2020年01月31日

【ウケる人、スベる人の話し方−あの人が話すとなぜ面白いのか? スピーチ 雑談 自己紹介−】渡辺 龍太 読書日記1117



《目次》
はじめに
第1章 ウケる人の「会話の公式」7カ条
第2章 ウケる人の考え方、スベる人の考え方
第3章 ウケる人のコミュニケーション、スベる人のコミュニケーション
第4章 ウケる人の話し方、スベる人の話し方
第5章 ウケる人の対応力、スベる人の対応力
おわりに

 個人的に文章を書くのは好きだし、人前で喋るのも好きである。その時にはどうしてもウケをとりたいという欲も湧くというもの。そんな自分にとっては、ちょっと素通りできないタイトルの本である。著者は放送作家。なんでもアメリカに留学して、「インプロ(即興力)」と呼ばれるアドリブトーク術と出会い、これを学んで身につけたのだとか。「即興力養成講師」という肩書きもあるようだし、その内容に期待が募る。

 まず最初に「ウケる人の会話の公式7カ条」なるものが紹介される。
 1. ウケる人はヒトを気にする-ウケる人は目の前にいる人の反応を見る、スベる人はネタを気にしている
 2. ウケる人は打席を作る-ダメ元でチャレンジ
 3. ウケる人は対立関係を作る
 4. ツッコミの「間」を重視する-「え?」「何ですか?」などのシンプルな一言
 5. 他人と自分のネタを区別しない-相手の話題を受け入れる、「YES AND 自分の意見」
 6. 常にギャップを出す-聞き手に想像する時間を与える
 7. 正直である-自分の話に嘘を混ぜない

 なる程、言われてみればそうだなと思い当たること、しばしばである。「スベる人はフリ(話)が長い」というのはその通りだと思う。「屁理屈は涼しい顔で言う」とするが、なかなか言えるものではないかもしれない。「話を聞くと映像が浮かぶ」というのは、何もウケ狙いだけではなくて、一般のコミュニケーションでもそうだろう。「一般社会においてウケる人であるためにはまず一緒にいて楽しい人と思われること」というのは正論だろう。「自分が話す番を待つ」というのも、そもそもコミュニケーションにおいては大切だろう。

 ちょっとした工夫で簡単にできそうなのは、「ありえないくらいに話を大きくする」、「絶対に無理な方向へ話をズラす」というところだろうか。「ウケる人とは自分に合ったキャラクターを見つけられた人」というのは、意外だが嬉しい気もする。というのも、お笑い芸人のような明るいキャラクターは自分には向かないからである。そういう人も多いと思う。「自分の笑いのツボを浅くしてどんな事柄にも笑えるようにしておく」というのも他者との関係では大事だろう。

 毒舌は社会や自分に向けて吐くというのも意識したいところ。さらに笑いは共同作業だという。そのために心がけることは、
 1. 発言を会話全体の半分程度に抑える(喋りすぎない)
 2. 相手の話に興味を持って聞き、なるべくリアクションを大きくして笑ってあげる
 3. 相手から質問を投げかけられたら必ず脱線せずに答える
要は、笑いはテクニックだけではないということだろう。

 総じて感じるのは、笑いはコミュニケーションだということ。これを読んですぐにウケる人になれるかはわからないが、コミュニケーションを円滑にはできると思う。心したい一冊である。





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2020年01月27日

【売上を、減らそう。−たどりついたのは業績至上主義からの解放−】中村 朱美 読書日記1116



《目次》
第1章 超ホワイト企業「佰食屋」はどのようにして生まれたのか
第2章 「100食限定」が生んだ5つのすごいメリット
第3章 佰食屋の労働とお金のリアルな実態
第4章 売上を目標にしない企業は、社員になにを課しているのか?
第5章 佰食屋1/2働き方のフランチャイズへ

 著者は、いつも観ている『ガイアの夜明け』で紹介されていて興味を持った佰食屋の経営者。
 1. ランチのみの国産ステーキ丼専門店
 2. 1日100食限定
 3. 営業わずか3時間半
 4. 飲食店でも残業ゼロ
 5. 従業員の給料は百貨店並み
こんな謳い文句だから、必然的に興味を持ってしまう。
「働き方を究極まで絞ることで売上を上げている」
「働き方は自分の人生に照らし合わせて決めることができる」
どうしたらこんなことができるのか。経営に携わる者なら、当然興味を持つだろう。そんなわけで手にした一冊。

 もともとご主人が料理をする人で、定年後にレストランをやりたいという夢を持っていたのだとか。それを28歳の時に一念発起してはじめる。しかし、子供が脳性麻痺で、手が掛かる。そんな自分でも働ける会社ということで、100食限定を打ち出す。ビジネスプランコンテストでは、審査員から「そんなのうまくいくわけがない」と一蹴されたという。いざ始めたはいいが、最初は20食すら売れない。誰も来ない夜とゼロになっていく通帳のお金を見ている心境はいかばかりかと思う。

 それが、ある個人のブログをキッカケに風向きが変わる。オープンして3か月後、はじめての100食完売。そして創業から3年ついに夜の営業を完全に廃止する。ご主人自慢のレシピのステーキ丼という商品だけは妥協しなかったというところが良かったのだと思う。「割り醤油」を作って常備するところにもこだわったというが、やはり飲食店は味である。評判が評判を呼び、最長4時間待ちになる程繁盛し、混雑回避の苦肉の策として整理券を配り始める。今や「すき焼き専科」「肉寿司専科」と3店舗体制となる。

 ビジネスプランコンテストでは否定されたものの、蓋を開けてみれば5つのメリットが生まれている。
 1. 「早く帰れる」→ 退勤時間は夕方17時台
 2. 「フードロスほぼゼロ化 」→ 経費削減
 3. 「経営が究極に簡単になる」
 4. 「どんな人も即戦力になる」→ 他では働きにくい人でも戦力になる
 5. 「売上至上主義からの解放」→ 誰にとってもやさしい働き方
面白いのは、お客様の多い日は忙しい日ではないというところ。整理券も早く配れて、その分早く準備ができて早く終わるのだとか。だからお客様の多い週末は、みんな働きたがるらしい。

 経営者として、こだわる要件は下記の通りだとする。
 1. 月に1回、自分がその金額を出してでも行きたいお店かどうか
 2. 家庭で再現できないもの
 3. 大手チェーンに参入できないもの
 4. みんなのご馳走であること
原価を高くしているから、お値打ち感たっぷりなのだろう。

 みんなが楽しく、ストレスなく働くために、目の前のお客様に喜んでもらうために売上目標は邪魔と言い切る。しかし、理想はいいが経営は現実。ご本人も「儲からない」と認めているし、2018年8月の決算は経常利益でギリギリの赤字だったとか。地震や台風などの天災の影響だったらしいが、ご主人がやっている不動産部門が支えていたから「ギリギリ」だったわけで、佰食屋部門は営業赤字とのこと。この期だけならいいが、せっかくの理想も赤字では意味がない。

 大阪府北部地震と西日本豪雨の時は、50人しかお客さんが来なかったというが、この経験をヒントに「1日限定100食」を「2分の1」の50食にするモデルを考え、それをフランチャイズ化しようと考えているという。夫婦2人なら十分やっていけるというが、そういう働き方で経営を維持できれば理想的だろう。「会社は明日の責任をみんなは今日の責任を」という言葉が紹介されていたが、いい言葉だと思う。

 身近なところにないのが残念だが、京都に行ったら是非とも食べてみたいと思わせてくれる一冊である・・・




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2020年01月24日

【天才を殺す凡人 職場の人間関係に悩む、すべての人へ】北野唯我 読書日記1115



《目次》
ステージ1 才能ってなんだろう
ステージ2 相反する才能
ステージ3 武器を選び、戦え

 著者はビジネスマンであるらしいが、「凡人が天才を殺すことがある理由」というブログを書いたところ、公開すぐに30万PVを獲得したとのこと。この本はそれを書籍化したものだということである。内容はというと、世界には「天才」「秀才」「凡人」の3種類がいて、その三者は殺し合うことがあるというもの。その中で、どうすれば良いのか。解説は物語形式で書かれていて、具体的にイメージしやすい。

 主人公はある中小企業の広報部に勤務する青野トオル。会社はカリスマ女社長上納アンナが創業したが、最近は業績も踊り場である。カリスマの威光も衰え、今はピカピカの経歴を誇るエリート神咲が発言力を増している。悶々とする日々を過ごす青野の前に、ある日渋谷のハチ公が実体化して現れる。おかしな方言を喋るハチ公が、それから青野に色々なアドバイスを与えていく。

 ハチ公がビジネスに関する教えを様々主人公に語るというパターンは、犬と象の違いこそあるものの、『夢をかなえる象』とまったく同じである。まぁ、大事なのは内容なのでそこはこだわるところではない。さて、そのハチ公だが、人の才能には下記の3種類があると青野に説く。それが、それぞれ「天才」・「秀才」・「凡人」に該当しているというのである。
 1. 独創的な考えや着眼点を持ち、人々が思いつかないプロセスで物事を進められる人
 2. 論理的に物事を考え、システムや数字、秩序を大事にし堅実に物事を進められる人
 3. 感情やその場の空気を敏感に読み、相手の反応を予測しながら動ける人

 面白いのは、組織は最初は天才が率いる(創業する)が、やがてそれを秀才が引き継ぐというもの。「大企業病」と言われる状況を考えると痛いほどよくわかる。そんな組織に天才が入って来ても、「多数決」によって殺されてしまう。なぜそうなるのか。著者はそれを「軸」という考え方で説明する。天才は「創造性」、秀才は「再現性(≒論理性)」、凡人は「共感性」という軸で物事を評価する。したがって、お互いに理解はできない。

 大企業でイノベーションが起きない理由は、3つの軸を一つのKPIで測るからだとする。特に「創造性」は測ることなどできないわけで、それゆえに説明能力の高い秀才に対抗できない。さらに思いっきり頷いてしまったのが、「経営はアートとサイエンスとクラフト」だという部分。確かにその通りだろうと思う。そしてそれこそ大企業がつまらなくなる理由なのだろうと思う(秀才にとっては面白いのかもしれない)。

ハチ公はさらに三者のコミュニケーションの断絶を防ぐために「3人のアンバサダー」の存在を語る。
 1. エリートサラリーマン:創造性や再現性があり、天才と秀才の橋渡しをする人
 2. 最強の実行者:会社のエース、大活躍するが、革新は生まれない
 3. 病める天才:天才と凡人を橋渡しするが、構造的に考えるのが苦手
また、「主語が違う」という説明も面白い。すなわち、凡人は「自分または相手」、秀才は「知識・善悪」、天才は「世界は何でできているか、人々は世界をどう認識するか」を主語にして語るが、これが互いに話が噛み合わない理由でもある。実に納得の理論である。

 誰が天才で誰が秀才という議論もあるかもしれないが、誰でも自分の中にそれぞれの割合があるのだという説明がさらに納得感を高めてくれた。その割合によって、天才や秀才や凡人に見えるということもあるだろう。また、個人的には「人生は配られたカードで勝負するしかない」という言葉が深く心に残った。「大事なのは自分に配られたカードを世の中に出し続けること、才能は磨かれていくものであり、それが才能を使うことの最大のメリット」。この言葉は心に刻みたい。

 今度渋谷に行ってハチ公像の前を通るとき、この本のことを思い出すだろうなと思わせてくれる一冊である・・・





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2020年01月22日

【良き社会のための経済学】ジャン・ティロール 読書日記1114



《目次》
第1部 社会と経済学
第2部 経済学者の仕事
第3部 経済の制度的枠組み
第4部 マクロ経済の課題
第5部 産業の課題

 ズバリ、タイトルに惹かれて手にした一冊。著者はフランスを代表する経済学者。2014年にノーベル経済学賞を受賞し、その研究範囲は、産業組織論、規制政策、組織論、ゲーム理論、ファイナンス、マクロ経済、経済と心理学等広範囲にわたっているという。そんな一流の経済学者が、「経済学が社会全体の利益のためにできること、なすべきことは何か、どう役立てることができるのか、どのような方法論でそれは可能なのか」を語った一冊である。

話は5つの大きなテーマに沿って展開される。最初の第1部では、「社会と経済学」というテーマで語られるが、中でも「市場の倫理的限界」という話が個人的に興味深かった。これはマイケル・サンデル教授の『それをお金で買いますか』を採り上げ、「暴走するトロッコ」の話や「臓器提供に対して報酬を払う問題」等々の問題が出てくる。このあたりの問題は、哲学と経済学とが重なり合うのだろう。もともと学問に垣根などないのかもしれないが、経済学的観点からも面白い。

不平等については、経済学にできるのはデータを収集することとその原因を理解すること、そして望ましい再分配を行うための効果的な政策を提言することであり、社会としてどうするかを決めるのは経済学にはできないとする。こうした学問の限界も当然あるだろう。続く第2部は経済学者について。こういうテーマの経済学も珍しいと思う。フランスでは最高の研究所であっても米英と比較すれば1/5〜1/3程度の給与水準なのだとか。副業にも精がでる所以であるが、それは社会的にも有意義だとする。

第3部では「経済の制度的枠組み」が紹介される。市場と国家の関係については、「市場は国家の代わりにはならず国家も市場の代わりにはならない」との説明がある。行政改革が説かれ、その方法として「公務員の削減」「議員数削減」といったことが挙げられる。少し前までであれば何の疑問も起こらなかったが、『目からウロコが落ちる奇跡の経済教室  基礎知識編』を読んだ後では、どうだなんだろうという思いが湧く。「改革の大半は景気後退期に行われている」という説明もある。よく考えてみたいところである。

第4部の「マクロ経済の課題」については、教養としてちょうど良い。気候変動については何が問題なのか。フリーライダーなどもあって各々の思惑がすれ違う。ただ、これは経済問題なのか政治問題なのか、ここでも境界が曖昧に思える。失業問題、ヨーロッパの抱える問題、有用な金融商品がなぜ有害になるのか、2008年グローバル金融危機、それぞれの説明はわかりやすい。

そして第5部は「産業の課題」。競争政策については、競争は雇用を奪うという考えがあるが、競争が増えれば価格が下がるが、質が向上することで顧客が増え、潜在市場が拡大し雇用が創出されるとする。一理はあるが、どうなのだろうか。ちょっと前にタクシー業界の規制緩和が行われたが、しばらくして元に戻ってしまった例が脳裏に浮かぶ。経済学者が産業政策に否定的な理由は「勝ち馬を当てるのが難しい」からだという。それはそうなのだろう。さらにデジタル技術がもたらすメリットとデメリット。イノベーションと知的財産権の問題と、どれも面白い。

分厚い本であり、読むのはなかなか大変。ともすれば全体の文脈の中で何を言っているのかわからなくなるので集中力も必要。さすがノーベル賞受賞学者さんだけあって、内容は圧巻である。現代社会について、経済学という観点から眺めてみることができる一冊である・・・



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2020年01月20日

【目からウロコが落ちる奇跡の経済教室  基礎知識編】中野 剛志 読書日記1113



《目次》
第1部 経済の基礎知識をマスターしよう
 第1章 日本経済が成長しなくなった単純な理由
 第2章 デフレの中心で、インフレ対策を叫ぶ
 第3章 経済政策をビジネス・センスで語るな
 第4章 仮想通貨とは、何なのか
 第5章 お金について正しく理解する
 第6章 金融と財政をめぐる勘違い
 第7章 税金は、何のためにある?
 第8章 日本の財政委破綻シナリオ
 第9章 日本の財政再建シナリオ
第2部 経済学者たちはなぜ間違うのか?
 第10章 オオカミ少年を自称する経済学者
 第11章 自分の理論を自分で否定した経済学者
 第12章 変節を繰り返す経済学者
 第13章 間違いを直せない経済学者
 第14章 よく分からない理由で、消費増税を叫ぶ経済学者
 第15章 主流派経済学は、宗教である

「目からウロコが落ちる」という使い古された表現がされているが、まさにその通りのちょっと変わった経済書である。何が目からウロコなのかと言えば、現在低迷する日本経済に対する処方箋においてである。まず、現在の日本経済は、「デフレ」に苦しんでいる。アベノミクスがそこからの脱却を目指している通りである。そしてこのデフレとは、「需要不足/供給過剰」の状況を指す。日本が成長しなくなった最大の原因がこのデフレだとする。

 デフレで不況下にあると、個人も企業も消費や投資を控えて貯蓄に励む。これ自体、正しい行動ではあるが、この結果が国家に及ぼす影響は経済の停滞となる。「合成の誤謬」と呼ばれる現象で、ミクロの視点では正しくてもマクロの世界では反対の結果をもたらしてしまう。これを正すのは政府の役割であり、デフレ対策として必要なのは、「財政拡大」、「大きな政府」、「減税」であるとする。つまり、これまで政府がやってきていることはデフレ対策ではない。

 「金融緩和」、「生産性の向上」は「供給過剰」を招いてしまうとする。平成不況の原因は、構造改革を始めとして本来インフレ対策であることをやってきたからだとする。無駄な公共投資すら必要なのだと著者は主張する。にわかには信じがたいことである。GDPの240%を超える国家債務を前にして「減税」を説くなんて、と思わなくもない。どうやって返すのだと思うが、著者は永久に借り換えればいいと断じる。

 国家は通貨発行権を持っているから債務など関係ないのだという主張は、無謀に思えてならない。ただ、貨幣とは負債であり、政府の赤字は民間の貯蓄を増やすと著者は明確に主張する。多額の債務も、アルゼンチンなどは外貨建て債務であったから破綻したのであって、国内であれば、通貨を発行すればいいのだとする。そんなことをすれば通貨が溢れてハイパーインフレになりそうなものだというが、それでこそインフレになるのであり、その手前でやめればいいのだとする。なるほど、それも一理である。

 税金とは物価調整の手段であって財源確保の手段ではないと税金の性格を論じる。「国内民間部門の収支+国内政府部門の収支+海外部門の収支=0」というマクロ経済の構造があり、国内政府部門が黒字になればその他の部門が黒字になる。となれば政府部門は赤字で良いという説明も目からウロコである。自由貿易も経済成長を阻害するもので、アメリカを見ても保護主義を続けた結果、経済成長を実現したと論じる。

 従来、常識とされていた理論を信じていると、「本当か」と思うが、著者の説明を読む限り否定するのは(少なくとも素人には)難しい。現実を見ればその通りと言えなくもない。「生産性の向上は不要」なんて聞いたら、デービッド・アトキンソンさんはなんて言うだろうかと思ってもみる。素人の立場で著者の意見を否定することはできない。であれば1つの意見として頭にとどめておきたい。いろいろな意見を聞き、その中から自分なりの意見を形成させていきたいと思う。

 「経済教室」と言う謳い文句に偽りはない。続編もあるようだから、合わせて読んでみたいと思う一冊である・・・






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2020年01月15日

【邂逅の森】熊谷達也 読書日記1112



第1章 寒マタギ
第2章 穴グマ猟
第3章 春山猟
第4章 友子同盟
第5章 渡り鉱夫
第6章 大雪崩
第7章 余所者
第8章 頭領
第9章 帰郷
第10章 山の神

 本書は、平成16年度、第131回直木賞受賞作品。直木賞というだけでは別に読もうとも思わないし、マタギが主人公の話と聞くとなんとなく敬遠したくなる。しかし、「直木賞、山本周五郎賞を史上初めてダブル受賞した作品」と聞くと、なんとなくこれは読まないといけないと思わされるものがある。そうして読むことによって「読まず嫌い」がなくなるとも思う。そういう経緯から手にした一冊。

 物語は、大正三年の冬の山形県の山中から始まる。主人公の松橋富治は、数えで25歳の若者。鈴木善次郎が頭領を務める狩猟組、善之助組に身を置くマタギである。マタギのことはよく知らない。単独で獲物を追うイメージであったが、ここでは善之助組がチームで猟をする様子が描かれる。獲物はアオシシと呼ばれるニホンカモシカ。声をあげて追い立てる役目と、追われてきた獲物を仕留める役目。それぞれ頭領の下、団結しての狩猟の様子はそれだけで興味深い。

 初マタギの富治は、先輩マタギによる手荒い儀式を経て、経験を積んでいく。仕留めた獲物を解体して売る。貧しい村のそれが貴重な収入源。夏は小作農、冬はマタギ。獲れる獲物はなんでも取る。その獲物は熊にも及び、特にその胆(い)=胆嚢が高く売れる。マタギにもルールがあり、山の神様の怒りを買わないようにいろいろな決まり事がある。小説も面白いが、そういうマタギの生活ぶりも興味深い。

 一方、里にはアメ流しと呼ばれる川漁がある。嫁探しの場とも言われていて、そこで富治は文枝という地主の娘に一目惚れする。夜這いの習慣がある地域。富治は友人の忠助の助けを借りて文枝に夜這いに行く。そしてこれがまんまと成功する。実は、文枝は周囲に夜這いの事を聞いていたが、地主の父親に遠慮してみんなが手をこまねいて見送る中、富治が無鉄砲にも夜這いをかけたのである。これが逆に声を掛けられなくて自信を喪失していた文枝の心を掴む。いつの時代も高嶺の花は勇気を持って取りに行くべきなのだろう。

 しかし、やがて文枝が妊娠したことから、父親である長兵衛の怒りを買う。富治は小作の家であり、富治は村を追われて鉱夫として鉱山へ送られる。好きなマタギの道を断たれた富治。しかし、富治の人生はここから様々に動いていく。断ち切れぬ山と狩猟への想い。様々な人との出会い。縁と縁とによって富治はやがてイクという女と所帯を持つことになる。これも普通の男ならちょっと腰が引けてしまうもの。

 そんな富治の人生を追う物語。背景には大正から昭和初期の貧しい時代がある。雪深い山中に獲物を追うマタギの様子は、それだけで興味深い。何よりチームで行動するマタギの狩猟の様子はこれまでイメージしていたものとはまるで違う。山の神を恐れ、山に入る前には女断ちする。まだ恐れを知る時代の良き日本人の姿がある。富治の波乱の人生を深く味わうも良し、マタギの風習に触れるも良し。かつてあった時代の息吹に心地良さを感じる。

 まるほど、タブル受賞も納得の一作である・・・


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2020年01月14日

【1兆ドルコーチ−シリコンバレーのレジェンド ビル・キャンベルの成功の教え−】エリック・シュミット/ジョナサン・ローゼンバーグ/アラン・イーグル 読書日記1111



原題:TRILLION DOLLAR COACH THE LEADERSHIP PLAYBOOK OF SILICON VALLY’S BILL CAMPBELL
《目次》
1 ビルならどうするか?―シリコンバレーを築いた「コーチ」の教え
2 マネジャーは肩書きがつくる。リーダーは人がつくる―「人がすべて」という原則
3 「信頼」の非凡な影響力―「心理的安全性」が潜在能力を引き出す
4 チーム・ファースト―チームを最適化すれば問題は解決する
5 パワー・オブ・ラブ―ビジネスに愛を持ち込め
6 ものさし―成功を測る尺度は何か?

 この本は、アメフトのコーチ出身でありながら、優秀なプロ経営者であり、スティーブ・ジョブズの師であり、グーグルの創業者たちをゼロから育て上げたというビル・キャンベルという人物を紹介したもの。残念ながらご本人は既にお亡くなりになっているそうだが、3人のライターが取材を通じて、そのコーチングを追ったものである。

 そのビル・キャンベルであるが、生前は毎週日曜日にスティーブ・ジョブズと散歩に行き、そこでいろいろと相談に乗っていたという。そんな関係になったのも、1985年にスティーブ・ジョブズがアップルから追放された時、それに抵抗した数少ない同社幹部の1人だったということにあるのかもしれない。そのあたりの経緯はとても興味があるが、この本では触れられていない。

 やっぱり元アメフトのコーチらしく、個人よりはチームを重視していたようである。それは、「企業の成功にとって重要な要素は、会社のためになることに個人としても集団としても全力で取り組むコミュニティとして機能するチーム」という考え方があったようである。そしてそのチームにおいては、まずマネジャーの役割が大事なようである。
 1. リーダーは部下がつくる
 2. 人がすべて
 3. マネジャーの最優先課題は、部下の幸せと成功
そんな考え方が紹介されるが、部下の立場ならそんなチームで働きたいだろう。

 マネジャーにとってコミュニケーションが大事で、それが会社の命運を握るとも言える。そのための最重要ツールは「1 on 1」を正しくやることだとする。これが、部下が実力を発揮し成長できるよう手助けできる最良の手段だという。この時、相手に神経を集中させ、じっくり耳を傾け、相手が言いそうなことを先回りして考えず、質問を通して問題の核心に迫ることが必要らしい。質問を通じたソクラテス方式の対話である。

 人はありのままの自分でいられる時、そして全人格をかけて仕事をするとき最も良い仕事ができるという。そのためにはチームとして「正しく勝利する」ことがすべてであるとする。正しく勝利するとは、「倫理的に正しく」という意味で、勝てば何をやってもいいということではない。このあたりは、スポーツであろうとビジネスであろうと、およそチームで何かを成し遂げようとする場合は必要なことだろうと思う。

 そんなチームにおいては、個人も求められるものがある。「知性」「勤勉」「誠実」そして「グリット」。チームファーストの姿勢が大事であり、物事がうまくいかない時には「誠意」「献身」「決断力」がリーダーには求められる。チームを良い状態に持っていけば、必ず問題をうまく解決することができる。人々が絆で結ばれる時、集団は強くなれる。まったくその通りでないかと思う。

 繰り返すようだが、スポーツもビジネスも「チームで成し遂げる」という点では同じである。元アメフトコーチであるビル・キャンベルが成功したのは、そういう意味で当然なのかも知れない。残念ながら本人は故人であり、直接その考えを知ることはできない。そういう意味では、本人の考えをもっと知りたかったと思う。それでも多くの人を取材して故人の成し遂げたことを再現したこの本でもそのエッセンスは感じ取れる。

 今、自分の所属している中小企業でも「チーム」の考え方は当てはまると思うし、それを重視したビル・キャンベルの考え方を是非とも実践していきたいと思う。どんな人だったのか。もっと早くにその考えに触れてみたかったと思う一冊である・・・

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2020年01月08日

【感動する!数学】桜井 進 読書日記1110



《目次》
第1章 数学とは「発見」だ!
第2章 数学とは「芸術」だ!
第3章 数学とは「ドラマ」だ!
第4章 数学とは「宇宙」だ!
第5章 数学とは「夢」だ!

 数学に魅せられて数学の世界に入り、塾講師などを仕事としている著者による、いわば数学雑学と言える一冊。もともと自分は文系人間であるが、なぜか数学は好きで(「できる」ではなく「好き」である)、今でも高校を卒業した娘に数学の教科書をもらって問題を解いているほどである。そんな自分だからこそ、興味を持って手にした次第である。

 数学はそれまでなかったものを「発明」するようなものではなく、もともと数学の世界に存在していた法則やルールのようなものを見つけ出す、つまり「発見」することだと言う。言われてみればその通り。そしてそんな数学の発見は、「ユニバーサル・アート」だと言う。自分以外の約数を足すと自分の数になる「友愛数」などは、よく見つけるなと思ってしまう。芸術と言いたくなるのもよくわかる。

 個人的には、以前より「黄金比」については不思議この上なく、これは芸術以上のものだと感じている。パルテノン神殿、ミロのヴィーナス、オウム貝が描く螺旋、ひまわりの種の配列などいろいろなところに見られる黄金比。1:1.618{(1+√5)/2}の比率になっているのは一体なぜなのだろうと思わざるを得ない。証明されるのに350年かかったフェルマーの最終定理は難しすぎるが、シンプルな黄金比に魅了される理由はよくわかる。

 雑学的に面白いと思ったのは、単純な確率問題。クラスに同じ誕生日の人がいる確率について、23人のクラスで50.7%、40人のクラスで89.1%、57人のクラスで99%と言われると、本当かと思ってしまう。しかし、3人の場合、その確率はP3=1-(365/365+364/364+363/365)=0.83%と計算して行くとそうなることを示されると愕然とする。こういう例は結構あるのだと思う。感覚に頼るのではなく、冷静に数字を計算してみる重要性と言えるだろう。

 また、数学は宇宙共通言語であるとか、地球より2メートル大きな天体の円周と地球の円周を比較すると、その差は6メートルちょっとしかないといった話は単純に面白い。そしてなんといってもπの話がまた不思議である。3.14・・・の数字は無限であり、その中に例えば個人の生年月日から電話番号、クレジットカードの番号などの数字がすべて入っているという話は、船井幸雄が晩年狂っていた聖書の謎なんて話よりずっと真実味がある。

 そのπであるが、無限であるのはいいとして、そうだとするとπから求められる円周は有限という事実と矛盾してしまう。これはどう解釈すればいいのだろうか。この本にははっきりとした答えは書かれていない。書かれていたとしても理解できるかどうかはわからないが、考えてみても面白い問題だと思う。

 数学といっても、物理学とはほとんど隣接していて、相対性理論や素粒子論の話も出てくる。そのあたりは文系理系は関係なく読める。内容は雑学としてみてもいいし、文系でも数学の奥深さが感じられる一冊である・・・




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2020年01月07日

【「開成×灘式」思春期男子を伸ばすコツ】柳沢 幸雄/和田 孫博 読書日記1109




《目次》
第1章 学校
第2章 勉強
第3章 人間関係
第4章 大学受験
第5章 家庭生活
第6章〈対談〉ギフト(天賦の才)を伸ばす教育とは?

 世の親の常であるように、私も子どもの教育には関心を持っていて、この手の本のタイトルを見れば一読してみようという気になるというもの。開成と灘という東西の名門高校の校長先生に25の質問をしてそれぞれについて回答してもらおうというもの。なかなか面白い試みであると思う。開成も灘も「戦前からの伝統校」「私立中高一貫男子校」「校風が自由」「東大に毎年多数の合格者を輩出」という共通点がある。両校の校風を知るという興味も持てる本である。

 東京大学に毎年多数の合格者を輩出していると言っても、何か特別のものがあるのでもないようである(謙遜なのか本当のところはわからない)。特にガリ勉ばかりというわけでもなく、開成は「自立と自律」を備えた大人へと育つ学校だとしている。灘はあえて放任主義をとっていて、制服もない。制服がないとなると、毎日何を着て行くか考えるのが面倒な気がする。しかし、服選びは子どもにさせるべしとする。全部親が用意すると、それは制服があるのと同じだとする。なるほどである。

 中高一貫校ってどうなのかと個人的には思う。受験という試練が自分にはいい経験だっただけに、疑問に思うところである。しかし、担任団が6年間持ち上がりで受け持つため、特定の担任と生徒が一対一の関係になりにくく、相性が悪くて苦労することがないとする。そのあたりは「そういうこともある」という程度だろうか。それでも高校入試が一応あって、「外の空気」が入る仕組みもあるらしい。

 流石に校長先生だけあって、教育について大いに頷かせられる考え方が随所にある。
 1. 成績が悪いからと部活をやめさせたところで、空いた時間を勉強に使うわけがない
 2. 社会にセクハラ、パワハラがあるように、学校にもいじめがあるという前提で考える
 3. 部活なしで中高の青春時代を何に使うのか
 4. 親の想像力の中で子どもの幸せを縛らず、自由に選ばせる
 5. 親の夢、親の意向もあるだろうけれど、親は結局、諦めざるを得ない
 6. 英語は情報交換の道具、大事なのは論理の構造
 7. 母親にとって保護者同伴時代からの卒業の時、手本を見せて生活力を養う
 8. 保護者は名脇役、時には斬られ役・敵役
 9. 精力善用・自他共栄

 携帯電話やパソコンなど新しい情報ツールとの付き合い方については、闇雲に否定するのではなく、付き合い方を教えるというところは面白い。あるネット中傷被害を受けた芸能人の手記を授業でテキストとして使うことをしたらしい。もっともいけないのは「制限する」ことだと思うので、この試みはさすがだと思わされる。我が家の子供たちに対する指導という点で参考にしたいと思う。

 開成でも東大よりハーバード大を志望したりする生徒が出てきているらしい。これからの時代、こういう考え方も出てくるのだろう。そういう動きに対応しながらもそれがすべてでないという柔軟性も大事なのだろう。2人の校長先生の回答を読みながら、我が子に対してどういう対応を取るべきか、いろいろと考えるヒントとさせていただいた。特に母親に対して、男の子から子離れするべしという意見には大いに賛同した。妻にも是非とも読ませたい一冊である・・・


posted by HH at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | 教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする