2017年08月05日

【宝くじで1億円当たった人の末路】鈴木信行



第1章 やらかした人の末路
第2章 孤独な人の末路
第3章 逃げた人の末路
第4章 変わった人の末路
第5章 怠惰な人の末路
第6章 時代遅れな企業の末路
第7章 仕事人間の末路

「看板に偽りあり」というのは、得てして存在するものであるが、本の世界では記憶にある限りこれほどのものはあっただろうかという酷いもの。タイトルと内容とが全くマッチしない、そういう意味ではお粗末なのではあるが、それでもタイトルに目を瞑れば、なんとか読むに耐えるという一冊。

普通、こういうタイトルを見たら、「宝くじで1億円当たったが、大金に我を忘れて悲惨な末路を迎えた人たちのリポート」というイメージを持つだろう。取材に基づいた様々な人たちが登場し、そういう人たちの末路を見ながら、「当たらなくてよかった」とか「自分はそうならないぞ」とか思ったりするものだろう。ところが、さにあらず。冒頭から見事裏切ってくれる。

「第1章やらかした人の末路」と称し、冒頭から「宝くじで1億円当たった人の末路」が出てくる。ところが登場するのは、「マネーの専門家」と称する方で、この方が「一家離散、貧困化、人生の目的喪失などにならないようにするにはどうしたら良いか」を語っておしまい。
「はぁ???」と思わず本を落としそうになる。そんなことならわざわざ専門家に聞かなくても、ちょっと考えればわかるだろうというもの。そんなものを期待したのではない。

そして「事故物件を借りちゃった人の末路」だとか「キラキラネームの人の末路」とか、題は面白そうなのだが、いずれも専門家が出てきてありきたりのない説明をして終わりというパターンが続く。実在の人物など1人も出てこない。さらに、「友達ゼロの人の末路」では「心配いらない、友達は無理に作るものではない」と結ばれて終わったり、「子供を作らなかった人の末路」では、「子供がいない幸せを楽しめば良い」と誰が答えても答えられるような内容に終始。途中で何度も読むのをやめようと思うほど酷い内容。

それでも、ついでだからもっと粗探ししようと思って読んでいくと、柔軟法の真向法協会とか、武蔵小山商店街のクリーニング店「クリンハウス」とか、ちょっと知って良かったかもという例があって、それが唯一の収穫といえば収穫である(もちろん、それらが何で「末路」なのかはよくわからない)。あとは論ずるに値しない。

「末路」とは、「なれの果て」というマイナスのイメージがある。その言葉をキーワードとして使うのなら、そういう内容にするべきであろう。ただただ、無理やり「末路」にこじつけているだけで、お粗末の一言である。先のイメージでこの本を買った人は、詐欺だと思うだろう。
読むなとは言わないが、「看板に偽りあり」ということを理解した上で、さらに得るものは少ないと覚悟してから読むべき一冊である・・・


posted by HH at 00:00| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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