2018年02月15日

【凶獣】石原慎太郎



第1章 事件
第2章 公判
第3章 奇行
第4章 結婚
第5章 発端
第6章 長谷川臨床心理士取材インタビュー
第7章 心奥
第8章 戸谷弁護士取材インタビュー
第9章 不条理

 この本は、かつて世間を震撼させた附属池田小学校事件の犯人である宅間守について、扱った一冊。ただでさえ興味深いのに加え、著者が石原慎太郎ということで余計に興味を持ったところである。石原慎太郎の著書と言えば、かつて旋風を巻き起こしたのは世代的に記憶にないが、近年の『天才』は、なかなか面白かったので、同じように実在の人物を扱ったものだし、大いに期待していたところである。

 はじめに、まず事件の概要が語られる。無垢な小学生を次々に刺し殺すなんてやはり尋常ではない。ここで、著者は事件をフィクションを交えて綴る。なぜフィクションを交えたのか、後の章でわざわざフィクションと断るならそのまま事実を書いて欲しかったと思うが、大作家の意図するところは素人にはわからない。

 前半は、宅間守本人の人物像を追っていく。事件に至る前も、レイプを繰り返していたようで(被害者は世間体を恐れてかほとんど泣き寝入りだったようである)、やっぱり普通ではない。公判でも反省の姿勢などカケラさえ見せず、ふてぶてしい態度を貫き通す。弁護士は、刑事専門の人は皆尻込みし、民事専門の弁護士が国選弁護人としてついたという。その方のインタビューも後半に出て来る。

 驚くのは、そんな宅間と獄中結婚した女性がいたということ。なんでも死刑反対論者だそうで、おそらく結婚すれば家族として面会ができるからだろうが、こんな極悪人に対する死刑にも反対するという崇高な理念の持ち主であるらしく、誠に恐れ入る。ある意味、宅間守と同じ思考回路ではないかと思ってしまう。その違いは人の命を虫けらのように思うか、虫けらのような男の命を大事に思うかだけのものでしかない。

 宅間守は、そもそも幼少から一種異常な行動をとっていて、五歳の時には三輪車で国道の真ん中を走り、大渋滞を引き起こしたという。結婚回数は4度にわたり、おそらく結婚した女性は皆宅間の異常性に気づいて離れていったのであろう。暴力沙汰も頻繁で、レイプも何度もやっている。まともに口説けなかったのか、無理やりやるのが趣味だったのんかはわからないが、まさに鬼畜、「凶獣」である。

 公判は、獄中の宅間と頻繁に接していた臨床心理士と弁護士とのインタビューが出て来る。前半は物語形式だが、それでずっと流れるのではなく、後半はトーンが変わって対談形式になる。なんだかテンポが変わってしっくりとこない。大作家先生の考えるところなどわかるはずもない素人だが、その素人にはどうもしっくりこない。とりあえず、これまで知らなかった部分を知ることができて興味深かったということに尽きる。

 事実関係を知ることができるという意味では有意義だと思うが、『天才』のような小説形式だったらもっと面白かったと思う。素人感想では、実に残念な一冊である・・・




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2018年02月13日

【母さん、ごめん。−50代独身男の介護奮闘記−】松浦 晋也



第1章 「事実を認めない」から始まった私の介護敗戦記
第2章 母は「認知症?私はなんともない!」と徹底抗戦
第3章 その名は「通販」。認知介護の予想外の敵
第4章 家事を奪われた母が、私に牙を剥く
第5章 介護のストレスで自分が壊れ始めた
第6章 「兄貴、ぜんぶ自分で抱え込んじゃダメだ!」
第7章 「イヤ、行かない」母即答、施設通所初日の闘い
第8章 家族が「ん?ひょっとして認知症?」と思ったら
第9章 父の死で知った「代替療法に意味なし」
第10章 あなたは、自分の母親の下着を知っているか?
第11章 その姿、パンツを山と抱えたシシュポスのごとし
第12章 どこまで家で介護をするか、決心が固まる
第13章 予測的中も悲し、母との満州餃子作り
第14章 体制が整ったと思うや、病状が進行
第15章 介護のための家の改装、どこまでやるべき?
第16章 病状進行でやたらと怒る母をどうしよう
第17章 介護体制また崩壊、預金残高の減少が止まらない
第18章 果てなき介護に疲れ、ついに母に手を上げた日
第19章 母、我が家を去る
第20章 「予防医学のパラドックス」が教える認知症対策
第21章 介護を支えてくれた鉄馬とシネコンの暗闇
第22章 昭和30年代に母が見た日本の会社

 老齢の両親を持つ自分にとって、「介護」という問題は他人事ではない。それは「いつかやってくる明日」である。今は「来ないでほしい」と思っているだけであるが、そんな希望だけではその時困るだけ。来たるべき時に備えておきたいと常日頃思っているが、そんな時にこういうタイトルの本を目にすれば読まないで過ごすことはできないというもの。かくして手にした一冊。

 著者はもともとライターであるというが、そんな著者がライターらしく、自分が経験した介護の経緯を綴ったのがこの本。著者は、私と同じ50代。しかも独身。弟と妹がいるものの、老いた母親と同居しているという家庭環境。結婚していても妻に両親の介護など頼めるはずもない私としては、まさに「似た境遇」と思えてしまう。

 著者の母親は、もともと活発な方だったということで、英語の能力もあって私塾を営み、国内外への旅行を楽しみ、合唱サークルだ太極拳の練習だ、フランス語やスペイン語や中国語の勉強だと忙しく活動していたという。そんな方でも認知症になってしまうという現実。我が両親とて例外にはなり得ないと自覚する。

 最初の兆候が、それまででは考えられなかったような手抜きご飯を好むようになり、同時に食べこぼしが目立つようになったことだという。やがて味付けもおかしくなり、砂糖と塩を間違え、鍋ややかんの空焚きが目立つようになる。著者はそれを年齢なりの「うっかり」だと思っていたというか、思いたかったと告白する。そして今までなんともなかった墓参り時の緩い傾斜に息を切らすようになり、著者はおかしいと感じたという。

 そこからがまさに「奮闘記」。母親本人は当然おかしいという認識などないわけで、「なんで検査なんて受けなくてはいけないのか」と抵抗する。「事実を受け入れることができず、対策に反抗し、抵抗する」という母親の態度は、その後ずっと著者を苦しめる。「介護に関する苦しみの半分は介護される母本人による拒否と抵抗」という部分は、ずしりと重く響いてくる。

 気がつけば大量の通販商品が届いており、これを1つ1つ解約していったという。これは自分の親のでもありうるので覚えておきたい。介護をしながら仕事もしてといううちに、著者も体調を崩してしまう。「介護とは本質として家族と公的制度が連携しないと完遂できない事業」という言葉は、よく覚えておきたい。

 この本は、著者が文中で「介護敗戦記」と称している通り、母親の介護は何も知らなかった著者にとって反省の記であり、打つ手打つ手が後手後手に回っていった記録でもある。それはそのまま読む人に対する警告でもあり、素直にこういう経緯を記してくれるのはありがたいと思う。「悩む前にまず地域包括支援センター」へ行くべしというアドバイスは肝に命じておきたい。

 地域包括支援センターには公的介護に関する様々な情報が集まっているという。ケアマネージャーやヘルパーさんとの付き合い、介護ベッドなどの設備。サプリメントなど、「認知症に効く」からといただくものがいかに迷惑か、そしてそれがいかに効果がないか。著者の1つ1つの体験は、実にいい勉強になる。そしてやっぱり介護は家族だけでは無理だということが実感できる。

 親には長生きしてほしいと思うが、著者の母親のような状態になってしまったらとてもそうは思えなくなるかもしれない。そういう悲しい現実も、ある介護家庭の事実を知ることで実感として伝わってくる。来ては欲しくない未来に、心積もりだけでもする意味で、こういう本を読んでおく意義は高い。両親が健在な人であれば、健在なうちに読んでおきたい一冊である・・・



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2018年02月06日

【誰がアパレルを殺すのか】杉原 淳一/染原 睦美



第1章 崩れ去る内輪の論理
第2章 捨て去れぬ栄光、迫る崩壊
第3章 消費者はもう騙されない
第4章 僕らは未来を諦めてはいない

 いつも読んでいるちきりんの日記で紹介されていたのを読んで興味を持った一冊。ファッションには疎い自分には縁遠い世界なのであるが、「他の業界の人でも参考になる」と言われれば、読んでみねばならないと思うもの。

 アパレル不振はもう長く言われているが、この本は「例年売上高が1割ずつ減少し、純利益も急降下、売り場やブランド、働く人々が次々と姿を消している」業界を衰退に追いやった「真犯人を突き止めた」と語るが、結論としては何となくズレている気がする。第1章では、暴れる業界の現状を数字で説明してくれる。1991年と2013年を比較。国内市場規模は15.3兆円から10.5兆円へと大きく減っている。およそ1/3が消失しているというのはかなりな事態であろう。

 一方で供給量は20億点から39億点へと倍増に近い伸びを示している。単純に考えれば、単価が安くなっていると考えるのだが、ここでいう「供給量」とは「売りに出される商品≠売れた商品」だということである。つまり、「メーカーは中国で大量に生産し、スケールメリットで単価を下げ、大量の商品を供給することで何とか商売を成り立たせている」と分析する。「売れ残りを前提としたビジネス」であるという。

 業界の不振はバブル崩壊に端を発し、場当たり的な対策は商品の技術力や企画力の低下を招く。商社やOEMメーカーに「何でもいいから売れ筋商品を持ってきてくれ」と頼み続けるうちに自ら売れ筋を生み出す力を失っていったとする。もはや日本のアパレルは97%が海外製で、OEM生産は商品の同質化をもたらし、作るのではなく売れ筋を追うだけになっていると言う。何も考えずに作れば売れた時代は良かったが、バブル崩壊で消費者の財布の中身が薄くなってしまい、そんなにアパレルにお金を落とせなくなった消費者の状況に対応できていないのであろう。

 そんな既存の企業に対し、オンラインSPAと呼ばれる新興企業が登場している。出店を抑え、広告宣伝をやめて浮いた資金は商品の素材やデザイン、顧客サポートに投下、小ロット・在庫なし・マーケティングはSNSでというものらしい。店頭では8月には秋冬物が並ぶのが今の業界慣習。だが、それは「アパレルの都合」という指摘はもっとも。我々も当たり前に思わされていたが、新興企業はそういう当たり前を崩して成功している。

・セールは価格設定が誤っていることの証左
・安さではなく、価格の妥当性が重要
確かに、言われてみればもっともである。そして実際、ゾゾタウンなどはアパレル不振とは無縁に業績拡大を続けているという。ゾゾタウンは販売した自社製品の買取サービスまで始めているという。こうした取り組みを機敏に取れるか否かが、業績に現れているのは間違いない。

 さらには、エアークローゼットのように服のレンタルを始めているところもあるという。メチャカリという企業は、1ヶ月5,800円で自社グループの服を何度でも借りられるのだという。オーダーメイドのヌッテや国内生産で需要に合った商品を投入して売れ残りを防ぎ、定価で売り切ることを前提に商品を作り、余計な在庫と処分リスクを抑えて原価率50%を達成しているトウキョウベースなどが紹介される。

 昔からのやり方から脱却できずに苦しむ伝統企業と、ネットを利用し、創意工夫で消費者に合わせて商売をしていく新興企業が対照的に説明される。アパレルが不振というより、業界の変化に対応できているかいないかの違いだけの気がする。なるほど、そう考えると確かにどこの業界にも当てはまりそうである。果たして、自分の所属する業界はどうだろうか。しばし考えるヒントにはなりそうな一冊である・・・




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2017年11月26日

【ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室】キャスリーン・フリン



原題: The Kitchen Counter Cooking School
PROLOGUE スーパーのカートには人生が詰まっている
PART 1 泣き笑い、料理する、その心にはいつもパリ
PART 2 加工食品はもういらない、なんだってイチからカンタン
PART 3 ほんの少し買い、たくさん作り、捨てない幸せ

著者は、ライターであり、ジャーナリストであり、料理講師であり、国際料理専門家協会の理事でもある方だという。そんな著者が、料理素人の主婦に料理を教え、その人生を変えたというお話。なんとなく面白そうに感じて手に取り、なんとなく読み終えてしまった感のある本である。

きっかけはあるスーパーでのこと。買い物途中のある女性のカートの中を見て著者は衝撃を受ける。カートは半分以上埋まっていたが、「ちゃんとした食品は何ひとつ入っていない」と。興味を持った著者は、30代後半のその女性に話しかける。そしてそれから1時間ほど2人は話し込み、著者はカートに入った箱詰めの商品とそれが「真似している本物の食品」とを入れ替えて行ったのだという。この経験から、著者は料理を苦手とする女性を集めて料理を教えることを思いつく。

著者は、もともと37才でル・コンドン・ブルー(よくは知らないが、おそらくパリの有名な料理学校だと思われる)を卒業したという。そんな素養がある中で、フランスが長時間保存可能なアメリカ式の食品を受け入れたことから、フランス人が太り続けたことや、アメリカでも自炊すればするほど体重は減ることなどから、アイデアが湧いていく。そしてどうやったらもっと料理をしたいという気持ちにさせられるかについて考えを巡らせる。

そして地元のラジオ番組に出演した著者は、そこで自らの考えを述べ、希望者を募る。そこで応募者の中から10人を選び、著者の試みはスタートする。著者のちょっと変わったところは、料理のスタートは応募者各人のキッチンを訪問して見て回るところから始めたところ。各人それぞれの家庭事情とキッチンとが描写される。そうして始まった料理教室の様子が述べられていく。

どの女性も家庭で主婦の立場に立つが、当然ながら皆料理ができない。そんな状態で台所を預かるというのも恐ろしい気もするが、スーパーに行けば調理とは言えないような調理で手軽に食べられる食品が溢れており、それでなんとかなってしまうわけである。料理教室では、そもそもの食材の味をテイスティングし、本当の味を教えたりする。

アメリカに行けば真っ先に気がつくが、実にデブが多い。最初は「飽食」が原因かと思っていたが、「本物をまねた箱詰め食品」もその一因だと言われている。参加者の状況を見て、自分の母親や妻でなくてよかったと心から安堵するが、参加者も慣れない手つきで包丁の扱いを学んだりと授業が続いていく。

箱詰めでなくても安心はできない。巨大なバラックに閉じ込められ、大量のエサと少しの運動で太らされた鶏の肉に、さらに水や食塩水を注入し、重さを水増しして売る実態などが紹介される。また、買って帰った食材の1/3が捨てられているという話も紹介される。事実、メンバーの家の冷蔵庫には4年前に買った食肉が入っていたりする。単なる料理教室の話にとどまらず、現代社会の食にまつわる問題が溢れ出てくる。

やっぱり料理することは大事なのだと改めて思う。実はいつか自分も将来に備えて料理ぐらいはできるようになっておきたいと思っているのだが、その思いが強くなった。料理する楽しさが行間から伝わってきて、多分実際に作ったら楽しいかもしれないと思えてくる。なんとなくやめられずに最後まで読破してしまったのもそんなところに理由がある。

「人生を変えた」というのも、決して大袈裟な表現ではない。自分もやっぱり料理をしてみたいと思わされた一冊である・・・

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2017年10月03日

【東芝解体 電機メーカーが消える日】大西康之



序 章 日本の電機が負け続ける「本当の理由」 
1. 東芝 「電力ファミリーの正妻」は解体へ
2. NEC 「電力ファミリーの長兄」も墜落寸前
3. シャープ 台湾・ホンハイ傘下で再浮上
4. ソニー 平井改革の正念場
5. パナソニック 立ちすくむ巨人
6. 日立製作所 エリートの武士集団の死角
7. 三菱電機 実は構造改革の優等生?
8. コンピューターの雄も今は昔

原発の次は米ウエスチングハウスの問題が噴出し、東芝が揺れ動いて久しいが、そんな時期にタイムリーなタイトルを見て手にした一冊。「東芝解体」とあるが、東芝を含めた電機メーカー各社に付いて現状を開設した一冊である。電機メーカー各社も安泰ではなく、そんな凋落にある日本の電機メーカーの現状に触れていて、実に興味深い。

作者は日経新聞出身の作家で、実はこれまでも『会社が消えた日 三洋電機10万人のそれから』『ファースト・ペンギン 楽天三木谷浩史の挑戦』『ロケットササキ』といずれもビジネス系の実録を出版していて、いずれも興味深く拝読させていただいている。この本も読む前から興味をそそられた。

東芝は、事業立て直しのために、すでにメディカル事業はキャノンに売却し、白物家電は中国の美的集団、そして半導体事業は売却の相手先をめぐって新聞紙上を賑わしており、米WHが倒産した現在満身創痍の状況にある。日曜日のサザエさんのCMなどでおなじみだった白物家電も、いつの間にか売却。白物家電も携帯と同様、「ガラパゴス化」してアジアの新興企業に抜かれてしまったらしい。

半導体や家電、携帯電話で日本の各社が負けたのは、それが「本業」でなかったからだと著者は言う。日本の電機産業を支えてきたのは、「電力ファミリー」と「電電ファミリー」であり、この2つのピラミッドの瓦解が電機全滅の原因だとする。電力ファミリーとは東京電力をはじめとする電力会社であり、電電ファミリーとはNTTを筆頭とする通信会社で、これらの安定した設備投資が電機各社を支えてきたのだと言う。

東芝の3社長による粉飾への道はすでにあちこちで見聞きしているが、西田社長が経団連会長の椅子に意欲を見せて人事抗争に発展したとか、WHの買収価格6,000億円が身の丈を超えた買収であったとか、著者は遠慮がない。ただ、東芝には軍事産業としての顔があり、原発とミサイルを造っていることから国内では「核ミサイルを作れる会社」なのだと言う。確かに知り合いに聞くと、軍需産業部門は安定しているのだとか。ただし、原発の廃炉は国策であり、これがある限りは国もこの会社を潰せず、最悪は水俣病のチッソのようになるのかもしれないとする。

NECは「電電ファミリーの長兄」とされているが、ノキアやフィリップスが大胆に事業構造を変革したのに比べて動きが遅く、M&Aなど実施しているがその規模はあまりにも小さいとする。既にパソコン、半導体、ビッグローブ、携帯事業となりふり構わず売却し、「売れるものは売り尽くした」状態だとする。NECもパソコン事業を売ってしまったのかと今更ながら思う。

シャープは液晶技術で世界のテレビ市場を席巻し、世界の亀山モデルで話題になったのもまだ記憶に新しい。しかし、世界最大のパネル工場を作り上げた時、既に世界はスマホの時代に突入しており、さらに国策会社ジャパンディスプレイにトドメを刺されて、台湾ホンハイの傘下になったのも最近である。

その他、ソニー、パナソニック、日立製作所、三菱電機、富士通と採り上げられるが、三菱電機以外は皆苦境に陥っている。そんな現状をこうしてまとめあげてくれているのはわかりやすくてありがたい。それにしても、日本を代表する世界に冠たる電機メーカーが大変なことになっているものである。そしてそこから抜け出せずにいるのも、日本的経営の特徴なのかもしれない。

例えば、ノキアやフィリップスは早々に大胆な構造改革で既に成長軌道に戻っているし、グーグルやIBMはAI関連に年間数千億円の研究開発費を投じていると言う。これに対し、日本勢は富士通にしろ日立にしろ「3年間で1,000億円」と言う規模だと言う。優秀なインドの学生をグーグルやIBMは年俸2,000万円でスカウトするのに日本勢は500万円。追い掛ける方がこれでは勝負にならないと著者は指摘する。

著者によれば、この本はかつての名著『失敗の本質―日本軍の組織論的研究』モチーフなのだと言う。確かに、日本軍の敗北したパターンと相通じるものがあるように感じる。我が国は大丈夫なのかと、他人事ではない気がする。ただ、著者には電機各社に対して復活を期待するところが根底にはあるようであり、私も別業界ではあるものの、大いに頑張って欲しいと思う。

普段なんとなく目にしていたはずのことでも、こうして整理されると理解しやすく、また問題点もわかりやすい。ビジネスマンであれば、一読して問題認識を持つのもいいだろうと思う。他人事ではなく、自分も自分の業界で二の轍を踏まないようにしたいと思う一冊である・・・



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2017年07月05日

【1984年のUWF】柳澤健



序 章 北海道の少年
第1章 リアルワン
第2章 佐山聡
第3章 タイガーマスク
第4章 ユニバーサル
第5章 無限大記念日
第6章 シューティング
第7章 訣別
第8章 新・格闘王
第9章 新生UWF
第10章 分裂
終 章 バーリ・トゥード

タイトルを見た瞬間、読むことを決めてしまった一冊。かつてプロレスにのめり込んだ身としては、当然の反応だったと思う。何事も当事者にしか知ることのできない世界を知ることは興味深いもの。それがもともと興味を持っていたプロレスの世界であればなおさらであるというものである。

UWFの源流はやはりカール・ゴッチ。実力的には優れていたものの、ショービジネスであったプロレスには溶け込めず、不遇の身に甘んじる。嘘が嫌いなカール・ゴッチは、「(八百長をやる)プロレスラーなんでしょう?」と問われ、「アイム・リアルワン」と答える。プロレスラーとは答えられず、しかし己の実力に誇りを持っていたのである。

一方、日本のリングで革命を起こしたのは、タイガーマスクとして一世を風靡した佐山聡。プロレスこそ最強の格闘技と信じて新日本プロレスに入門するも、試合はあらかじめ決着の決められたものだと知ってショックを受ける。レスラーを志す者は、皆そのパターンで真実を知ってショックを受けるそうである。

著者曰く、「身体能力の化け物」である佐山聡は、メキシコ、イギリスと遠征してたちまち人気を博す。そこに白羽の矢が立てられ、タイガーマスクとして帰国。日本で大ブームを巻き起こす。この頃、毎週金曜日が待ち遠しくてたまらなかったものである。しかし、すでにアントニオ猪木には、打撃と関節技を組み合わせた新しい格闘技を作りたいと打ち明けていたという。そして衝撃の1983年8月。タイガーマスクが突然引退を表明する。あの時のショックは今だに忘れられない。そしてそこに至る経緯。いろいろなメディアでだいぶ真相は明らかにされているが、改めて詳しい経緯が述べられる。

それから新間寿氏が暗躍してUWFが旗揚げする。当時の事情もまた新鮮。新間氏は早々に失敗と見切りをつけようとしたが、前田日明やフロントが反発。そのまま継続することになる。そして藤原と高田が参加。このあたりの経緯はお馴染みだ。しかし、UWFはまだプロレスの範疇。何とかリアルファイトに近づけるべく、佐山は前田、高田、藤原らとともに無限大記念日大会の前日リハーサルを行うも、関節技中心のグラウンドはとてもファンの支持を得られそうもないとわかる。まだ、UWFはプロレスを離れられない。

その後の展開、新日へのUターン、第二次UWF、三分裂という経緯は記憶にしっかりと残っている。その時何が行われていたのか、改めて知る事実は興味深い。特にリングスの試合については、前田はフィクストマッチ(決着が決められている試合)を行い、それ以外ではリアルファイトが増えていったという。これは個人的に知りたかった事実なので、満足である。そしてリアルファイトは、パンクラスにてついに実現する。

著者の最後の言葉が印象的である。
「1984年に誕生したUWFはプロレスと総合格闘技の架け橋となり、役目を終えて消滅した」
カール・ゴッチの目指したものを日本で佐山聡が受け継ぎ火を灯す。今更ながら、佐山聡は大きな役割を果たしたのだとわかる。
読み終えて大いなる満足感を得る。かつてプロレスとUWFとに夢中になった人なら、読んでみてもいい一冊である・・・



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2017年05月09日

【西武信用金庫はお客さまを絶対的に支援する】碓氷悟史



第1章 西武信用金庫のお客様のすごさ
第2章 プロ経営者としての落合寛司誕生の原点
第3章 「年齢による定年制度の廃止」がもつ意味を考える
第4章 人事考課の快
第5章 西武信用金庫お客様支援センター(総合コンサルバンク)への道
第6章 落合寛司の経営哲学

 不動産業界に身を置いていると、そして特に「資金調達」という課題を抱えていると、西武信金の名前は少なからず耳にするはずである。最近、不動産融資を伸ばしていると評判だからである。そんな評判にプラスして、「定年制度を廃止した」「100人の求人に20,000人が殺到」など聞くと、嫌が上にも興味を持つというもの。そんな時に目にしたのがこの本である。

 著者は公認会計士、亜細亜大学教授という肩書きのあるコンサルタントで、西武信金の落合理事長とは亜細亜大学繋がりから執筆に至ったのだと思う。この手の本は、ともすれば「太鼓持ち」的になりがちであるが、そこのところは割り引いて読みたいものである。

 最初に西武信金の営業成績が掲載されているが、確かに現理事長になってからの成長は著しい。落合理事長就任前後の各指数は以下の通り。
1. 当期純利益5年合計:(就任前) 207億円 ⇨ (就任後) 274億円
2. 貸倒関係損失5年合計:(就任前) 7,269億円 ⇨ (就任後) 738億円
3. 貸出金:(就任前) 443億円 ⇨ (就任後) 2,104億円
4. 預金残増加額:(就任前) 778億円 ⇨ (就任後) 2,143億円
数字は嘘をつかないので、これは素晴らしいと思う。

 注目の定年制度廃止だが、これは正確に言えば廃止ではなく下記の選択制。
1. 定年のない現役コース
2. 嘱託で再雇用される嘱託コース
3. 60歳退職コース
 
 それぞれの事情に応じて選べるようなことが書いてあるが、よく読めば肝心の現役コースは条件がついている。それは「西武信金から選抜され、本人が同意すれば」というもので、「主として支店長などを対象」となっている。つまり、「できる人だけ」のようである。当たり前と言えば当たり前だが、全員が3コースの中から好きに選べるような書き方をしているのが気になる。

 そして、働くことや定年に対する考え方など、著者が絶賛する中村天風の引用がやたら多いのが気になる。西武信金に関係のない記述がダラダラと多い。薄い本なのにそれでページを稼いでいるので、西武信金についての記述は意外に薄い。年間一人当たり人件費が平均912万円から836万円に下がったと褒め称えるが、よくよく考えれば給料を下げたという意味であり、立場によっては不満を招くところである。

 ただ、人件費にしても20代で1,000万円とか、32歳で1,300万円という解説もあり、実力主義が徹底されているのかもしれない。下がったとは言え、836万円は高いと思うので、他と比べれば待遇は良いのかもしれない。本当はこういうところをもっと深く切り込んで欲しかったが、著者には無理だったのかもしれない。上っ面の記述に終始している。

 とは言え、西武信金に対する興味が薄れるというものではない。一読して疑問に思うところが多いも、それは著者の力量に問題があるのであって、西武信金自体に問題があるというわけではない。もう少しよく知りたいと思うところである。落合理事長の講演は一度聞いたことがあるが、今度はご本人の著述をそのうち読んでみたいと思うのである・・・



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2017年05月08日

【住友銀行秘史】國重惇史



プロローグ 前史
第1章 問題のスタート
第2章 なすすべもなく
第3章 行内の暗闘
第4章 共犯あるいは運命共同体
第5章 焦燥
第6章 攻勢
第7章 惨憺
第8章 兆し
第9章 9合目
第10章 停滞
第11章 磯田退任
第12章 追求か救済か
第13章 苛立ち
第14章 Zデー
第15章 解任!
第16章 虚脱
第17章 幕切れ
エピローグ あれから四半世紀が過ぎて

 「イトマン事件」と聞けば、その昔のバブル時代を象徴するかのような事件としての印象が残っている。当時駆け出しの銀行員であった私だが、実はあまり詳しいことは知らないできた。それを元住友銀行取締役の著者が当時を振り返って記したのがこの本。著者のことは、楽天の副会長になったニュースを記憶していたので、事件の当事者だったのかと改めて意外に思った次第である。

 まず初めに語られるのが、著者の簡単な略歴。なんとMOF担だったという。MOF担というのは今はほとんど死語であるが、銀行の「大蔵省担当者」のこと。当時の銀行にとって、主官庁の大蔵省は重要な存在。そこから様々な情報を取るべく、専門の担当者を置いていたのである。当時この仕事につくことは、「エリート街道に乗った」とも言われたものである。そして著者もその通りのエリート街道を歩んだようである。

 特に最初の支店長時代のエピソードは興味深い。なかなかのアイデアマンだったようである。その中で、当時の優秀な営業マンの仕事振りが紹介されているが、家に帰って奥さんに仕事を手伝ってもらっていたりして、その猛烈振りがすごい。でもよく考えてみると、当時はこんなことがあちこちで語られていたものである。著者のエピソードからしても、仕事のできる人だったことは間違いない。

 そして唐突に事件は始まる。この本は、当時著者が克明につけていたメモを元にしているという。そのせいか要所要所にメモ形式の記述が入る。時に1990年3月。商社であったイトマンの社長は住銀から行った河村氏。この人が伊藤寿永光なる人物を重用し、不動産投資にのめり込んで行く。そして許永中なる人物も絡み、美術品など住銀から出たお金がイトマンを通じて闇社会に消えて行く。このあたり著者の記述だけではどうも良くわからない。

 著者の主観で書かれているのはいいのだが、逆に客観性がないというか、事件の全体像がどうも分かりにくい。住銀の役員も多数出てくるが、人物関係がどうもしっくりしないまま読み進むことになり(いちいち確認するのも億劫)、ストレスが生じる。当時の住銀会長は、天皇と呼ばれた磯田一郎氏。私も名前くらいは聞いたことがある。そうした役員達と身近にいた著者による記述は、一般人にはうかがい知ることのないトップの様子であって、それはそれで興味深い。

 著者は、イトマンの深刻さを早くから掴み、愛行精神から行動する。されど保身や思惑にまみれた役員達の動きにイライラさせられる。日経新聞の記者に情報を流し、「従業員一同」の名前で大蔵省の銀行局長宛に内部告発文書を出す。これはこの本で著者が初めて暴露する事実だったようである。

 当時、住友銀行には大勢の行員が働いていただろう。その大半がこんな事実を知らないでいたわけで、トップに近いごく一部の人たちの世界のやり取りが実に興味深い。「メガバンクは守りの組織、徹底した減点主義で一回でもバツがついたらもうおしまい」と著者は語るが、自分は早々にバツがついた1人として、なるほどと思う。事件と合わせてそんな銀行の裏事情も興味深い。

 事件の全体像がイマイチ分かりにくいという難点はあるものの、銀行トップのリアルなやり取りは面白く、元銀行員として興味深く読めた。元銀行員でなくても面白いのではないかと思う。改めてバブルの時代は、異常な時代だったと思わされる一冊である・・・


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2017年01月18日

【世界を変える100の技術−日経テクノロジー展望2017−】日経BP社編



1章 すべてが変わる
2章 交通が変わる
3章 住まいが変わる
4章 医療が変わる
5章 産業が変わる
6章 危険から守る
7章 もっと早く、もっと便利に
8章 今なお残る課題を見極める

技術の進歩は日進月歩であるが、2017年は技術立国日本の底力を改めて発揮する転機の年になるという。そんな考えを持つ日経BP社の技術専門誌の記者一同が分野を問わず最先端の技術を集めて紹介したのが本書である。中にはもう見聞きしているのもあり、また初めて知るというものもある。興味深く読んだ一冊。

まず初めに登場するのが、「チャットボット」。チャットするロボットということであるが、ネットで花を買おうとしている人が、サイト上であれこれとチャットでやり取りし、注文に至る経緯が紹介されている。このチャットの相手をするロボットのことである。こういう「人に寄り添う」テクノロジーは、これからどんどん広がっていくのかもしれない。腹立たしいお客様コールセンターの対応(「○○の方は△番を押してください」というアレだ)ももっとスムーズになっていくのかもしれない。

面白かったのは、電気味覚フォーク。舌先に電気を流し、例えば塩味を感じさせるという。これによって塩分を控えないといけない高血圧患者の食事療法に生かせるという。音声認識はテレビに内蔵し、高齢者が口頭で簡単に番組予約をできるようにするという。一人で録画ができない実家の母には便利そうだ。腸内の健康状態を匂いで検知するにおいセンサー、体内に埋め込むインプラント機器、半身麻痺でも漕げ、階段も登れる車椅子等々生活も便利になっていく。

VR(仮想現実)は一般化してきているが、ポケモンGOのようなAR(拡張現実)もますます拡大し、やがてMR(複合現実)により目の前に実写映像のように映し出せるものが実現する。SF映画がますます現実化してくるわけである。自動運転の開発については、あちこちで目にし耳にしているが、その性能の良し悪しは、ソフト次第なのだという。Googleが手を出すわけである。さらにEV車の走行中給電技術により、もはや充電作業そのものが不要になるようである。

そしてやはり気になるのが医療技術。自己の免疫力で癌を叩いたり、臓器の3Dプリンティングや、次世代手術支援ロボット、高齢者見守りシステムなどは、ますますの高齢化社会を招き、その良きサポートになりそうである。昨今、IoTという言葉が一般化してきている。しかし今後は新しい製品やサービスを始めようとすると、何らかの形でIoTになるのだという。問われているのはIoTを使って新しい何かを打ち出す構想力だという。

こうなると、何ができるかというよりむしろ「人間がやることは何か」が問われていくという。それもまた面白い変化だと思う。そういう世界にきっちりついていかないといけない。周りの年配の人は、スマホを敬遠し、パソコンすら決まった利用範囲でしか使わなかったりする。「若い人にはついていけない」と口癖のように言うのを聞き、自分はそうならないようにせねばならないと思う。何事も意欲と好奇心なのかもしれない。

来るべき時代に備えて、一読しておいた方がいいかもしれない一冊である・・・




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2016年12月04日

【レクサス星ヶ丘の奇跡】志賀内泰弘



第1章 「お辞儀」ひとつでファンになる、「挨拶」ひとつで人生が変わる!
第2章 キング・オブ・レクサスと呼ばれるまでの苦難の道
第3章 「わかりません」「できません」とは言わない
第4章 すべての人に「ハグ」する気持ちで仕事をする
第5章 イノベーションは小さな気遣いから生まれる
第6章 サービスとは、先に「心」ありき
第7章 サプライズよりもプラスワン

 タイトルからもわかるように、この本はレクサスの店舗のひとつである星が丘店のサービスについて取り上げた本。レクサスの看板を掲げていても、実はそこはキリックスグループという独立法人の店舗であるようで、つまりはフランチャイズということである。同じレクサスでも実態は別会社ということで、だからサービスもそれぞれ異なるのであろう。そういえば、以前ホンダクリオ新神奈川のことを取り上げた『サービスの底力!』という本を読んだが、そのレクサス版と言える。

 最初に出てくるのは、店舗の入り口に立つ警備員。なんと1,000人のお客さんの名前を覚えているという。9時半が出社時間だというが、早く来るお客さんのために毎日9時に出社。お客様の案内は当然として、そのサービスは店舗前を通るすべてのレクサスにお辞儀するところにも表れているという。それがお客様に支持され、お礼状をもらったり、時にクレームの解決にも役立ったりしているという。

 そうしたサービスは、近隣にある三越に買い物に来るお客さんに無料で駐車場を提供したり、洗車したりというところにも及ぶ。営業マンが訪問するのは大変だが、それをやることによってお客さんから来てくれるのでありがたいという。そうしたサービスは、アシスタントと呼ばれるバックヤードのスタッフにも徹底されていて、電話番号を覚えてしまったり、プライベートで遭遇した事故現場でとっさの機転を利かせたりというところにも表れている。

 誰か一人優れている人がいるというより、全体にそうした精神が溢れているようである。そんなサービスを支えるのに必要なのは、マニュアルよりも心が先だとする。当然マニュアルもあるようであるが、マニュアルは形であるから、形ばかりできていてもそれで喜ばれるとは限らない。アソシエイト担当部長の言葉がとても参考になる。
 1. サービスとは相手を「思いやる心」
 2. 「思いやりの心」は、自分が幸せでなければ相手のことまで気が及ばない
 3. 健康でないと幸せとは言えない
お客様第一のためにも、自分の健康ありきというところは納得である。

 組織になると、どうしても出て来るのが「セクショナリズム」。その危険に気づき、セクションの壁を取り払うことを意識する。
お客様から頼まれない(=頼まれる前に気づいて実行する)。
サプライズよりプラスワン。
365日サービス体制。
こうしたことの結果、県外からもわざわざ星が丘店に買いに来ると言う。この店で買いたいと思わせたら勝ちである。

 こうしたスタッフ一人一人のサービスは、やれと指示してできるものではない。みんなが自ら率先してやろうとしなければやれるものではない。詳しくは触れられていないが、たぶんトップがそうなるような環境を作っているのだと思う。社主として紹介される山口春三氏の幼少時代のエピソードからその人となりがうかがえる。戦時中、男手がなくて耕せないでいた近隣の畑を頼まれもしないのに耕したのだとか。その時喜ばれた原体験が今も生きているのであろう。

 「見返りを期待せずに尽くせば必ず返って来る」
レクサス星が丘のサービスを読んでいて感じるのは、根底にあるその考え方だと思う。
 サービス業に携わるならば、是非とも心掛けたいことである・・・


  
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