2016年10月10日

【実践版三国志−曹操・劉備・孫権、諸葛孔明…最強の人生戦略書に学ぶ−】鈴木博毅



第1章 乱世とは過去の権威が、崩れていく時代
第2章 三国志、一瞬の輝きで消えた人の「失敗の本質」
第3章 なぜ、劉備はわらじ売りから皇帝になれたのか
第4章 呉の孫権、家業を繁栄させた3代目の若頭
第5章 曹操を選ばなかった諸葛孔明の狙いとは
第6章 すべての諸葛一族を滅ぼした司馬氏

三国志といえば、中国の戦国時代ともいうべき時代の英雄物語。長く続いた漢王朝が、腐敗が進み崩壊へと向かう。農民反乱である黄巾の乱が起こり、鎮圧に貢献した武将が次のリーダーを狙う。そんな中で、孫権が呉の、劉備が蜀の、そして曹操が魏の皇帝となる。そしてそれぞれの皇帝に周瑜、諸葛亮(孔明)、荀ケが軍師としてつく。英雄物語として長く支持されてきたのもわかるというもの。そこから「三国志の深遠な戦略を現代日本のサバイバル術として分析する」とする意図のようである。

各エピソードの合間に「三国志の英雄ならどうする?」という形で読む者に問いかけられる。それをどう解釈するかは、読む者それぞれなのかもしれないが、「でもなぁ」と思う部分もある。例えば漢王朝が崩壊するに際し、「腐敗が進む時、旧権力から離れるべき時を見極めよ」というのはごく当たり前のことだ。さらに「民衆の不満や怒りを新たな達成のための力に変える」というのもごく普通。それが長々と続く。

例えば「初期を乗り越えたら組織マネジメントで差がつく」というのは、現代でも通じるだろう。スタートアップ企業がずっと勢いだけで行けるものでもなく、どこかで組織作りが必要となるのはそうである。しかし、例えば後漢の支配権を握った董卓に反旗を翻した曹操+荀ケ軍は最初の戦いで敗北するのに際し、「負けるもあえて戦い名声を高める」というのは結果論だ。負けて死んでいたらそれまで。むしろそうして歴史に残らず消えていったものが圧倒的だろう。サバイバル術とは言い難い。

もちろん、消えていった英雄たちのことも紹介される。袁術、袁紹、公孫瓚などで、
・捨てるべきプライドを捨てられず
・変えるべき指揮スタイルを変えられず
・捨てるべき偏見を捨てられなかった
とされているが、果たしてそれが決定要因かという気もする。

その中でも劉備が「人間的なつながりで軍団を形成」したとするところは、十分現代に通じることである。若くしてリーダーとなった孫権は、経験がない分、うまく部下を活用したとされるが、人をどう束ねていくかが究極的なエッセンスであると思う。その意味で、「リーダーは外界の翻訳者」という言葉が気に入った。集団には現状を定義して説明しないといけないのである。

 意外なのは、有名な諸葛孔明があまり軍師としては評価されていないところである。映画にもなった赤壁の戦い(『レッドクリフ』)で、軍師としてあまりにも有名であるが、政治統治者としては優れていたものの、「軍師としては及第点」と手厳しい。しかし、実は魏との戦いで、魏の軍師司馬懿には度々破れていたようで、司馬懿からは「考えすぎて決断のつかぬ男」と評されていたという。それも真実なのかもしれない。

最後に劉備が読んだとされる兵法書『六韜』が紹介されている。兵法書といえば、『孫子』が浮かぶが、こういうのもあったようである。
・賞罰は好き嫌いではなく、その人物が本当に為した善悪で取り決めよ
・国家を治めるのに最も大切なことは、人民を愛することである
・人民を愛するとは、人民に有利なことを行い、損害を与えないことである
・河は小さな流れのうちにせき止めなければ氾濫し、火もボヤのうちに消し止めなければ大火となる
・君主は富を蓄積せよ。富がないと仁を施せず、親族を大切にできず、国を保てない
これだけ読んでも面白いかもしれないと思う。

最後に、「一度きりの人生に全力を尽くす者こそ英雄」とされているが、これは真実であろう。英雄が何かは人それぞれである。
何かを得ようと身構えるではなく、三国志は気軽に読んでも面白く、そしてそれなりに考えている人にはヒントが溢れているのかもしれない。そんな感想を得られた一冊である・・・




posted by HH at 21:29| Comment(0) | TrackBack(0) | ビジネス/自説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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