2011年06月25日

【コーチング】落合博満 読書日記169



第1章 教えるのではなく学ばせる
第2章 指導者とは何か
第3章 選手(部下)をダメにする選手言葉の悪送球
第4章 組織の中で、「自分」を生かす術
第5章 勝ち続けるために、自分自身を鍛えろ!

先日 「なぜ日本人は落合博満が嫌いか?」を読んで以来、無性に読みたくなってしまった落合監督の本。その昔、「勝負の方程式」という本を読んだ事があるが、以来2冊目として読んだのがこの本である。しかし、書かれたのは2001年とちょっと古い。
現役を引退し、まだ中日の監督に就任する前の時代である。

「私には、コーチという仕事は教えるものではなく、見ているだけでいいという持論がある」
冒頭、いきなりこんな言葉から始る。
まさに「落合らしい」常識に真っ向から立ち向かう言葉である。
選手が勝手に育つまで、指導者はひたすら我慢すべき、とどうにも常識外れに思える言葉が続く。

しかし、実はこの「常識」というものが曲者なのだと思わせられる。
何事も初めから手取り足とり教えても、その選手にはその選手にあったやり方があるはずで、それを見つけるのは選手本人だという事らしい。
子供のやる事についつい口を挟みたくなる親からすると、ちと耳が痛いかもしれない。
だが、考えてみればたぶんそれが真理なのだ。

「欠点を直すこと。それは良い部分が失われることでもある」という言葉も刺激的だ。
ついついダメな部分に目が行ってしまうのが人間。
だがどの道でも「欠点を矯正するよりも、長所を伸ばすことが近道」なのだという。
こうした考え方は、野球選手に限らず広く当てはまる。
「そんなことは常識だ」、「なんだ、そんなこともわからないのか」は上司の禁句だという。また部下も「言われなくてもわかっている」と言う人間は大成しないと厳しい。
野球に関わらず、真理は一つなのだろう。

「俺流」で有名で、唯我独尊といったイメージのある落合だが、その真の姿は異なるようである。まず「個人」があって「組織」があると考える。だから直属の上司だけに囚われず、必要とあれば指導者を求めて増やせと説く。異なったカルチャーを持つ人たちの話を聞くのも良い経験だと続く。落合は現役時代、投手の話もよく聞いたのだとか。

「パーフェクトに近づくためには『慣れ』が肝心」だとか。
何だか羽生名人もそんな事を書いていた。
偶然とは言え、それは大きな真理に違いない。
「『時間がない』は単なる言い訳。時間の使い方が下手なだけだ」。
これも真理だ。

一つ一つの言葉が、コツコツと響いてくる。
やっぱりこの人はタダ者ではない。
川上哲治元巨人軍監督が、「監督として日本一の人材」と太鼓判を押しているのも頷ける。
「人生で満点の回答は書けない。だから、壁にぶち当たっても逃げるな」
そうだ、そうしたいものだ。

いずれ監督業を終えたら、著作に励むのかもしれない。
この人の書く文章ももっとたくさん読みたいと思わされる一冊である・・・


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2011年06月24日

【大局観】〜自分と闘って負けない心〜羽生善治 読書日記168



第1章 大局観
第2章 練習と集中力
第3章 負けること
第4章 運・不運の捉え方
第5章 理論・セオリー・感情

現代日本将棋界きってのプロ棋士羽生名人が、その考えを語った一冊である。
将棋界の状況はあまり詳しくはないが、将棋界における7大タイトル(王将、名人、竜王、棋聖、王位、王座、棋王)を96年にすべて独占し、かつそのなかの6つで「永世」称号を持っているのだとか。
なかなかその実績は凄い。

そんな棋士が「大局観」といういかにも棋士らしいタイトルで語る内容とは、どんなものかと期待しながら読み始める。
冒頭でいきなり負けた対局から始る。
2008年の竜王戦で、3連勝のあと4連敗という史上初の負け方だったらしいが、最強と言える棋士が負けた勝負から入るところがなんとも言えない。
そして、「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」と野村監督も使っている言葉が出てくる。
「反省はするが後悔はしない」という将棋界の言葉がうまく説明されていく。

中味に入っていくと、正直言って「大局観」とはあまり関係なさそう。
しかしながら、さすが勝負師らしい考え方は大いに刺激を受けるところである。
例えば「リスクを取らないことは最大のリスクである」という部分。
いつも対局では、「直感」「読み」「大局観」を駆使して手を考えているという。
そしてやはりリスクと正面から向き合い、リスクに伴う恐怖や不安に打ち勝つ事が永続的にリスクを取り続ける王道だという。
ただ闇雲にリスクを取るのではなく、視野を広げてリスクを軽減し、またリスクのとり方にもバランスが必要と説く。

とりとめもなく綴られているように思える文章だが、時折はたと目を奪われる言葉が出てくる。
 「続ける事」は偉大な才能である
 「慣れ」によって余裕が生まれる
 繰り返しの大切さ
 負けるには理由がある
 研鑽を積んだ者のみにある「直感」
何気なく書かれているが、深い言葉だと感じる。

将棋の世界だけでなく、映画 「アバター」や井沢元彦の 「逆説の日本史」 「ブラック・スワン」といった本の事も出てくるから、映画や読書なども幅広くこなしている事が伺える。

さすが、知のスポーツの巨匠。
味わい深い一冊である・・・


     

     
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2011年06月21日

【創業者夫婦が初めて語る≪やずや≫の秘密 】栢野克己 読書日記167



Part1 実録スクープ!矢頭宣男の独白「ここまで教えるつもりはなかった・・・」
Part2 初公開!矢頭宣男講演録「深く穴を掘れ。穴の直径は自然に広がる」
Part3 矢頭美世子 現会長が初めて語る
Part4 矢頭宣男に学んだ人たち
Part5 矢頭宣男に学ぶ人生逆転の秘訣

通信販売でその名も知られる「やずや」。
我が家でも利用している事もあって、興味深く手に取った一冊である。
著者はもともとやずやと古くから広告を通じて付き合いのあったという、中小零細企業コンサルタント。
その著者がやずやを取り上げて語った本である。

もっともやずやの創業者である矢頭宣男氏は既に故人。
よって本人が語るのではなく、周りが語るという形になっている。
新たにインタヴューする事も出来ず、過去の事実を丹念に拾い集めてつなぎ合わせて書かれている。この本は、狙いは良いと思うのだが、どうもそこに最大の欠点があるように思われる。

矢頭宣男氏は様々な商売に携わり、やがて44歳の時にやずやをスタートさせて大成功させる。それに至る苦労話が随所に広がる。
やがて成功法則をみんなに広めるようになる。
それが「経営計画書」。

まずは自分自身の「人生計画」を立てるところから始める。
自分の年齢に家族の年齢を併記する。
これはちょっと面白いと思う。
何歳の時に何をする、どんなイベントがある、そんな事を意識するのも悪くないかもしれない。例を見本に今度の土日にでも作ってみようかという気になる。

現会長である奥さんの献身的な内助の功も成功の一因のようだ。
夫婦揃ってセミナーなどに出掛けては勉強していたそうで、それが矢頭宣男氏が亡くなってもやずやが衰えずにさらなる発展をした理由なのだろう。
しかし、その他は矢頭氏の経歴ぐらいが面白い部分だろうか。

何せ同じような話が何度も何度も出てくる。
たぶん重複する部分を削れば、本の厚さは半分になるはずだ。
それは肝心の創業者が故人であるというのが最大の理由であり、惜しい部分だと言える。
とは言え、「深く穴を掘れ。穴の直径は自然に広がる」という「一つの事に特化せよ」との意味の言葉は、秀逸だと思う。
学べる部分はしっかり学びたいと思う一冊である・・・


      
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2011年06月18日

【これからの思考の教科書】酒井穣 読書日記166



第1部 ロジカル・シンキング
第2部 ラテラル・シンキング
第3部 インテグレーティブ・シンキング

「思考の教科書」とのタイトルにある通り、代表的な思考方法について解説した初級入門書的な本である。
そういう意味では、若手社会人向きと言える。

第1部で取り上げられるのは、あちこちでもお目にかかるロジカル・シンキング。
ロジカル・シンキングとは、「極端に言えば同じ事実が与えられれば同じ結論を導くことができるスキル」の事と解説されている。
物事を筋道立てて考えるという事であるが、社会の中で納得性をもって話を進めていくには必要なスキルだ。

興味深い例として、日本とドイツのサッカーが取り上げられている。
ドイツではコーチが子供たちに「どうしてそういうパスをしたのか」と問うと、子供たちは論理的思考をぶつけあって子供たちで議論する。
日本では同じことをすると、子供たちは黙ってコーチの顔を見る。
日本のサッカーやラグビーがなぜ世界で勝てないのか、その一端はこういうところにあるのかもしれないという。
日本人がロジカル・シンキングに弱く、したがってサッカーのようなチームプレーといいつつ、個人の力の影響が大きいスポーツに勝てない理由だという。

ラテラル・シンキングは、これに対して水平思考と言われるが、一つの穴を掘り続けると別の穴を掘れなくなるという喩えはわかりやすい。
ロジカルに考えていくと結論にたどりつけない問題を、まったく別の発想で解決するという考え方は、いわれてみればその通り。

金持ちと娘の喩え話がわかりやすい。
金を返せないなら牢屋に入るか娘を差し出せと言われた父親。
チャンスをやろうと財布に入った二つの石からひとつを選べと言われる。
白なら借金帳消しだが、黒なら娘をよこせという。
しかし、実は財布の中は二つとも黒の石。
それを知った娘はどうすべきか・・・

ロジカル・シンキングでは解決できないこの問題。
娘はラテラル・シンキングで解決する。
すなわち、石を取り出し、何色かわかるまえに落としてしまう。
残った石を確かめれば、落とした石の色がわかると答えるのである。
なるほど、と相槌。

最後のインテグレーティブ・シンキングは両者の融合。
どちらか一方を選ぶのではなく、より優れた第3のアイディアを生み出そうという考えだ。
ただわかりにくいのは理屈の説明に終始しているところだ。
現実に直面した時に、理屈ではなくどう利用していくのか。
残念ながらここの説明だけではわからない。

取りあえず理屈だけ学び、それ以降はまた別の機会にということなのだろう。
だから入門編なのであるが、そう割り切れば、それはそれでいい本だと言える。
目的をもって選べば悪くはない本である・・・



    
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2011年06月17日

【娼年】石田衣良 読書日記165




私の好きな作家の一人である石田衣良の作品。
面白いタイトルであるが、「娼」は「娼婦」の「娼」。
「年」は少年の「年」。
字の如く、金で女性と付き合う若い男の物語である。

主人公は20歳の学生リョウ。
大学には真面目に通わず、バーテンのバイトをして日々を過ごしている。
そんな彼の下に、ホストをしている友人が一人の女性を連れてくる。
その女性御堂静香は、実は会員制のボーイズクラブのオーナー。
これと思う男を口説いて自分のクラブに引きこんでいたのである。

リョウはどちらかと言えば覚めた男。
普通の20歳の男のように女の尻を追い回さない。
女性やセックスをつまらないと感じている。
御堂静香に、「女性やセックスがつまらないというのは、問題あると思うな」と言われると、「問題はあるかもしれませんが、それはぼくの問題です」とリョウは答える。
なかなかこのやり取りは趣味が良い。

リョウは御堂静香の誘いを受けて、クラブで働き始めるのだが、リョウを口説く静香の言葉もなかなか味がある。
「ふたりですれば素敵なことを、あなたはいつもひとりでしている。退屈になるのも無理ないな」
「あなたは女性をもっと信じなさい。あなたがつまらないと見下しているものは、もっと素晴らしいものよ」
売春もこのように言い替えると素敵なものになる。

クラブで働き始めたリョウ。
同じクラブで働くアズマや咲良。
ホストをしている友人のシンヤにいつも授業のノートを取ってくれているメグミ。
次第に変わっていくリョウ。

セックスの描写も石田衣良の手にかかると芸術の香りが漂ってくる。
濃密な描写もどこか美的感覚に満ちている。
それはまさに「ふたりですれば素敵なもの」。
リョウのひと夏の成長物語として、読後の余韻にたっぷりと浸る事ができる。
さすが名手、と思わず拍手の一冊である・・・


    
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2011年06月14日

【日本よ、永遠なれ】山谷えり子 読書日記164



第1章 日本が嫌いですか?
第2章 独裁は許せません
第3章 国益無視の「媚中反米」
第4章 民主党は変わってしまった!?
第5章 「教育再生」を止めてはならない
第6章 子供たちの未来のために
第7章 家族崩壊が国を滅ぼす
第8章 再び保守の確立を
第9章 愛する日本を守りたい

著者は自民党参議院議員。
サブタイトルに『止めよう、民主党政権の独裁と暴走』とある。
まあ自民党議員という立場上、こういうタイトルの本を書きたくなるのだろうと半分訝しいと思いながら手に取った本である。
書いたのは平成22年3月であるから、そこを勘案して読まねばならない。
まだ菅政権は誕生していない。

冒頭から、外国人参政権問題をはじめとして、外国(特に中国・韓国)に無防備な民主党政権をぐさりと刺す。
小沢・鳩山コンビの危うさ、マニュフェストの問題等が続く。
著者が携わったという教育再生に関する予算が、日教組の後押しを受けた民主党政権によって反故にされていると悔しさを滲ませる。
そう言えば教員免許の更新制度もうやむやになっている。

前半は批判が続くも後半は提言が出てくる。
ジェンダーフリー思想は男性だけではなく女性も不幸にするという部分は、女性議員らしい発想かもしれない。
国のあり方、個人、家族、自身の経験を踏まえての意見はなかなか傾聴に値する。
伝統的なものを大事にしようという主張は、まさに保守本流の考え方で無条件に支持したいところだ。
全体的に説得力があり、こういう議員に一票を入れたいものだと思わせられる。
議員のふだんの活動状況などが窺い知れるところも、「やっぱりちゃんと働いているのだ」と思わせられる。

しかしながら、無茶苦茶やって自滅して民主党に政権を譲ったのは他ならぬ自民党。
この方にどこまで責任があるのかはわからないが、この本に書かれている事は実践をともなうものなのだろうかと、ふと思う。
みんながみんなこんな考え方で仕事をしていたら、日本はとっくに良くなっていたはずだ。
はたしてキレイ事なのか、それとも本心だが、単身ではままならないのか。
願わくば後者であってほしいと思う一冊である・・・


    
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2011年06月12日

【プラチナデータ】東野圭吾 読書日記163



東野圭吾らしいスピード感あるサスペンスである。
主人公は二人。
刑事の浅間玲司と科学警察研究所(科警研)の主任解析員神楽龍平である。
科警研において新たに開発されたDNA捜査システム。
これを使えば犯行現場に残されたDNAから、犯人像を分析して割り出す事が可能となるという画期的なもの。
ある事件ではそれにより瞬時に犯人逮捕につながる。

しかしそんな優れたシステムにも欠点があり、登録しているDNA情報がないとNF(Not Found)となってしまう。
そしてまさにそのNFとなる連続殺人事件が発生する。
ストーリーはそんな連続殺人事件を追う浅間刑事と、やがて大きな謎の渦中で姿を消さざるをえなくなる神楽を追う。

一方で、国民のDNA情報を集めるにあたっての、人々の心理的抵抗とかシステムから生み出されてくるエゴなどが描かれていく。
末端の兵隊は何も知らされず動かされるだけという警察組織の特徴と、それに抗う浅間。
それぞれの思惑を抱えて出てくる登場人物たち。

最後までスリリングに一気に読ませてくれるストーリー展開はさすがと言える。
「プラチナデータ」というタイトルも、ストーリーを読めば実にしっくりとくるものだとわかる。
実に東野圭吾らしい一冊である・・・
      
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2011年06月11日

【なぜ「そうじ」をすると人生が変わるのか?】志賀内泰弘 読書日記162



第1話 「そうじをすると、お金が手に入るのか?」
第2話 「そうじをすると、夢がかなうのか?」
第3話 「そうじをすると、人生が変わるのか?」
「気づきのキーワード解説」

そうじをする事によって、身の回りの様々な事が変わっていくという「そうじの効能」はあちこちで主張されている。これはそんなそうじにまつわる実話をベースとした、日本初の「そうじ小説」との触れ込みである。

3つの章に分かれているが、登場人物たちはみな同じ。
ガスショップに勤める山村圭介。
圭介にそうじについてのヒントを与えるなぞの老人。
そしてかれらを取り巻く人たち。

ある日、通勤途中で山村圭介は公園でゴミを拾う老人を見かける。
圭介はそうじを疎ましく思っている。
そうじするように言う社長に対しても、そうじをして売上が上がるのかという始末。
そんな圭介に、老人は「拾った人だけがわかるんじゃよ」と答える。
そんな事があって、ふとした時に圭介は空き缶を拾ってゴミ箱に捨てる。

それをきっかけにしてそうじに目覚めた圭介。
そしてそれが周りに伝播していく。
やがて商店街のクリーンアップ運動に繋がり、さらに信じられないような動きへと進んでいく。うまく出来過ぎたような話だが、似たような実例も紹介してあってそれはそれで説得力がある。なぞの老人もまた、過去にそうじで今の地位を築いている。

「そうじなんて」と誰もが思うし、それが普通だと思うのだが、ここに書かれているエッセンスは馬鹿にできない。

『ゴミを1つ捨てる者は、大切な何かを1つ捨てている。ゴミを1つ拾う者は、大切な何かを1つ拾っている』
『仕事は【気づき】じゃ。そしてそうじは【気づき】を教えてくれる最も安上がりで、最も簡単なトレーニングなんだ』
『そうじをすると売上が上がるんじゃよ。だがな、【売上が上がるから拾おう】と思ったとたん、売上が上がらなくなる』
『お金より大切なもの、それは一つのことをやり続けることの大切さ。辛抱することや、バカになって物事に打ち込むこと』
『気の遠くなるほどの量があっても、1億から1を引けば、残りは間違いなく99,999,999になる。そう信じるだけだ』

読み終えてこれらの言葉を見直すと、小説のストーリーと相俟って、説得力を増してくる。
なるほど、確かにそうなのかもしれないと思える。
告白すると、これを読み終えたあと、思わず職場の机のまわりをそうじしてしまった私である・・・

     


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2011年06月07日

【なぜ日本人は落合博満が嫌いか?】テリー伊藤 読書日記161


 
第1章 なぜ私は落合博満を称賛するのか?
第2章 落合の非常識革命
第3章 なぜ日本人は落合博満が嫌いなのか?
第4章 「落合力」が日本を救う
第5章 長嶋茂雄と落合博満
第6章 落合よ、永遠なれ!

好きな野球選手を3人挙げろと言われたら、個人的には長嶋、落合、野茂とするだろう。
そんな私の目に留まったタイトル。
それだけで選んだ本である。
手にとって初めて著者がテリー伊藤だと知った。
正直言ってテリー伊藤の本を読むなんて夢にも思わなかった自分。

落合とテリー伊藤という結びつきは今一イメージしにくいのだが、まあいろいろと付き合いはあるようである。
テリー伊藤自身、熱烈なジャイアンツファンで、かつ長嶋ファンだという。
さらに落合ファンという事になると、私と同じ趣向からだろうか、読み進む内容も実にフィットしてくる。

野村監督の本によれば、落合は野村監督も絶賛する野球の理論家だ。
だがほとんどマスコミの前で語らないから、そうした実情は我々には伺い知れない。
そんな落合の素顔を、テリー伊藤は語る。

落合は非常識だ。
普通は監督に就任すると、成績を意識して大補強を要請するものなのに、最初の年に「補強はしない」と宣言して、しかも1年目で優勝してしまう。
キャンプも変わっていて、全員が初日から全力で動けるように変えてしまう。
そんな凄さは、初めて知った事実だが、落合なら「さもありなん」と思える。

そして落合監督の強烈なエピソードと言えば、日本シリーズでのパーフェクト目前での投手交代。賛否両論を巻き起こしてもどこ吹く風で動じない。
WBCに選手を派遣せず批判されたが、その事情はこの本で初めて知った。
事情を知れば、納得できる。

なぜ落合が嫌われるのか。
その理由は、やはり現役時代の契約交渉のゴタゴタだろうと個人的には思っていた。
日本人初の1億円プレーヤーなのであるが、年俸を巡っての球団とのゴタゴタはやはり印象が悪かった。
日本人はお金を口に出す人間を好まない。
黙って仕事をする姿を称賛する。
落合はそうではない。
しかしテリー伊藤の分析は別にある。
まあそれはそれで事実かもしれない。

端から端まで落合絶賛の本。
普通は知られざる落合の素顔のエピソードは、知り合いならでは。
偏見を持たずに読んでみたら、落合嫌いの人も考え方が変わるかもしれない。
あの川上哲治元巨人軍監督が、「監督として日本一の人材」と太鼓判を押しているらしい。
すっかり長期政権となった中日監督だが、やっぱりこれからも落合には注目していきたいと強く思うのである・・・

       

  
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2011年06月04日

【この国を出よ】大前研一/柳井正 読書日記160




第1章 絶望的状況なのに能天気な日本人
第2章 誰がこの国をダメにしたのか
第3章 変化を嫌う若者だらけの国を「日本病」と呼ぶ
第4章 「理想の仕事」探しより「自力で食える」人間になれ
第5章 21世紀のビジネスに「ホーム」も「アウェー」もない
第6章 日本再生のための“経営改革案”を提示する

日本を代表するコンサルタント大前研一と、これまた現代の日本を代表する経営者の一人であるファーストリテイリング(ユニクロ)の柳井正が対談形式で意見を交わす一冊。
冒頭で柳井正が、「もう黙っていられない」と語る。
これまで政治的な発言は避けてきたが、「黙っていられないところまで日本の危機は迫ってきている」からだという。
言わずもがな、である。

失われた20年と言われているバブル後の日本。
それでもまだ大丈夫と思っている人たち。
戦前と変わらぬ考え方。
世界はすでに日本破綻に備え始めているという現実。

政治家と官僚の無為無策。
国によって保護された分野は衰退し、保護されなかった分野が躍進している事実。
変化を嫌う若者たち。
そんな現実への苦言が続く。

「サラリーマン」と「ビジネスマン」は違うと柳井氏は主張する。
ビジネスマンは自ら考えて行動するが、サラリーマンは上司から指示された仕事をこなすだけ。本来仕事とは顧客のために汗を流すものだという。果たして自分はビジネスマンだろうかと問うてみる。

批判ばかりではなく、参考となるべき海外のロールモデルも提示されている。
柳井氏のサクセスストーリーも興味深く、生き方のヒントにもなる。
問題解決の方法も提示されていて、その気になればすぐにでも気持ちは変えられる。
日本人に秘められたパワーは、まだまだ発揮できるとされているし、これからどうしたらよいか考えるヒントにはなる。

この国を出よというタイトルは国を捨てろという意味ではない。
「海外雄飛」という言葉が使われているが、内に籠って満足するなという事である。
少なくともそういう気概だけは持ち続けていたいものである。
何となく漫然と毎日を過ごしている自分に危機感を感じている人は、読んでも無駄にはならない一冊である・・・


     
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