2012年10月28日

【ブランドで競争する技術】河合拓



第1章 ブランド再考のすすめ
第2章 勝てるブランドの条件
第3章 ブランドの不確実性とマネジメント
第4章 ブランドのイノベーションと組織
第5章 流通改革を成し遂げるブランドがビジネスを制する
第6章 百貨店の構造的問題と対策
第7章 ブランド企業のeコマース後発参入戦略
第8章 ブランド・ビジネスにおけるM&A
第9章 ブランド・ターンアラウンド(ブランド再生)の現場

著者は商社マンから経営コンサルタントに転身して成功を収めている方。
以前からメルマガなどでその発言をフォローしていたが、このたび出版となりさっそく手に取った次第。

著者のコンサルティングスタイルは、「ハンズオン」型と言われるもの。
これは理屈だけ提案して終わりという従来のコンサルティングではなく、「一緒にやって成果を出させる」というもので、本当に実力がないと生き残っていけない。
コンサルタントなどは、名刺に肩書を刷れば誰でもなれるが、ハンズオン型はそうはいかない。
それを持ってしても、この方の意見は傾聴に値すると思う。

元が商社でアパレルを扱っていただけあって、この本も著者の得意なアパレル分野をモデルケースとしている。
ブランドが重要と言う事は、今はあちこちで目にし耳にするので今さら感がある。
そんな一般論が始めに来るが、やはり具体論に入ると俄然、興味は増してくる。

ブランドのイノベーションにあたり、組織論としては“出島”方式が有効と説く。
「無印良品」を生みだした西友。
同じ時期に「セービング」を始めたダイエー。
西友は従来の組織から「無印良品」チームを切り離し、出島組織を作って自由にやらせた。
「セービング」は既存の組織の中で、それまでの延長上でスタートした。
どうなったかの結果は言うまでもないが、その説明はわかりやすい。

一方で調達・生産部は横串組織としてプロフェッショナル化すべしと説かれる。
表面に出るブランドと違って、使用される原材料の多くは共有化が可能で、スケールメリットを出せればコストを下げられる。
こうした細かい指摘は、日頃のコンサルティング事例からの気づきなのであろう。

同じ900円でも、ジーンズなら安いと感じ、サンマなら高いと感じる。
価値の相対性と絶対性の話。
差別化のポイントは「プレミアム」か「ディスカウント」の選別という指摘。
百貨店の衰退理由と復活の提言。
中国人観光客の購入品の第一位はなんと洋服という事実。
こうした話は読んでいるだけで面白い。

しかしなんと言っても興味深いのが、最後の事例紹介。
守秘義務ゆえに実例そのままというわけにはいかないようだが、それでも実例をベースにしているだけに面白い。
きちんと失敗事例と成功事例を両方載せているところが、さらに正直感がある。
華々しい成功事例もそうだが、失敗事例も実に参考になる。
そして成功事例はそれ以上に爽快感がある。

お堅い内容だが、期待通りの内容。
この手の本が好きな人には良いかもしれない。
それにしてもこの方、本当にすごい人だとつくづく思う・・・

    
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2012年10月26日

【ロスジェネの逆襲】池井戸潤



少し前に読んで非常に面白かった 「下町ロケット」
それに味をしめて、店頭に山積みされていた同じ著者の本を手に取った。

今度は金融の世界。
主人公は東京中央銀行から証券子会社の東京セントラル証券に出向中の部長半沢。
東京セントラル証券は親銀行からの出向者と、直接採用されたプロパー社員とが混在している。
しかし、出向組が幅を利かせ、プロパー社員は隅に追いやられ不遇を囲っている。
よくありがちな状態である。

そんな東京セントラル証券に、IT企業の雄、電脳雑伎集団の平山社長からライバル会社である東京スパイラルを買収したいとの相談が持ち込まれる。
上場企業同士の敵対的買収。
アドバイザーに就けば巨額の手数料収入が転がり込んでくると、社内は色めき立つ。
しかし、編成された特別チームは、出向者で固められ、もともと電脳雑伎集団の担当者であった森山は、プロパー社員の悲哀か、チームから外されてしまう。

ところがチームの意気込みとは裏腹に、最初のプレゼンで電脳雑伎集団のワンマン社長平山にダメ出しをされ、東京セントラル証券はあっさりとアドバイザーを解任される。
そして代わりにアドバイザーに就任したのは、なんと親会社の東京中央銀行の証券営業部であった・・・

さすが元銀行員だけあって、親会社と子会社、行内の人間模様、人事を巡る動きなどがリアルに面白おかしく描かれている。
「実際、こういうタイプいるなぁ」と思わず思ってしまう事もしばし。
そんな中で、権力におもねず己の信じるところに従って行動する半沢。
その言動が心地良い。

「サラリーマンは−いや、サラリーマンだけじゃなくて全ての働く人は、自分を必要とされる場所にいて、そこで活躍するのが一番幸せなんだ。会社の大小なんて関係ない。知名度も。オレ達が追及すべきは看板ではなく、中味だ」
こんなセリフが飛び出してきたりする。
「下町ロケット」同様、実に痛快な物語だ。

そんな男義のある半沢と正反対なのが、銀行証券営業部の面々。
読んでいてこんな人間にはなりたくないなと思わせられる。
しかしながら、こういう人たちは、実は少なくない。
それどころか、自分は本当に違うだろうかと素直に省みた。
そうありたくはないものである。

痛快な物語を楽しみつつ、自分も誇りをもって仕事をしたいなと思ってしまう。
こんなの所詮フィクションだと片付けるのではなく、今の自分にできる事から始めてみようという気にさせてくれる。
一読の価値ある一冊である・・・

     
    
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2012年10月21日

【降霊会の夜】浅田次郎



浅田次郎の本は、『鉄道員(ぽっぽや)』を読んで以来、様々読んでいるが、これは『鉄道員(ぽっぽや)』以来続く“不思議系”の物語である。

浅間山のふもと、森に囲まれた別荘地、となると舞台はたぶん軽井沢。
もともと企業の保養所として使われていた家に、主人公の“私”は住んでいる。
雷が鳴り響く雨の日、庭先にいた女性を雨宿りさせる。
お礼に、とその女性梓がやはり西の森に住むミセス・ジョーンズを紹介する。

「会いたい人はいませんか。生きていても、亡くなっていてもかまいません。ジョーンズ夫人が必ず会わせてくれます」
冒頭からこんなセリフが出てくると、否応なしにその先に興味が持って行かれる。
『鉄道員(ぽっぽや)』も死者が現れる話だったが、これもそんなストーリーを思い浮かべてしまう。
自分だったら、誰だろう。
やはり祖父だろうかなどとひとりごちてみる。

もはや老年の域に達した“私”が小学生だった時代に話が遡る。
ストーリーを追ううちに、誰に会いたいのかが次第にわかってくる。
いままで誰に話すこともなかった苦い思い出。
心に澱のように引っ掛かっていた思い出が蘇る。
そしてミセス・ジョーンズに“招かれた”人がやってくる。

昭和の時代もいつのまにか遠い過去になりつつある。
それも比較的語られる事の多い戦時下の事ではなく、戦後の復興期の事、そして平和が定着した学園闘争の時代の事も、である。
そんな遠い過去になりつつある自分達の若かりし日々を、浅田次郎は書き留めているような気がする。

そんな時代を過ごした“私”。
ある程度の財産と地位を手に入れた今、心に残るのは過去の忘れもの。
ミセス・ジョーンズの降霊会で、その忘れものに“私”は向き合う。
例によってストーリーにはぐいぐい引きつけられる。

しかしながら、やっぱり共感感覚という意味では、少し自分の年齢が足りないような気もする。
きっと主人公と同年代になったら、もっとぐっと心にくるのかもしれないと想像してみたりする。
そういう意味では、まだ忘れものも少ないのかもしれない。

読み終えてつくづく今をしっかり生きたいと思った次第である・・・

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2012年10月20日

【ビジョナリー・カンパニーB〜衰退の五段階〜】ジェームズ・C・コリンズ



第1章 静かに忍び寄る危機
第2章 衰退の五段階
第3章 第一段階 成功から生まれる傲慢
第4章 第二段階 規律なき拡大路線
第5章 第三段階 リスクと問題の否認
第6章 第四段階 一発逆転の追及
第7章 第五段階 屈服と凡庸な企業への転落か消滅
第8章 充分に根拠のある希望

『ビジョナリー・カンパニー ― 時代を超える生存の原則』『ビジョナリー・カンパニー 2 - 飛躍の法則』と続いてきた本シリーズ。
読もう読もうと思って先送りしているうちに、シリーズ第4弾『ビジョナリー・カンパニー 4 自分の意志で偉大になる』が出てしまった。
慌てて手に取った次第である。

実は、前作・前々作を読んでいて感じたのだが、成功した企業がいつまでも成功し続けるとは限らない。
JALにしろGMにしろリーマンにしろ、かつては衰退なんて考えられなかった成功企業も没落する時代だ。
ある一時点で成功企業として取り上げていても、もしその企業がその後倒産したらどうなるのだろう。
本で紹介した理屈は嘘だったと思われかねない。
そんな私の疑念が通じたかどうかは知らないが、シリーズ第3弾は“衰退”がテーマである。

成功した企業がその後衰退したとしても、だからといってその成功理論が間違っていたというわけではないとさっそく説明がある。
その理由を、「健康の原則として良く眠り、食事のバランスを良くし、適度な運動を取る事とした場合、それらをやめて不健康になったからと言って、決して原則が間違っているわけではない」と説明する。
実にわかりやすい。
つまりこの本は、けっして前作を否定するものではないのである。

むしろ、「偉大な企業が凡庸な企業に転落した理由を検討し、成功を維持した企業と比較した方が、成功した企業だけを調べるより学べる点が多い」と言う。
確かに、それはその通りだろう。
そしてその衰退には五段階あると著者は語る。

第一段階は「成功から生まれる傲慢」。
ウォルマートには、実は同じような同業者エームズがあった。
同じような経緯を辿って成長したが、エームズは消滅した。
違いはサム・ウォルトンがどこまでも謙虚に学ぶ姿勢を崩さず、自分達の企業文化のDNAを守る生え抜きを後継者にしたのに対し、エームズは外部人材を後継者として招き、第二段階へ進んだのだと言う。

その第二段階は、「規律なき拡大路線」。
自分達のやり方を変えず、地道に進んだウォルマートに対し、エームズは企業買収で急拡大していく。
そしてそれまでの戦略もすべて変え、拡大に走ったエームズとウォルマートには決定的な差が生じる。
『ビジョナリー・カンパニー ― 時代を超える生存の原則』で取り上げられたメルク、モトローラ、HPがここでは取り上げられる。

第三段階では、
@良いデータを強調し、悪いデータを小さく見せる傾向
A事実の裏付けがない大きな賭けと大胆な目標
B曖昧なデータに基づいて、とてつもないリスクをおかす動き
C経営が合意型か独裁型になり、激しい議論を経た決定を全員が遂行していくスタイルでなくなる
D外部要因への責任の押し付け
E組織再編への固執
F傲慢で超然とした姿勢
などの症状が現れる。

苦しくなった企業は第四段階で一発逆転を狙い、第五段階で選択肢が尽きていく。
こうした過程はなんとなく理解できるが、きっちりと理論付けて整理されているところがこの本の特徴だと言える。
どうすれば企業は発展し、どんな時に衰退していくのか。
その理屈を学ぶには、やっぱりこのシリーズはかなり有益ではないだろうか。
次は『ビジョナリー・カンパニー 4 自分の意志で偉大になる』を読んでみたいと思う。
   
     
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2012年10月13日

【ふがいない僕は空を見た】窪美澄



ミクマリ
世界ヲ覆フ蜘蛛ノ糸
2035年のオーガズム
セイタカアワダチソウの空
花粉・受粉

ちょっと不思議なタイトルに惹かれて手に取った一冊。
一つのストーリーを登場人物の視点を変えて描くというパターンは、最近では 「告白」がそうであった。
この本もそんなスタイルを取っている。

第1話の「ミマクリ」は、高校生の斉藤卓巳が主人公。
助産師の母親と二人暮らし。
主婦のあんずにナンパされ、高校からの帰り道にあんずの自宅でコスプレ衣装を着せられたまま不倫を繰り返している。
友人の福田がいて、密かに斉藤を慕う同級生松永がいる。

第2話「世界ヲ覆フ蜘蛛ノ糸」というタイトルは、インターネットのWWWを日本語に訳したものだが、今度は斉藤と不倫を繰り返す主婦あんずの視点で語られる。
もともと薄幸な環境で、いじめられながら成長。
大学でもSEX目当ての男だけがよってくる便利な女。
就職しても周囲の冷たい視線は変わらず、ストーカーのような夫と諦めの結婚。
そしてコスプレにハマり、高校生をナンパして自宅に連れ込む。

第3話の「2035年のオーガズム」は、斉藤卓巳に憧れる松永七菜の視点。
斉藤卓巳とあんずのコスプレ・プレイがネットに広まり、それでも斉藤卓巳とこの夏初体験を済ませたいと考えている。
兄が心を病んでいて、そんな家庭環境のまま夏が過ぎていく。

第4話「セイタカアワダチソウの空」は斉藤卓巳の親友福田の視点。
背が高くいつも着ている黄色いトレーナーの色から「セイタカ(アワダチソウ)」とあだ名されている。
貧困層とも言える人たちが暮らす団地住まいで、バイト先の先輩から励まされ、勉強を教えてもらい、メキメキと成績を伸ばす。

第5話「花粉・受粉」は斉藤卓巳の母の視点。
ダメな夫が出て行ったあと、助産師を始め、一人息子の卓巳を育てる。
仕事はきつく、忙しく、高校生の息子など構っていられない。
しかしこのところ様子が変だが、どうしていいかわからない。

それぞれの登場人物たちが、斉藤卓巳を中心に様々な思いを巡らす。
誰も彼もうまくいかない事を抱えいて、人生を苦闘している。
誰もが「ふがいなさ」を感じているのだろう。
中心に入る卓巳はまさにその先頭に立っている。

何がどうなるという事はない。
ただ一所懸命生きている人たちの姿が映し出される。
しみじみと味わいたい一冊である・・・


     
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2012年10月08日

【心を上手に透視する方法】トルステン・ハーフェナー



第1章 世界はあなたが考える通りにある
第2章 「身体」を見れば、「心の内」がわかる
第3章 「暗示の力」を使いこなす
第4章 メンタル・トレーニング
第5章 意識を「今このとき」に集中する
第6章 はかり知れない「可能性」

著者はドイツ人。
マインド・リーダーとしてドイツでは有名で、この本もベストセラーになっているという。
ステージショーでは、観客の心を次々と読み取り、人気を博しているらしい。
そんなマインド・リーディングを語ったのが本書である。

「心を透視するのに超能力はいらない。なにより必要なのは『観察力』である」
本の表紙の裏にはこう書かれているが、実のところ不思議な透視能力も実はタネも仕掛けもあって、それはとどのつまり観察力だと言う。
もともとはマジシャンになりたかったと言うが、その過程でこの能力を身に付けたという。

第1章では世界は自分の考える通りにあるという言葉を紹介し、その説明がなされる。
「思い込み」がいかに影響力があるのか。
ホテルで働く部屋係に、部屋の掃除は減量効果が大きいと伝える。
そう伝えたグループと伝えなかったグループとを比較すると、明らかに伝えたグループに減量効果が見られたとか。

そこから第一印象を変えたいなら外見を変えるべきと語る。
外見の印象から相手はその人に対する判断を決めてしまうからである。
そしてポジティブな思い込みは、そのまま物事の結果へとつながる。
自分は運がいいと思っている人ほど、幸運に恵まれる。

第2章では、マインド・リーディングのコツともいうべき観察について語られる。
・目は心を映す鏡
・口は無言で語る
・頭と首の姿勢
・肩と腕のサイン
・手で世界を掌握する
・足は意識の方向を示す手がかり
・身体の直感の働き
こうした身体各部の微妙な動きによって、相手の心の動きを推測していく。
本には詳しく書かれているが、読んだからといってとてもできるものではないだろうと思う。
こうした技術を身につけるのは並大抵の努力ではないと思う。

第3章からは、こうして得られたマインド・リーディングテクニックの応用編。
「自己暗示」「他人による暗示」の力とその利用。
「お前にはどうせできないよ」という発言(他人による暗示)が持つ破壊的な力。
自分の子供にはけっして言ってはならない事がわかる。
そして言葉が現実を作る。
成功者が使わない言葉、「本来は」「たぶん」「でも」「本当の事を言うと」「誰か」「いつも・また」。
そしてさらに応用すれば、イカサマも見破る事ができるようになる。

単なるマインド・リーディングの方法論にとどまらず、前向きに頑張るための心の持ち方まで語られている。
例えばジンクスや迷信など科学的に説明できない事はなお存在し、それをうまく利用している成功者はいる。
最後にでてくる「72時間の法則(何かしようと思っている事があったら72時間以内にとりかかるべし)」は個人的に今後の参考にしたいと思う。

単にタイトルに興味をもって手に取っただけであるが、前向きに生きるためにはやっぱり心の持ち方が重要なんだと思わせられる内容。
そんな気持ちを持ちたい人は一読するといいと思う内容である・・・

http://www.youtube.com/watch?v=TxLG6io2pno

     
    
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2012年10月07日

【あの頃の誰か】東野圭吾



シャレードがいっぱい
レイコと玲子
再生魔女の女
さよなら『お父さん』
名探偵退場
女も虎も
眠りたい死にたくない
二十年目の約束

東野圭吾の短編集である。
この中のいくつかは最近ドラマ化されていて、偶然少しだけ観ているが、それを意識して手に取ったわけではない。

タイトルは、いくつかの作品がバブル期を背景としていて、「あなただったかもしれない」誰かの物語という意味が込められているようである。
「シャレードがいっぱい」はある男の死を巡るサスペンス。
ある金持ちの遺言状を持ちだした可能性がある事から、さまざまな登場人物がエゴむき出しでそれを探す。
あくまでも軽いタッチのサスペンス。

「レイコと玲子」は多重人格の女性の物語。
ほっとした最後にドキッとするラストを用意するのはよくあるパターン。
「再生魔女の女」は、妹を殺された姉が執念で相手の男を追いつめる話。
ただ、自分が男の立場だったら、しっかりと姉の追撃をかわせると思う。
男の弱さが目についてしまったが、そもそも逃げ切れるようであれば、犯罪を犯さないと思う。

「さよならお父さん」は名作「秘密」の原型だという。
交通事故にあった妻と娘。
妻は死に、娘が生き残るが、実は娘の中味は死んだはずの妻だったという話。
妻と娘で良かったなどと思ってしまう。
息子だったら大変だっただろう。

「名探偵退場」はがらりと趣向が変わる。
東野圭吾もこんな物語を書くんだなと思わせられる。
それぞれ短編集だから、気軽に完結する。
長編のように構えなくてもいいと言う気楽さはある。

ちょっとしたすきま時間に手軽に読める一冊である・・・

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2012年10月04日

【私は日本のここが好き!】加藤恭子



サブタイトルに「外国人54人が語る」とあるように、これは外国人から見た日本についての意見集である。
最近また激しくなっているが、韓国や中国での反日デモで嫌われ者としての日本人を意識した著者が、もっと日本人を励まそうと教え子たちも交えて集めたインタヴュー集である。
回答を寄せているのが、さまざまな分野の外国人たち。
アジア・中東・オセアニア、南北アメリカ、ヨーロッパ・アフリカ、国や地域もバラバラな54人の外国人たちが登場する。

「普通の日本人の魅力」
「良きイスラム教徒に最も近い日本人」
「人も仕事も正直で精密、繊細」
「世界一のサービス」
「やさしさと素朴さ」
「国民の資質が高い」
「世界一の一般人」
「一人一人が規則を守る」

何となく自覚しているものもあれば、日頃当たり前と思っている事が、実はそうではないとわかる意外さもある。
人は褒められればだれもが嬉しく思う。
そんな嬉しくなるような言葉がたくさん並んでいて、読んでいると気分がよくなる。

登場する人たちはみな日本のファンであると思うのだが、しかし良く読んでみると、苦言もさらりと述べられていたりする。
「シルバーシートに若い人が座り、電車の中で禁止されているのに携帯で話すなどモラルの低下がある」
「街が汚くなり、治安も悪くなった」
「本音と建前がある」
「突出したエリートを育てなきゃダメ」
「国歌を嫌う日本人がいる」
「心を開いてもらうのに時間がかかる」
こういう意見こそきちんと聞かないといけない。

ウズベキスタンの首都にあるナヴォイ劇場の話も紹介されている。
戦後のシベリア抑留で連れてこられた日本人捕虜が建てた劇場であるが、後日首都を襲った地震に際し、周りの建物が次々と崩壊する中で、崩れる事なく残ったという。
捕虜として強制的に働かされたにもかかわらず、しっかりとした仕事をした事に現地の人たちは感動したという。
そんな事もあって、ウズベキスタンは親日的なのだという。

自分はそんな外国人たちに対して、日本人として胸を張れるだろうか。
そんな事を自問したくなる。
人は鏡を見る事によって自分の姿を見る事ができる。
良くも悪しくも自分の姿をきちんと見る事が大事だと思うが、そんな時に参考にしたくなる一冊である・・・
      
posted by HH at 23:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本/日本人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月02日

【吉原御免状】隆慶一郎



以前、 「一夢庵風流記」という本を読んでいるが、これは同じ作者の初の長編小説。
同じ時代劇ものであるが、 「一夢庵風流記」と同じテイストである。

主人公は剣豪宮本武蔵によって育てられた松永誠一郎。
物心つく頃から教え込まれただけあって、今や無敵の剣士である。
今は亡き武蔵の遺言に従って、25歳まで故郷の山中で暮らし、26歳になった今、やはり遺言にしたがって、吉原の庄司甚右衛門を訪ねるため江戸に出てくる。

吉原はその時、元の地から移動し、現在の所在地に移動していた。
そのあたりの様子が詳しく書かれ、それはそれで興味深い。
当時の吉原の様子が描かれる。
それも挿絵つきなのでわかりやすい。
妙なところで感心。

そして吉原を訪れた誠一郎を待っていたのは謎の吉原一族と、裏柳生の面々。
“神君御免状”を狙ってきた裏柳生。
誠一郎の出生の秘密と吉原一族の狙い。
吉原ゆえに、花魁との“手合わせ”も当然に登場する。

この作者のスタイルなのであろうか、 「一夢庵風流記」同様、この物語でも際立つのは“主人公の強さ”。
さすが宮本武蔵より仕込まれただけあって、誠一郎の強さは並ではない。
それに加えて、取り巻き連中も並みの人間ではない。
このあたりは好き嫌いの差がでるかもしれない。
ちなみに私は、個人的には好きではない。

老若男女入り乱れての賑やかなストーリー展開は飽きる事はない。
無敵の主人公の八面六臂の活躍スタイルも悪いわけではない。
こういう時代劇も一つのスタイルであると思う。
ただ、藤澤周平の世界観に馴染んだ身からすると、違和感を覚えてしまう。
しかしながら、私の友人は著者の作品が大好きのようであるから、やはり人それぞれと言えるのだろう。

ちょっとした暇つぶしに読んでみて、合う合わないを判断してみるのも面白いかもしれない・・・

    
posted by HH at 22:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説/時代劇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする