2015年11月28日

【民王】池井戸潤 読書日記605



第1章 御名御璽
第2章 親子漫才
第3章 極秘捜査
第4章 キャンパスライフ
第5章 スキャンダル
第6章 我らが民王

お気に入りの作家の一人である池井戸潤。
最近、ドラマ化されてテレビでやっているのを観て、手に取った一冊。

主人公は内閣総理大臣の武藤泰山親子。
お得意のビジネス小説ではなく、今度は政治ものである。
内閣支持率が低迷する中、与党民政党の首相田辺は、突然辞意を表明する。
就任からわずか1年あまりで、前首相から続けて任期半ばでの政権放棄である。
なんだか、既視感溢れるイントロである。

流れから首相に就任した武藤泰山であったが、政局運営は逆風下である。
そんなある日、国会出席中に突然意識がかすみ、気がつくと息子の翔と意識が入れ替わってしまう。
かつて東野圭吾の『秘密』という本があった。
バスの事故で死んだ妻と娘の意識が入れ替わってしまう物語であったが、ここでは父子の入れ替わりである。
しかもそれぞれが生きているから、様々な混乱を巻き起こす。

何せ息子の翔は、遊び盛りの大学生。
それが内閣総理大臣として、国会の審議の場に立つわけである。
案の定、秘書の用意した演説原稿の漢字が読めず、「未曾有」を「ミゾユー」、「踏襲」を「フシュー」などとやってしまう。
これもなんだか既視感溢れる出来事である。

一方、親子の入れ替わりは、同じ民政党の鶴田経産大臣にも起こり、こちらは酩酊会見でマスコミに大バッシングを受ける。
また、野党党首蔵本も同様で、こちらは娘と入れ替わってしまう。
武藤泰山は、官房長官の狩屋と秘書の貝原のサポートを受けつつ、原因究明を指示する。
そしてある組織の陰謀が浮かび上がってくる。

中身が入れ替わるというナンセンス展開であるが、コメディタッチでもあり、気軽にその世界に溶け込んでいける。
コメディであれば、あれこれと重箱をつつくのは野暮というもの。
そしてドタバタで終始するのかと思いきや、武藤親子はそれぞれの姿を通し、政治家のあるべき姿、そして自分自身の目指す道に気がついていく。
そのストーリー展開に、随所で目頭が熱くなる。

今ではすっかり冷え切ってしまった武藤泰山夫婦であるが、かつて若かりし頃は、泰山は日本の未来を担うことの理想に燃えており、そんな泰山に妻の綾は惹かれていたのである。
翔の姿になり、いい加減ではありながら若者らしい感性で周りの人たちと接していた様子を知り、また、泰山の姿となった翔の思うままの行動を見て、泰山は忘れていた感覚を取り戻していく。
そんな姿は、コメディタッチであった展開を忘れさせていく。

ラストの展開は、誰もが政治家にはこうあってほしいと思うであろうもの。
油断していると、涙腺が緩んでしまう。
政治家でなくても、周りに流されるということはよくあること。
「理想は理想、現実はそうではない」というセリフは、世の中に満ち溢れている。

政治家のスキャンダルに鬼の首を取ったように群がるマスコミ。
「スキャンダルより実績に注目すべき」という言葉は、かき消されてしまう。
政治家批判だけではなく、マスコミのあり方、企業のあり方、何気なく描かれているが、よくよく考えれば奥深いことも多い。
さすが池井戸潤と思わざるをえない。

これだからやめられない。
他にもまだまだ沢山ある池井戸潤作品を読み漁ってみたいと思わせられる作品である・・・

posted by HH at 13:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 池井戸潤 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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