2017年06月01日

【ノモンハンの夏】半藤一利 読書日記800



第1章 参謀本部作戦課
第2章 関東軍作戦課
第3章 五月
第4章 六月
第5章 七月
第6章 八月
第7章 万骨枯る

 個人的には歴史好きである私は、「ノモンハン事件」にはもともと興味を持っていた。戦争に負けた日本であるが、この時点でそれまでの方向変換をすれば悲劇は避けられたのではないかと言われていたからである。そんな興味を持っていたゆえに、『昭和史』の著者の手による本書を見つけて迷わず手にした次第である。

 本書が始まるのは、1939年(昭和14年)である。この年、ヨーロッパではドイツがポーランドに侵入し、第二次世界大戦が勃発する。その前夜、日本は中国と泥沼の日中戦争を展開している。すでに防共協定を結んでいたドイツから急速な接近があり、「持たざる国(日独伊)が持てる国(英米仏)とのアンバランスを解消して世界秩序を打ち立てる」との考えで、日独伊三国同盟締結の機運が流れている。中国の天津では、イギリス租界に逃げ込んだテロ犯の引き渡しをイギリスが拒み、反英のムードが漂っている。

 ノモンハン事件といっても、その背景事情も重要だということが、本書を読んでいてよくわかる。特に日独伊三国同盟締結に関する動きは、本書の記述の多くを占めている。ヒトラーは犬猿の仲であるはずのスターリンに接近し、ソ連と英仏との連携をけん制する。この時期、英仏対独伊、独対ソ、ソ対日、日対中英ソという対立模様が各所に存在している。そして国内では、三国同盟を強固に主張する陸軍と、それに反対する天皇と海軍との対立構造がある。

 街角には「三国同盟即時締結せよ」などのビラが貼られ、世論は後押しムード。反対する海軍の先頭に立つ山本五十六次官には、暗殺の噂さえ流れる。当初はすぐ終わるとタカをくくっていた支那事変が、泥沼の長期戦になったのは、それを支援するソ連とイギリスの動きがあり、ヨーロッパにおいてそれをけん制するという理由で、三国同盟推進派は突き進む。

 ソ連とは朝鮮の朝鼓峰で衝突し、日本軍は手酷い損害を被っているが、根拠のないソ連軽視が支配する。そんな中で、関東軍が事件の中心になる。陸軍も一枚岩ではなく、統帥部は天皇の意向もあり、ソ連との衝突には積極的ではない。しかし、もともとくすぶっていた満蒙国境で紛争が発生すると、関東軍は積極的に排除に動く。そして本来、天皇の統帥命令が必要なはずの越境爆撃を進言し、参謀本部は「自発的中止勧告」という曖昧な指示に終始し、これを「明確な中止命令がないからやってしまいましょう」と関東軍は実施してしまう。

 その関東軍で中心的な役割を果たすのが、司令部第一課の辻政信少佐。強硬派の少佐に率いられた関東軍は、ノモンハンに第23師団を中心とした軍を派遣する。しかし、その装備は日露戦争から進化しておらず、歩兵が持つのはシングルボルトアクションの三八式歩兵銃であり、戦車は軽戦車。以前からなんで日本軍はおもちゃのような軽戦車しかなかったのか不思議だったが、そもそも戦車は「歩兵支援」という考えに立っていたのだと解説される。戦車対戦車の戦闘という概念はなかったようである。

 実際の戦闘は、ソ連の戦車に日本兵は火炎瓶を投げつけるという肉弾戦。しかし、これで日本軍は健闘する。のちにソ連のジューコフが日本軍についてスターリンに「下士官は頑強で勇敢、青年将校は狂信的な頑強さで戦うが高級将校は無能」と報告するが、まさにその通りである。第23師団の戦死傷病率は76%に及び、これは太平洋戦争でもっとも激戦だったガダルカナルの34%を大きく上回るという結果にもよく表れている。事件後には、捕虜になった将校には自決させるなどの事後処理もショッキングである。

 本来、大元帥である天皇が反対している以上、ノモンハンでの衝突はありえなかったはず。なのに「大御心が間違っている場合だってある」という雰囲気さえ出てきてしまう恐ろしさ。大敗の後すら、関東軍は「戦場掃除」の名目でさらなる攻撃を進言し、さすがに参謀本部に阻止されるが、最後の最後まで「やれる」という暴走機運がみなぎっている。そして事件を主導した人物たちは、ほとんどお咎めなく陸軍の中枢部へと進んでいく。読めば読むほど滅入ってくるし、著者の抑えた怒りも伝わってくる。こんな時代に生まれなくて良かったとつくづく思う。

 「天皇の戦争責任」を問う声をよく聞く。しかし、こうした歴史の経緯を学べば自然とそういう考えは出なくなるだろう。そういう意味で、歴史を学ぶ意義は大きい。戦争に限らず国家の崩壊を防ぐためにも、特にこの時代の流れはよく学びたいところである。
単にノモンハン事件だけではなく、現代にも生かせる教訓として、学び多き一冊である・・・



posted by HH at 17:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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