2017年07月18日

【反哲学入門】木田元



第1章 哲学は欧米人だけの思考法である
第2章 古代ギリシアで起こったこと
第3章 哲学とキリスト教の深い関係
第4章 近代哲学の展開
第5章 「反哲学」の誕生
第6章 ハイデガーの二十世紀

著者は中央大学の名誉教授。哲学をずっとやってきた方のようである。そんな著者が、「反哲学」と言う聞きなれない言葉を西洋の哲学の流れとともに語った一冊。
著者は、「哲学を勉強し、大学でも哲学を教えてきたが、自分のやっている思考作業は『西洋』と言う文化圏で伝統的に哲学と呼ばれてきたものの考え方とは決定的に違うところがある」とし、「哲学を批判しそうしたものの考え方を乗り越えようとする作業」を「反哲学」と呼ぶとする。正直言ってよくわからない。

そもそもであるが、哲学とは「人間を含む生物やモノなど地球上にあるありとしあらゆるものが『ある』と言うのはどういうことか」、それを全体として研究しようとする学問だとする。もう既に難しい。哲学は好きなのであるが、どうもこの難解さが気になる。日常では、難しいことを簡単に言うことが大事という価値観で動いているが、哲学は逆で簡単なことを難しく言う世界だと言える。

ハイデガーは、「哲学するとは、なぜ一般に存在者が存在するのであって、むしろなにもないのではないのかを問うこと」とする。この本では、特に「存在するとは何か」が問われる。
「存在」すなわち「ある」と言う状態だが、同じ「ある」でも「つくる」「うむ」「なる」という3つの状態があるとする。「つくる」とは、「つくられてある」状態、「うむ」は「産み出されてある」状態、「なる」は生成されてある状態だとするが、こういう一般人が気にもしないことを哲学者は問うている。そしてソクラテス、プラトン、アリストテレスから解説が始まる。

意外なことに、西洋の哲学はいまだにソクラテス、プラトン、アリストテレスの影響下にある。単に歴史順で出てくるのではなく、源流として今も無視できないから出てくるのである。そしてカントやヘーゲルらの有名哲学者が出てくるが、例えばカントの前後から文体が変わるが、それは哲学者が大学にポストを持つことができるようになったからなどという背景の話が興味深い。同様に、ヘーゲルはフランス革命、テルミドールの反動、ナポレオンの登場などの時代背景があり、考えてみれば各哲学者の思想について学ぶ際、その時代背景まで意識した方がいいのは当然かもしれない。

そして著者は、ニーチェを西洋哲学の分岐点としている。「ニーチェ以前と以後とを同じ哲学史に一線に並べるのはおかしい」とする。それは、ニーチェの目指したことは、これまで哲学と呼ばれてきたものをすべて批判して乗り越えようということだかららしい。このあたりは、正直言ってよくわからない。ただ、「力への意志」「永劫回帰」「神は死せり」といったニーチェ哲学のキーワードの解説がわかりやすい。「そうだったのか」と改めて思わされた。

はっきり言って、部分部分の理解は比較的できたとは思うが、著者が反哲学と名づけたものの正体はイマイチわからなかった。本文でカントがわからなくて70回以上繰り返し読んでいる学者さんの話が出てくるが、平易な解説書である本書であっても、1回で理解するのは難しいのかもしれない。ただ、個人的には改めてニーチェやデカルトの思想には興味を持ったところである。『デカルト方法序説を読む』をもう一度読んでみたいし、哲学に対する好奇心が大いに刺激されたところである。

難しいのではあるが、知的好奇心を大いに刺激される一冊である・・・



posted by HH at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 人生・哲学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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