2020年05月24日

【メタ思考トレーニング 発想力が飛躍的にアップする34問】細谷 功 読書日記1151



《目次》
はじめに
第1章 ウォームアップ編
第2章 Why型思考のトレーニング
第3章 アナロジー思考のトレーニング
第4章 ビジネスアナロジーのトレーニング
メタ思考を鍛えるために
おわりに

 タイトルの聞きなれない言葉を見て読もうかどうか躊躇したが、著者の名前を見て読むことにした一冊。著者は過去にも『地頭力を鍛える 問題解決に活かす「フェルミ推定」』『アリさんとキリギリス−持たない・非計画・従わない時代−』を読んでおり、その内容に感銘を受けていたからである。

 そのタイトルにある「メタ思考」であるが、「あるものを1つ上の視点から客観的に見てみる」「もう1人の自分の視点で自分を客観視してみる」と言うことだという。「様々な物事を1つ上の視点から考えてみることが重要」と言うのが、本書を通じた基本的なメッセージだとする。その「メタ思考」には3つの意味があると言う。それは、
 1. 成長するための気づき=メタの視点
 2. 思い込みや思考の癖から脱する
   (自分は間違っているかもしれないと常に自分の価値観を疑ってみる)
 3. 上記1、2で得られた気づきや発想の広がりを基にした創造的な発想ができる
というものらしい。

 思考の偏り、あるいはバイアスの最たるものが自分中心の視点(自分中心にしか物事を考えることができない)。それはある意味、当然といえば当然かもしれない。しかし、「上司の短所はいくらでも挙げられるが、自分は良い上司だと思っている」のは誰もがどきりとすることではないだろうかと思う。「言っていることは自分が見えている世界、やっていることは他人から見えている世界」という意識は大事だろう。

 また、メタ思考には「上位目的を考える」ことが大事であるとされるが、その2つの意味は下記の通り。
 1. 真の目的を考えたら、そもそもやるべきことは他にある
 2. そもそもの問題を定義し直し、新たな問題を発見する
本当に解くべき問題とは何かを定義しなおすということは日頃から自分も大事だと考えている。「なぜ」と問うことが必要になるが、一方で「日本人同士の会話においてあまり露骨に『なぜですか?』を連発すると煙たがられる」のもまた日頃感じている事実である。
 
 実際、「会議が短かった」という意見を聞き、「では今度は長くしましょう」というのは解決にならないのは当然。「なぜ短いと感じたのか」を突き詰めないと、長くしても「長かった」と言われるかもしれない。これは本当にその通りである。さしづめ、自分は意識せずともこの「メタ思考」の考え方を日頃からしているなと気付かされる。

 もう1つのテーマとして「アナロジー」ということが説明される。アナロジーとは類推のこと。アナロジーは「抽象化」+「具体化」で成り立つ。ビジネスマンにこのアナロジー思考が必要な理由は次の3つ。
 1. 現状にとらわれない新しい発想ができること
 2. 抽象化によって新しい概念を理解することができる様になる
 3. 複雑な事象を他者に簡単に説明する
アナロジーはロジックとは正反対。ロジックからは「ブッとんだアイデアは出てこない」と言われるとよくわかる。

 アナロジーはざっくりと理解したり大きな方向性を考えたり、仮説を考えたりするのに向いている思考法だという。直接目に見えない関係性や構造をパズル問題ではなく日常生活やビジネスの中で見出して、それをパターン化することで様々な領域に応用させることができるとビジネスマンにとっては鬼に金棒である。

 アナロジーの重要性は理解できても実際にどうやれば良いのかと思うが、「新聞と百科事典の共通点は?」とか「コピー機とエレベーターの共通点は?」「タクシーと土産物屋の共通点は?」など豊富な実例でわかりやすく解説されている。不慣れな向きにはいいトレーニングになると思う。やっぱりこの著者の思考系の考え方は面白いと思う。実践的でもあるし、重要なことでもある。身につけられれば大きな力になる。

 これからも著作には注目していきたいと思う一冊である・・・






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2020年05月20日

【ハイ・コンセプト】ダニエル・ピンク 読書日記1150



原題:The Whole New Mind
《目次》
第1部 「ハイ・コンセプト(新しいことを考え出す人)」の時代
 1. なぜ、「右脳タイプ」が成功を約束されるのか
 2. これからのビジネスマンを脅かす「3つの危機」
 3. 右脳が主役の「ハイ・コンセプト/ハイ・タッチ」時代へ
第2部 この「六つの感性」があなたの道をひらく
 1. 「機能」だけでなく「デザイン」
 2. 「議論」よりは「物語」
 3. 「個別」よりも「全体の調和」
 4. 「論理」ではなく「共感」
 5. 「まじめ」だけでなく「遊び心」
 6. 「モノ」よりも「生きがい」

 この本を手にしたのは14年前だが、非常に「目から鱗」であった。改めて読み直してみると、既視感のある内容であるが、逆にそれだけ自分もこの本の内容を意識して行動してきたということでもある。何となく誇らしい気もする。

 冒頭に来るのは大前研一の推奨の言葉。一億総中流と言われたわが国も、今や上へ行く人と下へ行く人とに分かれてM型社会に移行して行く。格差社会とも言われるが、上へ行くためになすべきことは次の3つ。
 1. よその国、特に途上国にできることは避ける
 2. コンピューターやロボットにできることは避ける
 3. 反復性のあることは避ける
理屈としてはよくわかる。
 
 かつて情報化社会の到来を意味する第三の波という言葉がもてはやされたが、今やコンセプチュアル社会の到来を迎える第四の波がきているとする。それはたとえて言えばカンニングOKの社会であり、そこではみんなの意見を聞いて消化し、その上で自分の仮説をもとに仕事を作っていく力が必要とされる。それはまさにその通りだと思う。

 タイトルにある「ハイ・コンセプト」とは、「パターンやチャンスを見出す能力、芸術的で感情面に訴える差を生み出す能力、人を納得させる話のできる能力、一見バラバラな概念を組み立てて何か新しい構想や概念を生み出す能力」とされている。また、「ハイ・タッチ」は、「他人と共感する能力、人間関係の機微を感じ取る能力、自らに喜びを見出し、また他の人が喜びを見つける手助けをする能力、ごく日常的な出来事についてもその目的や意義を追求する能力」としている。要はそれまでの論理的=左脳的な能力よりも感情的=右脳的な能力である。

 今や左脳的なMBAよりも右脳的なMFA(Master of Fine Arts)がもてはやされている(『ビジネスの限界はアートで超えろ!』)が、それはもうすでにここで説かれている。これからはMBA的な左脳型能力も大事であるが、「他人との共感、長期的視野、超越したものを追求する能力」である芸術的手腕(右脳型能力)が必要となるとする。これからのビジネスマンも「処理能力より想像力」「マニュアル知識より潜在的知識」「細部よりも全体像を描く能力」が要求されていく。

 農業の時代が工業の時代になり、それが情報の時代を経て今やコンセプトの時代に突入している。「今の仕事をこのまま続けていいのか」とビジネスマンなら自らに問わなければならない。もはやナレッジワーカーでは、医者や弁護士ですらジリ貧になる。そんなことを言われても、公務員的志向の人には戸惑うばかりだろう。そういう志向でなくても、「ではどうすればいいのか」と思わざるを得ない。それに対し、著者は6つのセンスを説く。
 1. 機能だけでなくデザイン
 2. 議論よりは物語
 3. 個別よりは全体の調和
 4. 論理ではなく共感
 5. 真面目だけではなく「遊び心」
 6. モノよりも「生きがい」

 トースターは、「パンを焼く」というトースターとしての機能を求められるのは1日のうちの1%。残り99%は家を飾るデザインの一つとしての「有意性」だという意見は目から鱗だろう。今読み直してみても、やはり刺激的である。初めて読んだ時から14年。これまで意識の底にはあったと思うが、この本に書かれていることは今も色褪せていない。その後、この本に書かれていることを部分的に説いた本も多数出ている(右脳志向、物語等々)。改めて思うが、読むだけでなく強く意識したいことが書かれている一冊である・・・

 


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2020年04月14日

【ビジョナリー・カンパニー弾み車の法則】ジム・コリンズ 読書日記1141



原題:TURNING THE FLYWHEEL
《目次》
弾み車をまわす
優れた弾み車には永続性がある
自社の弾み車を明確にする手順
CEOだけの問題ではない
実行と革新:弾み車に新たな命を吹き込む
弾み車の拡張
弾み車をまわしつづける「衰退の五原則」から何を学ぶか
歴史の判断
[付録]ビジョナリー・カンパニーの枠組みと弾み車
[第一段階]規律ある人材
[第二段階]規律ある思考
[第三段階]規律ある行動
[第四段階]永続する組織
10X型企業
偉大さのアウトプット

 シリーズ第4作が出てからだいぶ時間が経過しており、もう打ち止めなのかと思っていたら、登場したシリーズ第5作。毎回、独特な表現が使用されているが、今回は「弾み車の法則」。「弾み車」とは聞きなれないが、ギアのようなものらしい。

 弾み車は、押し続けると始めはゆっくり、やがて速く、ある時点でブレークスルーが起き、止めようのない勢いがついて回っていくらしい。そこから、事業環境に合わせて弾み車を回すように事業に勢いを生み出していく方法を説くものだとしている。「正の連鎖反応」とでもいうべきものであろう。

 具体例で見るとそれはよくわかる。最初に例示されているのが、アマゾン。
「より多くの商品の価格を下げる」→ 「サイトの訪問客数が増加する」→「サードパーティの売り手が集まる」→「品ぞろえが広がり配送網が充実する」→「固定費当たりの売り上げが伸びる」→「より多くの商品の価格を下げる」・・・という具合である。

 この「循環」を称して弾み車と言っているわけであるが、アマゾンの他にもインテルなどの有名企業の例も挙げられ、さらにこの弾み車は企業のみならず当てはまることも説明される。その例として、小学校やオハイオ音楽祭、クリーブランドクリニックなどが挙げられる。優れた弾み車には永続性があり、また手にした成功を持続的な弾み車に転換する能力があるとする。このあたり読みながら自分たちの事業に当てはめてみたりする。

 この弾み車が失速、あるいは動かなくなる原因は、
 1. 1つ1つの構成要素の革新・実行ができていない
 2. 根底にある弾み車がすでに有効性を失っている
ことが考えられるとする。当然と言えば当然の理屈だろう。そしてうまく行く方法としては、過去のシリーズで取り上げられた方法が説明されて行く。
 1. ANDの才能によって自らを解放する(『ビジョナリー・カンパニー 2 - 飛躍の法則』)
 2. 銃撃に続いて大砲発射(『ビジョナリー・カンパニーC 〜自分の意志で偉大になる〜』)
 3. 衰退の五段階(『ビジョナリー・カンパニーB〜衰退の五段階〜』)
等々。

 弾み車以外の部分については、過去のシリーズのおさらいといったところ。本自体も極めて薄いので、弾み車の説明をしただけで終わりといった感がある。もう書き尽くしたということなのかもしれない。前作から8年待ってこれだけだともうこのシリーズには期待できそうもない。シリーズ打ち止めの一作としては、ちょっと寂しい内容の一冊である・・・


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2020年04月08日

【ドーナツを穴だけ残して食べる方法】大阪大学ショセキカプロジェクト 読書日記1137



《目次》
 第0章 ドーナツの穴談義のインターネット生態学的考察 松村真宏
第1部 穴だけ残して食べるには
 第1章 ドーナツを削る--工学としての切削の限界 高田 孝
 第2章 ドーナツとは家である--美学の視点から「ドーナツの穴」を覗く試み 田中 均
 第3章 とにかくドーナツを食べる方法 宮地秀樹
 第4章 ドーナツの穴の周りを巡る永遠の旅人--精神医学的人間論 井上洋一
 第5章 ミクロとマクロから本質に迫る--歴史学のアプローチ 杉田米行
第2部 ドーナツの穴に学ぶこと
 第6章 パラドックスに潜む人類の秘密 なぜ人類はこのようなことを考えてしまうのか? 大村敬一
 第7章 ドーナツ型オリゴ糖の穴を用いて分子を捕まえる 木田敏之
 第8章 法律家は黒を白と言いくるめる? 大久保邦彦
 第9章 ドーナツ化現象と経済学 松行輝昌
 第10章 ドーナツという「近代」 宮原 曉
 第11章 法の穴と法規制のパラドックス--自由を損なう行動や選択の自己決定=自由をどれだけ法で規制するべきなのか? 瀬戸山晃一
 第12章 アメリカの「トンデモ訴訟」とその背景 松本充郎

 「ドーナツを穴だけ残して食べる方法」というのは、実に興味深いタイトルであり、そこに興味を持って手にした一冊。実際、ドーナツを食べるということは、穴も消滅してしまうこととイコールであり、穴を残して食べるということは不可能に思える。その矛盾をどのように克服するのか。内容はこのテーマに関し、大阪大学の各分野の先生方が回答を示す形でまとまっている。

 冒頭の第0章では、インターネット上で「ドーナツを穴だけ残して食べる方法」についてググってみた結果をもとにした考察がなされる。過去何回か検索のブームが出たことや、真面目な議論からジョークまで紹介される。「あまりにもお腹が減っていたので、ドーナツの穴まで食べちゃったよ」というジョークはなかなか面白い。この後読んでいくのに期待を持たせてくれるイントロである。

 続く第1章では工学の先生が、ドーナツの穴を残すという観点から「切る」「削る」という工学的な見地からの方法論をいろいろと説明してくれる。まったく疎い工学という見地からの議論は興味深いといえば興味深いが、ただ、ドーナツを切ったり削ったりする方法が説かれているだけで、「それでどうした?」という疑問が後に残る。そして第2章は文学の立場から、「ドーナツの穴は無くならない、なぜならドーナツは食べてもなくならないから」という考えが説明される。

 ここで説かれるのは、「美学」。ソクラテスが「寝椅子」について語る文章を紹介し、「寝椅子」を「ドーナツ」に置き換えて考えたり、マルセル・プルーストの『失われた時を求めて』の有名なマドレーヌをドーナツに置き換えたりして考察が重ねられる。そうした上で、「ドーナツは家である」という命題に至り、「ドーナツの穴は無くならない」となる。屁理屈的なところがなきにしもあらずであるが、こういう議論は好きであるから気にならない。

 第3章の数学的観点からの考察から、ややおかしな方向へと進み始める。三次元、四次元の議論からドーナツを食べても穴は無くならないとするが、数学的知識の不足もあるのかまったくわからない。低次元トポロジーの「絡んだ2つの輪は四次元空間では必ず外すことができる」という論理的トリックを用いているとのこと。そもそも四次元をイメージすることは難しいし、五じげん、六次元・・・と展開できると言われても何が何やらである。どうも本旨からずれている気がして来る。

 第4章は精神医学の立場からになるが、「人間の心が求めているもの、それはドーナツの穴のようなものかもしれない」という意見が出てくる。そして、「心を支えているのは理想であり、それはドーナツが食べられてしまった後に残っているドーナツの穴のようなものである」となる。心の話はそれなりに面白いが、別にドーナツの穴にこじつけなくてもいいと思う。第5章の歴史的観点からの意見も、最初と最後だけドーナツという言葉が出てくるが、間の健康保険や冷戦の話はドーナツとはまるで関係ない。

 その後のパラドックスの話もしかり、さらに第7章に至っては、「ドーナツ型オリゴ糖の穴を用いて分子を捕まえる」であり、ここまでこじつけも過ぎると何もいうことがなくなる。個々の法律や経済学(ドーナツ化現象)の話はそれなりに面白いが、それはそれで単独でいい話で、無理にドーナツにこじつける必要はない。期待から外れていくと読み続ける気も失せてくる。ここまで無理にこじつける必要があるのだろうかと疑問に思う。著者は「大阪大学ショセキカプロジェクト」となっているが、学生が本を無理やり作ろうと頑張ったが空振りに終わったという感じだろうか。途中まではなんとか我慢したが、最後は読むのをやめてしまった。

 期待していただけにちょっと残念な一冊である・・・




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2020年03月31日

【21世紀の啓蒙(上):理性、科学、ヒューマニズム、進歩】スティーブン ピンカー 読書日記1135



原題:ENLIGHTMENT NOW:THE CASE FOR REASON,SCIENCE,HUMANISM,AND PROGRESS
《目次》
第1部 啓蒙主義とは何か
 第1章 啓蒙のモットー「知る勇気をもて」
 第2章 人間を理解する鍵「エントロピー」「進化」「情報」
 第3章 西洋を二分する反啓蒙主義
第2部 進歩
 第4章 世にはびこる進歩恐怖症
 第5章 寿命は大きく延びている
 第6章 健康の改善と医学の進歩
 第7章 人口が増えても食糧事情は改善
 第8章 富が増大し貧困は減少した
 第9章 不平等は本当の問題ではない
 第10章 環境問題は解決できる問題だ
 第11章 世界はさらに平和になった
 第12章 世界はいかにして安全になったか
 第13章 テロリズムへの過剰反応
 第14章 民主化を進歩といえる理由
 第15章 偏見・差別の減少と平等の権利

 著者は、ハーバード大学の心理学教授だという。心理学の教授というイメージとこの本の内
容はマッチしないが、だからどうということではない。この本で著者は、「理性・科学・ヒューマニズム・進歩」という4つの理念からなる啓蒙主義の理念から発想を得た世界観を示すとしている。それは一言で言えば、世界はよくなってきているという考え方である。

 人間を理解する鍵は、「エントロピー」「進化」「情報」だとする。そしてこの3つの鍵で人類は呪術的世界観を葬ったとする。適切なルールがあれば必ずしも合理的とは言えない人々のコミュニティであっても合理的な思考を育むことができる。認知力と規範・制度が人間の不完全さを補うという冒頭の啓蒙主義についての考え方が興味を引く。ニュースと認知バイアスが誤った世界観を生むという考えはよく理解できる。

 世界を正しく認識するには「教えること」が大事なのだという。今生きている人が何人で、その中の何人が暴力の犠牲になっているかというようなことである。そして例示されるのは、18世紀中頃の欧米の平均寿命は35才で、これはそれ以前の225年間ずっと変わらなかったものだが、今アフリカで生まれる子供たちは1930年代の欧米人と同程度の寿命を期待できるのだとか。特に乳幼児死亡率と妊産婦死亡率が著しく低下しているという。

 なんとなく先日読んだ『FACTFULNESS 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣』と似通った展開であるが、それは著者も意識しているようで、本文中でも触れられている。急激な人口増でも飢餓率は減少。それは化学肥料が農作物の生産量を飛躍的に増加させたことによる。今では批判されることも多いグローバル化だが、それによって貧しかった国を豊かにし科学技術の発展がより良い生活をより安く実現することに貢献している。

 意外なのは、20世紀以降の格差縮小の最大要因は戦争だということ。これは低いレベルでの格差縮小だと言われれば納得できる。また、「貧困」を「人が稼ぐ額」ではなく「人が消費する額」で定義すると、実はアメリカの貧困は1960年代の30%から3%へと大幅に低下しているのだとか。消費面での格差縮小の原動力は「グローバル化」と「技術の進歩」である。不平等と貧困は別物であり、不平等の解消より経済成長率を上げ富の総量を増やす方が重要である。いくつかの点で世界はより不平等になったが、より多くの点で世界の人々の暮らしは良くなっている。金持ちには心地よい意見である。

 環境についても人は豊かになるにつれ環境に関心を向けるものだという。「スモッグと引き換えでしか電気が手に入らなければ人々はスモッグと共に暮らすだろう」と言われればその通りかもしれない。人が必要としているのは資源ではなく、必要をアイデアを用いて実現することであり、よって資源を使い尽くすことはないという。確かにまだ石油も枯渇していないし、レアメタルも然りである。素人的には否定するのは難しい。さらに気候変動への啓蒙的対処法を説くがこれは如何なものかという内容である。

 脱炭素化という点で、著者はその鍵を原発に求める。その理由として、チェルノブイリ事故も直接の死者は31人であり、福島はゼロ。その後ガンで死んだとされる人も数千人であり、石炭火力発電の年間死亡者100万人とは比べるまでもないという。ただし、居住不可能地域については触れられていない。内戦による死者も事故によるものも殺人によるものも皆すべてかつてより大幅に減少しており、増えているのは薬物過剰摂取(ドラッグ)くらいだとか。世界はより安全により平和になっているというのが著者の意見である。

 『FACTFULNESS 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣』と同様、データをもとに人々の意外な思い込みを否定する内容。確かにその通り。ただ、原発では不都合な部分には触れられておらず、全部なるほどというには抵抗がある。是非とも専門家による反論(あればだが)を読んでみたいと思う。上下巻とも厚い本であり、上巻だけでもかなりある。頑張って下巻も読んでみたいと思う一冊である・・・ 







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2020年03月06日

【FACTFULNESS 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣】ハンス・ロスリング/オーラ・ロスリング/アンナ・ロスリング・ロンランド 読書日記1128



原題:FACTFULNESS
《目次》
イントロダクション
第1章 分断本能 「世界は分断されている」という思い込み
第2章 ネガティブ本能 「世界がどんどん悪くなっている」という思い込み
第3章 直線本能 「世界の人口はひたすら増える」という思い込み
第4章 恐怖本能 「実は危険でないことを恐ろしい」と考えてしまう思い込み
第5章 過大視本能 「目の前の数字がいちばん重要」という思い込み
第6章 パターン化本能 「ひとつの例にすべてがあてはまる」という思い込み
第7章 宿命本能 「すべてはあらかじめ決まっている」という思い込み
第8章 単純化本能 「世界はひとつの切り口で理解できる」という思い込み
第9章 犯人捜し本能 「だれかを責めれば物事は解決する」という思い込み
第10章 焦り本能 「いますぐ手を打たないと大変なことになる」という思い込み
第11章 ファクトフルネスを実践しよう
おわりに

 著者は、医師、グローバルヘルスの教授、そして教育者としての顔を持つ多彩な方。残念ながら故人となってしまったらしいが、この本は著者の長年の研究の成果を息子夫婦と共にまとめた成果らしい。「10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣」というサブタイトルが内容をよく表している。

 初めに13の質問が表示される。「現在、低所得国に暮らす女子の何割が初等教育を終了するでしょう」という問いをはじめとするものであるが、選択肢は「20% 40% 60%」とあり、20%かなと思う。しかし、答えは60%。低所得国というイメージが間違えさせるわけであるが、なんと正解率は7%だという。訳の分からぬチンパンジーですら正解率は1/3、つまり33%。であるから我々はチンパンジーにも劣ることになる。こんな勘違いが紹介されて行く。

 先進国=豊かな国、途上国=貧しい国というイメージがそもそもの誤り。これは第1章の「世界は分断されているという思い込み」で説明される。かつて解決不能に見えた世界の課題はすでに解決しているとする。世界人口の85%は、すでに先進国と名付けられた枠の中に入っており、途上国は全人口の8%、残り7%はその間だという。著者はそれをグラフで表示するが、これを見ると一目瞭然である。

 世界をレベル1からレベル4と4段階に分類する。すると世界の大半はレベル2〜3にあるという。これは1950年代の西ヨーロッパおよび北米の生活水準と同じだとか。極度の貧困率は1800年代は全人口の85%だったのが2017年代は9%。現在レベル1にいる国の平均寿命は、スウェーデンがレベル1だった頃の1800年代に比べて30年も長い。こんな事実を突きつけられると世界は確実に良くなってきていることがわかる。

 我々の認識が誤る原因は、「良いニュースは伝わりにくい」ということがある。災害でなくなる人は1930年代は百万人あたり453人だったのが、2010年代は10人。飛行機事故の死亡者も戦争や紛争による犠牲者も劇的に減少している。冷静に数字を拾えばこうした事実は浮かび上がってくるが、テレビで流されるニュースを見ているととてもこのような実感はわかない。そして意外な事実も明らかにされる。

 人口増加は人類の未来に対する不安の一つであるが、特に途上国の人口増を止める確実な方法は、「極度の貧困をなくし、教育と避妊具を広める」ことだという。世界の中で子供の生存率が伸びている原因は「母親が読み書きできる」ことだという。 シリア難民は1人1,000ユーロ払って危険なゴムボートでヨーロッパへと向かう。しかし、ヨーロッパまでの航空券は50ユーロで買えるという事実には考えさせられるものがある。

 掲げられている10の「本能」を回避するには、比較したり割り算したり、自分が肩入れしている考え方の弱みをいつも探したほうがいいという。著者はそれをトンカチにたとえ、なんでも叩くのではなく、さまざまな道具の入った工具箱を準備したほうが良いとする。中絶を違法化しても中絶がなくなるわけではなく、中絶がより危険になるだけであるというのもそんな例なのかもしれない。

 事実に基づいて世界を見ることが人生の役に立つというのが、著者の信念。これは何も世界を見ることだけではなく、身の回りのことでも当てはまるように思う。「データを基に世界を正しく見る」という習慣をつけることがいかに重要か。それがよく理解できる一冊である・・・


最新のデータを基にしたオンライン版のチャート



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2020年01月24日

【天才を殺す凡人 職場の人間関係に悩む、すべての人へ】北野唯我 読書日記1115



《目次》
ステージ1 才能ってなんだろう
ステージ2 相反する才能
ステージ3 武器を選び、戦え

 著者はビジネスマンであるらしいが、「凡人が天才を殺すことがある理由」というブログを書いたところ、公開すぐに30万PVを獲得したとのこと。この本はそれを書籍化したものだということである。内容はというと、世界には「天才」「秀才」「凡人」の3種類がいて、その三者は殺し合うことがあるというもの。その中で、どうすれば良いのか。解説は物語形式で書かれていて、具体的にイメージしやすい。

 主人公はある中小企業の広報部に勤務する青野トオル。会社はカリスマ女社長上納アンナが創業したが、最近は業績も踊り場である。カリスマの威光も衰え、今はピカピカの経歴を誇るエリート神咲が発言力を増している。悶々とする日々を過ごす青野の前に、ある日渋谷のハチ公が実体化して現れる。おかしな方言を喋るハチ公が、それから青野に色々なアドバイスを与えていく。

 ハチ公がビジネスに関する教えを様々主人公に語るというパターンは、犬と象の違いこそあるものの、『夢をかなえる象』とまったく同じである。まぁ、大事なのは内容なのでそこはこだわるところではない。さて、そのハチ公だが、人の才能には下記の3種類があると青野に説く。それが、それぞれ「天才」・「秀才」・「凡人」に該当しているというのである。
 1. 独創的な考えや着眼点を持ち、人々が思いつかないプロセスで物事を進められる人
 2. 論理的に物事を考え、システムや数字、秩序を大事にし堅実に物事を進められる人
 3. 感情やその場の空気を敏感に読み、相手の反応を予測しながら動ける人

 面白いのは、組織は最初は天才が率いる(創業する)が、やがてそれを秀才が引き継ぐというもの。「大企業病」と言われる状況を考えると痛いほどよくわかる。そんな組織に天才が入って来ても、「多数決」によって殺されてしまう。なぜそうなるのか。著者はそれを「軸」という考え方で説明する。天才は「創造性」、秀才は「再現性(≒論理性)」、凡人は「共感性」という軸で物事を評価する。したがって、お互いに理解はできない。

 大企業でイノベーションが起きない理由は、3つの軸を一つのKPIで測るからだとする。特に「創造性」は測ることなどできないわけで、それゆえに説明能力の高い秀才に対抗できない。さらに思いっきり頷いてしまったのが、「経営はアートとサイエンスとクラフト」だという部分。確かにその通りだろうと思う。そしてそれこそ大企業がつまらなくなる理由なのだろうと思う(秀才にとっては面白いのかもしれない)。

ハチ公はさらに三者のコミュニケーションの断絶を防ぐために「3人のアンバサダー」の存在を語る。
 1. エリートサラリーマン:創造性や再現性があり、天才と秀才の橋渡しをする人
 2. 最強の実行者:会社のエース、大活躍するが、革新は生まれない
 3. 病める天才:天才と凡人を橋渡しするが、構造的に考えるのが苦手
また、「主語が違う」という説明も面白い。すなわち、凡人は「自分または相手」、秀才は「知識・善悪」、天才は「世界は何でできているか、人々は世界をどう認識するか」を主語にして語るが、これが互いに話が噛み合わない理由でもある。実に納得の理論である。

 誰が天才で誰が秀才という議論もあるかもしれないが、誰でも自分の中にそれぞれの割合があるのだという説明がさらに納得感を高めてくれた。その割合によって、天才や秀才や凡人に見えるということもあるだろう。また、個人的には「人生は配られたカードで勝負するしかない」という言葉が深く心に残った。「大事なのは自分に配られたカードを世の中に出し続けること、才能は磨かれていくものであり、それが才能を使うことの最大のメリット」。この言葉は心に刻みたい。

 今度渋谷に行ってハチ公像の前を通るとき、この本のことを思い出すだろうなと思わせてくれる一冊である・・・





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2019年12月06日

【読みたいことを、書けばいい。−人生が変わるシンプルな文章術−】田中 泰延 読書日記1101



《目次》
はじめに 自分のために書くということ -書いたのに読んでもらえないあなたへ
序章 なんのために書いたか
第1章 なにを書くのか 〜ブログやSNSで書いているあなたへ〜
第2章 だれに書くのか 〜「読者を想定」しているあなたへ〜
第3章 どう書くのか 〜「つまらない人間」のあなたへ
第4章 なぜ書くのか 〜生き方を変えたいあなたへ〜
おわりに いつ書くのか。どこで書くのか。

 ブログをやっている人間は、多かれ少なかれ、何らかの形で書くことに興味を持っているのではないかと思う。そんな人間にとって、自分の考えていることを「どんな風に書けば良いのか」という疑問を持ったこともあると思う。そういう者にとって、実に興味深いタイトルであるこの本、それだけで手に取ってしまったと言える。

 著者は、学生時代に6,000冊の本を乱読し、卒業後は電通でコピーライターとして活躍し、今はフリーランスでインターネット上で文筆活動を行なっているという人物。全く知らなかったが、『街角のクリエイティブ』というサイトに映画評のコラムを持つているらしい。そんな著者が語る文章論。

 現在、ネットで読まれている文章の9割は「随筆」だと著者は語る。その随筆とは、「事象と心象が交わるところに生まれる文章」だとする。そのうち、「事象」寄りのものを書いているのが、ジヤーナリストであり研究者である。そして「心象」寄りのものを書いているのが小説家であり詩人だという。その中間がライターだとする。著者によれば、書く文章の「分野」を知っておくことは重要であり、定義をはっきりさせることも然りなのだという。

 意外なことに、ターゲットなど想定しなくていいとする。読み手など想定して書く必要はないのだとか。書いた文章を最初に読むのは間違い無く自分自身。たくさん読まれたい、ライターとして有名になりたいという思いを捨て、まずは書いた文章を自分が面白いと思えれば幸せだと気がつくべき。「他人の人生を生きてはいけない」という言葉は、大いに賛同してしまう。事実、私も別のブログをやっているが、そのターゲットは「自分だけ」である。

 つまらない人間とは何かといえば、それは「自分の内面を語る人」。物書きは「調べる」が9割9分5厘6毛であり、調べたことを並べれば、読む人が主人公になるとする。調べるのは主に一次資料に当たるべきで、それは図書館で調べるべしとする。資料を当たっていくうちに「ここは愛せる」というポイントが見つかるので、そのポイントの資料を掘るといいらしい。言葉で説明されても分かりにくいが、実際に著者の書いたブログを読むと何とくイメージがわく。

1. 感動が中心になければ書く意味がない
2. 思考の過程を披露する
3. 「起承転結」でいい
4. 貨幣と言語は同じもの
5. 書くことはたった一人のベンチャー起業
6. 書くことは生き方の問題である

 総じて言えば、「自分が読みたいことを書けば自分が楽しい。そこにテクニックは必要なく、この本で語られるのは文章テクニックではなく、「(自分が)読者としての文章術」。そんな持論の各章の合間に文章術コラムが入っている。中でも履歴書(エントリーシート)の書き方という部分などはいずれ息子にも教えたいと思わされた。「エントリーシートはキャッチコピー」。元コピーライターらしいその意見になるほどとと思わされた。

 著者も言っている通り、この本にテクニックを求めてはいけない。しかしながら、これもテクニックといえばテクニックなのかもしれないという気もする。ブログをやっている者としては、そして同じような考え方であることもあり、自分に自信を持たせてくれた一冊である・・・





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2019年12月02日

【日本人の勝算 人口減少×高齢化×資本主義】デービッド・アトキンソン 読書日記1098



《目次》
第1章 人口減少を直視せよ――今という「最後のチャンス」を逃すな
第2章 資本主義をアップデートせよ――「高付加価値・高所得経済」への転換
第3章 海外市場を目指せ――日本は「輸出できるもの」の宝庫だ
第4章 企業規模を拡大せよ――「日本人の底力」は大企業でこそ生きる
第5章 最低賃金を引き上げよ――「正当な評価」は人を動かす
第6章 生産性を高めよ――日本は「賃上げショック」で生まれ変わる
第7章 人材育成トレーニングを「強制」せよ――「大人の学び」は制度で増やせる

 著者は、元ゴールドマン・サックス証券のエコノミストであり、現小西美術工藝社社長。これまでも『新・所得倍増論 潜在能力を活かせない「日本病」の正体と処方箋』をはじめとして、日本経済に対する提言を発表しているが、この本もまたそれに連なる一冊である。元エコノミストらしく、海外のエコノミスト118人の論文を読破し、それらの分析結果を日本の実情に合わせて考察したのが本書だと言う。

 日本で現在起きているパラダイムシフトは、「人口減少」と「高齢化」。このままでは日本に勝算はなく、必要なのはこれまでの常識にとらわれない考え方だとする。人口減少は不動産価格の下落をもたらし、物価全体に大きな影響を与える。これが最大のデフレ要因であるが、これ以外にも少子高齢化、政治要因、産業構造の変化等様々な要因がデフレ圧力となる。もはや金融政策の効果もなくなると言う。それは、同じ人であっても年齢が高まれば需要は減るものであるし、当然の結果だとする。なるほど、理屈はよくわかる。

 これまでも語られているが、日本はGDP総額世界3位といっても、それは人口ボーナスによるもの。それが証拠に一人当たりでは28位にまで落ちてしまう。それゆえに、著者はこれまでにも増して「生産性の向上」が不可欠だと説く。なぜ日本はこれほど生産性が低いのか。著者はそれを具体的に説明してくれる。生産性の向上には国としては輸出増が効果があるとする。それも中間財(中間財は輸出先の生産性向上に貢献するだけ)ではなく最終消費財である。

 日本の生産性が低い理由として、個人的になるほどと思ったのは、「日本には中小企業が多い」ということ。実は、内訳を見ていくと、個人ベースでは大企業では生産性はそれほど低くはないのだとか。中小企業こそ生産性の向上が必要であり、著者は最も効果の高い方法として「中小企業の規模拡大」と「最低賃金の引き上げ」を主張する。大企業の生産性が高くて中小企業が低いと言う理屈は、「下請けにしわ寄せしている」と考えれば理解しやすい。合併等によって規模を拡大すれば、それを防いで給料も上げられると言うことである。

 読んでいて、なるほどと思う反面、やっぱりよく理解できないところもある。そもそも生産性とは、と調べてみると、「労働生産性」については、「付加価値/社員数」ということのよう。付加価値とは、粗利益=限界利益。つまり、より少ない人数で多くの粗利を稼ぐということが生産性の向上につながると言える。中小企業は取引先の大企業に叩かれて粗利を抑えられ、一方で日本は雇用が守られているから労働者が減らせないというカルチャー面でも理由もあるのかもしれない。

 しかし、それは「物価」とどう関係するのかという疑問もある。1つの比較指標として「ビックマック指数」が挙げられている。日本のビックマックは途上国並みに安く、その理由は「最低賃金が低いから」としている。しかし、値段の高いビックマックと安いビックマックのどちらがいいかと問われれば、消費者としては安い方である。生産性が向上して、結果として給料が上がったとして、それで物価が上がれば「元も子もない」気がする。

 著者はこの本で以下の主張を展開する。
1. 高生産性、高所得資本主義を実施
2. 企業規模拡大を促す統合促進政策
3. 最低賃金の継続的な引き上げ
これから日本は「人手不足」が本格化してくる。安易な安い移民にシフトするのは愚策だというのはその通りだと思う。「人が足りないのなら人をより効率的に使う仕組みを作れば良い」と言うのもその通り。ただ、その方法論として、著者が主張することが正しいのかどうか、残念ながら素人の私にはよくわからない。ただ、これからいろいろ考えていく上で、1つの示唆に富む意見だと思う。

 頭の片隅にとどめておきたい一冊である・・・
 

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2019年11月18日

【1秒でつかむ−「見たことないおもしろさ」で最後まで飽きさせない32の技術−】高橋 弘樹 読書日記1093



《目次》
はじめに「1秒たりとも、飽きないで見てもらいたい」
第1章 1秒でつかむ「見たことないおもしろさ」の作り方
第2章 コンテンツの魅力を引き出すために
第3章 「不快」を排除して見えない魅力を伝える技術
第4章 1秒も離さず常に興味を持ってもらう12の技術
持続編 「裏切り」「笑い」「伏線」「疑問」「振り幅」1秒も飽きさせない「5つの神器」
ラスト編 1秒も「ムダではなかった」と思ってもらうために
第5章 人の心に突き刺さる「深さ」の作り方
おわりに

 著者はテレビ東京のディレクター。毎週水曜日に放送されている『家、ついて行ってイイですか?』の生みの親だと言う。本のタイトルはともかくとして、テレビ東京という大手のテレビ局からすると、資金力で劣る立場からどう戦っているのか。中小企業に努める身としてはなかなか参考になる一冊である。

 その『家、ついて行ってイイですか?』だが、実は「平均視聴時間割合が高い」、「番組録画率が高い」、「番組視聴質が高い(真剣に凝視している)」という特徴があるらしい。そして2018年1-3月には視聴質で堂々の3位に入ったという。著者によれば同番組は「企画術」と「伝える技術」から構成されているという。「おもしろい!」と思ってもらうためにはいろいろな手法があって、それをここでは様々解説してくれる。

 そのもっともシンプルで価値の高い方法は、「いままでにないものを作ること」だという。当たり前すぎるが、よくよく考えてみればテレビ業界もそのほかの業界でも「二番煎じ」「二匹目のドジョウ」がうようよしている。これは「言うがやすし」でなかなか簡単にはいかないことによる。『家、ついて行ってイイですか?』では、それまでのドキュメンタリーの常識をすべて覆したのだという。その内容は以下の通り。

1. 長期密着取材 → 短期密着取材
2. 事前に取材のアポを取る → その場で交渉する
3. 雰囲気のあるナレーションと音楽 → ノーナレーション、ノーミュージック
4. 主人公を意図的に選ぶ → 街を歩いている人の中からその場で選ぶ
ゴールデンタイムの番組でナレーションを外すなんて普通は論外だそうであるが、考えてみれば挑戦的な試みだと思う。

 著者は普段から現実社会を観察し、「おもしろい!」と思う一瞬を自分の脳みその中に切り取ってストックしておくという。一瞬ネガティブなものでも「組み合わせ方次第」、「切り取り方次第」、「ストーリー次第」、「機能次第」でポジティブな魅力を発見することができるという。いま成功している商品やサービスとの差別化は常に新商品開発の最大の課題だとするが、これは普遍的に当てはまることである。

 著者はしばしば「バランスを崩す」という表現を使う。たとえば『家、ついて行ってイイですか?』は予算のバランスを崩壊させたという。というのも、悲しいかな各局に比べて予算の圧倒的に少ないテレビ東京では、番組作りでも同じ戦いはできず、『家、ついて行ってイイですか?』では、その予算のほとんどをロケに振り向けたという。

 たとえば、全体の予算が他局では3,000万円だとするとテレビ東京は1,000万円であり、これを「タレント出演料」「スタジオ予算」「ロケ予算」「編集費用」「ナレーション等」に均等に割り振ると当然予算総額の多い相手には勝てない。そこで「ロケ予算」にたとえば8割をつぎ込めば、少なくとも「ロケ予算」では圧勝できる。選択と集中とも言えるが、、予算のバランスを崩すことによって勝てるという理屈らしい。同番組では、通常5〜10人のディレクターが70人配置しているのだとか。

 「良いものを作るために努力で差別化する」という言葉は、胸に刺さって来る。さらに強調しているのは「ストーリー化」。この「ストーリー化」もいろいろなところで語られているが、「事実を解釈して魅力を最大限に引き出す」ことで結果を劇的に変えることになる。著者が就活を行なっていた彼女にこれを使い、獨協大学で初めて電通に内定をもらうことになったという話は興味深い。
 
 結局、気がついてみると、「1秒でつかむ」というタイトルはよくわからなかったが、自分のビジネスに色々とヒントになりそうなことはあちこちに散りばめられていた。改めて『家、ついて行ってイイですか?』を観てみたが、なるほどみんながチャンネルを合わせるのがよくわかる。これから毎週観てみようと思わされる。野村監督ではないが、「弱者の兵法」の参考になる一冊である・・・








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