2014年01月30日

【ソロモンの偽証第V部 法廷】宮部みゆき




いよいよ第3部。
城東第三中学校の体育館で学校内裁判が開始される。
主役は3年生の生徒たち。
先生たちや親たちや、刑事の礼子もジャーナリストの茂木も傍聴にやってくる。

判事を務めるのは、学年トップの秀才井上。
その井上が開廷宣言をする。
検事はこの物語の主人公とも言うべき藤野涼子。
弁護人は、他校の生徒である神原和彦。
期間は5日間である。

裁判とは言ってもそこは中学生のそれ。
実際の裁判ほど厳格ではないが、そうは言っても「中学生にこんな発言はできないよなぁ」というシーンが幾度も出てくる。
それはそれ、フィクションの世界と割り切ってみるつもりではあるものの、やっぱり気になってしまう。
性格だろうか。

次々に登場する証人。
やはり「告発状」を書いた生徒の証言とか、物語の核心に近い人物の証言は興味深い。
様々な証人たちの証言が組み合わされて、事件の姿が次第に浮かび上がってくる。
やがて中学生を主人公に据えた事が、裁判の形に自由度をもたらせている事に気がつく。
普通ならあり得ないパターンも、この形なら許される。

クライマックスに大きな爆弾が仕込まれていそうな気がしていたが、やはり案の定、一度、二度と爆発する。
気がつけば、不思議と感動モードに入っている。
最後の陪審員判決は心温まる内容だ。

3冊でそれぞれ700ページを越える大作で、読むのに骨が折れた。
書く方もよくぞここまで書いたものだと思う。
宮部みゆきは、いろいろなテイストの小説を書く。
ミステリーだったり、時代劇だったり、この小説のような何のジャンルか良くわからないようなものだったり。
それぞれに特色がある。

今度はどんな作品が出てくるのだろう。
ちょっと楽しみにしたいと思う・・・
   

  
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2014年01月21日

【サムスンの研究】日本に根付くグローバル企業研究会



第1章 サムスンを変えた「新経営」
第2章 技術進化経営
第3章 人材第一経営
第4章 ブランド戦略
第5章 社会貢献活動
第6章 サムスンと日本

今や青息吐息の日本の家電メーカーを尻目に、巨大な存在感を示している韓国サムスン・グループ。
サブタイトルに「卓越した競争力の根源を探る」とあるように、そんなサムスンの成長の原動力を探った本である。

内容は、「はじめに」で説明されている通り、サムスンのリーダーたちの証言と専門家の分析から構成されている。
サムスンのリーダーたちとは、関連各部署における責任者たちである。

サムスンの創業は1938年と古い。
しかし、本格的な躍進は、1993年に打ち出した「質重視」の経営を目指す「新経営」宣言以降のようである。
中心となった李健熙(イゴンヒ)会長が強烈な危機感から、「安かろう、悪かろう」の量重視の経営からの脱却を図ったものである。

韓国は1997年にIMF危機に見舞われるが、そこでも「新経営」の看板を維持。
「他者に先駆け、世界で初めての製品を市場に投入し、世界標準を確立し、その市場分野を支配する」事を目指す。
半導体メモリー分野で世界一位、世界で初めてCDMA方式を採用した携帯電話機を事業化し、2003年には売上世界3位となり、翌年には液晶ディスプレイで世界トップレベルとなる。

「新経営」は1993年にスタート。
全役員をフランクフルトに集め、「家族以外はすべて変えろ」と要求したという。
そして大事な事として、「経営の根本は人間にある」という考え方から、人間性を強調したサムスン憲法が制定される。

特徴的な制度として、「地域専門家制度」というものがある。
入社3年目以上の課長代理クラスの社員から毎年200〜300人の優秀な人材を選び、世界各国に派遣。
何か仕事をしたりする事もなく、給料をもらいながら自主的なプログラムに沿って言語・習慣・文化等を学ぶという。
これによって、その国に精通した社員として働く事が出来るのだと言う。
なかなか太っ腹な制度である。

人材育成についてはかなりのページが割かれ、その他にマーケティングなどから社会貢献活動に至るまで、幅広くサムスンの事例が紹介される。
惜しむらくは、2005年出版と古い本だと言う事。
まあその後の発展も凄いから、この時点で既に芽吹いていたとも言える。

某講座の課題図書として手に取ったが、「サムスンはこんな事をやってトップに立った」と知るには良い本であろう。
今は、束になってもサムスンに追いつけなくなってしまった日本の家電メーカーであるが、是非こうした「敵の研究」も行って、巻き返してもらいたいと思わずにはいられない一冊である・・・
   
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2014年01月12日

【ソロモンの偽証第U部 決意】宮部みゆき



『ソロモンの偽証 第I部 事件』に続く第U部。
前回は事件のイントロ。
城東第3中学校の屋上から一人の生徒柏木卓也が飛び降りて自殺した事に端を発し、物語が進展する。
ついにはもう一人の同級生浅井松子が事故死するに至り、主人公藤野涼子はある決意をする。

時に1991年夏。
3年生の卒業課題として、自分たちの学校で起こった事件の疑惑を晴らすべく、藤野涼子は学校内裁判を提唱する。
果たして柏木卓也は、大出俊次に殺されたのか。
中学生の裁判に、何の拘束力もないのは事実ではあるが、自分達で疑惑を晴らそうというもの。

始めは、誰も嫌われ者の大出俊次の弁護などやりたがらないだろうと、涼子自らが弁護人を希望する。
しかし、そこに柏木卓也と同じ塾に通っていたという神原和彦が現れ、弁護人となる。
先生たちの反対を押し切り、裁判は実現に向けて動き出す。
夏休み中の5日間、学校の体育館で開かれる学校内裁判。
第U部は、そこに向けた生徒たちの動きが綴られていく・・・

なかなか面白い発想のストーリー。
気がつけば715ページを一気に読んでしまっていた。
この手の小説を読む場合、普通は主人公に感情移入し、あたかも自分が主人公になったかの如くストーリーを追いかけるものなのかもしれないが、さすがに中学生が主人公となるとそうもいかない。
「大人の目」で物語を追いかけてしまう。

そうすると、必然的に気になってしまう。
みんな中学生なのに、やけに実際の裁判の事に詳しいな、と。
あたかも実際の裁判官や検事や弁護人の如き言動。
49歳のおじさんだって言えないような言動が出てくると、どうも中学生という設定に違和感を覚えてしまう。

そこは、「頑張って」気にしないように努めて読み進めていく。
物語には当然大人たちも登場する。
藤野涼子の両親。
父親は警察官である。
津崎校長、担任の森内先生。
ジャーナリストに大出俊次の両親に弁護士。
そして重要参考人となる三宅樹里の両親。
大人たちの言動は、感情移入とは別に、よく「理解できる」。
さすが大人同士。

いつのまにか、子供たちの学校裁判を見守る立場で読んでいる事に気づく。
順調に進むかに思われた裁判だが、何だか思わぬ方向に進んでいきそうな気配が漂う。
引き続き、第V部に期待したいと思う・・・


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2014年01月08日

【置かれた場所で咲きなさい】渡辺和子



第1章 自分自身に語りかける
第2章 明日に向かって生きる
第3章 美しく老いる
第4章 愛するということ

著者は、ノートルダム清心学園理事長。
大学卒業後、ノートルダム修道女会に入り、アメリカに派遣されたという経歴を持つクリスチャンである。
そのためか、この本の内容は、キリスト教精神に満ち溢れている。

タイトルは、著者が若い頃、未知の岡山に学長として赴任して苦労し、自信喪失していた時に、一人の宣教師から渡された英語の詩から来ている。
この詩によって救われ、どんなところに置かれても、そこで環境の主人となり自分の花を咲かせようと決心する事ができたという。
確かに、置かれた境遇を嘆いてみても始らないのは事実である。

ページをめくると、短いフレーズと解説。
一つ一つがキリスト教精神に彩られた言葉から成っている。
自分の心にヒットするものを探してみるのも良いかもしれない。

「苦しい峠でも必ず下り坂になる」
神は力に余る試練を与えないという説明が続く。
自分もそうであるが、今試練を抱えている人にとっては、慰められる言葉である。
「不平を言う前に自分から動く」
ちょっと暗いからと不平を言うよりも、自分から進んであかりをつける。
昔は蛍雪を頼りに本を読み勉強をしていたものであるが、それに比べればちょっと暗いとすぐ不平を言う。
なるほどと思う。

「人に恥じない生き方は心を輝かせる」
「親の価値観が子供の価値観を作る」
「子供は親や教師の『言う通り』にならないが、『する通り』になる」
なかなか深い言葉であり、親としては肝に銘じたい。

「順風満帆な人生などない」
「人生にポッカリ空いた穴からこれまで見えなかったものが見えてくる」
「時間の使い方は、そのまま命の使い方になる」
「自分のいのちに意味を与えることで、苦しい状況でも生きていく事ができる」

「あいさつは『あなたは大切な人』と伝える最良の手段」
「日々遭遇する小さな苦しみを笑顔で受けとめ、祈りの花束にして神にささげたい」
嫌な事でも笑顔で耐えれば、それによって神様に魂を一つ救ってもらうというマザー・テレサの言葉を言い伝えるものである。

こうした言葉の数々は、クリスチャンであろうとなかろうと、己に役立てられるものだと思う。
この手の言葉は読む人の置かれた状況によって、心に響く言葉も違ってくるかもしれない。
一度は一通り読んで心を清めるのに良いかもしれない。

薄い本でもあり、一読して損はないと思う・・・

    
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2014年01月05日

【ソロモンの偽証第T部事件】宮部みゆき



宮部みゆきの長編3部作の第1部。
ページ数は第1部で741ページとかなり読み応えがある。
前知識なしで読み始めたため、どうなるかわからない展開がなかなかいい。

冒頭、何やら意味あり気なエピソードが出てくる。
クリスマス・イヴの晩。
一軒の電気屋の前の公衆電話ボックスに佇む一人の男の子。
時は1990年。
まだ携帯電話のない時代である。
このエピソード、きっとあとで何かで出てくるのだろうと思う。

そして舞台は変わる。
物語の中心となるのは城東第三中学校。
一人の生徒柏木卓也がクリスマスの朝、学校の裏庭で死んでいるのが発見される。
発見したのは、同級生の野田健一。
そして、物語の主要メンバーが登場する。
同じ同級生で、刑事を父に持つ藤野涼子、幼馴染み同士の倉田まり子と向坂行夫、三宅樹里と浅井松子のコンビ、問題児の大出俊次、井口充、橋田祐太郎等々。

長編のスタートとあってそれぞれの登場人物たちが紹介される。
中学生たち以外にも、少年課の刑事、校長先生以下の教師、デレビ局のレポーター、各生徒たちの家族。
それぞれ順番に登場し、一人の生徒の死を巡る背景が描かれていく。

よく学校の問題としていじめが取り上げられるが、ここでもそれは出てくる。
そして隠ぺい体質と言われる学校の事情も描かれる。
確かに、外部から見れば隠ぺい体質と言われても仕方ないが、それでも学校側には学校側の事情がある。
生徒のプライバシーに関しては、公表などできない。

警察の事情、ありがちな保護者と学校の関係。
個人的には物語の背景となるこれらの事情が興味深いところであった。
そして柏木卓也の死を巡る疑惑が出てくる。
自殺なのか他殺なのか。
ストーリーが幾重にも織り込まれていく。

織り込まれた糸が、最後にどのような全体像を見せてくれるのであろうか。
この後を楽しみに読みたいと思う・・・

   
posted by HH at 18:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 宮部みゆき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする