2018年03月02日

【チェルノブイリの祈り 未来の物語】スベトラーナ・アレクシエービッチ 読書日記897



第1章 死者たちの大地
第2章 万物の霊長
第3章 悲しみを乗り越えて

 「チェルノブイリ」と言えば、1986年4月26日に発生した史上最悪と言われる原発事故の代名詞である。今でこそだいぶ実態はわかってきているが、当時は旧ソ連の鉄のカーテンの向こう側の出来事ということで良くわからなかった記憶が残っている。今でこそ、福島の事故を経験しただけにその恐ろしさも実感としてわかるが、そんな大事故の関係者の声を集めたドキュメンタリーが本書である。

 冒頭から、亡くなった消防士の妻の証言が出てくるが、この内容は実に衝撃的である。消防士の夫は、原発での火災発生を受けて消火活動に出かけていく。しかし、何も警告を受けておらず、通常の家事と同様、家を出る時はシャツ一枚という出で立ち。火災発生は午前1時過ぎ。そして7時に夫が病院にいると連絡を受けて、妻は病院へと向かう。しかし、その時点で消防士の夫は全身が腫れ上がり、むくんで目はほとんどなかったと言う。強烈な放射線をもろに浴びた結果である。

 致死量が400レントゲンであるところ、この消防士は1,600レントゲンを浴びたと言う。病院に運び込まれてもほんの慰め程度の治療しかできない。身体中がひどい状況になってついに息絶える。その間、体から発する放射線を警戒して、妻も近づくのを禁止されるが、妻はそれを振り切って看病する。そして亡くなった後は、亜鉛の棺に入れられハンダ付けをし、上にコンクリート板が載せられたという。

 当時は消火に当たった人もほとんどきちんとした説明を受けていなかったようで、それも恐ろしい。報告を受けた地方幹部が、自らの責任に及ぶことを恐れて中央にきちんと報告をしなかったというのも対応が遅れる原因だったようである。証言は、被災地から避難せざるを得なかった人たちや、避難指示を無視して住み続ける老婆の証言などにも及ぶ。このあたりは比較的冷静に読んでいられる。それにしても、住人が避難して空き家になった家が略奪に遭う話には気が滅入る気がする。

 兵士たちは、命令されれば行かねばならない。事故の処理にはロボットも使われたらしいが、(おそらく強力な放射線の影響で)日本製でも5分でストップしたらしい。故障しないロボットはロシア製(=人間)という自虐的な説明が恐ろしい。兵士たちは、車や報奨金をもらって喜んで危険な仕事に従事する。兵士の1人が、被っていた帽子を2歳の子供が喜ぶのであげたところ、のちにその子が脳腫瘍の診断を下される。絶句、である。

 避難して行った人たちも、避難先で差別に遭う。皆放射能を恐れたのだと思うが、避難して妹の家に行ったところ、中に入れてもらえず子供と2人で野宿したという話もある。自分の家にも子供がいればわからなくもないが、やりきれない。放射能の恐ろしいところは、匂いもなく目にも見えないところだろう。だから人々にも危機感がない。ガイガーカウンターのみがそれを知らせてくれる。そしてその針が振り切れたという話が随所に出てくる。

 原発はそうした人力の作業の結果、石棺で封印されて現在に至る。しかし、まだ恐ろしいのは、その石棺の中では衰えることなく放射能が発せられ続けていること。石棺が老朽化すれば、また同じ悪夢が蘇る。石棺には隙間があり、隙間と亀裂の総面積は200平方メートル以上だという。その隙間から放射性アエロゾルが吹き出ているらしい。そんな事実にただ愕然とするだけである。

 日本の福島はここまでひどくはないが、それが人類の進歩なのかどうかはわからない。ただ、読んでいろいろな人の生の声を聞いて考えてみるのもいいことだと思う。それは決して過去の話ではなく、まだ未解決の現在の問題でもあるからである。
 やっぱり原発は何があっても廃止すべきだと、改めて思わされる一冊である・・・



posted by HH at 00:00| Comment(0) | ドキュメント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする