2011年05月29日

【もっといい会社、もっといい人生】チャールズ・ハンディ 読書日記158


  
第1章 市場原理だけではうまくいかない
第2章 効率追求の落とし穴
第3章 資本主義の欠陥を抑えて
第4章 個人が主権者となる時代
第5章 自分の夢と社会の夢の両立
第6章 生きる意味を探求する
第7章 ほかの人なしに自分もない
第8章 もっといい資本主義を求めて
第9章 社会にとっての良き市民としての会社
第10章 適正な自己中心性を育てるための教育
第11章 個人と会社が羽ばたくための政府の役割

著者は英国のピーター・ドラッカーと称される欧米を代表する経営思想家らしい。
正直名前も聞いた事がなかったが、有名な方のようである。
そんな著者が生き方、世の中のあり方について綴った一冊である。

全部で3部に分かれているが、第1部は第1章から第3章までで、「きしむ資本主義」と題されている。
社会主義の失敗によって、一人勝ちしている資本主義ではあるが、当然その弊害もある。
市場と競争にある弊害、効率追求の落とし穴、資本主義は手段にすぎず、何を目的として求めるかは我々次第といった主張が展開される。
まさにその通りの意見である。

第2部は第4章から第7章で、「人生の意味を位置づけ直す」と題される。
ここは個人を主体として、自らの夢の実現や生きる意味の追求が語られる。
「終身雇用はやがて終わりを告げ、専門性をもって企業を渡り歩くようになる」との指摘はすでにアメリカで実現しているような社会のイメージなのかもしれないが、そこからは距離のある我々の社会もいずれそうなるのだろうか、と考えるところである。

第3部は「よりよき資本主義を求めて」とあり、最後の総括的な意味合いになる。
個人のあり方、会社のあり方、政府のあり方が語られる。
利己と利他と参加と責任感がバランスよく調和した「適正な自己中心性」。
利益だけでなく社員の雇用、取引先、社会や環境への配慮も怠らない理想的な「品位ある資本主義」。
まさに反論の余地はない。

ただどうだろう、理想論としては確かにその通りなのだが、なんとなく違和感を覚える。
著者は若くして大企業の重役になるなどの成功者である。
その他大勢の「現実に足掻く」庶民の悩みからは、正直言って距離がある感じがする。
僻み根性なのかもしれないが、遠く輝く理想の灯火も大事だが、足元を照らす明かりも必要な気もする。
ただ一度は考えてみるべきテーマかもしれないし、そういう意味では参考になる一冊である・・・

       
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2011年05月28日

【怒らないこと】アルボムッレ・スマナサーラ 読書日記157


         
第1章 「怒り」とは何?
第2章 怒りが幸福を壊す
第3章 怒らない人
第4章 怒りの治め方

著者はスリランカ上座仏教の長老。
詳しくは知らないが、仏教の立場から随分と本を出しているようである。
日常生活の至る所で、「怒らない」事の重要性を個人的によく感じている。
特に家庭生活では必須のようだ。
そんな昨今の個人的感情に、ジャストミートしたタイトルである。

しかしながら期待のタイトルに反して、その内容は今一歩といったところだ。
この本の主張は、簡単に言えば「怒ると損ですよ」という事なのだが、そうした事を長々と論じるのには一冊の本では長すぎると言う事だ。
それとこれは著者の日本語の能力が原因かもしれないが、喩えがあまり説得力を持ち合わせていない事もある。
ただ、だからと言って、この本の主張がおかしいという事ではない。

第1章は怒りとは何かの説明である。
ここは割りとなるほどと思うところが多い。
「感情の物差しは人によって違う」
「自分を治せば幸福に生きられる」
「私は正しいと思うから怒る」
「私だけが唯一正しいが人間の本音」
確かにその通りである。
「人間の心には都合の悪いことだけ覚えておいて、役に立つことはけろっと忘れるという法則がある」という部分には思わず膝を打つ。
我が家の嫁姑問題にも見られる事である。

第2章以下は正直言ってあまり響いてこない。
怒らないことの重要性がわかっても、「ではどうすれば怒らなくて済むのか、済ませられるのか」、大事なのはそこの部分だと思う。
肝心な部分が結局、「怒らないようにしましょう」ではインパクトが弱い。
やっぱり理屈やテクニックではなく、ただひたすらに心掛けるという事なのかもしれない・・・


                 
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2011年05月27日

【野球の神様がくれたもの】桑田真澄 読書日記156



1.アメリカへ
2.早稲田へ
3.これからの野球界へ

著者は元読売ジャイアンツのエースピッチャー桑田。
前回読んだ 「心の野球」がとてもよかったので、続けて手に取った一冊である。
しかしながらこの一冊は前著とはちょっと趣向が異なる。

第1章はアメリカでのメジャー体験が語られる。
およそテレビで試合は観る事ができても、こうした裏側の世界は我々には知り様がない。
そうした一つ一つのエピソードは、野球好きには興味深い。
実力主義のメジャーの世界、体も小さく、年もいっている桑田をみんな相手にしていない。
しかし、投球を始めた途端みんなの見る目が変わる。
そして貪欲に教えを請いに来る。
実力を見せればガラリと態度が変わるアメリカを「わかりやすい」と桑田は言う。

そんなメジャー挑戦もあと少しのところで怪我に見舞われてとん挫する。
肘を手術した時の恩人フランク・ジョーブ博士に再び手術してもらうも、結局引退。
新聞での断片的記事でしか知らなかったあの頃の桑田は、こんな様子だったのかとわかり、それもまた興味深い。

第2章になると学術的になる。
早稲田の大学院に入って勉強するのだが、ここで取り上げられたのは修士論文に加筆されたもの。
プロ野球の歴史から説き始め、アマチュア野球の指導理念に至る文章が紹介される。
ここも野球好きならついていけるが、論文だけにお堅い内容だ。

そして第3章では野球界への提言。
野球選手の平均引退年齢は29歳で、そのあとの人生の方が遥かに長くて重要という意見は、野村監督も述べていた。
若い選手、アマチュア連盟、そしてコーチに向けてそれぞれ提言が述べられている。
具体的なエピソード満載の(しばしば自慢も入る)野村監督の本と違い、非常に真面目な内容になっている。
「桑田らしい」と言えるだろうか。

いずれコーチ、そして監督としてジャイアンツに戻ってくるのだと思うが、その時には大いに期待したいと思わせられる一冊である・・・


     
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2011年05月19日

【逆説の日本史17】井沢元彦 読書日記155

逆説の日本史17 江戸成熟編 アイヌ民族と幕府崩壊の謎 [単行本] / 井沢元彦 (著); 小学館 (刊)

第1巻から読み続けて約15年以上。
ほぼ1年に一冊の割合で出版されているこのシリーズも17巻となった。
時代は下って江戸後期。
いよいよ幕末に差し掛かる。

その前にアイヌ。
日本史の教科書ではほとんど取り上げられる事のないアイヌ史まで取り上げてしまうところが、このシリーズの良いところ。
されどアイヌには文字がない。
したがって、その歴史を辿る術はなく、勢い倭人側の資料となる。
それでも蝦夷と呼ばれた地の歴史は興味深い。

見捨てられた地であったはずの蝦夷地。
ロシアの南下策が幕府の注目を浴びる契機となる。
アイヌを馬鹿にしていた時代は、それがゆえにアイヌの文化は生き延びた。
しかし、ロシアの南下に対抗するためには、蝦夷地が日本国でないといけない。
そのためにはアイヌを日本に同化させ、「日本の一部」である事にする必要性が生じる。
こうしてアイヌの文化が蹂躙される事となった皮肉と、その背景にあった思想。
前半のこの記述も目から鱗である。

そして幕末。
攘夷思想につながる朱子学。
本居宣長の「宗教」が、幕末に一人の売国奴が出ない奇跡を生んだという記述。
外国勢と組んで自分の勢力を広げようとする輩が、我が国からは出なかった。
その背景にある朱子学の思想も興味深い。
歴史の授業で取りあえず習うものの、朱子学についてのここまでの考察は見聞きした経験がない。
このシリーズでは一貫して、日本史研究における「宗教的側面の軽視」が批判されているが、ここでもそれは繰り返される。

突然やってきたわけではなかった黒船。
幕府がなぜ無策だったのか。
それに対する朱子学の影響。
江戸の三大改革のうそと実態。

まさしく歴史とは人の歴史。
事実だけ羅列された歴史の教科書からは、決して読みとる事のできない過去に生きた人たちの息吹が感じられると言ったら、大げさであろうか。
現代に至るまで道路舗装率が低い我が国の、意外な事実と江戸時代に遡るその理由も興味深い。
まだまだ続くこのシリーズ。
一年待つのがもどかしいシリーズである・・・

   
    
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2011年05月11日

【利益第二主義】牧尾英二 読書日記154

利益第二主義―過疎地の巨大スーパー「A-Z」の成功哲学 [単行本] / 牧尾 英二 (著); ダイヤモンド社 (刊)

鹿児島県にある巨大スーパー「A−Z」について、社長自らが語った一冊である。
スーパーA−Zは、鹿児島県に3店舗展開しているが、第1号店は1997年に開店。
日本で最初の24時間営業、駐車場台数は1,500台、敷地面積は東京ドーム3.6個分というから巨大だ。

しかも人口わずか27,000人の町にオープンしているのである。
規模と集客がマッチせず、誰もが失敗すると思っていたが、蓋を開ければ大成功。
今では同業者なども見学に訪れ、2号店、3号店とオープンし、今後あと2店舗オープンする予定だという。

そんなスーパーを作り上げたのが著者であるが、もともとは自動車のセールスマン。
小売業の素人が、素人ゆえに愚直にお客様の生活のお手伝いをしようと店づくりを行ってきたが、その過程がつぶさに語られる。
商品のPOS管理もせず、お客様が必要だと思う品物を揃えていったら、品数なんと36万点。
常に安売りしているので、タイムサービスや日替わり特価などの特売も行わない。
チラシも撒かず、仕入れは地元業者優先。
効率経営には一切背を向けている。

通路も常識的な0.9〜1.2mではなく、大型カートでも余裕ですれ違える1.5メートル。
過疎地ゆえに高齢者向けに巡回バスを片道100円で走らせる徹底ぶり。
中小企業診断士のテキストに書いてある事は、ここでは通用しない。
それでも顧客の支持を集め、売上は年々増え続けている。
その姿勢は24時間営業の説明に表れている。
「昼間は利益があがるから店を開ける、深夜は利益があがらないから店を開けないというのでは、店の都合をお客様に押し付けているに過ぎません」

いやはや何とも、である。
お客様の声に応えて、軽自動車まで販売し、車検までやってくれるという。
そんなエピソードが満載である。
利益第一、効率重視の発想からは、とても産まれなかったスーパーだ。
残念なのは、鹿児島県という遠い地方の過疎地に立地しているという事。
行ってみたいが、簡単にはいけない。
こんなスーパーが近所にあったら、いいのにと心から思う・・・

       
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2011年05月08日

【カッコウの卵は誰のもの】東野圭吾 読書日記153

カッコウの卵は誰のもの [単行本] / 東野 圭吾 (著); 光文社 (刊)

    
作家というものは、実にいろいろな物語を生み出すものである。
「ストーリーで読ませる作家」と私が個人的に思っている東野圭吾は、まさにそれを実感させられる作家である。
ミステリーというジャンルでは、この本も同じなのかもしれないが、東野圭吾の代名詞でもある「ガリレオシリーズ」や「加賀刑事もの」とも違う。
「今度はどんな話なのだろう」という期待感を抱かせてくれる。

主人公は元アルペンスキーのオリンピック選手緋田。
娘の風美もまたその跡を継ぎ、アルペン選手としてオリンピックを目指している。
そして優れたスポーツ選手には遺伝的な繋がりがあるとして、研究をすすめる新世開発とその中心人物である柚木。
柚木は、自らの研究の格好のモデルである緋田親子に協力を求めるが、緋田は非協力的。
実は緋田親子には血のつながりがなく、しかもその事実を知っているのは緋田一人。
そこには自殺した妻が残した大きな秘密がある。

同じように遺伝情報からクロスカントリーの選手としてスカウトされた青年
苦しい家庭事情からクロスカントリーをせざるをえず、嫌々ながら練習に励む。
父親の雇用と引き換えに、ミュージシャンに憧れる気持ちを抑えているのである。
二組の親子が新世開発という企業を挟んで描かれていく。
そして「事件」が起こる。

カッコウという鳥は、他の鳥の巣に卵を産みつけそのまま子供を育てさせる。
「托卵」というその習性が登場する二組の親子とかけあわせてタイトルになっている。
なかなかうまいネーミングだと思う。
例によって最後まで謎解きは保留され、ページをめくるスピードがついつい早くなる。
こうしたテーマでさえ、読ませられるところは、やっぱり「ストーリーで読ませる作家」だと思う。

東野圭吾が読んでハズレのない作家である事には変わらないが、相対的に比べたら「中程度」というレベルの作品だというのが正直な感想。
と言ったからと言って、これからも愛読したいと思う作家であることにはまったく変わらない。
次回作を楽しみにしたい・・・


     
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2011年05月03日

【ルポ貧困大国アメリカU】堤未果 読書日記152

ルポ 貧困大国アメリカ II (岩波新書) [新書] / 堤 未果 (著); 岩波書店 (刊)

第1章:公教育が借金地獄に変わる
第2章:崩壊する社会保障が高齢者と若者を襲う
第3章:医療改革vs医産複合体
第4章:刑務所という名の巨大労働市場

「世界一豊かな国は?」と問われれば、まず「アメリカ」というイメージが浮かぶ。
しかしながらアメリカは、「チャンスの国」でもあると同時に「格差の国」であるのも事実。
「貧困大国アメリカ」というある意味衝撃的なタイトルに惹かれて手に取った一冊である。
前作もあるらしいが、読んでいない。
しかしながら各章は独立しているので、読んでいなくても違和感はない。

全体は4つの章に分かれているが、そのどれもが知られざる実情で衝撃的である。
第1章は値上がりしつづける公教育とそれにまつわる借金地獄の問題。
アメリカの大学では授業料が値上がりし続けている。
これは我が国でも同様であり、違和感はない。
しかしながら問題は、その費用を借り入れた場合だ。

かつては奨学金でかなりカバーされていたが、それも先細り。
格差社会のアメリカでは、学位がなければ一生単純労働者だという恐怖が若者たちにはある。
したがって、その費用を民間の学資ローンで賄う。
ところが、卒業しても就職がすぐになく、そして消費者保護法の対象外である教育ローンは金利が高く、あっという間に借金が膨れ上がる・・・
その被害は低所得層のみならず、中間所得層まで及ぶ。

第2章は主として自動車産業の労働者の話。
手厚い社会保障で悠々自適の老後を送るはずだった労働者たちが、GM破綻に代表される自動車業界の不況であてにしていた年金がもらえなくなると言う話。
ここは個人的にはあまり同情できるところではない。
ストを盾に会社の業績などお構いなしに労働者の権利ばかり膨れ上がらせてきた労組(UAW)の責任でもある。

第3章は映画 「シッコ」でも描かれていた医療保険の話。
これは本当にひどい話だ。
しかし手厚くすれば我が国の保険制度のような崩壊寸前の状態にもなりかねないし、本当に難しい問題だと言う事が実感させられる。

第4章こそアメリカらしい問題だ。
アメリカでは民間の刑務所がある。
これはある程度理解可能な世界だ。
ところがこの刑務所が「安い労働力」を売り物にビジネスをしているというから驚きだ。
東南アジアのどこよりも安い「労働者」を使えるから利益は大きいわけだ。
例として電話交換手が上げられているが、社会保障も福利厚生も不要なので驚くほどコストが安い。
しかも「働き手」は、刑務所内では断トツに待遇がよいので希望者が殺到するという。
実にアメリカ的だ。

しかし恐ろしいのはホームレスなど法改正によって、ホームレスというだけで収監されるというところだ。
失業して気がつけば刑務所に入れられて安い労働力にされてしまう、という恐怖が現実のものとなっている。
我が国の問題など実に可愛いものに思えてしまう。

知られざるアメリカの一面という意味では、なかなか興味深い一冊である。


     
      
posted by HH at 23:11| Comment(2) | TrackBack(0) | ドキュメント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする