2016年04月30日

【一路】浅田次郎



其の壱 御発駕まで
其の弐 左京大夫様御発駕
其の参 木曽路跋渉
其の四 神の里 鬼の栖
其の五 風雲佐久平
其の六 前途遼遠
其の七 御本陣差合
其の八 左京大夫様江戸入

浅田次郎の時代劇は、藤沢周平のそれと並んで外せないと思っている。そして浅田次郎の時代劇の特色の一つとして、舞台が「江戸末期」であることが多いが、この作品もまたその江戸末期を舞台としている。

時は十四代将軍家茂の治世。浦賀にペリーが来航し、桜田門外の変が起こり、尊王攘夷の動きもあって世の中は騒然としている。そんな中、西箕輪田名部郡を領分とする旗本蒔坂左京大夫が参勤交代の時を迎えている。主人公の小野寺一路は、その参勤交代を取り仕切る御供頭を代々務める一家に生まれる。生来江戸に育ち、剣術と学問を修めていたが、突如父が急死し、跡目を継ぐため故郷に戻る。そしていきなり参勤交代の御供頭を務めることになる。

父の死因は焼死であり、不慮の失火で大事な屋敷を焼き、逃げ遅れての焼死は家禄召し上げも当然の不始末ではあったが、参勤交代が近いゆえの仮処分としての家督相続であった。しかし、19歳の今日まで一路は御供頭の心得を伝授されておらず、失敗必死の役目であった。焼け跡に残された文箱から、古くから伝わる「御供頭心得」が出てくる。江戸で暮らしていた一路に故郷に知人はなく、それになぜか人々も冷たい。困り果てた一路は、古色蒼然とした「御供頭心得」に従って進めるべく決意する。

この「御供頭心得」は江戸の初期から伝わるもので、長い年月を経て参勤交代の方式もだいぶ簡略されている。しかし、「最新の方式」を知らない一路は、この古式に則って差配することにする。「参勤交代之御行列ハ行軍也」と冒頭に記されたそれは、まだ戦乱明けやらぬ時代のもの。行軍に必要な朱槍や馬など、方々を駆け回って調達する一路。その様はコミカルであり、笑いを誘う。

物語は、そうこうするうちに、お家騒動の動きが出てき、また父の急死もそれに関するものだとわかってくる。数少ない味方に手助けを受けながら、出発の「御発駕」の時を迎える。熱い武士の思いに胸が熱くなることもしばしばで、「涙あり笑いあり」というのは、こういう物語のことを言うのだろう。

そうして始まった道中であるが、参勤交代は御供頭が差配するとか、大名同士が出会った時の様子とか(当然そういうことも起こりうるわけである)、しきたりだとか、今まで知り得なかった諸々が興味深い。主君の左京大夫も、うつけのバカ殿と言われる一方、感情を表に出すことはできず、「大義じゃ」とか「祝着である」とか、使える言葉が限られている様子が描かれる。そんな物語の側面も興味深い。

道中の苦難、困難、左京大夫の命を狙う動きが、「初心者」の一路の前に立ちふさがる。涙あり笑いありの物語は、西箕輪(今の岐阜県か)の架空の国から中山道を経由して江戸へと向かう。個人的に佐久は母親の故郷であり、岩村田や碓氷峠、安中などの地名は親しみがあって読んでいて嬉しい部分もある。そうして結末に至るわけであるが、そこには移りゆく時代という名の現実が待っている。

盛り沢山の要素があって、久々に唸らされる内容。浅田次郎の真骨頂と言えるかもしれない。コミカルな要素がある分、物語に軽さがあるが、それもまた良しであろう。
大いに楽しめた一冊である・・・

posted by HH at 13:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 浅田次郎 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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