2017年09月27日

【失われた時を求めて 1】プルースト 読書日記838



第一篇 スワン家のほうへ
コンブレー

マルセル・プルーストの名前と『失われた時を求めて』という小説のタイトルについては以前より知ってはいたが、読んだこともなく、またその内容についても概要すら知りもしなかったが、そういう「読まずに来た名作」を少しずつ減らしていきたいと考えている。そんなこともあって、ついに手を伸ばした一冊。手にしてわかったことは、本編は長大でこの第1巻は全編のプロローグに当たるものだという。この後を読み続けるかどうかは、第1巻の感触次第と覚悟を決めて読み始める。

物語の主人公は、語り部となる「私」自身。物語は、「私」が眠りについて語るところから始まる。長いこと早めに休むことにしていて、すぐに寝入ってしまうこともあれば、途中で目覚めてしまうこともある。そんなことをあれこれと語るうちに、ベッドの中でまどろみつつ、昔のことを思い出すと語っていく。そうして語られるのが、「私」が子供の頃を過ごしたコンブレーという土地の話。「失われた時」とは過去のこと。そんな過去の追想がこの物語そのものという形になっている。

子供の頃の「私」はお母さんが大好きで、それが故にお母さんと離れ離れになる時間が嫌いで、特に夕食後にお母さんが他の人たちとおしゅべりに興じる時間であった。そしてその後の唯一の慰めは、寝る時にベッドまで来ておやすみのキスをしてくれることであったとする。子供らしい感情であるが、お母さんはキスをすると階下に降りていってしまい、結局「私」は1人で寝る羽目になる。そんな感情の名残が、冒頭の回想のきっかけとなっているのかもしれない。

「私」の周りには、両親をはじめとして祖父母がいて、レオニ大叔母がいて、その大叔母に使える女中フランソワーズがいる。タイトルにある通りスワン家の人々もいる。それらの登場人物たちが、次々と回想の中に登場してくる。「私」の家は、ブルジョワ階級に属しており、そうした回想の生活の隅々から当時のブルジョワ階級の生活ぶりが伺えて興味深い。夕食時にはそれにふさわしい服に着替えたりするのである。

「私」はそんな日常を子供らしい視点から眺める。スワン家の人たちが夕食に来て帰りが遅くなると、母親がお休みのキスにベッドまで来てくれない。それが「私」には寂しくてたまらない。かと思うと、ある時は父の許しが出て母親が一晩そばにいてくれるが、「私」はこの時の喜びを長々と綴る。この晩、「私」は母に本を読んでもらって過ごす。

こうした出来事に加え、「私」の住むコンブレー(これは架空の町だという)の描写にもかなり字数が割かれている。コンブレー自体、「ひとつの教会」と称されるほど、ステンドグラスと鐘塔が特徴的なサン=チレール教会がその中心をなしている。特に鐘塔に関する描写は随所に登場する。「長い散歩の後に、広々とした高原に出ると四方の水平線はノコギリ歯状の森に囲まれて、その上方にサン=チレールの鐘塔の尖った先端がぽつんと飛び出している」といった具合である。

ただ、読んでいるだけだと、時として眠気を催すところもあるが、随所に挿入された絵画や挿絵や写真などが、物語をビジュアルにイメージさせてくれる。当時はちょうどパリ万国博のあとで、日本ブームが起きたとされる様子を反映してか、日本に関する描写もあったりする。そうしたアクセントが、長い回想に伴走する支えの一つとなっている。

この小説は、「20世紀フランス文学の最高傑作」として評価が高まっているという。そう言われても、フランス文学に詳しくない身としては、何か違いがわかるでもない。原文で読むことができるわけでもないので、翻訳者の方は随分と苦労して訳しているらしいが、文章を読んでそれがわかるわけでもない。ただ、当時の社会の様子と、登場人物たちの行動から当時の世相がわかって興味深いのと、そして様々な描写が名作の雰囲気を醸し出しているのを味わうのみである。

読み終えて続きを読んでみたいかと問われるならば、YESと答えたい。時間はかかると思うが、ゆっくりと続きを読んでいきたいと思わされる最初の一冊である・・・

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2017年09月26日

【一流の魅せ方−会う人すべてがあなたのファンになる−】鈴鹿久美子 読書日記837



第1章 誰に、どう魅せたいのか
第2章 「体型と顔」は、こう魅せる
第3章 一流は毎日「同じ服」を着る
第4章 相手を瞬時に魅了する作法
第5章 人生は選挙である


著者は、政治家のためのブランディング戦略家出、魅せ方コンサルタント。いろいろなコンサルタントがいるものだと改めて思うが、そんな魅せ方コンサルタントが、「出会った人を一瞬であなたのファンにする方法」を記したのが本書だという。十分魅力的なうたい文句で、人気があるのもよくわかるというものである。

「人は魅せ方が100%」だとし、「一瞬の印象」が成否を左右するとする。まぁ普段、営業などに来られた人とあったりしているが、だいたい初対面の印象は最初で決まるというのは実感として理解できるところである。それでも「49歳でリストラされた普通の主婦が、6週間で政治家になってしまった」などという話を読むと、ついつい警戒心が強くなってしまう。

選挙で落ちる人の特徴は共通していて、ポスター用の写真に使う服装や笑顔、キャッチフレーズ、演説の内容、身の回りの小物等をなんとなく選んでしまうことだと言う。当選する人は政党への「風」がどちらに吹いていても確実に当選するものであるし、そういう人を目指すには「魅せ方」が重要だというのが著者の主張である。

オシャレにはとことん苦手な私であるが、「流行に敏感」は自分を客観視できていないと残念な結果になるということにはちょっと救われる気がする。「流行に敏感」≠「オシャレ」ということらしい。オシャレであるためには、自分のスペックを棚卸し、どんな自分を魅せたいかを明確にし、その第一歩として自分のコアカラーを決めるという。やっぱりついていけそうもないと感じる。

「体型」「笑顔」をこうすべしと言われても自分には難しい。「服装」「小物使い」「話し方」の3つを「同時に同じ方向に向かって足したり引いたりして100点になるようにする」のが人生の戦略と戦術だとするが、苦手意識は払拭できない。その他作法については、小泉進次郎などの実例を挙げて説明してくれるが、このあたりは話のネタ的に聞き置く。

「相手の目を見るのが怖かったら、相手の口元を見る」という話は新鮮であった。こちらは口元を見ていても、相手は「自分の目を見ている」と感じるという。こういう話は面白い。どんなに厳しい仕事でも「誰かが見ていてくれる」「しっかり評価してもらっている」と思えるだけで人は頑張れるというのは、部下を持つ人には参考になる話である。

・「やりたい」と思わせることが上に立つ者の仕事
・自分がどうしたいか、たった1人の自分がどう思うのかを大切に考える
・他人は自分が思うほど自分のことばかり見ていない
バツイチアラフォーで失職し、選挙の手伝いから議員秘書になり、半年間で十二指腸潰瘍を2回、円形脱毛症22箇所という経験をした筆者ならではの、「魅せ方」以外の部分も見逃せない。

オシャレは無理でも、だからと言ってまるで敬遠してしまうのもよくないだろう。この本を読んですぐにどうこうとはいかないが、自分なりに意識してみたいと前向きに思う。そんな気持ちにさせられた1冊である・・・




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2017年09月22日

【自分を鍛える! 「知的トレーニング」生活の方法】ジョン・トッド 読書日記836



原題:TODO’S SELF-IMPROVEMENT MANUAL
プロローグ ものを「考える頭」には限界がない 
第1章  いい習慣≠作れば疲れないで生きられる!
第2章  集中力・記憶力が格段にアップする「短期決戦」法!
第3章  緻密な頭を作るための読書法!
第4章  こうすれば自分の「持ち時間」が最大限に生きてくる!
第5章  一目置かれる人の「話し方・交際術」
第6章  頭・体・気力を鍛える一番の方法
エピローグ あなたも自分の壁≠破れる!

著者は約200年前のアメリカの牧師・著作家であるという。そして当時、アメリカで大ベストセラーとなった自己啓発書が本書であるという。そんな昔の自己啓発書が今も再販され続けているというのは、それだけ中身も濃いと言えることなのかもしれない。そんな興味から手にした一冊。

この本は、新しい希望に満ちた国として進取の気分と宗教的・道徳的な信念が1番支配的だった時代のアメリカで書かれたという背景があると解説はいう。「先人のいいところを学ぶ、それが一番簡単な自己実現法」とするが、それは事実だろう。

中身を読んでいくと、なるほどその通りという言葉が続く。
1. ひたすら努力することをせずして、決して人より抜きんでることはできない
2. 人間の偉大な業績というのは、ささやかな、しかし継続した努力の賜物
3. 謙虚な人の方が、生意気な人間よりも同胞からはるかに思いやりや善意を受けやすい
「努力」も「謙虚」も現代でも重要ワードである。

習慣については力を入れて説明されている。
1. 習慣は第二の天性なり
2. 同じこと、同じ仕事を毎日同じ時間に繰り返すようにする
3. ただひたすら毎日、例外なく規則的に繰り返して入れば楽しいものになる
4. 今日できることを明日に延ばすのが習慣になると、将来性ある優れた計画を台無しにしてしまう
聖書を完訳したマルティン・ルターは、「毎日一節も訳さない日は1日もない」と語ったが、その偉業はこの勤勉な習慣によってなされたものである。

その他にも自分で大事にしたいと思うような教えが続く。
1. 時間厳守
2. 早寝早起き
3. 「速く行う」より「入念に行う」
4. 自分置かれている境遇に満足するようにする
5. 相手の欠点を注意するのが友情と思ったら大間違い
6. 10冊のななめ読みより1冊の本を徹底的にマスターする
7. 復習の積み重ねは信じられないほど効果的な進歩を生み出す

特に読書については入念である。
1. 読書は充実した人間をつくり、会話は機転の利く人間をつくり、執筆は緻密な人間をつくる(ベーコン)
2. 読書は精神の糧
3. 読書によって成長しようと考えているなら、まず丁寧に読む。量より質
4. 読みながら考え、読み終えてからも考える。読書にかけた時間の1/4を考察に充てる
5. 人に語ることで、その本のエッセンスは確実にものにできる

まだまだ続く。
1. 時間に強欲になることは一番の善徳
2. 毎日少しずつやることが大切
3. 中傷は必ず自分の元へ返ってくる
4. 妬みを買うような話は避ける
5. 人と話をする時は明るく振舞うこと
6. 冷たい刃ほど切れる(冷静な議論ほど効果的)
7. たとえ少しでも繰り返し≠ノ優る自己鍛錬法はない

一見、当たり前のように言われていることが多いが、考えてみればそれはこの本が歴史の評価に耐えてきたからこそなのかもしれない。当時は新鮮で、その後広まって今では当たり前のようになってしまったということなのかもしれない。自分自身、今心掛けていることも入っており、それはそれでこれからも続けたいと思う。改めて意識するには、いいきっかけとなった一冊である・・・



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2017年09月20日

【謙虚なコンサルティング クライアントにとって「本当の支援」とは何か】エドガー・H.シャイン 読書日記835



原題:Humble Consultibg How to Provide Real Help Faster

1. コンサルタントなのに、どうしたらいいのかわからない
2. 謙虚なコンサルティングはどのように新しいのか
3. 互いを信頼し、率直に話しのできるレベル2の関係の必要性
4. 謙虚なコンサルティングは最初の会話から始まる
5. パーソナライゼーション-レベル2の関係を深める
6. 謙虚なコンサルティングはプロセスに集中する
7. 新しいタイプのアダプティブ・ムーブ

もともとコンサルティング系の仕事には興味を持っているのだが、それは読む本を選ぶ時にも自然と現れてくる。この本もそんな傾向の中で手にした一冊。
「謙虚なコンサルティング」とは一体何なのか。それは「クライアント自身が納得感のある解を自ら探っていけるよう支援する」ものだという。コンサルタントというと、どうしても教え導く「先生」というイメージがあるから、言わんとしているところはよくわかる。

謙虚なコンサルティングで重視するのは、「プロセス・コンサルテーション」。結論だけを教えるというのではなく、結論に自ら至れるようにするということであろう。「クライアントが主語」という言葉にそれはよく現れている。そうしたコンサルティングが求められるようになった背景として、「かつてない複雑な問題」、「かつてない種類のクライアント組織」、そして「クライアントが感じているかつてない切迫感」を挙げている。

「謙虚なコンサルティング」の特徴は、「クライアントとの間のこれまでにない個人的な関係が必要」な点だとする。それには「謙虚な姿勢」、「支援したいという積極的な気持ち」、そして「好奇心」が必要となる。さらに新しいタイプの聴くスキルと対応するスキルが必要とする。聴くスキルの具体的内容は下記の通り。

1. 自己中心的に聴く:自分が最初に何に注意を引かれたか
2. 内容に共感しながら聴く:クライアントが伝えたい問題の要素は何か
3. 人に共感しながら聴く:クライアントが実際にどのように経験し、感じているか

こうした理論だけだと何となくわかったような気になってしまうが、著者が例示する具体的事案がその理解を助けてくれる。特にあるプロジェクトで、タスクフォースのメンバーとどのようにスタートを切るかが問題になった事例で、著者はパーソナライズ(打ち解けた)された関係を築くために「チェックイン」と呼ばれる手法を導入した例が印象的であった。これは要は自己紹介なのであるが、そのプロジェクトに対する思い入れを語ってもらうことで、メンバーの共感を集めたというもの。特に同じ会社でも話をしたことがないメンバーなどでは効果的に思う。

クライアントとは師弟の関係に立つのではなく、あくまでも寄り添うことを目指す。クライアントと支援者が信頼し合い、率直に話ができることが大切であり、「レベル2の関係」と呼ぶパーソナライズされた関係を重視する。これはコンサルタントのみならず、上司と部下でも親子でもできそうである。よくよく考えてみれば、これこそコンサルタントが必要とするスキルのような気がするが、こうした本が出されるということは、そうでなかったということかと改めて思わされる。

本を読んだだけでどの程度身につくかはわからないが、自分自身の対人関係のスキルとして、意識してみたいと思わされるものである・・・


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2017年09月15日

【欲望】小池真理子 読書日記834



ここのところ、小池真理子の作品を読んでいないという渇望感から過去の作品を検索し、選んだ一冊。小池真理子の作品はすべて読んでいた気がしていたが、まだ漏れていたものがあったということでちょっと驚いた次第である。

物語の主人公は、図書館司書をしている女性青田類子。類子には、中学時代から仲のいい安藤阿佐緒と秋葉正巳という友人がいる。阿佐緒は美人でかつ早熟で、中学の頃からその年齢とアンバランスな肢体で、男子生徒や教師の視線を引きつけていた。正巳は読書が好きな2枚目の好青年。正巳と阿佐緒は付き合っていて、そんな2人と類子は気があって仲良くしていた。

そうした過去の日々は過ぎ去り、今やさる女子大の図書館で働く類子は、ある日偶然入った写真展でかつて阿佐緒が嫁いだ家の写真を見つける。それは三島由紀夫邸を寸分違わず模倣したという館。そこから類子の回想が始まり、この物語が語られて行く。

阿佐緒と付き合っていた正巳は、ある日事故にあって大怪我を負う。やがて回復したものの、事故の影響で性的不能となってしまう。これがこの物語の大きなキーワード。そして読書好きな正巳と類子の共通の話題でよく出てくるのが、三島由紀夫。これがこの物語のもう一つのキーワードとなる。

類子は、学園の高等部教師能勢と付き合っている。と言っても能勢は妻子持ちで、いわゆる不倫である。類子と能勢の関係は完全な「体だけの関係」。類子は能勢に対し、離婚など求める気はなく、純粋に肉体関係だけの繋がりを淡々と続けている。

卒業以来、途切れていた阿佐緒と正巳との関係が、偶然の再会により復活する。阿佐緒は著名な学者と結婚し、三島由紀夫邸を模した館で暮らしている。夫婦関係に不満を持つ阿佐緒は、しばし類子と正巳を読んで時を過ごすが、やがて悲劇が起きる。

3人の物語が類子の回想という形で描かれて行く。まだ時代は昭和の時代。三島由紀夫の作品「仮面の告白」や「豊饒の海」シリーズがしばしば引用される。個人的に三島由紀夫は好きでかなり読んでいるから、ここのところは共感度大である。

正巳の苦悩は、若くしての性的不能。男であれば、想像もしたくない事態である。女性である著者だが、その描き方は違和感がない。類子は、能勢とは肉体的繋がりを持ち、正巳とは精神的な繋がりを持つ。そんな類子の姿には、共感しうるものがある。自分自身、似たような経験があるからかもしれない。

美しい文章は、全作品に共通している。ここでもそれは健在。特に何かを描写するシーンは、うっとりと読み惚れてしまう。そんな著者だが、ここで描かれる三島由紀夫を見ていると、どうやらご本人も相当読み込んでいるなと思わされる。読んでいるうちに、本棚から引っ張り出してきて、埃を払って読みたくなってしまった。

様々な形の女性の恋愛を描く著者。他にも読み漏れているのがないかチェックしてみることにした。漏れているのがあったら、それはそれで嬉しい気もする。私にとって小池真理子は、三島由紀夫と合わせて何度でも読んでみたい作家なのである・・・



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2017年09月13日

【マンションは日本人を幸せにするか】榊淳司 読書日記833



プロローグ マンションが日本人にもたらした「正と負」
第1章  マンションは日本人を幸せに導いてきたか?
第2章  マンションの黎明期
第3章  管理組合と民主主義
第4章  儲けるためのマンション
第5章  繰り返される不動産バブル
第6章  マンション、この不完全な住まい
第7章  マンションは日本人の健康を損なうか?
第8章  マンションの未来を拓くために
エピローグ 二つのマンションの奇跡

仕事柄マンションに携わる機会には事欠かないのであるが、そんなこともあってこういうタイトルの本にはついつい手が出る。著者は、長年マンションの広告・販売戦略立案に携わった経験がある住宅ジャーナリストだそうであるが、そんな方だからこその思いがいろいろと盛り込まれた本である。

中身はマンションの歴史から始まる。住宅不足解消のため「団地」が大量供給され、日本人の核家族化、少子化に一役も二役も買っているという(個人的にはどうかなと思う考えである)。以来約60年。そこには正と負の両面があるという部分には同意である。

負の部分として、「理事長による管理組合の私物化」が挙げられる。これも耳にしたことがあるが、管理組合は得てして「無責任集合体」となる危険性があり、悪意を持った人が理事長になるとなんでもできてしまう。その他、「建て替えハードルが高い」「強力な財産権の保護が裏目」といった問題を指摘する。

管理組合をきちんと機能させるには、
1. 区分所有者は管理組合の総会で懸命な判断をする
2. 理事長及び理事はマンション全体の利益を図る
3. 区分所有者は理事長及び管理会社を適切な監視下に置く
ことが必要だとする。当たり前のことだが、選挙と同様に仕組みがあっても参加者の意識が伴わないと機能しないのは言うまでもない。

その他、著者が問題として提示しているのが以下の通り。
1. 「お仕着せ4点セット(管理会社、管理規約、管理費・修繕積立金、長期修繕計画)」
2. 外国人との共存
3. 予告広告をはじめとした販売方法
4. 囲い込み、両手仲介
5. レインズを解放すべし
6. 中間省略
すべてよくわかっている立場から言えば、問題部分もあるがやむを得ないものもあり、一概に賛成しにくいところはある。

「マンションは日本人を幸せにするか」というのは大胆なタイトルだと思うが、幸せになれるかどうかはその人次第。マンションにはいい点も悪い点もあって、どちらとも言えないものである。それはそうと、マンションに関わる問題点を知るにはいい本だと思う。マンションに住んでいる、あるいは住もうとしている人には一読をお勧めしたい一冊である・・・



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2017年09月09日

【陸王】池井戸潤 読書日記832



第1章 百年ののれん
第2章 タラウマラ族の教え
第3章 後発ランナー
第4章 決別の夏
第5章 ソールを巡る旅
第6章 敗者の事情
第7章 シルクレイ
第8章 試行錯誤
第9章 ニュー「陸王」
第10章 コペルニクス的展開
第11章 ピンチヒッター大地
第12章 公式戦デビュー
第13章 ニューイヤー決戦
第14章 アトランティスの一撃
第15章 こはぜ屋の危機
第16章 ハリケーンの名は
第17章 こはぜ屋会議
最終章 ロードレースの熱狂

新刊が出れば欠かさず読んでいる池井戸潤の作品。元銀行員の池井戸潤らしく、その小説はビジネスものが多く、読みながら物語の楽しさを味わうとともに、仕事でのヒントになることもある。そんなところが池井戸潤の小説の面白いところだろう。

物語の舞台となるのは、代々にわたって足袋を製造してきたメーカーこはぜ屋。社長の宮沢は、足袋と言う斜陽産業に限界を感じていて、経理を担当する富島と資金繰りに頭を悩ませる日々。メイン銀行も当然厳しい対応。支店長もいい顔をしないが、しかし担当の坂本だけは何とか支援をしたいと考え、宮沢社長には新事業を考えるようにと提案する。

坂本の紹介でシューズインストラクターの有村を紹介された宮沢は、足袋は実は人間本来の走り方に適しているという話を聞く。そして宮沢は、ランニングシューズの製造を決意する。こうしてこはぜ屋の新事業を縦糸として物語は進んでいく。こはぜ屋を取り巻く人々の人間模様が物語の横糸となる。

宮沢社長の息子大地は就職に失敗し、就活をしながらこはぜ屋で働いている。大学駅伝で脚光を浴びたものの、怪我で低迷している茂木裕人。外資系シューズメーカー大手のアトランティスでは、ランナー想いでランナーの信頼が厚いが冷遇されているベテラン村野尊彦。その上司で数字しか頭にない営業部長小原。新素材の特許を持っているが、会社を潰してしまった飯山。それぞれの人生のドラマが描かれる。

池井戸潤のビジネス小説には一つのパターンがある。中小企業が、大企業の不当な圧力に抗して奮闘していくと言うものである。『下町ロケット』は、大手のナカシマ工業から特許訴訟を起こされ、主要取引先から取引を打ち切られた佃製作所が、ロケット開発に関する特許と技術力を武器に戦っていく物語。『ルーズベルト・ゲーム』も大手のミツワ電気による合併工作を跳ね返していく物語。いずれも弱いものが強いものに立ち向かっていく姿に心打たれる物語である。このドラマもそれを踏襲している。

足袋の製造メーカーが、ランニングシューズに挑戦なんて現実的に考えても難しそうである。ところがこのドラマの中では、それが自然な形で展開される。リアリティを伴っているわけで、それが故に面白いとも言える。大手シューズメーカーアトランティスの妨害はドラマを盛り立てる演出としても、シューズ開発のプロセスや経理部長の反対や、儲かっていない会社に対する偏狭な支店長の態度は、現実に普通にありうるものである。

開発を続けるこはぜ屋がアッパー素材を開発しているベンチャーを見つけ、うまく提携する。ところがそこにアトランティスが横槍を入れる。アトランティスが、その素材を大量に買い取るが条件となるのが独占取引(こはぜ屋排除)をそのベンチャーに申し入れる。ベンチャーとしては、願ってもないオファー。しかし、こはぜ屋に対する義理がある。経済メリットと義理との間で社長は悩むが、こう言うビジネスジャッジも自分だったらどうするだろうと考えてみるのも面白い。

就活をしている大地は、面接に落ち続ける。大地の仕事に対する態度などからすれば、その理由も何となくわかってくる。そして飯山とともに新事業に打ち込んでいくうちに、大地自身も仕事に対する考え方が変わってくる。その結果、面接でもいい感触を得られるようになるが、それも当然だろう。こうしたビジネスシーンの数々は、現実のビジネスでいいヒントになる。ストーリーの面白さだけが魅力ではない。

途中ウルウルすることが多々あり、何かを目指す人たちの熱い姿には心打たれるものがある。感じ取れることはストーリーの面白さだけではない。読む前の期待を全く裏切られない内容。これからも目が離せない作家の一冊である・・・

 


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2017年09月08日

【逆説のスタートアップ思考】馬田隆明 読書日記831



前 章 スタートアップとは
第1章 アイデア
第2章 戦略
第3章 プロダクト
第4章 運 それはコントロールできる
終 章 逆説のキャリア思考

スタートアップとは、これまでなんとなく「起業したての会社」というイメージでいたが、厳密にいうとそうではないらしい。スタートアップとは、「短期間で急成長を目指す一時的な組織体」ということらしい。起業したてでも着実な成長を目指すものは、「スモールビジネス」であり、スタートアップとは異なるとしている。著者はそんなスタートアップ支援を長年手がけている方のようである。

スタートアップの世界では、普通のビジネスの考え方や起業の方法論がうまく当てはまらないことが多々あり、この本はそんなスタートアップに関するノウハウについて、特に「アイデア」「戦略」「プロダクト」について集中的に解説したものである。この本を手に取ったのは、別にこれからスタートアップを手がけようというつもりではなく、新規事業についてのヒントを求めたつもりである。

まずは「アイデア」。成功するアイデアについては4つ挙げられている。
1. 不合理な方が合理的
2. 難しい課題ほど簡単になる
3. 本当に良いアイデアは説明しにくい
4. スタートアップはべき乗則に従う

ここで参考になったのは、「一見悪いように見えて実は良いアイデア」という考え方。と言っても悪く見えるアイデアがいいというわけではなく、むしろ悪く見えるアイデアのほとんどは単に悪いアイデアとするから難しい。むしろ大事なのは「実践」なのかもしれない。「起業家の重要な資質は粘り強く臨機応変であること」は真実なのだろう。

「戦略」についての考え方は、「やはりね」と思わされることが並ぶ。
・スタートアップが目指すのは「勝つことではなく競争を避けて独占すること
・競争に勝つにはどうやって競争から抜け出すかを考えること
・素早く独占するために必要なのは何よりも素早さ
・小さな市場を選ぶ
・先行者利益より終盤を制する
・戦略の本質は「何をしないか」を選択すること
・戦略は実践から生まれる

「プロダクト」で大事なことは、
・人の欲しがるものを作る
・それをすべての人々に届ける
・シンプルなものを高くローンチ
・多数より少人数に愛される製品を作る
ことだとする。

最後に大事なのは、「運」だと語られる。そんな話を聞くと、先日読んだ『成功する人は偶然を味方にする−運と成功の経済学−』を思い出す。真実というのは、そうそう変わるものではないのだろう。言っていることは同じである。

いろいろと人によって考え方はあるだろう。スタートアップを目指す人ばかりではないだろうし、何か新しいことを考えなければならない人なら、なんらかのヒントは得られるだろう。そんな意味合いがある一冊である・・・


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2017年09月04日

【キャスターという仕事】国谷裕子 読書日記830



第1章 ハルバースタムの警告
第2章 自分へのリベンジ
第3章 クローズアップ現代
第4章 キャスターの役割
第5章 試写という戦場
第6章 前説とゲストトーク
第7章 インタビューの仕事
第8章 問い続けること
第9章 失った信頼
第10章 変わりゆく時代の中で
終 章 クローズアップ現代の23年を終えて

著者は元NHKの「クローズアップ現代」のキャスター。実はこの番組があるのは知っていたが、ほとんど見たことがない。著者のことも顔を見たことがある程度である。番組自体23年も続いていたということで、ずっとキャスターを務めていたという事実には、やはり興味を惹かれて手にした次第。一つのことを続けてきた経験からは、傾聴に値するものもあると思うのである。

もともと帰国子女で英語ができたという著者。NHKの海外向け英語ニュースを読む仕事を頼まれる。その後、ニュースの翻訳などを手伝ううちに、デレビに出る仕事に誘われる。それを「(日本時間では)深夜の時間帯で誰も見ていないから」という理由で引き受け、やがてそれが高じてキャスターとなる。

クローズアップ現代は、番組としてはスタジオを重視しているという。そして著者が重視するのは、「言葉の持つ力」。キャスターとして、「想像力」「常に全体から俯瞰する力」「ものごとの後ろに隠れている事実を洞察する力」だという。テレビの報道に対しては、個人的に否定的にしか見れていないので、考えている人は考えているのだと思わされる。

テレビ報道には3つの危うさがあるという。
1. 事実の豊かさをそぎ落としてしまう
2. 視聴者に感情の共有化、一体化を促してしまう
3. 視聴者の情緒や人々の風向きにテレビの側が寄り添ってしまう
1については、分かりやすいメッセージだけを探ろうとし物事を単純化することだとするが、これはよくわかる。「偏向報道」などその最たるものだろう。

やはり話の中心になるのは、クローズアップ現代。番組に携わることになった経緯から、その時々の経験。特に著名人とのインタビューの経験談などは興味深い。PLOのアラファト議長や高倉健との部分は、実に印象的である。また、直接のインタビューは例外的なようで、大半はいろいろなテーマについて、取材に基づいて報じるというスタイル。そのため、「キャスターの役割は視聴者と取材者の橋渡し」とする。

取材してきたものを関係者全員で試写し、議論する。そしてその結果を編集し、全体試写を前日と当日行い放映というパターンだったそうである。それが月曜から木曜日まで。なかなか大変であっただろうと思う。著者は初めこそ当日の全体試写のみの参加であったが、やがて前日試写から参加することにしたという。そこには、「最終的に視聴者と向き合うのはキャスター」という思いが著者にあったからだろう。

税金の無駄遣いを問題視していたら、それが公共サービスの民間委託による経費削減へと繋がり、それが労働者の非正規化を招き、次に格差、貧困といった問題が生じる。ものごとは一面だけでは捉えられないわけで、伝える方も難しいと思う。その中にあって、「自分の言葉で語る」というスタンスをとる著者の姿勢から、仕事に対する真剣さが伝わってくる。

もっと早くこれを読んでいたら、クローズアップ現代ももう少し見ていたかもしれない。なんであれ、その道を極めた人の話からは、得るものがあるものだと改めて思わされた一冊である・・・



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