2019年10月09日

【充たされざる者】カズオ・イシグロ 読書日記1081



 著者のカズオ・イシグロのことは、2017年にノーベル文学賞を受賞したことでその名をはじめて知った経緯がある。一度は読んでみようと思っていたところ、たまたま父親の本棚で見つけて拝借したのが本書である。何でも良かったのであるが、結果的にはやっぱりよく選べば良かったという感想を持った一冊である。

 主人公は世界的に高名なピアニストであるライダー。そのライダーが、とある街のとあるホテルにやってくるところから物語は始まる。ライダーの名声をよく知るホテルマンが恭しく迎える。どうやら街全体での歓迎のようである。皆がライダーの過密スケジュールを気にしているが、不思議なことにライダー自身はスケジュールの中身を把握しておらず、なんとなく周りに合わせて行動していくことになる。そしてなんとも言えない不思議な物語が展開される。

 ライダーはホテルに努めるグスタフに頼まれて娘のゾフィーと孫のボリスに会いに行く。過密スケジュールを抱えているはずなのに、本人がその内容を知らないせいか、ライダーは請われるままゾフィーとボリスに会う。そして家での食事に招待され、一緒に歩いてゾフィーの家に向かう。ところがゾフィーは1人でどんどん歩いて行ってしまい、ライダーはボリスとともに迷子になってしまう。普通、そんな事態にはならないだろう。

 不思議な展開はそれに限らず、ライダーはボリスを連れたままあちこちと街をさまよい、挙句にあっさりホテルに戻ってきたりする。ライダーの周りの人たちも、やれアルバムを見てくれだの、ピアノの演奏を聴いてくれだのと寄ってくる。しかし、ピアノの演奏にしても部屋の外で聞いていたり(なぜそばで聞かない)、いずこかのパーティー会場に案内されて行くのだが、ドアをいくつか開けるとホテルに戻っていたり・・・

 ライダーの前に登場する人物は、皆が皆恭しくライダーに話しかけるが、その話の内容は冗長で回りくどく、何を言いたいのかはっきりしない。それに加えてライダーの身の回りに起きることはどうも現実感に乏しいことばかり。そんなやり取りが長くダラダラと続き、読んでいてイライラしてくる。よほどもう読むのをやめようと何度も思うも、ノーベル賞作家だし、きっと何か劇的なオチがあるに違いないと思い直して読み進む。

 読んでいる最中、以前観た『ジェイコブス・ラダー』という映画を思い出した。この映画で主人公はベトナム戦争から帰国した後様々な不思議な経験をする。しかし、実はジェイコブはベトナムの野戦病院で死にかけていてすべては夢だったというオチの映画。この物語もきっとそんなオチが待っているに違いないと信じて読み続ける。これはなかなかの苦行。

 そして物語では、最大の目的だったはずのライダーのピアノコンサートも行われないまま朝を迎える。それはちょうど夢を見ていて、目的地に行こうとするのに次々と脇道にそらされていき、なかなか目的地に着けないうちに目が覚めたという経験を思い起こさせる。ライダーもコンサートの舞台へ向かおうとするのに、あちらで話しかけられ、こちらで頼み事をされとリハーサルさえさせてもらえない。そうして長い物語はエンディングを迎える。

 あれほど期待していたオチはまったくないまま物語は終わる。この本を評価する人はもちろんいるのだろうが、それがどんなに権威のある人の評価だとしても、個人的には「つまらない」の一言である。読まなければよかったと断言できる。ただし、この一冊を持ってカズオ・イシグロは合わないと決めるのは間違っていそうである。もう一冊くらい読んでみて、合う合わないを決めたい。そう思う一冊である・・・



posted by HH at 00:00| 東京 ☔| Comment(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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