2014年06月25日

【破綻−バイオ企業林原の真実】林原靖



第1章 優良企業 林原の内実
第2章 バイオ企業 林原の光と影
第3章 襲いかかった銀行、弁護士、そしてマスコミ
第4章 破綻の嵐に翻弄される日々
第5章 林原を巡る騒動とは何だったのか?
   
かつては優良企業と持てはやされた地方企業の雄、林原が破綻したというニュースに驚いたのは、今だまだ記憶に新しい。
いつも観ているテレビ東京の『カンブリア宮殿』にも採り上げられていたりして、非上場ながらその存在を知っていたから尚更であった。
そんな企業の“破綻の真実”となれば、否が応にも興味を持ってしまう。

第1章では、破綻直前までの内実が語られる。
業績の方は、主力商品の「トレハロース」及び抗がん剤「インターフェロン」等を中心に売上は順調に伸びていて、好調だったという。
しかし一方で、借入は1,300億円を越え、危うい要素は抱えていたようである。

破綻の発端は、準メイン銀行の住友信託銀行に粉飾決算の指摘を受けた事。
銀行借入残高の内訳を粉飾していたようである。
それに過去の架空売上計上もあったらしい。
粉飾決算となると、銀行は対応が厳しくなる。
住友信託銀行は、メイン銀行の中国銀行と相談の上、ADR(裁判外紛争解決手続き)によって解決を図ろうとする。

合間に林原の略歴が説明されるが、この部分は破綻の背景を理解するのに役立つ。
ADRは、取引銀行すべてを巻き込んだ企業再建の為の手続きであるが、西村あさひ法律事務所という日本有数の弁護士事務所が代理人になるにあたり、林原の力が表れている。
ところが、この情報がマスコミに漏れて大騒動となる。
ADRの情報がマスコミに漏れるという事は、(銀行の守秘義務を鑑みれば)あり得ない。
このあたりは、どういう事情があるかわからないが、かなり問題がある。

そうして世間の注目を浴びる中、準メインの住友信託銀行の非協力的な対応もあって、ADRは不成立となり、代理人弁護士は会社更生法を申請する。
そうした経緯が細かく説明されていて、興味を持って読み進む。
そうした経緯と、最終的な銀行への弁済率が93%(通常破綻では数%、事業価値のある企業の民事再生でも50%を越えると凄い事である)という結果を見れば、銀行ももっと違う対応ができた事は間違いない。

著者は、林原社長の実弟で、破綻時の専務。
従って、どうしても恨み節が入るのは仕方ない。
ただ粉飾決算という事実は事実だし、それが銀行に与えるインパクトを軽く見ているところは否めない。
些細な粉飾でも「他にもあるのではないか」という疑念を呼ぶ。
その時点で財務内容の詳細説明をどの程度したのかはわからないが、“重大事態”という意識は、行間から伝わってこない。

住友信託銀行の対応は、初めから「支えよう」という意識はなかったのだろうと思われる。
それなりの事情はあったと思うが、それについては知る術もなくわからない。
代理人弁護士が民事再生を申請せず、会社更生法を申請した判断根拠はわからないが、ここは疑問が残る。
民事再生ならもう少し違った結果になっていただろう。

結果的に林原兄弟はすべての財産を失う。
住友信託銀行は、家財一式に差押えをかけたと言うが、普通ここまでやるのはよほど悪質なケースだ。
一体どんな事情があったのか、興味のあるところである。
メイン銀行が中国銀行ではなく、メガバンクあたりだったらもう少し対応が違ったのかもしれないとも思える。

興味深い事件の内幕を知る事ができたという意味では興味深い一冊であるが、尚不完全であるところは少々物足りない。
ただ著者にわかる範囲には限界があり、ましてや銀行側の事情はリークされないだろうから、それは「無い物ねだり」となるだろう。
興味のある人には、面白い一冊である・・・

   
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2014年06月20日

【空の中】有川浩



作家の中には名前だけで読んでみようと思う作家が何人もいる。
有川浩は、そういう作家の一人である。
これまでに読んだ『フリーター家を買う』『阪急電車』『県庁おもてなし課』など、どれも満足行く面白さであった。
そんな事もあって、迷わず手に取った一冊。
事前に何の予備知識もない状態であった。

2000年代のある日、国産輸送機開発プロジェクトの試作第一号機として飛び立った“スワローテイル”は、四国沖上空20,000メートルで突如謎の爆発事故を起こす。
搭乗員は全員死亡。
そして、そのしばらくあと、同空域で訓練飛行中のF-15戦闘機がやはり同様に爆発する。
原因は不明。

主人公の春名高巳は、“スワローテイル・プロジェクト”のメンバーであるが、事故調査のため空自に派遣される。
そこで爆発したF-15戦闘機とともに飛んでいたパイロット武田光稀三尉に、当時の状況を聴取する事になる。
初めはあまり語りたがらない武田三尉。
それでも複座のF-15に春名を乗せ、武田三尉は現場空域へと向かう。
そしてそこで信じ難いものに遭遇する。

一方、高知県仁淀川の河口にある田舎町で、幼馴染みの斉木瞬と佳江の物語が同時並行で進む。
瞬の父親は空自のパイロット。
そして、瞬の父親が四国沖の空域で事故死したその日に、瞬は海岸で見た事もない物体を見つけ、佳江とともにそれを家に持ち帰る。
父の事故死を知らされた瞬は、たった一人となってしまった家で、父親の携帯に電話をかける。
繋がるはずのない携帯に、電話が繋がる・・・

物語は、事故調査にあたる高巳と光稀、そして高知の高校生瞬と佳江との二組のカップルを軸に進んでいく。
それは、一見爽やかな恋愛ドラマ風。
しかしそこに謎の生命体が絡み合う。
その点で、物語はSFチックになっていく。

女性でありながら戦闘機のパイロットである光稀。
そして行動的な女子高生佳江。
それぞれ女性のインパクトが強い。
“男の職場”に女として参入し、背伸びして突っ張る光稀。
幼馴染みであるがゆえに、近過ぎて瞬に近づけない佳江。
不器用な二人の女性の姿は、女性作家視点のキャラクターなのだろうかとも思う。
今の時代は何でもアリのような気がする。

謎の生命体を巡る物語と、大人と青年の二つの恋愛物語。
縦糸と横糸とが見事に絡み合う。
個人的に謎の生命体を巡る物語には抵抗感を覚えた為か、どうも他の作品のような読後の爽快感は得られなかった。
ただ横糸の方は、有川浩のテイストが出ていて期待通りだったと思う。

好みの部分は人それぞれ。
評価もまた同様。
高知の瞬と佳江の会話は土佐弁。
これもなかなかの味わい。
巻末には宮じいを交えた後日談があり、おまけの楽しさがある。
縦糸は今イチだったが、それなりに楽しめた一冊である・・・
   
    
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2014年06月19日

【不格好経営】南場智子



経営者が書いた自伝的な本には、個人的に興味があってよく読んでいる。
その経営者がよく知っている人であったりすると、尚更である。
そういう意味で、この本の著者であるDeNAの南場智子氏は何かにつけよく目にし、耳にしている人であり、大変興味深く手に取った一冊である。

DeNAについては、プロ野球にも参入しており、名前は良く知っているものの、その実何をやっているのかよくわからないというのが正直なところ。
せいぜいが、ネット企業だと言う程度である。
そんなDeNAを創業したのは、南場社長がマッキンゼーのコンサルタント時代、ネットオークションの立ち上げを進言したところ、「そんなに熱っぽく語るなら自分でやったらどうだ」と言われ、創業を決意したのだと言う。

決意したあとは即行動。
同じマッキンゼーにいた二人の仲間を口説き、小さなアパートを借りて事業をスタートする。
そしてまず初めに仲間を集めていく。
そう言えば以前読んだ『GILT』でも、仲間と共に創業する様子が生き生きと描かれていた。
やっぱり、こうした起業のような事を為すのに、仲間の存在は大きいと思う。

そしてネットオークションのビッダーズとして起業する。
この頃、「大前研一に電話で15分罵倒される権利」というオークションが話題となったのを覚えている。
それは結局、7万数千円の値がつき、落札者は罵倒ではなく経営アドバイスを得られたとの事である。
そんな後日談が楽しい。

事業も一本調子ではなく、オークションはヤフーの後塵を拝し、様々なシステムトラブルに見舞われる。
さらりと書かれているが、その時の苦労は半端ではないだろう。
そしてモバゲーの登場によって本格上昇が始る。

全編を通して苦労を感じさせないのは、著者の語り口によるところが大きい。
コミカルな表現が随所に散りばめられ、思わず噴き出す事しばしばである。
恐らくご本人もかなり明るい方なのだろう。
そして仲間に対する熱い思いが、読む者の泣き笑いを誘う。

著者はもともと上下関係が好きではなかったと言い、「経営課題の前に階層なし」と明言する。
それはDeNA Qualityという理念にも「Surface of Sphere=球の表面積」として掲げられている。
男はどちらかと言えば権威を好むが、このあたりは女性ならではの感性かもしれないし、大いに共感するところである。

経営者としての信念もしっかり書かれている。
組織論、優秀な人の共通点、そうした考え方には頷かされるところが多い。
「家族の看病の為、社長退任」というニュースは聞いていたが、ご主人の看病とまでは知らなかった。
ベイスターズ買収の経緯など裏話的なところも興味深く読んだところである。

今後どうされるのかは不明だが、また再びビジネスの第一線に戻られる事を期待したい方である。
一読して自分も何かもっと仕事に打ち込んでみたいという気持ちになってくる。
経営者の本というのは、そういう良さがある。
文章力という点でも参考になるところはあり、一読の価値ある一冊である。
   
    
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2014年06月18日

【変身】東野圭吾



東野圭吾のミステリーである。
東野圭吾の作品は、最新刊はもとより、暇があれば古いのも読んでいる。
この本も目についてはいたが、先送りしてきた。
というのも、実は 映画の方を先に観ていて、その映画が今一だったため原作に手が伸びなかったのである。
たまたま実家の本棚にあったのが、読むきっかけであった。

主人公は平凡な青年成瀬純一。
ある日、不動産屋を訪れた時、たまたま凶悪犯罪に巻き込まれ、銃で頭を撃たれてしまう。
生死の境を迷うも、世界初の脳移植手術によって一命を取り留める。
そして順調に回復し、退院する。

しかし、それもつかの間、純一は異変を感じ始める。
もともと画家志望で優しい性格だったが、絵を描こうとしても描けない。
恋人の恵に対しても、自分の愛が本物かわからなくなる。
職場に復帰するも、それまで何でもなかった同僚たちの怠惰な態度が我慢できなくなる。
自分でもおかしいと感じた純一は、移植された脳のドナーの事が気になり始める・・・

ガリレオシリーズや加賀恭一郎刑事シリーズが魅力的な東野圭吾のミステリーだが、こういった単発モノも結構好きである。
そんな単発モノには、近未来モノとでも言うべき一群( 「プラチナ・データ」 「パラドックス13」)があるが、“世界初の脳移植”を扱ったこの作品も、そんな一群に整理されるだろう。

ストーリーは脳移植によって次第に性格が変わっていく主人公を描いていくもの。
と言っても、良い方向に変わっていくなら問題はないが、移植されたのが凶悪犯の脳で、自分の性格が悪い方向へ変わっていくとなれば、これはなかなか恐ろしいものである。
それと同時に、ここでは一つの大きな問題が提起される。
「脳が入れ替わった場合、それはどちらの人間なのか」という問題である。
Aという人間の脳が、Bという人間の脳に入れ替わった場合、その人物は果たしてAなのかそれともBなのか。
かなり哲学的な問題である。

かつて『秘密』では、母と娘の中味が入れ替わってしまった事が描かれたが、ここでは脳移植によって少しずつ凶悪犯のドナーに心を乗っ取られていく恐怖が描かれる。
かつてあった「トワイライトゾーン」というシリーズでも同様な内容のものがあったが、実に面白いと思う。

読み始めると途中でやめられなくなるのは、東野圭吾作品の特徴。
この本もその調子で一気に読んでしまった。
まだまだ読んでいない作品は多いし、 加賀恭一郎刑事シリーズ ガリレオシリーズだけでなく、これからも片っ端から読んでいこうと考えている。
次は何にしようかと迷う楽しさを味わえのが、ありがたいところである・・・

   

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2014年06月14日

【オリバー・ストーンが語るもうひとつのアメリカ史2】オリバー・ストーン&ピーター・カズニック


   
第5章 冷戦−始めたのは誰か?
第6章 アイゼンハワー−高まる軍事的緊張
第7章 JFK−「人類史上、最も危険な瞬間」
第8章 LBJ−道を失った帝国
第9章 ニクソンとキッシンジャー−「狂人」と「サイコパス」

映画監督のオリバー・ストーンが、タイトルの通り世間一般に知られているアメリカ現代史を違う角度から見たシリーズの第2弾である。
シリーズ第1巻が、第二次世界大戦終結までを扱っており、今回はそのあとの世界。
テーマは、「冷戦」である。

「第二次世界大戦の戦勝国であったソ連は、戦後東欧諸国を社会主義陣営に置き、新しい形の帝国主義を世界に展開しようとし、自由と民主主義を守ろうとしたアメリカをはじめとする自由主義陣営と対立した」というのが漠然とした冷戦のイメージである。
ところが、この本によれば全く違う姿が見えてくる。

第二次世界大戦に勝利した後、アメリカは原爆に対する警鐘を鳴らす科学者たちの声を抑え、核による威圧を強めていく。
ヘンリー・ウォレスら平和派が政権から離れ、反共産主義を掲げたトルーマン・ドクトリンが発表される。
スターリンは戦時中の約束を守り、ギリシャの内紛には介入せず、ギリシャを東側に組み入れる動きはしなかった。
逆にアメリカは核をちらつかせ、NATOを設立してソ連への対抗を強めていく。
毛沢東による中華人民共和国の成立後も、ソ連は中国共産党への支援を行わず、むしろアメリカとの円満な関係を維持するように促す。
しかし、中国新政府の正当性を認めないアメリカとの関係改善は進まなかった。

アイゼンハワーが大統領となり、朝鮮戦争では核の使用が検討される。
インドシナ戦争では、アメリカはフランスの軍事費の8割を負担し、ここでも原爆の使用が提案される。
原爆に強い嫌悪感を持つ日本に対しては、それを払しょくするために「核の平和利用」という名目で、一部の議員が広島に原発建設の法案を提出する。

ソ連の新しい書記長となったフルシチョフは、アメリカに冷戦終結を呼びかける。
しかし、原爆実験に成功し、スプートニク打ち上げを成功させたソ連に対し、アメリカの情報局はソ連の軍事力に関するデタラメな報告をでっちあげ、「ミサイル・ギャップ」を主張し軍拡に走る。
そしてケネディ時代にキューバ危機を迎えるが、そもそもはキューバの腐敗政権を打倒したのはカストロであり、カストロの革命政府打倒をアメリカ政府は最優先事項としていたのである。

その中での米ソ対立であり、ケネディは海上封鎖に留めようとしたが、強硬派はキューバ空爆を主張。
ソ連潜水艦に爆雷を投下する。
結局、ソ連の妥協によって危機を回避するが、キューバを攻撃できなかった軍部は、不満を募らせていく。
ケネディは、部分的核実験停止など平和路線へと舵を切るが、ダラスの悲劇が起こる。
暗殺事件は、オズワルド単独犯とされるが、CIAや軍部の関与が噂されるのも無理はないところである。

ベトナム戦争については、もっと衝撃が大きい。
北爆によって投下された爆弾は、第二次世界大戦時に両陣営が投下した爆弾の3倍に上り、380万人のベトナム人が命を落とす。
ダニエル・エルズバーグによって暴露された秘密文書「ペンタゴン・ペーパー」により、「アメリカの政策(=アメリカによる資金援助、アメリカから送られた代理人・技術者、アメリカの兵器)に対し、ベトナム人が必死に抵抗してきた姿」が明らかになる。
ベトナム戦争を、「アメリカによる侵略戦争」と断言するエルズバーグは、秘密漏えいによって懲役115年を求刑されるが、この事件は現代のエドワード・スノーデン事件に通じるものがあるように思われる。

西側陣営のニュースに接しているとわからないアメリカの姿を明らかにし、さらに冷戦の実態を明らかにしたこの本にはかなりインパクトがある。
「世界の常識」を疑うためにもこの手の本を読む価値は大いにある。
最後の第3巻も是非読んでみたいと思うところである・・・



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2014年06月12日

【逆説の世界史】井沢元彦



個人的に歴史好きであり、その斬新な発想から読んですぐ虜となった 「逆説の日本史」シリーズ。
その著者が、とうとう世界史に進出。
同じ歴史であっても、日本史と比べると世界史ははるかに幅が広い。
一体どう進めていくのかは、内容に先立ってまず興味深いところであった。

その内容であるが、第1巻は、サブタイトルにある通り「古代エジプト」と「中華帝国」。
どちらも世界史では重要な1ページを占めるところであり、それゆえにまず最初に来るのも当然だろう。
著者は歴史学者ではないが、それゆえに「歴史学者とは違った視点から歴史をとらえる事ができると主張し(それを宇宙人の視点と称している)、広く浅く歴史を検証するのだとしている。
「逆説の日本史」シリーズのような味がでるのか、大いに期待してしまう。

人類(ホモサピエンス)の誕生は、25万年前と言われているが、最も古いメソポタミア文明の3,500年前まで約24万年、文明はほとんど進化しなかった。
その理由は、農業による食糧の確保に加えて言語、それも言語を記録する文字(がなかったこと)だと言う。
余暇(ラテン語でスコーレ=schoolの語源)について、「文明の本質は余暇」との指摘はなかなか興味深い。
イントロの流れは期待を裏切らない。

そして古代エジプトに入る。
古代エジプトと言えば、何と言ってもピラミッドの謎。
「ピラミッド5000年の嘘」という映画を著者も観たそうであるが、そこでもクフ王のピラミッドがわずか20年で作られたという説が説明されていた。
それを著者も独自に推理していく。

そして、「ピラミッドは王の墓ではない」という主張がなされるが、これはなかなか刺激的な意見である。
その証拠として著者は、「ピラミッド内の玄室からミイラが見つかっていない」事を挙げている。
従来、それは「盗掘のため」とされてきたが、著者の言うように墓でないとすれば、その他含めて様々なことに説明がついていく。

ピラミッドは墓ではなく、何らかの宗教施設であるとするが、その宗教の内容はわからず、また神秘的な加工技術がなぜ後世に伝えられなかったのかも謎だという。
しかし、そこには日本史でも登場した「言霊信仰」を持ち出す。
すなわち、古代は名前がわかれば呪い殺す事ができると信じられていたため、王の名前は国家の最高機密であったとするのである。
さらに技術についても、王家の秘密として“文字化”しなかったためであるとする。
その検証過程は、こちらの知的好奇心を刺激してくれる。

後半の中華帝国は、時代を幅広くとる。
世界人口の1/5を占める中国人が、なぜ世界のリーダーとなっていないのか。
15世紀の地球上では確実にもっとも進んでいた中国文明が、なぜその後現代に至るまで停滞しているのかを考えていく。

中国文明の停滞の理由はずばり「新儒教=朱子学」であるとする。
「孝」という親や先祖を敬う考え方は悪くないが、それが“絶対視”となると問題がある。
主君に対する「忠」よりも「孝」が優先されるため、たとえば軍隊において、国家存亡に関わる重要な作戦の前であっても、親が重病とあれば任務を放棄して看病に戻ることは是とされる。
そして中国こそが世界一とする「中華思想」。
これらの影響で中国は近代史において列強に後れを取ることになったとの主張である。

朱子学の影響は日本や韓国にも表れる。
ここで日本の例の紹介にページを割いているが、これは世界史の本であることと、 「逆説の日本史」シリーズと重複する事を考えると、ちょっと不満が残るところである。
現在の日中、日韓の問題を考えると、朱子学をベースとした中韓の考え方に対し、なぜそう考えるのかが理解できるところがあるように思える。
そういう意味でも、やはり歴史は重要である。

今後どう展開していくかはわからないが、 「逆説の日本史」シリーズ同様、続きを楽しみにしたいと思える新たなシリーズである。


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2014年06月03日

【祈りの幕が下りる時】東野圭吾



“ガリレオ”シリーズと並んで東野圭吾作品のもう一つのキャラクターである“加賀恭一郎刑事”の最新作である。
このシリーズ、どちらもハズレがなく安心して読めるところが良い。

物語は仙台で始まる。
スナックを経営する宮本康代の元に友人から電話がかかってくる。
一人雇ってほしい、と。
そしてやってきた女性が、田島百合子と名乗る女性。
以後、百合子は康代のスナックで働き始める。

一方、東京の葛飾小菅で女性の他殺体が発見される。
捜査にあたるのは警視庁捜査一課の松宮。
シリーズを読んでいればすぐにわかるが、松宮は加賀恭一郎の従兄弟である。
被害者を調べていた松宮たちの捜査線上に浮かんできたのは、元舞台女優で今は演出家・脚本家の角倉博美。
折から日本橋明治座で新たな舞台が始まろうとしていた。

一見、何の関わりもなさそうに始まった二つの物語。
捜査は警視庁捜査一課を中心に行われるが、そこに日本橋署の加賀刑事が意外な形で絡んでくる。
「新参者」 「麒麟の翼」と読んでいると、加賀と日本橋のつながりもスムーズに入ってくる。

事態は意外なつながりをもって展開していく。
例によって単に「誰が誰を殺した」というだけでなく、深い人間関係が描かれていく。
その底辺には、「哀しさ」が漂う。
こうした人間ドラマも加賀恭一郎シリーズの魅力と言える。

シリーズモノの良さは、それまでのシリーズで登場人物たちの背景が描かれており、その世界にスムーズに入っていけることが挙げられる。
単発で読んでも悪くはないが、シリーズを通して読んだ方がより深い味わいが得られる。
これからまだまだ続くのだろうが、読み続けていきたいシリーズである。


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2014年06月02日

【賢者の書】喜多川泰



著者の作品は過去に何冊か読んだことがあるような気がしていたが、どうやら勘違いだったらしい。
「自己啓発系」の本を書いている人というイメージがあったが、考えてみれば似たような自己啓発系の本は多いから勘違いしていたのかもしれない。
「物語形式で読むうちに何かに気づいていく」というパターンの一冊である。

物語の主人公はアレックス。
妻と二人の子供がいるサラリーマンであるが、仕事はうまくいっていない。
社長が代わり、閑職に追いやられていたが、ローンも抱えているため、辞表を叩きつけるなんて真似はとてもできない。
多くのサラリーマンが、我が身の事と感じるかもしれない。

そんなアレックスはある日とうとう休暇届けを出し、一人になるべく子供の頃過ごした事のある町にふらりと出掛けていく。
そして懐かしい公園で一人ベンチに座っていると、一人の少年サイードと出会う。
サイードは賢者を訪ねる旅をしてきており、今まさに9人目の、そして最後の賢者に会うためにその公園に来たのである。

アレックスはサイードからこれまで会った8人の賢者の教えを示した「賢者の書」を見せてもらう。
その書にはサイードが旅に出ることになったきっかけから、8人の賢者たちとの出会いが書かれている。
そして、アレックスとともに我々読み手も賢者の書を読んでいく事になる。

物語形式で何らかの教えを示すというのはよくあるパターン。
「夢をかなえるゾウ」なんかもそうだった。
サイードが出会った賢者たちが示した教えは以下の通り。

第1の賢者の教え:行動(行動の結果として手に入るピース、それをどこに使うことになるのかひたすら考える)
第2の賢者の教え:可能性(自分には新しいものを生みだす無限の可能性がある)
第3の賢者の教え:自尊心と他尊心(自尊心と同じレベルまで他尊心を高める)
第4の賢者の教え:目標(まず真剣に考えなければならないのはどんな人間になりたいか)
第5の賢者の教え:今(今日一日成功者としてふさわしい行動をする)
第6の賢者の教え:投資(自らの人生という貴重な財産=時間という財産を投資する)
第7の賢者の教え:幸福(他人を幸せにすることを探す人々になる)
第8の賢者の教え:言葉(人生は言葉によってつくられる)

そして最後の賢者の教えが示される。
 感謝:とにかく感謝の言葉を多く口にする毎日を送る
 与える:手に入れたいと思うものを与える側になる
 誕生:人間は何度だって生まれ変わる事ができる

最後にアレックスは、自分の不運が自分の学ぶ姿勢にあったことに気がつく。
自分が苦手としている人たちから、何かを学ぼうという謙虚な姿勢がなかったと。
賢者か愚者かは学ぼうとする側が、相手から何かを学べたかによる。

物語は生まれ変わったアレックスの希望に満ち溢れた様子を描いて終わる。
そしてアレックスの気持ちは読み終えた自分の気持ちそのものである。
「今からでも遅くない、明日からでも」
そんな気持ちにさせてくれる一冊である。

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