2019年10月30日

【偏差値37なのに就職率9割の大学】堀口英則 読書日記1088



《目次》
はじめに 「就活」は逆転のドラマ
第1章 どうしようもない大学だった
第2章 ますます狭まる「狭き門」
第3章 改革、発進
第4章 学生を選べる大学に
第5章 「訓練」は半年
第6章 人生は変えられる
おわりに 特別付録「就職は親で決まる」

 著者は、金沢星稜大学の就職課課長(今も同じ地位なのかはわからない)。もともとリクルートで新卒採用広報を担当していたというが、縁があって現在のポジションに転職。以来、改革を重ねて現在、金沢星稜大学は就職率91.3%(2013年-本書執筆時点-)という好成績を収めるまでになったという。そこに至る経緯を綴った一冊である。

 金沢星稜大学なんて、正直言ってこの本を手に取るまでその存在すら知らなかったのが正直なところ。地方の、しかも経済学部だけの単科大学でもあり無理からぬところはあるだろう。しかも著者が就任時の偏差値はなんと「37」。はっきり言って「名前が書ければ入れる」というレベルの存在自体が問題とも言える大学である。当然、就職率も悪い。4年生の7割が7月時点で未内定状態だったという。

 学内はTシャツにジャージ姿、キティちゃんのサンダル履き、ファッションタトゥーの学生が闊歩していたという。みんな「不本意入学」で、コンプレックス・劣等感の感情がよその5倍も強かったらしい。少子化による定員割れも目前に迫る中、著者は改革の手段として「入口戦略」ではなく、「出口戦略」、すなわち就職戦略に着手する。

 目指すは一流企業就職。なかなか無謀に思えるが、著者は下記の対策をとっていく。
1. 打席数を増やし、空振りを減らす
2. 3年の秋から週一で就職ガイダンス
3. 遅刻3回、欠席3回で支援打ち切り
4. 見た目を徹底的に磨く
「1」の取り組みは、とにかくひるむことなくチャレンジであり、数撃つのではなく、金沢星稜大学で行なっている企業説明会(つまり企業も採用してもいいと考えている)に行かせるなどの試み。手取り足取りといった感があるのは、やはり偏差値37だからだろうか。

 内定の取れる学生は、「見た目爽やかで清潔感がある」「笑顔で挨拶ができる」「素直で打たれ強い」「親世代と話すことに慣れている」「地頭の良さ」であるという。進路支援センターの一角に床屋まで作って服装、髪型、ネクタイの締め方からリボンまで指導したという。挨拶がしっかりできて、マナーもあって受け答えができればとにかく第一関門は突破できる。学生たちもびっくりだっただろう。

 さらに入り口での評価を上げる取り組みも面白い。経済大学ゆえに、公務員・金融機関に学生を輩出させること、男女比率を9:1から5:5に上げることを狙い、授業料免除の国家公務員対策講座を設け、入試もそれまでの一教科のみから三教科試験に変える。これは第一志望に落ちた優秀な学生を捕まえるためで、一生懸命三教科以上勉強してきた学生に一教科のみの受験ではやる気もなくなるだろうという配慮のもの。現在は男女比率6:4で学生のレベルも上がっているようである。

 就職課も「学生が集まる就職課」をモットーに取り組んでいるという。興味深かったのは、就活には親・家族の協力が欠かせないということ。「お金がかかること」「アルバイトはさせない」「コネの話をしない」「公務員試験を受けてみろ、家から通える会社にして、は禁句」ということを親も理解しないといけないとする。なるほど、と色々参考になる。

 地方の三流大学でも、創意工夫と熱意によっていくらでも戦える。上場企業の内定を勝ち取ったある学生が、関東の有名私大に進んだ高校時代の友人に「おまえ、マジアの上場企業、受かったん?」と驚かれたというエピソードは、著者も痛快だったであろう。どんな環境下にあってもやろうと思えばなんでもやれる。そんなことを教えてくれる一冊である・・・




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2019年10月29日

【夏の吐息】小池真理子 読書日記1087



《目次》
秘めごと
月の光
パロール
夏の吐息
上海にて
春爛漫

 好きな作家の一人である小池真理子の短編集である。6つの短編の主人公はすべて女性。それも若くても30代以上であり、女性でも人生経験を積んで円熟味を増していく中で、それなりに人生の苦さも味わっているところが、小池真理子の作品の味わいの一因かもしれない。

 「秘めごと」は亡くなった親友の墓参りに行く女性の話。その親友はかつて夫のある身でありながら、ある映画監督と不倫関係にあった。主人公は、その不倫のアリバイ工作に携わり、話を聞いてきたが、今はその親友の夫と再婚している。そんな折、不倫相手の映画監督から墓参りに行きたいと連絡が入る・・・

 「月の光」は、ふとしたことから年下の男との付き合いが始まった女の話。付き合いといっても肉体関係はない。年の離れた風変わりな関係である。BMWでドライブしたり、映画を観たり。ところがある晩、男が自殺未遂を図る・・・

 「パロール」は叔母の経営する小料理屋で、主人公がある常連客の死を知らされる。かつて主人公は年の離れた初老のその男と叔母の小料理屋で知り合い、いつしか会話を交わすようになっていた。男は肉体労働をする一方、詩を出版したこともあった。突然の死に主人公は在りし日を思い出す・・・

 「夏の吐息」は、突然失踪した男の実家で、男の母と二人で暮らす女の話。愛し合って一緒になり、子供も生まれる直前に男は突然姿を消してしまう。理由は明らかにされない。以来、女は男を待ちながら男の母親と二人で暮らしている。男との思い出を回想する女。男に会いたいという思いが強く滲み出てくる・・・

 「上海にて」は、そのタイトルの通り、上海在住の友人を訪ねてきた主人公の話。再会を喜び合うが、突然かつて付き合っていた男が上海にいると知らされる。女の脳裏に過るかつて男と過ごした日々。連絡先を渡された女は、過去を回想しながら男に連絡する・・・

 「春爛漫」は幼馴染の男と待ち合わせする女の話。幼馴染とは、折に触れ会うことはあるが、男女の関係にはない純粋な友人関係。妻子持ちの男と付き合っていたが、ある日男の娘が訪ねてきてなじられる。なんとも言えない気分になった女は幼馴染を呼び出す・・・

 ストーリーだけを捉えると、何が面白いのかという話になってしまう。しかし、それぞれの主人公の立場になって、同じ思いを共有して行くと、そこはかとない主人公の思いが伝わってくる。小池真理子ならではの表現によって、1つ1つのストーリーが深い味わいを持って伝わってくるのである。

 『性的な感じはしなかった。まるでしなかった。代わりに亜希子は、深い友情を感じた。世界に向けた友情のようなもの。古賀が言っていたような、空や星や月や大地や、木々の梢を吹き抜けていく風に向けて感じる、深い愛・・・。
 そこに言葉はなく、無数の言葉をはらんだ沈黙があって、雪だけがしんしんと絶え間なく降り続いている。』(『パロール』)
 実に深いなぁと思わずにはいられない。

 読んでいて思わず溜め息が漏れてしまいそうな文章に綴られた物語。これだから読むのはやめられない小池真理子の作品である・・・ 


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2019年10月28日

【たけし、さんま、所の「すごい」仕事現場】吉川圭三 読書日記1086



《目次》
第1章 日テレ快進撃の前夜に出会った「怪物」たち
第2章 たけし・所と『世界まる見え』で大逆襲
第3章 さんまと『恋のから騒ぎ』
第4章 所ジョージの品格と「ダーツの旅」
第5章 テレビはどこへ向かうのか

 著者は、元日本テレビのプロデューサー。現役時代は「世界まる見え!テレビ特捜部」や「恋のから騒ぎ」を手がけたらしい。そんな元プロデューサーが、明石家さんま、ビートたけし、所ジョージらとともに活躍したかつての時代を振り返りつつ、テレビの今後のあり方について語った一冊。

 著者は、テレビが最も妖しい魅力を放つのは次の3つだという。
1. 狂気を孕んだ時
2. 公序良俗に反することやタブーが暗喩として上手に表現できた時
3. 予測不可能な展開が起こった時
 かつての時代はそれがあったが、近年テレビを取り囲む環境は激変し、それによってテレビは飼い慣らされた大人しいメディアになってしまっているという。あまりテレビを見ない身としては、ちょっとピンとこない。

 『シン・ゴジラ』ならぬ「シン・テレビ」を目指すには、既成概念をひっくり返すような新しい映像コンテンツに変化することが待たれているというが、一体どんなものなのだろう。こういう考え方は、デレビ業界だけではない気もする。そう語る著者だが、まず始めは明石家さんまとのエピソード。当時、日本テレビの大物プロデューサーの対応のまずさから日本テレビは明石家さんまと仕事ができない状態だったのだとか。それを著者は毎週ラジオの収録現場に訪れ、オフアーの機会を待ったという。

 やがて、明石家さんまがシャレで言った「プールを持ってこい」という言葉を実現させ、気に入られたのだとか。当時、台本がきちんとあるのが当たり前だったらしいが、明石家さんまはフリートークの天才であり、それを著者は自分の番組では活かしたのだとか。そのほかビートたけしや所ジョージの数々のエピソードが語られる。ただ、そのあたりは人気タレントの舞台裏から見た顔というだけで、面白いと言えば面白いがそれだけである。

 個人的には、やっぱりタレントの裏側から見た顔という話よりも、自らの仕事の苦労話の方がなんとなく心地よい。「テレビマンとして一番鍛えられた体験は」という質問に、著者はある番組での海外ロケだという。予算がない中、面白いものを探し出し、それをどうすれば魅力的にできるかを瞬時に考えるということだったらしい。このあたりをもっと詳しく聞きたかったと思う。

 「自己発信力のビートたけし」、「反射神経の塊である明石家さんま」「空派を作り出す所ジョージ」という大御所3人の知られざるエピソードは確かに興味深いが、逆に言うと「それだけ」と言う気もしなくもない。あるいはテレビをよく見ている人なら、それなりに面白いのかもしれないが、例えば「ダーツの旅」の話が出てきても、どんな番組だったのかわからないからなんとなく話に乗れなかったところはある。それが証拠に、「恋のから騒ぎ」については、イメージが良くできて面白く読めたところである。

 テレビ番組を企画するにあたっては、「みんなが群がるものには成功の種は埋蔵されていない」と言う。それはどこの業界でもそうだろうと思う。著者は、今はドワンゴに転身していると言うが、テレビ業界はネット業界に学ぶところが多いと言う。やり方次第ではいかようにでもなると、最後は真面目な提言で締めくくられる。期待したいと言いたいところもあるが、今後もあまりテレビを見ることはないだろうから微妙である。

 それにしても、やっぱり大御所3人のエピソードが面白い一冊である・・・



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2019年10月24日

【正義の教室 善く生きるための哲学入門】飲茶 読書日記1085



プロローグ ある男の選択
第1章 倫理的な彼女たち
第2章 3種の正義「平等、自由、宗教」
第3章 平等の正義「功利主義」
第4章 幸福は客観的に計算できるのか? ――功利主義の問題点
第5章 自由の正義「自由主義」
第6章 格差を広げ、弱者を排除してもいいのか? ――自由主義の問題点
第7章 宗教の正義「直観主義」
第8章 人は正義を証明できるのか? ――直観主義の問題点
第9章 正義の終焉「ポスト構造主義」     
エピローグ 正義の決断

 著者は、難しい哲学をわかりやすく解説してくれるため、個人的にファンである方。今回の一冊は、高校生を主人公として、タイトルの通り「正義」の問題を「功利主義」「自由主義」「直観主義」の立場から考えようとするもの。その表現は優しいが極めて奥が深い内容となっている。

 主人公は山下正義(まさよし)という高校生。これが生徒会のメンバーである3人の女子高生とともに倫理の授業をベースに正義の問題を考えていく。倫理の先生は「正義の判断基準は3つ」だと教える。すなわち、「平等・自由・宗教」だと。ちょっとピンとこないが、下記の通り整理して考えると簡単である。

1. 平等:共産主義や社会主義といった平等を絶対的な正しさとする国
2. 自由:自由を絶対的な正しさとする国
3. 宗教:宗教すなわち自分たちの伝統的な価値観を絶対的な正しさとする国
見事に今の世界の国々を分類している考え方である。

 上記それぞれに哲学が対応している。平等は「功利主義」、自由は「自由主義」、宗教は「直観主義」。「功利主義」はベンサムの唱えた「最大多数の最大幸福」であるが、大勢の人の幸福を追求する功利主義は一見正しそうであるが問題がある。それは幸福をどう測るかということ。有名なトロッコ問題に例えると、5人を救うために1人を犠牲にするのは良しとするところはわからなくもないが、では「臓器くじ」(5人の病人を救うために1人の健常者を犠牲にする)ことはどうかと問われると答えに窮する。

 功利主義では、富の再配分や福祉国家は肯定される。しかし、自由主義では否定される。それは、幸福度が増大したり多くの人が救われるからといって他人の権利(財産等)を侵害して良いということにはならないとの主張である。今のアメリカに見られる考え方であろう。その自由主義においては、自己責任、個人主義の横行によりモラルが低下したり、当人同士の合意による非道徳行為(売春、違法薬物売買等)の増加等の問題が増加したりする。

 人には自分で決めた人生を生きる権利がある。その生き方によって結果的にその人が不幸になろうと構わないとも言える。しかし、そうではなくて人には従うべき普遍的な善があるとするのが直観主義の立場。「普遍的な善」はどこにとは言えないが、存在していると信じる立場である。3人の高校生の考え方は、それぞれの立場の考え方そのものであり、その主張によってそれぞれの考え方の立場がよくわかる。

 一体、どの立場がより正しいのか。1つのヒントとして示されるロールズの実験が面白い。黒い袋をかぶり、自分という人間をすべて忘れて世の中がどうあるべきかを問うもの。すると自然と世の中のあるべき姿が浮かび上がってくる。自分が貧乏人や障害者の立場に置かれたらと考えると、福祉的な考え方を否定するわけにはいかない。そう気づかせてくれる優れた実験であるし、応用の効く考え方でもあると思う。

 そしてソクラテスから続く、哲学の相対主義対絶対主義の歴史が簡単に振り返られる。これがとてもわかりやすい。ソクラテスが始めた善を追求する哲学の絶対主義の流れは、ニーチェの実存主義によって終止符が打たれる。それゆえに哲学史ではソクラテスとニーチェが重要なのだとする。

 倫理の授業を通じ、主人公の正義は何が正しいのか学んでいく。自分が「善い」と思ったこと、社会的に「善い」ということではなく、自分的に「善い」と思うこと。万人に見られていなかったとしても、もしくは観られていたとしてもそれにかかわりなく自分がやるべきだと思ったことが、自分にとっての「善い」ことである。ラストの正義の行動は蛇足だったと思うが、読みながらいろいろと考えさせてくれる。

 結局、哲学を学ぶのは、それを元に自分はどう考えるかを考えさせてくれることだと思う。そういう意味では、難しい哲学書よりもこの著者のように難解な理論をわかりやすく解きほぐしてくれて考えさせてくれる方がはるかにありがたい。これからも読み続けていきたいと思わせてくれる一冊である・・・




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2019年10月23日

【アフターデジタル−オフラインのない時代に生き残る−】藤井 保文/尾原 和啓 読書日記1084



≪目次≫
第1章 知らずには生き残れない、デジタル化する世界の本質
第2章 アフターデジタル時代のOMO型ビジネス~必要な視点転換~
第3章 アフターデジタル事例による思考訓練
第4章 アフターデジタルを見据えた日本式ビジネス変革

 「アフターデジタル」とは聞き慣れない言葉である。アフターとつくからは、今のデジタル社会の後にくる次の社会というイメージなのだと思う。ようやくデジタル社会に慣れてきたと思ったらもう次か、と思わなくもないが、まずはその内容をと興味を抱いて手にした一冊である。
 
 著者の1人は、中国のデジタル社会事情に詳しい方のようで、よく日本からクライアントを引き連れて視察に行っているようである。実は、中国ではもうオンラインとオフラインの逆転現象が起こっているという。その主はオンラインであり、従はオフラインである。中国ではIT事情は圧倒的に進化しており、アリペイ(Alipay)やウィチャットペイ(Wechatpay)などのモバイル決済は当たり前。キャッシュレス決済の普及は、チャージをしようとしたら現金を入れることのできる機械がないほどだという。

 さらにジーマクレジット(芝麻信用)では、支払い能力を個人特性はもとより、返済履歴、人脈、素行などをベースに徹底して可視化した仕組みを作り上げているという。このジーマクレジットの信用スコアを高めるため、中国人のマナーが格段に良くなったという。、中国版ウーバーであるディディでも、顧客に対してのキャンセルレートや配車リクエストを待たせた時間、GPSを利用した安全運転チェックなどで評価され、それが収入に直結するため、やはりサービス向上につながっているという。

 アフターデジタルとは、リアル世界がデジタル世界に包含されるもので、デジタルでは常に接点があり、たまにデジタルを利用したリアルにも来てくれるものだとする。アリババによるネットスーパー「フーマー」がその代表例として取り上げられている。店舗から3キロ以内であれば、ネットで注文すると30分以内に届けてくれるという。また、会社帰りに店舗に寄り、そこでオーダーして届けてもらうという利用もしているのだとか。具体例があるとわかりやすい。

 もはやオンラインとオフラインはシームレスになって溶け合い、顧客はその瞬間において最も便利な方法で買いたいだけで、それを提供するのだとか。とにかく「ユーザー思考」であり、オンラインだオフラインだという区分けは関係なくなっている。個人的にはやはり「評価システム」が気になった。ジーマクレジットやディディだけではなく、レモネードという自動車保険アプリの仕組みも面白い。

 レモネードでは、ドライバーの運転データを取得し、それを保険料に反映させているという。日本のカーシェアリングでも急加速・急減速をポイントに反映させるシステムを導入しているが、運転態度を保険料に反映させるというのが一番理にかなっていると思うし、今後は日本でも取り入れられるような気がする。広告においても、広く誰かわからないまま打つのではなく、特定の属性に向けてオススメの商品の広告を打てば購入される確率も高まる。こういう動きは要注目だと思う。

 中国がなぜこれほどアフターデジタルの世界で日本より先行しているかというと、それは新しいことに対するスタンスの違いという指摘は興味深い。すなわち、中国では「やってはいけないこと」を決める制度であり、日本では「やって良いこと」を決める制度だという。中国ではとりあえず「やってみる」ということが可能な制度であり、この差はとても大きいと思う。これからすぐに起こりうることという意味で、中国の先行事例は実に興味深い。

 アフターデジタルの世界に遅れを取らないようにしたいとつくづく思うが、そのためにも一読の価値ある一冊である・・・



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2019年10月17日

【兵士は戦場で何を見たのか】デイヴィッド・フィンケル 読書日記1083



 著者は、ワシントンポストで長年記者として働き、ピューリッツァー賞を受賞したこともあるジャーナリスト。その著者が、イラク戦争に派遣されたある部隊について密着取材したのが本書である。ちなみに、本書の後編に当たるのが、『アメリカン・ソルジャー』というタイトルで映画化された『帰還兵はなぜ自殺するのか』であるという。そんな一連の従軍シリーズである。

 密着取材の中心となるのが、アメリカ陸軍第1歩兵師団第4歩兵旅団第16歩兵連隊第2大隊(通称16-2)。そしてそのリーダーであるラルフ・カウズラリッチ陸軍中佐。40代にさしかかるところで、その経歴でまだ部下を戦死させたことがない。2007年4月6日、ブッシュ大統領がイラクへの増派を発表する中、800人の兵士を率いてバクダッドに赴く。正確にはバクダッド東部のラスタミヤという「誰も行きたがらない」前線基地。既にイラク戦争開戦から1478日が経過していて、死者3,000人、負傷25,000人を数えている。

 最初にカウズラリッチ中佐が派兵を目前にして準備をするシーンが描かれる。それは
「不測の事態のための手引き」と称される冊子への記入である。その内容は、「火葬か土葬か?」、「墓地の場所は?」(カウズラリッチは「ウエストポイント」と記入する)、「棺に入れて欲しい私物は?」・・・というものである。つまり、戦死した場合の葬儀等の方法を書き記しておくものである。そしてその「不測の事態」が生じた場合、あらかじめ記入していた手引きの内容に沿って葬儀を行ってくれるのである。軍隊だからとは言え、実際に記入する立場となったら複雑であろう。

 「誰も行きたがらない」ラスタミヤで、カウズラリッチの部隊は、ハンヴィーと呼ばれるドアの重さが180キロもある装甲車輌に乗って警備に行く。そしてそれをゲリラが襲撃する。道端に手製爆弾(略称IED)が仕掛けられていて、米兵の乗ったハンヴィーが通るタイミングで爆破される。15万ドルの高価なハンヴィーが制作費わずか100ドルほどのIEDで破壊される。その描写がいちいち生々しい。「四肢は焼け落ち、骨が見えていた」「頭蓋の大半は焼け落ちていた」「上体は炭化が著しくそれ以上の解剖は不可能だった」そんな死に方はしたくないと思う。

 要所要所にブッシュ大統領の演説が挿入される。それは過酷な前線からすれば虚しく響く。中でもアパッチヘリの誤爆事件は生々しい。英国ロイター通信社が契約したバクダッド在住カメラマンがテロリストと間違われ、アパッチヘリの攻撃を受ける。助けに入った民間人まで誤射して子供まで巻き添えにしてしまう。わざとではないが、テロリストとすっかり間違われたその様子は、無実の人たちからしたら恐怖でしかない。アメリカ兵もイラクの人々も共にそこが「誰行きたがらない場所」になるわけである。

 目の前で仲間が焼け死ぬ。血が吹き出し、必死の救命処置中に脚の肉片が少しずつ床に落ち始め、うっかり蹴ってしまった小さな堅いものをよく見ると足の指だった。なんとか一命は取り留めたものの、火傷と四肢切断によって恐ろしい姿になってしまった兵士。そんな描写が続く。なるほど、『アメリカン・ソルジャー』で観たように、PTSDに苦しむ兵士たちがわんさかいるはずである。

 取材は2008年4月10日の日付までちょうど一年間にわたってなされる。その間、犠牲になった16-2の兵士は14名。巻末にはそのすべての写真が掲載されているが、誰もがごく普通の兵士であり、この写真を撮影した時には自分がラスタミヤで人生を終えるなんて夢にも思っていなかったと思う。最前線のありのままの現実を伝える迫真の内容。リアルな現実を知ることができる一冊である・・・




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2019年10月16日

【実行力 結果を出す「仕組み」の作りかた】橋下徹 読書日記1082



<目次>
第1章 まずは、人を動かす―実行のための人間関係、人事の要諦
第2章 本当に実行すべき課題はどう見つけるか―橋下流・問題解決のノウハウと、マインドの持ち方
第3章 実行し、信頼される人の条件とは―部下は結局、上司の背中を見て動いている
第4章 実行のための「ビジョン作り」と「チーム作り」―結果を出す「仕組み」はこう作る
第5章 上司を動かし、提案を通す―「トップの視界」を想像しながら仕事をする
第6章 情報を制する者は、組織を制す―強い組織は、情報共有の横串がしっかり入っている
第7章 日本と大阪を「実行できる組織」にするために―徹底的に考え抜かれた大阪都構想の実行プロセス

著者は、元大阪府知事・大阪市長。現在は弁護士をしている著名人。そんな著者が、「実行力」をテーマに、知事・市長時代の8年間、どのように人や予算や物事を動かし実行してきたかという仕事振りについて語った本である。その「実行力」については、著者は「リーダーとしてこだわってきた」と語る通り、部下を使う立場の人、リーダーシップを求められている人にとっては、参考になることが多いと思われる。

いきなり「部下との人間関係なんか気にするな」とする。それは組織マネジメントにおいて決定的な要因ではないとする。組織のリーダーに必要なものは、「仕事をやり遂げた」ことへの信頼関係だという。また、人は怒っても動くものではなく、最後は人事権があると思って静かに対応した方が良いとする。38歳でいきなり1万人以上の組織のトップに立ってしまった著者だけに、そんな四面楚歌的環境の中での知恵だったのかもしれない。

反対派は、あえて積極的にそばに置き徹底抗戦させたのだとか。それは反対意見を取り入れて修正するとより良い案になるし、最後は従ってもらうのであれば多様な意見を取り入れられるからだとする。これはリーダーに取っては聞き耳をたてるところだろう。リーダーの仕事は、部下を「やる気」にさせることというのもまさにその通り。そして「最初の衝撃」で組織の常識を壊してしまうと、意識は劇的に変わるという。

一例として大阪城の庭園でモトクロスの世界大会を開催したことを挙げている。それまでは厳密な管理で「イベントなんてありえない」という意識であったが、著者はトップダウンでゴーサインを出す。その結果、世界から観光客がやってきて、主催者からは利用料ももらえ、あらゆる面でプラスの結果となり、以降職員から様々なアイデアが出てくるようになったという。財政問題を抱えていたこともあり、これはあらゆる点でメリットがあったという。

著者もいきなりそんな能力を身につけたわけではなく、勉強もしていたようである。特に新聞を読む時に自分なりに「課題の発見」をし、常に持論を持つように思考トレーニングをしていたという。これは簡単に真似できそうであるし、ちょっとやってみたいと思う。トップだからとすべて部下に任せて「担がれている」だけでは「問題解決能力」は研ぎ澄まされないだろう。こういう姿勢も参考になる。

人がついてくる最大の理由は「共感」だという。「逆張りの法則」でビジョンを作り、トランプ政権のようなシンプルな方針を明示する。トップは「比較優位」で考えるものであり、「上の人と話すときは『一つ上の枠組みの目線』を意識せよ」ということは、部下の立場の人にいいアドバイスであろう。一部の人に政治力を握らせないためにメールを活用して広く情報を広め、逆にメールで現場の情報を吸い上げ、活用する。こうした仕事振りは普通の会社員でもすぐにできることである。

最後に大阪都構想と一連の運動について語られている。東京に住んでいるせいか、大阪都構想は人ごとであり、あまり興味もなかったが、現在大阪が抱える二重構造の問題点が明かされ、最後の住民投票に至るブロセスが解説される。そこに至る「実行プラン」は並大抵のものではなく、なぜ知事から市長に転じたのかの背景もよく理解できた。これはこれで裏話として面白い。そしてイギリスがEU離脱で大混乱に陥っているのは「実行プラン」なくして離脱を決めてしまったからだという説明もよく理解できる。結局、大阪都構想は住民投票で否決されてしまうが、大阪府民にとっては大きな損失ではなかったかと感じさせられる。

著者は、残念ながら政治家を引退してしまったが、こういう人こそ政治の世界に求められるのではないかと思われる。まだまだ若いし、「カムバック」も大いに期待したいと思わせてくれる一冊である・・・




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2019年10月09日

【充たされざる者】カズオ・イシグロ 読書日記1081



 著者のカズオ・イシグロのことは、2017年にノーベル文学賞を受賞したことでその名をはじめて知った経緯がある。一度は読んでみようと思っていたところ、たまたま父親の本棚で見つけて拝借したのが本書である。何でも良かったのであるが、結果的にはやっぱりよく選べば良かったという感想を持った一冊である。

 主人公は世界的に高名なピアニストであるライダー。そのライダーが、とある街のとあるホテルにやってくるところから物語は始まる。ライダーの名声をよく知るホテルマンが恭しく迎える。どうやら街全体での歓迎のようである。皆がライダーの過密スケジュールを気にしているが、不思議なことにライダー自身はスケジュールの中身を把握しておらず、なんとなく周りに合わせて行動していくことになる。そしてなんとも言えない不思議な物語が展開される。

 ライダーはホテルに努めるグスタフに頼まれて娘のゾフィーと孫のボリスに会いに行く。過密スケジュールを抱えているはずなのに、本人がその内容を知らないせいか、ライダーは請われるままゾフィーとボリスに会う。そして家での食事に招待され、一緒に歩いてゾフィーの家に向かう。ところがゾフィーは1人でどんどん歩いて行ってしまい、ライダーはボリスとともに迷子になってしまう。普通、そんな事態にはならないだろう。

 不思議な展開はそれに限らず、ライダーはボリスを連れたままあちこちと街をさまよい、挙句にあっさりホテルに戻ってきたりする。ライダーの周りの人たちも、やれアルバムを見てくれだの、ピアノの演奏を聴いてくれだのと寄ってくる。しかし、ピアノの演奏にしても部屋の外で聞いていたり(なぜそばで聞かない)、いずこかのパーティー会場に案内されて行くのだが、ドアをいくつか開けるとホテルに戻っていたり・・・

 ライダーの前に登場する人物は、皆が皆恭しくライダーに話しかけるが、その話の内容は冗長で回りくどく、何を言いたいのかはっきりしない。それに加えてライダーの身の回りに起きることはどうも現実感に乏しいことばかり。そんなやり取りが長くダラダラと続き、読んでいてイライラしてくる。よほどもう読むのをやめようと何度も思うも、ノーベル賞作家だし、きっと何か劇的なオチがあるに違いないと思い直して読み進む。

 読んでいる最中、以前観た『ジェイコブス・ラダー』という映画を思い出した。この映画で主人公はベトナム戦争から帰国した後様々な不思議な経験をする。しかし、実はジェイコブはベトナムの野戦病院で死にかけていてすべては夢だったというオチの映画。この物語もきっとそんなオチが待っているに違いないと信じて読み続ける。これはなかなかの苦行。

 そして物語では、最大の目的だったはずのライダーのピアノコンサートも行われないまま朝を迎える。それはちょうど夢を見ていて、目的地に行こうとするのに次々と脇道にそらされていき、なかなか目的地に着けないうちに目が覚めたという経験を思い起こさせる。ライダーもコンサートの舞台へ向かおうとするのに、あちらで話しかけられ、こちらで頼み事をされとリハーサルさえさせてもらえない。そうして長い物語はエンディングを迎える。

 あれほど期待していたオチはまったくないまま物語は終わる。この本を評価する人はもちろんいるのだろうが、それがどんなに権威のある人の評価だとしても、個人的には「つまらない」の一言である。読まなければよかったと断言できる。ただし、この一冊を持ってカズオ・イシグロは合わないと決めるのは間違っていそうである。もう一冊くらい読んでみて、合う合わないを決めたい。そう思う一冊である・・・



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2019年10月08日

【10秒で伝わる話し方 あがってうまく話せない人でも大丈夫】荒木真理子 読書日記1080



《目次》
Chapter 1 「短く話す」ことにはメリットばかり
Chapter 2 頻繁に出くわす苦手シーンもたった「10秒」で克服
Chapter 3 できる人はやっている「10秒」伝達のコツ
Chapter 4 どう話す?相手の心に刻む「10秒」のストーリー
Chapter 5 「10秒」を最大限に生かす+αのテクニック
Chapter 6 つなぎ話法「10秒×α」でいざスピーチ・プレゼン!
Chapter 7 人前がこわくなくなる!すぐにできる「あがり症」対策

 著者は気象キャスター。究極のあがり症だったらしいが、「10秒の話し方」を身につけたことによって救われたという。その「10秒の話し方」を徹底的に語ったのが本書である。

 元々はアナウンサー志望だったらしいが、就活では30回以上の面接に落ち、臨んだ最後の面接でのエピソードが秀逸。最後に何かありますかと尋ねられ、著者は1人だけ手を挙げ、「私はどうしてもアナウンサーになりたくてここに来ました。悪かった点を教えてください。次回までに直します!」と食い下がったと言う。これが評価されて採用となる。こういうスタンスは誰もが見習うべきではないかと思う。

 著者が「10秒の話し方」に目覚めたのは偶然。中継先で放送用の原稿が風に飛ばされてしまった時、一枚一枚拾い上げていくと10秒そこそこの原稿が4枚だったという。一枚ずつだとスムーズに言えるのに、全部合わさるとつかえてしまう。だったら10秒ずつ話してみようじゃないか、10秒ならできるとなったらしい。「求めよ、されば与えられん」ではないが、日頃からの問題意識のなせる技なのかもしれない。

 この10秒の話し方は、アナウンサー以外にも広く応用できる。プレゼン、会議、スピーチ、面接、自己紹介、飲み会の挨拶。そういう意味では、個人的に興味をそそられる。「10秒の自己紹介」では、「よく言われる褒め言葉」「自分が誇れる特徴やモットー」「キャッチコピー」などを利用し、「数字で表現」するのがコツだとか。例えば、「読書好き」なら「通勤時間を利用して毎月20冊本を読んでいます」などだという。これはなかなか参考になる。

 10秒以外にも「話し方、会話」という点でも参考になることは多い。
1. 話が途切れてしまったら、最高の聞き手に徹する
2. 相手の質問より短く答える
3. 昔話のペースが最も相手に伝わる
4. 営業ではまずメリットを話す(相手の立場になり相手が最も望んでいる話をする)
5. 話にタイトルをつける(体言止め、固有名詞、数字・記号を使う)
6. 起承転結は「転」を先に話す
7. 専門知識はざっくり伝える
8. パソコンで一度で変換できない言葉は使わない(着用する→身につける)
「わかりやすさ」という意味ではよくわかる説明である。

 また、スピーチの方法も参考になる。
1. 挨拶を切り出す直前、3秒間我慢して「間」を取る
2. スピーチの直前に起きたことを付け加える
3. 出だしの10秒に全神経を注ぐ
4. 書き言葉は話し言葉にチェンジ
どれも機会があったら試してみたいと思わされる。

 極度のあがり症だった著者が、それを克服して「話す世界」で活躍できたのは、ご本人の努力の賜物だと思うが、そのきっかけとなったのが「10秒の話し方」。そこから派生して様々な「話し方」へと広げていく。苦しみながら抜け出した人の話は説得力がある。アナウンサーでなくても、参考にしたい一冊である・・・
  


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2019年10月03日

【事実vs本能−目を背けたいファクトにも理由がある−】橘 玲 読書日記1079



《目次》
Part 0 ポピュリズムという「知識社会への反乱」
Part 1 この国で「言ってはいけない」こと
Part 2 私たちのやっかいな習性
Part 3 「日本人」しか誇るもののないひとたち
Part 4 ニッポンの不思議な出来事
Part 5 右傾化とアイデンティティ

 著者は、近年『言ってはいけない残酷すぎる真実』『もっと言ってはいけない』と読んでいる著者。いずれも「真実」というキーワードが入っており、本作も同様。続編というわけではないが、「真実」というキーワードを追求する著者のスタンスが現れている気がする。

 「真実を知ることはとても重要」だということはその通りである。著者はそれを「正しい地図を持っていなければ、自分や他人の人生について正しい判断をすることができない」とする。それはその通り。では、その「正しい地図」たる真実とはどのようなものなのか。それを各Partで説明して行く。

 PIAACという先進国の学習到達度調査によると、
1. 先進国の成人の約半分(48.8%)はかんたんな文章が読めない
2. 先進国の成人の半分以上(52%)は小学校3〜4年生以下の数的思考力しかない
3. 先進国の成人のうち、パソコンを使った基本的な仕事ができるのは20人に1人(5.8%)しかいない
ということらしい。『もっと言ってはいけない』では、日本人の例が示されていたが、先進国全般として同様だという。

 にわかには信じ難いが、著者はその事実を丁寧に説明していく。さらに衝撃的なのは、この調査でOECDの平均を下回る国にポピュリズムが台頭しているということ。職業に必要な知的スキルが低い国は失業率が高く、ポピュリズムが台頭しやすいのだとか。それはそうかもしれないと思うが、その顔ぶれがアメリカ、イギリス、フランス、ポーランドと続くと愕然とする。

 Part 1では「この国で言ってはいけないこと」が紹介される。女児虐待死事件のそれは、義父と連れ子との間で起こっているということ。犯罪統計でも幼児虐待は義父と連れ子との間で起こりやすいのだとか。これは進化論に理由を求められ、欧米でもしっかりと統計に表れているが、日本のメディアはそう報じないとする。行政担当者の不手際を集団で吊るし上げて憂さ晴らししているだけでは問題は解決しないとする。その通りなのかもしれないが、やっぱりビミョーである。

 タブーを避けながらわかりやすさに固執すると、結果としてデタラメな報道が垂れ流されるというのはなんとなく理解できる。子宮頸がんワクチンの問題は記憶に新しいが、実は日本で広がっている子宮頸がんワクチンの健康被害問題は、海外とはまったく異なるもので、WHOでは子宮頸がんワクチンは強く推奨されているのだとか。この問題は、一部の医師、研究者や人権派弁護士、メディアが作り出したものらしい。「善意の人たちによって10万個の子宮が失われていく」という「事実」は恐ろしい。

 そのほかにも「安楽死」をめぐる問題、「子供は褒めるとダメになる」という解説、「いじめ防止対策をすればいじめが増える」「自衛隊にはなぜ軍法会議がないのか」といった常識とは異なるもの、普段考えもしない「事実」が紹介されていく。「過労死自殺はなぜなくならないのか」「働き方国会が紛糾する“恥ずかしい”理由」等「事実」かどうかちょっと疑問に思うケースもあるが、一つの見方としては面白い。

 ただし、政治的な部分になると、ちょっとした違和感を禁じ得ないところもある。「徴用工判決ではなぜ韓国の民意を無視するのか」「靖国神社の宮司が『反天皇』になった理由」については、事実は事実としても解釈が異なるように思う。「事実」は「思想」によって異なる意味づけがなされるのではないかと感じさせられるところである。一方、「日本社会は保守化、右傾化しているのではなく、革新=リベラルが絶望的なまでに退潮している」というところは素直に同意できる。

 解釈はともかくとして、「事実」にこだわるスタンスはやっぱり大事だと思う。表面的な報道を鵜呑みにするのではなく、「事実」はどうなのかを意識していかないといけないだろう。そういう意味で、一読の価値ある一冊である・・・




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