2018年04月30日

【江副浩正】馬場 マコト/土屋 洋 読書日記914



序 章 稀代の起業家
第1章 東京駅東北新幹線ホーム
第2章 浩正少年
第3章 東京大学新聞
第4章 「企業への招待」
第5章 素手でのし上がった男
第6章 わが師ドラッカー
第7章 西新橋ビル
第8章 リクルートスカラシップ
第9章 安比高原
第10章 「住宅情報」
第11章 店頭登録
第12章 江副二号
第13章 疑惑報道
第14章 東京特捜部
第15章 盟友・亀倉雄策
第16章 リクルートイズム
第17章 裁判闘争
第18章 スペースデザイン
第19章 ラ・ヴォーチェ
第20章 終戦
第21章 遺産

 もともと経営者の自伝は好きなのであるが、それはその人物に興味があればなおさらであるのは言うまでもない。だからこそ、『スティーブ・ジョブズ』に飛びついたのであり、日本人であればこの人についても同様なのである。リクルートの創業者である江副浩正のことは知らないことはないが、かと言ってどこまで知っているかというと、それは大変心もとない。そんな自分にとって、この本は見た瞬間に読みたいと思った本である。

 神戸に生まれ、東大に進む。東大受験は英語ではなく、当時珍しかったドイツ語。高校では受かるわけがないと思われていたらしいが、ドイツ語の選択が良かったらしい。もともと家は裕福ではなく、高校時代は豊かな家庭の子女が通う私立に進学し肩身の狭い思いをする。そんな身分だから大学に入ってもバイトは不可欠。そんな江副の目に東京大学学生新聞会のアルバイト募集が止まったのは、桁外れの高給募集だったから。そしてこれが後々に大きく物を言うのだから、人生わからないものである。

 仕事内容は営業。広告を取ってくるのがその仕事。ここで「新聞は下から読め」と言われ、それを実践。そして記事と広告の一体化を思いつき、合格者名簿の記事と一体化させる広告として予備校へ営業に行く。これが受けてそれまで苦戦していた広告が面白いように取れる。それを皮切りに、同じような一体化広告を次々に仕掛け、東大新聞は部数を伸ばし、歩合給の江副の給料も増えて行く。

 しかしそれが高じ過ぎて就職せずにそのまま大学新聞の仕事を続けようと決意する。そうして1人起業する。東大卒でなんたる冒険だろうと思う。こんな真似のできる人はそう多くはない。そして掘建小屋(のような事務所)を借りて、人を雇い孤軍奮闘が始まる。面白いもので、1つがうまく行くとそれが次の仕事を生む。友人からの情報もあり、やがて「広告だけの本」と言う概念にたどり着く。聞いた友人は無茶だと言うが、江副は理屈に基づいた勝算をもとに邁進する。

 やがて最初の商品である「企業への招待」が出来上がる。そこから「日本株式会社の人事部」と言う概念を立て、さらにそこから派生してついに「情報産業」と言うコンセプトにたどり着く。まさに道なき道を切り拓くがごときで、読み物としても面白い。資金調達では苦労したりもしたようであるが、いろいろな人の力を得て、企業情報から住宅情報、進学、転職と幅を広げて行く。今日のリクルートができて行く過程は実に興味深い。

 そして父親の影響による株式投資の話や、何と言っても関心の高い「リクルート事件」についても語られる。実はリクルート事件については、「悪質な贈収賄事件」と言うイメージであったが、この本によれば実は上場に当たって株主を200人にしなければならないと言うルールがあり、そのために江副はお世話になった人に株を渡して株主になってもらったのだと言う。ただ、そこに政治家が含まれていたことから、要らぬ疑いを招いてしまったらしい。だとすると、これで江副はリクルートを離れざるを得なくなったわけであり、大きな損失だったと言えるのかもしれない。

 著者は2人ともリクルート出身で、江副の薫陶を受けたのだとか。この本は恩返しの意味もあるらしい。著者は江副の功績として2つ挙げている。
1. 情報誌を創り出したこと
2. 成長する企業の思想と仕組みを創ったこと
いずれも大きな功績だと思うが、個人的には「2」の功績の方が特筆すべきものだと思う。公務員思考、安定思考とはかけ離れたこの思想は、今の日本に非常に求められているものだと思う。

 江副浩正という人物について、遅まきながら知ることなったが、それは実に有意義である。自分自身も意識したいと思わされる部分が多々ある。世に数多く飛び出しているリクルート出身者に自分も負けないようにしたいと改めて思わされる。
「自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ」
実にいい言葉である。ビジネスマンなら是非とも一読したい一冊である・・・



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2018年04月25日

【荒くれ漁師をたばねる力 ド素人だった24歳の専業主婦が業界に革命を起こした話】坪内知佳 読書日記913



第1章 「社長になってくれ」と頼まれて
第2章 荒くれ者たちとの戦い
第3章 漁師たちの反乱
第4章 心をたばねる
第5章 強く、熱い風になる
第6章 命を輝かせて働くということ

 著者は萩大島船団丸という3船団からなる漁業団体の代表。漁師と言えば男の、しかも「紳士的」とは程遠い男の仕事であり、その船団の代表を女性でありながら務めるというのは、それだけでも話題性が十分。しかも、大学中退のシングルマザーという経歴はそれに拍車をかける。そんな著者の船団代表になってからの奮闘記である。

 著者と船団代表の長岡との出会いは偶然。シングルマザーで必死に仕事を探し、こなしていた著者とある宴会場で知り合う。「なんかあったら声かける」とその場は別れるも、その後漁師たちの未来を考える仕事を手伝ってくれと頼まれる。報酬は船長3人がそれぞれ出しあった月3万円。実は、船団は近年漁獲量の減少に悩まされており、将来に対して極めて強い不安を抱いていたのである。

 著者はそのあと知った農林水産省の「六次化産業・地産地消法」に基づく認定事業に応募することにする。よそ者の立場でありながら、著者は漁師の世界にどんどん入っていき、情報をリサーチしていく。漁師の世界は排他的と言われるが、それはあくまで同業者に対するもので、よそ者が自分たちに興味を持ってくれるのは大好きなのだと知る。こうして、著者の中に「島の豊かな暮らしと美しい刺し盛り文化を50年後も守りたい」というビジョンが生まれる。

 そうしてなんとか認定事業者となるも、事業を進めていこうとする前に次々と壁が立ちはだかる。まずは漁協との対立。これは農業分野の農協と同じで、やっぱり新しい事業、自由な事業の壁となる。漁師も船の燃油や魚を詰める箱や氷や融資などあらゆる点で漁協を無視できない。これを著者は対立ではなく交渉を粘り強く続け、妥協点を見出していく。

 そして何より各所で説明されるのは、著者と漁師との対立。「小娘のくせに」「よそ者のくせに」という思いは漁師たちにもある。ここで著者も怯まないところがなかなかだと思う。時にはジャージに着替えて作業を手伝い、子供を24時間保育に預けて遠く大阪まで営業に出向く。目的が全体の利益であり、必死になって頑張っている人間をそう邪険にはできない。対立しても結局元の鞘に収まるのは、そこなのだろう。
 
 著者は若いながらも芯がしっかりしていると感じる。6次産業化の事業(魚を取りそれを料亭などの消費者に直送する)も手探りでのスタート。問題は次々に起こる。漁師にできるのは魚を取ることだけ。仲間が抜けて行ったり、クレームが来たりとするが、戸惑う漁師を束ねていくにはリーダーが不動の姿勢を見せないといけない。それを著者が実践していく。「私がなんとかする」というスタンスが皆の信頼を勝ち得ていく。

 著者には逃げ道がなかったのも事実だろう。子供もいるし、働かないといけないし。だから「辞める」という選択肢がなかったこともあるが、それでも「やり抜くスタンス」が何よりも大事だと改めて思う。そしてやはり「覚悟」だろう。それがあるから、次々に生じる困難にもめげることがない。よそ者としての視点を持ち、覚悟を持てば、「小娘」でも荒くれ者をたばねることができる。24歳の専業主婦にできたのだから、大抵の人にもできるはず。転職する人など新しい環境に飛び込む人には参考になるところが多いと思う。

 荒海に飛び込む勇気が得られる一冊である・・・




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2018年04月24日

【サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福】ユヴァル・ノア・ハラリ 読書日記912



原題: Sapiens A Brief History of Humankind
第1部 認知革命
 第1章 唯一生き延びた人類種
 第2章 虚構が協力を可能にした
 第3章 狩猟採集民の豊かな暮らし
 第4章 史上最も危険な種
第2部 農業革命
 第5章 農耕がもたらした繁栄と悲劇
 第6章 神話による社会の拡大
 第7章 書記体系の発明
 第8章 想像上のヒエラルキーと差別
第3部 人類の統一
 第9章 統一へ向かう社会
 第10章 最強の征服者、貨幣
 第11章 グローバル化を進める帝国のビジョン
 第12章 宗教という超人間的秩序
 第13章 歴史の必然と謎めいた選択
第4部 科学革命
 第14章 無知の発見と近代科学の成立
 第15章 科学と帝国の融合
 第16章 拡大するパイという資本主義のマジック
 第17章 産業の推進力
 第18章 国家と市場経済がもたらした世界平和
 第19章 文明は人間を幸福にしたのか
 第20章 超ホモ・サピエンスの時代へ

 「サピエンス全史」というのは、随分大上段に構えたタイトルであるなと思ったが、内容を読んでみれば納得の大作。ホリエモンも読んでいるベストセラーなのも頷ける内容である。
現在の人類は「ホモ・サピエンス」と名付けられているが、実はアウストラロピテクス属に属するサピエンスは多岐にわたっていたという。いわゆるホモ・ネアンデルターレンシスやホモ・エレクトスなど多数である。今も猿が何種類もいるのを見れば納得する。

 そんな人類が、ホモ・サピエンスに統一されたのは、70,000年前の「認知革命」の結果だという。これにより比類なき言語と架空の事物について語る能力を手にし、ホモ・サピエンスは非常に多数の見知らぬ者同士の協力を可能にし、他のサピエンスを駆逐したのだと言う。チンパンジーは150という個体数を超えると大混乱に陥るという説明は説得力がある。デモなんてできないわけである。

 初期の狩猟採集生活は、実に栄養も豊富で、幼児死亡率の高さから平均年齢は低かったものの、80代まで長生きした者もいたというのは驚きである。これが旺盛な大移動で各地に広がり、それによって多くの大型動物を絶滅させたというのは、意外な事実である。そしてサピエンスは次に「農業革命」を迎える。一段の飛躍かと思いきや、実はここで見れば狩猟採集生活の方が豊かだったと著者は論ずる。これも意外。

 要は生産性がアップして食料自給も増えたが、個体数もその分増加して、個々人ベースで見ればそうなのだという。
・子供が増えれば余剰の小麦はより多くの子供が分けあわなければならない
・母乳を減らせば免疫系が弱まり、永続的な定住は感染症のリスクを増やす
・単一の食料への依存は干ばつのリスクが高くなる
そうした事実から、著者は「農業革命は罠だった」とする。そして大きな発明は何と言っても貨幣。これにより最も普遍的で最も効率的な相互信頼の制度を可能とする。

 こうした農業革命は、神々を生む。豊作と家畜の多産に対する願いが起源だという説はなるほどである。しかし、それがアミニズムから一神教になると様相が変わる。ローマ皇帝がキリスト教徒を迫害したのは300年間で4回、犠牲者は数千人だが、その後1,500年間でキリスト教はわずかな解釈の違いを守るため同じキリスト教徒を数百万人殺したという指摘には考えさせられる。

 そして最後の「科学革命」が来る。この科学と帝国主義と資本主義のフィードバックがその後の歴史を動かす原動力となる。探検と支配の精神構造が優っていたヨーロッパが、アジアを逆転して繁栄をもたらす。西暦1,000年から1,500年までの変化と、1,500年から2,000年までの変化には同じ500年でも格段の差がつく。国家と市場経済がもたらした平和は、人類の存続も脅かすほどになるが、一方で大戦後は史上空前の平和社会を実現する。

 人類史と言ってしまえばそれまでであるが、3つの革命を通じての発展は、気がつかなかった見方を様々与えてくれる。目から鱗の感があるところが多々ある。さらにサピエンスの未来は、これまでの自然淘汰ではなく、生物工学、サイボーグ工学、非有機的生命工学からの可能性にも言及していて、思わず唸らされてしまう。改めて「人間とは」と考えさせられてしまった。

 壮大なスケールで展開されるサピエンスの歴史。地球にとって善か悪かはわからないが、これからどう発展していくのだろうか。実に考えさせられる一冊である・・・




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2018年04月19日

【成功している人は、なぜ神社に行くのか?】八木 龍平 読書日記911



プロローグ 科学者が商売あがったり≠ノなっても伝えたい「神社の真実」
第1章 成功している人は知っていた、神社に仕組まれた秘密の力
第2章 知らなきゃもったいない!神様とご縁が深まる祈り方のルール
第3章 世界を動かす見えない仕組み
第4章 神社式コミュニケーションで仕事も人間関係もうまくいく
第5章 人生を加速させる次元上昇を起こそう
エピローグ 「神社のある日本」という人を幸せにするシステム

 著者は現在大学でインターネットマーケティングの教鞭をとっている方なのだと言う。科学者としてPh.Dの学位を持ち、しかし一方で触覚型の霊能者と称する方である。なんとも複雑である。そんな学位を持つ科学者兼霊能者である著者が、日本の神社についてその効能を語った一冊である。

 著者がこの本で一番伝えたい事は、「神社には意思のある知的生命体がいて世界に大きな影響を与えている」ということらしい。神さまとは、いわば知的な空気であり、意思と目的を持った透明な存在だとする。神社にお参りをした際、タイミングよく風が吹いてきたとすると、それは神様のサインだと著者は語る。ちょっと読むのをやめようかどうしようかと躊躇させられる。

 著者の語る内容は、どうも素直には受け入れ難いものがある。ただ、それはそれで参考になる部分も多いし、頭から否定するのもいかがかと言うところもある。例えば、お参りした際は、住所・氏名を名乗り、参拝の感謝とともにお願いをするのだと言う。お願いの後は、「はらいたまえ、きよめたまえ、かむながら まもりたまえ さきわえたまえ」という祝詞を唱えるとする。よく神様にはお願い事ではなく、感謝を伝えろと説く本やメルマガなどを目にするが、著者ははっきりと「お願いしろ」と言う。

 神さまとの交流は「スキマを作る」ことが大事だとする。あれやこれやと心を悩ませるのではなく、無心の心で対峙すれば神さまが入って来やすくなるのだと言う。そして神さまとは祈る人の祈りの集合体だとする。人が祈る事ですべてのものに神様が入りやすくなるとする。そのほか、ちょっと変わった考え方もある。

1. 年3回参拝すべし家族と、1人で、そして大切な仲間と
2. 産土神と鎮守が自分を守ってくれるネットワークの入り口
3. 物を大切にすると運が良くなる
などが説かれる。神さまとは「祈る人の祈りの集合体」でもあると著者は説く。それゆえに意識の集合体として長年愛用されてきたもの自体にも神が宿るため、物を大切にすべしと言う事らしい。

 意識の集合という意味では、ライブも集合意識であり参拝するのと同じだとする。意識の集合体である点では、法人も神社であるとする。会議室さえも神社化することができるとその方法を説く。神社化は己の体にも7つの神社があるとする。まぁなんでも主張するのは自由なわけであり、著者が信じていることを否定するつもりはないが、受け入れるのは難しい。ただ、参拝の仕方などは、そうかもしれないと思うところもあり、これからは遠慮なく願い事をしたいと思う。

 頭から否定するのではなく、受け入れられるところだけ受け入れたらいい。そんな風に捉えたい一冊である・・・




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2018年04月16日

【死の島】福永武彦 読書日記910



 この本はもう40年以上前に出版されたものであるが、書評を読んで興味を持ち、手にしたもの。テーマは「原爆」。いささか古い感があるが、それでも40年以上前の当時ではまだ身近なものだったのかもしれない。いろいろな意味で興味深い。

 主人公は出版社に勤める相馬鼎。物語は、主人公の相馬鼎と2人の女性、画家の萌木素子と相見綾子との交流が描かれていく内容。素子はかつて広島で被爆し、家族を失い、自身も傷跡の残るけがを負っている。一方、綾子は再婚した父親と継母と妹にあたる連れ子の家庭に居心地の悪さを感じ、家を出て男と暮らしていたが、今はそこを飛び出して素子と暮らしている。相馬鼎は、偶然展示会で素子の描いた「死の島」という作品に惹かれ、素子に手がけている本の装丁を依頼するために訪ねて行ったことから2人との交流が始まる。

 この作品は、読み始めてすぐに読む者を戸惑わせる。いろいろなシーンと登場人物とが表れ、話がバラバラと錯綜するのである。だが、慣れてくるとそれぞれ大きなパーツに分かれていることに気がつく。それは以下の通り。
1. ある1日の相馬鼎の行動
2. 相馬鼎が素子の作品と出会う300日前から前日までの物語
3. 相馬鼎が書いている小説「恋人たちの冬」、「カロンの艀」、「トゥオネラの白鳥」の筋書き
4. 素子の内面の声
5. 或る男の物語
 できれば始めにこれがわかっていたら、もう少しスムーズに物語の世界に入っていけたと思う。

 この5つの物語が交互に描かれていく。中心となるのは、ある1日の相馬鼎の行動。時に昭和29年1月24日である。夢から始まるその物語は、暁から朝、午前と時刻が移り変わっていく。一番の中心となるのが、その日届けられた一通の電報。そこには広島に行った素子と綾子が心中をしたというもの。取るものも取りあえず広島へ向かう相馬。しかし、当時はまだ急行電車で東京から広島まで16時間の旅。道中2人に思いを馳せる相馬の胸中。

 その合間に、300日前に知り合ってから今日に至るまでの付き合いが描かれ、素子の死を決意するに至るまでの心の声が描写され、2人をモデルにした相馬の未完成の小説の筋書きが書かれる。それとは一見何の関係もなさそうな或る男だが、実は登場人物と繋がっている男の物語が加わる。心中したと伝える電報。詳細はわからない。車中で受け取った第二弾の電報では1人死亡が伝えられる。果たして死んだのはどちらなのか。

 知り合ってから今日に至るまで、相馬は素子と綾子とそして2人が下宿している家の家主との交流する。相馬は、素子にも綾子にも心惹かれるものがあるが、果たして自分はどちらを愛しているのかよくわからない。否、両方を愛しているとも言える。男であればこの気持ちは理解できる。それぞれにいいところがあるのだろう。素子はどことなくミステリアスで、相馬とは距離をおこうとしている。そして綾子はどこまでもしおらしい。

 一見、綾子の方が男としてはいいように思うが、相馬は素子にも惹かれる。そんな2人のうち、どちらが生き残ったのか。長い列車の旅に時間の経過がもどかしい。そして広島の病院に到着した相馬を待っていた結末。これはなかなか面白い試みだと思う。被爆した素子の心の動きが死を選ぶに至った心境をよく表す。読み終えて深い余韻が残る。どこまでも切なさが漂ってくる。

 原爆の記憶も風化しつつある中、こういう小説も改めていいなと思う。露骨に悲惨さを訴えかけるものではなく、静かにそれによって狂わされてしまったものがあったことが描かれる。
 傑作と言われるのも頷ける一冊である・・・



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2018年04月05日

【笑う奴ほどよく眠る −吉本興業社長・大崎洋物語−】常松 裕明 読書日記909



プロローグ 楽屋
第1章 難波大阪編
第2章 疾走編
第3章 疾風怒濤編
第4章 漂流編
第5章 死闘編
エピローグ それから

 サブタイトルに「吉本興業社長・大崎洋物語」とあるように、これは吉本興業社長である大崎洋氏の自伝的物語である。ただし、ご本人が執筆している訳ではないが、それはあまり重要なことではないだろう。

 物語は、主人公である大崎が吉本興業に入社し、新人研修で訪れたなんば花月の楽屋から始まる。「瞬間、圧倒された」と冒頭から語る大崎。そこにうごめく芸人の世界は、一般社会からいきなり入ればそれは圧倒されたのだと思う。雑然とした舞台裏で賭け事をしている人がいたり、女性芸人が着替えていたり。中でもベテラン芸人である中田カウスにピタリと借金取りが張り付いている様子が、個人的には印象的。一般人には窺い知れない世界である。

 大崎氏はバイトとサーフィンの大学時代を終えて吉本興業に入社。他に同期は2人いたが、扱いの上では一番下。それは配属にも現れていて、一番優秀な者が一番格上の花月である「なんば花月」に、そして次が「うめだ花月」、そして一番評価の低かった大崎が「京都花月」に配属される。こういう格差は、どこの企業でもあるかもしれない。ドラフト一位とビリの差である。そして大崎は、当時ミスター吉本と言われた個性の強い上司の下に配属される。

 いきなり、「一番できの悪いやつか」と言われ、タクシーの乗り方からタレントの呼び方まで教えられて行く。「挨拶以外社会人としての常識はダメ」と自認していた大崎は、基礎を叩き込まれて行く。酷い扱いとはいえ、大崎も遅刻常習者でかなりのチョンボもやっていたようであるから、まんざらただ扱いが酷かっただけでもないような気もする。

 まだ「コンプライアンス」も浸透していない時代。怖い人たちとも遭遇しながら、やがて漫才ブームも到来し、大崎は忙しく働きながら仕事を覚えて行く。上司に教えられた「マネージャーは付き人ではない。タレントにおんぶに抱っこではなく、対等の立場で一緒に仕事をするもの」と教えられる。この考え方は、マネージャーだけでなくても、いろいろな仕事に応用できる考え方だと思う。

 やがて西川のりお・上方よしおのマネージャーを務める。さんまや紳助、ザ・ぼんちなどのメジャータレントとも付き合い、このあたりは裏話として興味深い。せっかく東京で頭角を現したものの、大阪に戻されてやることがなくなる。基本的に大崎は同僚の仕事を取ろうという発想はなく、誰もやっていないことに目を向けて行く。こういうスタンスが、最終的に社長にまで上り詰めた要因なのだろう。これもいろいろな仕事に応用が効くと思う。

 そんな中で、無名だったダウンタウンを発掘する。それが成功すると今度は落ち目だった吉本新喜劇の立て直しを命じられる。理不尽とも思える異動はサラリーマンの常とはいえ、大崎は腐らない。ダウンタウンとも二人三脚の関係を築き、映画や本や歌は大崎が勧めたらしい。コンテンツビジネスへの進出や音楽ビジネスとのコラボも、「人のやらないこと」を求めて行った結果。「仕事を自ら創り出す」スタンスこそが社長にまで上り詰めた要因だろう。「言われたことだけしている」サラリーマンだったらこうはいかない。

 普通の人間が知りようもないテレビの向こう側の話であり、物語としてはただでさえ面白い。そこにサラリーマンとして働く者が意識したいエッセンスがそこかしこに散りばめられている。同期入社でビリ扱いだった大崎が社長になれたのは、この働くスタンスに他ならない。楽しみながら学びもあり、サラリーマンであれば読んで損のない一冊である・・・



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