2019年05月29日

【14歳からの哲学 考えるための教科書】池田 晶子 読書日記1033



《目次》
 14歳からの哲学[A]
1 考える[1]    2 考える[2]
3 考える[3]    4 言葉[1]
5 言葉[2]     6 自分とは誰か
7 死をどう考えるか  8 体の見方
9 心はどこにある   10 他人とは何か
 14歳からの哲学[B]
11 家族        12 社会
13 規則        14 理想と現実
15 友情と愛情     16 恋愛と性
17 仕事と生活     18 品格と名誉
19 本物と偽物     20 メディアと書物
 17歳からの哲学    
21 宇宙と科学     22 歴史と人類
23 善悪[1]      24 善悪[2]
25 自由        26 宗教
27 人生の意味[1]   28 人生の意味[2]
29 存在の謎[1]    30 存在の謎[2]

 個人的にこれから哲学を学んでいきたいと考えているが、基礎知識にかけるゆえになるべく取っ付きやすいところがいいと考えている。そんなところに著者の存在を知るにいたるが、残念ながら故人だとのこと。それでも興味深いタイトルである本書から手にした次第。

 サブタイトルに「考えるための教科書」とある。「考える」とはどういうことなのか。初めに「言葉」が採り上げられる。「犬」という言葉の意味は辞書を引かなくてもみんな知っている。だが、どうしてその言葉はその意味なのか。名前と事柄はどっちが先なのか。「美しい」という言葉だけでそれをイメージできるか。自分が話し、自分が書く限り言葉は自分の中にある。言葉の意味を決めたのは自分ではなく、言葉は自分の中にある。
 こういう議論の展開は好きだなぁと思う。

 「心はどこにある。」普段あまりこんなことは考えない。頭や胸などが思い浮かぶが、体のどこかに心があるのではなく、心がすべてとしてある。心とは「感情(感じるもの)」と「精神(考えるもの)」。
 「他人とは何か」。世界にはたくさんの他人がいて、それぞれに生きているけれども、それらはすべて自分が見ているもの。もしも自分が存在しなくて、自分が見ているのでなければそれらは一切存在しない。
 実に面白い論証である。

 考えるということは、自分との対話だとする。ひたすら自分と語り合うこと。
そうだなと納得する。
「生活しなければならない」、「仕事しなければならない」という心構えが生活や仕事をつまらなくしている元凶。「生きるために生きている」というのも立派に1つの人生の意味であり目的。
 こういう考え方ができれば、心が軽くなる人もいるのではないだろうか。

 30ものテーマがあって、それぞれ一見、考えるまでもなさそうであるが、考え始めると実に深い。
 1. なぜ人を殺してはいけないのか
 2. 自由というのは、それを自由だと主張することによって自由でなくなる
 3. 神を信じるということは、存在しないものを存在すると自分で勝手に思い込むための人間の勝手な都合
 1つ1つ丁寧に説明されてはいるものの、14歳にはちょっと難しいかもしれない。それゆえか、後半は17歳を対象にしている。

 1. 人が信じているのは考えていないから。きちんと考えることをしていないから、無理に信じる、盲信することになる。
 2. 人は自分で自由に運命を創造しながらその人生を生きていく。
 3. 善悪という基準、価値の基準は自分の中、自分の心にある。
 なんだか格言にでもなりそうなものばかりである。

 「生きているということは、それ自体が謎なんだと知って生きるのと知らずに生きるのとでは、人の人生はまったく違ったものになる。」
 その通りだと思う。そしてただ生きているよりも、「考えて」生きる方が、人生は心の中にも大きく広がっていく気がする。哲学というと何やら小難しくなりがちであるが、シンプルに「考える」とすると、実に楽しくできる。故人なのは本当に残念であるが、著者の他の作品にも触れてみたいと強く思わされる一冊である・・・



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2019年05月26日

【マチネの終わりに】平野啓一郎 読書日記1032



第1章 出会いの長い夜
第2章 静寂と喧騒
第3章 《ヴェニスに死す》症候群
第4章 再会
第5章 洋子の決断
第6章 消失点
第7章 愛という曲芸
第8章 真相
第9章 マチネの終わりに

 最近興味を惹かれ、まず手始めに『ドーン』を読んでみたのがこの著者。これがその第二弾である。そしてその内容は、恋愛小説である。

 主人公は、蒔野聡史と小峰洋子という2人の人物。2人の人物にはそれぞれモデルがいるとのこと。いろいろと設定は変えてあるが、実在の人物をモデルにしているというところが興味深いところである。物語を読み終えて改めてこの説明がなされている序文を読み返すと感慨深いものがある。著者もこの部分は本編を書き終えてから書いたらしいが、その気持ちがなんとなくわかる。

 その蒔野聡史であるが、38歳のクラシック・ギタリスト。その蒔野が、デビュー20周年記念コンサートを終えたところから物語は始まる。楽屋を訪ねたレコード会社の担当者が連れていて蒔野に紹介したのが小峰洋子。フランスのRFP通信の記者というのがその触れ込みであった。蒔野はその容姿に惹かれた部分もあるが、洋子が賞賛したのはその夜、彼が唯一満足のいく演奏ができたブラームスであったことから蒔野の心は一気に洋子に引き寄せられて行く。さらに洋子の父親が真野が崇拝する映画『幸福の硬貨』を監督した人物であると聞くと、一層関心は深まる。こうして蒔野の心に洋子が入り込む。

 洋子は蒔野よりも2歳年上。どちらにせよ若いとは言い切れない妙齢であり、それもドラマの一要因。若い頃はとかく容姿に偏りがちであるかもしれないが(と言っても蒔野も洋子もブサイクとは表現されていないし、むしろ美男美女に分類されるようである)、互いの趣味や仕事を認められるというのは、大きく心を動かされる要因だったりする。洋子の「通」とも言える音楽の評価に蒔野が惹かれたのも無理はない。そして洋子もそれ以降、蒔野のCDを肩身離さず持ち歩くようになる。

 洋子はフランスの通信社に勤務しており、自ら手を挙げてイラクに派遣される。そこで間一髪で自爆テロの被害から逃れるが、それが元でPTSDになる。2人は日本とフランス(またはイラク)とに離れて暮らし、コンサートで会って以来は、スカイプでやり取りする程度。蒔野がスペインでのコンサートの口実でパリに立ち寄り、洋子に会いに行くも、同居人がいて肉体関係には及ばない。そして何より洋子にはアメリカ人のフィアンセがいる。

 こんな状況下、自分だったらどうするだろうかと想像してみる。家庭を持って早や20年を
過ぎ、もはやこういう恋愛関係になることもなさそうな身としては、楽しい想像である。2人はいつしか互いに惹かれあっていく。しかし、それを快く思わないのが、蒔野のマネージャーの三谷早苗。実は密かに蒔野に恋愛感情を抱いている。そしてある出来事が起こる・・・

 世の中の恋愛は当然ながら成就するものばかりではない。片思いなら仕方がないが、双方ともに想い合っていても例外ではない。だからロミオとジュリエットのような悲恋物語が生まれるわけである。蒔野と洋子もちょっとしたことですれ違っていく。それはまたちょっとしたことで修正できたかもしれないことである。ロミオとジュリエットの物語のように。

 自分も同じようなすれ違いを経験し、そして別々の道を歩まざるをえなかった女性がいる。そうなると自然と蒔野の心情に感情移入していく。歩むことのなかった道は、時間が経てば経つほど戻れなくなるほどに離れていく。そうした自己の経験と相まって物語が心に静かに響く。どこかで戻ることはありえなかったのであろうかと自分の過去を思い返してみる。

 タイトルのマチネとは、「午後の演奏会」ということのようである。そのマチネの終わりに蒔野がある曲を弾く。それは物語全編を通して中心となる曲。物語の静かなラスト。果たしてその先、どんな展開があったのであろうか。幸せな想像をしてみたい一冊である・・・


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2019年05月24日

【右脳思考−ロジカルシンキングの限界を超える観・感・勘のススメ−】内田 和成 読書日記1031



《目次》
第1章 右脳を使うことが重要な理由
第2章 右脳の使い方
第3章 右脳で考え、左脳でロジカルチェック
第4章 左脳で考えたロジックフローを右脳で肉づけ
第5章 右脳「力」を鍛える
第6章 ロジカルシンキングより直感を信じてみよう

 著者は、早稲田大学ビジネススクール教授。と言ってもボストンコンサルティンググループ(BCG)で日本代表、シニア・アドバイザーを務めたというビジネスの大家。そんな人物となれば、誰よりも「ロジカルシンキング」のエキスパートと思うが、ビジネスの現場ではむしろ「思いつき」や「勘」などのロジカルでない部分=右脳思考が重要だと主張するのが本書である。

 タイトルにある「右脳」とは、「感覚、感情、直感、勘などロジックでは説明できないひらめき、思いつき、考え」の総称である。それに対し、ロジックを左脳と称している。ビジネスでは何よりもロジックが大事だという気がするが、右脳を働かせることで仕事を効率的に進めることができるとする。この本で説かれているポイントは以下の3点。
1. 右脳と左脳には使う順番と場所がある
2. 右脳と左脳の間で「思考のキャッチボール」が必要
3. ビジネスで役立つ「右脳」をどう鍛えるか

 「人を動かすのはロジックではなく、やりたい、面白そう、やらないとまずいといった気持ち、すなわち感情」というのはその通りだと思う。「思いつきを後から左脳で理論武装」というのは、日頃自分がやっていることである。自分はそれを「理論的に考えた」と思い込もうとしていたが、よくよく考えると後から理論武装しているのである。ズバリ言い当てられている気がする。

 問題発見は右脳が出発点だとする。解決策は左脳で考え、決定し実行していくのは右脳中心だとする。「コミュニケーションの極意は『理屈通りにはいかない』と心得ることだという主張も強力に心に刺さる。日頃、何度そういう経験をしているだろう。「うまく説明できないが、なぜかそう思う」という感覚を意思決定に取り入れるとする。最後の決め手は「勘」というわけである。そして実行のコツは「感情に働きかけること」だとする。「先に心(感情)を語ってそれをうまく理屈づけしていく説明が実行を効果的ならしめるのだという。

 思いつきを戦略に落とし込むことが大事。ロジックフローが完璧でも人は動かない。企画を通したいなら当事者の想い、責任感と意思決定者を動かす何かの両方が必要。つまり、「ロジックフローに魂を入れる」。このあたり、普段一生懸命ロジックで説得しようとしていてうまくいかず、結局相手の理解力が劣っているのだから仕方がないと思っていたことを反省しないといけない。

 さらにここでも「ストーリー」の重要性が語られる。「痛みを伴う改革にはストーリーが必要」、「戦略に整合性を与えるのはストーリー」というのは意識したいところである。また、「勘」は鍛えることができるというのは、明るい意見。そうであれば、徹底的に鍛えたいところ。それにはプライベートでも「右脳」を意識して使い、 観察し、感じ、そして勘を働かせることが大事らしい。

 相手との交渉においては、右脳で反対の理由を探り、説得方法は左脳で考えるとする。ビジネスで必要な勘は山勘ではなく、経験に基づく仮説という意見もなるほどである。長年、クライアントを相手に説明することを仕事にしてきただけあって、1つ1つに説得力がある。日頃、ロジック、ロジックと硬く考えていたが、右脳が大事という意見にはホッとさせられる。これからはもっとリラックスして右脳を使いたいと思う。

 これからはロジックとあわせて、己の直感をもっと信じてみようと思わせてくれる一冊である・・・



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2019年05月22日

【父が娘に語る美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい経済の話。】ヤニス・バルファキス 読書日記1030



原題:Talking to My Daughter about the Economy
プロローグ 経済学の解説書とは正反対の経済の本
第1章 なぜ、こんなに「格差」があるのか?――答えは1万年以上前にさかのぼる
第2章 市場社会の誕生――いくらで売れるか、それがすべて
第3章 「利益」と「借金」のウエディングマーチ――すべての富が借金から生まれる世界
第4章 「金融」の黒魔術――こうしてお金は生まれては消える
第5章 世にも奇妙な「労働力」と「マネー」の世界――悪魔が潜むふたつの市場
第6章 恐るべき「機械」の呪い――自動化するほど苦しくなる矛盾
第7章 誰にも管理されない「新しいお金」――収容所のタバコとビットコインのファンタジー
第8章 人は地球の「ウイルス」か?――宿主を破壊する市場のシステム
エピローグ 進む方向を見つける「思考実験」

 著者は元ギリシャの財務大臣。かつてEUから財政緊縮策を迫られる中、大幅な債務帳消しを主張し、世界的な話題となった人物。当時のことは財務大臣のことまでは覚えていないが、興味深い経歴である。そんな著者が、タイトルにある通り「娘に語る」という前提で、専門用語などを使わずに経済=資本主義を解き明かそうと試みた一冊である。

 初めになぜ世の中にはこんなに格差があるのかという問いがなされる。そしてなぜイギリスがオーストラリアを侵略し、アボリジニがイギリスを侵略しなかったのかが語られる。実に興味深い展開である。その理由を著者は「農耕」に求める。農耕によって経済が生まれたとするのである。自然の恵みが豊かだったオーストラリアでは畑を耕したりする必要がなく「農耕」が発達することはなかった。

 実はこの農耕によって農産物が生産され、やがて余剰が生じ、余剰を記録するために文字が発明され、余剰の配分が支配層を生むことに繋がる。「信用」が創造され、「債務」と「通貨」と「国家」とが生まれる。それらによる「経済」から軍隊が生まれる。「なぜ、アフリカから強国が出てこなかったのか? 」それも東西に広いヨーロッパの特性と南北に広がるアフリカを対比させる。東西に広い方が交流が盛んとなり、巨大帝国が生まれる土壌となる。

 生産の三要素は、「生産手段」「土地」「労働者」であるが、人類至上稀に見る「残酷な改革」と著者が呼ぶ「囲い込み」が行われ、土地所有者は農民を追い出し羊を飼う。追い出された農奴が「労働力」となって産業革命を支える。その産業革命の原動力は、実は石炭ではなく「借金」。「借金」と利益が結びついていく。話の中では、「狩人のジレンマ」という話が面白かった。「全員で(1人では狙えない)鹿を狙うか、1人でうさぎを狙うか?」というもの。経済の仕組みは実にシンプルだと思う。
 
 「経済は社会のエンジン。借金がその燃料。労働力はエンジンに点火する火花で、お金はエンジンの潤滑油」というたとえもわかりやすいし面白い。自動化するほど苦しくなる矛盾を「機械の呪い」とする。自ら生み出した機械に殺される「フランケンシュタイン症候群」。自動化を支えるのは利益であるが、自動化でコストは下がるものの、過酷な競争で価格は上がらない。さらに機械化の主役となるロボットは製品を買わない(から売上は伸びない)。この3つの力が価格をコスト以下にする。やがて機械を買うより人を雇う方が安上がりとなる。
 
 収容所のタバコ経済の話は「通貨」というものをよく説明してくれる。喫煙者にとって欠かせず、手軽で便利であり、価格比較でき保存ができる。紙幣でなくても通貨になりうるのである。利益を追い求める多国籍企業は地球から搾取し続ける。それを川に棲むマスを獲ることにたとえる。なるほど確かにこれならお堅い経済の話も娘に語って聞かせられる。誰でも知ってそうでいて実は知らなかったりするかもしれないと読みながら思う。

 邦題はやや大げさすぎるきらいはあるが、確かにわかりやすく、そして何より面白い「経済書」であると言える一冊である・・・



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2019年05月17日

【インパクトカンパニー 成熟企業を再成長させる、シンプルな処方箋 The Age of Impact Company:How to Revive Growth for Established Business】神田昌典 読書日記1029



《目次》
序文 新文明開化へ、ようこそ
第1章 未来から選ばれる、ゲーマー社長
第2章 インパクトカンパニーの武器─ブロックチェーン革命
第3章 真面目な会社が、低収益に陥るわけ
第4章 盲点だらけの経営者─デジタルツールの本当の役割
第5章 新成長事業を創る、インサイトの探索
第6章 顧客を創造する、たったひとつの技術

 著者は神田昌典。若い頃からビジネス書を読んで来たが、もう20年くらい前から著書を読んでいる。大前研一と並んで、「読み続けている著者」の1人である。久しぶりに手にしたこの一冊は、なんとも「インパクト」のあるタイトル。「インパクトカンパニー」とは、「経済的に成長しながら、同時に事業を通じて社会問題の解決を目指す中小企業」と言うことである。「大企業やベンチャー企業ほど目立たない存在ではあるが、これからの社会にとって決定的な影響(インパクト)を及ぼす」とする。

 今現在、1980年代生まれが桁違いのビジネスを創っていると言う。CASH、メタップス、SHOWROOM、日本クラウドキャピタル等々。こうした若者の出現を著者は「70年周期」説として説明するが、個人的にはこれには「こじつけ」感を感じるところ。ただ、これからインドやパキスタンが「テクノロジー大国」になっていく中で、これからの70年は「人間とは何か」を問う時代で、「インパクトカンパニー」の時代であると言う主張まで否定するつもりはない。

 ここから様々な可能性が語られる。これから「副業」が億を生む時代で、その可能性の1つとして、「バウンティプログラム」なるものが説明される。これは仮想通貨にまつわる成功報酬プログラムで、要はICOと称される資金調達である。これからはレシピ本並みの気軽さでICOができる時代であるとする。DENTACOIN、Steemit、Filecoin、Trusttoken、Proof Suit、WePower、PowerLedger・・・批判より何よりまずどんなものか知ることから始めないといけない。目を白黒させていてはいけない。

 ビジネスの収益はビジネスモデルで決まるとする。社員同士の仲の良い会社か否か、ましてや会社の雰囲気などは会社の収益性とは関係ないとする。身も蓋もないが、発想ひとつで、ローカル企業も世界的プラットフォーマーになると言う指摘には耳を傾けたい。自動車部品リサイクルの会宝産業、神戸の小さな美容室TICK-TOCKが国内外800社のプラットフォームになどと言う事例は興味深い。

 グーグルアナリティクスやグーグルサーチコンソールなどの無料ツールのことは初めて知ったが、こう言う知識こそ貴重であり、本を読む効果でもある。デジタルデータの分析など今の仕事には関係ないが、だから無関心というわけにもいくまい。後半に登場する「ストーリー」は、明日からでも意識したいところである。「ストーリーは人類が手にした最高のテクノロジー」という表現は大げさでもなんでもないと思う。もとよりマーケティングの大家であり、「セールス/コピーを変えただけで経営改革が実現」、「インサイトを言葉にして売上20倍」などは大いに参考にしたいところである。

 何か自分の仕事でも活かせないだろうか。大いに考えてみたいところである。神田昌典健在、を印象付けられた一冊である・・・



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2019年05月13日

【バカとつき合うな】堀江貴文/西野亮廣 読書日記1028



《目次》
第1章 バカはもっともらしい顔でやって来る。気をつけろ!
第2章 バカになにを言ったところで無駄。ムキになるな!
第3章 ふたつの「バカ」

 なんとも挑発的なタイトルであるが、ホリエモンと西野亮廣という現代の若者でビジネスの先端を行っている2人による共著な訳であるから、そんなタイトルになるのもよくわかる。

 冒頭から、自由でないのは「バカと付き合っているから」とホリエモンは語る。さらに、
・バカばっかりの環境に居続けるバカ―環境や付き合う人間を選べないと考えてしまうのはバカの思考
・人と同じことをやりたがるバカ―得したいのなら人と違うことをやろう
・学校を盲信するバカ―学校教育は「従順」を刷り込む
と手厳しい。だが、言われてみればそうかもしれないことばかりである。

 2人の主張が交互に出てくるが、核心をついた言葉が続く。
・情報を取りに行く(運任せにしない)
・一番を取りたいのなら他人の作ったレールを走るのではなく、自分でレールを作る
・良薬口に苦しだが、口に苦いものが良薬ではない
・不安を打ち消してくれるのは突き詰めて考えたロジック
このあたりは、まったくその通りだと思う。

さらに続く。
・AI脅威論なんてバカの発想
・自分の興味のある人とだけ付き合えばいい
・人生の3/4を学校と労働に明け渡すのは長すぎないか
・時間を奪われることに鈍感な人間は他人の時間を奪うことにも鈍感
一理あると思うものもあるが、「諸葛孔明はバカ」と言う理由はいただけない。「今だったらLINE送って『軍師やって』って送って終わり」とするが、それで人がついてくるのだろうかと思わざるを得ない。

・仕事ができない人ほどメールが長い
・老害とは何かにしがみつくこと
・無理に独立するメリットはない
と言うあたりはなんとなくその通りだろうと思う。

 最後に「思考と行動」と言うことが強調される。真似ることが個性を育てる。真似はいいこと。そして情報は自分自身が行動することによってしか集まってこない。情報があれば思考ができるとする。まさに物事は思考と行動によって作られて行くと思うので、この言葉は重いと思う。表面的な言葉はともかく、2人が根底で主張していることはここに尽きる気がする。大いに参考にしたいと思わされる一冊である・・・


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2019年05月11日

【逆説の日本史24】井沢元彦 読書日記1027



《目次》
第1章 大日本帝国の構築3 帝国憲法と教育勅語
第2章 大日本帝国の試練1 条約改正と日清戦争への道
第3章 大日本帝国の試練2 台湾および朝鮮統治

 長い長いシリーズもいよいよ明治の中盤。まずは明治14年の政変。ここでは井上毅が紹介される。なんとなく聞いたことのある名前。しかし、実は「明治国家のグランドデザイナー」と称される人物。天皇中心の立憲国家にすることに意見の対立はなかったものの、民権をどこまで認めるかで大隈重信と伊藤博文の意見は対立する。イギリス派の大隈とプロシア派の伊藤の対立である。ここで井上毅はプロシア型を主張する。

 井上毅は一官僚に過ぎなかったが、伊藤博文に「プロシア体制」を提案し、採用される。そして政変で大隈は失脚し、伊藤博文派が勝利する。以後、この路線が確定する。翌年には「軍人勅諭」が発表される。この勅諭では、「軍人は世論に惑わす政治に拘らす」とうたわれ、なんと軍人には選挙権も与えられなかったのであるが、のちに軍人は政治を動かしていく。その過程は時の流れなのだろうか。
 
 いよいよ帝国憲法制定を目指していくが、その目的は「不平等条約の改正」。学校の歴史ではこういう目的まで習っていない。当時はまだガイジンを斬り殺す野蛮な国とされていて、とても条約改正には応じてもらえなかったらしい。そう説明されれば、欧米列強の考え方も理解できる。思い余って外国人判事の登用まで検討されたらしい。そうした経緯があり、大日本帝国憲法が制定される。

 成文憲法は、大日本帝国憲法と皇室典範に分類され、それがゆえに、大日本帝国憲法下の帝国議会は、別の憲法となる皇室に関する事項について全く関与できなくなる。これも初耳である。今では批判の対象となっている「教育勅語」だが、天皇の名を借り、国民に勉強せよというメッセージとなっていたとか。これで2,000年以上続いた男尊女卑の儒教の常識を打破することになったのだとか。「天皇に対する忠誠を貫き国民に戦争を強いるものであり民主的でない」という批判について、著者は「歴史がわかっていない」と切り捨てる。

 そしていよいよ日清戦争へとつながる。当時、意外にも清国の北洋艦隊はアジア最大の巨艦を有し、それを見せつけるべく日本に寄港したのだとか。そしてさらに意外だったのは、日清戦争の狙いが不平等条約の改正にあったこと。条約改正の必要性が高まる中、予想外にも帝国議会の反対で暗礁に乗り上げてしまう。それを陸奥宗光は、「日清戦争開戦=国家の非常事態」、「国家の非常事態=議会が政府を無条件で支持する」という図式を利用し、条約改正を議会に認めさせてしまう。これも歴史の教科書には載っていない。

 その日清戦争であるが、日本兵の奮闘により、アジア最大の巨艦を撃破するなどの活躍があるが、その陰で「補給の無視」というのちに重大な欠点となる悪しき伝統がこの時すでに現れる。「現地調達」という聞こえのいい命令が当たり前となる。日清戦争の勝利も軍律の不徹底が招いた清国軍の反乱もある。近代国家へと生まれ変わっていく過程の姿はどの部分も興味深い。こんなに「近い歴史」にも知らないことが溢れている。つくづく、歴史は深いと思う。

 まだまだ続くこのシリーズ。さらにこの先の展開が楽しみでたまらない一冊である・・・







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2019年05月10日

【もっと言ってはいけない】橘 玲 読書日記1026



《目次》
プロローグ 日本語の読めない大人たち
1 「人種と知能」を語る前に述べておくべきいくつかのこと
2 一般知能と人種差別
3 人種と大陸系統
4 国別知能指数の衝撃
5 「自己家畜化」という革命
6 「置かれた場所」で咲く不幸―ひ弱なラン

 この本は、『言ってはいけない残酷すぎる真実』の続編である。「言ってはいけない」とは、たとえ事実だとしてもおおっぴらに言えば語弊があるということで、この本にはなかなか大きな声では言いにくいことが書かれている。でも、そういう話こそが面白かったのが前著であり、この本もそれを踏襲している。

 「人種によって認知能力に違いがある」などと言えば、たちまち「人種差別主義者」のレッテルを貼られてしまいそうであるが、著者によれば「私たち(日本人)は何者か」という問いを考えるのに避けては通れないテーマだとする。その日本人だが、いきなり1/3は日本語が読めないとする。これはOECDの依頼を受けた公的機関の調査結果だというが、ちょっと驚きである。

さらに、
・日本人の1/3以上が小学校3〜4年生の数的思考能力しかない
・パソコンを使った基本的な仕事ができる人は日本人の1/3以下
・65歳以下の日本の労働人口のうち3人に1人がそもそもパソコンを使えない
と続くが、にわかには信じがたい。ただ、高度化した知識社会はそれに適応できない膨大な人たちが生まれることは必然という部分はわかる気もする。

 遺伝についてはかなり危ない話が続く。知能や性格、精神疾患などの遺伝率は一般に思われているよりもずっと高く、子どもの才能や性格における共有環境の寄与度はゼロであるという。そうなんだろうかと思うが、反論の根拠となるものは素人にはない。ただし、ゲイ遺伝子の調査などは面白い読み物として読める。

 面白いと思ったのは、男の知能は極端であり、女の知能は平均的であるというところ。男の知能は標準偏差が大きく、アインシュタインのような極端な超天才は男に生まれやすいというもの。ノーベル賞受賞者に男が多いのもこれで説明がつけられる。また、すべての日本人が継体天皇の子孫になるという話も実に興味深い。これは理屈的にも納得ができる。

 遺伝も意外と早く進化するものだという話も面白い。人類はもともと離乳とともにミルクが飲めなくなるものであるが、牧畜が生まれ、乳糖を取るようになると変化していったが、牧畜が行われていなかったアジアでは変化が少なく、だから日本人の中に牛乳を飲むとお腹を壊す人が多いという。こういう話は楽しく読める。シェルパ遺伝子の例も人類の進化は意外と早いということが示されていて興味深い。

 日本になぜ華僑財閥がないかという問いに対し、華僑は知能優位性のある地域でしか財閥を作ることができないからと説明される。つまり、日本社会では知能優位性が得られないということで、ちょっと誇らしい気もする。弥生人が中国南部から流れてきて、縄文人を虐殺したという仮説について、「下戸遺伝子」から説明するところも、それなりに筋が通っていて面白い。自分が酒が弱い遠因がこういうところにあるのかもしれないと思う想像は楽しい。

 日本人は「置かれた場所で咲くほかはないひ弱なラン」という解説も面白い。面白がっていてはいけないことかもしれないが、日本人は遺伝的にストレスに弱いにも関わらず、文化的に高ストレスな社会を作ってしまったという。それを「お互いがお互いを気にする高コンテクストの社会」と説明しているが、それはメリットでもあり、難しいところがある。

 雑学として気軽に読めるところも多いが、様々なところで我々が日本人という遺伝子として受け継いでいるものが現れている。なかなか興味深いと個人的には思う。それにしても、よくこうした考えをまとめられたものだと思う。まだ続編が出るのなら、読んでみたいと思わされる一冊である・・・




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2019年05月03日

【人生は、運よりも実力よりも「勘違いさせる力」で決まっている】ふろむだ 読書日記1025



目次
◇はじめに
◇おいしいのは「正しいとしか思えない間違ってること」
◇自分はハロー効果に騙されないと思ってる人が騙される理由
◇学生と社会人では人生ゲームのルールが根本的に異なる
◇誰も卑怯と気づかない卑怯なやり方が最強の勝ちパターン
◇運ゲーで運を運用して勝つ方法
◇優秀な人間が運に左右されずに成功する理由
◇食欲でも睡眠欲でもない、性欲よりもはるかに切実な欲望
◇なんでも悪く解釈される人とよく解釈される人の違い
◇ダメな奴はなにをやってもダメという呪いの正体
◇自分の意思で選択しているとしか思えない
◇成果主義という名のインチキゲームの裏をかいて勝つ方法
◇幸運を引き当てる確率を飛躍的に高くする方法
◇思考の死角に棲む悪魔の奴隷から主人になる
◇美しき敗者と醜悪な勝者、どちらになるべきか?
◇有能な人と無能な人を即座に見分けられるのはなぜか?
◇自分は公平だと思ってるえこひいき上司の脳内
◇欺瞞が錯覚を大繁殖させる
◇思考の錯覚のまとめ
◇錯覚資産を雪だるま式に増やしていく方法
◇おわりに

 以前、大企業に勤めていたが、残念ながら出世はできなかった。自分では実力はあると思っていたのだが、そう思っていたのは自分だけで、実は自分が思うほど自分には実力がないのだと最後は諦観していた。しかし、なんとなく自分より能力が劣っていると思われる人が出世していくのはどうにもしっくりこない感情として残ったのは確かである。その差は、「人付き合いの良さ」だろうというのが自分の結論である。この本を読み終えた時、その答えがはっきりとわかったと思う。

 著者の正体は定かではない。自ら明かしていないからであるが、「それなりの人物」であるらしい。そんな著者が、この本で「人には『錯覚資産』なるものがある」と主張するが、これはある意味衝撃的でもある。「錯覚資産」とは、プラスのイメージを引き起こすものであればなんでも全体的に優秀という思考の錯覚を引き起こすものだという。人々が自分に対して持っている自分に都合のいい思考の錯覚は、一種の財産として機能するので、「資産」と称しているらしい。

 なんとなくわかったような気がするが、要は「実力があるから」良いポジションを手に入れられるのではなく、「実力があると周囲が錯覚するから」良いポジションが手に入れられるのだという。世の中実力主義ではないのだと著者は断じる。そしてこの本で著者が主張するのは、「世の中は実力主義になんてなっていないという身も蓋もない現実を踏まえた上でのリアルな成功方法」だとする。なんとも斜に構えた議論と思うが、読み進めていくうちに否定できなくなってくる。

 「ハロー効果」「認知バイアス」などという言葉が何度も出てくるが、実際の成功・失敗は人が思っている以上に実力以外の要因で決まっているのだとする。そしてこの「思考の錯覚」は、自分が思考の錯覚に陥っていることを自覚できないという思考の錯覚があるとする(思考の盲点と称している)。なんだかややこしい。ただし、「優秀の人は何をやらせても優秀」「ダメな奴は何をやらせてもダメ」ということは身の回りに溢れている。そう考えると、著者の主張に説得力を感じる。

 この錯覚資産は、成功と失敗とを分ける極めて大きな要因であり、スキルアップしていくにはこの錯覚資産を増やす必要がある。それには、「一貫して偏ったストーリーを語る」必要があるという。バランスのとれた正しい主張などに人は魅力を感じないと言うが、なかなか面白い意見である。そして「思考の粘り強さ」も必要で、これがなければ逆に思考の錯覚の泥沼に沈むとする。「思考の粘り強さ」とは、難しい問題について考えぬくこととされる。このあたりはしっかりと理解できる。

 結局、世の中は実力主義ではないということは、自らの経験と照らし合わせてもその通りだと思う。では何なのか、という問いにこの本では「錯覚資産」という回答を与えてくれる。そして読むほどにそれを納得させられる。中小企業に転職したいま、かつて自分には実力がないと思っていたのは間違いだったと実感している。そしてむしろ今は実力以上に評価されている気がする。その理由もこの本を読めばよく理解できる。

 身も蓋もない議論ではなく、世の中の仕組みはやはりこの本で説明されている通りなのだろうと思う。「自分には実力がない」と諦める前に読んでおくべき一冊である・・・



posted by HH at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | ビジネス/自説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする