2016年12月18日

【清掃はやさしさ】新津春子



序 章 空港は私の居場所
第1章 中国から日本へ
第2章 運命の決断
第3章 私の道
第4章 清掃のプロへの一歩
第5章 日本一の称号
第6章 恩人の死
第7章 2年連続世界一清潔な空港

著者は、日本空港テクノ株式会社で働く清掃員。と言っても同社で唯一の「環境マイスター」であり、清掃の実技指導を行う立場の方らしい。その仕事ぶりは、NHKの「プロフッショナル仕事の流儀」でも採り上げられたというから、清掃の「プロ中のプロ」と言える方のようである。そんな著者の自伝が本書である。

著者の父親は、日本人残留孤児。文革の最中はその事実を隠していたというが、それが判明して著者は学校でイジメにあったと言う。やがて残留孤児の帰国事業で一家は来日。言葉もわからぬまま生活を始める。そんな中で、やはり一家で清掃の仕事を始めることになったのは、「言葉がわからなくてもできるから」と言う単純な理由であった。

著者は、高校を卒業し、音響機器の会社に就職する。しかし、生活のため清掃のバイトは続ける。政府による保護を断ったため、一家の暮らしは極貧生活で、「パンの耳がご馳走」と言う状況だったらしい。そんなためか勤める一方で、著者は清掃の仕事を続ける。そして「ビルクリーニング管理」と言う一枚のポスターを見て、職業能力開発センターの存在を知り、仕事を辞めて入学する。

ここで、清掃技術を本格的に学ぶ。清掃員と言うと、当時は(今も)中高年の仕事と言う中、20代の著者は異彩を放つ。そして熱心に学び、「男性しか取らない」と言われた現職に熱心に応募して採用される。著者のこうしたエネルギーはとにかく凄い。困難な状況から這い上がろうとするバイタリティーは、全編にわたって溢れかえっている。何事も成し遂げる原動力は、こう言う「パッション」だろう。

入社後、ビルクリーニング技能士の資格を皮切りに、関連する資格を次々に取得して行く。それに伴い技術も上がって行く。そしてとうとう全国ビルクリーニング技能競技会で日本一になる。何事であれ、日本一になるくらい突き詰めていけば世界は開けていく。それがたとえ地味な清掃であっても、著者のようにNHKから取材が来るような存在になれるわけである。

最初は、がむしゃらにやっていた清掃だが、ある時恩師から「優しさがない」と言われてショックを受ける。清掃における「優しさ」ってなんだか著者はわからなかったらしい。いかにも中国的な合理主義的考えによれば当然なのかもしれない。そして著者はその意味を理解していく。清掃とはプロがお金をいただいて行うもので、これに対し、掃除とは自分の家などを自己満足のレベルで行うこととする。こう言う考え方もプロならではと言える。

自分のやっている仕事は、果たしてプロと言えるレベルだろうか。日本一と言えるくらいのものだろうか。そう言う「パッション」を持ってやっているだろうか。ついつい流されがちになる日々であるが、どんな仕事でも一流と胸を張れる仕事をしたいと改めて思う。
たかが掃除とバカにするなかれ。自分がやったらこの人を超えられるだろうか。今の自分の仕事もそんな意識でやりたいと、改めて思わされる一冊である・・・


posted by HH at 22:39| Comment(0) | TrackBack(0) | ビジネス/自伝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/445036624
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック