2019年04月25日

【妻に捧げた1778話】眉村卓 読書日記1024



《目次》
毎日一話
闘病五年
一日一話
新制中学
妻と私
俳句
非常と日常
一日一話の終わり
少し長いあとがき

 この本の存在を知ったのは、映画『僕と妻の1778の物語』を観た時であった。映画はアレンジされていて原作通りではなかったが、「いつか原作を読んでみたい」と思っていたのである。著者の眉村卓については、SF作家とはいうものの、正直言ってほとんど名前を知らなかった。作品も薬師丸ひろ子主演で映画化された『ねらわれた学園』くらいしか知らない。まぁ知る人ぞ知る作家さんだったのかもしれない。

 そんな著者だが、最愛の奥さんが癌を告知され、余命宣告を受ける。動揺する中で、妻のために何かできることはないかと考え、作家ならではの方法として、「一日一話のショートストーリーを書く」ということを思いつく。読者は妻一人。内容にも「必ずお話にする」「四百字詰原稿用紙三枚以上」「病人の神経を逆なでするようなものは書かない」などと自ら制約を課す。こうして、日々ショートストーリーを綴っていく。

 一日一話は、「商業誌に載せてもおかしくないレベル」にすると奥さんに宣言した通り、途中で「日がわり一話」として媒体に紹介されたりもしたし、自費出版もしたようである。そしてその努力が実ったのか、当初余命1年少々と医者に言われていたらしいが、結果として5年近く頑張ったようである。その間、書かれたショートストーリーの総数が1778話ということである。

 読む前は、その1778話の内容に期待していたが、さすがにすべては収録されていない。一部の紹介に止まっている。そして間を著者が奥さんについて書く形で埋められている。奥さんとは高校の同級生だったそうである。さりげない思い出話が続いていくが、そのさりげなさが奥さんに対する思いを感じさせてくれる。思わず、「仲良きことは美しきかな」という昔どこかで目にした言葉が脳裏に浮かぶ。

 途中途中に紹介される1778話の一部もまた独特の味わいがある。ある時券売機に入れた硬貨がなんども戻ってきてしまい、よく見たら45年前に何気なく自分で傷をつけたものだったという『古い硬貨』という話などは、特に一種独特の雰囲気がある。土砂降りなどというレベルを超えた雨が降る『降水時代』などにはSF作家らしいテイストが漂う。

 奥さんとの思い出の合間合間に1778話の一部が紹介されていくという展開。互いに貧しくて、社宅に共働きで住み、仕事の合間に著者が小説を書き始める。奥さんがそれに感想を述べるという形で、いわば共同作業が始まる。そんな風にして2人で過ごしてきた時間を振り返っていく。なるほど、なぜ著者が奥さんのために一日一話なんて始めたのか、著者の奥さんに対する深い愛情が感じられる。とても羨ましい。

 願わくば1778話のすべてを読んでみたいところだが、それは別の努力が必要みたいでちょっと残念である。こんな夫婦だったらよかったのになぁと我が身を振り返って思わざるを得ない一冊である・・・


 

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2019年04月24日

【家賃滞納という貧困】太田垣章子 読書日記1023



《目次》
序章 家賃を滞納すると何が起こる?
第1章 誰もが「紙一重」の家賃滞納
第2章 そこにあるのは「甘え」なのか
第3章 家賃滞納の知られざる闇
第4章 家賃滞納が映し出すシングルマザーの実態
第5章 夢を持てない若者たち
第6章 家賃滞納で露呈する法律の不条理

 著者は司法書士。司法書士と言えば、登記実務の代行というイメージがあるが、実は法律事務も扱う。近年は過払金訴訟の代行などを行う司法書士(法人)のCMなどをよく耳にする。そしてこの本の著者が専門とするのは、法律事務の中でも貸家の明け渡し訴訟手続き。つまり家賃が払えなくなった賃借人を大家の依頼を受けて追い出す立場である。

 「追い出す」というとイメージが良くないが、著者は30歳の時に生後6ヶ月の乳飲み子を抱えて離婚し、その後6年間に渡って極貧生活の中、働きながら勉強して司法書士の資格をとったという経歴の方で、つまり家賃を滞納する人のことがよくわかる人。過払金訴訟は「お金を貸してくれるありがたさがわかっているのでやりくい」というくらいの人であり、「追い出す」というより「寄り添う」という態度でやられてきたようである。

 この本では、そんな著者が、「寄り添って」きた滞納賃借人の数々の事例が紹介されている。なにせ16年間にわたって述べ2,200件の経験というから、もう立派な専門家である。賃貸トラブルのパイオニアというのも大げさではない。不動産賃貸業に携わる立場としては、どうしても興味深くて手にした一冊である。

 そんな著者だが、家賃の滞納原因は一昔前は事業の失敗など単縦な理由が多かったが、近年は景気の低迷や年金受給年齢の引き上げ、定賃料物件の減少等様々な要因が混ざり合っていると語る。家賃滞納は「貧困の入口」と語るが、その通りだろうと思う。はじめに家賃滞納から強制退去までの流れが説明されるが、一般の人はあまり知らないと思うが、知っていると事例も理解しやすいだろう。

 紹介されている事例は、2,200件の中からどのような基準で選ばれたかわからないが、特別な事例ばかりではない。大手の広告代理店に勤めていて順風満帆だったのに独立して起業。ところが思ったようにうまくいかず、かと言って独立に反対していた妻にも言えず、蓄えが尽きると消費者金融で賄うも改善できず、家賃の滞納が始まるなんて例は、誰にでも起こりうることである。

 著者のようにシングルマザーとなると、滞納予備軍と言ってもいいくらいである。特に離婚後の生活費を相手からもらえないと悲惨である。そういう例では、子どもたちが成長していれば解決も容易。初めは独立した子どもたちに面倒をかけたくないと言っていた一人暮らしの母親が、著者の勧めで子どもたちに相談したところ、3人の子どもたちが協力して助けてくれた例はちょっとウルウルしてしまう。

 そんな実例の紹介に加えて、最近は家賃保証会社の登場により、身内の保証人であればやめろと言われそうな高額物件でも借りられてしまうという指摘もあったりして、ちょっと考えさせられる。事例の中には、他の人の教訓になりそうなものもいれば、どうしようもないダメ人間の例もある。そういうのは救うのも限界だろうと思う。

 自分には縁遠い世界の話だとして興味本位に読むのも良し、気をつけなければいけない教訓となる例もあり、極貧生活を送るシングルマザーの人などには困った時の解決方法のヒントになりそうな例もある。興味のポイントは人それぞれかもしれないが、一読の価値はあるかもしれない。

 今の社会の問題の一面を垣間見る意味でも、読んで損のない一冊である・・・



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2019年04月23日

【しょぼい起業で生きていく】えらいてんちょう 読書日記1022



《目次》
第1章 もう、嫌な仕事をするのはやめよう
第2章 「しょぼい起業」をはじめてみよう
第3章 「協力者」を集めよう
第5章 しょぼい店舗を流行らせよう
第6章 「しょぼい起業」実例集
pha×えらいてんちょう対談 「お金」に執着しない生き方
借金玉氏×えらいてんちょう対談 草むしりから始めるしょぼい起業

 えらいてんちょうによるしょぼい起業というのもどういうものかと思わされるが、著者は学生時代に就職活動が嫌で、「毎朝決まった時間に起きてスーツ着て満員電車に乗って会社に通うのが無理」という理由で、就職せずに自営業を始めたという方。「起業」というと、大きなことのようなイメージがあるが、「多額の開業資金」も「特殊な技能」も「綿密な事業計画」も必要ない小規模な起業を称して、「しょぼい」と自虐的に称しているのである。

 一見、なんたるザマと我が子だったら嘆かわしくなりそうであるが、そんな形で始めたリサイクルショップだが、10店舗まで広がり、さらにイベントバーまで開業して今はそれを人に譲りアドバイザー的な立場で妻子を養っているのであるという。となるともう立派な「起業家」である。考えてみれば、人も普通に働ける人ばかりではないわけである。たとえ「消去法的」に起業したとは言え、「辛いことはやる必要はない」と語るこの起業スタイルに希望を見出す人もいると思う。

 しょぼいと言っても、そこはしっかりと理屈が通っている。それは著者が「生活の資本化」、「資産の資本化」と称することである。たとえば野菜を作って余ったものを売れば生きていくのに絶対なコストが利益になる。通学途中でその野菜を運べば、それは通学ではなく「輸送」になる。店に住み、家電はリサイクルショップに回ってきたもので賄う。そうした「資本化」という考え方は、実に理にかなっている。

 さらに「正しいやりがい搾取」という考え方も面白い。それは「頼んでもいないのに人が自由意思で何かをしてくれる」というもの。こうなると人件費もかからない。ただ、何もしなくてもそうなるわけではなく、店をオープンスペースとし、「無料でものをあげる」「場所を提供する」「お菓子や食事を振る舞う」「無料で手伝いに行く」という動きも必要である。「持ちつ持たれつ」といったところだろうか。

 人とこういう関係になるには、客が来なくても毎日同じ時間に店を開け、同じ時間に閉め、「まず人に入ってもらうことを考える」のだとか。店舗の立地も人通りの多いところよりも(そういうところは家賃も高い)、「あれっ、こんなところに店がある」と思うくらいのところがいいそうである。「とにかくやる」「今これができそう」を積み重ねて行くのが大事だそうで、毎朝起きるのが嫌というから無気力人間かと思いきや、実に考えて気力を持ってやっている方だと推察する。

 最後の対談でも、「決して会社を辞めてこういう起業をしようと言っているのではない」と強調する。引きこもりなどの問題がある中で、「無理ならこういうのもあるよ」というのが趣旨だとする。繰り返すが、こういうやり方に勇気を持つ人もいるのではないかと思う。SNSやYouTubeの活用などの説明もあり、現代的なやり方はなるほどである。

 一つの生き方として、参考にしたい一冊である・・・




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2019年04月22日

【どんな人も思い通りに動かせるアリストテレス無敵の「弁論術」−最強哲学者が教えるモノの言い方−】高橋 健太郎 読書日記1021



【CHAPTER1】超入門!無敵の「弁論術」とは何か
【CHAPTER2】誰も教えてくれない「人を説得する技術」
【CHAPTER3】勝手に「説得力」が出る話し方
【CHAPTER4】聞き手の「気力」を手玉に取る話し方
【CHAPTER5】思わず味方したくなる人の話し方
【FINAL CHAPTER】悪用厳禁!人をだます「詭弁」の知恵

 アリストテレスとは、言わずと知れた古代ギリシアの哲学者。万学の祖と呼ばれ、論理学や生物学、文学、倫理学、政治学、心理学などに著作を残している偉人であるが、何せ2,300年前の歴史的人物である。その功績は否定しないが、なぜ現代社会においても「アリストテレス」なのか。それは、アリストテレスの「理性的弁論術」が今尚風化していないからだとする。原文はかなり読み難いとのことで、それを日常レベルの言葉で伝えようとするのが本書の目的であるとする。

 アリストテレスの「理性的弁論術」は、ただロジカルなだけではなく、議論では必ず無視できない「感情」についても分析し、その上で論理的に説得することを考えるものだとする。これは大変興味深い。そしてこの弁論術を学ぶ4つのメリットを著者は挙げる。
 1. より正しい結論が出せる
 2. 専門外の相手を説得できる
 3. 相反する意見を同時に理解できる
 4. 害のある議論から身を守れる
そして具体的な内容に入って行く。

 相手を説得するのに必要なのは、「納得の積み重ね」というのは、なるほどと思わせてくれる。「正しい」だけでは議論に勝てず、相手を説得するには「説得の三大要素」が必要になる。それは、「話す人の人柄」、「聞く人の気分」、「話の内容の正しさ」。この三大要素の中でも「話の内容の正しさ」が一番重要。これは要はロジカルであるかということで、「相手の常識を出発点として、そこから相手の納得できる言い分を無理なく展開し、結論まで導くような話し方だとする。

 説得力に欠かせない「論理性」については、「説得推論(「○○だから××」という説明)」と「例証」を挙げている。「話の筋立てはシンプルに最短距離で」というのはなるほど確かにその通りである。さらに12の「トポス」と称する「説得における必勝パターン」=「テンプレート」が紹介される。説明されている内容について、理屈はよくわかる。問題は応用だろうが、これはやってみないとわからない。ゆえに、頭でっかちの議論になりがちな気がする。

 面白いと思うのは、「感情をコントロールし、支配する」という部分。これも説得術と言われればそうなのであろうが、何となく聞く人の気分を手玉に取るには心地よい感じがしない。ただ、感情誘導のコツがわかれば、逆に引っかからないで済むというのはその通りかもしれない。何をどう生かすかは読み手次第である。何はともあれ、バッティングの技術解説書のようで、確かにすごいとは思うが、肝心なことは打席で実際に打てるかどうかである。この辺りが、読み手に突きつけられた課題であろう。

 実戦でどうかはともかくとして、理論や相手の感情や自分の「人柄」までをも演出する内容については風化していないというのもよくわかるものである。個人的には何となくできていることもあり、それほど響くものでもないが、教養の書として読書記録に残しておきたい一冊である・・・



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2019年04月18日

【決断=実行】落合 博満 読書日記1020



 野村克也元楽天監督の本も良く読んだが、それに次いで「出たら読みたい監督の本」として挙げられるのが、落合元中日監督の本であろう。数えてみれば、読むのはこの本で6冊目である。
 落合監督と言えば、中日の監督就任時に「現有戦力で戦う」と言って補強せずに優勝してしまったことがまず挙げられるが、「初めから特別な能力を持っている人などいない」と語るのは、その表れかもしれない。プロで成功した選手でも「素質だけに頼った人よりも死に物狂いでプレーした人が圧倒的に多い」とする。凡人には励みになる言葉である。

 冒頭では、「ただひたすらに仕事に取り憑かれろ」と語る。「どんな仕事でもそのうちに経験が生きることがある」とする。要は「若いうちの苦労」ということだろうが、みんなおんなじようなことを言っている。それゆえに真実だと思うが、働き方改革喧しい咋今の風潮はちょっと心配な気がする。監督になって「自分ができることを伝えるのではなく、できなかったことを勉強」したというが、こういうスタンスも大いに学びたい。

 監督は、現場では独裁者であり、次々と決断しなければならない。したがって野球を深く勉強するが、その際自分と異なる意見や考えを否定せず、なぜそう考えるのだろうと分析しておくことが大事だとする。落合ほどの大選手でもまだ勉強し、さらに人の考えも否定しないというスタンスは、自分のような凡人はよく学ばねばならないところである。

 1. 諦めた者が負け、諦めさせた者が勝ち残る
 2. 選手やチームを客観視できる目
 3. 大切なのはいかに基本的な練習に根気強く取り組むか
 4. 好奇心は自分を成長させ、感性を豊かにする
 野球について語っていても、気がつけば野球以外にも当てはまりそうなことである。

 野球と言えば「チームプレー」であるが、9対10の敗戦の話は大いに心に残った。そのようなケースでは、9点も取った打線は「なぜ10点も取られるのか」と投手陣に反感を持つ。勝てないチームは点が取れている時は打撃陣が、抑えている時には投手陣が大きな顔をするからいつまで経っても「試合に勝つ」という根本的な問題を解決できない。投手陣は9点取ってもらった試合は8点に抑える、野手陣は5点取られたら6点取り返してやろうとプレーするのが勝てるチームだとする。

 当たり前のようであるが、チームプレーとはそういうことだと思う。チームで勝つということを考えた時に当たり前の理屈である。これは会社の組織でも大いに言えることだろう。
 一流の監督の言葉には、野球のことを語っていても、ビジネスマンに大いに当てはまることが多い。学ぶべきところが読むほどに出てくるから、次々と手にしてしまう。「また次も」期待して手にしたいと思わせてくれる一冊である・・・





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2019年04月17日

【このゴミは収集できません−ゴミ清掃員が見たあり得ない光景−】滝沢 秀一 読書日記1019



《目次》
1章 ゴミ清掃員はつぶやく
2章 ゴミ清掃員プロファイラー
3章 嘘に翻弄されるゴミ清掃員
4章 事件です!!ゴミ清掃員
5章 ゴミ清掃員、格差を斬る
6章 ゴミ清掃員のおすすめ物件
7章 ゴミ清掃員の花鳥風月!?
8章 ゴミ清掃員の一日
9章 ゴミ清掃員とゆかいな仲間たち
10章 ゴミ清掃員、無法者を取り締まる
11章 私、ゴミ清掃員が日本の未来に物申します

 著者はマシンガンズというお笑いコンビの1人。まったく知らない芸人なのは、普段あまりテレビを観ないせいなのか、それともそもそも売れていない芸人だからなのか。おそらく両方なのであろう。お笑いの世界も甘くはなく、売れなければ収入もない。著者は極貧生活の中、妻の妊娠を機に36歳で仕事探しに入る。そして芸人仲間のツテをたどり、清掃職員になる。年齢制限もなく、当面雇ってくれるとあって選んだ仕事である。

 この本は、そうして著者が清掃業務に携わる中で気づいたことをTwitterで発信。それが人気となり書籍化となったようである。初めはそのTwitterからのつぶやきが紹介される。なるほど、これならフォロアーも増えそうだと思えるちょっと面白い話が綴られる。慣れてくれば、ゴミを観察するうちに気づくことも増えてくる。そんな著者のゴミのプロファイリングが面白い。

 ゴミにも人生を感じられると著者は語る。カップルの写真が大量に捨てられていたりすると、「別れたんだなぁ」と思うそうである(まぁ誰でも思うだろう)。男のゴミと女のゴミは当然のように違っていて、内容もそうだが、女のゴミは袋一杯きっちり詰まっているという指摘も面白い。中には大量のえのきバターが捨てられていたり、20本ものバイブが捨てられていたりと、どんな背景があるのか興味深いものもある。

 個人的に興味を持ったのは、金持ちのゴミと貧乏人のゴミの違い。貧乏人のゴミには酒とタバコが圧倒的に多いという。それに大量のCD(握手券狙いのもの)とかゴミを一気に出すのも特徴だとか。それに対して金持ちのゴミは分別もなされていて、大量に出てくるものと言えばテニスボールだったり、粗大ゴミでは健康器具があるという。総じて自己投資の結果のゴミが金持ちゴミらしい。ゴミ集積所が汚い所は治安も良くないという指摘は傾聴に値する。

 現場で働く人もいろいろ。著者のように本業で食えていない人も多いようである。お笑い芸人、俳優、バンドマン、DJ、ボクサーetc。みんな明日を夢見ているのだろう。朝にはアルコールチェックがあって、規定値を超えると怒られて勤務させてもらえないらしい。
 現場の面白い話ばかりではなく、最後には日本社会への提言もある。実は日本は一人当たりの年間ゴミ排出量はダントツの世界一なのだという。知らなかったが、由々しき問題である。

 そんな日本社会への著者の提言は下記の通り。
 1. ゴミのリサイクル
 2. 買う前に本当に必要か考える
 3. 生ゴミの水分をなるべく切る
 最後は何かと思ったら、生ゴミの80%は水分であり、このまま焼却すると余計に燃やすためのエネルギーを使うという。「買いすぎない」「作りすぎない」「食べ残さない」は改めて意識したいところである。

 それにしても、個人的にいつも思っているのは、己の仕事については本一冊書けるぐらい一生懸命やるべきということ。そういう意味では、著者も清掃人としての仕事を一生懸命やっていることのこれが成果なのであろう。それにしても日本のゴミ問題は大変なものなのだと改めて思う。ゴミ処理先進国スウェーデンを見習って欲しいものだと思う。そして一人一人の意識。さすがお笑い芸人だけあって、クスリと笑わせられる文章も面白い。
 笑いとゴミ問題に関する自覚を提供してくれる面白い一冊である・・・



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2019年04月16日

【沈黙のパレード】東野 圭吾 読書日記1018



 前作『禁断の魔術 ガリレオ8』から大分間が空いたが、久しぶりのガリレオシリーズである。読む前からワクワクさせられてしまうのはそれほど多くないので、個人的には貴重なシリーズである。

 冒頭、東京郊外の菊野市にある食堂『なみきや』。そこでは看板娘だった娘が3年前から行方不明になっている。それが突然、静岡県警から連絡があり、失踪した娘の遺体が発見されたと連絡が来る。そこから物語が進んでいく。遺体が発見されたのは、とあるゴミ屋敷。そこから容疑者として1人の男が挙がる。男の名は蓮沼寛一。そして捜査は捜査一課の係長となっている草薙と内海のチームに任される。

 実は蓮沼寛一と草薙には因縁があり、草薙が刑事デビューした時に起こった少女殺害事件の容疑者が蓮沼寛一であったが、蓮沼は徹底して黙秘し、結果として無罪となっていた。今度こそと容疑を固めて送検するが、蓮沼はまたしても徹底黙秘によって処分保留として釈放されてしまう。実際に黙秘はどこまで通用するのだろうかとちょっと関心が湧く。

 肝心のガリレオこと湯川学はアメリカに4年間行っていたということで登場する。偶然にも菊野市にある大学の研究施設に通うことになっている。草薙から話を聞いた湯川は、なみきやにも食事に行くようになる。そして処分保留で釈放された蓮沼は、菊野市の知り合いのところに居着き、なみきやにも現れて関係者の神経を逆撫でる。そんな折、蓮沼が変死するという事件が起きる。

 ガリレオシリーズの見所は、物理学者である湯川が事件を推理して解決して行くところ。初めは蓮沼の起こした事件を推理するのかと思いきや、なんとその蓮沼が殺されてしまう。時に菊野市では街を挙げての祭りを迎えるが、そのメインが仮装パレード。蓮沼を恨む者が多数いる菊野市では容疑者も多数。誰がどうやって蓮沼を殺したのか。殺されたのが、殺されても当然な男だけに、どうしても湯川の推理によって殺人犯が明らかにされるのには抵抗感もある。そんな思いを抱えながら物語を読み進める。

 殺された少女となみきやの娘佐織とその家族の物語。丁寧に描かれて行くが、事件の真相は終盤で二転三転する。これが真相かと納得すると、さらにその先があるという感じで、読み終える最後まで着地点が見えないし、最後の1ページまで読ませてくれる。久しぶりではあるが、深い満足感を与えてくれる。やっぱりこのシリーズは、加賀恭一郎シリーズとともに他の東野圭吾作品とは一線を画する面白さがある。

 期待通り、大満足の一冊である・・・





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2019年04月15日

【なぜ「教えない授業」が学力を伸ばすのか】山本 崇雄 読書日記1017



《目次》
第1章 「教えない授業」とは何か
第2章 英語で実践する「教えない授業」
第3章 「教えない授業」への道のり
第4章 「教えない授業」は大学入試に通用するか
第5章 「教えない授業」が学校を変える
第6章 家庭での「教えない」教育
付記:先生が「教えてくれなかった」こと 佐澤真比呂 両国高校3年

 「教えない授業」とはよく考えれば矛盾した言葉であるように思う。なぜなら「授業」とは教え授けることであるはずだからである。しかし、そんな疑問も読み始めてすぐに解消される。「教えない授業」とは、「大人がマニュアルを作り、要領のいい生き方を教えるのではなく、「教えない」ことによって自立を促していく教育」であるとする。

 著者は高校の先生。震災の被災地を訪問した時、「人間にはゼロからスタートしなければならない時が来る」のだと実感。そこで「教師がいなくても学び続ける子どもたちを育てなければならない」と考えたのがスタートだと言う。そこから「教えない授業」を始めるが、中高一貫校のため、中一で始めた生徒たちが高校2年生になった時の修学旅行でその成果が現れる。

 生徒たちは自分たちで話し合い、旅行会社の担当者と直接交渉し、自分たちのプランを提案。旅行会社の担当者からの安易なアクティビティーの提案は拒否し、OBである京都大学教授と連絡を取って京都を回るプランを考えたという。そして著者は学年主任にも関わらず、この修学旅行では一度もマイクを持って生徒の前には立たず、その役目は生徒の修学旅行実行委員長が代行したという。なるほど素晴らしい。

 そんな「教えない授業」であるが、興味があるのはその方法。「教えない授業」を実現するための最適な学習スタイルは「アクティブ・ラーニング」だとする。そこでは教師の役割は「ファシリテーター」となる。初めは通常の講義をやり、後半にディスカッションなどを取り入れるのが最初の一歩としては良いらしい。これが定着して来ると生徒は自分で学習を進めることができるようになり、時間が足りなくて試験前に「試験範囲が終わらない」ということがなくなるそうである。

 これは多忙な教師を救うことにもなり、生徒間でもいじめや孤立がなくなるという。確かに先生が教えることをひたすら覚える授業はやっぱり苦痛である。自分たちで考えるようになれば、つまらなく思えた授業も印象が変わるかもしれない。例示されていることもなんだか面白そうである。
 1. 「問い」から始まる授業
 2. 辞書を使うことが自立への第一歩
 3. 文法の学び方を知る
 4. 仲間と協働して学ぶ
 5. 自分で問いをつくり出す
 6. 「問い」からさらなる「問い」を生み出す
一度授業風景を見てみたい気がする。 

 「教えない授業」は学校だけにとどまらないという。例えば遅刻をしてもそれを叱るのではなくその理由を聞く。遅刻した事実だけを捉えて叱っても問題解決にならないというのはその通りだと思う。家庭でも「勉強しなさい」を言わないことから始めるのだとか。その代わりに親が勉強している姿を子どもに見せるべきだとする。これには大いに納得させられる。自分も部屋にこもって勉強するだけでなく、その姿を我が子に見せるようにしようと思う。

 子どもに伝えたい4つのキーワードもなるほどと思わされる。
1. Forgiveの精神
2. プラスマイナスの法則 : ±のバランスを取る
3. 100回の法則 : 諦める前に100回は挑戦してみる
4. 習慣を変えるwith : 勉強するのが難しいと感じるなら何かをしながら勉強することから始めてみる

 子どものタイプもいろいろあるが、確かに真面目に黒板を書き写すだけではダメだと思う。特に社会人になると「言われたことだけやっていればいい」というタイプの人が実に多い。怒られないためには賢いやり方かもしれないが、それだといつまでたっても「指示待ち族」のままである。どうしたらいいのかと考えていたが、こうした学校での取り組みがまずその1つの答えであると思う。

 特に教育関係者の方に読んでいただきたい一冊である・・・



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2019年04月10日

【活きる力】稲盛和夫 読書日記1016



《目次》
第一章 今、君たちに伝えたいこと
第二章 人は何のために生きるのか
第三章 自分の道を切り開くための六つの精進
第四章 仕事には哲学を持ち込め
第五章 20代で知っておくべき経営の12か条
第六章 稲盛フィロソフィの力(鹿児島大学稲盛アカデミーより)

 京セラの創業者である著者の著作はこれで3冊目となる。流石に日本を代表する大経営者だけあって著作も多数あるが、『生き方』だけでも十分そのエッセンスは習得できる。「アメーバ経営」などの手法も有名であるが、学ぶべきはそのフィロソフィーだと思う。この本は、著者が母校である鹿児島大学でのシンポジウムを基にしているらしいが、そのフィロソフィーが大いに伝わる一冊である。

 まずは、「思い」の重要性が語られる。「思い」こそが、人間性・人柄・人格に大きな影響を及ぼすとする。そしてさらには「思い」こそがその人にあった境遇や環境を形成して行くのだとする。50代も半ばになってくると、「その通りだなぁ」と実感する。そして「利他の心」が説かれる。
「人間の心は自分で手入れをしなければならない」という言葉が心に響く。

 人には「利己の心」と「利他の心」が同居しているのだと言う。思ったことを実行してきたことの累積が今日の自分を作っているというのも同感である。「損か得かではなく、善悪で考えて判断する」ことは、経営者が持つべき心であるが、大半は損得で考えることが多いと思う。「思いやりの心」を強く持つことの重要さに気づかなければいけないと語るが、一見、経営とは関係なさそうな考え方こそが大事だと改めて思う。

 著者は「六つの精進」を語る。
1. 誰にも負けない努力をする
2. 謙虚にして驕らず
3. 生きていることに感謝する
4. 反省のある毎日を送る
5. 善行、利他行を積む
6. 感性的な悩みをしない
 
 「誰にも負けない努力」とは主観的なものではなく、客観的なものとされているが、ついつい主観的に考えてしまうものではないだろうか。「感性的な悩み」とはくよくよすること。失敗はなぜ失敗したかという反省はしなければならないが、それをいつまでも悔やむべきではないとする。「意味のない心労」を重ねることをやめるというのは、その通りだと思うが、凡人はついくよくよしてしまう。

「人生というのはその人がどういう考え方をするのかによって決まる」
「最後に残るのは世のため人のために尽くしたもの」
「人生・仕事の結果=考え方×熱意×能力」
「卑怯な振る舞いがあってはならない」

 一つ一つ、心に響く言葉が続く。経営のノウハウなどどこにも出てこない。すべて哲学である。そしてやっぱり人にしろ企業にしろこの「哲学」が大事なのだと思わせてくれる。
 それがまさに「生きる力」だと改めて思わせてくれる一冊である・・・


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2019年04月09日

【仕事にしばられない生き方】ヤマザキマリ 読書日記1015



《目次》
序章 やりたいことで生きていく―母・量子の場合
第1章 働くこと、自立すること―ジュゼッペとの日々
第2章 持てる力をすべて使って―テルマエ前夜
第3章 風呂か、それとも戦争か―先人達が教えてくれること
第4章 私の働き方改革―トラブルから学んだこと
第5章 仕事とお金にしばられない生き方

 「漫画家ヤマザキマリ」と聞いてもピンとこないが、『テルマエ・ロマエ』の作者と聞けば、「ああ」と思い当たる。そんな漫画家が本音で語る「仕事」と「お金」の話。人生においても「仕事」と「お金」の話は最も大切なことと言えるが、なぜ漫画家がそれを語るのか。それはこの人の経歴を知れば納得がいく。

 現在は漫画家の著者であるが、経験した仕事は、チリ紙交換のアルバイトに始まって、絵描き、露天商、大学教師、料理講師、テレビリポーター、美術イベントのキュレーターなど数知れず。最初のアルバイトのちり紙交換は、高校生の時で、1日の重労働にも関わらず報酬は500円だったそうである。もともと絵描きになりたくて、17歳でイタリアに渡り、さまざまなトラブルや苦労を経験。これだけの経験を積めば「仕事とお金」について語られるのも頷ける。
 
 17歳で絵を学ぶためにイタリアへ留学と聞けば、お嬢様を連想するが、母はヴィオラ奏者のシングルマザー。この母親も変わっていて、娘が音楽ではなく絵をやりたいと言うと、「フランダースの犬」を買ってきて読ませ、絵描きになるということはこんな風になるかも知れないということと教えたという。ネロとパトラッシュの悲劇をそんな教訓に使うとはと絶句してしまう。その母親は、わずか14歳の著者をろくなお金も持たせず1人ヨーロッパへ送り出したというから、その感覚は半端ではない。
 
 母からの仕送りは月5万円で到底足りずにアルバイトをする。そのうち詩人と結婚するが、この男が働かない。働かないどころか借金まで作ってしまう。返済に追われ、家を追い出されと極貧生活を送る。おまけにそんな生活の中で子供まで授かってしまう。時に1日10〜11時間働いたりもしたらしいし、鬱になりかけて精神科に入院もしたらしい。イタリアをはじめとして、シリア、ポルトガル、アメリカ、日本と生活習慣も宗教も違う国で暮らす。そんな経験をしたなら、本を書けるくらいになるのだろう。

 『テルマエ・ロマエ』の作者と言っても、『テルマエ・ロマエ』の話はあまり出てこない。ちょっと驚いたのは、興行収入56億円の大ヒットとなった作品なのに、著者に払われたのは最初の原作料100万円だけだったこと。様々な事情は書いてあるが、それでもやっぱり酷いなと思う。それはともかく、読んで感じるのは、生きていく上で大切なことである。

 1. 自分の中に考える基準(ちり紙交換というハードワークで1日働いて500円しかもらえなかった経験)があると人生は少しだけしのぎやすくなる
 2. たった1人でいいから「別に生きてりゃそれでいいじゃん」と言ってくれる味方がいたらこんなに心強いことはない
 3. 失敗っていうのは後々の自分の経験値さえ上げることができれば笑い話に書き換えることができる
 4. いざとなったら次の場所に移動する。私の中には常にこの選択肢がある。
 5. 自分の内側に豊かで揺るぎのない価値観を育てていくことが大切
 
 著者の様々な体験談を通して語られると、なるほどと説得感を持って伝わってくる。人生なんとでもなるという力強いメッセージを感じさせてくれるのである。その通りだと思う。編集者が何故この人に「仕事とお金」について書かせてみようと考えたのか、読み終えるとよくわかる。今は『プリニウス』という漫画を描いているそうであるが、是非読んでみたいと思う。進路に悩む我が子に読ませたい一冊である・・・



posted by HH at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | ビジネス/生き方・考え方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする