2016年04月07日

【大放言】百田直樹 読書日記645



第1章 現代の若きバカものたちへ
第2章 暴言の中にも真実あり
第3章 これはいったい何だ?
第4章 我が炎上史

百田尚樹に関しては、『永遠の0』以来魅了されほとんどの著作を読んでいるが、一歩小説の世界を離れると、たびたびその発言で物議を醸していて、面白おかしく感じながらツイッターなどでフォローしている。
今回はこれまでの小説とは異なり、その物議を醸す発言をまとめた一冊である。

まずは「まえがき」で、「言葉狩りの時代」ということに警鐘を鳴らしている。
マスコミなどが、ある人の発言の一部分を切り取って報じることの危うさを、「私は寝てないんだよ」という一時批判を浴びた発言を例に解説する。
「言葉の自由を失った国は滅びる。皆が一斉に同じことを言い、一斉に誰かを攻撃する時代も同様だ」という言葉は重い。冒頭から著者の炎上覚悟の宣戦布告として、実に心地よい。

第1章では、「現代の若きバカものたちへ」と題して、若者への警告を発する。
・「やればできる」は「やればできた」者の言葉
・自分は誤解されているというバカ
・他人の目は正しい
野村監督もその著書(『野村ノート』)の中で、「評価は人が下した評価こそ正しい」と語っているが、人生経験を積んでくるとその言葉も自然と受け入れられるようになる。
さらに著者は、「プラスの評価は実体とズレることもあるが、マイナス評価はズレが非常に小さい」とする。
これもそうだろうと、私の年齢になれば素直に同意できる。

・ブログで食べたモノを書くバカ
・好きな仕事が見つからないバカ
・尊敬する人は両親と言うバカ
・なんでもコスパで考えるバカ

すべてについて「大同意」というわけではないが、一つの意見としてなるほどと思うところは多い。それよりも、なんとなく今の若者に対する著者の意見に違和感を覚えたのは、実は自分自身今の若者とあまり接点がなく、実感がわかないということからなのだった。少々愕然とした事実である。

地方議員がその仕事とは裏腹に多額の議員報酬をもらっているという事実は、もっと声を出して世の中に知らしむるべきだろう。
原爆慰霊碑の碑文への苦言は、もしもNY市が9.11テロの犠牲者に同様の碑文を書いたらいかに異様かという喩えでわかりやすく説明している。多分、反百田派の人が読んだら納得はしないだろう。

「日本は韓国に謝罪せよ」という部分は、「劣等文字とされているハングルを文盲率90%以上の国民に小学校から教えて教育を破壊した」、「朝鮮にもともとあった禿山に六億本も植樹して自然を破壊した」などと「日本の罪」を挙げて謝罪すべきと提言している。これらは証拠のない従軍慰安婦問題と違って、「はっきりとした証拠が残っている」と主張する。これも顔をしかめられるだろう。

・殺人の量刑が軽すぎる
・図書館には新刊を1年は入れるべきではない
・セクハラのおかしな基準
・チャリティ番組への苦言
・昔から比べればはるかに改善されている社会の格差
・テレビドラマで殺人犯が「シートベルトを締めて」逃走せざるを得ない道路交通法
などなど、言われるまでは気が付かなかったこともあって、なかなか小気味好い。

最後にマスコミに対する苦言が、「我が炎上史」として語られるが、ここの指摘は個人的にも「大同感」である。日本のマスコミの酷さを理解している者なら、大いに共感するだろう。
過去に著者が猛批判を浴びた事実を著者側から明かしてくれている。
反百田派からすれば、「何を戯言を」となるのであろうが、マスコミを斜に見ている立場としては、「やっぱりな」と思う舞台裏である。

反百田派以外の人には、なるほどと思ったり、小気味好く感じる「暴言」が並ぶ。
抵抗感のない人には面白く感じるだろう。だが、世の中は一方からの意見だけでもないのもまた事実。「百田め」と快く思わない人もいるんだろうなと思ってしまう。
こういう本もまた良し。

でもやっぱり百田尚樹には、本業の小説で頑張ってもらいたいと強く思うのである・・・

posted by HH at 20:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 百田尚樹 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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