2020年03月27日

【慈雨】柚月裕子 読書日記1134



 今まで読んだことのない作家の本を読むということは、小さなチャレンジでもあり、新しい開拓でもあり、楽しみなところがある。数多くの小説が生まれ出る世の中において、それは確かに一つの楽しみである。この本は、私にとってそんな新たな作家との出会いとなる一冊。

 主人公は定年退職した警察官、神馬智則。この本は基本的に刑事ドラマであるが、主人公が現役ではなく定年退職した警察官というのが面白い。冒頭、もう何度も見た夢を神馬は見ている。行方不明になった少女を草深い山中で捜索する夢である。これがこの物語の根底に流れる事件。その事件自体は16年前であり、犯人も逮捕されている。いわば解決済みの事件が、この物語では大きな意味を持つ。

 定年退職した神馬は、妻香代子とともに四国にお遍路の旅にきている。その目的は自分が関わった事件の被害者の供養。なぜという疑問がわくが、その理由はやがてわかってくる。前半は、神馬の警察官人生を振り返りつつ、大きな契機となった金内純子ちゃん殺害事件の概要が説明される。神馬が今も夢に見る事件である。合間合間に語られるお遍路の様子は、知らない者にはいいガイダンスである。

 神馬夫妻には一人娘の幸知がいる。その幸知は、実はかつての神馬の部下である緒方圭祐と付き合っている。その事実を知る神馬は2人の交際に賛成できないでいる。その理由は、世間でよくある父親心理だけでなく、「刑事の妻にさせる」という事実に対する抵抗でもある。それも冒頭の事件に関連している。そんなエピソードを交えながらの物語。そして一件の殺人事件が起こる。被害者はまだ小学生の少女。その手口は、16年前の金内純子ちゃん殺害事件と酷似している。

 神馬は引退した身。しかし、新たに発生した事件が気になる。妻の香代子に隠れて密かに緒方に連絡を取ると、事件の概要を聞く。厳密に言えば、現役を引退した以上、こうした行為は許されないのだろうが、そこはかつての上司と部下。現在の上司鷲尾の了解の下、捜査のアドバイスをもらうという形で、以後2人は連絡を取り合うことになる。こうして2つの事件を巡り、ストーリーは進んでいく。

 こうした小説はストーリーを一直線に追って行っても面白いものではない。主人公をはじめ、登場人物たちを巧妙に描き出すことによってストーリーに深みが出てくる。この物語もそうした描写によって登場人物たちの考えがより分かりやすく伝わってくる。手がかりが掴めない事件。しかし、神馬の気づきが事件の突破口となる。読み進むうちに深みのある人間ドラマが胸を打つ。単に事件を解決して終わりという刑事ドラマというよりも、これは深い味わいのある人間ドラマといった方が正確だろう。

 読み終えて著者の他の作品にも興味を持った。他の作品もぜひ読んでみたい。そう思わせてくれる、胸が熱くなる一冊である・・・

 


posted by HH at 00:00| 東京 ☔| Comment(0) | 小説(長編ドラマ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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