2016年09月14日

【人魚の眠る家】東野圭吾



第1章 今夜だけは忘れていたい
第2章 呼吸をさせて
第3章 あなたが守る世界の行方
第4章 本を読みに来る人
第5章 この胸に刃を立てれば
第6章 その時を決めるのは誰

東野圭吾の新しい本をまた一冊。この人の本を読まないという選択肢は私にはないと断言できる。しかし、今回の一冊は、ちょっと今までと違ったテイストである。
舞台となるのはある家族。一家の主人播磨和昌は、先端技術を開発している株式会社ハリマテクスの社長。ハリマテクスではBMI(ブレーン・マシーン・インターフェース)と呼ばれる脳と機械を繋ぐシステムを開発している。これを使うと、全盲の人が杖なしで歩けたり、義手でモノを不自由なく掴めたりできたりするものである。そして和昌には、妻薫子との間に娘の瑞穂と息子の生人がいる。

ある日、プールに遊びに行っていた瑞穂が溺れ、救急病院に緊急搬送される。治療の甲斐なく、医師は無情にも意識が回復することはないと告げる。そして呆然とする播磨夫妻に、瑞穂の臓器提供の意思を確認し、脳死判定のシステムを説明する。やがて臓器提供の意思を固めた夫妻だが、瑞穂の体のわずかな反応に、妻薫子は治療継続に方針転換する。

和昌の会社の技術で、瑞穂は意識が戻らないまでも、体の各部を動かすことにより健常児のように体は成長する。そして夫妻を取り巻く人々。薫子に密かに思いを寄せつつ、技術者としてBMIのシステムを瑞穂に利用する星野。播磨家に通う訪問学級の教師新章房子。背景に臓器移植の我が国の問題点が描かれる。

東野圭吾の小説というと、ついついミステリーをイメージしてしまうが、これはガチンコのドラマである。「人間の死を何によって定めるか」というテーマが根底に流れる。脳死は人の死と認められているが、では脳死した人間を刺して息の根を止めたらそれは殺人になるのか。死んでいる者なら殺すことはできないわけで、なかなか難しい問題である。

臓器移植によってしか助からない人たちがいて、特に子どもの臓器提供は我が国ではまだまだ少ない。提供があるということは、どこかで子供が死んだということ。提供を望むということは、どこかで子供が死ぬことを期待するということ。多くの国で渡航移植が禁止される傾向があり、今や日本から臓器移植で渡航できる国はアメリカぐらいであること。それにも5%ルールがあることなどがさりげなく語られる。読む者は、こうした問題を自然と考えさせられる。

この問題を早いうちに国民的な議論とし、解決をはからなければならないという著者のメッセージなのかもしれない。技術の進歩は、いずれハリマテクスのBMIを実現化するのだろう。それと合わせて、我々の倫理と意識の問題も解決しなければならないのだろう。意図的にメッセージとして発信しているのだとしたら、物語に姿を借りてなかなかうまいと思わせられる。

そうしたことを抜きにしても、ストーリーとして十分に面白い。やはりこれからも必読書たりうるだろう。次も楽しみにしたい一冊である・・・


posted by HH at 21:14| Comment(0) | TrackBack(1) | 東野圭吾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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『人魚の眠る家』 東野圭吾
Excerpt: 「東野圭吾」の長篇小説『人魚の眠る家』を読みました。 [人魚の眠る家] 「東野圭吾」作品は、昨年4月に読んだ『パラドックス13』以来なので約9カ月振りですね。 -----story--------..
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