2016年05月15日

【カエルの楽園】百田尚樹 読書日記656



百田尚樹の作品は、どれもこれも面白く、発売されたものはほとんど読んでいる。そんな百田尚樹は、実は政治的な発言も多く、最近はツイッターなどでそちらの方が目につくようになっている。もちろん、批判者も数多い。そんな政治的な意見がついに書籍化されたのが、『大放言』であった。そしてまた小説の世界に戻るのかと思ったら、今度はその政治的なメッセージを小説の世界に持ち込んでしまった。それがこの一冊。

タイトルにあるように、物語はカエルの世界。子供向けの感があるが、百田尚樹には『風の中のマリア』という実績もあり、大人でも十二分に耐えうる。そんなわけで抵抗感なくカエルの世界に入っていける。もっとも読み終えてみると、カエルの世界にしたのは秀逸だと感じるところがある。このあたりは流石である。

主人公は、アマガエルのソクラテス。ある春の日、平和に暮らしていたソクラテスたちアマガエルの世界に凶悪なダルマガエルの群れがやってくる。凶悪なダルマガエルによって仲間たちが次々に食べられていき、ソクラテスは60匹の仲間たちとともに安住の地を求めて旅に出る。しかし世界はどこも危険で過酷であり、ようやくツチガエルの世界ナパージュに着いた時、ソクラテスの仲間はロベルトだけになっていた。

それでもナパージュは平和で安全であり、この世の楽園にも思われる。外の危険な世界とのあまりに対照的なその世界。そこでは「カエルを信じろ」「カエルと争うな」「争うための力を持つな」という「三戒」があり、それで平和が守られていると教えられる。その平和な精神に心酔するロベルトと、どうしても疑問を禁じえないソクラテス。2匹はナパージュを隅々まで探索し、その姿を知るようになる。

ナパージュの外には、やはり危険なウシガエルの住む世界がある。しかし、ナパージュには実は鷲のスチームボートが住んでいて、睨みを利かせている。ウシガエルたちはそれ故にナパージュに近寄らないのであるが、ナパージュの住民は「三戒」のおかげだと信じている。もちろん、「三戒」の精神は大事だとしつつも、現実論を説くグループはいるが、「三戒」を信じる者たちとは徹底して意見が合わない。やがてスチームボートも高齢により力が衰え、相互に守り合うことを提案してくるが、「三戒」絶対派のカエルたちは猛反対する。そんな中、とうとうウシガエルたちが南の崖に登ってくる・・・

平和なナパージュが我が国のことであり、スチームボートがアメリカ、ウシガエルが中国、ナパージュのカエルたちが信じる「三戒」が憲法第9条と置き換えれば、現在の我が国が置かれている状況そのものだということがよくわかる。昨年の安保法案改正をめぐる動きもそのままであるし、SEALSを意識したと思われるフラワーズというグループも登場する。自分たちの祖先が犯したとされる残虐な罪を反省し、「三戒」を守っていれば平和が保たれると信じている。ハンニバルという名の体の大きなカエルは、自衛隊に当たる。「三戒」派に疎まれながらひそかにウシガエルの侵略を阻んでいるが、「三戒」派はその動きを封じようと躍起になる。

そんなナパージュに対し、第三者であるソクラテスは冷静なる第三者の目で眺めている。「三戒」派の主張と行動がいかにおかしいかとわかるのだが、当事者たちにその意識はない。やがてスチームボートがナパージュを去って行き、追い出した「三戒」派は高らかに勝利宣言する。そしてそれと同時に、南の崖にウシガエルが集まってくる・・・

今まで平和が保たれてきたのは「三戒」を守ってきたからだと疑わないカエルたち。スチームボートが去った後のナパージュには、予想通りの事態が訪れる。だが、怖いのはむしろ「三戒」派たちの行動である。ただひたすらに、どんな事態になっても信念を曲げない。巷でよく言われる「ゆでガエル」たちの姿がそこにある。そしてそれは、現実の護憲派の人たちの姿に他ならないのかもしれない。

読み終えて、くだらない寓話だとバカにする気にはなれなかった。あまりにもリアリティに富んでいるからである。しかし、ではナパージュのカエルたちはどうすればよかったのか。「三戒」を破棄する道を選べば正解だったかというと、果たしてそれもどうだろうかと思わざるをえない。「どちらが良いか」ではなく、「どちらがマシか」という世界であろう。我が国はどのような未来を選ぶべきなのか。ひょっとしたらそこには「どちらが良いか」という選択肢はないのかもしれない。ナパージュに起きたような事態が起こればなおさらである。そんな未来が来ないことを祈りつつ、一方では選択肢についてよく考えておきたいものである。

政治的なメッセージを含めた物語の世界。次はもう少し心穏やかに読める物語を綴って欲しいと願わざるをえない一冊である・・・


posted by HH at 23:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 百田尚樹 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする