2016年04月30日

【一路】浅田次郎



其の壱 御発駕まで
其の弐 左京大夫様御発駕
其の参 木曽路跋渉
其の四 神の里 鬼の栖
其の五 風雲佐久平
其の六 前途遼遠
其の七 御本陣差合
其の八 左京大夫様江戸入

浅田次郎の時代劇は、藤沢周平のそれと並んで外せないと思っている。そして浅田次郎の時代劇の特色の一つとして、舞台が「江戸末期」であることが多いが、この作品もまたその江戸末期を舞台としている。

時は十四代将軍家茂の治世。浦賀にペリーが来航し、桜田門外の変が起こり、尊王攘夷の動きもあって世の中は騒然としている。そんな中、西箕輪田名部郡を領分とする旗本蒔坂左京大夫が参勤交代の時を迎えている。主人公の小野寺一路は、その参勤交代を取り仕切る御供頭を代々務める一家に生まれる。生来江戸に育ち、剣術と学問を修めていたが、突如父が急死し、跡目を継ぐため故郷に戻る。そしていきなり参勤交代の御供頭を務めることになる。

父の死因は焼死であり、不慮の失火で大事な屋敷を焼き、逃げ遅れての焼死は家禄召し上げも当然の不始末ではあったが、参勤交代が近いゆえの仮処分としての家督相続であった。しかし、19歳の今日まで一路は御供頭の心得を伝授されておらず、失敗必死の役目であった。焼け跡に残された文箱から、古くから伝わる「御供頭心得」が出てくる。江戸で暮らしていた一路に故郷に知人はなく、それになぜか人々も冷たい。困り果てた一路は、古色蒼然とした「御供頭心得」に従って進めるべく決意する。

この「御供頭心得」は江戸の初期から伝わるもので、長い年月を経て参勤交代の方式もだいぶ簡略されている。しかし、「最新の方式」を知らない一路は、この古式に則って差配することにする。「参勤交代之御行列ハ行軍也」と冒頭に記されたそれは、まだ戦乱明けやらぬ時代のもの。行軍に必要な朱槍や馬など、方々を駆け回って調達する一路。その様はコミカルであり、笑いを誘う。

物語は、そうこうするうちに、お家騒動の動きが出てき、また父の急死もそれに関するものだとわかってくる。数少ない味方に手助けを受けながら、出発の「御発駕」の時を迎える。熱い武士の思いに胸が熱くなることもしばしばで、「涙あり笑いあり」というのは、こういう物語のことを言うのだろう。

そうして始まった道中であるが、参勤交代は御供頭が差配するとか、大名同士が出会った時の様子とか(当然そういうことも起こりうるわけである)、しきたりだとか、今まで知り得なかった諸々が興味深い。主君の左京大夫も、うつけのバカ殿と言われる一方、感情を表に出すことはできず、「大義じゃ」とか「祝着である」とか、使える言葉が限られている様子が描かれる。そんな物語の側面も興味深い。

道中の苦難、困難、左京大夫の命を狙う動きが、「初心者」の一路の前に立ちふさがる。涙あり笑いありの物語は、西箕輪(今の岐阜県か)の架空の国から中山道を経由して江戸へと向かう。個人的に佐久は母親の故郷であり、岩村田や碓氷峠、安中などの地名は親しみがあって読んでいて嬉しい部分もある。そうして結末に至るわけであるが、そこには移りゆく時代という名の現実が待っている。

盛り沢山の要素があって、久々に唸らされる内容。浅田次郎の真骨頂と言えるかもしれない。コミカルな要素がある分、物語に軽さがあるが、それもまた良しであろう。
大いに楽しめた一冊である・・・

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2016年04月29日

【最速で身につく世界史】角田陽一郎



第1章 文明の話     第13章 国家の話
第2章 水の話      第14章 約束の話
第3章 宗教の話     第15章 理想の話
第4章 思想の話     第16章 革命の話
第5章 帝国の話     第17章 産業の話
第6章 商人の話     第18章 統合の話
第7章 中華の話     第19章 分割の話
第8章 民族の話     第20章 戦争の話
第9章 征服の話     第21章 イデオロギーの話
第10章 周縁の話    第22章 お金の話
第11章 発見の話     第23章 情報の話
第12章 芸術と科学の話  第24章 未来の話

著者はTBSテレビでプロデューサーをやっている方らしい。そんな著者が、東大在学中に専攻した世界史の面白さを伝えたいと記した一冊とのこと。歴史の勉強というと「暗記もの」というイメージであるが、そうした無味乾燥のものではなく、「世界史とはバラエティである」として歴史の面白さを知らしめたいとの意図から出版されたようである。

早速始まる人類の歴史は、四大文明の発生から。アフリカで誕生した人類は住んでいる場所が住みにくくなって、「グレート・ジャーニー」と呼ばれる移動の旅に出る。そして過酷な乾燥地帯が続く中、乾燥に強いムギとアワが取れる地域にとどまり、農耕と牧畜を始めたが、それが四大文明につながったとする。確かに、頭の中ではるか遠くの人類の祖先の旅が思い浮かび、そんな物語は、「勉強」という気がしない。

その四大文明はすべてナイル川、チグリス・ユーフラテス川、インダス川、黄河という大河のほとりという共通点があり、その反乱の周期性から暦が生まれ、それぞれ現代に続く独特の世界観を形成する。中でも閉鎖的だった黄河文明は、集団主義的な傾向を宿し、中華思想を発展させていったという説明は、改めてなるほどと思わせられる。

そして早々に宗教の話となるのも、人類の話としては当然であろう。宗教とはズバリ「思い込み」であり、アーティストも神様も基本は一緒という主張は、聞く人が聞いたら怒るかもしれない。しかし、ユダヤ教もキリスト教もイスラム教も同じ神様を崇拝しており、ただその「崇拝の作法が違うだけ」という説明は、わかっているつもりだった身にも新鮮であった。

人が増えれば国も大きくなる。大きくなれば、離れていた地域が接するようになる。民族が移動し、それに伴い衝突が起こり、巨大な帝国が生まれる。一方、人と人の交流は商売を生む。近代とは世界史が一つになる話という定義は、言い得て妙である。
イスラム帝国、中華思想、東西冷戦の原型はカトリックvs東方正教会、そういった考え方は歴史が連続していることの証でもある。

人類の誕生からインターネットまで登場するのに、この本はそれほど分厚いものではない。「最速で身につく」というタイトルも、実に適切で、歴史の流れをつかむという意味では、この本はなかなか優れている。歴史とは勉強するものではなく、「物語」として楽しむものだと思っていたが、まさにそれを実感させてくれる。歴史の苦手な高校生の娘に読ませようと思って買ったのであるが、是非読ませてみようと思う。
これで歴史に対する抵抗感が少しでも薄れてくれればと思う次第である。

歴史は単に勉強のためだけでなく、それ以外の意味でも子供には興味を持って欲しいと思っている。そんな子供に興味を持たせるためにも、娘の次には息子にも読ませたいと思う一冊である・・・
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2016年04月21日

【株は1年に2回だけ売買する人がいちばん儲かる−チャート分析の第一人者が生み出した究極の投資法−】伊藤智洋



第1章 日々の値動きを追いかけていても株式投資で勝つことはできない
第2章 相場の値動きは毎年似たようなものになっている
第3章 値動きのシナリオがあれば迷いなく投資できる
第4章 上昇に入るときはタイミングとチャートの形でわかる
第5章 「積極的な上昇局面」での動き方の特徴
第6章 シナリオ売買で儲けるための仕掛けから手仕舞いまでのまとめ

自分自身株式投資を行っており、それなりに上手くいっている部分と手痛い目にあっている部分とがあり、やはり普段からその手の情報にはアンテナを張っているつもりである。そんなところにこの本のタイトルに目が行ったのは、ある意味、自分自身の株式投資の考え方に相通じるものを感じたからである。

株式投資は「1強9弱の世界」だと著者は語る。それはそうだろうと思う。その世界で、デイトレで勝ち続けるのは至難の技で、「材料がどうとか、需給がどうだとか、チャートのパターンがどうだとか、考えてみたところで有利な立場に立てるわけがない」とはっきりと言う。そしてそれは真実だと思う。
しかし、そんな中であえて勝つとしたら、と指南するのがこの本というわけである。

伊藤流必勝の4つのステップは以下の通り。
1. 季節的なタイミング、想定される年間の値幅などの基本的な条件にその時点までの相場の流れを合わせてシナリオをつくる
2. 上昇すべきタイミングに底堅い動き➕1日または数日の値幅の大きな動きが起きて「積極的な状態」に入ったら買いに入る
3. 積極的な上昇局面ではチャート分析(支持と抵抗など)が有効に機能するので、調整のパターンを見極めながら保有する
4. 値幅のある日柄の長い上昇が終了したら売って利益を確定する。値幅のある日柄の長い上昇のチャンスは1年に2回ある

株式市場の大まかな動きの特徴の説明がなされ、要は弱者はこの流れの特徴を捉えて適切なタイミングで売買すべしと語っている。個人的にも常時勝負していてもなかなか勝つのは難しいと感じていて、年間に大きな流れがあることも理解している。だが問題は、毎年その流れの形は微妙に異なり、それを見極めるのは難しいということである。著者は長年自分自身で研究してきて、その流れが読めるのかもしれないが、この本を読んでそれが分かるかというと、難しい。(わかる人にはわかるのかもしれない・・・)

年間では、「積極的な投資が行われる」数ヶ月と、消極的な「時間待ち」の時期とがあり、「時間待ち」の時期に投資を繰り返しても大きな利益は得られないとする。
そしてチャート分析は、上昇を基本に行うとするが、これはなるほど参考にしたい意見である。チャート分析は、頭から信用するわけにはいかないが、無視もできない。上昇期は有効だという意見はなるほどそうなのかもしれないと改めて思う。

そして肝心の積極的な状態に変わるときのサインは、
1. 上値、下値を切り上げる動き
2. 1日または数ヶ月の値幅のおおきな動き
だとする。
これはなかなか見極めるのが難しい。

投資銘柄としては、日経平均先物、日経平均採用銘柄は投資対象となりうるとする。個別銘柄は、注目材料のあるもので、5年10年先を見極めた銘柄選びをしていけば必ず良い相場に当たるという。
最後に著者はシナリオの作り方を解説してくれているが、これは正直言ってよく分からない。例えば月ごとの陽線確率が表示されているが、皆46〜68%で推移していて、ほとんど丁半博打の世界にも思える。著者が運営する有料サイトではもっと詳しくわかるようであるが、なんだかそちらに誘導されているような気もする。

道を極めた人の教えとして、否定するつもりはないものの、正直言って素人には難しい。そのエッセンスだけ参考にさせていただきたいと思うところである。これはこれで、また面白そうな株式投資指南本があれば、手に取りたいと思う次第である・・・

posted by HH at 21:15| Comment(2) | TrackBack(1) | 金融・経済・株式 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月19日

【誰も触れない不動産投資の不都合な真実】八木剛



第1章 不動産投資はそんなに儲からない
第2章 銀行融資の不都合な真実
第3章 利回り・収支シミュレーションの不都合な真実
第4章 満室経営ノウハウ・賃貸仲介システムの不都合な真実
第5章 サブリース・管理サービスの不都合な真実
第6章 税金対策の不都合な真実
第7章 真実を自分の目で確かめ、高収益物件を手に入れる

仕事柄不動産投資には興味があり、いろいろな人の様々な意見に耳を傾けるようにしている。特に安易に不動投資を勧める業者には、表面的なうまい話にどれだけの人が乗って、どんな結果になっているのかは興味深いところ。残念ながら、なかなかそうした実例にはお目にかかれない。そんなこともあって、専門家の唱える「不都合な真実」には自然と興味をそそられる。

そんな思いで手に取ったこの本、最初から「不動産投資はそんなに儲からない」とカマしてくれる。と言っても、「正しく理解して実行しなければ」ということであり、それはそれで当たり前である。まずは、「負け組になる原因」を挙げている。

1. 時代の変化に合わせられない
2. 自分で調べたり考えたりしない
3. 理性ではなく感情で判断
4. 数字だけで判断してしまう
5. 何ごともプラスに見てしまう

なるほどどれもその通り。特に「数字だけで判断してしまう」というところは、見たこともなく土地勘もない物件を利回りだけで判断して投資するということで、ちょっと慣れた人ならやりそうなことである。
「負け組になる原因」という一方、「絶対儲からない物件は一割程度」ともいう。基本的なことをしっかり守ることが大事で、不動産投資をやろうとする人は、素直に聞く耳を持つところだろう。

相続税対策でアパート経営というのは、よくあるパターン。多少の赤字でも相続税の節税効果の方が大きく供給を増やしてしまうというのも、「真面目に」取り組んでいる大家さんには脅威だろう。周辺環境は良く確認しないといけない。
シミュレーションには修繕費用、リフォーム代を含める
月々の残金をいざという時の修繕費やローンの支払いに残しておく
などは、破綻を回避するためには是非心がけたいことである。

広告料を中抜きしている管理会社がある
多くの管理会社はコストパフォーマンスについての意識が低い
サブリースにおける30年間家賃保証と言っても、実際は2年ごとの家賃見直し条項が含まれている
さらに敷金・礼金はサブリース会社が受け取る
修繕やリフォーム工事に際しては関連会社や指定業者が請け負う
など、実行した後に初めてわかることなどもあって、このあたりもよく勉強しておかないと危険である

「不都合な真実」と題する内容に偽りはない。
投資用マンションや相続対策のアパート経営を勧める営業マンからは、絶対に聞くことのできない話である。大金をつぎ込むのであれば、それなりに勉強しないと成功は覚束ない。投資する前に是非とも学んでおくべきであろう。そのためには読んでおきたい一冊である・・・

posted by HH at 20:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 不動産 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月16日

【モナドの領域】筒井康隆



ベーカリー
公園
大法廷
神の数学

小説家筒井康隆の名前は有名であるが、実はその作品を読んだことがない。それどころか、作品自体、『時をかける少女』以外名前さえも知らない。それなのにこの本を手に取ったのは、筒井康隆の作品を1冊ぐらいは読んでおこうといった好奇心からではなく、単なる偶然である。何やら書評を読んで面白そうだと手に取り、作者の名前を見たらそうだったというのが事実である。

物語は、ある河川敷で女の片腕が発見されるところから始まる。そして立て続けに近くの公園で今度は片足が見つかる。どうやらその手の事件ものかと思いきや、場面はとあるベーカリーに移る。そこでアルバイトとして雇われた美大の学生が、女の片腕のバゲットを焼き上げる。
その出来栄えからたちまち話題となるが、次にベーカリーの客であった美大教授の結野が不思議な行動をとり始める。

結野教授は公園で会う人ごとに知るはずもないその人の素性を言い当てる。ある高校生には、家で母親がなくしたダイヤの指輪のありかを伝える。ある主婦には空き巣に入られた事実を言い当て、さらには勝手口の鍵が開いていると伝える。その言動からたちまち評判となるが、その中の一人の頭を「指で弾いて」脳挫傷の怪我を負わせ、傷害容疑で逮捕される。そして続く裁判では、自らを神のような存在GODと名乗る・・・

GODが出てきたあたりで、冒頭に登場した女の片腕のことなど何処へやらという雰囲気。刑事ドラマになるのかという雰囲気がGODの登場でまるで方向感覚を失わせてくれる。何せこのGODは本物で、わずか数秒前にはるかサウジアラビアで起こった爆弾テロの事実と死傷者の数まで言い当ててしまうので、まったくの「本物」なのである。「う〜ん、なんだかなぁ」という戸惑いを覚えつつ読みすすめたが、それは結局、最後まで変わることはなかった。

ストーリー的にもどうなんだという本。筒井康隆の専門がこうした「どこか不思議系」なら、他の本を読みたいとは思えない。これで「ごちそうさま」である。なんだかわかったかわからないのかよく分からない内容。やはり「ごちそうさま」と言いたくなってしまう。人の趣味は様々だから、あう人だけが読めばいいのではないかという結論の一冊である・・・

posted by HH at 15:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月14日

【日本軍はなぜ満州大油田を発見できなかったのか】岩瀬昇



第1章 海軍こそが主役
第2章 北樺太石油と外交交渉
第3章 満州に油田はあるか
第4章 動き出すのが遅かった陸軍
第5章 対米開戦、葬られたシナリオ
第6章 南方油田を奪取したものの
第7章 持たざる者は持たざるなりに

第二次大戦で敗戦した日本にとって、その敗因の一つに「石油」がある。もともとABCD包囲網で石油の輸入を止められ、開戦に踏み切らざるをえなかったという事情があり、一方で満州を確保しながらのちに中国経済を支えることになる満州の油田を発見できなかったことにも興味があって、手にした一冊。歴史好きでもあって大いに興味をそそられた。

はじめに石炭から石油へと変わりゆく時代背景の説明があり、当初は新潟などの国内の油田から始まり、そしてサハリンへと開発が進む。北樺太のオハ油田は、日本人が自らの手で掘り出した最初の海外油田だということである。しかし、これは交渉上手なソ連にやられ、大きな供給源となることなく終わってしまう。

そして肝心の満州であるが、ここからは戦後、「大慶油田」、「扶余油田」、「遼河油田」などの油田群が発見される。日本の調査隊も石油系アスファルトを発見するなど、その兆候に気づいて調査を行っていたものの、発見できずに終わる。当時は、探鉱技術はアメリカが進んでいたが、その力を借りることはなかった。その原因は、「軍事機密」という名のもとにすべてを自分たちの手で行おうとした過信があったとする。

タイトルでは、「日本軍はなぜ満州大油田を発見できなかったのか」とあるが、これは日本の石油史ともいうべき内容。そこにあるのは、やはり資源のない「持たざる国」の悲哀ともいうべきものであろうか。北樺太では交渉負けし、満州では技術力が未熟かつ過信、大戦では南方油田を確保するものの、輸送力を軽視してこれを生かせずに終わる。特に使用する航空揮発油の「オクタン価」でアメリカとは大きな格差があったというのは、つくづく悲哀を感じる。

内容は石油史にとどまらず、彼我の国力差を認識しながらも、戦争へと向かっていく軍部の姿も描かれる。猪瀬直毅の『日本人はなぜ戦争をしたか』も引用されていて、「総力戦研究所」も紹介されている。石油を中心としながらも、それにとどまらない戦史という内容である。

著者は、エネルギーアナリストとのことであるが、もともとは三井物産の商社マンだったようである。のちに三井石油開発に出向したらしいから、そのキャリアの中で「石油」という専門分野を磨いていって、本書を含めて著作を記すまでになったようである。「仕事を極める」という点では、サラリーマンの見本のような方である。

歴史好きともあって、興味深く読了した一冊である・・・


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2016年04月11日

【ラプラスの魔女】東野圭吾



新作が出たら読まずにはいられない作家東野圭吾。
これはシリーズものではなく、単発もの。
どちらでもそれなりに楽しませてもらえるのがいい。

冒頭、竜巻が起こり、ある母子が巻き込まれる。
いつも意味ありげなスタートは変わらない。
所変わって元警察官の武尾が、ある人物のボディーガードに採用される。
ある人物とは、一人の少女円華。
円華は普通の少女ながら、不思議な現象を引き起こすのであった。

一方、赤熊温泉で一人の男が死亡する。
男は初老の映画プロデューサー。年の離れた二十代の若い妻との旅行に訪れていての出来事だったが、多額の生命保険にも加入しており、保険金殺人の疑いもある。しかし、死因は硫化水素中毒で、温泉地の火山性のものとも考えられ、単なる不運な事故とも言えるが、現場に窒死量の硫化水素が発生した痕跡もなく、専門家の学者青江に調査依頼がくる。

さらに赤熊温泉から遠く離れた苫手温泉でも、無名の役者が山中で硫化水素中毒により死亡する。やはり温泉地ではあるものの、窒死量の硫化水素が発生した形跡はない。調査に訪れた青江は、そこで赤熊温泉でも見かけた女性を目にする。偶然とは思えぬ遭遇に、思わず声を掛ける青江。女性は羽原円華と名乗る。

二つの硫化水素事故と謎の女性円華とその取り巻き。
事件を調査する青江。
途中で浮上した天才映画監督甘粕才生とその息子謙人。
少しずつ全てが絡み合いながら物語は進んでいく。
バラバラのピースが少しずつ組み合わされて行くがごときストーリー展開は、さすがである。

ちょっとSFチックなテイストが入るのは、『プラチナデータ』と似ているところがある。円華と謙人との「能力」がタイトルにもつながるのであるが、もしもこんな能力が身についたら、と想像は膨らむ。
物語以外にも楽しませてくれるところがある。

こうした単発ものも、読み終わってみれば「また次も」と自然に思える。
なかなか時間もない中、まだ読んでいない作品もあってもどかしいところもある。
まだまだ読み続けたい東野圭吾である・・・
   
   
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2016年04月10日

【安売り王一代 私の「ドン・キホーテ」人生】安田隆夫



はじめに 若者よ、「はらわた」を振り絞れ!
第1章 絶対に起業してみせる
第2章 ドン・キホーテ誕生
第3章 禍福はあざなえる縄の如し
第4章 ビジョナリーカンパニーへの挑戦
第5章 不可能を可能にする安田流「逆張り発想法」
終 章 波乱万丈のドン・キホーテ人生に感謝

著者はドン・キホーテの創業者。
この本は、著者がドン・キホーテを創業し、東証一部に上場して一線を退くに至るまでの半生を語った一冊。ビジネスマンとして個人的にこういう創業社長の半生記は得るところも多く、また単純に面白いということもあって大好きである。

冒頭、著者は2015年6月をもって一切の経営から「勇退」したと説明する。「引退」ではなく、「勇退」としたのは、まだまだ66歳と若く、未だマリンスポーツもやっていて元気があるという理由からだそうである。「老害の芽」を自らきちんと摘んでおかなければならないとしているが、ちょうどセブンイレブンの鈴木会長がお家騒動で引退するというニュースが流れたタイミングだけに、その潔さが素晴らしい。

著者の基本的な考え方の根幹には、「逆張り」発想があるという。違う言い方をすれば、「あまのじゃく」とも言えるが、慶応大学を出て名もなき不動産屋に就職したというところにまずそれが現れているようである。そして10ヶ月後に倒産。しばらくは麻雀で暮らしていたというが、それはそれですごいことである。そしてこの時の勝負の世界で生きた経験から、タイミングの悪い時にはあえて勝負をしない「見」の境地を得る。それはのちにバブルで失敗することを回避することにつながる。

やがて起こした「泥棒市場」という雑貨屋で、のちのドン・キホーテの「圧縮陳列」と「POP洪水」の手法を編み出す。さらに「ナイトマーケット」の存在にも気がつく。商人にとっての究極の能力は、『お客様が本当に望んでいるものは何かを敏感に感じとり、それを正確に、しかも素早く仕入れ、陳列に反映させること』だと言うが、それはこの頃の経験に基づくもののようである。

やがて泥棒市場を人に譲り、新たに魅力を見いだした仕入れへ進出する。そしてその商品力と店作りに対するもどかしさから再び小売へと戻り、ドン・キホーテを創業する。だが、思うように動いてくれない従業員。「教える」ことに限界を感じ、「自分でやらせる」ことにする。この「権限移譲」が従業員のやる気に火をつけ、これが好回転へとつながる。「問題は自分自身にあった」という気づき。「信頼とは信じて頼む」と書くが、このあたりの著者の気づきは学ぶところが大きい。

出店に際しては、「ソリューション型」と呼ぶ「撤退を望んでいるが土地の賃貸契約に縛られてできないところを譲り受ける」手法を取り入れる。ナイトマーケットに向けて、圧縮陳列の店作りで、ドン・キホーテは上場への道を歩む。途中住民反対運動が起こったことは記憶にも新しく、また放火事件も世間で話題となった。そんな危機における当時の対応を今改めて知ることができるのも興味深い。

医薬品販売における厚労省とのバトルは、血湧く思いがする。
放火事件で遺族に背中を押されるシーンは胸が熱くなる。
その後のドン・キホーテの成長は、企業のビジネス戦略として興味深いものがある。最後に著者の語る経営哲学には、独特の重みがある。

・素人にも強みがある
・マネは徒労-大手に打ち勝つには、逆張りしてオリジナリティとユニークさを磨くしかない
・問題については集中して考えず、トイレに行ったり、歩きながら1日に何回もああでもないこうでもないと考える
・主語は「自分」ではなく、「相手」に置け
・商売は真正直が一番儲かる
・顧客優先主義-自分がお客様だったら一体どうしてほしいかを具現化する
・見切り千両、再挑戦万両

こうした経営者の本を読む時には、何か自分の仕事のヒントにならないかと考えているが、最後のこの章は一つ一つが非常に示唆に富み、自分の中に取り入れたいと思う部分が多かった。

単なる自伝として読んでも面白いし、プラスαを求める人にも良いと思う。あとから参入した小売事業でもあそこまでなれるのかと思いつつ、自分の仕事にも生かせるものはないか、考えるヒントにしたいと思える一冊である・・・

posted by HH at 10:59| Comment(0) | TrackBack(0) | ビジネス/経営者の本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月07日

【大放言】百田直樹



第1章 現代の若きバカものたちへ
第2章 暴言の中にも真実あり
第3章 これはいったい何だ?
第4章 我が炎上史

百田尚樹に関しては、『永遠の0』以来魅了されほとんどの著作を読んでいるが、一歩小説の世界を離れると、たびたびその発言で物議を醸していて、面白おかしく感じながらツイッターなどでフォローしている。
今回はこれまでの小説とは異なり、その物議を醸す発言をまとめた一冊である。

まずは「まえがき」で、「言葉狩りの時代」ということに警鐘を鳴らしている。
マスコミなどが、ある人の発言の一部分を切り取って報じることの危うさを、「私は寝てないんだよ」という一時批判を浴びた発言を例に解説する。
「言葉の自由を失った国は滅びる。皆が一斉に同じことを言い、一斉に誰かを攻撃する時代も同様だ」という言葉は重い。冒頭から著者の炎上覚悟の宣戦布告として、実に心地よい。

第1章では、「現代の若きバカものたちへ」と題して、若者への警告を発する。
・「やればできる」は「やればできた」者の言葉
・自分は誤解されているというバカ
・他人の目は正しい
野村監督もその著書(『野村ノート』)の中で、「評価は人が下した評価こそ正しい」と語っているが、人生経験を積んでくるとその言葉も自然と受け入れられるようになる。
さらに著者は、「プラスの評価は実体とズレることもあるが、マイナス評価はズレが非常に小さい」とする。
これもそうだろうと、私の年齢になれば素直に同意できる。

・ブログで食べたモノを書くバカ
・好きな仕事が見つからないバカ
・尊敬する人は両親と言うバカ
・なんでもコスパで考えるバカ

すべてについて「大同意」というわけではないが、一つの意見としてなるほどと思うところは多い。それよりも、なんとなく今の若者に対する著者の意見に違和感を覚えたのは、実は自分自身今の若者とあまり接点がなく、実感がわかないということからなのだった。少々愕然とした事実である。

地方議員がその仕事とは裏腹に多額の議員報酬をもらっているという事実は、もっと声を出して世の中に知らしむるべきだろう。
原爆慰霊碑の碑文への苦言は、もしもNY市が9.11テロの犠牲者に同様の碑文を書いたらいかに異様かという喩えでわかりやすく説明している。多分、反百田派の人が読んだら納得はしないだろう。

「日本は韓国に謝罪せよ」という部分は、「劣等文字とされているハングルを文盲率90%以上の国民に小学校から教えて教育を破壊した」、「朝鮮にもともとあった禿山に六億本も植樹して自然を破壊した」などと「日本の罪」を挙げて謝罪すべきと提言している。これらは証拠のない従軍慰安婦問題と違って、「はっきりとした証拠が残っている」と主張する。これも顔をしかめられるだろう。

・殺人の量刑が軽すぎる
・図書館には新刊を1年は入れるべきではない
・セクハラのおかしな基準
・チャリティ番組への苦言
・昔から比べればはるかに改善されている社会の格差
・テレビドラマで殺人犯が「シートベルトを締めて」逃走せざるを得ない道路交通法
などなど、言われるまでは気が付かなかったこともあって、なかなか小気味好い。

最後にマスコミに対する苦言が、「我が炎上史」として語られるが、ここの指摘は個人的にも「大同感」である。日本のマスコミの酷さを理解している者なら、大いに共感するだろう。
過去に著者が猛批判を浴びた事実を著者側から明かしてくれている。
反百田派からすれば、「何を戯言を」となるのであろうが、マスコミを斜に見ている立場としては、「やっぱりな」と思う舞台裏である。

反百田派以外の人には、なるほどと思ったり、小気味好く感じる「暴言」が並ぶ。
抵抗感のない人には面白く感じるだろう。だが、世の中は一方からの意見だけでもないのもまた事実。「百田め」と快く思わない人もいるんだろうなと思ってしまう。
こういう本もまた良し。

でもやっぱり百田尚樹には、本業の小説で頑張ってもらいたいと強く思うのである・・・

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2016年04月03日

【株式会社タイムカプセル社-十年前からやってきた使者-】喜多川泰



・株式会社タイムカプセル社
・嶋明日香@大阪・心斎橋
・重田樹@東京・原宿
・森川桜@北海道・苫小牧
・芹沢将志@NY・Manhattan
・波田山一樹@東京・国分寺
・その先の光
・再スタート

著者の本は近年集中して読んでいる。
『書斎の鍵-父が残した「人生の奇跡」』『賢者の書』『「また、必ず会おう」と誰もが言った。』である。
なんとなくビジネス書っぽいのであるが、教訓めいていてそれでいてちょっと心にじんわりと響いてくるという内容の物語が多く、はっきり言って心地よい。
この本も迷わず読もうと思ったのは、そんな実績があるからに他ならない。

タイトルを見て、なんだかタイムマシン系の物語かと思っていたが、実はそうではない。
株式会社タイムカプセル社とは、学校行事などでよくやるタイムカプセルについて、中のものを指定された時に届けるということをビジネスとしている会社ということである。
社会人も経歴が長くなってくると、「そんな事業採算に合うのか」などとすぐ考えてしまうが、そんな疑問を見越してか、そこはきちんと回答を与えてくれる。

主人公は、どうやら事業に失敗し、妻子にも去られた中年男の新井英雄。
心機一転再就職の面接に訪れたのがタイムカプセル社。
あっさりと採用された新井は、年下の上司内川海人の下で働くことになる。
タイムカプセル社に依頼された中で、本人宛に届かない手紙を届けるのが初仕事。

10年前に中学校の卒業記念として「10年後の自分」に宛てた手紙のうち、宛先不明で郵便配達できないもの5通。
内川と新井はともに5人を訪ねる出張に出る。
「10年前からやってきた使者」というから勘違いしてしまったのであるが、要は10年前の自分からの手紙なのである。

年を取ってからの10年と、若い頃の10年とではその変化の大きさで大きく異なる。
最初の届け先である25歳の嶋明日香も、彼氏と別れ人生の目標を失って友達の部屋に居候し、バイトで日々食いつないでいる。
そこへ届けられた10年前の自分からの手紙。
そこには無邪気に自分の明るい未来を信じ、夢を語る15歳の少女がいる。

誰でも似たような経験はあるかもしれない。
あるいは大概の人は、15歳の自分が考えていたことなど忘れてしまっているかもしれない。
月日が経つうちに、壁に当たったり、人間関係に悩んだり、ままならない諸々にいつの間にか気持ちが変わっていってしまうという事はよくある事だろう。
そんな時、無邪気に未来を信じていた過去の自分の姿は、忘れていたものを思い返させてくれる。

自分はどうだっただろうと考えてみる。
こうしたタイムカプセルこそないものの、日記を書いているから、15年くらいは遡れる。
さすがに人生も中盤戦になった頃だったので、この本の登場人物たちのような劇的な変化はないが、やっぱり心に感じる事は多い。
いい所に題材を見つけたものだと思わざるをえない。

人生もすでに後半戦。
そしてその先には終盤戦も控えている。
自分はどんな未来を描き、日々を暮らしていくのか、ちょっと考えてみるのもいいかもしれないと思った。
そこに波乱万丈は求めないが、こうありたいと思うことを今の日記に綴っておこうかと思う。

やっぱり、読んで損はない。
これからも著者のことは、「迷わず手に取りたい作家」としてみていきたいと思わせられる一冊である・・・

posted by HH at 12:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 良い話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする