2011年10月30日

【絶対にゆるまないネジ】若林克彦 読書日記199




第1章 こうすれば小さな会社でも世界一になれる
第2章 中小企業こそ営業力を強化しよう!
第3章 「逆境」をどうやって味方にするか
第4章 オンリーワン商品をロングセラー商品に育て上げるコツ
第5章 儲かるアイディアを生みだす思考法
第6章 小さな会社だからこそ世界に挑戦する
第7章 いちばん大切なのは、常に成長を目指すこと

もうメディアなどでかなり有名になっているが、『絶対にゆるまないネジ』を作っているハードロック工業社長の著書である。

ネジといっても、この会社のそれはボルトとナット。
ナットはどんなにきつく締めたとしても、振動などで必ずゆるむという。
ところが、この会社のナットは独自の楔形構造によって、絶対にゆるまないのだという。
そんな「絶対にゆるまないネジ」は、新幹線や原子力発電所や東京スカイツリーなど、ゆるんではならないところに数多く使われている。
この本は、若林社長が開発した絶対にゆるまないネジと、その誕生に至る経緯、そして中小企業のあり方について語られた本である。

若林社長は、子供の頃から発明好きだったという。
10歳の時、疎開先で種蒔き機を発明して大人たちに喜ばれる。
発明で人を喜ばせる、発明は誰でもできる、そう知った時から若林社長は発明の道に進む。
バルブメーカーに就職し、バルブの設計を行っていたが、シーホースナットというナットに出会う。ピンときた若林社長は、それを簡素化し、Uナットを発明する。思い切って独立し、苦労を重ねて会社を軌道に乗せる。

会社は順調に行っていたが、ある苦情を基に、Uナットよりもさらに緩まないネジへと心が向かう。会社を共同経営者に安価で渡し、自らは新しいネジの開発にかかり、ついにハードロックナットが完成する。会社の創業期の苦労、貧弱な工場を見せないための笑い話のようなエピソード。苦労の中にも夢と希望をもって突っ走ってきた一人の男の物語とも言える。

中小企業の経営者がどうしたら世界の中で生き残っていけるのか。
「言うは易し」と思う社長さんもいるかもしれないが、著者にとってはそれが実体験に基づいた経験。ビジネスマンには何かとヒントになる話が多く、それでいてさらりと手軽に読める内容。
改めて日本のモノづくりの凄さを感じる一冊である・・・

     
   
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2011年10月26日

【あなたを天才にするスマートノート】岡田斗司夫 読書日記198


     
第1フェーズ 5行日記をつける!
第2フェーズ 行動採点をする!
第3フェーズ 論理訓練を始める!
第4フェーズ 見せてお話をしてみよう!
第5フエーズ 知識から教養、見識へ!
第6フェーズ ついに世に出る!

タイトルにある通り、思考を整理するための「ノート術」本の一種である。
筆者が10年以上かけて開発したというノート術が、余すところなく書かれている。
しかしながら、ノート術といってもその解説だけで一冊の本を書くのはなかなか無理がある。そのためか、周り道が結構多い。

天才とは、「発想力」「表現力」「論理力」を身につけた人だという。
その定義は別に良いとして、そうした定義にあてはまる天才が誰だとか、そうした議論はノートには関係ない。

肝心のノート術だが、普通のノートを見開き右側から使うというもの。
右側に5行で書く日記、つまり行動記録とそれについての採点を書いていく。
途中でノートは鬱治療に効果がある云々の話が入るが、どうでも良い。
そして論理力を鍛えるというあれこれに、左ページの書き方が続く・・・

実際に著者が書いたノートの実例が登場する。
なるほど、思うままに自由に書き連ねている感じがする。
しかしそのままだとただのらくがき帳にしか見えない。
このらく書きから、一体著者はどのようなアイディアをひねり出したのか、の解説が欲しかったと思う。

世にいろいろあるノート術の本の類とは違うと著者は語る。
それを敢えて否定する気もないが、一つ言える事はこのノート術は著者にはぴったりかもしれないが、読む人すべてに充てはまるものとも言い難い。
私から見れば数あるノート術の“One of them”だ。
ふだん私も何かあるとこまめにメモを取っているが、大きなところでは一緒だ。
だから言わんとするところは理解できる。

なんでもそうだが、試してみなければなんとも言えないだろう。
ある人には有効でも、別の人には使い難いと言う事もあるはずだ。
そこのところは見極めないといけないが、少なくとも私から見ると、この本は「読み終えて閉じたらそれで終わり」という本である・・・

                            
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2011年10月22日

【選択の科学】シーナ・アイエンガー 読書日記197



第1講 選択は本能である
第2講 集団のためか、個人のためか
第3講 「強制」された選択
第4講 選択を左右するもの
第5講 選択は創られる
第6講 豊富な選択肢は必ずしも利益にならない
第7講 選択の代償
最終講 選択と偶然と運命の三元連立方程式

サブタイトルに「コロンビア大学ビジネススクール特別講義」とあるが、著者は同スクールの教授。両親はインド人の厳格なシーク教徒であるという。シーク教徒として、着るものから結婚相手まで、すべてが宗教や慣習で決められるという中で育ち、そしてアメリカの公立学校で「選択」こそアメリカの力である事を繰り返し教えられたという。

そんな二つの世界を通じて得た経験から、「選択」を研究テーマに選んだのだという。
邦題は「科学」となっているが、原題は“The Art of Choosing”。
つまり『Art』であるとしている。
そして本の内容は、原題通り『Art』としての「選択」について書かれている。

シーク教徒の両親は、いわゆる「取り決め婚」であり、結婚相手は両親の親が決めた。
恋愛結婚が当然である世界の住人からすると、インドのように9割の人が「取り決め婚」である社会は不自由な世界に思われる。
だが、必ずしもそうではないという考察が述べられる。

個人主義と集団主義の社会の比較も面白い。
金メダリストのスピーチでは、アメリカ人は個人の能力・努力を理由として語るが、日本人選手は「みなさんのおかげです」と語る。
東西統一の喜びもつかの間、あまりにも多くの「商品=選択の機会」に戸惑う東ドイツの人々。
「権限移譲=個人の選択の自由」で生産効率が上がった工場が、カンボジア・ラオスからの移民工場に同じ制度を導入したが、従業員には受け入れられなかったという。
選択は文化でもあるという。

また選択の自由はあっても、「他人の選んだものは選びたくない」というアメリカ人の気質も紹介されている。
レストランでは他人のオーダーをみて、それとは違うものをオーダーする。
「選択」も他人の意見に左右される。
東ドイツの人ばかりでなく、多すぎる選択肢の前に、しばし人々は動きが取れなくなる。
明らかに合理的な選択すらできなくなってしまう事もある。

せっかく授かった子供が早産となり、もはや植物状態からの回復が見込めないとわかった時、人工呼吸器を外すか否かの選択を迫られた人の反応についても、選択のケースによって異なる。医師たちがその決定を下したフランスの方が、自分たちで決定を下したアメリカよりも、親たちの心は穏やかだったという。様々な実験をベースとしたこれらの例は、その解説とともになるほどと思わせられる。

最後の一文が、この本の主張をよくまとめている。
『選択は人生を切りひらく力になる。わたしたちは選択を行い、そして選択自身がわたしたちを形作る。科学の力を借りて巧みに選択を行う事もできるが、それでも選択が本質的に芸術であることに変わりはない。・・・選択の全貌を明らかにすることはできないが、だからこそ選択には力が、そして並はずれた美しさが備わっているのだ。』

たかが選択と侮るなかれ。
非常に奥深いものなのだと思える一冊である・・・


         
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2011年10月15日

【1Q84 BOOK1<4-6月>】村上春樹 読書日記196



村上春樹の名前はよく知っている。
そして不思議なタイトルの作品を書く事も。
これまで1冊も読んだことがなかったが、さすがに大ベストセラーになっているし、読んでみるかと、とうとう手を出してみた。

3部作構成らしいが、まあ合わなかったらこれでやめればいいと、気楽に手に取ったBook1。
青豆という珍しい名字の女性と、天吾という名の男性の二人がどうやら主人公。
第1章から青豆の章と天吾の章が交互に描かれる。
どちらも独立していて、何の脈絡も関連性もない。
事前の予備知識ゼロでスタートしたから、この先どうなるのかまったく展開が読めない。
そういう新鮮さが好きである。

すらりとした体系で、マーシャル・アーツのインストラクターを務める青豆。
なんとなく、自分好みの女性を頭の中で作り上げてみる。
天吾は予備校の数学教師で、片手間にモノ書きをしている。
まだ自分の小説は世に出ていない。

青豆は、実は人に言えない秘密の“仕事”をしている。
いわば現代の仕事人であろうか。
そして天吾は新人賞の下読みをしていて、不思議な小説と出会う。
17歳の少女ふかえりが書いた、リトルピープルが出てくる『空気さなぎ』というタイトルの小説である。
文章は稚拙だが、含み持った何かを感じた天吾は、知り合いの編集者に言われるまま、それに加筆修正する事にする。

まったく独立平行して進んでいた二人の主人公の登場する二つのストーリーが、少しずつ共通点を見せ始める。
二つの月。
リトルピープル。
宗教法人『さきがけ』。

タイトルの1Q84は、バックグラウンドとなっている1984年から取っている。
「1984」年ではなく、なぜ「1Q84」なのか。
何かが異なるようだが、それはまだ明らかにはなっていない。
二つのストーリーもいずれどこかで合流するのだろうが、今はまだその気配はない。

面白ければ続きを読もうかと考えていたが、続きを読んでみたくなった一冊である・・・


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2011年10月11日

【宿命】東野圭吾 読書日記195


          
東野圭吾の初期の作品。
主人公は地元警察署刑事の和倉勇作。
警官の父を持ち、小学校からクラスの人気者でリーダー格。
運動も勉強もトップクラス。
ところが、目の上のたんこぶなのが同級生の瓜生晃彦。
友達もほとんどいない彼は、勉強でもスポーツでも勇作を凌駕し、勇作は何一つ歯が立たない。

そんな瓜生晃彦の妻となる美佐子。
父が突然地元の名門企業UR電産に転職できたところから、「運命の糸」のようなものを感じている。何か得体の知れない“糸”により、美佐子の家庭は幸運に恵まれ、美佐子自身もUR電産に就職し、役員室秘書に抜擢され、社長子息の瓜生晃彦に見染められる。

冒頭ではレンガ病院とあだ名される病院で遊んだ勇作の思い出と、そこに入院していたサナエという女性の記憶。
そして起こる殺人事件。
UR電産の新社長が殺されるのであるが、瓜生前社長の遺品であるボウガンが凶器であった事から、犯人は関係者であると思われる。
勇作は捜査に加わるとともに、自ら抱えてきた謎の捜査も始める。

さすが東野圭吾作品と言えるのだが、一つの殺人事件を中心に置いているものの、その周りの謎が微妙にブレンドされて、ぐいぐい引き込まれていく。
サナエという過去の記憶の中の女性。
子供の頃から少なからぬ因縁を感じていた瓜生晃彦。
そしてその妻となっていた、かつて愛した女性美佐子。
刑事である父が残した捜査記録。

すべての謎が次第に明らかにされ、勇作・晃彦・美佐子の相関関係も絶妙に展開される。
「宿命」というタイトルが、ラストで強烈なインパクトを放つ。
ただの殺人ミステリーモノではなく、こうしたインパクトが東野圭吾なのだろう。
思わず唸ってしまう一作である・・・

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2011年10月02日

【あたらしい戦略の教科書】酒井穣 読書日記194



第1章 戦略とは何か?
第2章 現在地を把握する〜情報収集と分析の手法〜
第3章 目的地を決定する〜目標設定の方法〜
第4章 ルートを選定する〜戦略立案の方法〜
第5章 戦略の実行を成功させる

著者はオランダ在住で、現地企業で活躍している人物。
同じ著者による「はじめての課長の教科書」は、未読ながらベストセラーになったのでタイトルだけは覚えている。前回 「これからの思考の教科書」 を読んでおり、面白かったために興味を持って手に取った一冊である。

構成もわかりやすく、第1章から「戦略を定義」し、「現状を認識」し、「目標設定」し、「方法」を考え「実行」すると流れに沿って解説されている。
戦略とは旅行の計画であり、時間とともに変化し、そのためバックアッププランも必要と内容もわかりやすい。
よく言われる戦略と戦術の違いも、戦術とは「現場の戦略」という説明をされるとしっかりと理解できる。

第2章では「情報収集」にスポットがあてられる。
情報力は「未来を予測する力」であり、それは「収集力×分析力」によって決まると言う。
そして、戦略は戦争理論ゆえに敵を倒す(競合他社に勝つ)視点になりがちで、顧客視点を忘れるべきではないと釘を刺す。
その顧客視点でも、観察する事が大事で顧客に意見を聞いても必ずしも答えは出てこないと指摘する。フォードの「もしも顧客に何がほしいと聞いていたら、『もっと速い馬がほしい』と言われていただろう」という言葉の引用が巧みである。

ありとあらゆる情報を集め過ぎてパニックに陥るという注意点が最後に挙げられる。
初心者ドライバーは、運転中常に情報収集し続けるから神経をすり減らすが、ベテランドライバーは必要な情報だけを取り入れているから、会話や風景を楽しむゆとりがあるという喩えはなるほどである。
それはそうだが、ここの部分は実際は難しいかもしれない。

各章それぞれわかりやすさがいい。
それは決して、「食べたことのないものの味はいくら本を読み、映像を見てもわからない」といったコンサルタントの本にありがちな、理論本とも違う。
いろいろな場面で戦略を考える時に、骨組として使えそうな気がする一冊である・・・


                      
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2011年10月01日

【イシューからはじめよ】安宅和人 読書日記193



序章 この本の考え方
第1章 イシュードリブン
第2章 仮説ドリブン@
第3章 仮説ドリブンA
第4章 アウトプットドリブン
第5章 メッセージドリブン

著者は元マッキンゼーのコンサルタントで、現ヤフーCOO室室長である。
そんな著者が元コンサルタントらしく、物事の考え方を説いた本である。
タイトルにあるイシューとは、「2つ以上の集団の間で決着のついていない問題」および「根本にかかわる、もしくは白黒がはっきりしていない問題」の両方の条件を満たすものだと言う事らしい。
あまりピンとこない。
まあ解決を要する問題といったところなのだろう。

第1章ではそのイシューを見極めることから入る。
直面している問題の正体がわからなければ、解きようがないというわけだ。
特に目を引いたところは、
「言葉にすることを徹底しよう」
「言葉に落とすことに病的なまでにこだわろう」という部分だ。
言葉にすることでイシューがはっきりするというところは納得だ。
イシューと言われてもピンとこないが、それを第1章で見極める方法を紹介していく。

そのあとは、イシューを分解し、ストーリーラインを組み立てると続く。
ストーリーにするとプレゼンテーションの質は上がるという事は理解できる。
そのための背骨として、「WHYの並び立て」「空・雨・傘」という方法が紹介されている。
言葉を聞くと難しそうだが、「なぜ案件Aに魅力があるのか」「なぜ案件Aを手がけるべきなのか」「なぜ案件Aを手がけることができるのか」と並べ立てるのが「WHYの並べ立て」と聞けば、何となく普段から無意識にやっているやり方をまとめたもののように思える。
内容はわかりやすい。

そのあとストーリーを絵コンテにし、分析し、「伝えるもの」をまとめると続く。
しかしながら、『なんとなく理解はできるがピンとこない』という感覚は抜けない。
最後の方にその理由がしっかり書いてあった。
「結局のところ、食べたことのないものの味はいくら本を読み、映像を見てもわからない。自転車に乗ったことのない人に乗った時の感覚はわからない。恋をしたことのない人に恋する気持ちはわからない。イシューの探求もこれらと同じだ。」

この本を読んで感じたことのすべてがこの感覚だ。
いくら本を読んでも伝わらないものってどうしてもあるのである。
それはそれとして理解したい一冊である・・・

                     
      
posted by HH at 22:15| Comment(0) | TrackBack(0) | ビジネス/自説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする