2016年07月06日

【ダメなやつほどダメじゃない】萩本欽一



第一部 コメディアンの履歴書
第1章 やっぱり喜劇だな
第2章 浅草の東大
第3章 コント55号誕生
第4章 このまんまでいいのかな
番外編 欽ちゃんのキャンパスライフ、教えます
第二部 欽ちゃんの笑いには「浅草」が流れている

少し前に『負けるが勝ち、勝ち、勝ち! 「運のいい人」になる絶対法則』を読んで俄然興味を持った欽ちゃんの本。こちらは日経新聞の『私の履歴書』に連載されたものの書籍化版プラスαである。

欽ちゃんといえば、我々の世代では『欽どん』であり、『欽どこ』である。お茶の間を舞台にしたファミリーコントをいつも見ていた。その後は、『仮装大賞』の司会を見たぐらいだが、ご本人はまだまだ健在。今は駒澤大学の学生だという。そんな欽ちゃんの自伝である。

父親の事業が傾き、借金取りに追われるようになった子供の頃、多感な欽ちゃんは母親が頭を下げる姿を見て、働いて金持ちになる決意をする。そして選んだのが「お笑い」。親には高校を受験すると言って試験を受ける振りをし、浅草の喜劇人に弟子入り志願する。ところが「高校を出てから」と言われてしまう。すでに学費の安い都立の入試は終わっており、やむなく母親に事情を話して私立高校に行く。世の中、こういうことは多々あると思う。

校則で決まっていた革靴を買ってくれと言い出せず、運動靴で通って毎日先生に注意され続ける。それが母親にバレて兄のお古の革靴をもらうが、それを履いていくと、あまりのボロさに今度は注意した先生が言葉を失う。欽ちゃんの笑いに、どこか優しさが混じっているのはこういう経験をしていたからなのかもしれない。アルバイトのエピソードには思わず目頭が熱くなる。

ブレイクしたのは坂上二郎とのコンビ、コント55号。二人でネタを考え(と言ってもアドリブが多かったようである)、テレビで一躍人気者となる。この頃の事はよく知らないが、それまでの苦労を思うと、その成功を嬉しく思う。そして『欽どん』の時代。この頃、1週間に持っていたレギュラー番組3本がそれぞれ視聴率30%を超え、トータルで「視聴率100%男」と呼ばれたらしい。私が最もよく記憶しているのもこの頃である。

よく芸能人など、テレビの顔と素顔とはかけ離れていたりする。それはそれで不思議ではないと思うが、本を読んでいて伝わってくる欽ちゃんの素顔はテレビの顔そのままだ。道端で会ったら、「欽ちゃん」と呼びかけてしまうかもしれない。エネルギッシュで自信に満ち溢れた人が成功しても、そんな風には思えないだろう。高校時代から若手修行時代のエピソードを読むと、行間からその人柄がまさに滲み出てくる。苦労が報われて良かったと、読む立場のこちらの方が思う。

第一部の『私の履歴書』に比べると、第二部の対談は、ちょっと昔の話でついていけなかった。だが、第一部だけで読む価値は十分にある。
読み終えて少し優しい気持ちになれる一冊である・・・

posted by HH at 22:47| Comment(0) | TrackBack(0) | ビジネス/自伝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック