2018年05月01日

【問題児 三木谷浩史の育ち方】山川健一 読書日記915



プロローグ 太陽の子
第1章 三木谷浩史を教育した父と母の教え
第2章 三木谷浩史が選び取ってきた道
第3章 実業家が世の中を変えていく
第4章 ヒーローだった父との永訣
第5章 三木谷浩史が描く教育とは
特別付録 家族の会話「日本よ再び海洋国家になれ!」

三木谷浩史と言えば、間違いなく日本を代表する若手経営者だろう。自身、創業者でもあるから旧態依然とした大企業の経営者とは一線を画している。したがって、本の題材としてもピッタリなのだと思う。以前『ファースト・ペンギン 楽天三木谷浩史の挑戦』という本を読んだが、この本はまたそれとは趣向を変え、三木谷氏個人の内面に迫ったところが大きい。そんなところが興味深い一冊である。

まずは、子供時代から。「太陽の子」とあるように、自由に育っていたようで、学校の成績はひどいものである。ただ、冒頭で出てくる父親から切腹を迫られるエピソードがすごい。先祖を辿れば本多忠勝に行き当たるのだそうだが、そもそも太刀と短刀があるところが違う。そしてそんな父親は神戸大学の名誉教授で経済学者の三木谷良一氏であったらしいが、ご本人の性格形成には親の影響も強くあるようである。

さらに一家でアメリカに住んだ際、小学生ながら三木谷氏は「ボーイズルーム(トイレ)」という単語だけ教えられ1人で学校に行かされたそうである。両親はたまたま都合が悪かったらしいが、日本人学校ではなく地元の学校に転校初日にその有様はすごいと思う。そしてその日にアメリカ人の友達を連れて帰ってきたという。人懐っこい性格なんだそうであるが、自分にはない資質だと思う。

横道にそれることを心配した父がテニスをやらせるが、これに三木谷氏はのめり込む。高校に入りテニス部に入るが、球拾いに疑問を持つ。「球拾いをしてテニスが上手くなるのか」と父に問い、「うまくならんやろ」と言われるとさっさとテニス部をやめ、地元のテニスクラブに入り直す。こういう合理的な行動は、この頃から徹底していたということだろう。

高校2年から心機一転、猛勉強して一浪の末一橋大学に入る。この頃のエピソードも面白いが、興銀に入り、外国為替部に配属され同期一番でアメリカ留学に選抜されるのもすごい(らしい)。もともと「あれをやれ」と言われれば言われた3倍以上のことをするのが当たり前という優秀なメンバーの中で、地味な事務部門で選抜されるのもすごいことだという。仕事の構造改革が途轍もなく評価された結果らしいが、根底に流れるものは一貫している気がする。

楽天が成功した現在、その活躍は経済界全体に影響を及ぼす。原発を擁護する経団連を嫌って脱退し、新たに新経済連盟(新経連)を立ち上げる。自民党から依頼されて提出した日本の持続的成長プランは、他の経済団体のそれとは異質だったという。GDPを150兆円上げるというその内容は、観光立国で30兆円、シリコンバレー化で100兆円、スマートネイションで20兆円というもので、採用されれば面白そうだと思うものである。

話題となった英語の社内公用語化も「世界中から最高の頭脳を持った人材を集める」という観点からは避けられないものだったというが、その結果を見れば納得する。外から英語の社内公用語化の是非を議論しても、その真意がわからないと意味がないと改めて思う。憲法改正に反対する理由も自分と同じだと知って興味深いし、日本の教育問題についての考え方も興味深い。感じるのは、考え方が表面的でないということ。

それについて、三木谷氏はある時自分を「ファンダメンタル・シンカー」だと言われて納得したと言う。それは「通念や俗念と言うものから離脱して物事を考えられる人」と言うことらしいが、これも大事だと思う。この本では、至る所で「大事なのは何が本質的なことか考えること」と語られるが、自分もこれには激しく同意する。ご本人は、短所は「普通の人のようにはできない」ことと語るが、だからこそ時代の先頭に立てるのだろう。

こう言う自伝は、「他人だから書ける」と言う部分もある。第三者の立場から、家族や友人らの視線も絡めての三木谷浩史像はなかなか興味深い。考え方や視点など興味深く読み進められた一冊である・・・




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2018年04月30日

【江副浩正】馬場 マコト/土屋 洋 読書日記914



序 章 稀代の起業家
第1章 東京駅東北新幹線ホーム
第2章 浩正少年
第3章 東京大学新聞
第4章 「企業への招待」
第5章 素手でのし上がった男
第6章 わが師ドラッカー
第7章 西新橋ビル
第8章 リクルートスカラシップ
第9章 安比高原
第10章 「住宅情報」
第11章 店頭登録
第12章 江副二号
第13章 疑惑報道
第14章 東京特捜部
第15章 盟友・亀倉雄策
第16章 リクルートイズム
第17章 裁判闘争
第18章 スペースデザイン
第19章 ラ・ヴォーチェ
第20章 終戦
第21章 遺産

 もともと経営者の自伝は好きなのであるが、それはその人物に興味があればなおさらであるのは言うまでもない。だからこそ、『スティーブ・ジョブズ』に飛びついたのであり、日本人であればこの人についても同様なのである。リクルートの創業者である江副浩正のことは知らないことはないが、かと言ってどこまで知っているかというと、それは大変心もとない。そんな自分にとって、この本は見た瞬間に読みたいと思った本である。

 神戸に生まれ、東大に進む。東大受験は英語ではなく、当時珍しかったドイツ語。高校では受かるわけがないと思われていたらしいが、ドイツ語の選択が良かったらしい。もともと家は裕福ではなく、高校時代は豊かな家庭の子女が通う私立に進学し肩身の狭い思いをする。そんな身分だから大学に入ってもバイトは不可欠。そんな江副の目に東京大学学生新聞会のアルバイト募集が止まったのは、桁外れの高給募集だったから。そしてこれが後々に大きく物を言うのだから、人生わからないものである。

 仕事内容は営業。広告を取ってくるのがその仕事。ここで「新聞は下から読め」と言われ、それを実践。そして記事と広告の一体化を思いつき、合格者名簿の記事と一体化させる広告として予備校へ営業に行く。これが受けてそれまで苦戦していた広告が面白いように取れる。それを皮切りに、同じような一体化広告を次々に仕掛け、東大新聞は部数を伸ばし、歩合給の江副の給料も増えて行く。

 しかしそれが高じ過ぎて就職せずにそのまま大学新聞の仕事を続けようと決意する。そうして1人起業する。東大卒でなんたる冒険だろうと思う。こんな真似のできる人はそう多くはない。そして掘建小屋(のような事務所)を借りて、人を雇い孤軍奮闘が始まる。面白いもので、1つがうまく行くとそれが次の仕事を生む。友人からの情報もあり、やがて「広告だけの本」と言う概念にたどり着く。聞いた友人は無茶だと言うが、江副は理屈に基づいた勝算をもとに邁進する。

 やがて最初の商品である「企業への招待」が出来上がる。そこから「日本株式会社の人事部」と言う概念を立て、さらにそこから派生してついに「情報産業」と言うコンセプトにたどり着く。まさに道なき道を切り拓くがごときで、読み物としても面白い。資金調達では苦労したりもしたようであるが、いろいろな人の力を得て、企業情報から住宅情報、進学、転職と幅を広げて行く。今日のリクルートができて行く過程は実に興味深い。

 そして父親の影響による株式投資の話や、何と言っても関心の高い「リクルート事件」についても語られる。実はリクルート事件については、「悪質な贈収賄事件」と言うイメージであったが、この本によれば実は上場に当たって株主を200人にしなければならないと言うルールがあり、そのために江副はお世話になった人に株を渡して株主になってもらったのだと言う。ただ、そこに政治家が含まれていたことから、要らぬ疑いを招いてしまったらしい。だとすると、これで江副はリクルートを離れざるを得なくなったわけであり、大きな損失だったと言えるのかもしれない。

 著者は2人ともリクルート出身で、江副の薫陶を受けたのだとか。この本は恩返しの意味もあるらしい。著者は江副の功績として2つ挙げている。
1. 情報誌を創り出したこと
2. 成長する企業の思想と仕組みを創ったこと
いずれも大きな功績だと思うが、個人的には「2」の功績の方が特筆すべきものだと思う。公務員思考、安定思考とはかけ離れたこの思想は、今の日本に非常に求められているものだと思う。

 江副浩正という人物について、遅まきながら知ることなったが、それは実に有意義である。自分自身も意識したいと思わされる部分が多々ある。世に数多く飛び出しているリクルート出身者に自分も負けないようにしたいと改めて思わされる。
「自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ」
実にいい言葉である。ビジネスマンなら是非とも一読したい一冊である・・・



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2018年04月25日

【荒くれ漁師をたばねる力 ド素人だった24歳の専業主婦が業界に革命を起こした話】坪内知佳 読書日記913



第1章 「社長になってくれ」と頼まれて
第2章 荒くれ者たちとの戦い
第3章 漁師たちの反乱
第4章 心をたばねる
第5章 強く、熱い風になる
第6章 命を輝かせて働くということ

 著者は萩大島船団丸という3船団からなる漁業団体の代表。漁師と言えば男の、しかも「紳士的」とは程遠い男の仕事であり、その船団の代表を女性でありながら務めるというのは、それだけでも話題性が十分。しかも、大学中退のシングルマザーという経歴はそれに拍車をかける。そんな著者の船団代表になってからの奮闘記である。

 著者と船団代表の長岡との出会いは偶然。シングルマザーで必死に仕事を探し、こなしていた著者とある宴会場で知り合う。「なんかあったら声かける」とその場は別れるも、その後漁師たちの未来を考える仕事を手伝ってくれと頼まれる。報酬は船長3人がそれぞれ出しあった月3万円。実は、船団は近年漁獲量の減少に悩まされており、将来に対して極めて強い不安を抱いていたのである。

 著者はそのあと知った農林水産省の「六次化産業・地産地消法」に基づく認定事業に応募することにする。よそ者の立場でありながら、著者は漁師の世界にどんどん入っていき、情報をリサーチしていく。漁師の世界は排他的と言われるが、それはあくまで同業者に対するもので、よそ者が自分たちに興味を持ってくれるのは大好きなのだと知る。こうして、著者の中に「島の豊かな暮らしと美しい刺し盛り文化を50年後も守りたい」というビジョンが生まれる。

 そうしてなんとか認定事業者となるも、事業を進めていこうとする前に次々と壁が立ちはだかる。まずは漁協との対立。これは農業分野の農協と同じで、やっぱり新しい事業、自由な事業の壁となる。漁師も船の燃油や魚を詰める箱や氷や融資などあらゆる点で漁協を無視できない。これを著者は対立ではなく交渉を粘り強く続け、妥協点を見出していく。

 そして何より各所で説明されるのは、著者と漁師との対立。「小娘のくせに」「よそ者のくせに」という思いは漁師たちにもある。ここで著者も怯まないところがなかなかだと思う。時にはジャージに着替えて作業を手伝い、子供を24時間保育に預けて遠く大阪まで営業に出向く。目的が全体の利益であり、必死になって頑張っている人間をそう邪険にはできない。対立しても結局元の鞘に収まるのは、そこなのだろう。
 
 著者は若いながらも芯がしっかりしていると感じる。6次産業化の事業(魚を取りそれを料亭などの消費者に直送する)も手探りでのスタート。問題は次々に起こる。漁師にできるのは魚を取ることだけ。仲間が抜けて行ったり、クレームが来たりとするが、戸惑う漁師を束ねていくにはリーダーが不動の姿勢を見せないといけない。それを著者が実践していく。「私がなんとかする」というスタンスが皆の信頼を勝ち得ていく。

 著者には逃げ道がなかったのも事実だろう。子供もいるし、働かないといけないし。だから「辞める」という選択肢がなかったこともあるが、それでも「やり抜くスタンス」が何よりも大事だと改めて思う。そしてやはり「覚悟」だろう。それがあるから、次々に生じる困難にもめげることがない。よそ者としての視点を持ち、覚悟を持てば、「小娘」でも荒くれ者をたばねることができる。24歳の専業主婦にできたのだから、大抵の人にもできるはず。転職する人など新しい環境に飛び込む人には参考になるところが多いと思う。

 荒海に飛び込む勇気が得られる一冊である・・・




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2018年04月05日

【笑う奴ほどよく眠る −吉本興業社長・大崎洋物語−】常松 裕明 読書日記909



プロローグ 楽屋
第1章 難波大阪編
第2章 疾走編
第3章 疾風怒濤編
第4章 漂流編
第5章 死闘編
エピローグ それから

 サブタイトルに「吉本興業社長・大崎洋物語」とあるように、これは吉本興業社長である大崎洋氏の自伝的物語である。ただし、ご本人が執筆している訳ではないが、それはあまり重要なことではないだろう。

 物語は、主人公である大崎が吉本興業に入社し、新人研修で訪れたなんば花月の楽屋から始まる。「瞬間、圧倒された」と冒頭から語る大崎。そこにうごめく芸人の世界は、一般社会からいきなり入ればそれは圧倒されたのだと思う。雑然とした舞台裏で賭け事をしている人がいたり、女性芸人が着替えていたり。中でもベテラン芸人である中田カウスにピタリと借金取りが張り付いている様子が、個人的には印象的。一般人には窺い知れない世界である。

 大崎氏はバイトとサーフィンの大学時代を終えて吉本興業に入社。他に同期は2人いたが、扱いの上では一番下。それは配属にも現れていて、一番優秀な者が一番格上の花月である「なんば花月」に、そして次が「うめだ花月」、そして一番評価の低かった大崎が「京都花月」に配属される。こういう格差は、どこの企業でもあるかもしれない。ドラフト一位とビリの差である。そして大崎は、当時ミスター吉本と言われた個性の強い上司の下に配属される。

 いきなり、「一番できの悪いやつか」と言われ、タクシーの乗り方からタレントの呼び方まで教えられて行く。「挨拶以外社会人としての常識はダメ」と自認していた大崎は、基礎を叩き込まれて行く。酷い扱いとはいえ、大崎も遅刻常習者でかなりのチョンボもやっていたようであるから、まんざらただ扱いが酷かっただけでもないような気もする。

 まだ「コンプライアンス」も浸透していない時代。怖い人たちとも遭遇しながら、やがて漫才ブームも到来し、大崎は忙しく働きながら仕事を覚えて行く。上司に教えられた「マネージャーは付き人ではない。タレントにおんぶに抱っこではなく、対等の立場で一緒に仕事をするもの」と教えられる。この考え方は、マネージャーだけでなくても、いろいろな仕事に応用できる考え方だと思う。

 やがて西川のりお・上方よしおのマネージャーを務める。さんまや紳助、ザ・ぼんちなどのメジャータレントとも付き合い、このあたりは裏話として興味深い。せっかく東京で頭角を現したものの、大阪に戻されてやることがなくなる。基本的に大崎は同僚の仕事を取ろうという発想はなく、誰もやっていないことに目を向けて行く。こういうスタンスが、最終的に社長にまで上り詰めた要因なのだろう。これもいろいろな仕事に応用が効くと思う。

 そんな中で、無名だったダウンタウンを発掘する。それが成功すると今度は落ち目だった吉本新喜劇の立て直しを命じられる。理不尽とも思える異動はサラリーマンの常とはいえ、大崎は腐らない。ダウンタウンとも二人三脚の関係を築き、映画や本や歌は大崎が勧めたらしい。コンテンツビジネスへの進出や音楽ビジネスとのコラボも、「人のやらないこと」を求めて行った結果。「仕事を自ら創り出す」スタンスこそが社長にまで上り詰めた要因だろう。「言われたことだけしている」サラリーマンだったらこうはいかない。

 普通の人間が知りようもないテレビの向こう側の話であり、物語としてはただでさえ面白い。そこにサラリーマンとして働く者が意識したいエッセンスがそこかしこに散りばめられている。同期入社でビリ扱いだった大崎が社長になれたのは、この働くスタンスに他ならない。楽しみながら学びもあり、サラリーマンであれば読んで損のない一冊である・・・



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2018年03月13日

【孤独について】中島義道 読書日記901




序 章 孤独に生きたい
第1章 ずっと孤独だった
第2章 孤独な少年時代
第3章 孤独な青年時代
第4章 孤独を選びとる
第5章 孤独を楽しむ
第6章 孤独に死にたい

 この本を手にしたのは実に偶然である。最近個人的に哲学に興味があって、著者の『「純粋理性批判」を嚙み砕く』を読んだのであるが、他にカントについて著者が書いた本はないだろうかと調べて見たら、この本が目に止まったというわけである。そこからさらに手に取ったのにも理由があって、実は身内に心を病みかけているのではないかという者がいて、それに対して自分はどうすべきかと考えていたところだったため、何かヒントになりそうな気がしたという次第である。

 それにしてもこの方、超難解なカントを容易く読み砕くものだと思っていたが、実は予想外の一面を持つ人であった。というのも、この方実に人との関わり合いを嫌う方のようなのである。「他人から関心を持たれることそのことがひどく嫌」と語る。タイトルにある通り、孤独が好きなようである。本書では、「他人は決してあなたの孤独を解消してはくれない」と訴える。その考え方も独特で、「孤独になり不幸になることは、たいそう辛いからこそ貴重。その辛さがあなたの目を鍛えてくれる」と語る。

 その考え方のルーツは、小学生時代に遡る。「死ぬのが怖い」と泣き叫んで学校を休み、しばらく登校拒否になったという。これだけでもちょっと変わっている。さらにご本人は「世界が折れる」と表現しているが、独特の世界に入り込む術を持っていて、のちにそれはある精神分裂病の少女の手記に書かれていたものと同じだったと気づいたようであり、要はそういう要素があったと言える。

 また、一斉におちんちんを出して一緒に用を足すということがどうにもグロテスクで耐えられないと、トイレに行けなくなる。我慢しきれずに漏らしてしまうこともしばしばであったらしい。よく「大」の方は行けないというのは私も経験があるが、「小」までもは例がないかもしれない。さらにアイスクリームが配られる時に、友達とアイスをもらう群れの中に入って行けないとか、ボールが投げられないから足元にボールが転がってくると恐怖するとか、およそ私には理解できない感覚を持っていたようである。

 それでも成績は良くて、県立川崎高校から東大法学部に一発合格で入学する。しかし、そもそも東大法学部は優秀な家系ゆえのプレッシャーからであり、行きたかったわけでもなかったことからたちまちうつ病を発症してしまう。ここから迷走が始まり、わざと留年したと思えば思い立って教養学部へ転部し、大学院、ウィーン私費留学と迷走する(普通は能力的にやりたくてもできない迷走だったりするのだが・・・)。ようやく誘われて大学の教員になるも、今度は教授に徹底的にいじめられる。ただ、教授のいじめと言っても、実は非は著者にありそうな気もしなくもない・・・

 そんな壮絶とも言える人生の中で、哲学を勉強してこられたようで、『「純粋理性批判」を嚙み砕く』にはこんな裏の物語があったのかと感心してしまう。最後に著者は自分の「ぶざまな人生」をなぜここまで書くのかと問われれば、それは「生きるのが困難な多くの人に私の血の言葉でメッセージを送りたいから」と語る。確かに、こういう人でもそれなりに社会の中で地位を築いていけたというのは、大いに自信になるかもしれないと思う。

 世の中やっぱりいろいろな人がいるわけで、著者の例はそれでも極端だとは思うが、多少は生きるのが困難であったとしてもそれでもうダメということはない。周りに身を置く者としては、著者の例を念頭に置きつつ暖かく見守る事ではないかと思う。そして必要に応じて手を差し伸べて上げられたらと思う。こういう人がいるというのは、大いなる安堵をもたらす。必要な人には勇気付けられる一冊である・・・



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2018年01月24日

【生涯投資家】村上 世彰 読書日記882



はじめに なぜ私は投資家になったのか
第1章 何のための上場か
第2章 投資家と経営者とコーポレート・ガバナンス
第3章 東京スタイルでプロキシーファイトに挑む
第4章 ニッポン放送とフジテレビ
第5章 阪神鉄道大再編計画
第6章 IT企業への投資-ベンチャーの経営者たち
第7章 日本の問題点-投資家の視点から
第8章 日本への提言
第9章 失意からの十年

 著者はかつて村上ファンドを率いて「一世を風靡した」投資家。インサイダー取引で逮捕されて表舞台から消え、最近娘さんが後を継いでいるというニュースを耳にしていたが、そんなところに出版されたのがこの本。読まずにはいられないと手にした一冊。そもそもであるが、どんな人でも自分なりの正義というものを持っている。はたから見ていて悪いイメージしかない人物だっただけに、その正義に余計に興味を持ったところである。

 著者はもともと投資家の父を持ち、小学生から預貯金が趣味であったという。投資家は「3割がDNAで残りが経験」らしいから、そういう意味では3割のDNAには恵まれていたようである。そして小学校5年の時、父が投資している香港の工場を見学し、その労働環境の悪さに父に止めるように言ったという。のちに投資先の工場閉鎖を諌めるエピソードが出てくるが、そうした考え方の発露がこの時すでにある。これは著者の知られざる一面である。

 大学を卒業し、通産官僚として16年を過ごす。その時、日本経済の永続的な成長のためにはコーポレート・ガバナンスが大切であることを実感したという。著者はこのコーポレート・ガバナンスをなんども強調するが、著者が旋風を巻き起こすまで確かに日本の企業にはコーポレート・ガバナンスは存在しなかったのだろう。そして投資家に転じるが、その投資スタイルは、「バリュー投資(保有している資産に対して時価総額が低い企業に投資する)」だそうである。

 上場とは、私企業が「公器になること(英語でGoing Public)」であり、「企業は透明で成長性の高い経営をしなければならない、株主のために利益を上げなければならない」と著者は語るが、それが教科書通りの答えであろう。「買収防衛策を導入するくらいなら非上場化すべき」という考えも正論である。ただ、なんとなくしっくりこないが・・・

 上場効果には「信用の強化」があるが、著者はこれを否定する。「非上場でも信用力のある企業はある」と。だが、それは一面的である。上場企業は一千社以上あり、中には知られていない企業もある。そんな企業にとって「上場している」と言う事実は、それだけで大きな信用補強になる。著者の意見は正論で反論の余地はないが、ところどころにそうしたズレを感じさせるところがある。

 東京スタイルのプロキシーファイトについての考え方も正論だと思うが、どうも素直に同意できない。東京スタイルは、確かに余剰資金を有効活用せず、株主軽視の考え方があったのだろうが、突然株を買ってすぐ「株主だ」と権利を振りかざすやり方は、反論できなくても好きにはなれない。株主軽視の経営陣といい勝負だと感じる。話題となったニッポン放送に対する投資も然り。どんなに正論を振りかざしても「金目当て」に他ならない。ただ当時知られざる内幕が書かれているところは興味深い。

 この時、のちの逮捕に繋がるインサイダー情報を得るが、著者の言う通り、これは如何なものかという感じがする。著者は「最高裁まで審理して国が出した結論だから受け入れる」としているが、この点はちょっと気の毒な気がする。阪神電鉄では、単なる株価釣り上げではなく、様々な経営改善提案をしていたという。この点は意外だったが、これは素直に支持できる。むしろこういう活動なら著者のことを悪く思わなかったと思う。こういう働きこそが、株主の役割かもしれない。

 著者は、株を買って乗り込んでいくと、まず3つの要求を出したと言う。
1. 企業価値を上げるための経営計画の開示
2. できないなら自社株取得による株主還元
3. それも嫌ならMBOによる非上場化
厳しいようだが、上場企業である以上、こういう要求にきちんと答えられないといけないことであろう。

 会社は誰のものかという問いに、著者は「株主のもの」と答える。それに反論はしないが、自分はそう思わない。ただ上場している以上、株主のことは考えるべきで、この点では日本の企業は大いに遅れていると思う。著者のようなモノ言う株主の登場は、日本にとって良かったと思う。株主還元を積極的にやっているアップルやマイクロソフトの例を知ると、その意を強くする。

 著者に対しては、悪いイメージしかなかったが、それにはきちんとした理論の裏付けがあって、信念を持ってやっていたというのがよくわかる。そしてそれが日本の企業にいい意味で刺激を与えたのも事実だったと思う。サラリーマン社長が、順番に社長になり、漫然と経営している企業が多いという指摘もその通りなのだと思う。好き嫌いは別として、著者のような投資家がもっと増えてくると日本経済も活性化されていくのかもしれない。

 いろいろと考えさせてくれるいい本である・・・




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2017年11月29日

【百円の男ダイソー矢野博丈】大下英治 読書日記863



第1章 仕入れは貧乏と格闘技
第2章 夫婦で一番売るトラック売店
第3章 百円の高級品
第4章 矢野式人材の育て方
第5章 破竹の海外進出
第6章 入社二年目のバイヤー
第7章 九九パーセントが自社開発商品
第8章 新しい風、生き残るために

個人的に創業社長の「創業伝」は結構好きである。目につくと無条件で手に取ってしまうと言っても過言ではない。ましてやそれが誰もが知る企業であればなおさらである。これはそんなメジャーな企業である「百均」のダイソーの創業者の自伝。

矢野は戦時中に天津で生まれ、引き揚げ船で帰国する。もともと祖父は広島の地主だったらしいが、農地解放で没落。父は医者であったが、当時の医者は貧しく、少年時代は貧乏暮らしであったという。田舎者と馬鹿にされたことがきっかけで、ボクシングを始めて熱中する。一時は東京オリンピックの強化選手に選ばれたらしいが、プロのグローブの薄さに驚いてプロは断念する。

勉強は嫌いで、なんとか大学の二部に合格して上京するも、勉強より体を動かして働くことを選ぶ。青果市場でアルバイトを始めると、これに熱中。働き者で有名になるほどであったと言う。働くのはいいがその代わり勉強はせず、「創意工夫」で単位をもらって卒業する。女性には奥手だったらしい(なんとなく表紙の写真から想像できる)が、なんと学生結婚する。その理由も「家は貧乏だから学生なら金をかけなくても結婚式ができる」というもの。そんな理由でよく結婚するなと思うが、親孝行でもある。

そして「商売に良さそうだから」という理由で妻の姓を名乗る。このあたりの感覚はすごい。妻の実家の商売を継ぐも、赤字で借金がかさみ、親兄弟から借りてくれと義父に頼まれ、これを見限って東京へ夜逃げする。この時から「いつ潰れるか」という心配を常に口癖のようにして生きてきたようである。

チリ紙交換を始めて成功し、一時は金持ちの養子になるがそれを解消し、たまたま目にした移動販売を始める。時代もあるのだろうが、とにかくあちこち目を光らせてこれとなったらすぐ飛びついて必死にやるというイメージである。馬鹿正直に商売し、それが評判を呼び物が売れていく。あまりに売れるので、面倒臭くなり商品を全部100円で売ることにする。これが「百均」の原点となる。

移動販売では売り逃げができる。しかし、著者は定期的に巡回しリピーターを増やしていく。売り逃げなら暴利を得られるが、それではリピーターがつかない。原価率を上げ、「いいものを安く」したからリピーターがつく。このことを体感した著者は自分の利益を後回しにする。勉強嫌いの著者に成功理論はないが、この体感がモノを言う。のちに百均は大手に真似されるが、利益を確保したそれは著者の商品とは格段の差があり、顧客の支持を受けて成長していく。

それでも社員の造反などがあり、倒産の危機とは背中合わせ。こうした思いから、「大きくしよう、儲けようと大それたことは考えず、お客様第一主義で倒産しなければいい」と考えるようになる。そんな考えや人柄は、大企業となった今でも失っていないようである。成功の要因を一つあげるとすれば、やはり「利益を考えなかった」と言うことになると思う。その考えに至る経緯は、この自伝を読んでいるとよくわかる。自伝にはそういう効果があるとつくづく思う。

中小企業に身を置いていて、自分たちは何をすべきかとよく考える。我々は小売業ではないが、客商売である以上、共通するものはあるはず。そんな目で読んでいくと、いろいろとヒントが散りばめられている。この本では、「利益は後からついてくる」というところだろうか。社員に対するスタンスも見習いたいところである。
読み物としても面白いし、お手本としても面白い。苦労人の創業者の自伝には学ぶところが多いと改めて思わされる一冊である・・・


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2017年09月04日

【キャスターという仕事】国谷裕子 読書日記830



第1章 ハルバースタムの警告
第2章 自分へのリベンジ
第3章 クローズアップ現代
第4章 キャスターの役割
第5章 試写という戦場
第6章 前説とゲストトーク
第7章 インタビューの仕事
第8章 問い続けること
第9章 失った信頼
第10章 変わりゆく時代の中で
終 章 クローズアップ現代の23年を終えて

著者は元NHKの「クローズアップ現代」のキャスター。実はこの番組があるのは知っていたが、ほとんど見たことがない。著者のことも顔を見たことがある程度である。番組自体23年も続いていたということで、ずっとキャスターを務めていたという事実には、やはり興味を惹かれて手にした次第。一つのことを続けてきた経験からは、傾聴に値するものもあると思うのである。

もともと帰国子女で英語ができたという著者。NHKの海外向け英語ニュースを読む仕事を頼まれる。その後、ニュースの翻訳などを手伝ううちに、デレビに出る仕事に誘われる。それを「(日本時間では)深夜の時間帯で誰も見ていないから」という理由で引き受け、やがてそれが高じてキャスターとなる。

クローズアップ現代は、番組としてはスタジオを重視しているという。そして著者が重視するのは、「言葉の持つ力」。キャスターとして、「想像力」「常に全体から俯瞰する力」「ものごとの後ろに隠れている事実を洞察する力」だという。テレビの報道に対しては、個人的に否定的にしか見れていないので、考えている人は考えているのだと思わされる。

テレビ報道には3つの危うさがあるという。
1. 事実の豊かさをそぎ落としてしまう
2. 視聴者に感情の共有化、一体化を促してしまう
3. 視聴者の情緒や人々の風向きにテレビの側が寄り添ってしまう
1については、分かりやすいメッセージだけを探ろうとし物事を単純化することだとするが、これはよくわかる。「偏向報道」などその最たるものだろう。

やはり話の中心になるのは、クローズアップ現代。番組に携わることになった経緯から、その時々の経験。特に著名人とのインタビューの経験談などは興味深い。PLOのアラファト議長や高倉健との部分は、実に印象的である。また、直接のインタビューは例外的なようで、大半はいろいろなテーマについて、取材に基づいて報じるというスタイル。そのため、「キャスターの役割は視聴者と取材者の橋渡し」とする。

取材してきたものを関係者全員で試写し、議論する。そしてその結果を編集し、全体試写を前日と当日行い放映というパターンだったそうである。それが月曜から木曜日まで。なかなか大変であっただろうと思う。著者は初めこそ当日の全体試写のみの参加であったが、やがて前日試写から参加することにしたという。そこには、「最終的に視聴者と向き合うのはキャスター」という思いが著者にあったからだろう。

税金の無駄遣いを問題視していたら、それが公共サービスの民間委託による経費削減へと繋がり、それが労働者の非正規化を招き、次に格差、貧困といった問題が生じる。ものごとは一面だけでは捉えられないわけで、伝える方も難しいと思う。その中にあって、「自分の言葉で語る」というスタンスをとる著者の姿勢から、仕事に対する真剣さが伝わってくる。

もっと早くこれを読んでいたら、クローズアップ現代ももう少し見ていたかもしれない。なんであれ、その道を極めた人の話からは、得るものがあるものだと改めて思わされた一冊である・・・



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2017年07月12日

【野村證券第2事業法人部】横尾宣政 読書日記812



第1章 ノルマとの闘い
第2章 「コミッション亡者」と呼ばれて
第3章 「主幹事」を奪え
第4章 ブラックマンデーと損失補填問題
第5章 大タブチ、子タブチ-「ノムラな人々」
第6章 やりすぎる男
第7章 さらば、野村證券
第8章 オリンパス会長の依頼
第9章 事件の真相
第10章 国税との攻防
第11章 逮捕-私は闘う

 著者は、元野村證券の社員で、独立後オリンパスの巨額粉飾決算事件で指南役として逮捕された人物。しかし、ご本人は無実を訴えられており、この本は自身の野村證券での日々を回顧しながら事件の真相を語った一冊である。

オリンパスの巨額粉飾決算事件については、以前事件が発覚する経緯となったジャーナリストの本(『サムライと愚か者 暗闘オリンパス事件』)を読んでいたが、その本の中で、「奇妙なコンサルティング会社」として描かれていたのが著者が独立後に設立した会社であると思う。1つの事件を角度を変えて見るというのも面白いことである。

著者は77年に京都大学を卒業して野村證券に就職する。しかし、当時の学生によくありがちで、あまり実態はよくわかっていなかったようである。多少厳しい方が自分のためにもなると考えたようだが、入社して早々に「ここまで厳しかったのか」と焦るも後の祭り。最初の配属店である金沢支店に行くと、上司が成績の悪い課長代理を奥さんもろとも怒鳴りつけているところを目撃する。かなり衝撃的である。

オリンパス事件の真相よりも、はっきり言って著者の経験談の方がはるかに面白い。「ノルマ證券」と揶揄され、入社した社員の半分が辞めて行く環境の中で、著者は実績を上げて行く。売れない=客が損をする投資商品を売るわけであるが、買った瞬間に損をしてあとは基本的に下がるだけという商品に厳しいノルマを果たして売らせる野村證券のスタンスがすごい。

客に損をさせることに耐えられない者は辞めていき、平気なものが実績を上げて出世して行く。著者もその1人であるが、それでも「20億出してやるから君の名前で株を買え、損は全部被ってやるし、利益は全部取っていい」とまで取引先に言わしめるのだから、単なる金の亡者(野村證券ではコミッションの亡者と言われたらしい)ではなかったのだろう。転勤の時、損をさせた取引先の社長に「オレの数億、無駄にするな。立派になれよ」と声をかけられたと語るが、そこまで信頼関係を築いていたわけである。

そしてタイトルにある第2事業法人部へ転勤となる。いろいろと事情はあったようであるが、異例の出世とも言えるわけであるが、ここでも著者は創意工夫を繰り返して行く。時に世はプラザ合意の金融混乱期。創意工夫といっても、勉強と研究のベースがなければできないはずで、詳しくは書かれていないものの、影なる努力はかなりあったのであろう。

そして独立する。残っていても役員には慣れたのかもしれないが、実績のためには社内を敵に回すことも厭わなかったようなので、軋轢もあったのかもしれない。ついて来た部下とともにコンサルティング会社を立ち上げる。問題となったオリンパスとは、野村證券時代からの付き合いだったが、粉飾の中心人物である山田秀雄氏とのやり取りも詳細に語られて行く。

事件の真相は、当事者にしかわからない。ただ、著者の言葉を信じれば、うまくオリンパスの山田氏に利用されただけであり、著者を悪人と決めつけた検察側がシナリオを創作して有罪にされたとなるのである。その前に国税が著者が関わった節税スキームを「シロ」と断定しながら、膨大な調査費がかかっていることもあり、「お土産」として200億ほど納税しろと言ってくるシーンがある。これを拒否した野村證券は、国税に損失補填で訴えられてしまう。官がすべて正しいと盲信するのも控えた方がいいかもしれない。

著者によれば、オリンパスの粉飾決算事件は、山田氏が中心となった投資で損失が発生し、それを糊塗しようと長年画策し、ついには暴露されてしまったのが真相。一度はオリンパスの損失穴埋めを得意の創意工夫で利益を上げてやってのけた著者は、山田氏に頼られそしていいように利用されたということらしい。入社以来の著者の経歴、考え方、国税や検察の考え方・行動等を読んで行くと、そこに嘘はないように思える。

ただ、正直いってあまり真相には興味はない。ただ、今とは比べものにならない労働環境下で、実績を上げて来た1人のビジネスマンとしてのスタンスには学ぶべきところがあると、個人的には思う。そういう部分で刺激を受けたという意味では、一読の価値ある一冊である・・・



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2017年03月16日

【コシノ洋装店ものがたり】小篠綾子 読書日記774



プロローグ 父と私、私と娘-コシノ家の生き様とは
第1章 女にしか出来ないこと
第2章 父と娘の二人三脚
第3章 男と女-夫婦というもの
第4章 別れと出会い
第5章 恋という名のあだ花
第6章 我が子との戦い
エピローグ 私の道はまだ続く-三姉妹から四姉妹へ

著者は、国際的なファションデザイナーであるコシノヒロコ、ジュンコ、ミチコ姉妹の実母。国際的なファッションデザイナーを3人も育てた方ということで、興味をもって手にした一冊。そろそろ将来のことも考え始める我が娘に、何か参考になることはないだろうかという思いがあったこともある。読んでみれば、なかなかユニークな人生を歩んだ方のようである。

著者が生まれたのは、大正2年。場所はだんじりで有名な大阪、岸和田。子供の頃は男の子と一緒になって遊んでいたという。それどころか、男の子と取っ組み合いの喧嘩をしたりもしたらしい。「男女七歳にして・・・」の時代にこれはかなり異例のこと。その日、学校に呼び出された後、家に帰り父親にぶん殴られたという。それ以後、男の子とは遊ばなくなったというが、この時好き勝手ができる男の立場を理不尽に感じたらしい。

そしてある日、ミシンの噂を聞きつけ、わざわざ置いてある店に見に行ったという。そしてそれに興味を惹かれ、毎日店に日参する。外から毎日眺められたら店の方もたまったものではなく、中に入れて見せてくれたらしい。そこからさらに店の手伝いを始めてしまう。他人の店で男に混じって女の子が働くことが正常ではない世の中、随分軋轢があったようである。父と対立し、女学校を辞めてその店に通い出す。

こうして著者は洋裁の道へと踏み出す。最初は奉公人としての立場であり、ミシンなど触らせてもらえない。ところが店の主人の計らいで、夜中に使わせてもらえるようになる。なんとも時代を感じさせるエピソードである。やがて独立し、コシノ洋装店を開店する。当時は男社会。女は家で家事をするものという世の中。相当珍しい存在だったのであろう。ただ、扱っているものが流行り始めていた(男が手を出しにくい)女性の洋服だったからよかったのかもしれない。

店も軌道に乗ってくると、著者は多忙な日々を送る。しかし、世の常識として結婚という問題が生じる。著者を見初めたという人が婿養子になる形で結婚するが、親の決めた相手との結婚で、しかも式の当日まで仕事をしていて、新郎を待たせたというから、ホントに何から何まで異例づくしであったのだろう。そして3人の娘たちが生まれる。

この結婚は、しかし夫が戦死するという形で終わりを告げる。さらに父親も死に、著者はコシノ家を一人で背負う立場となる。女手一つと言っても、著者の腕はかなり太い。商売も大きくなるが、ここである人物と不倫関係になる。今でも多少はそうだが、当時不倫となると世間の目は冷たい。子供も3人もいる中で、しかし著者は初めての恋に浮かれる。実に人間臭い方である。

年頃になった娘たちが、ファッションの道を歩むのも、著者が仕向けたわけではない。それでも多分、子供の頃から見ていた母親の後ろ姿が影響したことは間違いないだろうと思う。まるでドラマのような人生が描かれる。つくづく、人は考え方だと思う。時代の中で、多くの女性たちは普通に結婚して専業主婦となって夫を支え子供を育てるという人生を送っていただろう。著者はそれに反して、無人の荒野を誰の目を憚ることなく駆け抜けたのである。できない言い訳を次々に考え出す人には到底送れない人生である。

世の中に対するチャレンジという意味では、十分先駆者と言えると思う。そんな先駆者の人生を時代背景とともに読んでみるのも面白い一冊である・・・



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