2018年01月30日

【禅と生きる 生活につながる思想と知恵20のレッスン】宇野全智 読書日記883



I
1. 無心とは、空っぽの状態ではない - 禅問答から
2. 道元禅師が伝える「働く」意味 - 仕事と修行
3. 張りすぎず、緩めすぎず - 坐禅と片付け
4. 「目には、見えないものを見る」という思考実験
5. 牛は水を飲んで乳を出し、蛇は水を飲んで毒を出す
6. 自分が生み出す、みずからを傷つける三つの毒
7. 話す言葉がシンプルになるとき - 非難と反省
8. 釈尊はなぜ出家したのか - 人生の四苦八苦
9. 「心頭滅却すれば火もまた涼し」は本当か
10. よい子のマネをした悪い子の話 - 「まねぶ」と「学ぶ」
II
1. 情報と人との常時接続からいったん離れてみる
2. 布施とは貪らざるなり - もらう喜びか、与える喜びか
3. 放てば手に満てり - 達磨と武帝の話
4. 正しい教えを説く師匠に、正しく学ぶために
5. 守るか守れないかは二の次でよい - 戒の意味
6. 悲しみとどう付き合うか - 同悲・同苦の思想
7. とてつもない状況に身を置く人に寄り添う - 僧侶の難問
8. 何を目標に人生を生きれば安らぐのか - 『修証義』から
9. 人は長い人生を歩いて行く - 挫折と「本来の面目」
10. 仏に会っては仏を殺せ - 人間の「強さ」の意味

 禅といえば「禅問答」と瞬間的に思い浮かぶが、もちろんそれだけではない。最近、「思想」的なものに凝っていて、その対象として禅に関する本を読んでみようと、目についたこの本を手にした次第。著者は、曹洞宗総合研究センターの専任研究員だそうである。禅の教えをわかりやすく伝えるための研究をしているらしいから、この本も当然その一環で、「日常生活で考えあぐねてしまうような問題を禅ではどう教えるか」を伝える本だという。

 禅に限らずだが、仏教には「無心」という言葉がある。著者は、それは何も感じない境地ではなく、「聞こえたこと、感じたこと、思い浮かんだことをそのままに流して行くこと」だという。「聞こえないように」と教えるのではなく、「聞こえたなぁ」と流して行くのだそうである。「お腹が空いた」と感じるのはいいが、「どこで食べようか」と発展させてはダメという例えはわかりやすいし、これなら素人でも出来そうだという気になる。

 そして禅といえば「坐禅」。坐禅を組んだ修行は厳しそうだが、坐禅を組む時に格好は必ずしも背筋をピンと伸ばす必要はなく、体が無理なくバランスが取れる姿勢が大切だという。なんだか意外である。このバランスは姿勢だけでなく、理性と感性、規律と欲望、できる・出来ないの間を行ったり来たりするバランスとしても紹介される概念。人にはいい面も悪い面もあり、職場での嫌いな同僚に対し、見ていた(嫌っていた)のは職場での一部の顔だけで、それでは「正しく(その人を)観る」ことが出きないという話は重みがある。

 そのほか、やはり考え方に考えさせられるものが多い。
1. 食べて残飯にする無礼-食べた生命に値する行いや生活ができていたか
2. 不自讃毀他戒-自慢話をし、他人を非難してはならない(他人を非難することは思い上がりの心を生む)
3. 仏教の平等はプラスの平等ではなく、マイナスの平等
4. 「ままならないこと」「苦しいこと」のつながりを断ち切ることが禅の修行の目的
5. 「布施」とは「与える喜び」
6. 禅の「与える」とは、喜べること、奪わないこと、譲ること、貪らないこと、無駄にしないこと
7. 喜捨とは、お金に対する執着をお金と一緒に捨てること

 禅といえば、厳しい戒律を守らなければならないイメージがあって、自分にはとても無理だと思っていたが、実はそうではないのだという。(戒律を)「守れるか守れないかは二の次」で良いのだという。何が正しくて何が間違っているのかという価値観の共有こそが大切という考え方は、新鮮である。

 最後に禅問答で、人生最高の晴れ舞台に上がったが、その身は不治の病に冒されている僧が、その身の不運をなんとすると問われ、「選り好みはしない、全部いただく」と答えた事例は心に残る。建物の免震構造は揺れないようにするのではなく、揺れることで地震の力を逃すことにたとえ、「揺れない心、動じない心を作るのではなく、揺れていることに気づいて感じて丁寧に味わう」としている言葉も印象的。

 禅そのものを解説した本ではないが、禅僧としての考え方がよくわかって興味深い。こんな考え方が徹底できたら、人生も深く味わえるのかもしれないと思う。禅についてはまだまだ興味は尽きない。折に触れていろいろな関連書籍に触れてみたいと思わせてくれた一冊である・・・




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2018年01月24日

【生涯投資家】村上 世彰 読書日記882



はじめに なぜ私は投資家になったのか
第1章 何のための上場か
第2章 投資家と経営者とコーポレート・ガバナンス
第3章 東京スタイルでプロキシーファイトに挑む
第4章 ニッポン放送とフジテレビ
第5章 阪神鉄道大再編計画
第6章 IT企業への投資-ベンチャーの経営者たち
第7章 日本の問題点-投資家の視点から
第8章 日本への提言
第9章 失意からの十年

 著者はかつて村上ファンドを率いて「一世を風靡した」投資家。インサイダー取引で逮捕されて表舞台から消え、最近娘さんが後を継いでいるというニュースを耳にしていたが、そんなところに出版されたのがこの本。読まずにはいられないと手にした一冊。そもそもであるが、どんな人でも自分なりの正義というものを持っている。はたから見ていて悪いイメージしかない人物だっただけに、その正義に余計に興味を持ったところである。

 著者はもともと投資家の父を持ち、小学生から預貯金が趣味であったという。投資家は「3割がDNAで残りが経験」らしいから、そういう意味では3割のDNAには恵まれていたようである。そして小学校5年の時、父が投資している香港の工場を見学し、その労働環境の悪さに父に止めるように言ったという。のちに投資先の工場閉鎖を諌めるエピソードが出てくるが、そうした考え方の発露がこの時すでにある。これは著者の知られざる一面である。

 大学を卒業し、通産官僚として16年を過ごす。その時、日本経済の永続的な成長のためにはコーポレート・ガバナンスが大切であることを実感したという。著者はこのコーポレート・ガバナンスをなんども強調するが、著者が旋風を巻き起こすまで確かに日本の企業にはコーポレート・ガバナンスは存在しなかったのだろう。そして投資家に転じるが、その投資スタイルは、「バリュー投資(保有している資産に対して時価総額が低い企業に投資する)」だそうである。

 上場とは、私企業が「公器になること(英語でGoing Public)」であり、「企業は透明で成長性の高い経営をしなければならない、株主のために利益を上げなければならない」と著者は語るが、それが教科書通りの答えであろう。「買収防衛策を導入するくらいなら非上場化すべき」という考えも正論である。ただ、なんとなくしっくりこないが・・・

 上場効果には「信用の強化」があるが、著者はこれを否定する。「非上場でも信用力のある企業はある」と。だが、それは一面的である。上場企業は一千社以上あり、中には知られていない企業もある。そんな企業にとって「上場している」と言う事実は、それだけで大きな信用補強になる。著者の意見は正論で反論の余地はないが、ところどころにそうしたズレを感じさせるところがある。

 東京スタイルのプロキシーファイトについての考え方も正論だと思うが、どうも素直に同意できない。東京スタイルは、確かに余剰資金を有効活用せず、株主軽視の考え方があったのだろうが、突然株を買ってすぐ「株主だ」と権利を振りかざすやり方は、反論できなくても好きにはなれない。株主軽視の経営陣といい勝負だと感じる。話題となったニッポン放送に対する投資も然り。どんなに正論を振りかざしても「金目当て」に他ならない。ただ当時知られざる内幕が書かれているところは興味深い。

 この時、のちの逮捕に繋がるインサイダー情報を得るが、著者の言う通り、これは如何なものかという感じがする。著者は「最高裁まで審理して国が出した結論だから受け入れる」としているが、この点はちょっと気の毒な気がする。阪神電鉄では、単なる株価釣り上げではなく、様々な経営改善提案をしていたという。この点は意外だったが、これは素直に支持できる。むしろこういう活動なら著者のことを悪く思わなかったと思う。こういう働きこそが、株主の役割かもしれない。

 著者は、株を買って乗り込んでいくと、まず3つの要求を出したと言う。
1. 企業価値を上げるための経営計画の開示
2. できないなら自社株取得による株主還元
3. それも嫌ならMBOによる非上場化
厳しいようだが、上場企業である以上、こういう要求にきちんと答えられないといけないことであろう。

 会社は誰のものかという問いに、著者は「株主のもの」と答える。それに反論はしないが、自分はそう思わない。ただ上場している以上、株主のことは考えるべきで、この点では日本の企業は大いに遅れていると思う。著者のようなモノ言う株主の登場は、日本にとって良かったと思う。株主還元を積極的にやっているアップルやマイクロソフトの例を知ると、その意を強くする。

 著者に対しては、悪いイメージしかなかったが、それにはきちんとした理論の裏付けがあって、信念を持ってやっていたというのがよくわかる。そしてそれが日本の企業にいい意味で刺激を与えたのも事実だったと思う。サラリーマン社長が、順番に社長になり、漫然と経営している企業が多いという指摘もその通りなのだと思う。好き嫌いは別として、著者のような投資家がもっと増えてくると日本経済も活性化されていくのかもしれない。

 いろいろと考えさせてくれるいい本である・・・




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2018年01月22日

【羊と鋼の森】宮下奈都 読書日記881



 なんだか不思議なタイトルの本だというのが、この本の第一印象。小説にとってタイトルは大事なファクターゆえに、そこには作者の意図が含まれている。それがどんなものなのか、いつも興味深いところであるが、こういうタイトルの作品については尚更である。

 主人公はピアノの調律師である外村。外村は高校2年の時、たまたまその場に居合わせたことから、担任の先生に体育館のピアノのところに調律師を案内するように頼まれる。そして調律師による作業を見学していて感じるものがあり、調律師を志す。そう言えば私も中学生の時、映画『ジャスティス』を観て将来弁護士になろうと思った(ならなかったけど・・・)。将来の職業なんてこの年頃では曖昧で、そしてふとしたキッカケから決めてしまったりするものである。

 そうして外村は調律師になるための専門学校へ進み、そして調律師となって地元に戻り、キッカケを作ってくれた調律師板鳥が勤務する江藤楽器に就職する。入社して半年間は店内で業務研修。そしてそれが終わると先輩についてお客さんのところへ出向き、調律作業を学んで行く。調律師というのは、学校を出てすぐに一人前というわけにもいかないのだろう。そんな事情はなんとなく理解できる。

 こうして新米調律師が、先輩たちに教えられ、そして取引先との交流を通じて成長して行く。先輩もいろいろな人がいて、キッカケを作ってくれた板鳥は、外国のピアニストからご指名が入るほどの腕前。そして最初についた先輩が柳。柳と共に通う家の双子の姉妹由仁と和音とが印象的な客として登場する。

 読み進むうちに、「羊と鋼の森」という不思議なタイトルは、ピアノのことだとわかってくる。実は、ピアノは羊の毛を使って作ったフェルトのハンマーが、鋼の弦を叩いて音を出している。ピアノの蓋を上げればそこには無数の弦が貼られており、まさに「森」である。そんな様子をタイトルに込めているのである。

 調律師と聞くと、ついつい『地頭力を鍛える 問題解決に活かす「フェルミ推定」』『数学×思考=ざっくりと』などで紹介されていた「シカゴにはピアノの調律師が何人いるか」という設問を思い出す程度の認識しかないが、職業としてはメジャーではない。そんなメジャーではない職業に就く人物を主人公にするのはなんとなく静かなブームであるような気もする。ちょっと振り返っても『舟を編む』の辞書編纂者や、『おくりびと』の納棺夫などである。

 主人公が、周りの人との交流を通して成長して行く。そして調律師とはどんな職業なのか、その仕事の魅力はどんなところにあるのかが描かれて行く。何事もそうであるが、普段はうかがい知れない世界の仕事というのも興味深いものである。そしてその世界の奥深さも。基本的に音楽は昔から苦手で、五線譜も楽器も自分には向かないものだと避けて生きてきた。そんなだからよけい「知らない世界」なのである。

 ストーリー自体は、静かなストーリー。大きな事件も波乱もなく、静かに進んで行く。寡黙で真面目な主人公の成長を静かに見守る物語である・・・




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2018年01月20日

【望みは何と訊かれたら】小池真理子 読書日記880



 小池真理子の小説は定期的に読みたくなる。そう思っていたところで、少し前のものを探して手にしたのがこの作品。
 主人公は、小池真理子の作品の多くがそうであるように五十代の女性である槇村沙織。その沙織がある男のことを思い起こすところから物語は始まる。男の名は秋津吾郎。一体何者なのだろうか、そして一体過去に何があったのだろうかという疑問とともに物語を読み進めることになる。

 夫とともに仕事でパリに来ていた沙織は、1人時間が余ったこともあり、ふと思い立ってギュスターヴ・モロー美術館に足を向けることにする。そこに特別な意味はない。そして館内をブラブラと見学していると、何と偶然にもそこで秋津五郎と再会する。しかし、冒頭の回想とは異なり、沙織は再会を懐かしむどころか逃げるようにしてその場を離れる。しかし、もらった名刺はしっかり手にしている・・・

 そして物語は、沙織の学生時代へと飛ぶ。時に1970年代。仙台から東京の大学に進学した沙織は下宿している。時代は学生運動華やかなりし時。「全共闘」「セクト」「ベ平連」「安保闘争」などの単語が飛び交う。個人的にこの時代、私はまだ小学生。ニュースでいろいろ見聞きしていたし、浅間山荘事件も記憶にあるが、当時の大学生など遥か年上の人たちであり、深い意味など理解していなかった。近くで嗅いでいた時代の臭いが懐かしい気もする。

 沙織は、はじめこそ普通の女子大生で何ら思想的なものはなく、普通に恋人ができ、青春を謳歌し始める。住んでいた下宿は古い木造の二階建て。四畳半一間で押入れとガスコンロのついた小さな流しがあるだけの部屋。トイレは共同。電話は共用廊下に設置された赤電話だけ。電話が鳴れば近くの部屋の者がとって、呼ぶと言うスタイル。今こんなアパートがあっても若い人は見向きもしないだろう。
「携帯電話どころか、部屋に電話がなかった時代でも、わたしたちは今と何ひとつ変わらずに連絡を取り合い、恋や友情を育んでいくことができた」と言う描写が何とも言えない。

 そして、沙織はやがて大場修造という男を紹介される。大場は「革命インター解放戦線」というセクトを率いている。当時はそんなセクトがあふれていたのか、沙織は何の警戒心も抱かずにその集まりに参加する。初めは文学の話などばかりしているその勉強会に沙織の警戒心も働かなかったのか、やがて大場に興味を持ち、その活動に深く関わっていくことになる。その後の革命インター解放戦線は、『実録連合赤軍あさま山荘への道程』で観た連合赤軍の動きと重なる。

 やがて過激な行動に出た革命インター解放戦線から命からがら逃げ出した沙織が出会ったのが秋津吾郎。冒頭で予告されながら、その出会いに到るまでだいぶ引っ張られる。そして始まる不思議な生活。小池真理子と言えば、何と言っても魅力的な文章表現が其処彼処に迸るが、この本では少しストーリーに比重が移っている感がある。次々と展開していくストーリーに、文章を堪能している余裕がなかっただけかもしれないが、そんなことを感じたさせられる。

 主人公は小池真理子とほぼ同世代。自身を重ねているところもあったのだろうかという気もする。主人公はともかく、時代背景は間違いなくリアルタイムで過していた自分の時代だろう。そんな背景をも味わいながら、いつものように堪能した小池真理子の世界である・・・


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2018年01月19日

【スタンフォード式最高の睡眠】西野 精治 読書日記879



プロローグ 「ぐっすり」を追求した究極のスタンフォード・メソッド
第0章 「よく寝る」だけでパフォーマンスは上がらない
第1章 なぜ人は「人生の3分の1」も眠るのか
第2章 夜に秘められた「黄金の90分」の法則
第3章 スタンフォード式最高の睡眠法
第4章 超究極!熟眠をもたらすスタンフォード式覚醒戦略
第5章 「眠気」を制する者が人生を制す
エピローグ 睡眠研究の最前線「スタンフォード」で見つけたこと

 いつ頃からだろうか、平日の睡眠時間4時間半、休日6時間という生活を続けている。それは睡眠の90分サイクル説に基づいてのものだが、5時間より4時間半の方が確かにスッキリすることもあって今の形に落ち着いている。しかし、本音を言えばもっと寝たい。そんな睡眠に対する飢餓感があって、この本に手が伸びた次第。著者はスタンフォード大学睡眠生体リズム研究所所長である。ちなみに、同所は世界一の睡眠研究所だそうである。

 レム睡眠とノンレム睡眠の90分サイクルは間違っていないが、睡眠は量より質だと言う。そして睡眠と覚醒は実はセットであるとする。90分サイクルも大事なのは「最初の90分」。ここでしっかり眠れば最高の睡眠がとれるのだそうである。睡眠時間が足りないと、深刻なマイナス要因が積み重なっていくと言う。著者はそれを「睡眠負債」と呼ぶが、何と日本は世界一睡眠偏差値が低いのだとか。残念ながら私もそれに「貢献」してしまっている。

 この睡眠負債は様々な悪影響をもたらす。
1. 日中のマイクロスリープ(一瞬眠りに陥る)
2. 寿命を縮める
3. 女性はどんどん太る
4. 肥満・糖尿病・高血圧などの生活習慣病に直結
個人的に「2」はちょっと恐ろしい。

 だからと言って、週末の寝溜めでは睡眠負債は解消できない。大事なのは、最初のノンレム睡眠をいかに深くするか。寝る時間がないなら「最初の90分」の質を下げないことが大切だと言う。大量のアルコールも睡眠の質を下げるからダメで、むしろ度数は高くても少量であれば深く眠れて良いとする。仕事があって寝ていられないと言うなら、まず黄金の90分をしっかり寝て、最初のレム睡眠のタイミングで起きてやればいいのだそうである。(そんなにやらないのが一番だと思うが・・・)

 睡眠に課せられたミッションとは、
1. 脳と体に休息を与える
2. 記憶を整理して定着させる
3. ホルモンバランスを調整する
4. 免疫力を上げて病気を遠ざける
5. 脳の老廃物を取る
ことであるとする。

 そのほか睡眠と覚醒について良いことは覚えておきたい。
1. 就寝時間と起床時間を固定する
2. 入浴は就寝90分前が良い
3. そば殻まくらは頭を冷やすから良い
4. ブルーライトの悪影響がある寝る前のスマホはダメ
5. 朝の光はメラトニンの分泌につながって良い
6. 起きたら冷たい水で手を洗う(手からの放射熱を下げる)
7. 朝風呂はその後の体温低下につながるから良くない
8. 咀嚼力が良い影響をもたらすので朝食は取るべし

 考えてみれば当然だが、睡眠は奥が深い。世界一といってもまだ夢の問題等解明できていないものがあるそうである。今はショートスリープに甘んじているが、本当ならもっと寝たい。でも今はできない以上、少しでも睡眠の質を上げたい。そんな自分に良い教えをもたらせてくれたありがたい一冊である・・・



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2018年01月16日

【人生の勝算】前田 裕二 読書日記878



第1章 人は絆にお金を払う
第2章 SHOWROOMが作る新しいエンターテイメントのかたち
第3章 外資系投資銀行でも、求められたのは「思いやり」
第4章 ニューヨーク奮闘記
第5章 SHOWROOM起業
第6章 SHOWROOMの未来

 よく刑事裁判で、被告人の弁護人が被告人の不遇な家庭環境を減刑要因として主張することがある。被告人が人の道に外れたのは、不幸な家庭環境が一因となっていて、それに対して同情してほしいという理屈である。しかし、そんなのは言い訳にしか過ぎないと個人的には思う。不幸な環境に育ったとしても、健全に社会に出て行く人は五万といる。そんなことがこの本を読み始めてすぐに脳裏を過った。著者は、SHOWROOMと言うネットサービス事業を創業した若者で、わずか8歳にして両親と死別するという家庭環境で育っている。

 兄と2人残され、著者は小学生の頃からお金を稼ごうと、ストリートミュージシャンをやったという。これだけでも凄いが、著者の目的は自己満足ではなく、お金を稼ぐこと。初めはオリジナル曲(これも凄い)をやっていたが、道ゆく人が立ち止まってくれない。そこでいろいろと考え、誰もが知っている曲を演奏することにしたという。普通、アーティストは「歌いたい曲」を歌うものだろうが、著者は「道ゆく人が聞きたい曲」をやるという、すでに小学生にしてマーケティングを取り入れている。

 そしてテレサ・テンの「つぐない」なんかも歌ったらしい。さらに時間差リクエストと称し、リクエストを受けてそれが知らない曲の場合、1週間練習して応えるというもの。1万円のおひねりをもらえたというのも当然かもしれない。なんでもそうだが、成功の要因は「熱意」と「創意工夫」だと思っているが、著者は小学生の頃からこれが溢れている。そしてこの時の経験が、SHOWROOM創業のヒントとなる。

 こういう小学生だから、社会に出て外資系の投資銀行に入る時も、そして入ってからも凄い。就活面接の徹底研究、自己分析ノートを30冊作り、集団面接の練習も先輩の指導を受けて練習する。そりゃこんだけやったら全勝だろうと思ってしまう。今の学生はここまでやってから「就職先がない」と泣くべきだろう。当然、就職してからも凄い。

・優秀な先輩の真似をする
・ゲーム(仕事)のルールを理解する
・コミュニケーションとはさらけ出すこと
・営業で勝つにはニーズの見極めがすべて
・ハードスキルより人あたりのセンス
成功要因は、決して知識ではないということだろう。

 仕事の成否は何よりもモチベーションで決まると著者は語る。いろいろと表現は異なるが、要は「情熱」である。著者も「パッション」という言葉を使っている。これがないといくら資格を取ってもダメだろう。うまく行っている先輩がバカになって場を盛り上げていて、それが秘訣だと教えられると素直に真似をする。自分にはとても真似できない。この仕事に対する、というか人生に対する情熱が凄まじい。

 著者の溢れるばかりの情熱が語られる。惜しむらくは、中学から大学卒業までのエピソードが抜けていること。著者のことゆえ、さぞかし感心させられるエピソードがあっただろうと思う。いつかまた本を書いて語ってもらいたい。
 自分よりはるかに若い人が、こんなにも人生に情熱をぶつけて生きていることを知ると、ちょっとショックである。自分はどうだろうかと反省させられる。少しは自分ももっと情熱的に人生を生きてみたいと思わされる一冊である・・・




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2018年01月12日

【人類は絶滅を逃れられるのか −知の最前線が解き明かす「明日の世界」−】スティーブン・ピンカー/マルコム・グラッドウェル/マット・リドレー 読書日記877



原題 : DO HUMANKIND'S BESTDAYS LIE AHEAD? THE MUNK DEBATES
第1章 人類の歴史から導かれる明日の世界-4つのシナリオ
第2章 人類は絶滅を逃れられるのか-世界の未来を占う論戦
第3章 悲観主義にならないための未来予測

まったく知る由もなかったのであるが、実はカナダでは「ムンクディベート」という名称で半年に一度、世界が直面している重要な公共政策課題についてディベートが行われているそうである。そしてこの本は2015年11月に行われたディベートの翻訳版ということである。ディベートには4人の識者が参加しており、それぞれ2対2で議論している。そして議論は、聴衆の反応によって勝ち負けを決めているとのこと。

この議論のタイトルは、本のタイトルの通り。
否定派は、
1. ある問題を解決する進歩は、新たな問題を生み出す
2. 人間の本質は100年経っても変わらない。人間の欲望には際限がない。
3. 人間の暗い側面を真正面から見据える能力こそが問題を乗り越える活力や能力を与えてくれる
などと主張する。

一方、肯定派は、
1. 貧困・飢餓・疫病のリスクを人類は乗り越えてきた
2. 現代の進歩はグローバルに起きている
3. 極貧人口は今や世界の10%に減ってきている
4. マラリアによる死亡率は過去10年で60%減っている
5. 寿命は伸び、病気にかかることは減り、より金持ちになり、民主主義国に住む人の割合は増えている
などと主張する。楽観主義の自分としては最初から肯定派である。

こうしたディベートは、日本ではあまり接する機会がない(そういうメディアを選択していないだけかもしれない)ので、珍しく思う。反対派の意見も尤もだと思えるものもある。
「GDPが増えても貧困は撲滅できない」、「核弾頭が20%に減ってもリスクは変わらない」などはその典型である。ただ、やっぱり肯定派の意見の方が心地よく響く。
「昔より悪くなっているとされる問題は、いずれも豊かさに起因する問題」
「改善は少しずつ起こるからニュースにならない(目立たない)が、事件はすぐにニュースになる」

かつて日本でも平安時代に末法思想というものが流行ったが、終末論を語りたがるというのは人類の特徴なのかもしれないという意見はその通りだと思う。楽観論のポイントは、「世界は完全ではない」というところだとするが、それもその通りだと思う。この議論では反対派の意見にはどうも与することができない。それは自分が楽観主義ということもあるが、反対派の主張内容にも脆さが目立ったこともある。

結論はともかく、こういうディベートは面白い。議論系が好きな人は楽しめるのではないかと思う一冊である・・・



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2018年01月11日

【日本電産永守重信社長からのファクス42枚】川勝宣昭 読書日記876



第1章 会社を変えよ!それがスタートだ
第2章 “スピード”こそ最大の武器
第3章 徹底する会社は、気持ちが良いものだ
第4章 困難から逃げるな、逃げると解決策も逃げていく
第5章 営業を機関車にせよ
第6章 ダントツのコストダウン
第7章 リーダーで会社は9割が決まる

 著者はもともと日産自動車で働き、その後日本電産に移って永守重信社長の下、買収会社で企業再建の手腕を奮い、今は独立してコンサルタントをやっているという経歴の方。タイトルにある通り、日本電産で企業再建に携わっていた時、永守社長から毎日のように送られてきたというファックスの言葉を紹介しながら、企業再建について語ったのが本書である。

「1番以外は皆ビリや」と言う言葉は、これまでにも聞いたことがある。しかしその意味をマラソンに例えたのがわかりやすい。2番走者はトップ走者の背中を見て戦略を考えられるが、トップに立てば自分が基準となるので本当の経営ができると言うのである。
「能力差5倍、意識の差100倍」は、『人を動かす人になれ!』にもあったが、「意識」は特に重点が置かれている。

優れた企業を作るための3条件は、「リーダーシップ」「意識改革」「経営手法」だとする。
「自分の自慢話をしろ、自慢話の飛び交うような会議にしろ」と言う例えはわかりやすい。
「当たり前のことを当たり前にやれる会社にせよ」
「時間(スピード)で勝負しろ」
「すぐやる、必ずやる、できるまでやる」
いずれもシンプルな言葉で本質を表している。

日本電産といえば、買収した赤字会社を短期間で黒字化することで有名であるが、企業の変革にあたり経営者が心掛けるべきことも実にシンプル。
・明日から伝票を見よ
・困難は解決策を連れてやってくる
・2割の社員の支持があれば改革は成功する
・会社を変えたかったら、自分に一番近いところから変えよ
どれも今の仕事に行かせそうな言葉である。

総じて、企業の再建は特殊なものではないのかもしれない。どれもこれもシンプルで当たり前のことのように思えるからである。ただし、「言うは易し」のところはあるだろう。企業再建などと言う大胆なことをやる立場にはなくとも、会社をより発展させるために何をしようかと考えたら、随分とヒントになりそうなことが書かれている。そう言う目で見てみれば、多くの示唆に富んでいる。

企業の再建とまでは行かなくとも、日々の仕事のヒントにしたい一冊である・・・




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2018年01月05日

【無私の日本人】磯田道史 読書日記875



穀田屋十三郎
中根東里
大田垣蓮月

この本を読もうと思ったきっかけは、映画『殿、利息でござる!』を観たからに他ならない。映画は内容に似合わないコメディタッチだったが、感動的な実話をベースにしているものであり、原作本もきちんと読んでみたいと思ったのである。

その原作たる本作であるが、実は採り上げられているのは『殿、利息でござる!』の中心人物穀田屋十三郎の他にも2名いる。全部で三人の「無私の日本人」が採り上げられているが、中でもページ数が一番割かれているのが穀田屋十三郎である。

仙台城下、奥州街道沿いの宿場町吉岡宿。ここは藩から課される伝馬役という苦役に苦しんでいた。その背景事情として、実は吉岡宿は伊達家の直轄領ではなく、家臣の但木家の拝領地だったという。そのため、直轄領なら得られた殿様からの支援金が得られなくて苦役に苦しんでいたという。映画では描かれなかった事情だが、そういう詳細なところは本ならではだろうと思う。

そこで穀田屋十三郎が菅原屋篤平治の知恵を借りて、藩にお金を貸してその利息でもって苦役の負担を減らそうと考えるに至る。時に1766年3月5日の夜であったと『国恩記』に記されている。貸すと言っても実は運用は大文字屋という蔵元に預ける計画であり、またこの時代はお上の許しなく3人以上が密かに集まってご政道について語れば「徒党」として処罰されたなど、映画には出てこないディテールも興味深い。

しかし、人々のためにという熱い思いは人を動かす。大肝煎をはじめとして、計画を打ち明けられた人々はその熱い想いに触れ行動に移していく。ストーリーは映画で知っていたが、本は本でディテールも加わって面白い。官僚化した武士の世界の事情なども相まって、これはこれの面白さがある。「観てから読むべきか、読んでから見るべきか」という問題は、これに限れば「観てから読むべし」であろう。

一方、他の中根東里と大田垣蓮月はまったく知らない人物。中根東里は儒者であり、「詩文においては中根にかなうものはおらぬ」と言われた人物だったようである。また、大田垣蓮月は絶世の美人といわれた尼僧であり、和歌などの文学に才能があった人物のようである。それぞれ歴史に埋もれた感のある人物の人となりとその人生を紹介しているが、はっきり言ってその内容は地味である。悪くはないが面白くもない。

著者はもともと歴史学者で、「古文書を読むのが好き」という方だとか。古い古文書を読んでは、埋もれた話を紹介しているようである。そこから『武士の家計簿』『殿、利息でござる!』が生まれた訳であるが、面白いパターンだと思う。

これはこれで読むのもいいが、「穀田屋十三郎」の項だけでも映画とセットで読むと面白さ倍増であると思う。そんなセットで手にしたい一冊である・・・


posted by HH at 21:34| Comment(0) | 日本/日本人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする