2011年12月31日

【赤い指】東野圭吾



東野圭吾の作品に、もはや欠かせないキャラクターであると言える加賀恭一郎刑事。
その加賀刑事モノの一冊である。

事件の現場となるのは一軒の家。
主は会社員の前原昭夫。
痴呆の母と、妻と、登校拒否の息子と暮らす平凡な家庭。
ところがある日妻からの連絡で急ぎ帰宅してみると、庭に見知らぬ女の子の死体。
中学生の息子が殺したと知って愕然とする。
妻に懇願され、前原昭夫は死体を近所の公園に捨てる。

捜査にあたるのは捜査一課の松宮。
そしてペアに指名されたのは所轄の練馬署の刑事加賀恭一郎。
実は二人は従兄同士である。
一緒に聞きこみに回る二人。
そして二人はやがて前原家にやってくる。

痴呆の母と嫁姑で揉めていた妻。
間にたって苦悩してきた前原昭夫。
そして登校拒否の息子。
一方で、死の床につく加賀の父隆正も登場。
元刑事の隆正は松宮の叔父でもあり、また母子家庭だった松宮にとっては恩人でもある。

事件の捜査というメインストーリーに加えて、加賀親子の物語があり、どこにでもありそうな前原家の物語がある。
メインストーリー意外にも読み甲斐がある。
こうしたサイドストーリーによって、加賀刑事の人物像がまた膨らんでいく事になる。

あらかじめ犯人はわかっているので、犯人を探していく加賀の推理を一緒に楽しむというわけにはいかない。
しかし、一方でどういう結末を用意しているのかという期待感は膨らんでいく。
正直言って、推理的な部分では今一という感じだったが、結末は見事だと思う。

この物語を支えるのは親子関係だ。
前原と痴呆の母。
前原夫婦と息子。
そして加賀親子。
最後はちょっとウルウルさせられてしまった。
こうした親子関係が、この本を単なる刑事ものには終らせずに、物語に厚みをもたらせる。

なかなか深いなぁと思わせられる一冊である。


                     
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2011年12月28日

【人は上司になるとバカになる】菊原智明



第1章 モチベーションを下げまくる上司
第2章 部下を信用しない上司
第3章 部下を追いつめる上司
第4章 自分の価値観を押し付ける上司
第5章 部下のジャマをする上司

何となく、普段薄々感じている事を、ずはり言い当てられると思わず膝を打つ事がある。
この本のタイトルを目にした時もそんな感じであった。
サラリーマン社会に身を置いていると、いろいろな上司に出会う。
そして当然、中には尊敬できない上司もいる。
この本は、そんな上司をタイプ別に分類し、さらには著者なりの対処方法まで示してくれているところが面白い。

第1章では「モチベーションを下げる上司」という事で、いくつかのタイプが紹介されている。
個人的には「守ってくれない上司」というところに波長があってしまった。
やはり自分の経験とマッチすると反応してしまう。
やっぱり誰でも我が身はかわいいから仕方ないんだけど、いるんだよなぁと呟いてしまう。

第2章は「部下を信用しない上司」とあるが、その中の「細かすぎる上司」が良い。
「部下を信用しない」に該当するかは疑問であるが、とにかく「てにおは」に拘られたりすると、なかなかイライラ度をアップさせてくれるものである。
第3章では、「いつも不機嫌」「独裁的」「部下の存在を全否定する」「粘着系」「部下を辱める」という上司のタイプが出てくる。
どれもよくありがちである。
その昔、朝挨拶してもぶすっとしているだけの人がいたよなぁと、思わず思い出してしまった。

第4章もわりと馴染みのあるタイプである。
「先入観が強すぎる」「部下の都合をまったく考えない」「自分の非を認めない」・・・。
しかし、第5章になるとちょっとイメージしにくいところがある。
「仕事の足を引っ張る」「失礼」「成績の挙がらない」「自称『情報通』」などは、ちょっと今までには見た事がない。

全体的に、今まで見聞きしてきたようなタイプの上司については、頷いてしまうところが多い。
著者の親切なところは、それぞれのタイプについて、分類して面白がって終わりではなく、対応方法を示しているところだろう。
ただ、いろいろと経験を積んでくると、どのタイプが来てもそれなりに対応できるというもの。
この対応方法については、あまり感じるところはなかった。
まあ、それも人それぞれで、若手の経験の薄い人などにはひょっとしたら参考になるのかもしれない。

そういう意味では、「若手向きの本」と言えるのかもしれない・・・

                    
 

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2011年12月24日

【白銀ジャック】東野圭吾



タイトルから連想できる通り、スキーに関連した物語であり、舞台となるのはスキー場である。
クロス大会も近づき、新月高原スキー場では関係者が十分な積雪に恵まれ安堵していた。
ところがそこに送られてきた脅迫メール。
ゲレンデのどこかに爆弾を埋めたと。
要求に従わなければ、爆弾のスイッチを入れる、と。

場所によっては雪崩へと繋がり、死傷者でもでれば甚大な被害が予想される。
警察に届ければ、安全のため営業を停止させられる。
下手をすれば1シーズン閉鎖という事態も想定され、スキー客が減少している昨今、それはスキー場の存続をも左右する事態となる。
現場スタッフの思いとは別に、経営者は犯人との取引に応じる選択をする。

現場責任者の倉田、パトロールの根津・絵留・桐林、新月高原スキー場の事故で妻を失った入江親子、社長の筧。
見えない犯人からの要求と、緊迫する現金のやり取り。
隣町の町長や、ゲレンデに来た客など登場人物が入り来る中で、事件は進展していく。
そして意外な真相。

ゲレンデを舞台にしたものとしては、 「カッコウの卵は誰のもの」があるが、こちらはスキーやスノーボードでの滑降シーンの描写なども詳しく、なんとなくスピード感溢れる展開という印象を受ける。
それにしても単なる脅迫事件にとどめず、面白いストーリーを考えつくものだと感心させられる。

最後まではっきりしない犯人像をあれこれと推測しながら読むのもまた楽しいところである。
もともとスキーが好きなのか、それともプロの作家らしく詳しくはなくとも書けるのか、あらゆるところを舞台としてしまうところはいつもながらさすがである。
スキーに興味はなくても楽しめる一冊である。


                            
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2011年12月23日

【「マルちゃん」はなぜメキシコの国民食になったのか? 世界で売れる商品の異文化対応力】 中林鉄太郎/安西洋之




CHAPTER1 世界のお客さんの「頭の中」
CHAPTER2 世界で売れる8つの日本製品
CHAPTER3 現地化のチェックポイント
CHAPTER4 ローカリゼーションマップを作る

「マルちゃん」とは、「赤いきつね」と「緑のたぬき」でお馴染みの東洋水産のカップ麺である。
日本では、「カップヌードル」の日清食品がカップ麺のトップブランドであるが、アメリカやメキシコではマルちゃんなのだという。
タイトルを見て、まずそのあたりの事が書かれているのだろうと勝手に解釈して手に取った本である。

ところが、それは早とちり。
「マルちゃん」は、この本で主張するローカリゼーションの成功例としての象徴でしかなかった。
印象的なタイトルではあるが、誤解を招くし、個人的にはそれでがっかりしたので、このタイトルはいかがなものかと思わざるを得ない。

日本の寿司がアメリカでは何だか変にアレンジされて、これが寿司かと言えるような代物になって、それをアメリカ人がうまそうに食べているのを何かの番組で見た事がある。
逆に、アメリカで流行のアイスクリームを現地で食べて、「もういいや」と思った事がある。
日本に上陸したあとは、微妙に日本人の舌にあわせてアレンジされていた。
こうした例は、どれもがローカリゼーションの例である。

世界の人々は、同じ人間ではあると言え、どこの誰もが同じように評価するとは限らない。
この本では、現地で成功するための「ローカリゼーション」をキーワードとして解説してくれる。
残念ながら「マルちゃん」は、少しでも語られるかと期待したが、ほとんど期待したほど言及がなかった。

「ローカリゼーション」が本当に必要か、について著者は二つの必要性を説いている。
一つは「市場のユーザー目線に立って必要性の有無を考える」というごく当たり前の回答で、もう一つは「現地の人の最低限の期待値をクリアする」という事である。
「期待値のクリア」とは、自分達の事をわかっていると感じてもらう事で、自分達に対する抵抗感を回避するものだという。

いまは「グローバル」と言う事が叫ばれている。
しかし著者によれば、「グローバルとはローカルの集合体」なのだと言う。
だからグローバルを目指すにしても、きちんとローカルで評価される必要性があるのだと。
そんなローカルで評価されている商品の例も多数紹介されている。
醤油なども、アメリカでは「肉に合うソース」という位置付けらしい。
やっぱりそういう話の方が、理論説明よりも面白い。

ちなみに気になるマルちゃんは、メキシコの労働者たちが帰国する際に、アメリカ土産として買って帰り、辛いソースを入れて食べるようになったのが始りだと言う。
そういうエピソードの方が、個人的には好きである。
内容自体は悪くはないと思うのだが、やっぱり始めの期待値が大きかったので、その期待路線からずれてしまった分は、興味が薄れてしまったと言える。

タイトルはやっぱり実質的な本の内容を表してほしい、と思う一冊である・・・


                        
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2011年12月22日

【真相】横山秀夫



真相
18番ホール
不眠
花輪の海
他人の家

著者は「半落ち」、「クライマーズ・ハイ」 「出口のない海」など映画化されている作品の作者である横山秀夫。
これは5つの作品からなる短編集。

タイトルにもなっている「真相」は、息子を殺された男が事件から10年経って犯人が逮捕されたと連絡を受けた父親の物語。
息子がなぜ、誰に殺されたのか。
その疑問をずっと抱えて生きて来た10年。
そしてその「真相」が明らかになる。
意外な真相に思いは複雑だ。

「18番ホール」は旧友たちに頼まれて、故郷の村の村長選に出馬する事になった男の物語。
久しぶりに帰った村と人に言えない過去。
出馬の裏に隠した思いと選挙の結果。
映画「死刑台のエレベーター」を思わせるエンディング。

「不眠」はリストラされたサラリーマンの物語。
生活費の足しにと始めた試験薬の実験台のアルバイト。
それが元で不眠となった男は、ある晩、眠れずに散歩している時に知り合いを見かける。
そしてちょうどその頃に起こった事件。

「花輪の海」は大学の空手部の合宿で起こった事件。
10数年して当事者の同期生たちが集まる。
過酷な合宿での思い出が蘇る時、彼らの思いを綴る。
「他人の家」は刑務所から服役してきた男が愛する妻とささやかに人生をやり直そうとする物語。
真面目な思いに反し、前科者に対する世間の風は思ったよりも冷たい。
そんな時、一人の老人が彼らに救いの手を差し伸べる・・・

個人的には「真相」が一番深く感じた。
人はみな心の中にそれぞれ思いを抱えている。
そしてそれは他人にはわからない。
家族にすらわからない。
そんな隠された思いが真相なのであるが、そんな真相になんとも言えない気分になる。

長編もいいが、こういう短編もなかなか味わい深いものがあるものである・・・


                          
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2011年12月19日

【フェイスブック若き天才の野望】デビッド・カークパトリック


             
第1章  すべての始り
第2章  パロアルト
第3章  フェイスブック以前
第4章  2004年、秋
第5章  投資家
第6章  本物の企業へ
第7章  2005年、秋
第8章  CEOの試練
第9章  2006年
第10章 プライバシー
第11章 プラットフォーム
第12章 150億ドル
第13章 金を稼ぐ
第14章 フェイスブックと世界
第15章 世界の仕組みを変える
第16章 フェイスブックの進化
第17章 未来へ

全世界でユーザーが5億人いるというソーシャル・ネットワークの雄、フェイスブック。
創業者であるマーク・ザッカーバーグが、ハーバード大学の一室で起こした企業が世界を制するネットワークへと成長していく軌跡を追ったフェイスブック物語である。

フェイスブックはもともとハーバード大学内に限られたネットワークとして誕生する。
もともとアメリカの高校や大学では、オリエンテーションの際に新入生全員の顔写真を撮影し、アルバムにして学生に配布するという習慣があったらしい。
マーク・ザッカーバーグはそれと同じものをオンライン上に作り上げる。
それによると、誰がどの講義を取っているかなどが一目瞭然で、可愛い子と同じ講義を取ったりといったような目的で、みんな喜んで利用したという。

それがだんだんと周辺の大学を巻き込んで、大学生のネットワークとして広がっていく。
その大きな特徴は実名主義。
もともとが限られた学生のネットワークとして発達しただけに、当たり前といえば当たり前の特徴だが、先行したソーシャル・ネットワークはみな匿名。
それらのネットワークとの競合も中では語られる。

仲間との対立あり、成長するにしたがって群がってくるベンチャーキャピタリストがあり、さまざまな人物が、まるでゴールドラッシュの如く集まってくる。
アメリカでは誰もが起業して、最後は売却によって巨額のマネーを手にするのを一つの成功としている。
フェイスブックもそうした売却の波に否応なしに巻き込まれていく。

普通ならなびくような魅力的なオファーに対して、ザッカーバーグは、「お金なら要らない。どっちにしても、これから一生かけても、フェイスブックみたいな良いアイディアは二度と思いつけない」と断ってしまう。
数千億円のキャッシュを目の前に積まれて、断れるところが並ではない。

ネットワークは全米の大学から高校へ、そして社会人へと広がっていく。
ハーバードの若者たちが、若者らしい熱狂の中でフェイスブックを育て上げていく。
次々と機能を拡張し、そして同時に実名性という強力な武器を元に巨大なネットワークへと成長していく。
それによって、利用者の世界も変わっていく。

原題は「The Facebook effect」。
実際に使ってみると、その効果と可能性の広がり気付く。
500ページの大作であるが、読みものとしても十分面白い一冊である・・・



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2011年12月15日

【錯覚の科学】クリストファー・チャブリス/ダニエル・シモンズ


                   
実験T えひめ丸はなぜ沈没したのか 注意の錯覚
実験U 捏造された「ヒラリーの戦場体験」記憶の錯覚
実験V 冤罪証言はこうして作られた 自信の錯覚
実験W リーマンショックを招いた投資家の誤算 知識の錯覚
実験X 俗説、デマゴーグ、さして陰謀論 原因の錯覚
実験Y 自己啓発、サブリミナル効果のウソ 可能性の錯覚

この本は、タイトルにある通り、人間の「錯覚」について様々な角度から考えていく本である。
原題は「The invisible Gorilla and other ways our intuitions deceive us」となっている。
「見えないゴリラ」とは、本文中に出てくるゴリラの映像の事。
被験者にバスケットボールの試合を見せ、パスの数を数えてもらう。
途中で画面にゴリラが出てきて胸を叩くのであるが、パスを数えるのに夢中で、見終わってゴリラの事を尋ねられると、気がついてさえいない人が多いというもの。
人は時として、予想していないものに気がつかない事が多いという例である。

実験Tではそんな例として、えひめ丸の沈没事件を取り上げる。
米軍の潜水艦の艦長が、「見えていたはずの」えひめ丸をなぜ見落としたのか、を考えていく。
駅前で一流のバイオリニストがストラディバリウスで演奏するが、道行く人は誰も気がつかない。
バイクが事故りやすい理由。
人間の「注意力」は意外とあてにならない。

実験Uでは記憶の錯覚。
他人の体験を自分の体験であるかのように錯覚したり、「9.11の時に何をしていたか」など強烈な体験をした時に「鮮明に覚えているはず」の記憶違いを取り上げる。
実験Vではレイプ魔の特徴を細部まで記憶していたはずの被害者が、まったく無関係の人間を犯人だと断定してしまうケースを取り上げる。
自信のある態度が、時として人を惑わすという話。

実験Xでは、「寒い雨の日に関節炎が痛む」、「セックスで若返る」といった俗説を取り上げ、因果関係と相関関係という形で俗説をひも解いていく。
最後は「モーツァルトを聞くと頭がよくなる」という「モーツァルト効果」や「サブリミナル効果」などの実際を検証していく。

どのテーマも「へぇぇ」と思わずにはいられない。
中にはこれまで当然と思っていたものまであって、驚くものもある。
人間の脳みそというのはいかにいい加減なものであろう。
巻末では「脳トレ」が取り上げられている。
これもそんな錯覚の例のようだ。

最近は「〜の科学」というタイトルの本が目につくが、タイトルに恥じない一冊である・・・


           

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2011年12月03日

【40代を後悔しない50のリスト】大塚寿



序章  一生の中で四十代が重要な理由
第1章 この10年で何より大切にしたいこと
第2章 プレイングマネジャーとして本当に必要なこと
第3章 忙しいだけで終わらないために工夫すること
第4章 人生を左右する「人付き合い」で知っておくべきこと
第5章 年相応に学ぶべきこと
第6章 会社・社会と向き合い続けるために考えておくこと

筆者はリクルートで働き、アメリカでMBAを取ったあと、現在はオーダーメイド型企業研修を行う会社を経営している方のようである。
これまでに1万人以上の人に教えを乞い、そこからリタイアした人のほとんどが、「40代の過ごし方」に後悔していることに気付いたという事で、それがこの本へと繋がっているようである。
40代をいかに過ごすべきか、先人の後悔に学ぼうというのがこの本の趣旨である。

第1章からテーマごとに順番に50のリストが並べられる。
このリストを順番に見ていく事になるのだが、こういう場合どの言葉が自分にフィットするか、それは大抵人それぞれだ。
その人の経験、考え方に負うところが多い。
同じ人でも読む時期によって違うかもしれない。
また実践できているような事だと、「なぁんだ」と思ってしまう。
すべての人にすべて当てはまると言う事は、当然ない。
自分にあったものを探してみるのもいいかもしれない。

「わかっていても守りに入ってしまった」
これはよくわかる。
だんだんとそういう気持ちになっていくものだろう。
それに対しては、「20%オフェンス」になろうという。
「80%は守りでいい」という説明はしっくりくるし、共感できる部分だ。

「未来の成功よりも今日一日を大切にすべき」
今目の前にある幸せに気付くというのは重要な事。
これは実戦できている。
そのために「1年のスパンでなく1日のスパンで生きてみる」のは良いかもしれないと思う。

あれこれと知識や経験を積むと、逆にそんな情報の検索に時間がかかってスピード決断ができなくなりがちになるもの。
そんな時は「意思決定を小分けして判断できるサイズにする」というヒントも気に入った。
判断基準を決めてしまうという事は、普段から意識しているし、出来ている事でもあるから尚更納得である。

「週末時間を6つに区分けする」という考え方はなるほどと納得。
土日の午前、午後、夜と6つの時間帯に分け、それぞれを家族、自分、仕事など優先するべきものを決めるというものであるが、これは参考になる一つの考え方かもしれない。

「時間がなくて読書ができなかった」
「時間がない」というのは言い訳に過ぎない事は、自分自身よくわかっている。
時間は作りだすものであるし、普段からそうやって読書の時間は作っている。
その点では出来ていると言えるが、「それでも足りない」ものなのである。
1日はどう工夫したって24時間しかないし、睡眠は必要だし、仕事もしないといけないし、家族とのコミュニケーションは必要だし、趣味の時間は取りたいし、友人知人と飲みにも行きたい。
これはずっと抱える課題なのだろう。

その他人間関係の部分は、参考になるものならぬものいろいろ。
ここも重要なところだが、初めて聞くようなものはなく、なんとなく普段感じているものが多い。
過去の先人たちも同じなのだろう。

読みながら考え、考えながら読むと、それなりに味わいがある本かもしれない・・・

                           
                     
posted by HH at 23:29| Comment(0) | TrackBack(0) | ビジネス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする