2019年11月09日

【ソビエト・ミルク ラトヴィア母娘の記憶】ノラ・イクステナ 読書日記1092



 著者は、現代のラトヴィアを代表する小説家の1人だという。サブタイトルでもわかるように、この小説はラトヴィアを舞台としたある母娘の物語。ラトヴィアは、あまり日本では馴染みがないが、「バルト三国」の一国であることぐらいはなんとか知っている。小国の悲哀か、旧ソ連の支配下に組み込まれ、長年ソ連を構成する共和国の1つの地位を占めてきた。この小説の随所に、ソ連下のラトヴィアの様子が描かれていて興味深い。

 この小説の1つの特徴として、物語が母娘それぞれの視点から一人称で語られる。それがくるくると切り替わるので、ぼぉっと読んでいると、果たしてこれは母親の話か娘の話かわからなくなる。時代は母親の生まれた第二次世界大戦末期と1970〜1980年代が並行して描かれる。母親は女医であるが、娘を産んですぐ五日間失踪してしまう。自分の母乳が子供にとって毒だとなぜか考えたらしい。こんなイントロで物語は始まる。

 母親は大戦末期に生まれる。幼い頃、父親がソ連兵がモミの木を伐採するのに抵抗して連行されてしまう。祖母と母はクローゼットに隠れて難を逃れるが、町へ逃げてアパートに移り住むが、まずやらなければならなかったのは、夜中に凍死しないように爆撃で破壊された窓を修復することだった。混乱期の出来事とは言え、母親にとっても辛い幼少期である。

 そんな経験が影響したのかはわからないが、母乳の事件といい、母親は娘にあまり愛情を注がない。「母に抱きしめてもらった経験はない」と娘は語る。それどころか、学校の送迎をしてくれたこともなく、送迎は母を養子にした義父で、娘は祖父母が事実上の育ての親となって育つ。それでも母親なりの愛情はあり、娘にはひたすら体制に従うように教え諭す。「先生の言うことは全部覚えて模範生になりなさい。反抗しちゃだめ。共産主義青年同盟の行事には積極的に参加しなさい」と。

 母親は、ソ連の人間に尋問され、反体制派とみなされた父親との関係を聞かれる。娘もまた、校長室に呼ばれ、灰色のコートを着た人物に尋問される。「母親に学校で教えられていないようなことを教えられていないか」と。娘は咄嗟に女性の妊娠について教えられていると機転を聞かせて答える。日頃、ソ連批判をしていた母親の言動がどこかで漏れたのであろう。母娘二代に渡っての経験である。

 クリスマスを祝うことは禁じられ、新年にはアナウンサーがロシア語で「新年おめでとう!同志諸君!」と呼びかける。「ロシア人を粉砕してゴミにすれば食料計画は達成できる」と誰かが落書きを残す。やがてチェルノブイリで原発事故が起こり、娘の担任は胸を張って医師である息子を事故現場に行くように説得する。そして2週間も経たずに息子は現場で命を落とす。ソ連の一部だという印象しかなかったラトヴィアだが、物語に描かれているラトヴィアはそんなイメージとはまるで違う。

 あくまでも小説なのであろうが、背景に描かれているラトヴィアは、たぶん現実の姿だったのだろうと思われる。事実は小説よりも奇なりと言われるが、小説の中で描かれる事実もまた奇なりであると思う。最後はベルリンの壁が崩壊するのを祖父がデレビで観るところまで描かれる。小説ではあるものの、日本にいてはなかなか窺い知れないラトヴィアの現代史を覗き見ることのできる小説である・・・

 

posted by HH at 00:00| 東京 ☁| Comment(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする