2017年12月30日

【今こそ、韓国に謝ろう】百田尚樹 読書日記874



第1章 踏みにじられた朝鮮半島
第2章 伝統文化の破壊
第3章 「七奪」の勘違い
第4章 ウリジナルの不思議
第5章 日本は朝鮮に何も教えなかった
第6章 慰安婦問題
第7章 韓国人はなぜ日本に内政干渉をするのか

かつて「誉め殺し」という言葉が流行ったことがある。相手を褒める形を取りながら実は批難するというものである。百田尚樹と言えば、最近は政治的発言が目立ってしまっているが、その内容はこの本のタイトルとは正反対。「謝ろう」と言いながら、その内容は全く正反対。言ってみれば「謝罪殺し」の本である。

「謝ろう」と言いながら、著者はその理由を挙げていく。
1. 教育の強制
2. 自然の破壊
3. 農業を歪めた
4. 工業化
5. 身分制度の破壊
すべていいことのように思われるが、強制したことを著者は謝罪の理由とする。

例えば「教育の強制」は、小学校の設立に代表される。もともと日本に併合される前は、朝鮮には小学校は100校しかなかった(保護国になる前は40校)。それを無理やり莫大な予算をつぎ込んで1943年までに4,271校も設立した。頼まれもしないのにそこで劣等文字とされていたハングルを教えさせ、普及させた。インドネシアを200年支配したオランダは現地人の通う学校など1校も作っていないのに。

薪にするため伐採して禿山ばかりだったのに、植林を行い朝鮮の風景を変えてしまった。世界最大級のダムを作り、鉄道を敷設し、橋を架け海岸を整備して自然を破壊した。農業指導をして農業の変革を強制し、耕地面積は倍増し収穫量も増え、その結果人口も約1,300万人から2,550万人に増加してしまった。工業化して百万人を超える雇用を創設し、さらには伝統的な身分制度を破壊した。

こうした批判を読んでいくと、ついでに朝鮮半島の文化も知ることになる。両班をトップとした身分制度は、日本の士農工商より非人道的だったようである。朝鮮の文化は、相当汚ないものだったようで、なんとなく悪意的なものを感じるが、それでも同時代の外国の旅行者の記録などを参照しているところから、客観的に見ても事実だったのだろう。それでも糞尿にまつわる記述は気分が悪くなる。

また、「勘違い」と指摘する部分もある。韓国人が「七奪」と批判する「主権・国王・国語・人命・姓名・土地・資源」の奪取である。これは奪ったのではないとする。例えば「主権」はもともと朝鮮は中国の属国で、主権などなかったとする。確かに国王が中国からの使者を迎恩門に出迎え、三跪九叩頭の礼をするなどは主権国家とは言えないだろう。こうした朝鮮の歴史や文化を何気なく知ることができる。

創氏改名は日本人でも勘違いしている。もともと朝鮮には両班以外に姓はなく(だから今でも「金」などの姓が多い)、日本風の名前に改名することはそもそも総督府は禁止していたのだとか。それが証拠に朝鮮名のまま陸軍中将になったり、議員になったりする者もいたとする。これは確かにその通りだろう。こんなことだと、現代でも日本名の通称を使っている在日韓国人が多くいることから、彼らに将来「強制された」と言われないか心配だと著者は語る。

さらに著者は「ウリジナル」というモノマネ文化を紹介する。モノマネならまだいいが、韓国は「自分たちこそオリジナル」と主張する。それによると、茶道・華道・歌舞伎・折り紙・神社・寿司・刺身等々あらゆるものが韓国オリジナルらしい。最近、1955年に創設されたテコンドーが空手のルーツだと認められる事件があったが、これは日本人が反論しないからだと著者は警告する。世界の中では、沈黙は美徳ではないのである。

最後に日本の罪として、著者は韓国併合時代にモラルを教えなかったことを挙げる。これは痛烈である。多くの死者を出したセウォル号事件では、法廷限度の積載量を三倍オーバーした上で、船長・船員が避難誘導もせずに自分たちだけ逃げて助かっている。毎年の安全点検で使えない救命ボートが問題なしとされていたことを紹介する。さらに手抜き工事が原因である三豊百貨店崩落事故や聖水大橋崩落事故、スポーツでの不正、法概念の欠如と手厳しい。

読めば読むほど、韓国人の立場からするとこの本が主張するのは「正当な批難」なのかもしれないと思えてくる。日本人からすれば「謝罪殺し」であっても、韓国人からすれば正当な主張なのかもしれない。皮肉たっぷりの内容ではあるが、その部分を冷静に削いでいくと、本当の歴史の姿が見えてくる。慰安婦問題なんかも理解が深まるのではないかと思う。批判テイストは無視するとして、日本の支配は本当はどんなものだったのか、理解に役立つものであることは確かである。

そういう意味で、朝鮮半島支配を学ぶことができるいい本だと言える一冊である・・・




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2017年12月26日

【カント『純粋理性批判』入門 】黒崎 政男 読書日記873

カント『純粋理性批判』入門.jpg
序 章 すべての哲学が失敗した理由
第1章 「純粋理性批判」の建築現場
第2章 「純粋理性批判」見学ツアー
第3章 「純粋理性批判」の動揺

 基本的に哲学好きということもあって、以前からカントやヘーゲルなども読んでみたいと思っていたが、その昔チャレンジしたキルケゴールや浅田彰(『構造と力―記号論を超えて』)が難解すぎて断念した経緯がある。その結果得た結論は、「哲学とは、簡単なことを超難しく説明する学問」という考え。そんな自分に、カントは到底読めない。しかし、『勉強の哲学』で「入門書から始めよ」とあったので、諦める前にもう一度と思い、試してみることにして手にしたのがこの一冊。

 勇んで手にしたものの、結果としてはまたしても玉砕というところである。「入門書ですら難しい」という現実の前に、ただただ呆然と立ち尽くすのみである。
冒頭では、「本当に在る」とは、が語られる。犬笛は人間の耳には聞こえないが、確かに実在している。実在していても人間にはわからず、見る側の都合で世界は変わる。その中で、「本当に在る」とはどういうことか?
こういう議論は哲学的で好きである。

 これに対し、カントの「コペルニクス的展開」と言われる議論が紹介される。すなわち、従来は「モノがまず存在していて、それを人が認識する」という実在論的発想であったというが、カントはこれを「人が認識することによってモノが在る」とする。モノを見るから存在するという観念論的発想であるが、このあたりはなんとなくわかる。カントは主観が世界を成立させるとし、ただし認識の対象は物自体ではなく現象とするが、このあたりでもうすでに怪しくなってくる。ここで「現象」とは一般的な意味ではなく、カントなりの意味付けのある言葉なのであるが、そういう1つ1つが哲学を難しくしていると思う。

 著者は折に触れ、簡単に解説してくれているようなのであるが、それが既に難しい。例えば、カントの基本的立場が次のように説明される。
1. 主観が世界を成立させる
2. その世界は物自体の世界ではなくて現象の世界
3. 現象の認識は客観的だが、物自体に対する認識は主観的なものに過ぎない
言葉1つ1つの意味および表面的な言葉の意味は理解できるが、全体としての真意がわからない。「それはどういうこと?」と問いたくなる。

 カントの『純粋理性批判』は、「西洋哲学二千年の伝統を破壊した衝撃の書」、「哲学史上最大の金字塔」と称されるが、著者の優しい説明でも理解が難しい。「超越論的観念論」「超越論的分析論」「超越論的演繹論」など、「超越論的○○」とはどういうものか。説明をいくら読んでも理解できないもののあはれ・・・
 しかしながらこれで諦めるのも残念な気がする。今度はもう少し噛み砕いている内容の本を読んでみたいと思わされる一冊である・・・



『カント『純粋理性批判』入門』
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【失敗の科学−失敗から学習する組織、学習できない組織−】マシュー・サイド 読書日記872



原題 : Black Box Thinking
第1章 失敗のマネジメント
第2章 人はウソを隠すのではなく信じ込む
第3章 「単純化の罠」から脱出せよ
第4章 難問はまず切り刻め
第5章 「犯人探し」バイアスとの闘い
第6章 究極の成果をもたらすマインドセット
第7章 失敗と人類の進化

「失敗から学ぶ」という言葉は、誰でも知っている。かつて『失敗の本質』という本を読んでいたく感銘を受けたが、身の回りでも「失敗から学ぶ」重要性の例には事欠かない。この本は原題は異なるものの、内容はまさに邦題の表す通り。失敗から学ぶということがいかに難しく、かつやっぱり大事かということがよくわかるものとなっている。

はじめに採り上げられるのはある医療ミスの例。副鼻腔炎の手術を受けた女性が、過敏な麻酔反応が元となって死亡した事例。手術そのものは、「ほとんどリスクはありません」と説明され、家族も本人も安心しきっていたが、麻酔に対する体の過剰反応という形でリスクが表面化する。しかし、適切に処置すれば問題なかったが、担当医師たちは、口からマスクを挿入するという方法に固執し、ベテラン看護師が気管切開の準備をしていたのにそれを無視して自分たちの考えに固執し、結果として患者を死に至らしめてしまう。

これは代表的な一例であるが、失敗に対するスタンスが対照的に異なる医療業界と航空業界とがこのあと比較されていく。ともに失敗は人の死につながる業界であるが、航空業界は事故が起こる都度、原因が究明され対策が共有化されていく。対する医療業界には、「完璧でないことは無能に等しい」という考え方があり、失敗を認めない傾向にある。結果として、アメリカでは医療過誤により「ボーイング747が毎日2機事故を起こしている」に等しい人が死んでいるとする。両者の違いは、「失敗に対する姿勢」だと説く。

また、人間の曖昧な記憶、脳の特徴という点でも様々な失敗につながる。刑事事件の冤罪などは、ミスを隠すのではなく信じ込むことによって起きている例が説明される。「認知的不協和」というキーワードで説明がなされるが、株式投資における「気質効果(=値下がり株を持ち続ける)」などもその例とされる。組織の上層部に行けば行くほど失敗を認めなくなるというのも、その説明でしっくりくる。

結局、「失敗は成功の母」と言われるが如く、「失敗は隠すのではなく活かすべし」という考えが根底に流れている。判断を誤る原因は、データの欠如ではなく講釈の誤りが大きく影響するものであり、メディア等の流す情報をそのまま受け入れるのも危険なこと。失敗を活かすには、小さな改善とフィードバックが大事。成長が遅い人は失敗の理由を「知性」に求めたがり、時に「向き不向き」で判断したがるのもダメだという。何よりも重要なのは失敗に対する考え方に革命を起こすこととする。

失敗は恥ずかしいものではなく、学習の支えになるものというのは、言われてみれば当たり前のこと。だが、日常生活ではとかく失敗を隠したがるのは万人に共通のことだろう。言うは易しではあるが、意識して心掛けたいと思う。著者は最後に「事前検死」について紹介しているが、これは面白いと思う。事前にプロジェクトについて失敗したと仮定し、その原因を皆で上げていくと言うものである。原因が上げ尽くされれば、それは対策となるもので、仕事でも使えそうだと思う。

失敗は、日常生活でも仕事でも様々なところに潜んでいる。それに対してどう考えるか。「失敗の科学」と言う邦題が示す通り、貴重な示唆を示してくれる一冊である・・・



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2017年12月20日

【消えない月】畑野智美 読書日記871



著者のことはこれまでまったく知らなかったが、これまで地道に著作活動をし、それなりに評価されていた方のようである。この小説は、「ストーカーを被害者、加害者両方の視点から描いた小説」という評価を読んで、読んでみたくなったものである。

被害者側の主人公は、マッサージ店に勤務する28歳の河口さくら。長野県の生まれで、もともと地元の信用金庫に就職したものの、ストーカー被害にあって退職し、心機一転マッサージ師の資格を取って東京に出て来たという経歴。今は福々堂というマッサージ店で働いている。力の弱い女性の弱点で贔屓客は少ないが、そんな中で、大手出版社に勤める松原が馴染みの客となっている。28歳の誕生日の日、何気なく松原に誘われたさくらは、松原と食事に行き、そこで告白されて付き合うことになる。

一方の加害者の松原は、エリート記者の父を持つ金持ちの家に生まれ育つ。厳しい祖母のもとで躾けられ、そんな祖母と母は折り合いが悪い。父はすでに亡くなり、父の後を追って記者になろうとした松原は、ことごとく面接で落とされ、やむなく小さな出版社に勤務している。しかしそれは松原が本来望んだ仕事ではなく、ギャンブル系を扱う雑誌の仕事に身が入るはずもなく、仕事はほとんどしていない。さくらに説明した大手出版社勤務という経歴も嘘なのである。そんな2人が付き合ってしまう。

松原の異常性はすぐに表れる。独占欲が強く、女は黙って男に従うものという価値観の中で育てられている。極度のマザコンであり、さくらの料理を母親のそれと比較する。母にも当然さくらのことを微に入り細に入り話す。そして極め付けは、さくらのスマホから男のアドレスをすべて消去してしまったこと。そんな異常性に気づいたさくらは、別れたいと伝えるが、その時には既に寝ているうちに裸の写真も撮られてしまっている。

そうして松原のストーカー行為が始まるが、これが異常。何が異常かというと、さくらが別れたいというのは本心ではないと勝手に思い込む。電話もLineにも応じないのは何かやむを得ない事情があるのだと思い込む。すべてを都合よく解釈し、自分の作り上げた世界に浸る。「ストーカーなんてやる奴の気が知れない」と思っていたが、なるほどそんな心裡なのかと理解できる。

一方、さくらの方も甘さが残る。Lineはブロックせずに置くし、相手が部屋の鍵を返してくれないのなら鍵を変えれば良いのに、それをしない。だから松原もさくらの留守中に部屋に入り込んだりしている。優柔不断な性格も災いしてしまう。相談に行った警察の対応も署によって違っていたりする。現実にどうかはわからないが、さもありなんとも思う。よく新聞紙上を賑わすストーカー事件もこんな感じなのかも知れないと思ってみたりする。

松原の執念と、ストーカーは運も味方するという警察の担当者の説明も、背筋が寒くなる気がする。特にネットワーク化された現代では、逃げ隠れしてもどこから居場所がわかるかわからない。そういう怖さが随所に溢れる。ストーリーも怖いが、いつでも身の回りにあり得るという怖さもある。

ホラーではないものの、背筋が寒くなる内容である。物語の展開は、実にショッキング。
これはなかなかの小説だと唸らされた一冊である・・・



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2017年12月19日

【投資の鉄人】岡本和久/大江英樹/馬渕治好/竹川美奈子 読書日記870



第1章 情報に惑わされない
第2章 相場に惑わされない
第3章 商品に惑わされない
第4章 自分に惑わされない

タイトルにある通り、この本は投資に関する本。資産運用のカギは、「惑わされない」こととする。投資家を惑わす要因は大きく分けて4つあり、それは「情報」「相場」「商品」「自分」であるという。その4つに対し、それぞれに造詣が深い4人の専門家が解説をしているのが本書である。

まず最初の「情報」について語るのは世界経済・市場アナリスト。投資といえば、やはり「情報」は大事な気がするが、「何が良い情報かは自分しかわからない」と最初に語る。なるほど、この人の話は面白そうだと最初に感じる。「ある人にとって有益な情報でも、別な人にとっては害のある悪い情報」ということはあるだろう。「他人任せで何も考えずに楽して儲けたい」という発想が他人に騙される元という指摘はその通りだろう。この章に書かれていることはシンプルで基本的なことであるが、大事なことだと思う。

次は「相場」。
投資収益とは、「そこそこの利益を」、「時間をかけて」、「リスクを取った見返りに与えてもらうもの」という指摘は、その通りである。しかし投資家は3つの原因から失敗する。
1. 株価を追いかけてしまう
2. 短期で儲けようとする
3. 業界構造の理解が足りない
かつて株式投資で手痛い目にあった身には厳しい。
「株価は影。欲望の側から光をあてると実態価値より大きく見え、恐怖の側から光をあてると小さく見える」当たり前だが、含蓄のある言葉である。

第3章は投資信託の話。投資信託の7つの罠の話は肝に銘じたい。
1. 同じタイプの投信ばかりを持っている
2. 分配金だけで商品を選んでいる
3. 新発売の投信が好き
4. テーマ型、流行の投信に目が行ってしまう
5. 手数料をあまり気にしない
6. 投信の規模に無頓着
7. 実はよくわからずに買ってしまったものがある

資産形成にはインデックスファンドが中核になるとする。そのポイントは、
1. 手数料が安いか
2. 継続性は大丈夫か
3. 指数と乖離していないか
投資信託については、過去にも本を読んだことがあるが、基本的にやりたいとは思わないのでなんとなくスルーしたくなる。だが、知っていて損はない。

最後の章は自分との戦い。
1. ナンピン買いで損が膨らむ
2. 人間は本質的に損失回避的
3. 10勝1敗でも儲からない
4. おススメ銘柄を聞いてしまう人は良いカモになる
5. 今回だけは違う
やはり痛い目にあった身には染みる言葉である。

投信についてはここでも解説があり、
1. テーマ型投信は買ってはいけない(一時的なものだから)
2. 信託財産留保額は、解約手数料を解約する人が負担する仕組み
3. 退職金投資デビューはやってはいけない
などは勉強になる。

投資については、良いカモにはなりたくないし、そうすると必然的に勉強の手間を惜しんではいけないと思う。いろいろな本を読み、その努力を続けていきたい。これもそんな自分には良い一冊である・・・




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2017年12月14日

【逆説の日本史23】井沢元彦 読書日記869



第1章 近現代史を歪める人々
第2章 琉球処分と初期日本外交
第3章 廃仏毀釈と宗教の整備

第1巻から足掛け20年以上続いているシリーズであるが、ようやく時代は明治に至る。さてと楽しみにしていたところ、第1章はどうも今までと勝手が違う。ここでは、近年周辺国を巻き込んで大変な問題にさらされている「歴史捏造」についてページが割かれる。一応、「近現代史を考察するための序論」となっていて、著者にとっては流れとして必要なところらしいのであるが、私からすると違和感たっぷりの章となっている。

ここで採り上げられるのは、主として朝日新聞による事実の捏造。かつて日本史の教科書の検定で、「中国への侵略」を「進出」と改変させたと報じられて大問題となり、これによって日中関係が悪化した。しかし、これが事実誤認(私は今になって知った)であり、マスコミ各社は訂正・謝罪したが唯一やらなかったのが朝日新聞。そして読者からこの点について問われた朝日新聞は、著者が「日本新聞史上最低最悪の記事」と称する説明文を掲載する。

朝日新聞には、「世論を自分たちの望む方向に導くことこそ正義」という鼻持ちならないエリート意識があると断罪する著者。その気持ちはよくわかるし、まったくの同感なのであるが、それはくどくどとページを割かねばならないことなのだろうかと思わずにはいられない。朝日新聞のこれまでの「罪状」について一覧できるという利点はあるが、それ以外にはどうにも納得できない章である。この第1章だけで全体の半分に及ぶ。

そして第2章からようやく「正常化」する。ここでは琉球について語られる。薩摩藩の求めに応じて家康は琉球王国への進出を許可する。それまで明の冊封体制下にあった琉球王国は、あっけなく降伏する。琉球のそれまでの貿易など、改めて学べる意義は大きい。そして沖縄が今も本土と異なる独特の文化を持つ理由もわかってくる。そしてここでも大きな意味を持って扱われるのは朱子学。朱子学がいかに「毒酒」であるのかが語られる。

第3章は「廃仏毀釈」。仏教と神道が分立する我が国であるが、実は明治初期に仏教の廃止が行われた。それは欧米列強に負けないための「神道+朱子学」といういわば新宗教が整備されるためだったという。言葉は歴史の授業で知っていたが、その実態についてはよくわからないままであった。こうして採り上げられると改めて新鮮で面白い。

歴史を学校で教えるのは大事なことであるが、縄文時代から始まる授業はたいてい駆け足で、しかも近代史前で終わってしまう。急いで通り過ぎてしまったところをこうして好きな人は後で補うというのも仕方ないが、このシリーズはそれに最適だと改めて思う。特に宗教については、常に時代背景として意識しないといけないのだと思わされる。早く明治史に入って欲しいと思うものの、ここで廃仏毀釈に代表される宗教政策が取り上げられる意味は大きいと思う。

さらにここで採り上げられている朱子学の悪影響については、これまで知ることのなくきてしまっていた。これが著者の主張する通りだとすると、日本人のDNAにもかなり浸透しているように思う。著者がかねがね主張する「歴史の宗教的側面」を意識することはかなり重要ではないかという気がする。
まだまだ続くこのシリーズ、これから本格的に突入する近現代史を楽しみにしたいと思う一冊である・・・




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2017年12月13日

【すべては戦略からはじまる−会社をよくする戦略思考のフレームワーク−】西口貴憲 読書日記868



第1章 会議は踊るいつまでも
第2章 舞先輩の㊙︎作戦
第3章 なぜ、営業のプロが素人に負けたのか
第4章 数字で会社を裸にする
第5章 会社を取り巻く環境をつかむ
第6章 会社はどこに向かうべきか
第7章 新規事業を模索する
第8章 決戦の場はどこだ?
第9章 いざ戦略へ!
第10章 競争に打ち勝つために
第11章 会社はどこから変えていくか
第12章 マーケティング戦略で事業を強化せよ
第13章 事業パートナーの離反を止めよ
第14章 オンラインゲーム事業部の苦闘
第15章 生まれ変わるK&H

経営に関する理論は時として難しかったり、あるいは理屈はわかってもそれをどう実践に生かすかがわからなかったりするものである。その点、物語形式にすると主人公らとともに経営理論とその実践方法の例を学べたりする。『ザ・ゴール ― 企業の究極の目的とは何か』をはじめとしてそういう内容の本はいろいろと出版されているが、この本もそんな一冊。著者も『ザ・ゴール ― 企業の究極の目的とは何か』を意識して書いたらしい。

物語の舞台となるのは、ゲーム製作会社のK&H。ここに親会社のAtoZグループから派遣されて来ているのが主人公の今井慎也。K&Hは創業者が病死した後、経営難に苦しみ、AtoZグループの傘下に入るも業績不振が続いている。本格的な企業再建活動の予備調査役を兼ねて今井は派遣されて来ている。そしてそこに本社から高橋舞がやってくる。今井が大学卒業して3年目で、舞はその3つ上という設定。「若すぎる」という思いはこの際飲み込む。

始めに営業会議で舞はいきなり営業部長と対立する。K&Hの営業会議は営業戦略について話し合うというより、「営業目標を押し付ける」ものになっていると舞は指摘する。そして、反発する営業部長と販売競争をすることになる。細かいストーリーのアラはすべて飲み込むとして、「営業目標の押し付け」=「営業戦略」となっている会社は、特に中小企業なら当たり前のようにある気がする。さらにボーナス連動型で尻を叩いたり、営業=接待という考えも然り。

この勝負に舞はあっさり勝ってしまう。そしてその要因として、マーケティングの4Pの一つである「流通」に目を向けた戦略を舞は披露する。理詰めで考えていく方法は、やっぱり戦略の基本だろうと思うが、こうして物語形式の具体例となるとわかりやすい。そして経営理論もさることながら、会議室が掃除されていなくて汚いところに問題会社の特徴があることなどがさらりと触れられていて、いい感じである。

こうして今井は舞指導の下、様々な経営改善を学んでいく。その中でSWOT分析やPEST分析PPM、5フォース、ビシネススクリーン等々の経営用語や概念が説明され、読む者もわかりやすく理解できる仕組みとなっている。そこは著者の狙い通りなのだろう。ただ、全般的に内容は「初心者向け」といった感じである。一通りわかっている者からすると「今さら」感がある。ストーリーも予定調和的であり、手放しでのめり込めるほどではない。学び始めたばかりの若手ならちょうどいいような気がする。

この手の本は万人ウケというのも難しいだろうから、それは仕方ないだろう。ターゲットを意識するのも出版戦略としては当然だろうからである。本を読むにしても、タイトルで飛びつくのではなく、もう少し事前に調べた方が多少粗筋がわかってしまってもいいのだろうと反省させられる。そういう教訓を与えられたという意味でもこの本は有意義であった。
経営戦略を学び始めたばかりの人なら適していると思う一冊である・・・




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2017年12月10日

【漫画 君たちはどう生きるか】吉野源三郎 読書日記867



1. へんな経験
2. 勇ましき友 前編
3. 勇ましき友 後編
4. ニュートンのリンゴと粉ミルク
5. 貧しき友
6. ナポレオンと4人の少年
7. 雪の日の出来事 前編
8. 雪の日の出来事 後編
9. 石段の思い出
10. 凱旋
11. 春の朝

この本の元ネタは、同名タイトルでなんと80年前に出版されたものだという。それが漫画化され、話題になっているのを小学生の息子が興味を持ったことから買い与えた次第。読み終えた息子が面白かったというので、父親である自分も読んでみようと思ったのである。

登場人物は、1人の中学生とそのおじさん。時に1937年。私の父が生まれた年でもある。少年はおじさんにコペルニクスをもじって「コペル」とあだ名をつけられる。以後、友人たちからも「コペルくん」と呼ばれるようになる。コペルくんとおじさんは、しばしいろいろなことについて議論する。そしておじさんが渡してくれたノートにはその時々にコペルくんのアドバイスとなるようなことが書いてある。

ある日、おじさんに連れられて銀座に行ったコペルくんは、人間はちっぽけな分子のようなものかもしれないと気付く。物質は分子が集まって様々なものを構成する。人間も世の中という大きな流れを作る分子かもしれないと思ってみたりする。なかなか哲学的である。そんなコペルくんにおじさんは「ものの見方」ということを教える。さらにコペルくんは、学校でいじめられている友達のことについておじさんと話をする。どうすればいいのかというコペルくんの問いに、おじさんは「自分で考えるんだ」と教える。

学校でいじめられていた友達がある日学校に来なくなる。家を訪ねたコペルくんは、そこで子守や家業の手伝いをしている友達の姿を目にする。毎日お弁当に入っていた油揚げは、その商品だと知る。そこから気づきを得ていくコペルくん。まだ日本が貧しい時代、そういう風景はあちこちにあったのだろうし、コペルくんのように学びの機会を得る子も多かったのだろう。

さらに上級生たちに睨まれた友人をみんなで守ろうと約束するが、肝心な時、コペルくんは足がすくんで友人を助けることができなかった。そのことで学校を休み、後悔の念に苛まれるコペルくん。ここでもおじさんのノートがコペルくんに気づきをもたらす。こうして、コペルくんの経験を同時体験することで、読む者も気づきを得られることになる。

漫画だから子供でも読みやすいのだろう。おじさんのノートの部分はしっかりと文章で読ませるようになっているが、コペルくんの経験部分は漫画になっている。なるほど、漫画化され話題になるほどだから内容の方も80年という月日を経ても古さがない。時に人には心にしっかりと持たなければならないものがあり、そういうものがこの本には詰まっている。小学生に読んでもらうには、漫画という形式はとてもいいものかもしれない。

小学生の子供ばかりでなく、当選するためには風見鶏よろしくコロコロ主張を変える政治家にもいいかもしれないと思う。漫画だけに読みやすいからなおさらである。そして子供に読ませた後は、大人も読んで子供と感想を語り合えたらいいかもしれない。
そういう意味で、親子で読みたい一冊である・・・



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2017年12月07日

【小さな会社の稼ぐ技術 竹田式ランチェスター経営「弱者の戦略」の徹底活用法】栢野克己 読書日記866



第1章 「頑張る=儲かる」ではない
第2章 弱者の戦略、強者の戦略
第3章 成功する商品の選び方
第4章 成功する地域の選び方
第5章 成功する客層の選び方
第6章 成功するお客の選び方
第7章 成功するファンづくり、顧客対策
第8章 夢の実現

ランチェスター経営については、以前からあちこちで聞きかじっているが、なんとなく「弱者の戦略」と言う程度のことしか知らない。この本は、そのランチェスター経営について実際の中小企業の実例を中心に紹介している本である。著者は、小さな会社や独立起業の事例研究家だそうである。

この本で紹介されるのは、ランチェスター経営(株)の代表者である竹田陽一氏の指導する「竹田式ランチェスター経営」。それを知らない人に届けたいと言う趣旨で書い他のだと言う。その内容は、理論よりも実例中心なのでわかりやすい。最初に紹介されるのは、大阪のお弁当屋さん。すでに中小、それも零細企業に近いと理解できる。

このお弁当屋さんがとった方法は以下の通り。
1. 顧客名簿を作成し、ハガキ作戦
2. 地域を絞る
3. デリバリーでは法人とファミリー層に顧客を絞る
4. チラシの差別化
そのほか、
1. パクリでいいのでとりあえずやってみる
2. 報いを求めない親切
3. 現場はスタッフに任せる。人は誰でも指示されるより任された方がやる気が出る
といった経営方針もある。実例であるだけにわかりやすい。

竹田式ビジネスモデルでは、「経営の8大項目」を以下のように定義している。
1. 商品−弱者は一点集中
2. 地域−自分が小さな1位になれる地域
3. 客層−勝てない層は思い切って捨てる
4. 営業−アナログ・面倒・泥臭いで大手と差別化
5. 顧客−新規顧客をリピーター、ファン、信者に変える
6. 組織−スタッフのモチベーションを高める
7. 資金−資金調達と配分
8. 時間−長時間努力した者が勝つ
当たり前と言えば言えそうであるが、経営の真理はそんなに大きくは変わらないだろうと思う。

弱者の戦略の4大ポイントは以下の通り。
1. 差別化−強い会社と違うことをする
2. 小さな1位−小規模1位、部分1位、何かで1位
3. 一点集中−あれこれやらない
4. 接近戦−エンドユーザーに直接営業
これはかなり参考になる。中小企業に属していると、「どこで勝つか」が大事であるが、そのヒントになる。

こうしたことをいろいろな実例で説明してくれるのでわかりやすい。ただ、著者も注意しているが、「知識があっても実際に行動する人は良くて一割くらい。さらに継続できる人となるとその半分以下」と言う言葉は重みがある。実際の作戦で多く紹介されていたのは、「ハガキ作戦」。実に簡単だが、やるのは難しいだろうと思う。

中小企業にいると、そして経営に近いところにいればなおさら、意識のアンテナを張り巡らせて経営のヒントを求めなければいけない。こういう実例中心の本は実に参考になる。ついつい「我が不動産業界には当てはまらないのでは」と思いたくなるが、それでもヒントにはしたいと思う。経営のヒントを求めている人には良い一冊である・・・


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2017年12月03日

【論理的思考力を鍛える33の思考実験】北村良子 読書日記865



第1章 倫理感を揺さぶる思考実験
第2章 矛盾が絡みつくパラドックス
第3章 数字と現実の不一致を味わう思考実験
第4章 不条理な世の中を生き抜くための思考実験

普段から「考える」ということを重視している私にとって、「論理的思考力」「思考実験」というキーワードは実に魅力的である。そんな魅力的なキーワードのタイトルを見たら、これはもう読むしかないと手にした一冊。中には33の思考実験の例題が掲載されていて、著者は「ビジネスの場でも欠かせない論理的思考力を鍛えるために役に立つ」と語っているが、その通りだと思う。

そんな思考実験であるが、初めに登場するのは「暴走トロッコと作業員」。『これからの「正義」の話をしよう』で採り上げられていた例である。暴走するトロッコの先に、これに気づかずにいる5人の作業員がいる。トロッコが向かう途中には切り替えポイントがあり、これを利用してコースを変えれば5人は助かるが、今度は変えた先に別の作業員1人がいる。5人を救って1人を犠牲にできるかというものである。

さらに同じ5人を救うために1人を犠牲にするケースでも、トロッコの先に太った男を落としてトロッコを止めるという方法はどうかと続く。同じ5人を救うために1人を犠牲にするのでも、切り替えポイントとはちょっと違ってくる。人命が絡むと、なかなか判断は難しい。「臓器くじ」の例も同様の倫理観に関する問いかけである。

一方、「テセウスの船」は気軽に楽しめる。老朽化から部品を交換して当初からすっかりリニューアルしたテセウスの船は、元の船と同じか。交換した古い部品で復元したテセウスの船は「テセウスの船」なのか。有名な「アキレスと亀」やタイムパラドックスが常に問題となる「タイムマシン」は実に気軽に楽しめる。

個人的にどうにもわからなかったのが、「モンティ・ホール問題」である。3つのドア(A,B,C)があって、正解のドアは一つだけ。Aを選んだ時、モンティがCのドアを開けるがこれはハズレ。この時、モンティから「選択を変更できるがどうするか?」と問われる。選択を変えた方がいいか否かという問題。どちらでも同じだと思うし、惑わされたくないと思うから自分だったら選択を変えないと思うが、実は変えたほうが当たる確率は高いという。正直言ってこれは何度考えても理解できない。

本では9通りの実例で説明されていたが、これがどうにも納得できない。
例えばAを選択した場合(選択を変えた方が良い場合)、
1. Aを選択してモンティがBかCを開け、選択を開けなかったBかCに変更したがAが正解⇨✖️
2. Aを選択してモンティがBを開け、選択を開けなかったCに変更してCが正解⇨◯
3. Aを選択してモンティがCを開け、選択を開けなかったBに変更してBが正解⇨◯
の3通りがあって、選択を変更した場合の正解率は2/3だから変更した方が良いとしている。

しかし、よくよく考えて見ると、

1. Aを選択してモンティがBを開け、選択を開けなかったCに変更したがAが正解⇨✖️
2. Aを選択してモンティがCを開け、選択を開けなかったBに変更したがAが正解⇨✖️
3. Aを選択してモンティがBを開け、選択を開けなかったCに変更してCが正解⇨◯
4. Aを選択してモンティがCを開け、選択を開けなかったBに変更してBが正解⇨◯
の4通りがあるのではないかと思えてならない。この場合の正解率はどちらも2/4=1/2だからどちらも変わらないとなる。もちろん、この方が個人的には納得である。

単なる数学的問題に含まれるものもあれば、「囚人のジレンマ」のような心理的なものもある。あれこれと頭をひねって見るのも面白い。何れにせよ、著者が最初に語っているように、ビジネスでもこうした悩ましいシーンは多々あり、程よい思考トレーニングになる。読み物としても面白いし、トレーニングとしても面白い。良い思考実験ができる一冊である・・・

posted by HH at 00:00| Comment(0) | 人生論・哲学・生き方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする