え刃を売ったビジネスモデルで、似たような例はある。
それが21世紀型ではどうなっているか、それが語られる。

歴史を踏まえ理論と事例が紹介され、読み進むうちに整理理解が促される。
面白いのは海賊版(不正コピー)の利用についてだ。
中国では特に防ぎようにない規模にあるが、アーティストはそれを利用しつつあるという。
海賊版が出回る事によってそのアーティストの認知度が上がり、逆にそれはコンサートへの集客、グッズ販売へと結びつくというのである。

オンラインゲームもユーザーが無料で参加できるが、そのゲームの中で利用するアイテムが販売されるようになっている。
お金が惜しいユーザーは地道にプレーしてアイテムを集めるが、お金のあるユーザーはそれを買って早く次の段階へとすすむ。
そうしたゲームの例は数多い。

大学の講義もオンラインで無料公開されている。
そうすると大学自体の価値がなくなってしまうように思える。
しかし、授業料を払う事は、教授の話を直接聞き質問し単位を得られるという事が可能になる事を意味する。
逆に無料で公開された授業は、それを直接受けたいというインセンティブになる。

世の中は変化している。
これまでの常識にしがみついているだけでなく、その変化に気付き対応していかねばならない。
そうした動きの一つをうまくまとめて紹介してある本書は、押さえておきたい本の一つであろう。


フリー~〈無料〉からお金を生みだす新戦略 [ハードカバー] / クリス・アンダーソン (著); 小林弘人, 小林弘人 (監修); 高橋則明 (翻訳); 日本放送出版協会 (刊)
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2011年01月22日

【超ヤバイ経済学】スティーヴン・D・レヴィット/スティーヴン・J・タブナー

    
前著「ヤバイ経済学」を読んでいた事から、手に取った一冊。
経済学というと堅苦しいが、言ってみれば「これも経済学」と言ってもよさそうな内容。
身近な話題の意外な面を取り上げて面白おかしく解説しているものである。

始めの序章でこの本の特徴がよくわかる。
酒を飲んで酔っ払った時、車で帰るべきか歩いて帰るべきかという問題を考える。
普通に考えれば、考えるまでもない事である。
しかし、統計資料から分析すると、1マイル当たりでは歩いて帰る方が8倍も死亡率が高いそうである。
つまり酔っぱらったら車で帰る方が安全と言えなくもない。

もちろん、車の場合は他人を巻き込むというリスクがあるし、統計と言っても歩く人のうち酔っている人の割合を推定で導き出しているという不明確性もある。
だが、物事は一つの見方だけに囚われてはいけないと言う事だけは言えそうである。
続いてサメと象の危険性。
海のギャングと恐れられるサメであるが、サメによる被害が騒がれた2001年に、全世界でサメに襲われて亡くなった人は4人。
一方象は毎年何だかんだといって200人近い人の命を奪っているという。
象の方がぞうっとするはずというトピックスもある。
これは確かにイメージに惑わされているところがある。

もっと興味深いのは売春婦の項目。
例えばプレイの値段も時代とともに変化しているという指摘は、なるほどそうなのだろうと思わせられる。
今とは違ってもっと固い貞操観念のあったかつての時代では、本番そのものよりも口でのサービスの方が遥かに高かったというのは面白い事実だ。

その他にも自爆テロの話や手を洗わないお医者さんとか、地球温暖化に対する対策としてピナツボ火山の噴火がヒントになるとか、どうでもいいような、それでいて感心させられる事柄が取り上げられている。
読み終わるとちょっとした雑学が豊富に蓄えられる。

世の中で蔓延している常識を時には疑ってみる必要もある。
そんな事を感じさせられる。
軽い読み物としてはなかなか良いと思う。
本と連動したブログも紹介されているが、英語だけになかなかエッセンスは捉えにくいのがもどかしく感じるところである・・・


    

超ヤバい経済学 [単行本] / スティーヴン・D・レヴィット, スティーヴン・J・ダブナー (著); 望月 衛 (翻訳); 東洋経済新報社 (刊)
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2011年01月15日

【心の野球】桑田真澄

心の野球―超効率的努力のススメ [単行本] / 桑田 真澄 (著); 幻冬舎 (刊)

元読売ジャイアンツのエース桑田が、自らの経験と考えを語った一冊。
野球選手の本というと、過去の勝負や努力など自らの経験を語るものが大半だと思うが、そこから広く普遍的に当てはまる考え方まで発展させて書かれているという意味で、野村監督の一連の著書に近いものとなっている。
内容の深さという意味では、野村監督の本と双璧をなしている。
やっぱりこの人、タダモノではないと思わせられる。

桑田と言えば、やっぱり古くはPL学園で清原とともに甲子園を沸かした事を思い出す。
普通の高校生は、最高で春夏5回甲子園に出場できる。
それを達成するどころか、優勝2回、準優勝2回、ベスト4が1回という成績は今でも驚異的だ。
そして甲子園20勝も凄い。
ドラフト1位でジャイアンツに入団後、トータル173勝を挙げている。

サブタイトルに「超効率的努力のススメ」とある通り、スポーツにおける根性一筋の長時間練習を桑田は否定する。
中学に入ったら勉強するという母との約束を守り、野球部で忙しいし疲れているしにも関わらず勉強に勤しむ。
その時に効率的なやり方が大事だという事と、努力すればそれが成果となる楽しさを味わう。
「努力は量でなく質である」と説く。

しかしながらそんなサブタイトルに関する事は最初の方だけ。
あとは全体として桑田の考え方、「心の野球」について語られる。
桑田はその名声に反して様々な苦難に出会う。
ドラフト騒動(巨人に行きたかった清原を尻目に桑田が指名され密約を疑われた)
不動産問題、登板日漏洩、右肘の手術、メジャー昇格間際の大怪我・・・
それらの問題をどう乗り切ってきたのか。

すべての試練を必然と捉え、「人生は自分の目で見て、触れて、体験し、自分なりに咀嚼する事に尽きる」と言う。
試練は試合の「試」に練習の「錬」。
「試練は辛く苦しいことではない。次への挑戦へと向かうスタート」だとの言葉は、私にはなかなか響く言葉だ。

「つらく苦しい時に上ばかり見ないで、一歩引いた立場から全体を見てみる。そうすれば、自分がどんなに恵まれているか実感する事ができる。」
確かにその通りだ。
「これまでのイメージやプライドはどうでもいい。大事なのはこれから。人は、いつからでも、どこからでも、何度でも変われる」
こうした言葉が随所に現れる。

謙虚と感謝。
人生は死ぬまで勉強。
道具を大切にし、マナーを重視する。
プロセスが大事で、プロセスがあって結果が出る。
どこか野村監督が主張する事に似通っている。
いずれ桑田も野村監督のような一流の指導者になるのかもしれない。

読みながら時折胸が熱くなる言葉に出くわす。
野球選手の本と侮る事はできない。
一流を極めた人の、耳を傾けるべき言葉が綴られていく。
現役は引退したものの、これで忘れられる人ではないだろう。
いずれ指導者として、第一線に戻ってくると思う。
そう感じさせられる熱い一冊である。

     
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2011年01月09日

【大空のサムライ】坂井三郎

著者は旧日本海軍のパイロット。
16歳で海軍に入隊し、零戦のパイロットとして200回以上の空戦を闘い、64機撃墜の記録を持つ撃墜王である。
その著者の自伝的戦記である。

著者は日華事変から太平洋戦線へと従軍し、初戦からラバウル、硫黄島と激戦を経験しつつも終戦まで生き残った方であるが、そんな生き残りがいたのかというのが大きな驚き。
しかし、それは持って生まれた運の良さがあったのであり、またラバウルで負傷してしまったという経緯もあったようである。
それでもほぼ右目が失明状態となってもなお部隊に復帰し、硫黄島で空戦をやっているのであるから、これはもの凄い事である。

大空に憧れ、パイロットになる事を目指して海軍に入隊。
始めは戦艦勤務となる。
任務につきつつ、周囲の圧力に屈せず航空兵を志願し続け、チャンスを与えられる。
必死の努力で航空兵となり、やがて一人前のパイロットになっていく。
初めて空を飛んだ初期訓練の様子は、克明に描写されており、不出来であれば即艦隊勤務に戻されるというプレッシャーの中での努力の日々が記憶に焼きついたのだと思わせられる。

真珠湾奇襲により太平洋戦争が始ると、零戦のパイロットとして南太平洋に転戦。
日本軍の一大拠点であったラバウルへと異動する。
このラバウルでは連戦連勝。
零戦隊は無敵の強さを誇る。
圧巻は21機で出撃し、70機以上の敵と交戦してその半分を撃墜、そして被害はゼロという大勝利である。
まさに向かうところ敵なしの状況。

空戦の描写も心躍らせられるものがある。
操縦席に座って右に左に旋回し、まるで自ら空戦を行っているかのような気分にさせられる。
しかしながら随所で、そうして撃墜した敵機にも人間が乗っており、撃墜はそのパイロットの死に繋がる事である事を著者は語る。
敵に情けをかければ、やがていつかその敵が味方機を撃墜する事になるかもしれないと自分に言い聞かせて、著者は引き金を引く。
自らも命をかけていたわけでもあり、そんなスタンスが行間ににじみ出ているからこそ、相手を殺す行為にも不快感は起こらない。

圧倒的な零戦の優勢にワクワクしながらも、アメリカの圧倒的物量に徐々に押されていく様子もまたわかる。
味方は無敵の強さを誇りつつ敵を次々に撃破するが、米軍はすぐに増強されていく。
その一方で日本軍には補充がほとんどない。
一機また一機と失うたびに彼我の戦力差が拡大していく様は、見聞きしていた事とはいえ、やっぱり無謀な戦争であったのだという思いにさせられる。

そして航空常識に反する長距離空戦。
ラバウルから激戦地ガダルカナルまで、東京から屋久島ほどの長距離を往復しての空戦で、著者は敵機の銃撃で瀕死の重傷を負う。
半身不能、目がよく見えないという状況で復路を帰りつき、九死に一生を得る。

なぜ著者が生き残れたのか、は運の強さが最大の要因であるが、それを招く努力も凄い。
レーダーも満足にない当時、空戦で勝つ秘訣は敵の早期発見が第一。
著者は視力2.5という凄い視力を誇ったというが、あとがきによれば昼間に星を見る訓練をしたり、ハエを手で捕まえたり、夜更かしや深酒などを避ける事は当然として、瞬間的判断力を養うトレーニングを自ら考え実践していたそうである。
人事を尽くせば天命は訪れるものなのである。

決して戦争礼讃物語ではないが、「零戦に会ったらまず逃げろ」という命令が米軍内ではなされていたそうであるが、そんな大空のサムライを誇らしくも思う。
日本人として、世界にどう胸を張るのか、そんな事を考えたくなる一冊である。


大空のサムライ(上) 死闘の果てに悔いなし (講談社プラスアルファ文庫) [文庫] / 坂井 三郎 (著); 講談社 (刊)大空のサムライ(下) 還らざる零戦隊 (講談社プラスアルファ文庫) [文庫] / 坂井 三郎 (著); 講談社 (刊)

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2011年01月05日

【中国で尊敬される日本人たち】朱健栄

著者は東洋学園大学の教授。
中国生まれであるが、1986年に来日して以来日本に在住。
日中双方を知り尽くした方である。
個人的にも知っている事から、さっそく拝読。

現在、中国に対する我が国の国民感情はかならずしもよくない。
尖閣諸島問題を巡って、昨年はだいぶごたごたがあった。
ただ、何事も偏ってしまうのはよくない。
冷静に客観的に、長期的視点に立って考えていかないといけない。
そのためには相手の考え方を知ると言う事はとても効果的である。

この本は相手を知るという意味では少し違うかもしれない。
ここで取り上げられているのは日本人たち。
タイトルにある通り、戦後、新中国の建設に奮闘努力した日本人たちを取り上げている。
中国には 『水を飲むのに井戸を掘った人を忘れない』という言葉があるらしい。
この本では、そんな『井戸を掘った』日本人たちがとり上げられている。

冒頭に出てくるのは田中角栄に大平正芳。
日中国交回復時の我が国総理大臣と外相である。
今までは日中国交回復は、アメリカ追随外交の表れだと思っていたが、どうやらそうではなかったらしい。
というのも、キッシンジャー訪中でアメリカは中国との関係改善に乗り出したものの、一気に進んだわけではない。
ところが日本はそんなアメリカを追い抜いて先に国交回復してしまったようである。
アメリカからは「拙速だ」という圧力がかかったにも関わらず、田中角栄総理は押し切ったという。
歴史とはつくづくよく学ばねばならない。

有名人が取り上げられるのは、冒頭だけ。
以後はすべて無名の日本人たちである。
中国空軍創設に協力した旧軍人を始めとして、建国の革命戦争に協力した人たち。
ずたずたになったインフラ整備に関わった人たち。
文化大革命を生き抜いた人たち。
そして現代中国でも経済大国になる過程で貢献した人たちが数多く紹介されている。

著者はこの本の中で、ただ中国に貢献し今でも尊敬される日本人を列挙して終わりにしたくないと述べている。
これからどのようにして、中国でそして世界で尊敬される日本人になっていくのか考えるヒントにしてほしい、と。
どの国に対してであれ、長期的視点に立って考えていく事は必要な事である。
ましてやそれが隣国中国であれば尚更であろう。

取り上げられている人たちは、いずれも私利私欲を越えて活動した人たち。
驚くのはその数の多さ。
この本でもすべての人が取り上げられているわけではない。
いたずらに対立的な部分を取り上げるだけでなく、この本に出てくる人たちの如く、多角的に考えていきたいものである・・・


     
中国で尊敬される日本人たち [単行本(ソフトカバー)] / 朱 建榮 (著); 中経出版 (刊)

   
     
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