2013年09月26日

【風の果て】藤沢周平 読書日記368



方貝道場
わかれ道
太蔵が原
春の雷
暗闘
町見家
政変
陰の図面
天空の声

ちょっと読みモノに間が空くと、藤沢周平を手に取る事にしている。
藤沢周平の時代劇は、なんとなくほっとさせられるものがあるからである。

主人公は、藩の主席家老桑山又左衛門。ある日、又左衛門の許に1通の果たし状が届く。差出人は、野瀬市之丞。実は又左衛門と市之丞は、かつて同じ道場に通う仲間であった。

物語は、まだ又左衛門が上村隼太と名乗っていた時代と主席家老の桑山又左衛門となった後とを対比させながら進んでいく。隼太、市之丞、杉山鹿之助、寺田一蔵、三矢庄六の5人は仲の良い道場仲間。道場では対等に汗を流している。

しかし、やがて身分社会ゆえの分かれ道がやってくる。杉山鹿之助は、失脚したとはいえかつて藩政に携わった名家の嫡男。あとはみな次男坊以下。それぞれの家に上士下士という差がある上、嫡男がすべて相続する時代。次男坊以下は、婿の口に恵まれなければ、一生部屋住みの「厄介叔父」として子供も持てずに終わる時代。そんな中、必然的に話題は「婿養子の口」となる。

一方、江戸藩邸の出費を中心に支出が嵩み、藩の財政は苦しい。そんな中、新田開発が一縷の希望としてある。されど期待される太蔵が原の開墾は、水の確保が至難の業。自分に出来る事はないかと、一人その地を訪れた隼太は、郡奉行の桑山孫助と出会う。実は以前、隼太は桑山の娘との縁談を断った経緯があった・・・

武士の中にも上士と下士という身分の差がある。下士の次男坊であった隼太がどうして筆頭家老にまで上り詰める事ができたのか。そして冒頭での、かつての友市之丞からの果たし状の行方は?興味をそそられながら、物語を読み進めて行く事になる。

武士モノらしく、要所要所で剣劇の面白味を交えながら、藤沢周平独特の雰囲気を漂わせて物語は進む。親しかった友人たちも、いつもずっと一緒というわけにはいかない。物語を読み進めながら、そう言えば自分も小学校時代に仲の良かった5人が、今はバラバラで会う事もないと、ふと思う。誰にでもありそうな、そんな物語。江戸の世でも現代でも、同じなのだろうと思えた・・・

しっかりとしたストーリーの中にどこにでもありそうな人間関係が交わる。それは現代にも通じるものがある。しみじみとした藤沢周平の世界を堪能できる一冊である・・・




    
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2013年09月21日

【日本の経営を創る】三枝匡/伊丹敬之 読書日記367



第1章 アメリカ流経営、九つの弱み
第2章 「日本的経営」も威張れたものではない
第3章 論理化する力・具体化する力
第4章 日本における「経営の原理」
第5章 「創って、作って、売る」サイクルの原理
第6章 人の心を動かす戦略
第7章 事業の再生、大組織の改革
第8章 抵抗勢力との闘い
第9章 失われてきた経営者育成の場
第10章 今、求められる経営者人材

 事業再生のプロ三枝匡氏と学問的立場の経営専門家伊丹教授による対談形式の経営論である。言ってみれば、理論と実践の立場からの対談という事もあり、興味深く読む。

 冒頭、アメリカ流経営の弱みが興味を引く。
@ 安易な多角化
A 高過ぎる配当性向
B 短期リターン志向
C 組織の非継続性
D 品質よりも目先の利益追求
E ものつくりの弱さ
F インスタント成金主義
G 社員の低コミットメント(社員の変動費扱い)
H 所得配分の過度の偏り
お二方とも、アメリカで教えたり働いたりした経験があるせいであろう、アメリカ企業の弱みをよくご存知である。アメリカ流経営は優れたところも多いが、その欠点を知っておく事も重要だと思う。

 一方、だから日本的経営が良いというわけでもなく、伊丹教授は3つの弱みを挙げている。
@ 年齢構成
A 悪銭身につかず
B 鍛えられていない人たちが経営者へ
経営者の質の劣化というのも、この本のテーマの一つである。

 現場で培った経営のエッセンスを「論理化」する、そして、「論理化」したエッセンスを現場に即して解凍するという事が、まさに現場と大学などで行われている事だろう。そういう意味で、この二人の対談は面白い。三枝氏が、持論の「創って、作って、売る」プロセスを小さなサイクルで速く回す(「スモール・イズ・ビューティフル」)という事が、そのあとの紙面を通じて語られる。経営の立場に立ってみなくても、自分の組織に当てはめてみてもそうだと思う。

 そして組織論から、人の心へ。組織の人たちの心をつないでいく「信頼による納得性」。組織論になれば、リーダーシップのあり方も必然となる。変革となれば抵抗勢力も出てくる。三枝氏の著書 「V字回復の経営」の話もよく登場するが、読んであったので「ああ、あの話だな」というわかりやすさがあった。

 最後に経営者人材の発掘の話となる。自分は「発掘」され得るに足る能力があるだろうか。やっぱり必要なのは、「熱き心」だというが、これはよく理解できる。ただ日本の大企業では、この「熱き心」を冷ます仕組みがよく出来ているから要注意だ。心地良いぬるま湯に慣れ親しむ事のないようにしたい。

 三枝氏の企業再建については、興味があって是非とも具体的な話を聞きたいところである。守秘義務なんかがあって、本で読むのは難しそうなのが残念である。せめてこういう本ででも、その片鱗を味わいたいと思う一冊である・・・

    
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2013年09月10日

【東京アクアリウム】小池真理子 読書日記366



リリー・マルレーン

二匹の子鬼
東京アクアリウム
小曲(ソナチネ)
モッキンバードの夜
猫別れ
父の手、父の声

小池真理子の短編集。
短編集というのは、長編と違って長々と登場人物たちやその状況や出来事や心の動きを描く事はできない。短い間に表現しなければならず、それは例えれば動画と写真のようなものかもしれない。一瞬を切り取った写真でも、眺めているうちに様々なものを感じる事がある。そんな写真のような短編ばかりが納められている。

『リリー・マルレーン』
二度の離婚歴のあるサトコ。
年下の男との恋愛がどうやら終わる事になり、昔よく通ったオカマバーに行く。
仕切っているのは、オカマのリリー。
久しぶりにリリーの店を訪ねるサトコ。
その間にサトコの過ぎ去りし過去が流れていく。

『風』
友人千晶の葬儀にやってきた悦子。
千晶とのやり取りが蘇る。
夫に隠れて千晶が愛した男、川原。
川原が生前千晶にしたある約束。
それが葬儀の場で果たされる・・・

『二匹の子鬼』
史子が家に帰ってくる。
ある事故を境に人が変わってしまった夫の昇一。
耐えるだけの史子。
会社の後輩とベッドに入ってしまい、夫の待つ家に帰る・・・

主人公たちはみな40代前後の女性。もう恋愛も一通りこなし、人生の何たるかも理解している女性たち。そういう人たちを“大人”と言うのであろうか。真夏のような恋の話などは出てこないが、代わりに春と真夏を過ごした後の秋の恋が描かれる。不倫や離婚・再婚といった話が普通に出てくる。若い頃のような剛速球は投げられなくとも、巧みな変化球を投げ分けるベテラン投手の味わいとも言える。同じ年代としてはそれが心地良い。

優雅に舞うような文章も相変わらず。
この人の本はずっと読み続けたいと思わせてくれる。
これもそんな短編集である・・・

    
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2013年09月07日

【ルポ貧困大国アメリカU】堤未果 読書日記365

   


第1章 公教育が借金地獄に変わる
第2章 崩壊する社会保障が高齢者と若者を襲う
第3章 医療改革vs医産複合体
第4章 刑務所という名の巨大労働市場

前著『ルポ 貧困大国アメリカ』を読んで、経済大国アメリカの意外な一面を知った。
続編の存在は知っていたが、ここにきてようやく手に取った次第である。

今回のテーマは、『教育』、『医療』、『社会保障』そして『刑務所』。
アメリカはチャンスの国であるが、一方で学歴がないと低賃金単純労働の下層社会から抜け出せない。そこで若者たちは、無理をしてでも大学へ通う。そして大半の学生が学資ローンを利用する事になる。ところがこれが曲者。

ロビー活動を通じて、公的ローンは片隅に追いやられ、民間のサリーメイが幅を利かせる。返済できるうちは問題ないが、リーマンショック以降の不況で返済できなくなる若者が増加。すると過酷な金利が上乗せされ、さらに債権回収会社からの執拗な取り立てが始る。38,000ドル(380万円)のローンが、最終的に80,000ドル(800万円)に膨れ上がった事例が紹介されていたが、ただただ絶句するしかない。

悠々自適の引退生活を送っていたGMの退職者。
ところが経済危機の中で年金がカットされてしまう。
公的年金も十分ではないところに、物価と医療費の上昇が襲う。
一方で天文学的な退職金を受け取るGMのCEO・・・

熱狂の中、当選したオバマ大統領。医療保険改革=オバマ・ケアを推進しようとしたが、行く手を阻むのは医産複合体。アメリカには、「メディケア(高齢者用)」「メディケイド(低所得者)」という二つの公的医療制度があるが、その対象から漏れる中流層の多くが無保険者。さらに収入が多くなる程保険料が安くなる逆累進性。

過去にヒラリー上院議員が保険改革を試みるが、医産複合体の圧力の前に敗退。また、プライマリケア(家庭医、小児科医、内科医)という初診を行う医師の不足が追い打ちをかける。アメリカではおいそれと病気になれない。

最後は刑務所。逮捕されると法定手数料300ドルが請求され、囚人基金積立で25ドル請求される。刑務所では部屋代と医療費で毎日2ドル引かれるが、労働の対価は時給40セント。大学生一人当たりの教育予算が年間6,000ドルに対し、囚人一人当たりには34,000ドルが支出されている現実。せっかく刑務所を出ても、ホームレスは違法化されて取り締まりを受け、「スリーストライク法」で簡単に刑務所に逆戻り。民営の刑務所が幅を利かせ、いまや囚人はアジアより安い労働力として利用されている。

力を持った企業が、政府に働きかけ自分達の都合の良いように制度を定める。学資ローンは自己破産しても免責対象とならず、借り換えも禁止されている。医療も刑務所も、政治家はロビー活動や政治献金を通じてコントロールされる。経済大国の知られざる裏側。

いずれ我が国にも飛び火するものがあるかもしれず、対岸の火事として眺めて終わりたくはないものである。さらに続編もあるようだし、読んでおきたいと思うシリーズである。


    
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2013年09月05日

【女子高生ちえの社長日記】甲斐荘正晃 読書日記364



第1章 傷んだキャベツも捨てちゃいけない理由
第2章 ネコしか知らない現場情報
第3章 工場と営業、悪いのはどっち?
第4章 予想が当たれば競馬もケーキ屋も大儲け
第5章 ピッキングって空巣狙いの仕事?
第6章 先に売り切れるにぎりはタラコと昆布どっち?
第7章 雨降って地固まるって言うけれど
第8章 会社でも三者面談がいるかしら
第9章 お買い物の知恵は家庭も会社も同じ

中学生の娘に読ませる本を探して、練馬区の図書館のホームページで探し当てた一冊。娘に読ませる前に自分で読んでみようと手に取る。内容はと言えば、架空のストーリーをベースとしながら、ビジネスについて描くよくあるタイプの経済小説の一種。三枝匡の 【V字回復の経営】とか、高杉良の【会社蘇生】などと同系である。

主人公は女子高生の山本ちえ。
経営者であった父親が突然亡くなり、父に代わって社長に就任するところから物語は始る。女子高生を主人公とする事で、経営に疎い読者にもわかりやすく経営を理解させようという狙いなのだろう。ある意味、「もしドラ」(「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」 )を意識しているのかもしれない。

さて、女子高生が社長になったら、という現実的にはほとんどあり得ない設定で物語は進む。なにせ女子高生だから、会社の事はちんぷんかんぷん。工場見学に行って、「減価償却」と言われたって何だかわからない。そこであとで調べてみたりして理解するのだが、この時、読者も理解できるようになっている。

途中でドラム仲間のコンサルタントが出てきて、ちえの疑問に答えてくれる。読む者もそれで学べるというわけである。難しい在庫管理も、ケーキ屋さんがいくつケーキを作るかに例えて説明されたり、製造工程の「リードタイム」「ロットサイズ」などという概念を回転寿司に例えたり、このあたりはわかりやすい工夫がされている。

「5S」「BTB」などという言葉も登場し、易しく易しく書かれてはいるが、内容は生産管理などの教科書と同じである。わかっている立場からすると、そういう事もすべてわかるが、果たしてわからない者から見たらどうだろう。ましてや中学1年生の娘が読んで理解できるだろうかと考えるとちょっと疑問である。

ストーリー的には、女子高生社長に不満を持つ古参専務の反乱的な話が出てきて面白くなったところで、物語は終わりを告げる。せっかくだから、もう少し面白おかしく続けてほしかったところである。ストーリーはともかく、専門的な経営の概念・言葉はちょっと中学1年生には難しいかもしれない。

読ませるのはもう少し先にしようと思った一冊である・・・
   
    
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2013年09月03日

【こころ】夏目漱石 読書日記363



上 先生と私
中 両親と私
下 先生と遺書

文豪夏目漱石のこの本を初めて読んだのは、20代の頃である。大概の夏目漱石の本はこの頃に集中して読んでいる。今思えば、若い頃に有名な作家の本を読んでおいて良かったと思う。あれから30年。原点回帰ではないが、ふとまた読んでみたくなって手に取った次第である。

主人公はまだ学生の「私」。鎌倉の海水浴場で出会った人になぜか惹かれて付き合うようになる。その人を「先生」と呼んで慕う私。先生は、仕事をせず奥様と二人暮らし。口数が少なく、過去にあった「何か」が先生に苦悩をもたらしている。

毎月友人だったという人の墓参りに行く先生。されどその友人がどんな人だったのか、過去にどんな事があったのか、私には語ってくれない。奥様も先生の苦悩を知ってはいるものの、内容までは知らない。「子供は何時まで経ったってできっこないよ」と語る先生。なぜかと問われて、「天罰だからさ」と答える先生。一体、何があったのかと興味がそそられる。

先生の過去に何があったのか。
わからないまま物語は進む。
そして父親の具合が悪くなり、故郷に帰る私。
いつ死ぬかという最中、先生から分厚い手紙が届く。
それは先生の遺書であった・・・

漱石が本書を執筆したのは、大正3年(1914年)だという。時代の違いは随所に現れる。先生も私も大学を卒業しているが、(私は途中で卒業する)働く気配がない。先生は結婚しているのに働いておらず、それなりに豊かなのであるが、「働かなくて良いなら働かないのも選択肢の一つ」という雰囲気が漂っている。私も卒業を前にして就活の素振りもない。そのうち何か見つかるだろうというのんきなムードである。

恋愛もまた然り。
告白などという儀式などない。
相手の親にいきなり「嫁にくれ」である。
本人の意志などどこへやらである。
現代方式を見たら、漱石も茫然とするかもしれない。

印象深いのが、最後の章。先生の過去がすべて明らかになる。若い頃は似たような経験を誰もがするのだと思う。そこにあるのは、100年前の日本の若者の一途な姿。先生と友人Kの心模様がよくわかる。先生にも先生がいたら、あるいは違う展開もあったかもしれない。そんな事を考えてみた。

最初に読んだ時はどんな感想を持ったのか、もう忘れてしまった。
この年になって読んでみると、やっぱり深い味わいがある。
他の作品ももう一度読んでみようと改めて思ったのである・・・
  

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2013年09月01日

【金持ちになる男、貧乏になる男】スティーブ・シーボルド 読書日記362



原題:How rich people think
第1章 お金の本質を理解しているか?
第2章 お金に対して偏見をもっていないか?
第3章 自分には稼げないと思いこんでいないか?
第4章 自分を信じて努力しているか?
第5章 積極的にチャンスをつかもうとしているか?
第6章 お金に対して罪悪感をもっていないか?
第7章 子供にお金の重要性を教えているか?
第8章 自分に投資しているか?

著者はアメリカの経営コンサルタント。
シカゴの貧しい労働者の家庭に生まれ、大学生の頃富裕層の研究を開始。現在は能力開発の第一人者として活躍をされているようで、長年の成果をまとめたのが本書のようである。

そもそもであるが、金持ちと貧乏人はとにかく考え方が違うようである。
・貧乏になる男は小銭を貯めることを考え、金持ちになる男は大金を稼ぐ事を考える
・貧乏になる男は時間をお金と交換することを考え、金持ちになる男はアイディアをお金と交換する事を考える
いきなりこんな言葉が登場する。全編すべてこの形式のような冒頭の言葉とその説明とで構成されていて、非常にわかりやすい。

お金に対する偏見としては、
・貧乏になる男はお金を悪いものと考え、金持ちになる男はお金をよいものと考える
・貧乏になる男はお金がなくなることを絶えず心配し、金持ちになる男はもっとお金を稼ぐ方法を常に考える
・貧乏になる男は快楽を追求し、金持ちになる男は利益を追求する
という言葉が目についた。

金持ちという人種は、自分達とはまったく別世界の人間と思いがちだが、それは思い込みもあるという。
・貧乏になる男はお金を得るために働き、金持ちになる男は充実感を得るために働く
・貧乏になる男は大金を稼ぐには手持ち資金が必要と考え、金持ちになる男はアイディアに出資してもらうことを考える
・貧乏になる男はお金の重要性を否定し、金持ちになる男はお金の重要性を強調する

考え方はとにかく重要なようだ。
・貧乏になる男は小さく考え、金持ちになる男は大きく考える
・貧乏になる男は金持ちが貧乏人を助けるべきだと考え、金持ちになる男は自助努力が自立を促進すると考える。
・貧乏になる男は金持ちは賢いと考え、金持ちになる男は知性や学力は資産形成に関係ないと考える。
・貧乏になる男は高い学位を追い求め、金持ちになる男はあらゆる学習の機会を活用する
こうして比較してみると、貧乏になる男と金持ちになる男は、同じようにスタートしても、後に大きな差となって現れるのも無理ない事のように思える。

若い頃から金持ちの考え方を学んだという著者は、自身現在は成功してお金に困っていないようである。という事は、ここに書かれている事もバカにできないという事だ。もう遅いと考えるか、それともまだまだ何がしかの可能性があると考えるか、それも考え方だ。

せっかく読んだのだから、考え方だけでも金持ち思考になりたいと思う一冊である・・・




posted by HH at 19:16| Comment(0) | TrackBack(0) | ビジネス/自説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする