2019年09月09日

【『戦争論』入門 クラウゼヴィッツに学ぶ戦略・戦術・兵站】清水多吉 読書日記1069



《目次》
第1編 クラウゼヴィッツとその時代
第2編 『戦争論』の内容
第3編 クラウゼヴィッツの受容史

 クラウゼヴィッツの『戦争論』と言えば、孫子の『兵法』と並ぶ軍事書の古典であり、機会があれば読んでみたいと思っているのであるが、その前に入門書で概要を学ぶというのもいいだろうと手にした一冊。著者は大学教授であり、学生との討論形式で内容が語られるものである。

 古典とは、「昔はそう考えたが、現代では昔の考え方として一応尊重されているという意味での古典ではなく、現代でもなお生きているという意味」だとする。このあたりは興味深い導入部分である。戦争の性質については、「戦争とは他の手段をもってする政治の継続にほかならない」という有名な言葉で説明される。「政治が主、戦争が従」というのはクラウゼヴィッツの根本的な考え方である。

 そんな導入部分を経て、まずはクラウゼヴィッツ以前の戦争の歴史が説明される。古代ギリシヤ戦いから中世の戦い、絶対王政下の戦い、近代の戦争を経て第一次世界大戦となると、ついにドイツ東部軍参謀ルーデンドルフの唱えた「総力戦論」が登場し、クラウゼヴィッツの「戦争は政治の一手段」という考え方と対峙するようになる。

 そしてそんな背景説明の後、いよいよ『戦争論』に入っていく。
• 戦略とは戦争目的にそって「戦闘」を運用する方策
• 数の優位(兵員数の優位)が勝利の一般的な原理
• いかなる兵力も本軍から切り離してはならない
• 防禦は強く攻撃は弱い
こんな理論から、「主戦」「会戦」「追撃」「退却」等々についての説明がなされるが、このあたりは、原本ではどのように説明されているのかわからないが、表面的すぎる感じがする。

 『戦争論』の功績は、多くの戦史から近代戦における基本的戦略の幾つかを抽出して見せたところにあるとする。しかし、このダイジェスト的解説本ではあまりよくわからない。主に戦史についての解説が多く、なんとなく歴史書といった方がイメージに近い気がする。特に、クラウゼヴィッツ死後の第一次世界大戦以後については、クラウゼヴィッツの理論がどのように活かされたのかよくわからない。

 主としてクラウゼヴィッツの「政治が主、戦争が従」という考え方と「総力戦論」が対立していくが、20世紀に入ってからは「総力戦論」が主流となったわけである。そのあたりの著者の言わんとしていることがよくわからなかったというのが正直なところ。著者自身も言っているように「ぜひ原本を読むべき」なのだろうと思う。日本語での最初の翻訳は、あの森鴎外だったというのも意外なトレビアであるが、いつか原本を読んでみたいと思わずにはいられない一冊である・・・



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2018年10月26日

【数学を使わない数学の講義】小室 直樹 読書日記967



第1章 論理的発想の基本―まず「解の存在」の有無を明確化せよ
 1 はたして解けるのか解けないのか
 2 社会観察にどう応用するか
第2章 数学的思考とは何か―日本人が世界で通用するための基本要件
 1「論理」の国と「非論理」の国
 2 「法の精神」の根底にも数学がある
第3章 矛盾点を明確に掴む法―論理学を駆使するための基本テクニック
 1 論理矛盾は、どこから生まれるか
 2 人間の精神活動を数学的に読む
第4章 科学における「仮定」の意味―近代科学の方法論を決定した大発見
 1 非ユークリッド幾何学の誕生
 2 近代科学の基本となった発想法
第5章 「常識の陥穽」から脱する方法―日本には、なぜ本当の意味での論争がないのか
 1数学の背景を読む
 2「全体」と「部分」の混同

 私は昔から「文系人間」を自負しているが、実は数学は大好きである。自分でも文系人間なのか理系人間なのか迷う時もあったが、その答えは意外なところにあったとわかったのがこの本である。著者は政治学者であり、経済学者でもある方のよう。なのになぜ数学かと訝しく思うも、それはすべて「数学=数式」というイメージによるものである。

 著者は冒頭で、「数学とは何かという本質(論理)を知らない人が急増している」と説明する。この本のタイトルにある「数学を使わない」とは、「計算だとか補助線を引くなどの技巧を使わない」という意味だそうで、技巧を駆使しなくとも数学の本質(論理)を理解することによって数学的発想を持つことができるとする。要は、「数学的思考法」を説いた一冊である。

 まず著者はギリシャの数学の素晴らしさを語る。それは「公理主義」によるもので、ユークリッド幾何学はすべて5つの公理で説明できるとする。このあたりは昔の数学の授業を思い出す。そして数学的思考法であるが、最初に出てくるのは「存在問題」。存在しないものについてはいかなる命題も当てはまるとし、真っ赤な嘘も数学的には正しいと説く。「実際にはいない妹がお前に惚れている」と言う例を挙げているが、なんだか詭弁くさい。

 日本社会の特徴と西洋社会の特徴の違いの記述は興味深い。例えば日本には「食物規定(牛を食べてはいけないなど)」があるようでいてないとか、日本は社会規範が曖昧だとか。例として日本では「やっていいことと悪いことが状況によって変わる」ことが挙げられる。それが例えばユダヤ教では、神との契約によって規範は成立しており、やってはいけないことは絶対にダメとされている。これは言われてみればなるほどの世界である。

 これが高じて、日本では契約が曖昧であると言われるが、その理由がよくわかる。日本では人間関係がどちらかと言うと重視され、何もかもきっちり契約で謳う欧米とは異質である。日本人は世界でも珍しい無論理民族であり、無規範民族なのだとする。契約という概念が曖昧だから、外交音痴にも繋がっているし、相続もその場その場の状況によって変わったりする。本来、白黒をつける裁判に大岡裁きの伝統のあるわが国では、裁判官はしきりに和解を勧める。すべてなるほどと思う。ただし、そういう日本社会の方が個人的にはいいと思うが・・・

 論理的矛盾はどこから生まれるのか。ここでは「必要条件」と「十分条件」について説明される。どちらも数学の授業でやったなぁと思い出す。聖書の翻訳で、「信仰少なき者」という訳がなされているが、本来信仰は「あるかないか」であって、「信仰が少ない」という考え方はおかしいと指摘する。確かにその通りだろう。だが、日本人的には違和感がないのも事実。宗教戦争が残虐になるのは、神と契約していない人間は人に非ず、従って何をしてもいいと考えるという理屈にも頷かされる。

 面白いのは否定の概念。「才色兼備」の反対は3種類あって、それは「ブスでバカ」、「美人だがバカ」「ブスだが頭はいい」となる。これも言われてみればその通り。そしてこれも数学的思考である。日本人は議論が下手と言われるが、実は日本の論争は遺恨を残すことが多いのがその主因。意見が実体化して人格化するので、意見を否定されると人格まで否定されたようになる。だから議論を避けたがるというものだとする。私も議論好きでよく疎まれるので、すんなり腹落ちする意見である。

 なるほど確かに、数学を使わないが、ではこれが数学かと言われればピンとこない。どちらかというと論理の世界の話に思える。しかし、考えてみれば論理と数学的理論とは重なり合って一体化しているものなのかもしれない。そう考えるとこの本の主張もよく理解できる。ただ、やっぱりそれが数学だと言われても、こびりついたイメージを取り除くのは難しい。まぁそのあたりはあまり深く考えずに理解したいところである。

 論理的思考方法を身に付けたいという人には、参考になる一冊である・・・



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2018年08月24日

【ネイティブに笑われないクールイングリッシュ ―日本人の9割はダサい英語を話している】サマー・レイン 読書日記948



 中学の時から英語の勉強を始め、受験時代はみっちり勉強し、社会人になってからもそこそこ関心を持ってきた英語であるが、一向に会話力には程遠い。その最大の原因は「使わないこと」に他ならないが、それでも諦めたわけではなく、機会があれば話せるようになる努力はしたいと思う。そんな折に目についたのがこの一冊。「一冊」と言っていいかどうかは、Kindle限定版なので微妙ではある。

 「日本人の9割はダサい英語を話している」というサブタイトルはなかなか刺激的である。「ダサい」の意味は、「意味は通じるけれども聞いた人が違和感を持つ」ということだろう。冒頭に「ダサい度チェック」がある。「3つ以上あったらアウト」とされているが、やってみたら見事に3つあった。ちなみにその3つは以下の通り。
 1. 聞き取れない時、“I beg your pardon?”、“Pardon?”と聞く
 2. ゆっくり話してほしい時、“Please speak slowly”と言う
 3. 相手の話に興味を持っている事を示す時、“Really?”と言う
ちなみに上記の場合は、
 1. One more please
 2. (聞き取れない時) Excuse me
となるらしい。

 ここで「ダサくない」とされるのは、スラングや若い人が使う言葉や流行っていると言う意味のcoolな英語という意味ではなく、「適切で一般的な言い方」、「洗練されたフレーズ」という意味だそうである。対象としているのは初中級者、中級者という事であるが、その通りに内容は難しくない。飛行機の中で知り合った日本人の田中ヨシヒロとアメリカ人女性サマーの会話という形で進んでいく。構成は以下の通り。
 1. Dasai Dialogue
 2. サマー先生のコメント
 3. 文法解説
 4. 自然な対話“Cool Dialogue”
 5. 振り返り“Review”
 6. DASAI PRONUNCIATION ALERT

 実践に即した会話の形になっており、解説も丁寧。例えばネイティブは、普通知らない人に“Hello”と話しかけることはないそうで、日本人的には「えっ?」と思うが、どうもそう話しかけると「何この人、あやし〜」って思ってしまうらしい。普通は前置きなしにフレンドリーに会話を始めるのが普通らしい。
“Amazing view,isn’t it? Is this your first time to the Tokyo Tower?”
となるらしい。何だかこちらの方が違和感を感じてしまう。

 “Nice to meet you”は馴染み深いフレーズであるが、これはこれでいいのだという。しかし、フオーマルになると、“It’s nice to meet you”となり、もっとフォーマルで教養あるように言いたいなら、“It’s please to meet you”となるらしい。このあたりの感覚はネイティブでないとわからない世界だと思う。

 また、中学では最初の頃に、
 “How are you?”
 “I’m fine thank you.And you?”
と習ったものであるが、ネイティブはfineという言葉は使わないらしい。fineからは元気という感じはしないらしい。この場合は、“I’m good(great)!”と言うらしい。

 こんな感じでいろいろな言葉を学べる。教科書英語とは違う生きた英会話である。苦もなく手軽に読めるし、拙いながらも自分の英会話力を多少なりともブラッシュアップできる。やっぱり英語は使わないとダメだと思うが、使うにしても最低限「笑われない程度」の英語は使いたいと思う。そういう気持ちのある人は、読むべき価値のある「一冊」である・・・



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2018年05月21日

【橋下徹の問題解決の授業  大炎上知事編】橋下 徹 読書日記921



第1講 舛添さん問題は最高の教科書だ
第2講 報道の自由こそが民主主義の根幹だ
第3講 ここがおかしい! 公務員の政治活動
第4講 メディアも間違えた 豊洲問題の本質
第5講 核心的問題点と周辺的問題点の整理
第6講 「現状への不満」をすくい上げよう
第7講 本当に政治上手!公明党とは何者か

元大阪府・市知事であり、弁護士でもある著者が「問題解決の授業」というタイトルの本を出せば、嫌が応にも興味を惹かれるというもの。これは実は著者が出している有料メールマガジンの連載を書籍化したものだという。「問題解決」という内容の本はいろいろな人が出しているが、この本の特徴は実際の政治の具体的ケースを題材にしているところであろう。「大炎上知事編」というサブタイトルがそれを物語っている。

はじめに出てくるのは、元東京都知事の舛添さん。公用車で毎週湯河原の別荘に通っていた問題で、豪勢な海外出張などとあわせて、公私混同が問題視されたのは記憶に新しい。舛添氏が「ルールに従っているから問題ない」という抗弁に対し、橋下氏は「おかしい」と断ずる。なぜならそのルールを作っているのは都知事であり、自分で作ったルールに従っているから問題ないという言い訳は通用しないと。言われれば「なるほど」である。ただ、それは公用車の使用規定は都知事が認可するという仕組みを知っていないと出てこない発想でもある。一般人にはちょっと難しい。その点を突っ込んでいる記者がいなかったとしているが、記者も勉強不足なようである。

それはそもそも東京都の公用車利用規制がデタラメだったという事情もあったらしい。その点、橋下氏は自らの知事時代に厳格に定めたらしい。舛添氏も毎週湯河原へ行くのは問題ではなく、私設秘書の車で行けばよかったのだと回答を示す。面白いのは豪華出張について、一部マスコミが理解を示していたことに対し、「自分たちもやっているのだろう」とコメントしていたことであるが、さもありなんである。

都知事選については、鳥越俊太郎氏が一時候補者として勢いがあったが、セクハラ問題で失速。それに対し、橋下氏は「報道の自由こそが民主主義の根幹」と当たり前のことを主張する。政治家経験者からすると、権力は乱用しようと思えばできるらしく、その監視の意味で必要だとする。ただ、ご本人は文春に出自を差別的に報じられて訴えた経緯もあり、文春は大嫌いだと語る。同じセクハラでも自分がやっていればもっと叩かれていたはずと、人権派の御都合主義を批判する。

現実のニュースを題材に問題解決の事業をするという建前ではあるが、現実には一般人にわかりにくいケースが多い。大阪での公務員労働組合の選挙活動はその最たるもの。本来禁止されているはずなのに、自分たちの給料・身分を守るために死に物狂いで選挙をやっていたらしい。橋下氏の対立候補を全力で応援し、それは市営地下鉄の運賃値下げにまで及んでいたというから驚きである(それでも勝てなかったわけではある)。

その他、築地市場の豊洲移転問題や原発問題にも話は及ぶ。ニュースでも散々取り上げられていた豊洲の問題は、突き詰めて行けば矛盾が含まれている。市場においての重要な環境基準は「市場建物内の大気基準」であるとする。地下の盛り土がどうのこうのというのは、結局「周辺的問題」だとし、大事なのは「核心的問題」を見つけ出すことだとする。有識者は「原発反対」のみで、病院等の停電対策が不十分な中では「反対」だけでは乗り切れないとする。このあたりのロジックはさすがである。

日常でも、ロジックが成り立っていなかったり、核心的問題と周辺的問題を取り違えていたりすることはよくあること。著者にかかれば山本太郎も「頭の悪い参議院議員」と切って捨てられるが、それもやむを得まい。著者の話のロジックはどこまでもスッキリしている。読んですぐ問題解決力がつくというものではないが、考え方はしっかり理解したいと思うところである。
そのほかの問題についても意見を聞いてみたいと思わされる一冊である・・・


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2017年10月25日

【経済は地理から学べ!UNDERSTANDING ECONOMICS:A GEOGRAPHICAL APPROACH】宮路秀作 読書日記850



序 章 経済をつかむ「地理の視点」
第1章 立地 地の利で読み解く経済戦略
第2章 資源 資源大国は声が大きい
第3章 貿易 世界中で行われている「駆け引き」とは?
第4章 人口 未来予測の最強タスクファクター
第5章 文化 衣食住の地域性はなぜ成り立つのか?

冒頭で、「地理とは地球上の理(ことわり)である」と説明される。地理がわかれば経済ニュースがわかり、経済とは土地と資源の奪い合いであるとされるが、中身を読んで行くとまさにその通りだなと感じられる。アイスランドは火山が多く、そのため地熱発電が可能で、さらにU字谷が多く存在するため水力発電が盛んなのだという。それらの状況から電力が非常に安価に手に入り、それが故に生産に大量の電気を必要とするアルミニウムの輸出が盛んで国の基幹産業になっているという。なるほど、これが著者の言いたいことかと納得させられる。

日本は誰もが知る資源小国。それ故にどこから資源を調達し、その輸送にどこを利用するのかという国家の政策を、地理から考える「地政学」を重要視する必要性がある理由なのだとする。原油、天然ガス、石炭、鉄鉱石などが代表的な資源で、したがってアジアとオーストラリアが日本の生命線だとする。よくよく考えれば、実にわかりやすい。

インドでなぜIT産業が盛んになったのか。それはまずアメリカ合衆国とほぼ12時間の時差があり(夜の間に活動できる)、IT産業は新しい産業であるが故に職業を縛るカースト制度の影響を受けず、超難関と言われるインド工科大学があって卒業生を多数輩出していることなどによるのだという。やはり、ちゃんと理由はあるわけである。

水道の水が飲める世界で15カ国しかない国の一つが日本であること。南アフリカでアパルトヘイトが長く存続したのは、冷戦時代に西側諸国がレアメタルを手に入れられるのは南アフリカだけだったこと、従って冷戦が終わって旧東側諸国からレアメタルが手に入るようになると、批判できるようになったなど、資源面の見方も面白い。

人口面では、日本が経済大国になったのは、人口要因が大きいという。そう言えば、『デービッド・アトキンソン新・所得倍増論 潜在能力を活かせない「日本病」の正体と処方箋』にも同じことが書かれていた。学校では日本は貿易立国と教わったが、実は内需依存型なのだという。狭いと言われているが、実は国土も世界197カ国中61位と上位1/3に入っており、内需の強さが国の経済力に直結するという。

ドイツでビールとソーセージ文化が生まれたのは、寒冷地でも育つ大麦・ジャガイモなどの穀物の存在、そしてジャガイモは皮を豚の餌として利用できるので養豚文化が育ち、保存食開発の必要性などがミックスされた結果なのだとか。言われてみれば、そういう諸条件があって今の文化があるわけだから、当然と言えば当然。むしろ忘れられていた事実と言えるのかもしれない。

最後に、ニュージーランドの酪農のあり方が印象に残った。この国では、酪農家が高齢化すると若者に土地を貸すのだと言う。そこで若者は借地農として酪農デビューし、やがて土地を譲り受けるのだとか。我が国の農業のヒントになりうるような気がする。
小・中学生の頃はあまり好きではなく、高校の時は選択すらしなかった地理であるが、こういう視点から学べば苦もなく覚えられると実感する。あの頃、この本に出会っていたら、選択科目も違っていたかもしれないと思う。これから世界の経済ニュースを見る目も変わりそうな気がする一冊である・・・


著者のブログ
『やっぱり地理が好き』



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2017年08月29日

【マジ文章書けないんだけど−朝日新聞ベテラン校閲記者が教える一生モノの文章術−】前田安正 読書日記828



1st.STEP 基本中の基本!主語と述語について考える
2nd.STEP 文章を書く基本!文と文章の構造を考える
3rd.STEP めさせ!伝わる文章 人の思考を意識する
Final STEP 秘策!文章マスターへの道 「WHY」を意識する

日頃、ブログを書いていると、否が応でも文章の書き方を意識する。そんなところら持ってきて、「朝日新聞ベテラン校閲記者が教える一生モノの文章術」というサブタイトルを見たら、読まずにはおけないということになるだろう。内容的には、「大学3〜4年生から社会人になって文章を書くことに戸惑いを感じている方に焦点を絞った」とされているが、50歳を過ぎて読んでもいいではないかと思い、手にした次第である。

文章の書き方指導と言っても、内容はストーリー形式で、まさに就活を控えた女子大生が、エントリーシートの書き方を不思議なおじさんに学ぶというものになっている。形はともかく、興味があるのはその中身である。「文章術」と言っても、ページをめくっていくと難しいことが書いてあるわけではないとわかる。例文も豊富でわかりやすい。

「このバッグはブランドものなので、値段と人気が高く、品質とデザインが美しいブランドだ」という文章は一見何となくギクシャク感があるが、ではどこをどう直すとなると考えてしまう。
それを問題点を解説しながら、
「このバッグはブランドものなので値段が高い。しかし品質がよくデザインが美しいので、若い女性に人気がある」と直されるのを見ると、なるほどと思う。実にわかりやすい。

「文とは一つのまとまった内容を表す基本単位」、「文章とは一つ以上の文が連なったもの」という基本は、何となくわかったつもりでいること。「主語と述語をしっかりと対応させ、一つの文は一つの要素で書く」ということは、改めて教わると今までできているかどうか心もとない。

松田聖子の赤いスイートピーの歌詞を使った解説が面白い。
「なぜあなたが時計をチラッと見るたび、泣きそうな気分になるの?」において、「が」と「は」を入れ替えると文章の意味がガラリと変わる。日本人であれば自然と理解できるが、日本語を学ぶ外国人からしたら、この違いを理解するのは難しいのではないだろうかと思ってしまう。

そのほか、参考になったところは数多い。
・同じような表現を繰り返すと文章が平板になる
・できるだけコンパクトにまとめる
・強調したい部分はその対極と対比させる
・同じ言葉、似たような表現を繰り返さない
ここで、「違和感を感じる(正しくは「違和感を持つ、覚える」)」など普段普通に使っているような気がして焦ってしまう。改めてしっかり確認したいところである。

・「状況」「行動」「変化」で文章を考える
・箇条書きのようにシンプルに書く
・5W1Hで一番大事な「W」は「WHY」、読む人が「なぜ」「どうして」と思うところをきちんと書く
こうした基本は、意識するだけでだいぶ違うと思う。

早速、明日からというかこの文章から意識したいと思う数々。自分には必要ないとバカにしないで読んでよかったと思う。書くことに興味を持っている人は、是非とも一読すべき一冊である・・・



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2017年07月19日

【数学の言葉で世界を見たら 父から娘に贈る数学】大栗博司 読書日記814



第1話 不確実な情報から判断する
第2話 基本原理に立ち戻ってみる
第3話 大きな数だって怖くない
第4話 素数は不思議
第5話 無限世界と不完全性定理
第6話 宇宙のかたちを測る
第7話 微分は積分から
第8話 本当にあった「空想の数」
第9話 「難しさ」「美しさ」を測る

著者は、いろいろと肩書きのある方のようだが、一言でいうなれば数学者ということだろうか。そんな数学の専門家が、世の中のことを数学に関連づけてやさしく解説しようというのが本書である(たぶん)。ただ、あまりやさしくはない。

最初は確率の話。アメリカの予防医学作業部会が、40代の女性には乳がんの定期検診を推奨しないとして話題になった例を取り上げる。そこでこの問題に対し、確率の考え方から考えていく。乳がんに罹っていた場合に検査で陽性の結果が出る確率からはじめ、ベイズの定理を使うと、なんと「乳がん検診で陽性の結果が出た時に乳がんに罹っている確率は9%」という結果がでる。乳がん検診の有効性がどうのというよりこの数学的な考え方が面白い。

確率の話としては、原発の重大事故が起こる確率は、やっぱり「100年に1度」だとか、OJシンプソン事件で相手の弁護士の無罪主張には確率の話でこう切り返せば良かったとか、日常的に数学の考え方は潜んでいるものだと思う。基本原理の話では、「(-1)×(-1)はなぜ1になるのか」という解説が面白かった。学校で習ったのかもしれないが、今は自動的に「1」と覚えてしまっているが、「毎日100円ずつ使っている場合を例にとり、3日前(-3)には300円多かった「(-3)×(-100)=300」という解説には改めてなるほどと思わされる。

天文学の話となると、大きな数が登場する。「対数」はその昔学校で確かに習ったが、やはり日常生活で縁がないせいか忘却の彼方だ。「log」が出てくるとちんぷんかんぷんになるが、それでもケプラーの第三法則「惑星の公転周期の2乗は軌道の長半径の3乗に比例する」の解説は面白く読める。改めて勉強してみたくなる。

素数の原理を利用したインターネットの公開鍵暗号の原理だとか、「アキレウスは亀に追いつけない」パラドックスの解説などは、改めて数学の凄さがわかる。特に紀元前275年に地球は丸いと考え、その円周を46,500キロと実際の40,000キロと遜色ない誤差で推定したエラトステネスの話は興味深い。夏至の正午にアスワンとアレキサンドリアと離れた場所で太陽が落とす影の角度から推定するというもので、実に驚異的だと思う。

話はピタゴラスの定理のような馴染み深いものからデカルト座標や虚数など多岐にわたる。中には難しくて目眩がしてくるものもあるが、基本的に数学は奥が深く、そして面白いと心から思う。できればもう一度高校あたりから学び直してみたい気になってくる。著者の狙いももしかしたらそんな数学の面白さを伝えたいというところにあるのかもしれない。

サブタイトルには「娘に贈る数学」とあるが、私の場合は「自分に贈られた」と感じられた一冊である・・・

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2017年03月02日

【書く力−私たちはこうして文章を磨いた−】池上彰/竹内政明 読書日記768



第1章 構成の秘密-「ブリッジ」の作り方
第2章 本当に伝わる「表現」とは
第3章 名文でリズムを学ぶ
第4章 悪文退治

 個人的にブログもいくつかやっているし、「書く」ということについては、そもそも興味を持っていたこともあり手にした一冊。テレビですっかりおなじみの池上彰と「読売新聞の一面を下から読ませる」と称されるコラムニストとの対談である。

 「書く」と言っても、ここでは読売新聞の「編集手帳」のようなコラムが念頭にあるようである。そういう文章を「書く」場合、最初に出てくるのが、「ブリッジ」の話。テーマとそして自分の書きたいものをつなぐブリッジをどう見つけるか。プロの例を見ればなるほどと思えるが、上手いものである。そして「まずは何を書くかはっきりさせる」という当たり前の説明から入る。一つのヒントが「身近な話」。半径2〜3メートルの世界の話は、その人自身の小さな経験であるが、だからこそ興味深いのだとか。

 書くべき内容がどうしても見つからない場合は、「何でもいいから書いてみる」のがいいとする。そうすることで自分の考えがまとまってくると言うが、これは私自身も経験している真実である。また、テーマが決まったあとは、「書き出し」だと言う。「うまく浮かばなければ別のテーマにしてしまう」くらい大事にしていると言うが、これはなかなか難しい。書くべき要素を「とにかくまず書き出してしまう」と言うやり方はいいかもしれない。今度ブログを書く時試してみようと思う。

 文章を書く上で、いろいろな「部品」が必要になる。それは探しにいくとするが、お二人のレベルになると常時ストックしているらしい。過去の編集手帳の例が取り上げられるが、ヴェルレーヌの詩やジョーク、エピソードなどの「部品」がふんだんに使われている。このあたりは普段の意識だ。また、例えば「すごく悪いことをした犯人の弁護士になったら自分はどうするか」と言った思考実験も効果的だと言う。

・わかっていることをわかっている言葉で書く
・とにかく「削る」練習をする
・言葉選び、言葉への関心は文章への関心につながる
なるほど、随所で出てくる言葉は、さすがに参考になる。

 中でも膝を打ったのが、「自分の文章を時間を置いてから読み直す」と言うこと。これは私もよくやっている。自分のブログを後から何度も読み直している。それは多少、と言うかかなりナルシスト的な意味合いなのだが、そうすると直したくなることがかなりある。「1週間くらいは寝かせてそれからプリントアウトして読み直す」「メールは一呼吸置いてから読み直す」としているが、その通りだと思う。名人が同じことを言ってくれると嬉しくなる。

 また、「名文を書き写す」ことも良いとされる。これも個人的にやっている。よく小池真理子の本を読んだ時に、ラストシーンなど自分で気に入ったところを書き写している。自分のやっていることは間違っていなかったと言う嬉しさがこみ上げる。もっとも実際のやり方としては文字通り「書き写す」のがよく、何度も書いてリズムを体に馴染ませるのだとか。このあたりの徹底は、自分ではしていなかった。

 さすがに文章の達人の言葉は、色々とタメになる。自分ももっとうまく書けるようになりたいと思うし、この本に書かれていることをぜひ参考にしたいと思う。まずは日頃の意識からが、この本から得られた教訓。大いに学びの得られる一冊である・・・
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2016年09月22日

【老子-もう一つの道】原田禎忠 読書日記710



 中国古典の一つである老子。その専門書は多々あるのだろうが、自称専門家でない著者が、「古の智慧を生かす道はどうあるべきか」を考え、字句解釈や逐語訳にこだわらず話の精髄を咀嚼した自由訳を試みたのが本書であるという。そして老子の思想の本源をなす「道」という概念。これは今の世界の主流とは異なるものの、今こそ我々が追求するべきものではないかと考えた著者が、タイトルをあえて「もう一つの道」としたそうである。自然と内容に興味をそそられる。

 一読してやはり難しいのが、「道」の理解である。「道とはすなわち歩んでいれば万人をいずこかへ載せ連れて行くものである」という。すべての存在に先立って存在し、中身のないようでいながらとてつもない充実がその中にある。そしてその存在を確信する方法は直観だとする。結局、一読してもその正体はなお漠然としていて、言葉での説明は難しい。だが、そもそもそういうものでもあるようである。

 一方、具体的行動を示すものはわかりやすい。
・正しいことでも大きな声で主張すべきでない
・多言は無用
・無私-事業を成就したくば、私心を捨て欲望を捨てること
・違った発想をしてみる

 また、言われてなるほどと思わせられる真理もある。
・水はすべての存在を生かし、すべての存在にとって役に立つ。水は他とは争わない。
・満つれば欠ける
・静かなる者、受身の者、下にある者が制する
・恨みに報ゆるに徳を以ってする
・争わない人とは誰も争わない

 さらに普段それとは知らず使っている言葉が出てくる。
・大器は晩成す
・天網恢々、疎にして漏らさず
これらのことわざ(四字熟語になっている)は、出典が老子ということであり、浅学の身には意外な発見であった。
いかに古くから中国古典が読まれてきたかという証だとも言える。

 大海はあらゆる谷の水が集まってくる。すべてのものより低いところにいるからこそ、いわば「百谷の王」となれたという言葉には唸らされるものがある。平和を愛し、戦争を憎み、人と争うことを避ける。強剛よりも柔弱を尊ぶ。こう言う生き方を誰もがしていたら、世の中は平和な楽園と化すに違いない。それは決して難しいことではないと思うが、誰もが実践するとなると難しいのかもしれない。

 いずれにせよ、こう言う心持ちで暮らしていたら、心中穏やかでいられるのかもしれない。「道」という概念はうまく説明できないものの、なんとなくイメージとして理解できる。まともに読めば、小難しくて抵抗感ある古典も、このようにゆるやかに解説を兼ねて示されると素直に理解できる。中国古典初心者にはいいかもしれない。電子書籍だけであるが、一読してみたい内容である・・・


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2016年07月07日

【新人OL、つぶれかけの会社をまかされる】佐藤義典 読書日記682



プロローグ 宣告
第1章 屈辱
第2章 奮闘
第3章 希望
第4章 確信
第5章 決着

著者は、マーケティングコンサルタント。いつもメルマガを愛読しており、その関係でこの本の存在も知っていたが、改めて読んでみようと思い至った次第。本書を一言で表すと、「物語をベースとした超わかりやすいマーケティングの入門書」と著者は自ら語る。内容は、そう著者が語る通り中堅商社広岡商事の新規事業室に勤める売多真子が、ある日社長に呼ばれ、経営不振のイタリアンレストランの立て直しを命じられるところから始まる。

2ヶ月の期限が与えられ、改善案の提出を命じられる。できなければ店も閉店となり、新規事業室も解散となる。上司の大久保からは「任せる」とだけ言われた真子は、問題のレストラン「リストランテ・イタリアーノ」の改善案を作ることになる。突然の指示に戸惑いながら、真子は親戚であるマーケティングコンサルタントの勝に連絡し、アイディアをもらうことにする。こうしてレストランの経営改善案を作るというストーリーが始まる。

ドラマ仕立てで何かを学んでいくというスタイルは、これまでにも『もしも高校野球の女子マネージャーがドラッカーの【マネジメント】を読んだら』『女子高生ちえの社長日記』などがあったが、難しい理論を理解しやすくしてくれるという効果がある。それはたとえばの例とともに説明されるようなものであり、イメージもしやすくなる。何となく子供っぽい気がするが、それはそれで飲み込む方がいいように思う。

本書全体を貫くキーワードは、「一貫性」と「具体性」。「一貫性」とは、論理的であるということ、そして「具体性」とは肌感覚と説明される。お客様と言った場合、それは具体的にどう言うお客様なのか、「強み」といった場合、それは具体的にどういうことなのか。分かってはいても、ついつい具体性のないイメージで語っていることがよくある。ストーリーの合間にきちんとした説明が挿入されているので、より理解しやすい。

最初の教えは、「ベネフィット」。ベネフィットとは、「お客様の立場で考える価値」。レストランだから、それは「おいしいもの」とするのは短絡的。お客さんは料理だけでなく、店の雰囲気や楽しさなどを求めているかもしれない。そう教えられた真子は、お客様が「他店ではなくこの店に来る理由」をお客様アンケートによって考えていく。

個人的に参考になったのは、「手軽軸」「商品軸」「密着軸」の考え方。何に力点を置くかで、店作りは決まってくる。「誰もに愛される」ことを目指すと「誰にも愛されなくなる」のはよくわかるから、この切り口は大事である。それぞれ何に力点を置くかで、他店との差別化も異なってくる。
1. 「手軽軸」なら競合より早い、安い、便利で差別化
2. 「商品軸」なら競合より高品質、新技術で差別化
3. 「密着軸」なら競合より顧客の「個別」ニーズに対応した密着感で差別化
とされており、この説明もよくわかる。

こうして周りの人たちの協力を得て、新しい店「そーれしちりあーの」が誕生する。ストーリー自体は、単純で予定調和的であるが、それはこの本の目的がストーリーでないゆえに仕方ないであろう。何より、マーケティングの考え方がよくわかる。仕事でマーケティングは関係ないというのではなく、ビジネスマンならこの程度は知っていたいところである。そういう意味では、手軽に学べるマーケティングの教科書として、読んでもいい一冊である・・・


posted by HH at 21:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 教科書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする