2015年02月28日

【しあわせの教科書】木下晴弘



第1章 きみ自身という存在
第2章 きみという素材をどう磨くか?
第3章 生きるということの基本原理
第4章 幸福というものの実際

著者は教員・保護者・生徒向けのセミナーを全国で展開している会社の社長さん。
以前『涙の数だけ大きくなれる』という本を読んでおり、他の著書も読んでみたいと思いながら今日まで来てしまったもの。
遅ればせながら、1冊を手に取った次第である。

タイトルに「しあわせの教科書」とある通り、この本は著者が直面してきた出会いと、興味深い出来事を介しながら、“ほんとうの幸せ”について考えようというもの。
著者は元々塾講師をしており、したがって紹介されるエピソードは子供絡みのものが多い。

両親が自分の進路を巡って言い争いをしているある少女。
それまで良かった成績が一気に落ちてしまう。
その理由は、「勉強しなさい」という時だけ2人一緒に協力してくれる事から、「自分の存在意義そのものである家族がうまくいくためには、いつも『勉強しなさい』と言わせる状況を創りだせばいい」と彼女が考えたこと。

そもそも人間は、欠けているところに目がいきがちな生き物。
5つのポイントがあって、4つまではいいが、残り1つが気にくわないとすると、「だからイヤ」と思ってしまう。
数学はいいが、英語はダメという子供の親がどうしたらいいかと相談しにくると、「数学を伸ばしましょう」と答えると言う。
我が子と接する時には、是非意識したいものである。

内容的には、「子供を指導する親向け」というべきものが多い。
「子供たちが人生の岐路に立っていたら、あえて苦しい道、骨の折れるほうを選択できるように背中を押してあげる」
「利己的な人は、その時はうまくいくように見えても、いつかは奪い合う人生が訪れる」
「自らが与えたもの、惜しげもなく与えた愛ある行為は、すべて自分に還ってくる」
などである。

「しあわせの教科書」とあるが、こうすれば確実に幸せになれるという保証があるわけではない。
大事なのは、「心のあり方」であるようである。
競争でさえも、本来のあり方は互いに進化するものと言う。
勉強も自分のためではなく、世の中を少しでも良くするためのもの。
そんな風に考える事が勧められている。

結局のところ、幸せになるためには、自分だけ幸せになることを考えてもダメだということだ。
誰かを幸せにすることに一生懸命になれば、それはやがて巡り巡って自分の幸せになる。
そんなことが言えそうである。
書いてある事は、実にシンプルでわかりやすい。
子供とも一度そんな話をしてみたい、と思わせられる一冊である・・・

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2015年02月27日

【暗殺の年輪】藤沢周平



黒い繩
暗殺の年輪
ただ一撃
溟い海


直木賞受賞作品である「暗殺の年輪」を含む、藤沢周平の時代劇短編集である。
15年ほど前に読んだ本であるが、印象深く記憶に残っており、もう一度読みたくなって手に取った次第。

『黒い繩』の主人公は出戻り女のおしの。
実家に戻っているが、ある日庭仕事をしにきていた元岡っ引きの地兵衛に、何気なく数日前に会った幼馴染みの宗次郎の話をする。
すると、その宗次郎は今江戸を追われて逃げているはずだと地兵衛に言われる。
それからおしのと地兵衛と宗次郎の物語が綴られる。

出戻りとなったおしのの事情。
宗次郎と地兵衛との知られざる関係。
何とも言いようがないラスト。
3者3様の人生が物悲しい。

『暗殺の年輪』の主人公は馨之介。
父親は幼い頃、政争に巻き込まれて切腹している。
ある時期から周囲の目に蔑みが入るように感じられていたが、原因はわからない。
そんなある日、かつて仲が良かったが、今は距離を置かれている貝沼金吾から呼び出しを受ける。

出掛けて行った金吾の家で引き合わされた藩の重鎮。
そこで藩の柱石と言われている中老暗殺を持ち掛けられる。
断った馨之介に金吾が語ったのは、父の死に際し、母がどうやって自分を守ったかという話。
真実を知った馨之介は暗殺を引き受ける。

親子二代にわたって政争に巻き込まれる馨之介。
そして知りたくなかった母の過去。
そして結局は捨て駒でしかない馨之介の運命。
何とも言えぬラスト。

『ただ一撃』は、個人的には一番のお気に入り。
仕官を望んで兵法の試合に臨んだ男が、藩の者たちを次々に倒してしまう。
藩主の不興を買い、再試合となる。
相手として白羽の矢が立ったのは、今やすっかり老けこんだ感のある刈谷範兵衛。

息子に家督を譲り、嫁の三緒の世話を受ける日々。
それが試合の指名を受けて、姿を消す。
かつては合戦の経験もあり、その腕を買われて仕官したと言われている範兵衛。
その範兵衛が見せた行動。
嫁の三緒とのやり取り。
いかにも藤沢周平らしい物語。

『溟い海』は葛飾北斎を描いた作品。
安藤広重の台頭に危機感を抱く北斎。
ネットで両者の作品を見ながら読むと臨場感が伝わってくる。

『囮』は下っ引きの甲吉の話。
彫り物師の下働きをしながら、十手を預かる甲吉は、ある日おふみと言う女の見張りを言いつけられる。
そして見張るはずのおふみと、ふとしたきっかけで会話を交わし、深く惹かれるようになる。

長編は長編で良さがあるが、短編も味わい深い。
直木賞の選定基準など素人にわかるわけもないが、賞を取っていてもいなくても、面白さに変わりはない。
特に“取っていない”『ただ一撃』は心に深く残っている作品である。

藤沢周平の作品の中では、短編集としては、間違いなく「1」に挙げたい一冊である・・・


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2015年02月26日

【神道のこころ】葉室 頼昭



第1章 医者と宮司
第2章 東洋医学のふしぎ
第3章 神道のこころ
第4章 素白の心・宇宙のいのち

以前から関心が強かった神道。
わかっているようで実はわかっていないような気がして、何か少し関係する書物に触れてみようと手に取った一冊。
著者(といってもインタヴューを本にしたものである)は公家の生まれで、大阪大学を卒業して医師になり、その後宮司になったというキャリアの持ち主。
そんな著者が、神道の、というよりも神道の立場から世の中を語ったと言える内容の本である。

第1章は生い立ちから医師になり、そして宮司になった経緯。
第2章は医学の話ながらそれ以上のものが入ってくる。
中でも神の恵みを太陽にたとえた話が面白い。

太陽の光は暖かくもなければ明るくもない。
それが証拠に宇宙空間は暖かくもなく明るくもない。
それが地球で暖かく明るくなるのは空気があるため。
「感謝」の働きもこの空気と同じで、これがなければみんなに平等に届いている神のお恵みも幸せに繋がらないというもの。
なるほど、である。

五十肩の痛みを訴えて来院した人に、「肩に感謝したか」と言うと語る。
長年重いものを持ったり、字を書いたり、それを一度でも感謝したかと問う。
野球選手でもファンに認められないと力が出せないのと同様、体も認めないといけないのだとか。

ガンとボケも同様らしい。
ボケたくなかったら死ぬまで頭を使う事だと。
ガンは細胞が正しい記憶に戻れば元の正常な細胞に戻るから、生かされていることに感謝すべきとする。
風邪は気合で治ると信じる身としては、素直に信じたい。

神道は神様がたくさんいて、それでもみんな統一されて調和している。
それは大和朝廷がそうしたから。
滅ぼしたら自分が滅びる。
これが本当のやり方、という説明にはなるほどと思う。

宇宙の始まりから生命の誕生にも話は及ぶ。
人間は脳が発達したから、動物と違って顔が垂直という話は面白い。
鼻は脳が進化して顔の中央で浮かび上がった山と言える。
山は神様のシンボルという話と掛けた話もある。

祖先を祀るという発想はもともと神道のもので、仏教にはなく、仏教がそれを取り入れたもの。
お盆も神道の行事。
禊と祓いに代表されるように、神道は水との関わりが強い。
日本人が西洋人と違って湯船の外で体を洗うのは、水で身体を清めるという考えからだという。

後半の説明は期待した通りの内容。
とてもまとめきれない。
言葉の力についても、言葉を必要としたために人間を進化させたという。
これも面白い。

医者という立場でありながら、医学を万能とは考えていない。
「生かされているという感謝の気持ち」という言葉が繰り返し語られる。
そこに著者の考え方がすべて表れている気がする。
感謝の心なくして病気も治らないという考え方は、個人的には共感できる。
信心深いわけではないが、やはりそういうものなのだろう。

普段、神社には初詣くらいしか行かない。
教会と違って、行けばいいというものでもないだろう。
ただ、日本に生まれ育っているため、神道は身近なもの。
それは素直に受け入れたいと思う。

「神道の解説書」というよりも、一人の宮司の本として素直に受け留めたい一冊である・・・

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2015年02月22日

【林原家】林原健



第1章 経営破綻の真相
第2章 林原一族の宿痾
第3章 同族経営の是非

地方企業の雄と言われた林原が破綻したのにはかなり驚かされた。
それゆえに、「何があったのか」という興味は尽きず、昨年、前専務で社長の実弟でもあった林原靖氏の著書『破綻−バイオ企業林原の真実』を読んだ。
だがそれでもやはりいくつかの疑問は残り、当事者でもない限り知りえない事だから仕方がないとも思っていた。
そんな経緯もあって、今回社長(林原靖氏の実兄)の著書を手に取った次第である。

初めに社長自ら破綻の真相が語られる。
この方、もともと「自分は経営者に向いていない」とし、経理その他を実弟の靖氏に一任し、自らは研究開発部門を担当していたという。
一日の出社時間も3時間であり、そのため破綻は寝耳に水だったようである。
そんな立場にいたためか、破綻についてはどこか他人事のようなところがあり、語り口は第3者的。
だがそれが逆にまた客観性があって良いと思う。

破綻の直接の契機となった粉飾決算。
靖氏は自ら手を染めていたためか、「大したことはしていない」雰囲気で語っていたが、ここに挙げられる粉飾内容には唖然とさせられる。
グループ12法人に及ぶそれは、「ちょっと粉飾した」という程度ではない。
ここまでやっておいて、「一度も返済を滞っていないのに何で騒ぐのか」と発言する靖氏はやはり“わかっていない”と言わざるを得ない。
これでは銀行の態度も頑なになるわけである。

売上280億円に対し、借入は1,300億円と借入も大きい。
(普通はこのレベルだと140億円を越えたら借入過多とみなされるだろう)
その大半は土地や美術品に流れていたようで、だから会社更生法としては異例の「弁済率93%」(これだけ見ると法的整理させる必要はまったくないレベル)となったのであろう。
多額の役員報酬もグループ間の不透明な資金移動も、法的処理の場では問題となるだろうが、そうでなければとやかく言うことでもない。
この第1章で、読む前に抱いていた疑問がかなり晴れた事は事実である。

第2章では、林原家の歴史が語られる。
ここで驚いたのは、著者に霊感があって、映画『シックス・センス』のように死者が見えるのだという。
残念ながら本筋の話ではないため、さらりと触れられた程度だったが、もっと詳しく聞きたいと思ったところである。

経営破綻の元となる粉飾を行ったのは靖氏であるが、著者は自らの責任を回避していない。
冷静に思うところを述べていて、一見責任回避的に思われうるところもあるが、それが正直な感想なのだと思うし、「全責任は我にあり」というスタンスが明確なので嫌味はない。
「一日3時間しか会社にいなかったから破綻を見抜けなかった」という批判に対しても明確に否定し、「3時間しかいなかった事ではなく、見抜く仕組みを作らなかった事が悪い」とするあたりはもっともである。

恨み節が多かった靖氏の著書に比べ、「さすが兄貴」、「さすが社長」と言える内容。
ただこの兄弟、今後は疎遠となるようである。
今は再生して生まれ変わった林原。
今後どうなるのかはわからないが、続けて発展してもらいたいと思うところである。

ずっと気になっていた真相を知る事ができて、すっきりとした一冊である・・・

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2015年02月21日

【3つの循環と文明論の科学】岸田一隆



教の巻 文明論を科学する
第1章 私たちの世界は持続可能か
第2章 人類を支える流れの環
理の巻 科学なしには成立しない
第3章 資源と自然
第4章 知恵で乗り越える
行の巻 人間の善意を信じられるか
第5章 成長神話の崩壊
第6章 新しい社会システム
果の巻 100年・1000年先のあなたのために
第7章 静かな革命
第8章 ゼネラリストのススメ

もともと哲学的な事が好きで、あれこれと理論的な話をするのが好きという事もあって、タイトルに惹かれて手に取った一冊。
サブタイトルには、「リベラルアーツ(=教養)」という言葉が使われている。
この本では読者に「リベラルアーツ」を身につけてもらおうという狙いの様である。
その狙いにも共感した。

本書の構成は大きく4つに分かれる。
そしてその4つを通じて語られるのは、以下の3つの事。
1. 人類は、「物質・エネルギー」「産業」「金融」という3つの循環に支えられている
2. 持続可能性とは、この3つの循環がバランスを取りながら持続できること
3. 成長は決して持続可能ではなく、定常な社会を目指さなくてはならない
一見すると難しいように思われるが、説明はわかりやすい。

4つの構成は「教の巻」、「理の巻」、「行の巻」、「果の巻」となっていて、それぞれ以下の内容となっている。
「教の巻」:人類の歴史を10万年以上の長い時間の単位で眺め、文明の量的な意味での趨勢を見る。
「理の巻」:「物質・エネルギー循環」について
「行の巻」:「産業循環」「金融循環」について
「果の巻」:総合して考えないといけないこと

冒頭は東野圭吾原作のドラマ『ガリレオ』シリーズから採りあげられる。
人間は自然のままに暮らすのが良いのか、科学の発展は必要かといった意見の対立である。
これを端緒に3つの循環が説明される。
太陽から降り注ぐエネルギーが地球上で消費・再生される「物質・エネルギー循環」。
産業革命に端を発し、「生産」と「消費」が繰り返される「産業循環」。
さらにかつては「産業循環」に組み込まれていたものの、現代ではそれを飛び出し、はるかに大きな循環となった「金融循環」。

人類はこれまで発展・成長を遂げてきており、これが永続するなら問題はない。
しかし、経済が「成長」を目指す限りいずれ限界はあり、こうした成長が持続可能ではないことを考えると、そろそろ成長を放棄し持続可能な「定常型社会」を目指さなくてはならない。
その場合、パイが大きくならない事から「公平な分配」という問題が起こってくる。
囚人のジレンマではないが、利己的なルールの下ではこの問題は解決できず、利他的なルールを作る上で、日本は有望な実験社会となりうる。

最後に結論として、我々一般市民に“ゼネラリスト”になる事を勧めている。
“ゼネラリスト”とは「総合的な価値判断をする人」である。
確かに個々の分析の結果がすべて正しいと言えない場合がある。
他との兼ね合いから総合的に判断を下す必要がある場合である。
世の中の問題も、こうしたスタンスから判断が求められている。

例として挙げられているのが、原発の問題。
これは未来の人類にも関わる問題であるが、その選択肢は奪うべきではなく、だがしかし、車のハンドルはその時代の人間が握るべきだとも言う。
「その瞬間の最適ではなく、遠い未来も含めたその時点でのベストの選択」をすべきだと。

難しい理屈の様でいて、言っていることは極めてわかりやすい正論である。
ただ、ジャーナリストについては、私とは意見を異にする。
個人的に不信感を持っており、「ジャーナリストは事実だけを報じてくれれば意見は不要」と考えているため、ジャーナリストの責務として「賛否両論併記は判断を読者に委ねる責任の放棄であり、何らかの判断を下せなければその資格はない」という著者の意見は相容れないものがある。
まあそのあたりは意見の違いとしていいと思うが、全体的には考える大きな材料となる。

こうしたことを考えても、多くの人にとって明日の飯にはつながらない。
しかしより良い社会を目指していくには、こうした事を考えてみるのも必要な事である。
そういう意味で、一読の価値ある一冊である・・・

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2015年02月18日

【なぜ、町の不動産屋はつぶれないのか】牧野知弘



序章  ふたたび「危機」といわれる不動産業界
第1章 不動産で儲ける2つの道
第2章 不動産投資は、ギャンブルなのか?
第3章 なぜ、町の不動産屋はつぶれないのか?
第4章 「サラリーマン大家さん」のススメ
第5章 「土地は裏切らない」ということを、もう一度考えよう

不動産業界に転職以来、この手の本に興味を持って手に取っている。
何冊読んでも何らかの為にはなると考えている。

まずは一般的な話。
リーマンショック前後の不動産業界の様子と当時全盛の感のあったファンドビジネス。
そして不動産会社の倒産が多かったとは言え、それは一部の話とのイントロの説明がある。

「不動産は怖い」というイメージを持つ人もいるかもしれないが、不動産は「なくなることのない資産」であり、「大きな収益を生み出す代表的な資産」でもあるとの解説。
「含み」と「運用収益」という2つの収益をもたらす。
それは「磨けば光る」ものである。

そんな不動産のもたらす収益を手に入れる方法もいろいろある。
単に「右から左」へと動かし、短期にさや取りをするもの。
この手の人は、さや取りができれば株でも不動産でもいいのだろうが、「金儲けの権化」タイプである。
そして度胸と根性で市場に参入する。
そんな“ギャンブラー”たちの一面も紹介する。

タイトルにある「町の不動産屋がつぶれない」理由は、地元での地道な活動を通し、地元資産家や富裕層の持つ不動産の管理を請け負っているからだという。
まさに「ころがし屋」とは対極にいるわけである。
さらにサラリーマンには大家さんになることを勧める。
サラリーマン大家さんになるための「賢い不動産の買い方」として以下を挙げている。

@ 人が集まる場所を買う
A 天気の悪い日に物件を見る
B 駅から近い物件を買う
C 「新築」よりも「中古」を買う
D 無理に大きな借金をしない

また、運用方法としては、
@ 賃料は下げてでもとにかくテナントを埋める
A 契約はなるべく「長期」「固定」を条件
B 既存テナントの賃料はこちらから値下げ
C リニューアルはまめに、大胆に
D 管理会社をチェック
E 借金はあわてて返さないでよい

何だか途中から何の趣旨なのかわからなくなってくるが、不動産に対する考え方あれこれとでも言うべき内容が続く。
結局のところ、著者は不動産は健全なビジネスだと言いたいのだろうし、それは同意できるところである。
そしてこれからは量的拡大より質的充実へという主張にも頷ける。
まあ、それなりに参考になる一冊である・・・

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2015年02月14日

【「自分」の壁】養老孟司



第1章 「自分」は矢印に過ぎない
第2章 本当の自分は最後に残る
第3章 私の体は私だけのものではない
第4章 エネルギー問題は自分自身の問題
第5章 日本のシステムは生きている
第6章 絆には良し悪しがある
第7章 政治は現実を動かさない
第8章 「自分以外」の存在を意識する
第9章 あふれる情報に左右されないために
第10章 自信は「自分」で育てるもの

著者の本は以前、『バカの壁』を読んだ事がある。
この本のタイトルもそれを意識している事は間違いないと思う。
「壁」とはなっているが、この本は著者が最近考えていることをまとめたもので、その主題が「自分」ということである。

著者は自分に確固たるものがないと考えているようで、自分とは「地図の中の矢印のようなもの」と言う。
もともと日本人は個人主義の社会ではないので、今も「自分」などとは必要ないのではないかと述べるが、このあたりの感覚は独特だ。
自分から離れた瞬間、「ヒイキがなくなり、指でも腕でも気持ちの悪いものになる」という解説は面白い。

著者は私と同様、ひねくれ者の素養があると思う。
オリジナリティとは「私にしかできないこと」であるが、『学問でオリジナリティを発揮せよということは、私にしか考えられないで、他の人には考えられないことばかり考えろということは、「病室に入れ」というのと同じではないか』と主張したりする。
そんな主張はまさにひねくれ者の同じ匂いがしてならない。

そんな語り口で世の中の問題を語る。
高齢化の問題も、「高齢者が急増するここ30年ほどの問題ではないか」と述べる。
このあたりは私も常日頃心に抱いている。
年寄りもいつまでも年寄りではない。
いずれこの世を去っていく。
細かい数字を挙げての説明はできないが、感覚的にはそう言えると思う。

衆議院との違いが見られない参議院は、(選挙に左右されないため)長期的テーマを国家レベルで議論する場とせよという主張は、なるほど筋が通っている。
日本では当たり前の「世間」については、外国人に対し、「差別ではなく会員制クラブのメンバー」と説明しているというが、この考え方も面白い。
「選挙はおまじない」という考え方も、実にひねくれている。
「紙に名前を書いて箱にいれるだけで何か変わるのか〜それはおまじいなと同じ」
こうした主張が話題を変えつつ、続いていく。

余命いくばくもないとわかっていて、本来はもう何もしないのが本人にとっていいことかもしれないのに、「無駄でもいいからできるだけのことをしてほしい」という身内の心情。
「何よりも自己が大事」とする西洋の考え方と、「お前はお前だけのものではない」という日本の伝統的な考え方の対立。
欧米に対して日本の「個」の弱さは、むしろ仏教的な考え方からきているもので、仏教のお寺が残っている日本他モンゴル、チベット、タイ、スリランカ等々の国々には自然が残っているという共通点があるという主張は、目覚め感がある。

最後の「あふれる情報に左右されないために」は我が意を得たりの感がある。
マスコミの偏向報道は当然として、世の中には意外とこの手の話があふれている。
風邪をひいた時に秘書がある薬を勧めてきた。
その秘書の方はその薬が効いたのだというが、著者の回答は「その薬が効いたのかその前に食べた焼肉が効いたのかはわからない」というもの。
ひねくれ者にはひねくれ者に通じる理屈がある。

あまり「壁」がどうのと意識することはない。
他の人の意見を聞くことは、いろいろな事を考える上でのヒントになる。
そんな意識で手に取りたい一冊である・・・
   
     
    
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2015年02月11日

【統計学が最強の学問である「実践編」】西内啓



序 章 ビジネスと統計学を繋ぐために
第1章 統計学の実践は基本の見直しから始まる
第2章 統計学が「最強」であるもう1つの理由
第3章 洞察の王道となる手法群
第4章 データの背後にある「何か」
終 章 統計手法のまとめと使用の手順

以前から統計に関心を持っていたのだが、そんな時に目にしたのがこの本の前段とも言える『統計学が最強の学問である』
読もう読もうと思っているうちに、とうとう『実践編』が出てしまった。
迷った挙句、『実践編』に手を出したという次第。

統計学が優れている事を否定するつもりはないが、如何にして実用的に利用するかは大変興味深いところ。
その点については、この本は、“洞察”ということに力点を置いて説明していく。
ビジネスという現場で利用することを念頭に置いたという説明は、先を読む楽しみを与えてくれるものであった。

しかし、やはりどんなに「簡単に説明した」と言われても、難しいものは難しい。
「平均値」の解説であるところあたりはまだ何とかなる。
「最小二乗法」やデータのバラつき、正規分布や分散も大丈夫。
「中心極限定理」など初めて目にする言葉も出てくるが、標準偏差などもストライクゾーンだ。
だが、「帰無仮説」や「p値」、「z検定」などという言葉が増えてくると、厳しくなってくる。

その後も「t検定」、「カイ二乗分布」、「フィッシャーの正確検定」と続く。
「ロジスティック回帰」については、「二値論理に関するアウトカムを分析するための回帰分析」だと説明されているが、正直言ってついていけない。
さらにたとえ理解できたとしても、実践に至っては、『「どの説明変数をいくつぐらい使って分析すればいいのか」という手法に対するインプットの面と、「出てきた結果からどういう意味を読み取り、どう解釈してどうアクションを取るのか」というアウトプットの面の2つに分けて整理』しないと難しい」と述べている通り、応用が困難だ。
実際に本に載っている例でも、切り口をちょっと変えると、まるで違うものとなる。

おそらく実践の場でも、「データをどういう切り口で分析するか」、「その結果から何を得るか」というのが最大のポイントとなる。
採り上げられている解説は、なるほどついて行ける人はついて行けるのかもしれないが、そのあたりはあくまでも「やってみなければわからない」ようになっている。
手法はわかっても、果たして応用に使えるのかという疑問である。
まぁ、そこは「理解できる人ならできる」世界なのかもしれない。

結局のところ、この本はしっかりとした知識なしで読んでも参考にはならない。
『重回帰分析とロジスティック回帰分析でアイデアを探索し、必要に応じて因子分析やクラスター分析で変数を縮約し、最終的にランダム化比較実験とt検定やz検定でそのアイデアの有効性を検証する、という手順を実際に踏んでいけば、あなたのビジネスもきっと新たな「儲かるアイデア」に辿りつけるはずである』と著者は述べるが、出てくるのは溜息だけである。

巻末には、本文で説明されていた数学的な部分について、「優しく」解説されているが、高校数学などはるか遠い記憶の彼方の人間にとって、これすら難解である。
あらためて微分積分から学び直さないとダメだ、と思わせられる一冊である。

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2015年02月08日

【成城石井はなぜ安くないのに選ばれるのか】上阪徹



第1章 熱狂的に支持されるスーパー「商品へのこだわり」
第2章 お客様主義で「基本」を大切にする「サービスへのこだわり」
第3章 なぜ、独自の品揃えができるのか「強い購買とセントラルキッチン」
第4章 どんな場所にも出店できるスーパー「経営と店舗開発」
第5章 転機となった買収「事業への思いと誇り」
第6章 人が店を作っている自覚「人材教育へのこだわり」
第7章 “高級スーパー”と呼ばれたくない「成功の本質と挑戦」

ある特定企業あるいは人物を描いた著作には二つのパターンがあって、「本人(経営者)が書いている」か「外部のライターが書いている」かだが、この本は『スティーブ・ジョブズ』『エンジェル・フライト』のように後者の例である。

成城石井については、最近あちこちでよく目にするようになったと感じていたが、事実最近出店を増やしているのだという。
自宅の近所にないのと、何となく“高級スーパー”という印象があって、敷居をまたぐ機会もなく今日まで来ている。
そんな存在ゆえ、興味を持って手に取った次第である。

中味を読むと、確かに価格は高いようである。
ただ、それには理由がある。
たとえばワインやチーズを直輸入しているが、自社で貿易子会社を有していて、ワインなどは「定温輸送」によって品質を落とさないようにしている。
また、肉なども食べ頃になってから店頭に並べるといった工夫もしているという。

サービスの基本は、「基本の4つ」とされる“挨拶”、“クリンリネス”、“欠品防止”、“鮮度管理”である。
顧客との会話を重視し、レジのスピードにもこだわる。
ミステリー・ショッパーを利用し、サービスの品質維持を徹底する。

扱う商品は輸入物の高級食品だけでなく、オリジナル商品もある。
砂糖を使わないジャムが特に強調されている。
シュウマイやソーセージや弁当もある。
一つ一つ手間をかけた手作りらしい。

そんな成城石井は、エキナカなどにも出店し、現在は総店舗数が112店舗を越えている。
2004年に「牛角」のレックスホールディングスに買収されて、経営がぐらつくが、株主がファンドに変わって現在は落ち着いているようである。
その後、ワインバーなどにも進出し、店舗展開もまだまだ加速するようである。

読後、街中で見かけた店舗に入ってみた。
紹介されていた低温殺菌の牛乳が目についた。
その他品揃えは確かに見慣れた近所のスーパーとは一味違う。
だが、値段はやっぱり近所のスーパーよりはハイランクである。
仕事帰りなら買って帰りたかったが、また今度にしようとそのまま店を出る。
そのうち機会を見つけていくつか買ってみたいと思う。
こんなスーパーがあっても良いと、確かに思う一冊である・・・

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2015年02月06日

【七つの会議】池井戸潤



第1話 居眠り八角
第2話 ねじ六奮戦記
第3話 コトブキ退社
第4話 経理屋稼業
第5話 社内政治家
第6話 偽ライオン
第7話 御前会議
第8話 最終議案

一般には、「半沢直樹」で有名になってしまったが、個人的には『下町ロケット』以来、この方のビジネス小説にハマってしまっている池井戸潤の作品。

物語の舞台は、ソニックという大企業の子会社である“東京建電”という会社。
そこに努める様々な人物を主人公に、各々の章が描かれていくスタイル。
ただし、根底に大きな事件が流れており、各章の主人公たちがそれぞれその事件と関わり合っていく形を取っている。

第1章の主人公は、万年係長の八角民夫。
東京建電の花形部署である第1営業部の係長であるが、会議ではいつも居眠り。
営業部の中では最も働いていないと誰もが思うが、なぜかお咎めは受けない。
営業部の部長である北川と同期であり、猛烈部長に何か貸しがあるのではないかと噂されている。
そんな八角が、年下の上司である坂戸課長をパワハラで訴えるという事件が起こる・・・

第2話は、下請けでネジを製造している「ネジ六」が舞台。
三代目社長の逸郎が奮闘しているが、コスト削減の圧力は強く、とうとう大口先の東京建電からの受注がなくなってしまう。
ギリギリまで下げた価格をさらに下げろと言われ、諦めたためである。
それから何とか事業維持を図るが、売上低下と資金繰り難から倒産の危機を迎える。
しかしそんな中、突然東京建電から取引再開の打診がある・・・

第3話は社内で不倫をしていた浜本優衣が主人公。
別れを告げられ、27歳の誕生日を一人で祝った後、退社を決意する。
上司に留意され、つい「結婚のため」と嘘をついてしまう。
そんな優衣が、最後に何か証を残そうと、社内にドーナッツスタンドを設けるべく、奮闘を開始する。

東京建電を舞台としつつも、一見何の関係もなさそうな物語が続いていく。
そしてある椅子が壊れたことに関するクレームから、大きな事件へと広がって行く。
社内の不祥事となると、モノによっては世間に公表し、お詫びするという姿が度々テレビで見受けられる。世間に影響が大きな場合は、公表するのが当然であるが、その影響があまりにも大き過ぎて「公表すれば会社が潰れる」となると、人はどうするであろうか。

サラリーマンであれば、どこかで「あるある」とか「いるいる」とか言いたくなりそうな風景。
そして、「自分だったらどうするだろう」と思わず考えてしまうシーン。
巨大な不祥事の前に、正義も思わず沈黙してしまう。

半沢直樹だけが、脚光を浴びてしまっているが、それだけではない。
この人のビジネス小説は本当に面白い。
そして最後は、理不尽なサラリーマン社会の現実と違って、正義がまかり通る。
だからこそ、爽快感が漂うのかもしれない。

他にもまだまだ読んでいない本がたくさんある。
折に触れて読み進めていきたいと思うところである・・・

posted by HH at 21:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 池井戸潤 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする