2018年09月27日

【世界を変えた14の密約】ジャック・ペレッティ 読書日記958



原題:DONE THE SECRET DEALS THAT ARE CHANGING OUR WORLD
 第1章 現金の消滅
 第2章 小麦の空売りとアラブの春
 第3章 租税回避のカラクリ
 第4章 貧富の格差で大儲けする
 第5章 肥満とダイエットは自己責任か
 第6章 国民全員を薬漬けにする
 第7章 働き方が改革されない理由
 第8章 終わりなき“買い替え(=アップグレード)”
 第9章 権力を持つのは誰か
 第10章 企業が政府を支配する
 第11章 フェイクニュースが主役になるまで
 第12章 ロボットと人間の未来
 第13章 人類史上最大案件=「知性」の取引
 第14章 21世紀のインフラストラクチャー

 「密約」などという言葉を見ると、何やら陰謀論的な匂いがして半身に構えてしまうところがある。「企業による密約が私たちの世界を決めていた」という著者の言葉もそれに輪をかける。しかし、「世界に意外な形で影響を及ぼした企業の活動」とでも捉えれば、この本で書かれている「現実」は非常に考えさせられるものがある。特に「問題を作り出してその解決策を売る」という部分は衝撃的でもある。

 今は世の中キャッシュレス社会に向かって動いていて、個人的にもそれは歓迎すべき世界だと感じているが、第1章で語られる「現金の消滅」もまた密約だという。クレジットカードでは人は痛みを感じないということは昔から言われているが、現在はさらにペイパルはインターネットを即売マシンに変え、iPhoneが新しい銀行になろうとしているという。現金を失うことに人は抵抗を感じるが、そうでなければ消費が伸びやすくなる。それが密約なのかどうかはともかくとして、事実は事実。ただそれが問題なのかどうかは個人的に難しい。現金を使わないのは、一方で大変便利でもあるからである。

 アラブの春をもたらしたものは、実は小麦価格の高騰だということは、『「歴史×経済」で読み解く世界と日本の未来』でも説明されていたが、小麦価格の高騰の原因をさらに探っていくと、それは小麦の空売りが原因だという。すなわち、需給というより投機である。ただ、それをさらに突き詰めていって、空売りの元となったオプション、ひいてはブラック・ショールズモデルにまで遡るのは、「密約」的な感じではない。

 面白いのは、第5章の「肥満が保険を売るために生み出された」という説明だろう。ルイ・ダブリンという統計家がBMIを考え出し、一夜にしてアメリカ人の半数を「太り過ぎ」か「肥満」に分類したという。実はこの基準によると、ウサイン・ボルトも肥満に該当するというから驚きである。そして飢餓実験でダイエットが太る体質を作ることが判明したが、その事実は伏せられ、痩せる必要性が叫ばれる。原因として脂肪を悪者にするが、その影で砂糖は難を逃れる。低脂肪食品は味が薄くなるため砂糖で補われてきたという説明には驚きを禁じ得ない。

 また、医薬品業界は、すべての人を患者にし薬をチューインガムのような存在にすることを狙う。ADHD、躁うつ病、PTSD、メタボ、生理前症候群などの新しい病気が生み出されて薬が処方される。コレステロール降下剤のスタチンは世界中で爆発的に売れているが、(効果があるはずの)心臓病がいまだに欧米の死因の第1位を占めている。こういう説明を聞くと、新しい「病気」の数々は、果たして医学が進歩した結果なのかどうかわからなくなってくる。

 さらにアメリカでシェルビー電気という会社が作った電球が116年間も光を放ち続けている事実が紹介される。これは実に衝撃的である。そして実は1932年に大手電気会社で「ポイボス」というカルテルが作られ、6ヶ月以上もつ電球を作る会社を潰すことにしたのだとか。「計画化された陳腐化」とされているが、iPodの電池が18ヶ月で寿命となり交換できないという事実が指摘される。電球は一年もすれば切れるものだと思っていたし、そういうものだと思っていたから、言われてみて改めて愕然とする。

 今や企業が政府をコントロールし、強大な力を持っている。政府は国境に閉じ込められるが、企業はそれを超えて世界を支配する。誰も知らないうちに企業が政府の上に存在する。「AIが人の仕事を奪うようになる」ということは最近頻繁に耳にするが、それよりも「人が機械の仕事を奪いあう」ということにもっと大きなショックを受ける。今やアメリカでは自動洗車機は脇に置かれ、人が代わって洗車をしているのだとか。なぜなら失業の恐怖から人は必死に洗車をし、しかも「機械より安い」のだという。「ロボットより安い人間がロボットの仕事を奪い合う未来」は考えるだけでも恐ろしい。でもそれは残念ながら空想SFの世界の話ではなさそうである。

 繰り返しになるが、「密約」という言葉に引っ張られることなく、冷静に読んでいくと、なかなか恐ろしいものがある。人は気づかぬうちにいつの間にかいいようにコントロールされているのかもしれないと思えてくる。すべて故意的な策略などとは思えないが、悪魔の見えない手で導かれていると言っても過言ではないかもしれない。
 
 果たして、我々はコントロールされているのだろうか。その答えを探る前に、まずはそうした知識が必要である。その知識を身につけるのに、一つの参考になる一冊である・・・



posted by HH at 00:00| 東京 ☔| Comment(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月25日

【逆転交渉術 まずは「ノー」を引き出せ】クリス・ヴォス/タール・ラズ 読書日記957



原題:NEVER SPLIT THE DIFFERENCE
1 交渉の新しいルール―ハーバード流交渉術を超える
2 相手のことばをくり返す―ミラーリングで説明を促す
3 相手の痛みは、感じるのではなく言語化せよ―ラベリングと戦術的共感
4 相手の「ノー」から交渉ははじまる―拒否の返事はこわくない
5 どんな交渉もひっくり返す魔法のことば―要約で相手を誘導する
6 現実のとらえ方を変えさせる―「公正さ」という武器の取りあつかい方
7 理想の解決策を相手から引き出す―対決から協力に変える“狙いを定めた質問"
8 実行すると保証する―重要人物全員の確約を得るには?
9 値切り交渉は熱く―中間点で妥協しない戦略
10 隠された情報を見つける―交渉を逆転させるブラック・スワンの在り処

 著者は、元FBIの交渉人。「24年間に渡りアメリカ合衆国内外の人質事件を解決に導いてきた」というプロフィールは、それだけで十分興味をそそられるものがある。そんな著者が語る「交渉術」。日頃から交渉の機会は多いし、会社で議論することも多い。そんなわが身に役立つこともあるのではないかと思って手にした一冊。

 本書で著者が、読者が学ぶべき最大の要点として挙げているのは「戦略的共感」。そしてそのための手段として、「武術としての傾聴」「受動的活動ではなく積極的行為」とする「傾聴」。そこには、「人は話を聞いてもらっていると感じる時、自分自身の声に注意深く耳を傾け自分の思考や感情を率直に分析したり明確にしたりする傾向がある」という考え方があるようである。そんな説明に対し、後に続く具体的内容に興味がわく。

 本書の目的は、「自分が欲しい物を意識的に手に入れる方法を身につけること」だとする。個人的に大変興味のあるところである。そしてその具体的方法として以下のものが挙げられる。
  1. アクティブリスニング
  2.ミラーリング
  3.戦略的共感-ラベリング、非難の聴取
  4.「その通りだ」と言わせる質問
  5.「ノー」と言わせる
  6.相手の現実を曲げる
  7.狙いを定めた質問

 上記の中で、「ミラーリング」とは鏡のように(相手の言うことを)そっくり返す」と言うことであるが、このテクニックはあちこちで語られている。それだけ効果が高いのだろう。さらに「深夜のFMラジオDJの声」と言う面白い表現がされているが、人は前向きな気持ちの時、頭の回転が速くなり協力して問題解決に臨むということから声のトーンにこだわったもの。声のトーンまで考えるのはさすがプロという感じがする。

 また、「ラベリング」という相手の感情(どう思っているか)を言葉にして表すという行為も面白い。例えば人質事件では、犯人に対し「刑務所に戻りたくないようだね」といった類である。「ネガティブな感情をラベリングすることでそれを発散させ、ポジティブな感情をラベリングすることでそれを強化する」という目的のものらしい。

 さらに相手に「ノーと言わせる」というのもなかなかのテクニックである。こちらの考えに対し「ノー」と言っても良いと許可することになり、それが相手の自立性を保持することになり、感情を鎮め決定の実効性を増し、相手側はこちらの提案をよく見ることができるとする。言われてみれば、そうなのだろうと思うことである。ビジネスの現場において交渉が頓挫しそうな時、「このプロジェクトを断念したのですか」という問い掛けをするのを例として挙げている。

 価格交渉については、個人的に最も興味のあるところであったが、これについてはちょっと期待外れであった。というのも、これは私の場合、あまり現実に使えそうもない。価格交渉もいろいろなケースがあるからやむを得ないであろう。しかし、説明されていたテクニックのうち、「目標とする金額を決める」「端数を丸めず細かい数字を使う」「最終的な金額には金銭以外のものを付け加えてこちらが限界に達していることを示す」などは参考になるかもしれないと思う。

 交渉には筋の通らない主張だと思える時があるという。それを著者は「ブラック・スワン」と呼んでいるが(この言葉も『ブラック・スワン』以来すっかり一般的になった)、それも相手には相手のルールがあるものであり、単に「情報不足」なのかもしれないし、相手は相手でこちらにはわからない「制約」を受けているかもしれないし、「他に関心がある」のかもしれないというが、その通りだと思う。

 交渉術というだけあって、しかも人命のかかった状況下でそれをこなしてきただけあって、その内容はなかなかである。やっぱり具体的な事件の事例はそれだけでも面白い。読んですぐ交渉達者となれるかというと、それは当然そうはいかない。各テクニックも理屈はわかるが、実際の交渉現場でどう応用したら良いのかという一番の問題がある。それが本の限界といえば限界なのだろう。
 それはそうであるが、そこは自分なりの工夫で補ってみたいと思わされる。長年の技術と経験に裏付けされた理論が心地よい一冊である・・・



posted by HH at 00:00| 東京 ☔| Comment(0) | ビジネス/自説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月17日

【対立の世紀 グローバリズムの破綻】イアン・ブレマー 読書日記956



原題:US VS.THEM THE FAILURE OF GLOBALISM
第1章 「勝ち組」と「負け組」
第2章 危険信号
第3章 12の断層線
第4章 分断の壁
第5章 ニュー・ディール

 トランプ大統領の誕生や移民問題やそれに端を発したイギリスのブレクジットなど世界の激動は続いているが、そんな現代社会を分析した一冊。著者はその道の第一人者であるというニューヨーク大学の教授である。原題にもある通り、これはグローバリズムの底辺からの崩壊の物語。世界で今起きている政治・経済及びテクノロジーの変化とそれによってもたらされる次の勝者と敗者の波とその間の広がりゆく格差が取り上げられている。常に「われわれ対彼ら」という対立構造で捉えている。

 第1章では「勝ち組」と「負け組」というもうかなり言い古された言葉がテーマとなっている。グローバリズムがもたらすものは、経済的格差の拡大とそれによる中間層の没落。格差拡大は、『21世紀の資本』をはじめとして、もうあちこちで語られている。ル・ペン氏の「奴隷が製造したものを失業者に売りつけている」という例えは、冷静に考えると核心をついていると言える。「生活を脅かされた人々は、自分たちの問題の責任を押し付ける対象を探し、その対象を厳しく批判する」という説明も、現代の問題点を表している。

 グローバル化と移民の問題、定着する格差、サイバー攻撃、AIによる自動化が仕事を奪う問題、これらは危険因子として挙げられる。これらの難局を乗り切るには、国家としてのレジリエンス(強靭さ)が求められる。それは変化に対する対応力であるが、何より政府の財力であり、教育であり格差の抑制策である。「民主主義は抗議行動やデモなど国民の怒りを表す余地が存在するため衝撃を吸収することができる」という意見は、言われてみればその通りだが、思ってもみなかった見方である。

 こうした危機に弱いのが発展途上国。ここでは特に12カ国が挙げられている。中国、インド、インドネシア、ロシア、トルコ、ブラジル、メキシコ、ベネズエラ、ナイジェリア、サウジアラビア、エジプト、南アフリカ共和国であるが、それぞれが内包する問題が説明されるが、サウジアラビアなど思ってもみなかった指摘が新鮮である。

 こうした問題を隔てるものとして、「壁」の説明がなされる。トランプ大統領がメキシコとの国境との間に作ると言って話題になったが、イスラエルでは西岸地区とガザ地区との間にすでに壁が建設されている。そしてその内外格差を知らされると、壁を作ることも一概に否定できない。
その内容は下記の通り。








イスラエル側 ガザ地区・西岸地区側
一人当たり所得US$35,000US$4,300
失業率 4% 42%
幼児死亡率(1000人)3.5人 17.1人
インターネットアクセス80%58%

 ドナルド・トランプ大統領の誕生は世界にとってショッキングだったが、著者は「ドナルド・トランプが『われわれ対彼ら』の構図を生み出したのではなく、この構図がドナルド・トランプを生み出した」と語る。それはその通りなのかもしれない。イスラエルのような壁を作るのか、あるいは税金や社会保障のような「社会契約を書き換える」ことも対応策の一つだという。「生存するには皆が一緒になって生きていくための新しい方法を創り出すことを私たちに要求している」とするが、これこそが著者の言いたいことであるし、われわれの課題でもあるが、なかなか簡単にはいかないように思える。

いずれにせよ、現代社会の問題をコンパクトにまとめたものを読むことによって、教養を得られることは間違いない。自分たちの住む世界のことでもあるし、こういうことに関心を持っていたいと思わされる一冊である・・・



posted by HH at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月12日

【「読む力」と「地頭力」がいっきに身につく東大読書】西岡 壱誠 読書日記955



はじめに 偏差値35だった僕を変えてくれた「東大読書」
PART1 地頭がよくなる「東大読書」の5ステップ
 STEP1 仮説作りで「読み込む力」が劇的に上がる!
 STEP2 取材読みで「論理の流れ」がクリアに見える
 STEP3 整理読みで、難しいことも「一言で説明できる」ようになる
 STEP4 検証読みで「多面的なものの見方」を身につける
 STEP5 議論読みで本の内容を「ずっと記憶」しておける
PART2 東大流「読むべき本」の探し方
 METHOD0 「得るものが多い本」をどう選ぶか
 METHOD1 売れている本「ベストセラー」を選ぼう!
 METHOD2 信頼できる人のレコメンド
 METHOD3 時代を超えて読み継がれている古典
 METHOD4 「今年のマイテーマ」を決める
 METHOD5 「読まず嫌い」を避ける

 基本的に私は読書好きであり、したがって「読書」というタイトルがあるとついつい目が止まってしまう。さらに「東大」とあれば興味は湧く。それに著者はなんと現役の東大生。しかも高校3年生の時の偏差値は35だったという。歴代東大合格者ゼロの高校のビリだった著者が、一気に大逆転したのは、読書力によって「読む力」と「地頭力」をつけたためだという。内容に興味をそそられるのにこれ以上のものはないであろう。

 まずは「受け身の読書」から「能動的な読書」へとの説明がある。この本全体を通じて、この「能動的」という言葉がキーワードになる。本と徹底的に議論し考える力を鍛えるために5つの力を養う。すなわち、「読解力」「論理的思考力」「要約力」「客観的思考力」「応用力」である。それぞれ具体的に説明されていくが、その内容はユニークである。

 「本や文章が読めない問題の原因の9割は準備不足」とする。そこで「装丁読み」なるものが紹介される。文字通り装丁という少ない情報から中身を推測するというもの。さらに仮説を立てて全体の流れを想定する。いきなり一から読み始めずに全体像を掴んでからというのは頷ける。こうした内容は小説には向かない。ビジネス書などそこから何かを学ぶ目的の本が対象となる方法である。

 本を読むスタンスは、「記者になって取材する」ことだとする。なるほどと思う。そして「質問読み」「追求読み」が説明される。常に質問を考え続けながら読むことによって問題意識を持ち続けることになり、ただ漠然と字を目で追うこともないであろう。さらに「質問」だけではなく、「疑問」を持つことも大事だとする。そして「追求読み」は、その疑問を自分で調べながら読むこと。自分で調べるという過程が良いとする。

 「整理読み」は、「著者の言いたいこと」と「それを補強する言説」を切り分けること。説明は「要約読み」「推測読み」「検証読み」と続く。「検証読み」では2冊同時に読むことを勧められるが、これは面白いと思う。「議論読み」ではアウトプットを重視する。私もブログにまとめているのは、アウトプットを意識してのものだが、他人との議論ができればそれに勝るものはないのだろう。「自分なりの結論をきちんと出せる人がちゃんと議論することができる」という指摘はその通りだと思う。

 面白いのは、本の二度読みだ。同じ本をもう一度読むときは、同じ目標で読んでも意味はないとする。目標が違うからこそ、見えてくるものが違うという考えに異論はない。自分は何も考えずに二度目を読んでいた。というよりそもそも目的意識など持って読んでいない。次からちょっと考えないといけない。本をたくさん読んでもほとんど忘れてしまっているが、こうした読み方によって少しは変わるかもしれない。

 読み方ならず、最後には本の選び方も紹介されている。「ベストセラーを読む」「信頼できる人からのオススメを読む」「時代を越えて読み継がれている古典を読む」が参考になる。古典は特に意識したい。
それにしても大したものだと思う。何事も本が一冊書けるくらいに極められればと思うが、自分にはそれがない。偏差値35でもここまでになれるなら、どんな高校生にも可能性があるわけである。

 自分もこれからも読書を続けて行くだろうから、この本に書かれていることを少しでも意識してみたいところである。読書好きであれば一冊の価値ある一冊である・・・




posted by HH at 00:00| 東京 ☁| Comment(0) | ビジネス/自説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月09日

【これからの教養 激変する世界を生き抜くための知の11講】菅付 雅信 読書日記954



1.これからの思想――東浩紀
2.これからの生命――池上高志
3.これからの健康――石川善樹
4.これからの建築――伊東豊雄
5.これからの経済――水野和夫
6.これからのメディア――佐々木紀彦
7.これからのデザイン――原研哉
8.これからのプロダクト――深澤直人
9.これからの文学――平野啓一郎
10.これからのアート――松井みどり
11.これからの人類――山極寿一

 著者は長年編集関係の仕事をされている方のよう。この本は、代官山蔦屋で行われた連続トークをまとめたもので、「これから」をより良く生きるための現在進行形のリベラル・アーツ(教養)の端緒に触れられるものになればと意図されたものであるようである。トークの相手は全部で11人。見事に全て知らない人たちである。

 最初に登場する東浩紀は作家であり思想家。浅田彰に「『構造と力』がとうとう完全に過去のものになった」と語らせた人物と聞くと俄然興味がわく。ここでの対談の内容はいろいろな人の思想を挙げつつ思想界の動きを紹介するというもの。「日本的スノビズム」なんて難しい言葉は出てくるものの、興味を惹かれる。

 中でも本筋とは離れるものの、「中国のインテリほど共産党万歳」という話は意外。しかし、「トップを通せばいろいろなことができる」と聞くと納得である。例として日本ではサハ・ハディトに新国立競技場を作らせることができなかったことが挙げられるが、中国でならできたかもしれない。「アーティストや建築家に面白いことをさせる」という点では中国の方に可能性があり、日本では「結局無難なゼネコン案しかできない」という指摘には考えさせられるものがある。

 また、ネット社会における人間関係については、偶然(=弱いつながり)と必然(性がある人間関係)という言葉をキーワードに説明される。「人間が人間であることによって起こる問題はAIでも解決しない」「テクノロジーの救済はやってこない」などの考え方も脳を活性化させてくれる。「宗教は救済を与えるが、哲学は救済も答えも与えない」ということも新鮮である。これらの意味を、もしかしたら表面的にしか理解できていないのかもしれないが、知的刺激が大きいところである。

 そのほかのところでは、「生命」「健康」「経済」の話が興味深く、それ以外にはあまり心惹かれるものはなかった。人それぞれ興味の対象は違うし、それは致し方ないだろう。「生命」は人工生命の研究について。「愛すべきものをつくる」のが大事と考えているとのことで、その「愛すべきもの」とは、「自律性を持っているもの。自分とは関係ない世界を持ちながら動いているものを人は愛す」という話はなるほどである。鋭い視点だと感じる。

 「健康」は予防医学。これも独特。予防医学とは、「限られた予算で誰を救い、誰を殺すかの決断をする」ものという指摘は自分のイメージとは異なるもの。ただ、予防医学は「最善」を目指すという考え方は、なるほどである。「正義」を目指す考え方だとすべてを救わなければならないが、それだとリソースが足りず、だから「最善」なのだと。「人数で見ると、脳卒中になる人は高血圧の人より正常値の人の方が多い」という「予報医学のパラドックス」も面白い。

 「経済」は、格差問題。今や世界人口の半分の人の資産と同じ額をトップの8人で所有しているという話から、もはや経済学では説明できない格差が生じているという。それは比較的格差が少ないとされている日本においても同様だという。経済学上利子率がゼロになるのは、利子率生活者=資本家階級の安楽死になるので望ましいしいう意見には大いに頷かされる。資本主義の終焉が囁かれるが、問題はその後にどういう社会にするのか代替案がないことだという。これには自分も考えさせられる。

 興味のあるなしはあるものの、総じてなかなか面白い議論であったと思う。こういう意見に折に触れ接していたいと思う。そこから自分なりに考えてみたいところもある。「思想」の東浩紀や「文学」で登場した平野啓一郎については、今度著作を読んでみたいと感じた。そういうキッカケもあると思う。知的に刺激を受けるにはいいかもしれない一冊である・・・




posted by HH at 00:00| 東京 ☁| Comment(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月08日

【善人ほど悪い奴はいない ニーチェの人間学】中島義道 読書日記953



第1章 善人と弱者
第2章 善人は安全を求める
第3章 善人は嘘をつく
第4章 善人は群れをなす
第5章 善人は同情する
第6章 善人はルサンチマン(恨み)を抱く

 著者の本は、『「純粋理性批判」を嚙み砕く』『孤独について』と続けて読んでいる。なんとなく著者に興味を持ち、さらに著作を読んでみたいと思って手にした一冊。今度は私も結構興味を抱いている哲学者ニーチェを扱っているところも興味深いところである。

 この本は、反語的なタイトルにある通り、善人批判の本である。善人に批判するところなどあるのかと思うが、さにあらず。なかなか考えさせられるものである。まずは善人=弱者としての批判。弱者とは、「自分が弱いことを骨の髄まで自覚しているが、それに自責の念を覚えるのでもなく、むしろ自分が弱いことを全身で正当化する人のこと」と定義する。善人たちは「すべて悪人たりうるほど強くないゆえに善人である」とはひねくれた見方にも思える。しかしながら、「いじめを眼前に見聞きし、ドキドキしながらも目をそらして何もしない子のように眼前でいかなる不正が行われていても、自分の平安が脅かされない限り何もしない」と言われると、返す言葉がない。

 「子供をこの世で生きて行くように育てたいのなら、この世が優しさや善意だけでは生きていけないことを教えないといけない」というのは、真実だろう。綺麗事ではない本音の議論を聞くが如しである。この本はニーチェの哲学の解説かと思っていたが、どうも著者の考え方が絡み合って紹介されていて、ニーチェの考え方なのか著者の意見なのかわからなくなることしばしばである(同じなのかもしれない)。それは現代日本の例を挙げているところに現れている。

 現代日本では「バカ注意放送漬け」と著者は語る。曰く、「黄色い線の内側をお歩き下さい」といった類いのものである。「この国の善人どもは自己責任などすっかり忘れ、身の安全をお上に丸投げしている」と手厳しい。それに加え、後期高齢者に対しては、「自分たちは労働せず、若者壮年たちに労働をさせてそのあがりでタダで生きているだけだと自覚してもらいたい」とする。このあたりはもうニーチェの思想だけではないだろう。

 しかし、ニーチェの思想を説明したところもある。例えば有名な「超人」については、「たとえ自分が意図的にいかなる悪行も犯さないとしても責任を負おうとする(貴族道徳)者」とする。これに対し、善人は「自分が犯した悪行にさえ責任を負いたくない卑怯者(蓄群道徳)」としている。また、善意の嘘も否定するが、これはカントも同じ考えで、悪漢に追われた友人を嘘をついて匿うのもダメとする。これはなかなか深い議論だと思う。

 著者自身は非常に変わった考えの持ち主で、それはいろいろな編集者たちと衝突している例からもわかる。普通なら、「そんなにひねくれて考えなくとも」と思いそうなものだが、私は個人的に共感できる部分が多い。ということは、やっぱり私もひねくれ者だということだろうかと思ってみる。特に「我々は確固たる信念を持ってそれを実現しようとすると必ず周囲の他人とぶつかる。自分の信念や美学を貫くには、対立に伴う苦痛を避けては通れない」という主張には激しく共感してしまう。

「善人は群れをなし、あらゆる要求をする暴君となる」
「同情は同情を要求する者を卑劣に、破廉恥にし、同情する者を偽善的・欺瞞的にし両者の心を腐らせるゆえに禁じられるべき」
激しく善人を攻撃する手は最後まで緩めない。著者がニーチェと一体になって最後まで語り尽くす。やっぱりこの著者からは目が離せない気がする。

 ニーチェの思想なのか著者の思想なのか、その境界線は(あるとするなら)よくわからないが、相通じるものがあるのは確かである。
もっと深く理解したいと思わされる一冊である・・・




posted by HH at 00:00| 東京 ☁| Comment(0) | 人生論・哲学・生き方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月04日

【クラシック天才たちの到達点】百田 尚樹 読書日記952



第1部 天才たちの青年期・壮年期
 第1曲 ショパン「ピアノ協奏曲第一番」
 第2曲 ベートーヴェン「第七交響曲」
 第3曲 モーツァルト「フィガロの結婚」
 第4曲 リヒャルト・シュトラウス「ツァラトゥストラはかく語りき」
 第5曲 メンデルスゾーン「ヴァイオリン協奏曲」
 第6曲 ドヴォルジャーク「新世界より」
 第7曲 ヨハン・シュトラウス二世「美しき青きドナウ」
 第8曲 バッハ「無伴奏チェロ組曲」
 第9曲 プッチーニ「ラ・ボエーム」
 第10曲 ストラヴィンスキー「春の祭典」
 第11曲 フォーレ「レクイエム」
 第12曲 ベートーヴェン「第八交響曲」
 第13曲 リヒャルト・シュトラウス「サロメ」
 第14曲 ベートーヴェン「ピアノ協奏曲“皇帝”」        
第2部 天才たちの到達点
 第15曲 モーツァルト「三大交響曲」
 第16曲 ベートーヴェン「ピアノソナタ第三二番」
 第17曲 ブラームス「クラリネット五重奏曲」
 第18曲 スメタナ「モルダウ」
 第19曲 モーツァルト「ピアノ協奏曲第二七番」
 第20曲 ベートーヴェン「ディアベリ変奏曲」
 第21曲 シューベルト「ピアノソナタ第十九〜二十一番(遺作)」
 第22曲 モーツァルト「レクイエム」
 第23曲 ベートーヴェン「後期弦楽四十奏曲」
 第24曲 バッハ「フーガの技法」
 第25曲 リヒャルト・シュトラウス「四つの最後の歌」

 様々な小説を読ませて楽しませてくれ、ツイッターでは政治的発言で反対派を刺激している百田尚樹のクラシック音楽を扱った一冊。意外な気もするが、実はご本人は十代の頃にその魅力にとりつかれて以来、40年以上も耽溺しているクラシックファンなのだという。これはそんなクラシック音楽に対する思いを爆発させたような本。はっきり言って、クラシック音楽に興味のない人には面白くもない本だと思う。

 ここで採り上げられているのは、百田尚樹が厳選したのであろう全25曲。それぞれについて、曲にまつわる簡単なエピソードや著者のその曲に対する思いなどが綴られていく。元ネタを聞かないと解説だけ読んで想像するのも難しいが、それを見越してなのか巻末には全25曲のさわりを収録したCDが添付されている。聴きながら、というわけにはいかなかったが、気になる曲はすぐ確認できるのがありがたい。

 個人的にクラシックは嫌いではないし、現にバッハやモーツァルトやブラームス、スメタナなどのCDは個人的に所有している。そんな背景もあって、この本を手にしたという経緯がある。それでもただ聴くだけではなく、独自の解説がなされていたりすると、また違って聞こえるような気もする。例えば、最初のショパンの「ピアノ協奏曲第一番」については、「ショパンの代表作であり、恋人と破局した直後に作曲しもの」。著者も「大人になって鑑賞し直すと深い感動を与えられた」と語るとなると、イメージが変わってくる。

 それぞれの曲に対する著者の解説も興味をそそられるものである。
1. ベートーヴェン「第七交響曲」− ロック好きな友人が夢中になった!
2. モーツァルト「フィガロの結婚」− もっともモーツァルトらしさが詰まっている、台本と音楽の齟齬は微塵もない!
3. ヨハン・シュトラウス二世「美しき青きドナウ」− (父と子のワルツ戦争のエピソードが面白い)
4. バッハ「無伴奏チェロ組曲」− (バッハの妻アンナの物語が新鮮であった)
5. ストラヴィンスキー「春の祭典」− 才能を爆発させた若き天才の最高傑作!
6. リヒャルト・シュトラウス「サロメ」− 恋に狂った女の狂気を音で表現!
7. ベートーヴェン「ピアノソナタ第三二番」− 人類が残した最も偉大な曲!

 こうした解説を読めばどの曲も聴いてみたくなる。また、自分のよく知っている曲であれば、何気なく聴いていたあの曲にこんな背景があったのかと思わせてくれるものがある。25曲の内訳は、ベートーヴェンが最多の5曲であり、以降モーツァルト4曲、リヒャルト・ストラウス3曲、バッハ2曲となる。著者の好みがわかるようで興味深い。

 考えてみれば、音楽を言葉で表現するのは難しい。言葉は読めば誰でも理解できるが、音楽は黙って聴くと感じ方は人それぞれだからである。それでも、言葉で表現された音楽を聴くというのもまた新しい感じ方になるのかもしれない。
 ここに出てくる曲だけでなく、改めてクラシック音楽をじっくりと聴いてみたいと思わせてくれる一冊である・・・




posted by HH at 00:00| 東京 ☁| Comment(0) | 百田尚樹 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月03日

【これからを稼ごう−仮想通貨と未来のお金の話−】堀江 貴文 読書日記951



Introduction ── 仮想通貨は問いかける
第1章 僕らは1000年に1度の転換期を迎えた
第2章 ビットコインと自由
第3章 イーサリアム革命
第4章 国家と通貨と仮想通貨
第5章 トークンエコノミーの中で
終わりに ── エストニアにて

またホリエモンの本を手にする。今度の内容は「仮想通貨」。ホリエモンは、従来から仮想通貨の可能性について述べている。この本はそれを改めて一冊にまとめたものである。
「いつまで君は円建てで人生を考えているんだろう」という問いかけが刺激的である。
仮想通貨といえば、どうしてもマウントゴックス事件とか、最近の価格の急騰とかのニュースのイメージで捉えてしまう。改めて仮想通貨とは何なのかは積極的に知っておきたいところである。

仮想通貨とは、価格の急騰に見られるが如く画期的な財テク術ではない。「儲かる、儲からない」の考え方で捉えていると本質を見失うとする。それは我々の「これから」を豊かにするテクノロジーだとする。この本で、ホリエモンは再三にわたって「テクノロジー」という言葉を使う。これが1つのキーワード。

どうしても気になる「マウントゴックス事件」は、1つの大きな取引所のセキュリティに重大な問題があったということだけで、ビットコインの設計自体に問題があったわけではないとする。さらに、「コインチェック事件」というのもあったが、ともにブロックチェーンという技術そのものの欠陥が露わになったということではないという。技術の進展に伴って起きうる事故の類なのかもしれない。

「お金は信用を数値化したもの」とは、ホリエモンの従来からの主張。そして仮想通貨が持つ信用力とは数学的なテクノロジーにより裏打ちされているとする。どうしてもわかりにくいのは、こうした技術的なわかりにくさもあるだろう。「公開鍵暗号方式+P2P+ブロックチェーン」という3つの技術の組み合わせと言われてもピンとこない。

そうした難しさはスルーしてしまってもいいのかもしれない。この本では、「マイニング」という行為の意味とか、「トークン」という言葉の意味とかはなんとなく理解できる。しかし、どうしても技術的なものについてはイメージがわかないのも事実である。国家の管理を離れた独自の経済圏ができる可能性とかが語られるが、そのあたりは何となく理解できる。

「これからお金の価値は下がって行く。その中で豊かになれる人というのは、お金との交換ができない独自の価値基準を持っている人」
「21世紀は仕事と遊びの教会が溶けてきている時代」
「評価経済社会だろうと、通貨主義社会だろうと動かない者が負ける」
これらの考え方は、仮想通貨を抜きにしても真実だと思う。

ホリエモンもこの本では仮想通貨が万能だとは語っていない。ホリエモン自身、すべては模索中であり、すべては「これから」と語っている。その通りなのだろう。自分としては、慌てて飛びつくつもりはないが、「これから」の発展を横目でチェックしつつ、来るべき変化に思考停止にならないようにだけはなっておきたいと思う。そのためにも、ホリエモンのような人の言動や、仮想通貨の動きにも注目していきたい。

そんなことを思わせてくれる一冊である・・・



posted by HH at 00:00| 東京 🌁| Comment(0) | 金融・経済・株式 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする