2013年01月31日

【悪の論理で世界は動く!】奥山真司 読書日記308




第1章 世界は悪の論理で動いている
第2章 日本の国益は技術だけで守れるのか
第3章 世界の常識「地政学」とは何か
第4章 日本の属国化を狙う中国
第5章 日本を捨てるアメリカ
第6章 属国か独立か、日本が迫られる選択肢

著者はイギリスで「地政学」を研究している学者さん。
「地政学」と言われても、何となくわかったような気がするが、詳しくは「民族や国家の行動パターンを地理的な条件からモデル化した理論」だと言う。
と言われてもあまりピンとくるものではない。
ただ、それが国家を動かしているものである事は確かなようである。

当たり前のようだが、世界各国はそれぞれ自国の国益を限りなく追及している。
しばし日本人が「平和ボケ」だの外交下手だのと言われているが、それも無理からぬ事だと思えてくる。アメリカの同盟国とは言うものの、そういう扱いを受けていない。そうした理由が語られていく。しばし、冷や水を浴びせられるような気がする。

世界は「戦略の7階層」で国益を考えているという。
「戦略の7階層」とは、
・世界観:日本とは何者か、どんな役割があるのか
・政策:だから、こうしよう
・大戦略:国家の資源をどう使うか
・軍事戦略:今ある軍の力でどう勝つか
・作戦:いつどこで戦いをするのか
・戦術:勝つためにどう戦うか
・技術:戦闘に勝つためにどのような技術を使うか
というものである。

日本に戦略がないのは、ここで言う「世界観」がないからだと言う。
それがなければ、技術があってもダメだという。「その技術を使って何をするのか」、そういう世界観、政策が必要なのだと。日本人はアシモを見てただ喜ぶだけだが、欧米人はロボット兵を想像すると言う喩えはなかなか頷かされるものがある。

そんな中で最後に語られる「日本に残された3つの選択肢」はなかなか考えさせられる。
@アメリカとの同盟関係を維持する
A中国の属国になる
B独立

@は簡単だが、いずれアメリカの膨大な負債を押しつけられる。
Aとなれば再び陽の目を見る事はない。
Bが望ましいが、課題は多い。
Bについては、最大の課題が政治力であるとし、インドや北欧との連携が提唱される。
核廃絶に対する取り組みや、その後のとるべき方策が掲げられている。

今は必要はないのだろうが、やはり普段からこういう事は考えておかないといけないのだろうと思う。それは地震が来てから地震対策を考えても遅いのと同じように、である。そういう意味では、読むべき価値あると言える一冊である・・・



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2013年01月27日

【県庁おもてなし課】有川浩 読書日記307



ことのはじまり
1. おもてなし課、発足。−グダグダ。
2. 『パンダ誘致論者』、招聘−なるか?
3. 高知レジャーランド化構想、発動。
4. 順風満帆、七難八苦。
5. あがけ、おもてなし課。−ジタバタ。
6. おもてなし課は羽ばたく−か?

有川浩の本を読んだのは、 「フリーター家を買う」が最初である。シンプルだが、明るいストーリー展開が気に入り、その他の著作も気になっていたのだが、今回その一冊を手にした。

舞台は高知県庁。県庁の観光課の中に新設された「おもてなし課」。観光立県を目指し、県外観光客を文字通り「おもてなし」する心で県の観光を盛り立てようというコンセプトでネーミングされた課である。主人公の掛水史貴は、入庁3年目のおもてなし課では一番の若手。

その「おもてなし課」が、観光発展イベントとして、「観光特使」という制度を始める。
高知県出身の著名人に観光特使となってもらって、県の魅力をPRしてもらおうというものである。そして掛水は、著名人の一人、作家の吉門喬介に連絡を取る。まずは特使名刺を配ってもらおうと考えていた。

しかし、「お役所仕事ペース」で事を進めようとした掛水は、矢継ぎ早の吉門の指摘にタジタジとなる。「民間感覚」の欠如を痛感した掛水は、それを補うべくなぜかアドバイスをくれる吉門に食い下がって行く。そして、そのアドバイスの一つに従い、明神多紀をおもてなし課のバイトとして採用する。

さらに、吉門の紹介でかつて県庁に在籍し、『パンダ誘致論』を展開して役所を追われた観光コンサルタントの清遠和政をアドバイザーとして招き入れる。その清遠は、高知県民が当たり前過ぎて見落としている地元の魅力を最大限引き出す「高知レジャーランド構想」を提案する・・・

高知県の観光事業を進めて行くべく奮闘する掛水。その奮闘を縦糸に、そして多紀とのロマンスや吉門、清遠和政、さわ親子らとの人間関係を横糸にして物語は進んでいく。 「フリーター家を買う」もそうであったが、有川浩の文章はシンプルかつさわやかだ。次第に形になって行くプロジェクトは、しばし本物かと錯覚するほどのもの。掛水と多紀、吉門とさわの物語も含め、ストーリーも面白い。

実際に高知県庁に「おもてなし課」はあるそうであるが、物語にあるような構想はまだないようである。それがちょっと残念な気もするが、思わず高知に旅行に行きたくなってしまう一冊である・・・

     
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2013年01月26日

【ドラフト1位九人の光と影】澤宮優 読書日記306




T 巨人のドラフト1位
U 甲子園を湧かせた花形スター
V 神宮・早慶戦のプリンスたち
W プロ拒否、誇り高き人生設計

プロ野球のシーズンが終わると、次に待っているのはドラフト会議。甲子園や神宮を湧かせた、あるいは社会人のプロ入り候補者が毎年話題をさらっていく。そして何と言っても注目を浴びるのが、ドラフト1位の選手たちである。しかし、栄えあるドラフト1位に指名されたとしても、みんながみんなプロのグラウンドで眩い光を浴びるわけではない。活躍する事なく、ユニフォームを脱いでいく選手たちもいる。この本は、そんな元ドラフト1位の選手たち9名の人生を紹介した本である。

始めに紹介されているのは、島野修投手。神奈川県の名門武相高校に入り、通算勝利数50うち半分は完封という成績で、高校球界ナンバー1の逸材と言われ、巨人にドラフト1位指名される。この時、巨人は投手力が充実し、したがって「即戦力」と言われていた星野仙一を指名せずに「数年後に備えて素質ある高校生を採ろう」という方針に従ったものであった。本当に、運命というものはどうなるかわからないものである。

しかし、結局活躍する事なく現役を引退した島野は、縁あって阪急(当時)のマスコット・プレービーの中に入る事になる。「野球を知っていて、明るい性格」というのが島野が選ばれた理由。ドラフト1位のプライドから一度は断るも、思いなおして引き受ける。紆余曲折あって、結局1,000試合以上に出場し、観客動員数増加に貢献する・・・
今ではどの球団にもマスコットはいるが、その先鞭をつけたパイオニアという事になるのだろう。

9人の人生は当然みんな違う。
同じなのは「ドラフト1位」(幻の「ドラフト1位」含む)という点。
必ずしも栄光を約束するわけではない「ドラフト1位」。
かと言って失敗というわけでもない人生。
人それぞれいろいろな人生があるものだと、改めて思わせられる一冊である・・・


   

 
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2013年01月20日

【督促OL 修行日記 】榎本まみ 読書日記305



≪目次≫
01 ここは強制収容所?
02 “ブラック部署”の紅一点!
03 ストーカー疑惑と襲撃予告
04 謎の奇病に襲われる…
05 自分の身は自分で守る
06 N本、大抜擢される
07 自尊心を埋める
08 濃すぎる人間修行
09 センパイ武勇伝
10 合コンサバイバル
11 仕事からもらった武器と盾

タイトルにある通り、主人公は信販会社のコールセンターで督促業務を行うOL。
督促とは、期日に利用代金を支払わない顧客に入金を促す業務である。
昔風に言えば「取り立て」なのであるが、この仕事はっきり言ってイメージが悪い。
その昔悪質な取り立てが社会問題となったが、時代劇にも出てくるように、歴史的にも「取り立て」はイメージが悪い。

そんな事もあってか、入社して早々に配属されたコールセンターで業務についた著者はさっそく、顧客からの罵詈雑言という洗礼を浴びる。
次々に辞めていく、あるいは体調を壊して休む同僚の中で、著者自身体調を崩し、10キロも痩せるという苦労をしながら悪戦苦闘し頑張っていく。
そんな経験を綴ったのが本書である。

何せ相手は延滞者。
お金に困っている中で、督促されるほど腹の立つものもない。
「わかっているよ」という心の叫びをぶつけてくるものである。
そんな相手と接触し、体調を崩して辞めれば高い自給で募集した次の人員を充てる。
こんな職場を目にし、「なんとかしてお客様の言葉から身を守る方法や、相手にちゃんと約束を守らせて入金させるわざを研究できないかな」と考えたのが著者の偉いところ。
「1年で駅弁売上を5000万円アップさせたパート主婦が明かす奇跡のサービス」 「新幹線ガール」もそうだが、本書けるようになるような人はたとえどんな仕事だろうと、まずは志が違うと言える。

仕事でのエピソードが面白おかしく語られる一方、仕事で得た知識も披露されている。
「回収率100%の奇跡の債権」の話には思わず笑ってしまった。
人間の心理って本当に面白い。
また、「合コンサバイバル」での先輩の“特技”には、なるほどと膝を打ってしまった。
女性ならではのしたたかさと言うべき一面を垣間見る事ができる。

著者が学んだコミュニケーション・テクニックもなるほどというシロモノ。
・「お金返して!」と言わずにお金を回収するテクニック
・「謝ればいいと思ってんだろ!」と言われない謝り方
・ごめんなさいとありがとうございますの黄金比率
こうした部分は、督促でなくても使えるテクニックだ。

周りが次々と辞め、あるいは休む過酷な職場で、体重が10キロも落ち、女性なりの身だしなみにも事欠くような状況でも、それでも一所懸命仕事に向き合う著者。さり気なく触れられているが、実は20万円もの高額セミナーに行くなどの向上心のある人なのである。こうした努力が、この本が単に変わった職場の面白エピソード本に終わっていないところだろう。

職場に不平不満を抱えている人は、是非読んでみると良いかもしれない一冊である・・・
     
     
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2013年01月19日

【中国外交 苦難と超克の100年】朱建栄 読書日記304



序章  中国の近代史を再検証する
第1章 中国はなぜアヘン戦争に負けたか
第2章 旧体制への「最後の一撃」−日清戦争
第3章 孫文が背負った「負の遺産」
第4章 蒋介石が手に入れた「史上空前の勝利」
第5章 二十一世紀中国外交の教訓

長年日本に滞在し、日中両国の事をよく知る著者。
これまでにも 「中国で尊敬される日本人たち」他の著作を読ませていただいているが、テーマ的にも興味を持って拝読した次第。

最近は中国脅威論があちこちで語られている。
しかし著者はそれを否定して言う。
「今日の中国は対外輸出と外資の導入を通じて世界経済に最も依存する大国の一つになっており、孤立と経済崩壊を招く軍事拡張の選択肢を取れない」
冷静に考えればその通りだと思う。
そんな前置きから、タイトルにある中国100年の外交史が解きほどかれる。

100年前の1911年。
辛亥革命によって清朝は倒れる。
西欧列強の侵略を受け、清朝政府は何もできないまま国土を西欧の支配下に奪われていく。
アヘン戦争にも負け、「屈辱の連続」である。
屈辱の相手は西欧だけでなく、隣の日本もまた然りである。

ここで興味深いのは沖縄を巡る日中外交交渉。
日本は1879年に当時の琉球に軍隊・警察を派遣し、首里城を摂収して沖縄県設置を布告するも、これを認めない清朝政府と対立。
清朝政府は琉球王国の宗主国の立場からの主張であった。
「沖縄は中国領」と今でも主張する人がいるのは、このあたりの経緯によるのだろう。
日中間では琉球分割条約の合意がなされ、契約一歩手前まで行くが、当の琉球側の反対もあったりしてまとまらず、やがて日清戦争となる。
このあたりの経緯は歴史好きには受けるところだ。

辛亥革命後も屈辱は続く。
日本との戦争が始り、同じく日本と対立する欧米から中国は仲間として迎えられる。
中ソ米英「4大国」としての地位を与えられるが、列強には裏切られ続ける。
口ばかりの支援だった米英ソに対し、この時期軍事面で中国を支えたのは、日独伊三国同盟を結んでいたドイツであったというのも面白い事実である。

「外交史」とあるが、それは歴史にほかならず、そしてお隣りであるがゆえに、日本に無関係でもない。今や名実ともに大国となった中国は、「責任ある大国」とのイメージと新しい外交スタイルを世界に向けて発信していかねばならないと著者は語る。そしてそのためには、周辺地域の諸問題に重点的に取り組み、全世界で評価されるような実績を積み重ねていくべきだと続く。まさに、その通り。されどそれをどう具体的に進めていくか、が問題である事は言うまでもない。

中国に対しては、尖閣諸島を巡って不穏な空気が漂っている。
警戒すべき相手なのか、それとも真の友人として付き合うべき隣人なのか。
相手を知るという意味では、有意義な一冊である・・・

      
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2013年01月13日

【完全なる経営】A.H.マズロー 読書日記303



原題:MASLOW OF MANAGEMENT
≪目次≫
義務、仕事、使命に対する自己実現者の態度
自己実現、仕事、義務、使命に関する追記
自己実現化した義務
欲求階層のレベルに応じた経営管理原則
進歩的な経済活動と経営管理
経営管理方針には個人差は無視できない
成長に向かう力と退行に向かう力のバランス
進歩的な経営管理論ならびに組織論の目標と方向性に関する覚え書き
退行に向かわせる力
職場における自尊心に関する覚え書き〔ほか〕

マズローと言えば「欲求の5段階説」として有名だ。高校の倫理社会の授業で習ったものだが、一般にもその説が広く知られている。本書はその元となった原点とも言える一冊。ただし、もともときちんと一冊の本になっているわけではないようで、本人による手記をまとめたものになっている。その他に各界の人に対するインタヴューやコラムが挟まれていたりして、少々混乱する部分がある。

元となった手記は40年近く前のものらしい。最初に注意書きとして現代では異なる感覚の記述があるとされているが、さっそくそれを目にする。
「真の達成のためには価値あるりっぱな仕事が要求される。くだらない仕事を見事にやりとげたとしても、それを真の達成と呼ぶことはできない」
たしかに、「職業に貴賎はない」という感覚からすると、違和感を覚える。

読み進めていくと、そこここで混乱する。本人の記述の合間合間に解説が入る部分がある。本人の手記かと思っていたら解説だったりして、しかもその解説は正しいのかという疑問もあったりする。もともとが本ではなく、手記の集まりだという制約があるからなのだろうが、混乱するという事は確かである。

本人による記述なのか引用なのかが曖昧ではあるが、いくつか目についたものを上げてみる。
「アイディアは共有すべきもので、盗まれる事を気にして隠してはいけない。アイディアについて話す過程そのものが想像力を刺激し、一握りのアイディアを何十倍にも増やす事もある」
「強力なリーダーはできるだけ集団で討議する場に顔を出さない方がよい・・・親が優れているというのは、子供にとって必ずしもありがたいことではない」
一貫して主張するのは、やはり自己実現であるが、その他にもこうした頷ける記述も多い。

肝心の欲求の階層説については、今の自分の環境にも当てはまるものだと気がつく。
人間は絶えず不平を鳴らす存在であり、どの職場でも不平はある。
ただその不平の内容が問題で、劣悪な職場環境や待遇などいった「低次の不平」なのか、他者からの尊敬や自尊を求める「高次の不平」なのかであり、低次の不平が満たされればそれは高次の不平へと変化し、どんなに恵まれた状況でも不平不満が解消される事はない。
経営者としては、従業員の不平が続くからといって幻滅する事はなく、「現在の不平が動機付けのレベルが向上した結果生じたものか」を問わねばならないという。
まさに「マズロー」である。

最後には社会改善論も提示されているが、経営管理も広く社会に当てはめて考える事ができるというものだろう。それによると、
「社会は分業で成り立っており、誰もが等しく必要な存在である。お抱え運転手、ごみ収集人、事務員・・・その他ありとあらゆる人間が必要なのである。このことはまた、誰もが自尊心をもって自分の仕事に当たれるということでもある」
先の記述とは矛盾するが、こちらの方がしっくりくる。

混乱部分はあるものの、「欲求5段階説」程度の知識しかなかったところからすれば、より「マズロー」を深く理解できる事は間違いがない。
あらゆる組織の「経営」に関して、改めて実感する部分なども含まれている。
こういう原点に触れてみるのもいいものだと、あらためて思わされた一冊である・・・



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2013年01月12日

【木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか】増田俊也 読書日記302




≪目次≫
巌流島の朝
熊本の怪童
鬼の牛島辰熊
武徳会と阿部謙四郎
木村政彦と高専柔道
拓大予科の高専大会優勝
全日本選士権3連覇
師弟悲願の天覧試合制覇
悪童木村と思想家牛島
東條英機を暗殺せよ
終戦、そして戦後闇屋の頃
武徳会と高専柔道の消滅
アマ最後の伝説の2試合
プロ柔道の旗揚げ
木村、プロ柔道でも王者に
プロ柔道崩壊の本当の理由
ハワイへの逃亡
ブラジルと柔道、そしてブラジリアン柔術
鬼の木村、ブラジルに立つ
エリオ・グレイシーの挑戦
マラカナンスタジアムの戦い
もう一人の怪物、力道山
日本のプロレスの夜明け
大山倍達の虚実
プロレス団体旗揚げをめぐる攻防
木村は本当に負け役だったのか
「真剣勝負なら負けない」
木村政彦、拓大へ帰る
復讐の夏
木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか


 木村政彦と力道山と言えば、ちょっとプロレスを知っている人なら知っている、力道山の名勝負と言われている試合の一つだと思い浮かぶ。さらに知っている人なら、その試合で力道山が勝った事、それも最後は喧嘩マッチになった因縁の試合だと言う事も知っているだろう。古い試合だし、なぜ今さらという気もしたのだが、気になって手にとってしまった一冊。

 そんな1試合を扱うのに、700ページ近い大著なのには訳がある。
著者は因縁の1試合に至るまでの道のりを克明に語る。
主人公は力道山ではなく、木村政彦。
日本屈指の柔道家で、「木村の前に木村なし 木村の後に木村なし」と言われるほどの人物だったらしい。そんな木村を描くのに、著者はまず日本の柔道史から解き明かす。

 柔道と言っても実は一つではなく、戦前は様々な流派があったらしい。講道館は有名だが、その他に古流柔術の流れをくむ武専(武徳会付属武道専門学校)に帝国大学柔道連盟が主催した高専柔道である。武専も高専もいずれも寝技を得意とする実践的な武道タイプで、グレイシーで有名なブラジリアン柔術はこの系統だという。こうした歴史は目から鱗であった。

 前半は木村が師匠牛島辰熊に見出され、猛烈な稽古で強くなっていく様が語られる。目指していた展覧試合で負けたら腹を切ろうと、実際その練習までして血を流したというエピソードはすさまじい。戦後、GHQによって戦闘技術としての牙を抜かれてしまった柔道は、講道館を中心にスポーツとしての道を進む。だが、実践格闘型の柔道の生き残りである木村政彦は、そんな柔道界には進まず、プロレスに参加。そしてやがて請われて訪れたブラジルで、現地の日本人が柔道で勝てなかったエリオ・グレイシーと戦う事になる(もちろん、プロレスのようなシナリオのない真剣勝負である)。この試合で、エリオの腕を寝技で折って勝った木村。そしてのちにヒクソン・グレイシーらの柔術家に尊敬される存在となる。

 木村の柔道史は読んでいて面白く、大著も気にならない。そしていよいよ力道山との試合へとつながる。ここまで読めば、なぜ木村が力道山に負けたのか不思議で仕方がない。しかし事前に引き分けという打ち合わせがなされていた事と、当日に至る両者のコンディション作りなどの過程を追って行くと、その理由も見えてくる。

 木村政彦の人物像も相当浮かび上がってくる。力道山戦後の人生も描かれており、「木村の後に木村なし」もあながち大げさではないと思えてくる。アントン・ヘーシンクなど外国人柔道家や自ら育てた岩釣兼生についても興味深い。大山倍達などとの交流も描かれ、知らなかった意外な事実が多いのには驚かされる。

 興味のない人には読んでいても面白味は感じないかもしれないが、この手の話が好きな人なら700ページも苦ではないだろう。力道山がプロレスラーとして成功した影で、こういう人生があったのかという物語としても面白い。生きるのに器用だった力道山と不器用だった木村政彦という風にも考えられるだろう。

 一読の価値ある貴重な一冊である・・・



posted by HH at 23:58| Comment(0) | TrackBack(0) | ドキュメント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする