2019年03月29日

【ドーン】平野 啓一郎 読書日記1011



第1章 それぞれの物語
第2章 惑星と惑う人々
第3章 過去は熾んに乱反射する
第4章 メールシュトレーム
第5章 見えない群
第6章 我と汝
第7章 永い瞬きの終わりに

 著者の評判を聞き、興味を抱いて読んでみようと手にした一冊。評判が良くても伊坂幸太郎みたいに個人的に合わない作家もあるから、そこは賭けみたいなものである。新しい作家との出会いはそんな緊張感もあったりする。

 ちょっと変わったタイトルは、有人火星探査船の名前。これはいよいよ火星への有人探査が現実化した未来社会を舞台にした物語。物語の中にはいくつもの物語が存在する。登場人物の1人は日本人外科の佐野明日人。妻今日子がいるが、10年前の東京大震災で最愛の息子太陽を亡くしている。そして明日人は医師クルーとして有人火星探査船《ドーン》に搭乗する。クルーには米副大統領候補の娘リリアン・レインがいて、物語の背景で米大統領選が進んで行く。

 一方、米社会ではハマダラ蚊を利用した致死性の熱帯熱マラリアによるテロが起こる。犠牲になったのは、ジャック・ダニエルと称される男のほか数名。時に東アフリカでは米軍が介入する東アフリカ戦争が起こっている。そんな中、打ち上げられた有人火星探査船内では、リリアン・レインの妊娠騒動が起こり、クルーの1人であるノノ・ワシントンが精神に異常をきたす。そうした物語が交互に織り成されて進んで行く。

 物語に添加されるのは、未来社会の数々の技術。最愛の息子を失った明日人と今日子だが、太陽のDNAから作られたAR人間というヴァーチャル人間のような形で誕生した太陽と今日子は暮らしている。町中に「散影」という監視カメラネットワークが張り巡らされている。生の生鮮現実に対して、添加現実というヴァーチャル現実の技術がある。可塑整形という変幻自在の整形技術は「散影」の普及が後押しした面もあるかも知れない。

 こうした技術に加え、「分人=dividual」という概念もしばし語られる。これは個人の中にある様々な「顔」とでも言うべき人格のことで、よく内と外で変わる(外面がいい)など人によって見せる顔が違ったりするのを1つの人格のように表しているのである。ちょっと哲学的な匂いがするところである。

 また、泥沼化する東アフリカ戦争では、米軍は民間戦争会社への委託を進めており、そこには移民を中心とした低所得者層の若者を多く集め、正規軍に代わって危険な任務を担う様が描かれている。正規軍の戦死者を減らすことで批判をかわせることができるもので、これは既に顕在化しつつあると思うが、そんな問題も大統領選のテーマの1つとして挙げられていたりする。

 様々な物語が詰め込まれていて、初めのうちは迷子になりそうであったが。火星探査というのは背景として描かれているだけ。火星での変わった出来事が描かれるわけではない。中心となるのは各々の人間ドラマ。バラバラだったストーリーが最後に集約して行く。SF的ではあるが、根底にある人間ドラマと現代でも当てはまりそうな問題点を諸々考えさせてくれる。

 試しに読んでみたのであるが、その不思議なテイストは興味深い。もう少し他にも読んでみたいと思わせてくれる一冊である・・・



 


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2019年03月25日

【破天荒フェニックス−オンデーズ再生物語−】田中 修治 読書日記1010



《目次》
トラックのハンドルを握るのは誰だ!?
新社長は救世主なるか?
目指すはメガネ界の「ZARA」
突きつけられた「死刑宣告」
全国店舗視察ツアー
スローガンに不満爆発
「利益は百難隠す」を信じて
絶対にコケられない新店舗
血みどろの買収劇
悪意は悪意をよぶ〔ほか〕

 その昔、格安でメガネが作れるとあって初めて格安メガネを作ったが、それがオンデーズのものであった。今でも家にあるが、2本目を作ろうとは思っていなかった。もうずいぶん前だが、その間、知らないところでオンデーズは劇的に変化していたようである。その立役者となったのが、本作の著者。時に2008年、乱脈経営から経営難に陥っていたオンデーズの創業者から株式の70%を著者が買い取り、経営に参画する。この本は実話をベースにしてそんなところから描かれていく。

 経営権を取得した著者であるが、いきなりの波乱万丈。なにせ20億円の売り上げに対して14億円の赤字を抱えてのスタート。金融の常識的には、年商の半分を上回る負債は危険水準。知人のベンチャーキャピタルから派遣されて来ていて、この後著者と二人三脚でオンデーズを切り盛りする奥野氏が無謀だと止めるのも道理である。しかし、著者はこのアドバイスを(そしてこの後のアドバイスもことごとく)聞きながらも強行する。そしてことごとく地獄の淵を覗くことになる。

 買収していきなりの資金繰り危機。実は企業では資金繰りがとても重要。黒字が出ていても資金繰りで破綻するケースだってある。ましてやオンデーズは赤字である。銀行は当然ながら一銭も貸してくれない。あれこれと苦心して最初の危機は乗り切るが、現金残高はわずか20万円。著者は、この後すべての銀行借入に個人の連帯保証を仕入れ(これは失敗したら自己破産を意味する)、人生をオンデーズの再生に賭けていく。

 その後も次々と遅い来る資金繰り危機。銀行との返済交渉。そんな状態なのに無謀にも雑貨チェーンをM&Aで買収する。なんとかこれで売り上げの相乗効果を狙うが、旧経営陣の裏切りで両者とも資金繰りの危機を迎えてしまう。メガネ業界は格安勢が大攻勢を賭けて既存勢力を駆逐して行くが、そのトップを行くのはライバルのジェイムズ(JINSのことだろうか)で、その差は圧倒的。

 素人的に考えても、やはり商品力が大事だと思うが、著者は鯖江の業者を猛烈なアタックで口説き落とし、目指す「ファッションメガネ」の布石を打つ。前社長時代にはノルマ達成のために社員に無理やり自社商品を買わせていたのに、これを売り出す初日に社員が自ら欲しくてどんどん買って行くシーンはちょっと目頭が熱くなる。全支店を周り、社員と飲み会を繰り返し、著者はそのチャラい外見とは裏腹に、地道な努力を続けて行く。

 自分などすぐに安定を考えてしまうが、著者は次々と大胆な手を打って行く。それは無謀と紙一重。上手く行ったから良いものの、破綻とは背中合わせの連続。エンターテイメント小説としては誠に面白いが、実際にこんな事業展開の中に身を置いていたら神経が何本あっても足りない気がする。そしてシンガポール、台湾と海外進出を成功させるが、この決断を実際にできる人は少ない気がする(少なくとも金融機関出身者には難しいだろう)。

 物語としても面白いが、実際の起業話(これは買収して経営参加したのだが実質的には起業と考えても同じだろう)としても参考になると思う。起業家にとって必要なのは、度胸と冷静な判断と決断、そして仲間たちというのが実によくわかる。そういう志のある人にとっては、必見と断言できる一冊である・・・


 
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2019年03月22日

【お金の流れで読む日本と世界の未来−世界的投資家は予見する−】ジム・ロジャーズ 読書日記1009



序章 風はアジアから吹いている――ただし、その風には「強弱」がある
第1章 大いなる可能性を秘めた日本
第2章 朝鮮半島はこれから「世界で最も刺激的な場所」になる
第3章 中国――世界の覇権国に最も近い国
第4章 アジアを取り囲む大国たち――アメリカ・ロシア・インド
第5章 大変化の波に乗り遅れるな
第6章 未来のお金と経済の形

 著者は、ウォーレン・バフェット、ジョージ・ソロスと並んで世界三大投資家と称される人物。これまでもリーマンショック、トランプ当選、北朝鮮開国を次々と予言して的中させてきたとかで、そんな大投資家が日本と東アジア経済の未来をどう見るのかについてインタヴューに答えた一冊。「5年後アジアで一番幸せな国はどこか」をテーマに語っている。

 投資家らしく、「成功したければ将来を予測しなければならない」と言う。そんなご本人は、現在家族でシンガポールに2007年から移住していると言う。その理由は、娘2人に(将来必須となるであろう)中国語を習得させるためだと言う。「歴史は韻を踏むように少しずつ形を変えながら反復し続ける」と言う著者にとって、中国の台頭は必至らしい。
 
著者は、「もし私が10歳の日本人だったら、日本を離れて他国に移住する」と語る。その理由は、債務が大きい国は常にひどい姿になって終焉するという歴史の教訓だとする。人口が減少し、移民を受け入れない国には将来大きな問題が起きるという予言はできれば当たって欲しくない。さらに日本の好景気はうわべだけで、アベノミクスが成功することはないとする。そんな日本ではあるが、投資家としてはオイシイのだとか。世界中の株価が暴落しても、日本株、中国株、ロシア株は保有しておくらしい。

 個人的に移民には反対であるが、著者の話を読むとその考えもグラつく。移民してくる人は、そもそも勇気があるから国を出てくる人だという意見は確かにその通りだと思う。それに異なる文化を持ってやってきてもやがて同化するとする(特に子供は確実だとする)。変化を拒んでいればいずれ職を失うとするが、それは個人だけに当てはまることでもないだろう。

 日本に投資するなら、観光、農業、教育だとか。日本の強みはクオリティへの探究心、類稀なる国民性、貯蓄率の高さであるとする。ダメというだけではなく、日本への処方箋も提言してくれている。すなわち、「歳出カット」「関税引き下げと国境の開放」「移民の受け入れ(ただし慎重に)」である。さらに中国・韓国のようにエンジニア育成に国費をもっと投じる必要があるという。このあたりの意見は頭の隅にとどめて起きたい。

 アジアでは韓国に注目しているという。それは北朝鮮の開国。統一されることで、韓国の少子高齢化問題は解決されるとする。5年後のアジアで最も幸せな国になるとする。このあたりはこれからじっくり観察したい。中国については、何かと非難される一党独裁については一般とは違った見方をしている。すなわち、共産党員9000万人の中から選ばれて党書記になるわけであり、ある意味アメリカの大統領制より民主的だとする。

 最後に大事だとする心得が伝授される。
 1. 人のアドバイスには耳を傾けるな
 2. 学歴と成功は無関係
 3. 投資家に必要なのはほとんどの場合、「何もしないこと」
 4. 通貨の混乱やインフレから身を守るにはリアルアセット(実物資産)を持つしかない
 5. これから必要なスキルは外国語
 6. 移住するなら韓国、中国、ベトナム、コロンビア
 7. 賢い投資家はETFに入っていない企業の株を買う

 「人と同じことをして成功した人はいない」という言葉は心に残る。これからの行き方も書かれていて、若い人には参考になるかもしれない。もちろん、今の自分にも心得て起きたい話も多い。このクラスの人となると、1つ1つの言葉に多くの学びが含まれている。大いに刺激を受ける一冊である・・・
 

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2019年03月14日

【考える力がつく本―本、新聞、ネットの読み方、情報整理の「超」入門 単行本】池上 彰 読書日記1008



《目次》
1章:考える力を身につけるには
2章:「図解」で理解を深める
3章:新聞の読み方
4章:雑誌・ネット・テレビの見方
5章:人から話を聞くためには
6章:本の読み方・選び方
7章:リーダーたちは何を読んできたのか
コラム 私はこんな本を読んできた

 子供に身につけさせたいと常々思っているのは、ズバリ「考える力」。そういう自分にとって、この本はまさにジャストフィットするタイトルである。場合によっては子供に読ませようと手にした一冊。

 どうしたら考える力を養うことができるのか。そのためには「アウトプットを増やす」ことが大事であり、質の高いアウトプットをするためには、まずはインプットが不可欠とする。「自分が知っていることを小学生にもわかるように説明できるか」著者はそれを週刊こどもニュースで学んだという。「知ったつもり」になっていることが山ほどあるというが、自分もそうだろうと思う。

 入ってくる情報をボォーッと受け入れてもチコちゃんに叱られるだけ。どう捉えるべきか、考え方のヒントも参考になる。
 1. 「そもそもなぜなのか」と考える
 2. それで得をするのは誰かを考える
 3. 何でも図にして考える癖をつける
個人的に1と3は日頃やっているなと、自画自賛。我が子には大いに勉強になるかもしれない。
 
 池上氏の大きな情報源は新聞とのことである。情報の「フロー」と「ストック」という考え方は新鮮である。毎日のフロー情報から「わからない」を見つけて「ストック情報」にあたるそうである。新聞の魅力は何より「ノイズ」(勝手に入ってくる情報)だとする。新聞を広げると興味のないことも向こうから飛び込んでくる。最近、新聞を軽視し始めていたが、改めてその重要性に気がつく。朝はさっと目を通すだけで、読むのは夜。そんな読み方も参考になる。

 優れたブロガーを見つけようという提言もある。池上氏でもそんなブロガーがいるんだと意外に思う。具体的なブロガーを紹介してくれたらもっと良かったのにと残念に思う。人から話を聞くに際しては、聞き出す秘訣は功を焦らないことだとする。相手に仮説をぶつけ、聞き役に徹する。自分は何が知りたいのかをまずハッキリさせる。そんなところは意識したいところである。

 もっとも情報収集に役立つのはやっぱり本だとする。池上氏は速読は必要ないと主張するが、同意見の自分としては安堵する。ビジネス小説がオススメだというのは意外な気もするが、やっぱりそうだろうと思う。池上氏が考える現代のリベラルアーツたる教養7つは次の通り。「宗教」、「歴史」、「宇宙」、「人類の旅路」、「人間と病気」、「経済学」、「日本と日本人」。なかなか面白い考えである。いくつか例示されている本は読んでみようと思う。

 最後は、各界のリーダーたちのオススメ読書。これもいくつかは「積ん読リスト」に入れておこうと思う。当初の目的であった中学生の息子に読ませるかどうかは微妙なところ。理解できるだろうかと正直思う。この本に書かれていることは、大人であればある程度は身についているだろうと思うが、基本を押さえたいと思う人にはいい一冊である・・・
 
 

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【安売りするな!「価値」を売れ!】藤村 正宏 読書日記1008



《目次》
第1章 あなたの「価値」はどこにある?
第2章 「ゆるやかな関係性」という価値
第3章 「個を出す」という価値
第4章 「好き・楽しい」という価値
第5章 「編集」という価値
第6章 「逸脱する」という価値

 自分たちの扱っているサービスをいかに安売りせずに売るかというのは、すべての中小企業の課題だと思うが、そんな自分にとってみれば、この本のタイトルは手に取らずにはいられないものである。「新版」とあるように、既に出版されていた同タイトルの本について、5年を経て時代に合わせて全面改訂したという。そんなところも興味のあるところである。

 著者は、モノではなく体験を売るという「エクスペリエンス・マーケティング(通称エクスマ)」の提唱者だとのこと。スマホというSNSのおかげで個人が情報発信することが可能となり、価値を伝えるコストが想像できないくらい安価になったとする。そんな環境下、自分の価値を作り出し、その価値を伝えるために重要な考え方として著者は5つ挙げる。そして全編にわたって、その5つの考え方に従って説明されていく。

 その5つとは以下の通り。
 1. 関係性
 2. 個
 3. 好き
 4. 編集
 5. 逸脱
言葉だけ見てもわからない。

 「関係性」とは、「人は関係性の深いところで消費する」という原則。いきなり買っても
らおうとするのではなく、お客様と関係性を作るという意図が大切とされる。著者はこの手段として、SNSで情報発信すべしとする。
 「個」は「個性」であり、差別化ではなく「独自化」が大事だとする。「独自の価値が本当の価値」という言葉は胸にしみる。ビジネスにおいて最大の戦略は競争の排除であり、オリジナリティがあれば価格競争に巻き込まれないというのはまさにその通りだと思う。

 「好き」は文字通り。「好きなことを仕事にする」ことや「好きなことを今の仕事に取り入れる」という考え方が新たな価値を生み出すとする。
 「編集」は既にあるものをどう組み合わせていくか、既にある情報を自分のフィルターを通しどう魅力的に伝えるか。例として、まったく売れていなかったアクリル研磨剤をバイクのヘルメットを綺麗にしますと展示して売ったら爆発的に売れたケースが紹介されている。これはなかなか参考になる。

 「逸脱」は言ってみれば「常識からの逸脱」と言えるかもしれない。ハワイをコンセプトにした薬局の例が紹介されていたが(この薬局では白衣も着ないとか、それでいて安売りもしていないらしい)、「誰もがやらないことを誰もがやらないくらいやると価値になる」という言葉が心に響く。そのほか、
1. 枠にはまらない思考
2. 常識に縛られない行動
3. 自動的に考えない習慣
という考え方も大変参考になる。
 
 最後に「妄想」について著者は語る。「妄想することでビジネスは広がる」というのは、自分も日々妄想しているだけに実感すること大である。薄い本であるが、中身は大変濃い。求める者にとっては、ヒントがたくさん詰まっている一冊である・・・


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2019年03月11日

【下町ロケット ゴースト】池井戸潤 読書日記1006



第1章 ものづくりの神様
第2章 天才と町工場
第3章 挑戦と葛藤
第4章 ガウディの教訓
第5章 ギアゴースト
第6章 島津回想録
第7章 ダイダロス
第8章 記憶の構造
最終章 青春の軌跡

 『下町ロケット』『下町ロケット2 ガウディ計画』と続いてきた池井戸潤の「下町ロケット」シリーズ第3弾。物語の中心となるのは、おなじみの佃製作所。その佃製作所だが、取引先である帝国重工が海外子会社の大規模な損失発生により窮地に追い込まれ、宇宙事業の継続が危うくなる。そうなると、エンジン用バルブを供給している佃製作所にも影響が出る。「次」を考える佃社長はトランスミッションに目をつける。
 
 しかし、いきなりトランスミッションを作るのはハードルが高く、まずはトランスミッションメーカーにバルブシステムを供給することを思いつく。そして紹介されたのが、急成長中の中小企業ギアゴースト社。元帝国重工の伊丹と島津が中心になって設立した会社であり、島津は女性ながら帝国重工時代は天才エンジニアと呼ばれていた存在。早速、佃製作所はギアゴースト社の新規のコンペにエントリーする。
 
 業績不振から宇宙事業からの撤退が現実味を帯びる帝国重工。ギアゴーストは大手バルブメーカーの大森バルブからコンペで便宜を図るべく圧力をかけられ、さらにはトランスミッションメーカーのケーマシナリーから特許侵害の内容証明郵便が送られてくる。このシリーズ、いつも中小企業が理不尽な圧力に苦しまされるところが多い。読んでいても腹立たしく思えてくる。

 今回はあまり大きな危機には陥らない佃製作所は、ギアゴーストのサポートに回る。社内では銀行出身の経理部長殿村が、父親が倒れたため、週末実家の農業を手伝わざるを得なくなる。一方、ギアゴーストのコンペに出品するバルブシステムの製作に若手が挑む。ギアゴースト社の特許侵害の影にある意外な事実。判官贔屓の心にうまく訴えかけてくるストーリー展開は、相変わらずである。

 佃製作所の業績にも影響する帝国重工の宇宙事業「スターダスト計画」はどうなるのか。頼みの財前も異動となり、暗雲が立ち込める。一方、特許侵害で身売りの危機に陥るギアゴースト社。倒産覚悟で意地を通すか、それとも身売りしてすべてを失うか。その難しい選択は、「自分だったらどうするだろうか」という思いにさせてくれる。単なるエンターテイメントにとどまらず、池井戸作品はビジネスの教科書としてもいいくらいである。

 既にシリーズ第4弾も発表になっており、物語はTo be continuued感を漂わせて終息する。当然ながらこの続きも必読である。「教科書」として、ビジネスマンにもオススメの一冊である・・・



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2019年03月08日

【学校の「当たり前」をやめた。−生徒も教師も変わる!公立名門中学校長の改革−】工藤 勇一 読書日記1005



《目次》
第1章 目的と手段の観点からスクラップ(見直し)する
第2章 「手段の目的化」―学校教育の問題
第3章 新しい学校教育の創造
第4章 「当たり前」を徹底的に見直す学校づくり
第5章 私自身が思い描く、学校教育の新しいカタチ

 著者は、千代田区立麹町中学の校長先生。まったく知らなかったのであるが、いろいろと他にはない改革をやられているとのこと。その例は面白い。
 1. 服装頭髪指導を行わない
 2. 宿題を出さない
 3. 中間・期末テストの廃止
 4. 固定担任制の廃止

 こんなことをやるのは、民間出身の校長なのかと思ったらそうではなく、山形で教員生活をスタートした後、東京都に移り、指導主事・管理職を歴任されてきた立派な「本業」の方のようである。その間、「目的と手段を取り違えない」「上位目標を忘れない」「自律のための教育を大切にする」という基本的な考えを育まれてきたようである。なんとなく想像できていたが、教育の現場では学習指導要領を絶対的基準と考えがちなのだという。そんな現場に立ち、目的と手段を見直し、「学校をリ・デザインする」という言葉がいい。

 宿題の廃止は、宿題そのものを「ただこなすだけ」になっているのではないかというところからスタートしたようである。「机に向かっていれば保護者は安心するかもしれないが、勉強は時間より中身」という指摘はその通り。さらに「学校ではしっかりと勉強し、家では好きな音楽を聴いたり、本を読んだりスポーツをしたりぼんやり思索する時間の方がよほど有意義」という考えに至っては、まさに我が意を得たりの感がある。

 定期考査の廃止はなんとなく「大丈夫なのか」という気がする。やはりある程度行ったところで振り返りのような機会も勉強には必要だからである。ただ、内容を読めば納得。定期考査は通知表をつけるためであるが、そもそも学力をある一時点で切り取って評価することに意味はあるのかというのが著者の疑問。中間考査の時にできなくても、期末考査の時にできれば同じではないかというのもその通り。定期考査の代わりに「単元テスト」を実施しているとのこと。これなら納得感がある。

 担任制廃止もある意味衝撃的である。ただ、担任制がクラス間の「勝ち組」「負け組」意識の元になっているというところからのもので、その狙いを知るとなるほどである。それらの根底にあるのは、タイトルにもある「当たり前」をなくすこと。学習指導要領に教育の意識が縛られていて、自由な発想が奪われてしまっているというのは、世間一般にもよくありがちな事態。「作った制度に縛られるのではなく目的によっては制度そのものを作り変えることが必要だという意見は、教育界だけに当てはまることではないだろう。

 「生徒たちにとって何が良いことなのか」
 「学校は何のためにあるのか」
教員間で議論があると、その上位概念としての上記を意識して解決しているそうである。「責任と権限がやりがいを生む」ということと合わせて、社会一般にも通じる考え方である。学校の教育現場にこのような校長先生がいることに安心感がある。願わくば他の学校でも見習って欲しいところである。それと合わせて、我が身の回りにも当てはまることはないか、見てみてみたいところでもある。

 「自分の会社をリ・デザインする」というのも面白いだろうと思わせてくれる一冊である・・・





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2019年03月06日

【本日は、お日柄もよく】原田 マハ 読書日記1004



 原田マハという変わった名前の作家のことは、『キネマの神様』で初めて知ったのであるが、その著書を読むのはこれが2冊目である。タイトルは、結婚式のスピーチでの決まり文句。これは、ひょんなことから友人の結婚式で感動的なスピーチを目の当たりにし、スピーチライターを目指すことになった主人公の物語である。
 
 冒頭で「スピーチの極意十箇条」が掲げられているが、これはストーリーとは無関係にとても参考になる。
1. スピーチの目指すところを明確にすること
2. エピソード、具体例を盛り込んだ原稿を作り、全文を暗記すること
3. 力を抜き、心静かに平常心で臨むこと
4. タイムキーパーを立てること
5. トップバッターとして登場するのは極力避けること
6. 聴衆が静かになるのを待って始めること
7. しっかりと前を向き、右左を向いて、会場全体を見渡しながら語りかけること
8. 言葉はゆっくり、声は腹から出すこと
9. 導入部は静かに、徐々に盛り上げ、感動的にしめくくること
10. 最後まで、決して泣かないこと
 いつかわからないが、スピーチの機会があるときにまた見直してみたいと思う。

 主人公の古葉は、幼馴染の厚志の結婚式の披露宴に出席しているが、来賓の退屈な挨拶の途中、睡魔に襲われてスープ皿に顔を突っ込んでしまう。退席したところで声をかけてきたのはスピーチライターの久遠久美。その後で久美の感動的なスピーチを聞き、古葉は俄然久美に興味を抱く。厚志の知り合いでもあったことから、頼み込んで改めて紹介してもらい、弟子入りすることになる。
 
 ここで古葉を惹きつける久美のスピーチであるが、これがなかなかうまいスピーチである。いくら小説とは言え、パクってくることはできないだろうから、著者が考えたものだと思うが、美味いものだと思う。ひょっとしたら著者もスピーチ教室にでも通ったのだろうかなどと思ってしまう。このスピーチに迫力がないと物語も締まらないし、うまいものだと改めて思う。

 古葉は製菓会社に勤めるOL。そんな古葉は、同僚の結婚式でスピーチを頼まれる。それに向けて仕事帰りに久美の事務所に顔を出し、スピーチの訓練生活に入る。その間、古葉は実は厚志には片思いを隠していたり、お婆ちゃんは俳句の先生だったり、厚志の父は民衆党の政治家であり、久美はそのスピーチライターだったりという事情が語られていく。

 スピーチの物語なのであるから、随所でスピーチが出てくる。民衆党の政治家として、厚志の父今川篤朗衆議院議員のスピーチも出てくるが、いずれもなかなかのモノ。個人的に言葉には関心を持っているが故にか、どうもそのあたりばかりが気になる。途中、政権与党のスピーチライターでもある和田日間足(わだかまたり)なる人物が登場する。なんともふざけた名前だが、これはちょっと余計だった気がする。普通の名前で良かったのではないかと個人的には思う。

 総選挙が迫る中、政権交代を目指す民衆党は、かつて今川議員の地盤であり、今は与党進展党の有力政治家が牛耳る神奈川四区の候補として厚志に白羽の矢を立てる。これを受けた厚志とそのスピーチライターを引き受けることになった古葉。何となく、民主党が政権奪取した時を彷彿とさせる。民主党政権が大失敗だっただけに、そのイメージが物語の足を見事に引っ張る。

 まぁそれはそれとして、政治家のスピーチというのも人の心を打つものが求められるが、これもなかなかのもの。こういうビジネス的な要素の詰まった小説は個人的には大好きであるが、読後感は満足いくものであった。スピーチの参考になり、そして原田マハという作家の他の著作も読んでみたくなった一冊である・・・



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2019年03月05日

【世界史を変えた新素材】佐藤健太郎 読書日記1003



《目次》
はじめに――「新材料」が歴史を動かす
第1章 人類史を駆動した黄金の輝き――金
第2章 1万年を生きた材料――陶磁器
第3章 動物が生み出した最高傑作――コラーゲン
第4章 文明を作った材料の王――鉄
第5章 文化を伝播するメディアの王者――紙(セルロース)
第6章 多彩な顔を持つ千両役者――炭酸カルシウム
第7章 帝国を紡ぎ出した材料――絹(フィブロイン)
第8章 世界を縮めた物質――ゴム(ポリイソプレン)
第9章 イノベーションを加速させる材料――磁石
第10章 「軽い金属」の奇跡――アルミニウム
第11章 変幻自在の万能材料――プラスチック
第12章 無機世界の旗頭――シリコン
終 章――AIが左右する「材料科学」競争のゆくえ

 タイトルにある通り、この本は「材料」に視点を合わせ、それが歴史に果たしてきた役割をみようというもの。そういえば似たようなものとして、『世界を作った6つの革命の物語』という本を読んだことがある。どちらも趣旨は同じだと思うが、「材料」のみに特化しているのがこの本の特徴と言える。

 「材料」が「世界史を変える」というと大げさな気もするが、冒頭でレコードの素材がポリ塩化ビニルに変わったことで、レコードが飛躍的に普及することになり、それによってプレスリーやビートルズの登場を可能にし、音楽の世界が変わったことが例示されると、なるほどと思わざるを得ない。著者の言わんとすることもよくわかる。そんな「材料」について、ここで採り上げられているは全部で12種類。

 最初に取り上げられるのは「金」。日本がかつては黄金の国ジパングと言われていた歴史はよく知るところ。改めて驚くのは、これまでに全世界で産出された金の総量はオリンピックプール3杯分ほどでしかないということ。それゆえに錬金術が流行り、その成果として様々な科学の発展につながったということ。欲望のなせるワザであろうか。

 続く陶磁器については焼き物という観点から語られるが、現在でも焼き物という材料はバリバリの現役だということが今更ながら驚かされる。ファインセラミックスに至っては宇宙ロケットに使われているわけであり、土器を作っていた人たちが見たらなんと思うだろうと思わざるを得ない。

 変わったところでは、コラーゲン。なんとなく美容のイメージがついて回るが、これは毛皮の主成分であり、人類が氷河期を生き抜くことができたのは毛皮のおかげであることを考えると、その重要性が測れる。もともと我々の体にあるタンパク質の一種であり、それゆえに今後も病気やケガによって失われた臓器や体の一部の再生など医療やバイオ分野での利用に期待が持てるのも頷ける。

 鉄や紙は今では身の回りに当たり前にあるが、それゆえに「もしもなければ」と考えると重要性は測り知れない。セメントの材料であり、真珠の成分でもある炭酸カルシウムや絹はその歴史が興味深い。さらにゴムに至っては、良質のゴムが発明された19世紀に球技の発展を促し、1896年のオリンピックへの流れを作ったというのも面白い関係である。さらにゴムはタイヤへと繋がり、交通革命を促すことになる。

 アルミニウムはジュラルミンを生み、航空機の素材として利用され、航空機の発展につながる。プラスチックはポリエチレンがレーダーの設計に革命を起こし、第二次世界大戦でドイツの進撃に歯止めをかけることになる。これだけ例示されると、「世界史を変えた」という表現も大げさではないとわかる。普段当たり前のように身の回りにある「材料」も、気がつけば大きな影響力を持っていたとわかる。

 これらのことを知ってどうなると言えば、つまらない議論になってしまうかもしれない。知ってどうなるものとも思えないが、雑学としては面白い。物にも歴史があるということで、雑学としてタメになると言える一冊である・・・

 

 
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