2020年06月16日

【世界史の針が巻き戻るとき 「新しい実在論」は世界をどう見ているか】マルクス・ガブリエル 読書日記1160



《目次》
第1章 世界史の針が巻き戻るとき
第2章 なぜ今、新しい実在論なのか
第3章 価値の危機―非人間化、普遍的な価値、ニヒリズム
第4章 民主主義の危機―コモンセンス、文化的多元性、多様性のパラドックス
第5章 資本主義の危機―コ・イミュニズム、自己グローバル化、モラル企業
第6章 テクノロジーの危機―「人工的な」知能、GAFAへの対抗策、優しい独裁国家日本
第7章 表象の危機―ファクト、フェイクニュース、アメリカの病
補講 新しい実在論が我々にもたらすもの

 著者は、世界で最も注目を浴びる天才哲学者らしい。29歳の若さで名門ボン大学の哲学科正教授に抜擢され、新しい哲学の旗手とされているようである。その独自の哲学は「新しい実在論」ということのようである。そんな哲学者が現代の世界を語った一冊。

 移民問題と財政問題を契機にヨーロッパでは19世紀の歴史が戻ってきているという。「アメリカの植民地化」というたとえは興味深い。メディアも大きな過渡期を経ているという指摘はなんとなく理解できる。そんな世界では、5つの危機が進行していると言う。それは「価値の危機」「民主主義の危機」「資本主義の危機」「テクノロジーの危機」そして「表象の危機」である。それらが章を追って語られる。

 一方、著者の主張する「新しい実在論」であるが、これには2つのテーゼがあって、
1. 現実は1つではなく数多く存在する
2. 私たちは現実をそのまま知ることができる
というもの。当たり前すぎてよくわからない。これが「真に哲学上の新発見」「デジタル革命の結果として出てきた知見」と言われても、ピンとこない。哲学らしいといえばらしい。リアルとフェイクの境界線を再度明確に引くという説明はなんとなく理解できた気にさせられる。

 さらに重要な概念として、「意味の場」なる言葉を説明してくれる。これは図書館のたとえがわかりやすい。すなわち、通常は本を冊数で数える。しかし、デジタル革命を経た現代ではページ数でも文字数でも情報の数でも数えることが可能であり、そこで大事なのは「問い」。つまり「問い」こそが「意味」であり、それに対する答えが「場」であるとする。こちらはわかりやすい。

 道徳には「善い」「中立」「悪い」の3つのカテゴリーがあって人から人間性を奪うにはそのうちの2つがある。すなわち、相手を悪だと思うことと相手を善だと思うことだと。移民にたとえ、移民を歓迎することは移民の人間性を奪うことだとする。「移民の人間性を保つには彼らが移民だと気づかれないようにすべき」と主張する。相手を神格化することもダメだという。解決法は「意味の場」。様々な現象を支配するルールを学び、間違った方法で表象するのが「表象の危機」である。

 イスラム教と同様、キリスト教もテロだという指摘は、自分も以前から感じていたこと。民主的な制度とは、意見の相違に直面した時に暴力沙汰が起きる確率を減らすことだとする。頭に浮かんだことならどんなたわごとでも口にできるのが民主主義だと考えられているが、それは民主主義ではなくフェイスブック。民主主義の基本的な価値観はコモンセンス(良識)。このあたりの流れるような説明はよく理解できて心地よい。

 「ラッセルの解決法」というのが目からウロコであった。これは「排除者を排除する」という考え方で、これは「民主主義撲滅を掲げる政党を認めるべきか」という矛盾的な問いに対し、「NO」と答えることだという。さらにいかなるシステムも罰として誰かの命を奪うべきではないとし、死刑制度廃止を支持している。個人的には死刑制度賛成であるが、こういう反対意見はなるほどと、同意はできないが理解はできる。

 産業と国家は一体で、資本主義そのものは必ずしも悪ではないが、「悪」の潜在性があるとする。スティーブン・ピンカーは『21世紀の啓蒙』で万事順調、世界から貧困は減っていると主張するが、それは相対分布を見ているだけで、絶対的にみると下層にいる人の数がこれほど多くなったことは人類史上ないという。このあたりは正直、どちらが正しいのかわからない。

 自然科学とテクノロジーの発展こそがすべてという考え方が今まさに地球を破壊している。自然科学は価値を論じることができないとする。労働力が機械に置き換わるほど経済は停滞していく。「GAFAにタダ働きさせられている」というたとえはわかりやすい。日本は優しい独裁国家だと論じる。「時間に遅れてはいけない、問題を起こしてはいけない・・・」我々には当然の道徳もそんな風に見えるのだろうか。

 最後は哲学らしい講義がなされる。自分の思考は必ずそれ自体を真だと考える。「私の考えることはすべてうそだ」という思考は存在しない。自らを正す唯一の方法は、自分とは別の視点を持つこと。それが人間社会であり、シリコンバレー的、統計的な世界観というのは、社会が間違いを犯す可能性を上げているとする。新しい実在論はすべての物事に対する実在論で、すべてが実在しているとする。やっぱり哲学的な話は理解が難しくなる。それでもまだ平易な言葉で説明がなされている方だと思う。

 著者の主張はなかなか興味深いところがある。まだ理解しきれていないところが多いが、他の著書も読んでみたいと思わせてくれる。「世界は存在しない」という話は特にもう少し深掘りしてみたいと思わせてくれた。深く追求したい思想の一冊である・・・




posted by HH at 00:00| 東京 ☁| Comment(0) | 人生論・哲学・生き方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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