2016年11月30日

【鏡の花】道尾秀介



第1章 やさしい風の道
第2章 つめたい夏の針
第3章 きえない花の声
第4章 たゆたう海の月
第5章 かそけき星の影
第6章 鏡の花

 著者の作品は、これまで短編(『Story Seller』『短編工場』)で読んだことがあるのみなのであるが、そのテイストが気に入っていて、いずれ小説を読んでみたいとずっと思っていた経緯がある。

物語はそれぞれ不思議に重なり合った短編である。「やさしい風の道」と「つめたい夏の風」は章也と翔子という姉弟の話。「やさしい風の道」では、章也は一人バスに乗り、一軒の家を訪ねていく。そこは章也が生まれる前、章也の両親が住んでいた家。そこでは、章也の姉である翔子が、幼い頃ベランダから落ちて亡くなっていた。一方、「つめたい夏の風」では、かつて事故で弟の章也を無くした翔子が、章也と同じ年の中学生直弥とデートする。

同じ登場人物なのに、シチュエーションが異なる。パラレルワールドの物語なのだろうかと不思議な気分で読み進む。「きえない花の声」では、また話が変わり夫に先立たれた主婦栄恵が主人公となる。息子俊樹の行為が原因となる事故で亡くなった夫瀬下が、実は職場の同僚結乃と浮気していたのではないかとの疑惑に駆られてしまう。しかし、次の「たゆたう海の月」では、瀬下は生きていて、栄恵と亡くなった息子俊樹の遺体を引き取りにくる話となる。

「かそけき星の影」では、瀬下夫妻の友人の娘である葎が、バスで直弥と真絵美の姉弟と一緒になる。姉弟と親しくなった葎は、姉弟の両親が火事で焼死したと聞く。そして直弥は、その原因を作ったのが自分であることでひどく自分を責めている。最後の「鏡の花」では、これまでの登場人物たちが、偶然一軒の宿で同宿することになる。顔に火傷を負った宿の娘美代が登場する。

どれもこれもが心にじんわりと滲むエピソード。どの話にも亡くなった人が登場し、登場人物たちは死者を悼む。こうしたパラレルワールドとも言える物語では、独特の効果があると思う。それは「かそけき星の影」の物語に現れている。ここに登場する直弥と真絵美の姉弟は、両親を火事で失っている。そしてその原因は、直弥は自分にあると思い、それが心に大きな傷を残している。

しかし、「鏡の花」では二人の両親は健在で、旅先の宿で真絵美は電話で母親から叱責される。そして思うのである。以前、火事になりそうなことがあったが、あの時両親が死んでいたらと・・・一つの世界では、両親の喪失が心の傷となっており、別の世界ではそれを願う。人間て勝手なものである。だが、見方を変えれば、鬱陶しいと思う人もいなくなればと考えれば、考えも変わるかもしれない。なんとなく、人間関係を考える上でのヒントになりそうである。

なかなか面白い設定の物語であると思う。全編を通して優しいテイストに溢れ、もしかしたらこれが著者のテイストなのかもしれない。ともかく、短編を読んで感じたことは間違いではなかったと思う。また別の作品も読んでみたいと思わせられる一冊である・・・


     
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2016年11月27日

【丁寧を武器にする なぜ小山ロールは1日1600本売れるのか】小山進



第1章 「伝えたい」想いはあるか?
第2章 丁寧という力を武器にしよう
第3章 リサーチやマーケティングより大切なこと
第4章 人が集まる人になる
第5章 人を育てる
第6章 洗い物も世界一と思って洗う

 著者は、兵庫県三田でエスコヤマという洋菓子店を経営するパティシエ。なんでも名物小山ロールは一日1,600本売れるのだとか。堂島ロールという非常に美味しいロールケーキが大阪にはあるが、こちらの小山ロールも是非食べてみたいと思わされる。そんなパティシエが、自らの考え方を綴った一冊。

 タイトルにある「丁寧」というのは、著者の仕事におけるキーワードのようである。「目の前にあることをただただ一生懸命に取り組んできた」と語る著者であるが、「丁寧な力こそ仕事の基礎力になる」とする。「今の自分に自信がない人、今の仕事は自分に合ってないと思う人は、転職をしたり資格を身につけるより、今の仕事を丁寧にこなすところからスタートした方がいい」と語る。

 そんな著者は、世界最大のチョコレートの祭典「サロン・デュ・ショコラ」で最高位を取得している。しかも海外での修行経験がないにも関わらずの受賞は、現地でも注目を浴びたらしい。著者は、今はなき「スイス菓子ハイジ」という洋菓子店から修行をスタートしているが、よくあるように海外へ行って修行するという経験がないそうなのである。しかし、「どこで修行をしても、生かすも殺すも自分自身」と当たり前のように語る。その通りなのだろう。

 著者はしばしば、「想い」について語る。「サロン・デュ・ショコラ」の受賞についても、
「どのような味にして、どのような順番で提供すれば自分の『想い』が伝わるか」
自店の商品についても、
「商品だけでは足りない、商品に『想い』を込める」
そんな『想い』を常に抱いているからだろう、著者の語る言葉には重みがある。

・受け身で仕事をしている限り、どんな仕事でもクリエイティブにならない
・大きな目標を目指すのであっても、まずは小さなこと
・地道なことを確実にできるようにならないといけない
・「足りている時代」は人と同じことをしていたらむしろ成功はしない
・心の利便性とは、これからの時代、人の心に足りないことや欲しがっているものを満たすこと

 エスコヤマの開業にあたっては、中心地から離れた郊外を選び、そこは立地診断会社がすべてダメ出しをしたところだという。「リサーチもマーケティングも過去のもので新たな可能性の芽を摘んでしまう」との考えで強行したらしいが、なかなかである。そして開業資金について、どの銀行も首を縦に振らなかったらしいが、但馬銀行の支店長だけが小山ロールを食べて、「これに貸しましょう」と言ってくれたらしい。こういう支店長も素晴らしい。

・人と競争して勝つ姿ではなく、自分自身と闘っている姿をスタッフに見せること
・「いい仕事」はまわりの人に評価されてはじめて「いい仕事」になる
・子どもたちにおもしろい親、楽しい親、あんな風になりたいと思われているか
・どのような境遇でも折れない心を持って腐らずにいられることが大切
・人を喜ばせるために、どこまで自分の人生を捧げられるのかという覚悟ができた時に、どんな困難な状況でも乗り越えられる

 読んでいるうちに、著者がパティシエであるということが頭から漏れてしまう。著者がここで語る言葉は、パティシエに限らずどんな仕事でも通じる真理であるからである。これを読むと、ますますエスコヤマに興味を持ち、小山ロールなるものを食べてみたくなる。機会を作って、是非現地に行ってみたいと思う。
 あらゆるビジネスパーソンに通じる一冊である・・・


 
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2016年11月26日

【明治維新という過ち】原田伊織



はじめに 〜竜馬と龍馬〜
第1章 「明治維新」というウソ
第2章 天皇拉致まで企てた長州テロリスト
第3章 吉田松陰と司馬史観の罪
第4章 テロを正当化した「水戸学」の狂気
第5章 二本松・会津の慟哭
第6章 士道の終焉がもたらしたもの

 すでに『官賊と幕臣たち』『大西郷という虚像』と、シリーズ第2,3弾を読んでいるのだが、改めてシリーズ第1弾である本書を手に取った次第。本来は、ここから始めなければならなかったのであろうが、まぁ仕方ない。

 前2著で著者のテイストは分かっているのであるが、ここでもそれは変わらない。著者の歴史観は、言ってみれば「反長州史観」ともいうべきもので、「長州憎し」一辺倒の偏った歴史観である。この本を書いたのは、今の長州が書いた歴史の蔓延に「止むに止まれぬ思いに駆られ」たそうである。我々が学ぶ歴史とは、「長州薩摩が書いた歴史」であり、明治維新という出来事を冷静に総括する必要があるのだとか。

 歴史は勝者によって書かれるというのは、世の常であるが、どうも著者の主張はわからない。さらに歴史については、資料の裏付けばかりが全てではないという主張は、『逆説の日本史』シリーズで井沢元彦氏もしているのでそれ自体不思議ではない。しかし、井沢氏の鋭い推理に基づくものと違い、この本の著者が主張するのは「皮膚感覚」である。

 「京都八坂通りの夕靄の中に佇めば、会津藩士や新撰組隊士が腰をかがめて長州のテロを求めて疾駆する姿が眼前に浮かび上がる」のだそうである。笑止千万とはこのことだろう。こうした激しい偏向ぶりが全編を通して根底に流れる。「明治維新という過ち」がなければ、「徳川政権が江戸期の遺産をうまく活かして変質し、国民皆兵で中立を守るスイスか自立志向の強い北欧三国のような国になっていたのではないか」だそうである。

 長州憎しの著者によれば、長州の奇兵隊などはテロリスト集団であり、「吉田松陰は特に過激な若者の一人で、若造と言ってもよく、今風に言えば東京から遠く離れた地方都市の悪ガキ」だそうである。さらに「何らかの思想を持っていたとしても、それは未来に向けて何の展望もない虚妄」と手厳しい。さらに水戸黄門は試し斬りをやった人非人であり、水戸学はファシズムだとする。

 水戸藩の公家好きを批判するが、これは『逆説の日本史16』では違う解釈がなされていて、対比すると興味深い。同じ徳川でも幕府側でなければ、一刀両断である。こんな調子なので、当然幕府側はべた褒めである。老中阿部正弘などは、講武所を開き海軍伝習所はのちの世界三大海軍国への道を開いたと絶賛。歴史家司馬遼太郎も著者にかかれば、「(長州が設立した)陸軍戦車隊に所属していた個人的な体験が大きく(悪)影響している」らしい。

 「明治政府はテロリストが作った政府(だからダメ)」というのが著者が言いたいことなのだろう。確かに会津攻めにしても酷いのは事実だろう。だが、「勝てば官軍負ければ賊軍」という言葉が今でも残っていることは、「勝てば(テロリストだろうと)官軍=正義になってしまう」という意味で、それは裏を返せば明治政府は勝ったから正当化されている(テロリスト扱いされていない)ことを表しているのである。今更著者が強調しなくても皆わかっているだろう。

 今の世で「長州が、薩摩が」と言って何になるのであろう。私自身薩長政権に支配されている意識はないし、自分の祖先が幕府側だったのかどうかもわからない。関ヶ原で東軍西軍のどっちについたのかもわからないし、わかったところで敵対勢力に対する反感など湧いてこない。著者は京都八坂の夕靄の中に佇むと、一瞬にして幕末の世界に身を置けるらしい。今だ幕末に生きている所は、すごいことだと畏敬の念が湧いてくる。

 歴史の検証には何が必要なのか。そのことを改めて思い起こさせてくれる一冊である・・・





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2016年11月20日

【坂の途中の家】角田光代



角田光代の名前はまだそんなに馴染みがないのであるが、『八日目の蝉』の作者と聞くと、思わず興味を惹かれてしまう。『八日目の蝉』はそれだけインパクトのある内容であったからである。この作品も、小さな子供を育てる女性が主人公という点で『八日目の蝉』と共通点があると言えなくもない。そして思わず引き込まれてしまうのは、その心理描写だ。

主人公は結婚4年目の専業主婦理沙子。2歳になる娘がいる。ある日、理沙子の元に裁判所から裁判員に指名する通知が届く。意に反して補充裁判員という形で選ばれる理沙子。そして夫の実家に子供を預け、裁判所に通う日々が始まる。担当する事件は、同年代の女性が8ヶ月になる我が子を殺したというもの。育児ノイローゼから、我が子をバスタブに落として溺死させたという事件であった。

物語は、事件を起こした女性と理沙子という2人の女性の心の内を描いていく。被告となる女性水穂は、検診の際の保健師や義母の何気ない言葉から自分の子供の発育が遅いと気にし始める。そしてそれが高じて保健師や義母の援助を断るようになり、頼れる友人知人もない中、次第に孤立を深めていく。夫は育児に協力してくれるものの、2人の思いはことごとくすれ違う。そして事件が起こる。

事件の概要を知り、弁護人が語る水穂が追い込まれていく過程を知ると、理沙子はいつの間にか水穂と似ている自身の境遇を思うようになる。反抗期に入った娘は何かにつけて泣き喚き、理沙子の神経をさか撫でる。協力してくれている義母や夫の思いやりも、裏に隠れた真意を疑い素直に受け取れない。無理が神経を疲弊させ、いつの間にか水穂の境遇に自分自身を当てはめていく・・・

物語は、裁判の過程を順に1日ずつ追っていく形で進む。理沙子は毎日、娘を預けるため義父母宅を訪れる。ちょっとした言葉の行き違いから、夫や義母と思いがすれ違い、自分の行動を誤って解釈される。磨り減った神経を癒そうとビールを飲めば、キッチンドランカーになるようなことを言われる。以心伝心とは言うけれど、実際はお互いの心の内はわからない。水穂の犯行も、弁護人と検察の主張とは真っ向から異なる。

そして理沙子自身も、自分自身の思いが夫や義母に理解されないというもどかしさを味わう。全般的に理沙子の視点で物語は進む。理沙子の心の動きを追ううちに、理解されない恐怖がこちら側にも伝わってくる。例えば、裁判で精神的に疲労した梨沙子が、娘を迎えに義母宅へ行く。ところが娘は帰りたくないと駄々をこねる。義母の勧めもあって娘を置いて行くが、自宅を目前にして義母から電話が入り、娘が帰りたいと泣きわめいて手に負えないと言う。理沙子の心境が痛いほど伝わってくる。

いつの間にか梨沙子の気が狂わんばかりの思いが伝わってきて、こうして精神を病んだり、瑞穂のように思わぬ犯罪を犯したりするものなのだろうという気になる。作家だからとは言え、実に巧みなものだと思わされる。女性ならではなのかもしれないストーリー。男の作家には書けないのではないかと思ってしまう。
角田光代の作品は、今度同じく映画化された『紙の月』を観る予定であるが、これから注目したいと思う作家である・・・




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2016年11月17日

【USJのジェットコースターはなぜ後ろ向きに走ったのか?-V字回復をもたらしたヒットの法則】森岡毅



プロローグ 私は奇跡という言葉が好きではありません
第1章 窮地に立たされたユニバーサル・スタジオ・ジャパン
第2章 金がない、さあどうする?アイデアを捻り出せ!
第3章 万策尽きたか!いやまだ情熱という武器がある
第4章 ターゲットを疑え!取りこぼしていた大きな客層
第5章 アイデアは必ずどこかに埋まっている
第6章 アイデアの神様を呼ぶ方法
第7章 新たな挑戦を恐れるな!ハリー・ポッターとUSJの未来
エピローグ ユニバーサル・スタジオ・ジャパンはなぜ攻め続けるのか?

 著者は、ユニバーサル・ジャパンのCMO。以前、『USJを劇的に変えた、たった一つの考え方』を読んでこの本の存在を知り、読んでみたくなって手に取った次第。この手の企業改革系の話は、個人的に大好きなのである。

 著者が転職してきた時、USJは一時1,100万人を集客していたのが700〜800万人に落ち込んでいたという。その理由を社内で聞いてみると、開業翌年に起こったいくつかの不祥事の影響だという。直感的に「違う」と判断した著者は、データを分析し、パーク内をくまなく歩き回り考える。そして方向性を間違えたこだわりを正し、限られた経営資源を消費者価値の向上に正しくシフトさせることにする。そして三段ロケット構想を立てる。

 三段ロケット構想とは、一段目でファミリー層を取り込み、二段目で関西依存の集客構造から脱却し、三段目で蓄えた会社のノウハウを複数展開するというもの。そして著者の苦闘が始まる。まず、「映画だけのテーマパーク」からの脱却を図る。社内には反対の声が渦巻いたらしいが、著者は「世界最高のエンターテイメントを集めた『セレクトショップ』」というコンセプトを推し進める。

 と言っても、とにかくお金がない。アイデアをひねりだし、フラッシュ・バンド・ビートというストリートパフォーマンスを取り入れ、ひっそりとやっていた「ONE PIECE」のショーにスポットライトを当て、とやり始める。しかし、震災による自粛ムードが出端を折る。普通なら「仕方がない」と諦めるかもしれないが、著者は考え抜き、大阪の橋下知事の言葉にヒントを得てキッズフリーを打ち出す。これが功を奏し、GWには客足が戻る。

 さらにお金のかからない「ハロウィーン・ホラー・ナイト」、続くクリスマスには「世界一の光のツリー」で集客をV字回復させる。さらにモンスター・ハンターを導入するが、これは自身でプレイしていたことがヒントになっていたという。著者は、「マーケティングをやる人間はなんでも自分自身でやってみることを習慣にすべき」と語るが、こういう「実践」が大事なのであろう。

・目的が正しいと判断したのなら、できない理由をあれこれ考えて目的自体を無理だと嘆くことに時間を使わない
・日本人は何でも自分でゼロから始めようとする悪い癖があるが、もっと外に目を向けて積極的にアイデアを盗みに行った方が良い
・答えは必ず現場にある
・絶対に我慢ならなかったのは、挑戦する前に、実際に全力を尽くす前に諦めること
要所要所で語られる言葉には説得力がある。

 タイトルにもなったハリウッド・ドリーム・ザ・ライドを後ろ向きに走らせるアイデアも、考えに考えていたら夜中の2:34に思い浮かんだという。ここまで考え続けろということなのだろう。普通はお客さんを勝たせるものだが、バイオ・ハザード・ザ・リアルはお客さんの生存率が極めて低いのだとか。これも自身のプレイ経験をヒントにしている。

 満を持して投入して大成功している「The Wizarding World of Harry Potter」であるが、最初はオーランドに出来た施設に対し、立派だが金をかけ過ぎてビジネス的に失敗するのではという空気の中で、一人導入を主張したという。渋る社長を数学的分析を交え熱い議論を交わし、説得して行ったという。単なるモノマネではなかったようである。

 「中小企業が生き残るには勝ち続けるしかない」(USJが中小企業だったらそれ以下の会社はどうなるんだと言いたいが)と著者は語るが、そのための著者の奮闘は並大抵ではない。ここまでやったからこその成功なのだろうし、ここまでやらなければダメなのであろう。お金がないからとか、人材がいないからとか、とかく中小企業は言い訳をして納得しがちである。だが、それではいけないと改めて思わされる。

 自分に何ができるか、そして夜中に夢見るほど悩んで考えているだろうか。自問自答してみたい。著者に負けないように自分も頑張ってみたいと思わせられる一冊である・・・

   
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2016年11月12日

【世界を作った6つの革命の物語】スティーブン・ジョンソン



原題:How We Got to Now/Six Innovations That Made the Modern World
序 章 ロボット歴史学者とハチドリの羽 
第1章 ガラス
第2章 冷たさ
第3章 音
第4章 清潔
第5章 時間
第6章 光
終 章 タイムトラベラー

物事は、何事であれ違う角度から見るとまた違って見えることがある。歴史もしかり。以前、『帳簿の世界史』という本を読んだが、これは「簿記」という観点から歴史を見たもので、通常の歴史とはまた違った世界の見方ができるのだと思ったものである。この本では、何気ない6つの発明が歴史に大きな影響を与えたということを示した本である。

まず初めに紹介されるのが「ガラス」。人類によるガラスの発見はおそらく偶然で、リビア砂漠あたりで旅人が躓いたか何かした程度であろうとする。しかし、その発見されたものは貴重品扱いされ、ツタンカーメン王の墓の装飾品に使われる。やがて、ガラスの加工技術が進歩し、まず眼鏡が発明される。そして鏡が作られ、それによって画家が自画像を描けるようになる。さらにグーテンベルクによる印刷機の発明は、人々の識字率の向上をもたらし、眼鏡の市場が急拡大する。

2つのレンズを使用する眼鏡が普及すると、それを重ねることで顕微鏡の発明へと繋がり、それは細菌の発見と伝染病予防等へと繋がる。また、顕微鏡は望遠鏡へと発展し、ガリレオはその望遠鏡を利用した天体観測データから地動説を導き出す。時代は下り、カメラ用レンズが開発され、グラスファイバー、光ファィバーの出現により、今や我々はスマホで写真を撮り、SNSで投稿することができるようになっている。いずれにもガラスの技術無くしては不可能である。

続いて、「冷たさ」。これは冷凍技術であるが、昔は天然の氷しかなく、当然寒いところ限定のものであった。それをボストンの実業家フレデリックが、西インド諸島に氷を運ぶ事業を始めることからチャレンジが始まる。商売になるとなれば、工夫がなされる。氷の採取、断熱、輸送、保管に成功すると、天井から吊るした氷が部屋を冷やすことが発見され、それはエアコンへと繋がる。大量製氷装置は、肉の保存のための冷却室、そして冷蔵庫へと繋がり、フリーズドライにより美味しく食べ物を保存することが可能になる。

単に、発明の歴史かといえばそうではなく、例えばエアコンの影響として大統領選挙への影響も語られる。エアコンの登場により、アメリカでは北部の共和党員が南部へと大量に移住。フロリダ、テキサス、南カリフォルニアの人口が急増し、それは大統領選挙人の移動をも伴う。今や大統領候補はこの地域から出ることも多く、無視できない地域となっている。何気ない歴史の推移にエアコンが絡んでいるという見方は面白い。

音に関しては、音の記録という歴史もさることながら、真空管の発明、拡声器の出現、ラジオ放送の開始等の流れを追い、ヒトラーは真空管アンプとマイクを使って演説をしたと続ける。ビートルズは戦後同じものを使ってライブを行う。これも目に見えない歴史の裏側である。音はさらにソナーによる海洋探査、超音波による妊婦健診に繋がっている。

さらに「清潔」、「時間」、「光」が取り扱われるが、いずれも発明の発展とその影響という形で興味深い。特に昔は風呂に入ることがなく、毎日体を洗うことが唱道されたのが19世紀も半ばになってからというのは驚きだ。医師でさえ患者の処置前に手を洗うということをしていなかったのだとか。トレビア的なところもあるが、モノの発明と世の中の変化の歴史という点では、どれも興味をそそられる物語である。

 こういう視点で物事を捉えられるというのも、着眼点として素晴らしいと思う。雑学として読んでも面白い一冊である・・・


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2016年11月11日

【教団X】中村文則



著者の名前はなんとなく記憶に残っていたのであるが、思い出せない。調べてみたら、4年前に『王国』という本を読んでいた。にもかかわらず、はっきり記憶に残っていなかったのは、やっぱりあまり面白くなかったからである。著者の本は、この本で2冊目であるが、手にしたのは著者名ではなく書評だったと思う。

物語は、タイトルにある通り2つの教団の物語である。もっとも1つは「教団」と言えるのかどうか曖昧である。名前も教義も定まっていないその教団に、楢崎透が訪ねてくる。目的は、姿を消してしまった恋人(と呼べるかは微妙)である立花涼子の行方を追ってであるが、すでにそこに涼子はいない。そこは、教祖(と呼べるかは微妙)である松尾正太郎を中心とした信者たちの緩やかな集まり。楢崎はそこで、吉田と峰野の案内で教祖の話を集めたDVDに見入る。

教祖の話は不思議な話。ブッダの話から宇宙の話まで多岐にわたる。教義らしき内容、説教くさい内容はまるでない。ただ、人間を含む個体は原子の集まりで、それが次々と入れ替わりながら個体が維持され、死ねば分散し、またいずれかの個体の構成要素となるといった内容の話が個人的な興味を惹く。

一方、タイトルにもなっている教団Xは、沢渡という男を教祖とした立派な教団。毎週月曜日には、信者たちは乱交を繰り広げる。教祖に呼び出された女性信者は必ず教祖とすることになっていたりして、もろ怪しげな組織である。その組織のNo.2である高原は、涼子の戸籍上の兄であり、その実態は恋人に近い。涼子を探す楢崎は、この2つの教団の間を行き来し、その不思議な世界に触れる。

危険な宗教集団といえば、我が国でもオウム真理教のテロが記憶に新しいが、ここでも教団Xはテロに走る(もっとも本当にそれがテロかどうかは微妙である)。沢渡が意図する行動。そしてアフリカで、危険な体験をした高原が取り憑かれている組織YGの信仰R。そこに公安の50代の男と30代の男が絡む。

読んでいくうちに、登場人物たちの関係がしばしわからなくなる。というのも、色々な人物にスポットライトが当たり、正直言って真の主人公が誰であるのかよくわからない。その漠然としたところが、ストーリーにイマイチ身が入らない原因となっている。それに登場人物が語る内容にしばし政治的メッセージ性が強く現れているのも鼻につく。

・「(我が国は)平和平和と連呼する、戦争を望む国から煙たがれる存在になるべき」
・「他国で紛争が起こり民衆が苦しんでいても見捨てるのかという意見はその通りだが、その紛争の裏に大国の思惑があることを考えるべき。
・我々は平和理念を維持すべき。
・「紛争」を事前に防ぐ行為をし続けたい
さらには、警官たちの怒りを招く行為。自衛隊機の暴走。
危機を煽っていたずらに右傾化していく国家を諌める言葉が続く。実にわざとらしく、いやらしい。

・理想を捨てれば人類は後退するだけ
・あの理想を掲げながら、現実の中でどう平和に向かい奮闘するするかが大事
なんだか必要以上にメッセージ性が強すぎてげんなりとしてしまう。結論的に面白かったか否かと問われると、正直言って及第点は与えにくい。前作に続いて連続の「もう一歩」。次はよほどの評判でもない限り読みたいとは思えない著者である・・・



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2016年11月03日

【アテンション】ベン・パー



原題:Captivology:The Science of Capturing People’s Attention
第1章 注目の三段階
第2章 自動トリガー
第3章 フレーミング・トリガー
第4章 破壊トリガー
第5章 報酬トリガー
第6章 評判トリガー
第7章 ミステリー・トリガー
第8章 承認トリガー

 著者はシリコンバレーの戦略ベンチャーの共同創業者とのこと。「長期の注目獲得」に関する知見と経験を生かしたコンサルティングをされているようで、それを披露しているのが本書だということである。

 現代は情報発信過多時代であり、その中で、「注目」は希少資源だという。注目は偉大な製品や発想を「世界を変える」ものに変え、才能に恵まれたバンドを「ビートルズ」にするとする。そんな注目をどうすれば得られるか。そのキーは、「注目の三段階」と「七つのトリガー」だという。

 「注目の三段階」とは、「即時の注目=点火」、「短期の注目=藁火」、「長期の注目=焚火」である。大事なのは、いかに長期の注目=焚火を得るかということ。目立つ型破りなことで反応=点火を得、メッセージを作業記憶に振り向け、そして価値あるものを作り出し長期的な注目を獲得するまで持っていくことが重要となる。なんとなく分かりにくいが、「投票用紙の先頭にある候補者は当選しやすい」という例が示され、興味深く分かりやすい。

 そしてそんな注目を得るためのトリガーが、七つあるとする。「自動トリガー」、「フレーミング・トリガー」、「破壊トリガー」、「報酬トリガー」、「評判トリガー」、「ミステリー・トリガー」、「承認トリガー」である。 「自動トリガー」はその名の通り、無意識のうちに注意を向ける傾向を利用するもの。

 人間は太古より安全と生存に関わる光景や音などの感覚的手がかりというものを備えている。ライオンとシマウマとを見れば、自然とライオンに目がいくのは、ライオンが危険な動物だから。例えば女性のヒッチハイカーなら赤い色の服をきていると止まってもらいやすいとか、襲われた時には、「助けて!」よりも「火事!」の方が人を集めやすいとか。各種実験結果から得られる考察が興味深い。

 「破壊トリガー」は、「驚き=surprise」「単純性=simple」「重要性=significance」という三つのSがキーだとする。子供達に統計学を教えるに際し、教室で授業をするのではなく、フィンガーペイントを塗って個々人のジャンプ力を調べることから、統計を実地で教える例が説明されるが、「驚き」は確かに注目を集める要素だと思う。

 JKローリングが偽名で発表した小説が、当初はまったく注目されず、その事実がわかった途端。売り上げが4709位から1位に跳ね上がったという。「人気があると他の人が思っているものが人気がある」とする「評判トリガー」もなるほどである。「ミステリー・トリガー」は、「サスペンス」「感情移入」「予期せぬ展開」「クリフハンガー」という4つの要素からなる。ドラマがハラハラしたところで終わる「クリフハンガー」理論は、よく使われている。

 こうした「注目」は、何気なく使われているが、著者は豊富な事例とともにそれを分かりやすく分類してくれている。日本の事例も「スーパーマリオ」「VHSとベータ競争」「AKB48」などが採り上げられていて、よく研究しているものだと思わされる。何か人々の注目を集めようと考えた時には、これらの理論に基づいて考えてみるといいように思う。

 何かの機会にメモしておきたいと思う一冊である・・・


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