2018年03月19日

【終わった人】内館牧子 読書日記904



 人に薦められた本は基本的に読むことにしているが、この本も知人に紹介された一冊。「終わった人」と言うのはなんとも言えないタイトルであるが、ここでは「現役を終わった人」と言う意味。主人公はこの度、定年退職した田代壮介。岩手県出身だが、東大法学部を出てメガバンクの万邦銀行(のちに合併してたちばな銀行になる)に入行。惜しくも出世街道から外れたが、子会社に転籍し専務で退職の日を迎える。サラリーマンとしては、まずまず成功したと言えるキャリアである。

 さて、退職した壮介であるが、長年連れ添った妻の千草は美容師の資格を取ってサロンに働きに出ている。生活のためというより、自身の趣味のためと言える。したがって、退職したからといって、2人で旅行する時間もない。1人手持ち無沙汰になる壮介。このあたり、定年退職したバリバリのサラリーマンの何もできないもどかしさが妙にリアル。しかも壮介は、定年退職していった先輩たちが昔の風を吹かせる愚かさを熟知しているから、なおさらすることがない。生き生きと働く妻とのギクシャク感が、己の未来図を見ているような気がしてくる。

 「やることがない」とはプライドにかけて言いたくない壮介。従兄弟のトシを相手にやることを探す。ボランティアやスポーツクラブ、カルチャースクール等々。しかし、見学に行ったフィットネスクラブがジジババばかりなのに嫌気がさす。この気持ちはよくわかる。昼日中から喫茶店に行き、本を読んで時間を潰す。やっぱり自分も定年のない仕事をしないといけないとつくづく思う。

 この前半部分は、つくづく身につまされる。自分も「終わったら」間違いなくこうなるわけである。お中元、お歳暮、年賀状は激減し、世話になった取引先の会長のパーティーに出かけていけば、招待状を出さなかったかつての部下が気まずい顏で出迎える。思い余って再就職を決意し、ハローワークに行くも、今度は立派な経歴が邪魔をして面接に行った中小企業の社長からは敬遠されてしまう。

 この身につまされる前半から、中盤は壮介が大学に戻ることを考えカルチャースクールに通うようになり、物語が動く。カルチャースクールで会った女性と親しくなり、淡い希望が脳裏をよぎり、そして思いもかけない再就職の道が開かれる。顧問に迎え入れられたその会社で、予想外の展開が起こり、壮介の人生はリスタートする。まだまだ六十代は働き盛り。一昔前はそんなこと思いもしなかったが、五十代も半ばに近づくと、実感として湧いてくる。

 後半は小説らしい展開となり、その内容は読む人の好き好きによるだろう。個人的には前半部分の「終わった感」が非常に心に響いたと言える。著者の内館牧子は、相撲審議委員会などで名前を目にしたことはあるが、小説を読むのは初めて。たくさん著作はあるが、今までなんとなく敬遠してきたところがある。これから他の著作を読んでみるかと問われるとなんとも言えないが、この本は読み甲斐があったのは確かである。

 「終わり」に近づいている人には、一読の価値ある一冊である・・・

posted by HH at 00:00| Comment(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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