2018年05月30日

【飲茶の「最強!」のニーチェ−幸福になる哲学−】飲茶 読書日記926



I. 哲学ってなに?
II. 人生に意味はないってホント?
III. 道徳なんて弱者のたわごと?
IV. 死にも未来にも意味はない?
V. それでも哲学を学べば生き方が変わる

変わったペンネームの著者は、哲学の入門書ばかりを10年近くにわたり書き続けてきたという哲学作家。哲学に興味はあるものの、代表的な哲学者の本を読んでは挫折してきた経緯から、入門書からやり直そうとしているが、それでもカントは難しい。ならばとニーチェに矛先を変えてみたのが、この本を手にした理由。表紙の優しげな様子に意を決してページをめくる。

ニーチェと言えば、『ツァラトゥストラはかく語りき』を読んだが、正直印象に残っていない。7年前に『超訳ニーチェの言葉』を読んだが、これはニーチェの哲学というのとはちょっと違う気がしていた。そんなイメージから始まったが、内容はアキホという女性が、先生に教えを請う展開で語られていく。それ故にか、内容はとてもわかりやすい。

まずはニーチェの哲学の位置付けから。哲学には物事の本質を考える「白哲学」と実存を考える「黒哲学」があって、ニーチェの哲学は黒哲学に当たる。黒哲学は、物事の本質についてばかり語る白哲学を批判するために生み出された反逆の学問だとする。「物事の本質について」考えることが好きな私からすると違和感がある。しかし、現実の我々は外部から押し付けられた社会的価値観である背後世界に縛られているという説明を聞いていくと、違和感はなくなっていく。「かくあるべし」という価値観にこの世の中は確かに覆われている。

そういう背後世界はただの空想であるから、現実存在(=実存)である我々はそれを自分に当てはめて落ち込んだりする必要はないとする。だからと言ってそれを否定するだけだとニヒリズムに陥って生の高揚を失ってしまう。毎日を忙しく働いて暇をつぶすだけの「末人」が増えてしまうという。そういう絶対的な価値観はいつか必ず壊れるとして、これをニーチェは有名な「神は死んだ」という言葉で表現する。

サブタイトルに「幸福になる哲学」とあるが、ニーチェの哲学がこういう内容のものだとは、遅まきながら初めて知った。永劫回帰は最強最悪なニヒリズムの世界で、これを乗り越えるにはそういう意志を持つ人間である超人になる必要がある。「今この瞬間を肯定して力強く生きよう」という主張が「力への意志」などの有名なキーワードとともに説明される。
「そうか、そうだったのか」と初めてニーチェの哲学がわかる。

著者は、実は若い頃吃音で随分と悩んだのだという。そんな悩みの日々の中、ニーチェの哲学を知り、そしてより優れたものを目指したいという力への意志を感じ取ったという。そういう背景もあるのだろうか、内容がわかりやすいだけでなく、「(自分を救ってくれた)ニーチェの哲学を伝えたい」という気持ちがヒシヒシと伝わってくる。薄いし、無知な女の子との対話形式だし、表紙は漫画だし、されど内容はとてつもなく重い。まさに「最強の」入門書である。

霧が晴れるようにニーチェの哲学が理解できたが、俄然著者にも興味を持った。これからこの人の哲学入門書を極めていきたいと思う。
「ならば、よしもう一度!」
改めて哲学を学ぼうと思わされた一冊である・・・



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2018年05月29日

【投資レジェンドが教えるヤバい会社】藤野 英人 読書日記925



第1章 会社の性格は社長で決まる!
第2章 ブラック企業はこう見抜け!
第3章 社内結婚が多い会社は儲かっている!
第4章 産卵後に死んでしまうサケではなく、メンドリを探せ!
第5章 会社を見分ける3つの基準

著者は投資信託会社の社長であり、「ひふみ投信」のファンドマネージャー。30年近くにわたり企業調査を続け、6,500人以上の社長に会い、成長企業を発掘してきた方だという。そんなファンドマネージヤーが明かす企業を見分ける法則というのが本書である。そんな法則の代表的なのが、「スリッパの法則」で、私もどこかで見聞きしたことがあるが、それは「社内でスリッパに履き替える会社は儲からない」というもの。こうした法則にそって会社の特徴が説明されて行く。

会社の本質は、社長の話し方はもちろんであるが、社長室の調度品の選び方や置き方など細かいところに表れるのだという。また、サラリーマン社長の会社は成長が期待できないとするが、それはサラリーマン社長は短期志向で会社を経営しがちで長期的な視野が欠落しているのだという。これはさもありなんと思うところである。

「ビジョンの浸透に尽力している会社は買い」− 夢を熱く語れる社長かどうかが投資の際に重要というのもよく理解できる。人の心を打ち、従業員がその会社で働くことにやりがいを感じられることが大切なのは言わずもがなであろう。
「過去の苦労話ばかりする会社は成長が止まる」というのも頷ける話である。上記の裏返しであり社長の向いている方向が大事なのは言われるまでもない。

「社長のネガティブ・シンキングは業績の良し悪しとは関係ない」ということは、ダイソーの矢野社長を例に語られる。
「大成功している社長は例外なく《ケチ》で《メモ魔》で《細かい》のだとか。これも分かる気がする。

「自社サイトの社長挨拶の主語が『私』『私たち』の会社は伸びる」−自社サイトに関する法則はいつくか目にした。「社員が多く写っている」「役員の写真が載っている」などであるが、我が社はどうかと考えてみたくなる。こうした法則は、絶対法則ではなく一般的な傾向を表すもの。絶対のものではなく、その理由が大切。

「スリッパの法則」も、スリッパを履くことに合理性があるかどうかが重要なのであり、単に「スリッパを履いているからだめ」というものではない。「晴れているのに傘立てに傘がいっぱいある会社は成長しない」のは、日常の整理整頓ができていないことが窺われる。同様に、「会議室の時計が5分以上ずれている会社に投資してはいけない」も社員が何事にもルーズなところの現れであるとする。

単純に法則を覚えれば良いというものでもなく、大事なのはその根底にある理由だろう。そうした会社の特徴から、後半は著者の主張する「ナオコの法則」なるものが説明される。これは、「ナカマ」「オコナイ」「ココロ」の頭文字を取ったもので、それらはまたそれぞれ、
「ナカマ」− ステークホルダー
「オコナイ」− コーポレートアクション
「ココロ」− ビジョン
のことだとする。さらに「お客様大切度」「従業員大切度」「家族大切度」「事業仲間大切度」「株主大切度」「地域社会大切度」「指導力大切度」に分類される。

よくよく考えてみれば、皆「その通りだろう」ということばかりなのであるが、こうして法則にまとめたのが面白いし、それこそ多くの会社を見てきた著者ならではなのだと思う。自分の会社は果たして良い法則の方に入っているか、チェックしてみるのも面白いと思う。そして当てはまらなければ、良い改善の機会かもしれない。

中小企業に努める身として、大いに参考にしたい一冊である・・・




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2018年05月27日

【ナポレオン時代−英雄は何を遺したか−】アリステア・ホーン 読書日記924



原題:The Age of Napoleon
序 章 ナポレオン時代
第1章 権力への意志
第2章 時代はいつも次代を夢見る
第3章 運は女性のようなもの
第4章 栄光を求めて
第5章 建築・施工主
第6章 帝政様式
第7章 帝国の娯楽
第8章 ロマン主義の表象
第9章 没落
第10章 ラシーヌ通りにコサック兵が
終 章 一つの時代の終焉

ナポレオンと言えば、知らぬ者がいないほどの歴史上の有名人。そんなナポレオンの名前のついた本であるが、「ナポレオン時代」とあるように、この本はナポレオン個人に焦点を合わせたというよりも、ナポレオンを中心に動いていた時代の本というべき一冊。特にここで扱われるのは、1795年から1820年までの25年間である。

1795年の秋、パリに滞在していたナポレオンは、反革命王党派の反乱をパリの街中で大砲を使用するという大胆な作戦でわずか1日で鎮圧し、イタリア方面軍司令官に任じられる。コルシカ島出身の貧しい工兵が大いに飛躍する。そして対仏大同盟という危機の中、有名なエジプト遠征を実行し、取って返したパリでクーデターにより任期10年の第一執政に就任する。そして婚姻制度の復権、カトリック教会との融和を進める。

ナポレオンの本であれば、名を馳せた軍事的成功の数々にスポットライトを当てると思うが、この本はあくまでも「ナポレオン時代」の本であるがゆえに、そうした軍事的な成功譚よりも、当時は結婚制度が緩んでいて、夫も妻も互いに相手を「コートを変えるように」変えていたなどという風潮を紹介している。カトリック教会との融和は、革命期に教会が革命勢力によって荒らされたという事実があるようである。

そうした当時の時代風景はやはり興味深い。ロベスピエールやその一派の堅苦しい道徳律から解放され、パリの女性の間では薄くて軽い生地のブラウスが着用されたそうであるが、これらは雨に濡れるとシースルーだったという描写がなされているのはとても興味深い。しかし、一方でパリは荒廃の地でもあり、ぬかるんだ地面は悪臭を放ち、下水道には蓋もなかったという。そんなパリをナポレオンは再建という野望を掲げる。セーヌ川河岸の整備、近代的上水道、美術館、凱旋門等々今に連なる礎をこの頃築いたようである。

ナポレオンは国民投票によって次々と改革を行う。著者によれば、「民衆は1789年の革命以来の無政府状態、悪政、腐敗そして破壊行為に背を向ける者ならなんでも賛成した」という状態でナポレオンを支持し、ナポレオンは有名な民法典を成立させ、教育制度の改革や文化育成等も行い、やがて皇帝に就任し戴冠式を行う。こうしたよく知られたエピソードも面白いが、やはり当時の社会の様子も興味深い。

失業率は低いレベルで抑えられていたものの、労働は過酷で労働時間は長かったという。建設労働者は午前6時から午後7時まで働かされ、1813年までは10歳以下の子供も働いていたという。さらにパン屋の寿命は50年に届かなかったという。それでも革命前よりは良い暮らしだったというから驚きである。

長引く戦争で、ナポレオンは常勝軍団を形成したが、実は脱走兵もかなり多かったという。さらに戦場は主に国外だったせいか、パリの暮らしには戦争の影響はほとんどなかったとか。こうしたことが諸々語られていく。それらはやはりナポレオンの名は冠しているが、メインは「時代」である。こういう視点の本も歴史好きとしては面白いと思う。

ナポレオン時代の特にパリを、いい面も悪い面も含めて伺い知ることのできるという意味で興味深い一冊である・・・




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2018年05月24日

【アキラとあきら】池井戸潤 読書日記923



第1章 工場と海
第2章 マドンナ
第3章 父と叔父たち
第4章 進路
第5章 就職戦線
第6章 バンカーの誕生
第7章 BUBBLE
第8章 ロザリオ
第9章 父の遺言
第10章 叔父たちの策略
第11章 後悔と疑惑
第12章 挑戦、そして挫折
第13章 内憂外患
第14章 お荷物ホテル
最終章 最終稟議

昨年、テレビドラマ化されていたのは知っていたが、普段テレビドラマを観ることもない私としては、例外なく観ることもなく終わっていたもの。池井戸潤の作品にはハズレが少ないし、改めて手に取った次第。

タイトルにある通り、物語の主人公は2人のあきら。1人は零細工場の息子・山崎瑛であり、もう1人は大手開運会社東海郵船の御曹司・海堂彬。同じ歳で同じあきらでありながら2人の育つ環境は対照的。山崎瑛は、父の工場が倒産し家族は夜逃げの憂き目にあう。そして一方の海堂瑛は、恵まれた環境で育つ。まったく対照的な家庭環境で育った2人が、紆余曲折をへて産業中央銀行へ入行する。

それぞれ対照的な環境で育った2人のライバルともいうべき男が主人公となると、なんとなくジェフリー・アーチャーの名作『ケインとアベル』を思い出してしまう。山崎瑛は父の工場を助けてくれなかった銀行にいつしか嫌悪感を覚えているが、高校3年時にある銀行員の行動で諦め掛けていた大学進学に道が開け、考えを改めさせられる。この経緯はちょっと感動的。相変わらず、池井戸作品は途中も熱い。

一方、御曹司の海堂彬も裕福な家庭とは言え、問題がないわけではない。幼い頃から父と比較されコンプレックスを持っていた叔父2人。相続でそれぞれ東海商会、東海観光と言うグループ企業の経営権を得るが、怪しげな人物と付き合い、言われるがままにスーパーに進出して失敗したりする。これには高校生の山崎瑛も淡い恋とともにそれと知らずに関係してくる。途中の伏線も絶妙だったりする。

やがて2人のあきらは、共に産業中央銀行に同期として入行する。産業中央銀行と言えば、池井戸作品ではおなじみの半沢直樹の所属している銀行である。ちょっと遊び心が効いている。2人はライバルとして対立関係になるのかと思ったら、さにあらず。研修でこそ相対峙したものの、それぞれ活躍し、そして最後にそれぞれの立場で大きな問題と向き合うことになる。

池井戸作品には、主人公の前に立ちはだかる人物が必ず出てきて物語を盛り上げる。この作品では、海堂彬の2人の叔父がその役を担っている。プライドは高いが経営者としては実務能力に欠け、謙虚さもない。この2人がキーマンとなって、東海郵船グループは存続の崖っぷちに立たされる。この手に汗握る展開が心地よい。最後もすっきりと綺麗に定点越えて着地する。見事なフィニッシュである。

他の池井戸作品と同様、この作品も一気に物語の世界に引きずり込んでくれるところがある。分厚い本だが、あっという間に読み終えてしまう感じである。「これぞエンターテイメント!」と言える池井戸潤の一冊である・・・




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2018年05月23日

【日本ラグビーの戦術・システムを教えましょう「観戦力」が高まる本 もっと楽しく観るためにあなたが持つべき視点とは!?】斉藤健仁 読書日記922



CHAPTER 1 戦術・システムから見る日本ラグビーの現在地
CHAPTER 2 「観戦力」と「駆け引き」を極めるために持つべき視点
CHAPTER 3 世界最高の指揮官に学ぶラグビーの戦術・システム

個人的にラグビーをずっとやって来たこともあって、スポーツの中では間違いなく一番好きなのがラグビーである。しかしながら、私が現役時代だった頃から20年が経過し、ラグビーも随分変化して来た。昔の古い知識をアップデートしたくて手にした一冊。内容はと言えば、タイトルにある通り日本代表を手本にした現代のラグビーの戦術・システムの解説である。

日本代表と言えば、2015年のW杯で強豪南アを破り、史上最大の大番狂わせと言われ、予選では何と3勝を上げ、残念ながら決勝トーナメント進出はならなかったものの、それ以前の成績から比べると奇跡のような結果を出したのも記憶に新しい。その立役者であるエディー・ジョーンズヘッドコーチは日本代表を辞め、今はイングランドのヘッドコーチに転身している。新しいヘッドコーチはジェイミー・ジョセフ。著者による解説はジョセフHCについての説明から始まる。

ジョセフHCは、スーパーラグビーのハイランダーズを率いて優勝を成し遂げたプロコーチで、日本代表の戦術はハイランダーズも取り入れていた「キッキングラグビー」になるとする。キッキングラグビーは、世界のラグビーの動向の1つであり、体格に劣る日本代表には適しているとする。ニュージーランド流の「ポッド」と合わせることで、効率的に進められるとする。

この「ポッド」なるものも現代流の1つで、20年前には当然なかった考え方。「2-4-2」の「3ポッド」、「1-3-3-1」の「4ポッド」がある。これに「9シェイプ」とか「10シェイプ」とかのスタイルが加わるのであるが、用語からしてオロオロしてしまう私などからすると、丁寧な解説が有難い。さらには「T-システム」と呼ばれるアグレッシブに前に出るディフェンスシステムのことなど、目新しい概念の解説が有難い。

そうした基本概念の解説の後、日本代表の実際のゲームにおいてこれらが解説されていく。ゲームは2016年のテストマッチから昨年の対世界選抜、ワラビーズ、トンガ、フランスらとの試合が振り返られる。それらは昨年11月の試合もあり、事例が湯気が出るほど新しいのも有難い。さらに基本解説として、「トライの定義」から始まり、各プレーに渡る基礎講座もあるので、初心者にとっては「観戦手引き」にもなるかもしれない。

それらの基礎講座は素人向けではあるものの、我々のようなオールドタイマーにとっては、例えば「ブレイクダウン」「チョークタックル」などの新しい概念の説明もあるから、密かに学び直すのに持ってこいとも言える。昔は膝から下に行く「チョップタックル」と抱えて倒す「スマザータックル」しかなかったから、ターンオーバーを狙うチョークタックルなんてものは実に目新しい。昔はタックルと言えば、「チョップタックル」であったから、これも時代(というよりルール)の流れである。

最後に奇跡の大番狂わせの南ア戦が振り返られる。考えてみれば、エディーさんはやっぱり大したものだったんだと改めて思わされる。ラグビー初心者にもまた再学習者にも程よい内容の教科書である・・・





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2018年05月21日

【橋下徹の問題解決の授業  大炎上知事編】橋下 徹 読書日記921



第1講 舛添さん問題は最高の教科書だ
第2講 報道の自由こそが民主主義の根幹だ
第3講 ここがおかしい! 公務員の政治活動
第4講 メディアも間違えた 豊洲問題の本質
第5講 核心的問題点と周辺的問題点の整理
第6講 「現状への不満」をすくい上げよう
第7講 本当に政治上手!公明党とは何者か

元大阪府・市知事であり、弁護士でもある著者が「問題解決の授業」というタイトルの本を出せば、嫌が応にも興味を惹かれるというもの。これは実は著者が出している有料メールマガジンの連載を書籍化したものだという。「問題解決」という内容の本はいろいろな人が出しているが、この本の特徴は実際の政治の具体的ケースを題材にしているところであろう。「大炎上知事編」というサブタイトルがそれを物語っている。

はじめに出てくるのは、元東京都知事の舛添さん。公用車で毎週湯河原の別荘に通っていた問題で、豪勢な海外出張などとあわせて、公私混同が問題視されたのは記憶に新しい。舛添氏が「ルールに従っているから問題ない」という抗弁に対し、橋下氏は「おかしい」と断ずる。なぜならそのルールを作っているのは都知事であり、自分で作ったルールに従っているから問題ないという言い訳は通用しないと。言われれば「なるほど」である。ただ、それは公用車の使用規定は都知事が認可するという仕組みを知っていないと出てこない発想でもある。一般人にはちょっと難しい。その点を突っ込んでいる記者がいなかったとしているが、記者も勉強不足なようである。

それはそもそも東京都の公用車利用規制がデタラメだったという事情もあったらしい。その点、橋下氏は自らの知事時代に厳格に定めたらしい。舛添氏も毎週湯河原へ行くのは問題ではなく、私設秘書の車で行けばよかったのだと回答を示す。面白いのは豪華出張について、一部マスコミが理解を示していたことに対し、「自分たちもやっているのだろう」とコメントしていたことであるが、さもありなんである。

都知事選については、鳥越俊太郎氏が一時候補者として勢いがあったが、セクハラ問題で失速。それに対し、橋下氏は「報道の自由こそが民主主義の根幹」と当たり前のことを主張する。政治家経験者からすると、権力は乱用しようと思えばできるらしく、その監視の意味で必要だとする。ただ、ご本人は文春に出自を差別的に報じられて訴えた経緯もあり、文春は大嫌いだと語る。同じセクハラでも自分がやっていればもっと叩かれていたはずと、人権派の御都合主義を批判する。

現実のニュースを題材に問題解決の事業をするという建前ではあるが、現実には一般人にわかりにくいケースが多い。大阪での公務員労働組合の選挙活動はその最たるもの。本来禁止されているはずなのに、自分たちの給料・身分を守るために死に物狂いで選挙をやっていたらしい。橋下氏の対立候補を全力で応援し、それは市営地下鉄の運賃値下げにまで及んでいたというから驚きである(それでも勝てなかったわけではある)。

その他、築地市場の豊洲移転問題や原発問題にも話は及ぶ。ニュースでも散々取り上げられていた豊洲の問題は、突き詰めて行けば矛盾が含まれている。市場においての重要な環境基準は「市場建物内の大気基準」であるとする。地下の盛り土がどうのこうのというのは、結局「周辺的問題」だとし、大事なのは「核心的問題」を見つけ出すことだとする。有識者は「原発反対」のみで、病院等の停電対策が不十分な中では「反対」だけでは乗り切れないとする。このあたりのロジックはさすがである。

日常でも、ロジックが成り立っていなかったり、核心的問題と周辺的問題を取り違えていたりすることはよくあること。著者にかかれば山本太郎も「頭の悪い参議院議員」と切って捨てられるが、それもやむを得まい。著者の話のロジックはどこまでもスッキリしている。読んですぐ問題解決力がつくというものではないが、考え方はしっかり理解したいと思うところである。
そのほかの問題についても意見を聞いてみたいと思わされる一冊である・・・


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2018年05月16日

【朝鮮出身の帳場人が見た慰安婦の真実−文化人類学者が読み解く『慰安所日記』−】崔 吉城 読書日記920



序 章 「慰安婦問題」とは何か
第1章 慰安所日記の概要
第2章 慰安婦たちはなぜ死んだのか
第3章 慰安所日記を読み解く
第4章 軍政と慰安所
第5章 慰安所日記から見えてくるもの
終 章 韓国は慰安婦問題を政治的なカードにすべきでない

いわゆる従軍慰安婦問題は、個人的には大変興味深いところである。こういうタイトルの本が出れば当然手が出る。これはもともと戦時下の日本軍慰安所で帳場人として働いていたある朝鮮人の日記なのだという。「従軍慰安婦問題を理解する上で最も価値あるもの」と考えた著者が、2年の月日をかけて読み解いたという。そんな著者は、東亜大学の教授である。

日記は、ハングル、漢字、平仮名、片仮名混じりで、同じ立場の著者としてはそれだけでも自分がやるべしと考えたようである。その根底には、軍と性の問題に対する関心もあるようである。というのも、自身の体験として朝鮮戦争下の故郷で、共産化から守ってくれるはずの国連軍が村の女性をレイプし、それを機にムラが国連軍の売春村と化したという経験があるようである。

従軍慰安婦問題が初めて報道されたのは、1991年12月2日。著者によれば韓国の反日感情は主に国内向けで、それを日本が過剰反応してメディアを使って増幅しているのだと言う。この微妙なニュアンスは、日本にだけいるとわからないと思う。そうした慰安婦問題に対する著者の考えが、前半部分を占める。個人的には、早く本題に入って欲しくてもどかしく思うところであった。

そして肝心の日記部分になるが、これは本当に朝何を食べたから始まり、何をして夕食はどうしたという普通の日記そのものである。自分の日々書いている日記と大差ない。著者はこの日記に対し、「反日・親日・親韓・嫌韓の立場を超えて、偏見なし、先入観なし、自他なし、敵味方なし」の公平な立場で読もうとしたとする。期間は1943年から1944年までの2年間である。

個人的に興味深かったのは、以下の事実。
1. (利用時に)軍人は管理人のところで札を買い、それを持って部屋に来た
2. 軍人はコンドームをつけることが原則
3. 1日10人から20人の軍人の相手をした
4. 軍事郵便貯金をして総額1,800円くらい貯金した

当時既にコンドームが使われていたというのは、大変参考になる事実。お金の価値は現在と異なるが、「1,000円あれば大邱に家が一軒買える」という表現があることからすると、総額1,800円の貯金というのはかなりの大金であることがわかる。今も昔も性風俗産業は稼ぎがいいのだということであろう。「強制連行された性奴隷」が果たしてこんなに稼げるものであろうかと思わなくもない。

酔って日本刀を抜いて斬りかかってきた下士官から刀を奪って刺してしまった慰安婦が、軍法会議で無罪になったという話も出てくる。その真義を疑う人もいるらしいが、そもそもありえない話なら噂にも出てこないであろう。もっともらしく語られるということは、すなわちそういうこともありうるということである。「強制連行された性奴隷」に正当防衛など認められるだろうか。

慰安所が軍の施設なのかただの関連施設なのか、日記からはわからないという。しかし、「移転せよ」という軍の命令に、「慰安婦たちが反対して行かなかった」という記述もあるという。著者も「強制連行の有無」については多大な関心を寄せて、日記を読み込んだというが、ついに決定的な証拠はなかったという。それを著者は、「関係者や慰安婦たちにとって関心事ではなかった」のではないかとする。

さらに当地では、日本人も朝鮮人もまとめて「邦人」と呼ばれていたという。慰安婦を連れて内地帰還の旅行証明願いを提出したという記述から、ある程度の移動の自由もあったと伺える。「強制連行」についての記述の有無も確かに大事かも知れないが、当時の知られざる事情をうかがい知るのも興味深い。直接的な表現はなくとも、十分なのではないかと思われる。
白黒をつけるものではないにせよ、興味深い内容であることは間違いのない一冊である・・・



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2018年05月15日

【世界最高の人生戦略書 孫子】守屋洋 読書日記919



第1章 戦わずして勝つ
第2章 戦況を見極める
第3章 知略で優位に立つ
第4章 逆転を狙う
第5章 将たる者の心得

最近、中国古典に興味を持っていて、論語や老子などを既に読んでいる。そしてこの本のタイトルを見つけ、迷わず手に取る。孫子と言えば、兵法。「彼(敵)を知り己を知れば百戦して殆うからず」はあまりにも有名である。そんな孫子は、2,500年前に孫武という人物によって書かれたのだという。著者は、中国文学者であり、中国古典に精通している第一人者とのこと。そんな著者が、孫子の中からキーワードとも言うべき名言を採り上げて著者なりの解説をつけたという一冊。

冒頭は、「敵を知り・・・」が採り上げられる。よく知りすぎている言葉であるが、では彼と己の一体何を知れば百戦百勝なのか。なかなか鋭い問いかけである。著者は「自分の勝てない相手を知る」ことだとする。つまり「相手を選べば良い」と。当たり前すぎるくらいだが、当たり前すぎるから真理だとも言える。

1. 戦勝攻取してその攻を修めざるは凶なり
 敵を攻め、城を奪取しても、戦争目的を達成できなければ失敗
2. 善く戦う者は勝ち易きに勝つ者なり。故に善く戦う者の勝つや智名なく勇功なし
 戦上手は無理なく自然に勝つので、勝っても知将は目立たない
3. 虞を以って不虞を待つ者は勝つ
 万全の体制を固めて、相手の不備につけ込む者は勝つ
4. 百戦百勝は善の善なるものに非ず、戦わずして人の兵を屈するは善の善なるものなり
戦わずして勝つのが理想。
どれもこれも当たり前すぎる感じがするが、2,500年前に既にこのことが説かれていたという事実がすごい気がする。と言うか、真理はいつの時代も変わらないのだろう。

しかし、これは何と言っても兵法。戦いのための金言である。ビジネスに通じるものもあるとは言え、戦い目線のものは、応用しようにもできない。
「智将は努めて敵に食む」
これは、智将は現地で食料を調達するということらしいが、旧帝国陸軍はそれをインパールでやろうとして大失敗している。当時とは状況が違うところもあるのだろう。

「その来らざるを恃むなく、吾の以って待つあるを恃むなり」
敵の来襲がないのを期待するのではなく、的に来襲を断念させるような備えを頼みとすべしということらしい。希望的観測によるのではなく、自ら備えよという言葉はビジネスにも通じる。
「智者の慮は必ず利害を雜(まじ)う、利に雜えて努め信ぶべきなり、害に雜えて患い解くべきなり」
利益と損失の両面から考えるという意味らしいが、これもビジネスに通じる。

リーダーとしての心得も出てくる。
1. 先に暴にして後にその衆を畏るるは不精の至なり
   部下を怒鳴り散らしておいて後で離反を気遣うのは将として失格
2. 進んで名を求めず、退いて罪を避けず
   成功しても名誉を求めず、失敗しても責任を回避しない
3. 卒を視ること嬰児の如し 故にこれを深谿に赴くべし
   兵士を大事にすれば、どこまでも行動を共にしてくれる

流石に厳選されたものだけあって、どれもこれも真理だと思うものばかりであるが、やはり個人的にビジネスに通じる言葉に興味は止まる。あれこれ迷った時に、原理原則としてよりどころにできるかも知れない言葉がいろいろとある。考え方の基本として、持っておきたいところである。そんな参考にしたい一冊である・・・



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2018年05月10日

【ボクたちはみんな大人になれなかった】燃え殻 読書日記918



最愛のブスに友達リクエストが送信されました
暗闇から手を伸ばせ
ビューティフル・ドリーマーは何度観ましたか?
好きな人ってなに?そう思って生きてきたの
そしてまたサヨナラのはじまり
「海行きたいね」と彼女は言った
1999年に地球は滅亡しなかった
ギリギリの国でつかまえて
東京発の銀河鉄道
雨のよく降るこの星では
東京という街に心底愛された人
あの子が知らない男に抱かれている90分は、永遠みたいに長かった
ワンルームのプラネタリウム
ボクたちはみんな大人になれなかった
君が旅に出るいくつかの理由
やつらの足音のバラード
永遠も半ばを過ぎて
必ず朝が夜になるように
バック・トゥ・ザ・ノーフューチャー

著者はなんとも言えないペンネーム。なんでも都内で働く会社員で、休み時間にはじめたTwitterで、ありふれた風景の中の抒情的なつぶやきが人気となり、ウェブで連載した小説が本作となったようである。昼休みもボンヤリしてはいられないということかもしれない。

主人公は43歳のボク。仕事のアシスタントとの打ち合わせに行く途中、開いたFacebookで「知り合いかも?」と1人の女性のアイコンが表示される。それはかつて付き合っていた女性。ついついそのページを読み耽ってしまい、自分と別れた時に既にいまの旦那と知り合っていたことなどを知ってしまう。打ち合わせはすっぽかしてしまい、おまけに混雑の中で誤って友達リクエストを送ってしまう。

その女性はお世辞にも美人とは言えないが、ボクの心は1995年へと遡って行く。その時、ボクはエクレア工場で外国人たちと一緒にアルバイトをしている。唯一の日本人は、キャリア11年の七瀬。工場の休憩室でたまたま手にした雑誌の文通コーナーに目が止まり、1人の女の子の投稿を読む。そしてボクはその子に手紙を出す。1995年と言えば、自分も社会人生活7年目だったが、あの頃もまだ文通文化なんか残っていただろうかとふと思う。やってみたかったかもしれない。

こうしてボクは彼女と文通を始め、そしてそれが高じてやがて会おうということになり、自然な流れで付き合い始める。デートコースは渋谷の安さだけが取り柄のラブホテル。ブスでオタクな彼女と冴えないバイト男のカップルの話はどこからどう見てもロマンチックのかけらもない。やがてボクは美術制作のアルバイトへと転身し、それが現在までと続く。会社の成長とともに身分は正社員。

この物語の魅力は、どこからどう見ても自分の人生以外では主役にはなれそうもないボクの回顧物語。話は特にこれといった盛り上がりがあるわけでもない。ただ、なんとも言えない文章がその魅力と言える。どこか気取ることもなく、人目を意識するでもなく、それでもなんとも言えない味わいを残して行く。それもさり気なく。

・マーク・ザッカーバーグがボクたちに提示したのは「あの人は今」だ。
・彼女の前では、自分に正直な人間になるよりも、自分が憧れる人間になりたかった。
・ボクは眠りそうで眠れないスローモーションのような時間の中で、今日起きたら彼女に電話をして、好きだよと言おうと思った。この瞬間の気持ちがずっと続けばいいのに。明日も、明後日も、何年も先もずっと。それは夢だよと誰かに言われたとしても。
・あの子が知らない男に抱かれている90分は、永遠みたいに長かった
・中目黒の朝は、自分の居場所を確保するために皆が少しずつ殺気立ってみえる。
・「世界が終わりそうな天気だね」
・始まってしまったボクたちは、いつか終わる運命にある。
・こうしている間にも、刻々と過去に仕上がっていく今日。達観した彼女の今日も、まだアップダウンを繰り返しているボクの今日も、先に続いているのは未来であって、過去じゃない。どんなに無様でも「大人の階段」は上にしか登れない。その踊り場でぼんやりしているつもりだったボクも、手すりの間から下を覗いたら、随分高い場所まできていて、下の方は霞んで見えなかった。

そんな言葉の余韻を味わいながら、ボクと一体化して物語の中で過去を振り返る。日常生活から離れて、違った人生を疑似体験しているかのような気分。もう若くもない中年男の気持ちが、少しだけ理解できる。
こういう小説もいいかなと思える一冊である・・・



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2018年05月09日

【アマゾンが描く2022年の世界 −すべての業界を震撼させる「ベゾスの大戦略」−】田中 道昭 読書日記917



序 章 なぜ、今アマゾンに注目が集まっているのか
第1章 アマゾンの大戦略を5ファクターメソッドで読み解く
第2章 なぜ、アマゾンは「現実世界」に参入するのか
第3章 アマゾンの収益源はもはや「小売り」ではない
第4章 ジェフ・ベゾスの宇宙戦略
第5章 アマゾン、驚異のリーダーシップ&マネジメント
第6章 アジアの王者「アリババの大戦略」と比較する
第7章 ベゾスは真の顧客第一主義者か、それとも利己主義者か
おわりに これから日本、米国、そして世界で起きること

アマゾンと言えば、インターネットの本屋さんというのはもう一昔前の話。気がつけば今は実にいろいろなものを売っている。もともと面倒臭がり屋の私としては、何かを買う際にはまずアマゾンで売っていないかどうかを確認するように(そして大概売っているので買うように)なってしまっている。実に便利な「何でも屋」である。そんなアマゾンについての本ということで、興味を持って手にした一冊。

冒頭、いきなり近未来(と言っても2022年11月)の世界が描かれる。そこは「アマゾン365」という無人コンビニ。そこのオープンスペースで架空の人物佐藤さんは仕事をしている。そこではサイトで購入した衣服の試着もでき、有名レストランの宅配も利用できる。今話題のアレクサが搭載された眼鏡をかけ、今の気分にあった音楽をリクエストする。実家の母はクラス会に来て行く服をアレクサと相談して決め、そんなアマゾンはユニクロを凌駕するSPAに成長している・・・

こんな未来予想図はまだまだ続くが、SF世界の話ではなく、すぐそこにある現実というところがすごい。今やアマゾンのターゲティングも「0.1人セグメンテーション」という、「その人の今」にターゲットを絞っているという。宅配便ではヤマト運輸の値上げ要請を飲んだものの、いずれ対抗手段を講じてくると予測する。「品揃え」「価格」「利便性」という顧客第一主義の重要な三要素を念頭に、アマゾンはビッグデータ×AIをフル活用したユーザーエクスペリエンス(顧客の経験価値)を提供する。

今テレビでもアレクサのCMをやっているが、無人コンビニ「アマゾン・ゴー」音声アシスト端末「アマゾン・エコー」の展開を始めており、確実に冒頭の近未来に向けて歩みを進めている。本来、どちらかになるコストリーダーシップ戦略と差別化戦略を両立して進め、死角がない気がする。「会員にならないと自分が無責任だと思うような存在にしたい」とジェフ・ベゾスが語るプライム会員に、いつの間にか私もなっている。

そんなアマゾンの大戦略が語られる一方で、ジェフ・ベゾスの人物像も描かれる。どうやらスティーブ・ジョブス同様変わった方らしい。大きなビジョンを掲げた長期的視点と高速PDCAを回す超短期の視点と両極端な人間で、「エイリアン」や「火星人」などという評価もあるようである。そしてアマゾンの事業だけでなく、個人で宇宙事業にも手を出しているという。AI時代における人の仕事とは、異質な知性を創造することとする。数字を武器にし、早く失敗して早く改善することを説く。低利益率の戦略は、それゆえに競合企業の参入を防ぐ。ものすごく優秀な人物だと思う。

しかしその一方で、急成長する中国三強IT企業の1社であるアリババとの比較では、欠点も指摘される。トップのジャック・マー氏は「中国のためにインフラを整備する」という公共的な目標を掲げ、人物面で世間の尊敬を集めている。アリババ自体もアマゾンと比べてCSRに力を入れている。アマゾンは逆に地域社会とコンフリクトを起こし、小売店舗に大きな被害を出している。「要塞(=アマゾン)の中での買い物は私たちを幸せにするか」という著者の問いは興味深い。

アマゾンについて書かれているが、後半は問題点も辛辣に指摘しており、単なる礼賛本ではない。アマゾンvsアリババに対抗する新経済圏を創造する担い手としてメルカリに期待を寄せるなどの記述もあり、アマゾンのというよりも、アマゾンを中心とした近未来についての本と言える。これからどうなって行くのか、消費者の立場からは興味深い。

アマゾンについて、その現状と向かう方向を確認し、そして世の中の動きを予測する。そういうことを考えてみることができる。単に楽しみにするばかりでなく、自分の仕事に何かヒントにならないかと考えてもみたくなる。そういう意味で一読の価値ある一冊である・・・





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