2020年03月27日

【慈雨】柚月裕子 読書日記1134



 今まで読んだことのない作家の本を読むということは、小さなチャレンジでもあり、新しい開拓でもあり、楽しみなところがある。数多くの小説が生まれ出る世の中において、それは確かに一つの楽しみである。この本は、私にとってそんな新たな作家との出会いとなる一冊。

 主人公は定年退職した警察官、神馬智則。この本は基本的に刑事ドラマであるが、主人公が現役ではなく定年退職した警察官というのが面白い。冒頭、もう何度も見た夢を神馬は見ている。行方不明になった少女を草深い山中で捜索する夢である。これがこの物語の根底に流れる事件。その事件自体は16年前であり、犯人も逮捕されている。いわば解決済みの事件が、この物語では大きな意味を持つ。

 定年退職した神馬は、妻香代子とともに四国にお遍路の旅にきている。その目的は自分が関わった事件の被害者の供養。なぜという疑問がわくが、その理由はやがてわかってくる。前半は、神馬の警察官人生を振り返りつつ、大きな契機となった金内純子ちゃん殺害事件の概要が説明される。神馬が今も夢に見る事件である。合間合間に語られるお遍路の様子は、知らない者にはいいガイダンスである。

 神馬夫妻には一人娘の幸知がいる。その幸知は、実はかつての神馬の部下である緒方圭祐と付き合っている。その事実を知る神馬は2人の交際に賛成できないでいる。その理由は、世間でよくある父親心理だけでなく、「刑事の妻にさせる」という事実に対する抵抗でもある。それも冒頭の事件に関連している。そんなエピソードを交えながらの物語。そして一件の殺人事件が起こる。被害者はまだ小学生の少女。その手口は、16年前の金内純子ちゃん殺害事件と酷似している。

 神馬は引退した身。しかし、新たに発生した事件が気になる。妻の香代子に隠れて密かに緒方に連絡を取ると、事件の概要を聞く。厳密に言えば、現役を引退した以上、こうした行為は許されないのだろうが、そこはかつての上司と部下。現在の上司鷲尾の了解の下、捜査のアドバイスをもらうという形で、以後2人は連絡を取り合うことになる。こうして2つの事件を巡り、ストーリーは進んでいく。

 こうした小説はストーリーを一直線に追って行っても面白いものではない。主人公をはじめ、登場人物たちを巧妙に描き出すことによってストーリーに深みが出てくる。この物語もそうした描写によって登場人物たちの考えがより分かりやすく伝わってくる。手がかりが掴めない事件。しかし、神馬の気づきが事件の突破口となる。読み進むうちに深みのある人間ドラマが胸を打つ。単に事件を解決して終わりという刑事ドラマというよりも、これは深い味わいのある人間ドラマといった方が正確だろう。

 読み終えて著者の他の作品にも興味を持った。他の作品もぜひ読んでみたい。そう思わせてくれる、胸が熱くなる一冊である・・・

 


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2020年01月15日

【邂逅の森】熊谷達也 読書日記1112



第1章 寒マタギ
第2章 穴グマ猟
第3章 春山猟
第4章 友子同盟
第5章 渡り鉱夫
第6章 大雪崩
第7章 余所者
第8章 頭領
第9章 帰郷
第10章 山の神

 本書は、平成16年度、第131回直木賞受賞作品。直木賞というだけでは別に読もうとも思わないし、マタギが主人公の話と聞くとなんとなく敬遠したくなる。しかし、「直木賞、山本周五郎賞を史上初めてダブル受賞した作品」と聞くと、なんとなくこれは読まないといけないと思わされるものがある。そうして読むことによって「読まず嫌い」がなくなるとも思う。そういう経緯から手にした一冊。

 物語は、大正三年の冬の山形県の山中から始まる。主人公の松橋富治は、数えで25歳の若者。鈴木善次郎が頭領を務める狩猟組、善之助組に身を置くマタギである。マタギのことはよく知らない。単独で獲物を追うイメージであったが、ここでは善之助組がチームで猟をする様子が描かれる。獲物はアオシシと呼ばれるニホンカモシカ。声をあげて追い立てる役目と、追われてきた獲物を仕留める役目。それぞれ頭領の下、団結しての狩猟の様子はそれだけで興味深い。

 初マタギの富治は、先輩マタギによる手荒い儀式を経て、経験を積んでいく。仕留めた獲物を解体して売る。貧しい村のそれが貴重な収入源。夏は小作農、冬はマタギ。獲れる獲物はなんでも取る。その獲物は熊にも及び、特にその胆(い)=胆嚢が高く売れる。マタギにもルールがあり、山の神様の怒りを買わないようにいろいろな決まり事がある。小説も面白いが、そういうマタギの生活ぶりも興味深い。

 一方、里にはアメ流しと呼ばれる川漁がある。嫁探しの場とも言われていて、そこで富治は文枝という地主の娘に一目惚れする。夜這いの習慣がある地域。富治は友人の忠助の助けを借りて文枝に夜這いに行く。そしてこれがまんまと成功する。実は、文枝は周囲に夜這いの事を聞いていたが、地主の父親に遠慮してみんなが手をこまねいて見送る中、富治が無鉄砲にも夜這いをかけたのである。これが逆に声を掛けられなくて自信を喪失していた文枝の心を掴む。いつの時代も高嶺の花は勇気を持って取りに行くべきなのだろう。

 しかし、やがて文枝が妊娠したことから、父親である長兵衛の怒りを買う。富治は小作の家であり、富治は村を追われて鉱夫として鉱山へ送られる。好きなマタギの道を断たれた富治。しかし、富治の人生はここから様々に動いていく。断ち切れぬ山と狩猟への想い。様々な人との出会い。縁と縁とによって富治はやがてイクという女と所帯を持つことになる。これも普通の男ならちょっと腰が引けてしまうもの。

 そんな富治の人生を追う物語。背景には大正から昭和初期の貧しい時代がある。雪深い山中に獲物を追うマタギの様子は、それだけで興味深い。何よりチームで行動するマタギの狩猟の様子はこれまでイメージしていたものとはまるで違う。山の神を恐れ、山に入る前には女断ちする。まだ恐れを知る時代の良き日本人の姿がある。富治の波乱の人生を深く味わうも良し、マタギの風習に触れるも良し。かつてあった時代の息吹に心地良さを感じる。

 まるほど、タブル受賞も納得の一作である・・・


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2019年11月29日

【かがみの孤城 THE SOLITARY CASTLE IN THE MIRROR】辻村深月 読書日記1097



第一部 様子見の一学期
第二部 気づきの二学期
第三部 おわかれの三学期

 主人公は、中学一年生の少女安西こころ。中学に入学したばかりなのにクラスメイトの女子からのイジメにあい、不登校となってしまう。なんとか立ち直るべく、不登校児専門のフリースクール「心の教室」に行くことになるが、それすら「お腹が痛くなって」行かれない。そんなある日、一人留守番をしているこころの部屋の鏡が突然光り出す。不思議に思って触ろうとしたら、こころはそのまま鏡の中に入ってしまう。そこは見たこともないお城の中。

 出迎えたのは狼の仮面を被った少女「オオカミさま」。突然の出来事に戸惑うこころ。オオカミさまの言うには、この城は翌年の3月30日までの間、日本時間の朝の9時から夕方の5時まで開かれていて、その間どこかに隠されている「鍵」を見つければ、何か1つ願い事が叶うというもの。しかし、5時を過ぎて城に残っていると狼に食べられてしまうというルールがある。そしてこころの他にも全部で7人の中学生が同じようにやってきている。

 ふしぎの国のアリスではないが、不思議な城に招かれたこころは、そこで6人の仲間たちと知り合い、一定の時間城で過ごすようになる。メンバーは、中三のアキ、スバル、中二のフウカ、マサムネ、そして中一のリオンとウレシノ。城の中は自由だが電気しか来ていない。初めは鍵探しを試みるが、すぐには見つからず、やがてマサムネが持ち込んだゲームをやったりして5時までの時間を過ごすようになる。

 実はこの7人には、「学校に行っていない」という共通点がある。そして全員が初対面であったが、同じ中学だと判明する。それぞれどこに住んでいるかはわからないが、日中、鏡を通ってこの城にやって来る。学校へ行けないこころは、心地よい居場所を見つけ、鍵探しよりもここでみんなと過ごすのを楽しみに城にやって来るようになる・・・

 不登校の子どもたちが、学校に変わる不思議な居場所を見つける。はじめはなんとなく子ども向けのおとぎ話の雰囲気でストーリーは進む。どこにでもありそうな不登校の物語。理不尽なイジメをするクラスメイトに、どこかポイントがずれた対応しかできない担任の教師。心配する両親。そんな中でフリースクールの喜多嶋先生だけが、なぜか優しげな雰囲気を醸し出している。一体、どんな物語展開になるのだろうかと先が気になる。

 そして明らかになる7人のメンバーの意外な関係。オオカミさまの正体と「7人」の意味。オオカミさまの謎かけとこの城の正体。途中でなんとなくわかる部分もあるが、意外な展開に思える部分もある。有名な童話にちなんだ物語展開と心温まる顛末。子ども向けのおとぎ話のムードは、やがて涙腺を刺激する展開となる。そして明らかになる諸々の事実。不登校の子どもたちが、こんな風にして救われていったらと思わずにはいられない。

 著者は、気がつけば『ツナグ』の著者だとわかる。そう言えば『ツナグ』も「不思議系」の心温まる物語であり、本作にも通じるところがある。この手の「不思議系ハートウォーミングストーリー」が得意なのかもしれない。実際に学校に行けない子供が読んだら、ちょっとだけ勇気が出るかもしれないなんて思わせてくれる。

 優しく心に響く物語である・・・



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2019年09月30日

【ある男】平野 啓一郎 読書日記1078



『マチネの終わりに』もそうであったが、この物語も著者が主人公の弁護士である城戸章良に会うところから始まる。実話を基にしている話なのか、それともそういう「手法」なのだろうかという思いが脳裏をよぎる。事実は定かではないが、物語は城戸弁護士を中心にして進むことになる。

その前提として、宮崎に住む里枝という女性の話から始まる。里枝は東京で結婚し、2人の男の子がいたが、下の子を病気で失う。それを機に夫との関係もうまくいかなくなり、離婚して上の子を連れて宮崎に戻る。そこで知り合った谷口大祐という男と再婚する。やがて女の子が生まれ、幸せに暮らしていたが、その生活は長く続かず、林業に従事していた大祐は倒木事故で死んでしまう。

失意の中、里枝は訪ねてきた大祐の兄から実は死んだ男は実在の谷口大祐ではないと知らされる。遺影の中の人物は全く別人だというのである。夫の死に打ちひしがれる間も無く、夫が別人と聞かされ戸惑う里枝は、離婚の際世話になった城戸に相談する。こうして、城戸が「谷口大祐」と名乗っていた里枝の夫であった男の正体を探し始めるのがこの物語。「谷口大祐」が里枝に語っていた不仲の実家の話は実在のもの。ただ、「谷口大祐」本人だけが別人。なかなか面白いストーリー展開である。

城戸自身、実は在日三世という身の上である。三世と言っても、生まれも育ちも日本であり、もう完全な日本人であるが、それでも城戸には引っ掛かりがある。妻の香織との関係もギクシャクとしており、「崩壊がゆっくり進んでいる」と感じている。調査と言っても、本職は弁護士。雲をつかむような話であったが、あるきっかけから「戸籍交換」という事件に行き当たる。手がかりを感じた城戸は、ブローカーをしていた男を刑務所に訪ねて行く・・・

探偵小説のエッセンスも味わいつつ、「谷口大祐」の正体を追って行く城戸。城戸自身の物語と里枝の物語を横軸に展開されて行くストーリー。在日の問題や戸籍交換の話や、夫婦関係の話が織り成される。「バラはどんな名前で呼んでも同じように甘く香る」というジュリエットのセリフではないが、本名がわからなくても「谷口大祐」として結婚していた男は、里枝にとってはいい夫であり、息子にとっては義理であってもいい父親だったわけである。その男は一体誰であったのか。

平野啓一郎の本はこれが3冊目であるが、いずれも気に入っている。未来の宇宙船の話から、大人の恋愛小説、そしてミステリー風の本作と幅広いのも著者の特徴なのかもしれない。本作では、個人的にラストの里枝と長男の会話に心打たれたところがある。虐待死という嫌なニュースが世間を騒がせる中、心に暖かい風が吹いてくる気がした。これからも平野啓一郎を読んでいきたいと思わせてくれる一冊である・・・



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2019年05月26日

【マチネの終わりに】平野啓一郎 読書日記1032



第1章 出会いの長い夜
第2章 静寂と喧騒
第3章 《ヴェニスに死す》症候群
第4章 再会
第5章 洋子の決断
第6章 消失点
第7章 愛という曲芸
第8章 真相
第9章 マチネの終わりに

 最近興味を惹かれ、まず手始めに『ドーン』を読んでみたのがこの著者。これがその第二弾である。そしてその内容は、恋愛小説である。

 主人公は、蒔野聡史と小峰洋子という2人の人物。2人の人物にはそれぞれモデルがいるとのこと。いろいろと設定は変えてあるが、実在の人物をモデルにしているというところが興味深いところである。物語を読み終えて改めてこの説明がなされている序文を読み返すと感慨深いものがある。著者もこの部分は本編を書き終えてから書いたらしいが、その気持ちがなんとなくわかる。

 その蒔野聡史であるが、38歳のクラシック・ギタリスト。その蒔野が、デビュー20周年記念コンサートを終えたところから物語は始まる。楽屋を訪ねたレコード会社の担当者が連れていて蒔野に紹介したのが小峰洋子。フランスのRFP通信の記者というのがその触れ込みであった。蒔野はその容姿に惹かれた部分もあるが、洋子が賞賛したのはその夜、彼が唯一満足のいく演奏ができたブラームスであったことから蒔野の心は一気に洋子に引き寄せられて行く。さらに洋子の父親が真野が崇拝する映画『幸福の硬貨』を監督した人物であると聞くと、一層関心は深まる。こうして蒔野の心に洋子が入り込む。

 洋子は蒔野よりも2歳年上。どちらにせよ若いとは言い切れない妙齢であり、それもドラマの一要因。若い頃はとかく容姿に偏りがちであるかもしれないが(と言っても蒔野も洋子もブサイクとは表現されていないし、むしろ美男美女に分類されるようである)、互いの趣味や仕事を認められるというのは、大きく心を動かされる要因だったりする。洋子の「通」とも言える音楽の評価に蒔野が惹かれたのも無理はない。そして洋子もそれ以降、蒔野のCDを肩身離さず持ち歩くようになる。

 洋子はフランスの通信社に勤務しており、自ら手を挙げてイラクに派遣される。そこで間一髪で自爆テロの被害から逃れるが、それが元でPTSDになる。2人は日本とフランス(またはイラク)とに離れて暮らし、コンサートで会って以来は、スカイプでやり取りする程度。蒔野がスペインでのコンサートの口実でパリに立ち寄り、洋子に会いに行くも、同居人がいて肉体関係には及ばない。そして何より洋子にはアメリカ人のフィアンセがいる。

 こんな状況下、自分だったらどうするだろうかと想像してみる。家庭を持って早や20年を
過ぎ、もはやこういう恋愛関係になることもなさそうな身としては、楽しい想像である。2人はいつしか互いに惹かれあっていく。しかし、それを快く思わないのが、蒔野のマネージャーの三谷早苗。実は密かに蒔野に恋愛感情を抱いている。そしてある出来事が起こる・・・

 世の中の恋愛は当然ながら成就するものばかりではない。片思いなら仕方がないが、双方ともに想い合っていても例外ではない。だからロミオとジュリエットのような悲恋物語が生まれるわけである。蒔野と洋子もちょっとしたことですれ違っていく。それはまたちょっとしたことで修正できたかもしれないことである。ロミオとジュリエットの物語のように。

 自分も同じようなすれ違いを経験し、そして別々の道を歩まざるをえなかった女性がいる。そうなると自然と蒔野の心情に感情移入していく。歩むことのなかった道は、時間が経てば経つほど戻れなくなるほどに離れていく。そうした自己の経験と相まって物語が心に静かに響く。どこかで戻ることはありえなかったのであろうかと自分の過去を思い返してみる。

 タイトルのマチネとは、「午後の演奏会」ということのようである。そのマチネの終わりに蒔野がある曲を弾く。それは物語全編を通して中心となる曲。物語の静かなラスト。果たしてその先、どんな展開があったのであろうか。幸せな想像をしてみたい一冊である・・・


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2018年10月05日

【みかづき Crescent Moon】森絵都 読書日記960



第1章 瞳の法則
第2章 月光と暗雲
第3章 青い嵐
第4章 星々が沈む時間
第5章 津田沼戦争
第6章 最後の夢
第7章 赤坂の血を継ぐ女たち
第8章 新月

ある学習塾に関わる経営者一族の三代にわたる奮闘記である。
物語は昭和36年から始まる。ある小学校の用務員室で大島吾郎は、集まって来た生徒を相手に補習を行っている。吾郎は用務員であるが、抜群の教える「才」を持っていて、授業についていけない生徒を集めて教えていたのである。そんな吾郎の用務員室に蕗子という生徒がやってくる。

蕗子は他の子と違い、勉強ができることにやがて吾郎は気付く。そして蕗子から、実は母の赤坂千明から送り込まれたのだとわかる。そして当の千明が吾郎に会いに来て、これから立ち上げる学習塾へ来て欲しいと頼む。こうして塾講師どころか千明と世帯を持つことになった吾郎は、千明とともに千葉で一軒家を借りて塾を始める。

世の中はようやく「戦後」を抜け本格的な好景気に沸く中、世間の教育熱も高まっていく。しかし、新聞では「塾は受験競争を煽る」「塾は実のない教育界の徒花」というコラムが掲載されるなど、世間の塾に対する風当たりは厳しい。そして実は、千明は戦時中の国民学校で国への忠誠心を植え付けられた六年間の経験から、文部省を中心とした公教育を毛嫌いしている。塾を目の敵にする世論とは裏腹に、子供への教育に目覚めた父兄から塾は支持を得て生徒を集めていく・・・

こうして始まった吾郎と千明の学習塾は、国の成長とともに発展していく。物語を追いながら戦後の教育業界の発展の様子が伺えて興味深い。吾郎と千明が塾を立ち上げた当初、塾は鬼っ子であり、例えば2人の子供が学校で塾の子というだけでイジメられたりするのである。学校関係者も当然塾を敵視する。このあたりは実際の歴史を踏まえているのだろうが、実に興味深い。

やがて吾郎と千明は、塾の進路を巡って対立するようになる。吾郎はあくまで「補習」を重視しているが、千明は世間のニーズに合わせて「進学」をメインに掲げたいとする。子供たちに重きを置き、一人一人のことを考えると当然「補習」となるが、親のニーズに応え、「塾経営」の観点からすれば「進学」を重視すべきとなる。自分が塾を経営するとなったらと考えると、このバランスは難しいと思う。そして2人の場合、千明の意見が通ることになる。

2人の間には、長女蕗子をはじめ、吾郎と千明の間に生まれた次女蘭、三女菜々美と3人の娘が生まれる。3人とも当然ながら両親の影響を受け、自分なりの教育論を築いていく。そして蕗子は母への反発もあり、母の嫌う公教育下で教師となり、蘭は母とともに塾経営に参加する。それぞれに求める理想の教育があり、物語を楽しみつつ考えさせてもくれる。自分は塾へ行けと親からうるさく言われた経験があって、結果としてそれを突っぱねて行かなかったものであるが、そんなことを思い出す。

受験戦争は確かに愚かなこと。学校の授業について行けない生徒が、吾郎の指導で学ぶことで理解する喜びを得るところは、心動かされるところでもあり、これこそが教育の理想だと思う。しかし、世間はいまだに「いい高校、いい大学」を目指して親は子供の尻を叩く。長い物語だが、随所で心動かされるシーンが連続し目頭が熱くなる。長い物語である分、読み応えも十分である。

自分とは異なり、2人の子供たちはともに抵抗もなく塾に通っていた(あるいは通っている)がどうやらそれほど抵抗感もないようである。ふと、自分は行ったことのない塾の様子を覗いてみたい気分となった。塾の変遷史とともに、熱い物語を楽しみたい一冊である・・・




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2015年10月20日

【カラマーゾフの兄弟】ドストエフスキー 読書日記595



学生時代、いわゆる文学作品を読んだものである。
日本の文豪や海外ではヘミングウェイやブロンテ、セルバンテスやディケンズなどなどである。
ドストエフスキーもその一人で、『罪と罰』も読んで印象深く残っている。
それでも読み漏れたものは数多くあり、暇を見つけては読みたいと思っているが、そうして今回手に取ったのが、「ドストエフスキーの最高傑作」と言われているこの本である。

「兄弟」とあるように、物語の中心となるのはカラマーゾフ家の3人の兄弟。
ドミトリィ、イワン、そして末弟のアレクセイ。
父フョードルは地主であり、長男のドミトリィとの関係はどうもしっくりとこない。
財産の問題や、グルーシェニカという女性を巡って対立しているのである。
金と女という二大欲で対立しているところに、この親子の根本的な問題がある。
それにしても、金はともかく、女を巡って父子で対立というのも、いかがなものかと思わざるをえない。

次男のイワンは中立的だが、どうも心を病んでいるところがある。
事実、物語の終盤ではそれが明らかになる。
一番まともな末弟のアレクセイは修道僧で、そこがこの問題ある一家の唯一の救いかもしれない。
ドミトリィは、一方でカテリーナという婚約者がいる。
カテリーナは、ドミトリィを見限りつつもまだ未練もあるような様子で、にもかかわらずイワンにも接近する。
アレクセイは、敬愛する修道院の長老ゾシマの具合が悪く、家族と修道院とで心配を抱える。

カラマーゾフ家には、スメルジャコフという使用人がいる。
母親は気がふれた乞食で、父親はフョードルだという噂もあり、カラマーゾフ家は物語に相応しい混沌に溢れかえっている。
登場人物が多様で、それに合わせたサイドストーリーも実に複雑な気がする。
そんな中で、父と長男の対立を中心に物語は進んでいく。

物語は、上・中・下と3巻に分かれる大作。
長いのは苦にならないものの、物語は会話で構成され、そしてこの会話が実に冗長。
シェイクスピアもそうであったが、この物語も同様である。
そしてこの会話が回りくどくて読んでいて疲れてしまう。
「ドストエフスキーの最高傑作」と期待していたものの、読んでいて苦痛を感じてしまったのは事実である。

最高傑作であることや評価が高いことは否定するつもりはないものの、正直言って期待したほどではなかったと言える。
個人的に書評家でもないし、所詮素人だし、大作家の傑作の良さなどわかる訳もない。
素人一人が批判したところで、どうということもあるまい。
恐れずに言えば、子供達に勧めたい本だとは思わない。
「罪と罰」には感じるところは多かったが、この作品はイマイチであった。

これはこれ。
次はトルストイにいきたいと思う。

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2014年04月26日

【64】横山秀夫 読書日記419



著者は、刑事モノが得意というイメージのある横山秀夫。 「真相」「震度0」などの著作を過去に読んだ事があるが、これはその最新作。舞台は「震度0」と同じく地方の警察署。主人公は、その中の広報官である。

警察官が主人公となると、「事件を捜査し、犯人を検挙する」というイメージを持つが、広報官はマスコミが相手。事件を捜査する刑事部と、広報など後方部門を担当する警務部との対立が背景として描かれる。外部からは窺い知れない警察内部での対立。前半は、そんな“裏事情”が語られていく。

主人公の三上は、もともとは刑事として腕を振るったが、異動で広報官に任命される。本人は、刑事部に未練がある。広報官はマスコミ発表などの際に、警察の代表として全面に出る。しかし、「すべて知りたいマスコミ」と「教えたくない警察」とでは、利害が対立する。刑事部も情報提供を惜しむ。そんな中で、三上は現状を打破すべく、開かれた広報の確立に励んでいる。

家庭では一人娘が家出し、警察官の娘として全国の警察に捜査をしてもらっているが、それが弱みとなって、キャリアの上司に強く意見を言えないでいる。そして発生したひき逃げ事件。加害者の名前を公表するか否かで、三上は己の信念と上司の指示とが相反し、地元マスコミとの不本意な対立を招く。

そんな中で、昭和64年に地元で発生した少女誘拐殺人事件、警察内部での符牒「64(ロクヨン)」の激励を兼ねて、長官の視察が発表となる。長官のぶら下がり取材を手配する様命じられる三上だが、地元マスコミはひき逃げ事件の匿名問題を巡って取材ボイコットを宣言する。窮地に立たされる三上・・・

普通の警察小説とは、だいぶ雰囲気が違う。本庁と所轄の対立は、あちこちで語られているが、ここではさらに刑事部と警務部との対立も描かれる。そして後半のクライマックスでは、やっぱり刑事モノらしく“事件”が起きる。

初めは毛色の違う刑事モノとして読んでいたが、後半は手に汗握る展開。二転三転するストーリー。前半に散りばめられたピースが一つ一つ組み合わされていく展開に、一気に引き込まれてしまう。後半は、「やめられない止まらない」状態となる。

作家は、つくづくよく考えると思う。今までの警察小説とは異なるものの、本質を押さえた上で別の魅力を引き出している。本好きの友人たちに勧めている一冊である・・・







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2012年11月24日

【運命の人@ABC】山崎豊子 読書日記295

   


読もう読もうと思いつつ、随分日が経ってしまったが、山崎豊子の本を久しぶりに手に取った。前回は『沈まぬ太陽』を読んだが、これはそれ以来である。『沈まぬ太陽』もそうであったが、この本も実在の事件をベースにしている。山崎豊子の本は、そういう実在の事件をベースにしたところが面白いと個人的には思うところである。

その事件とは、「外務省機密漏洩事件」。
戦後独立が認められた日本であるが、沖縄は尚も米軍統治下に置かれていた。
時の佐藤栄作首相(本の中では佐橋首相)の下で、着々と沖縄の本土復帰交渉が進む。
しかし、補償費用を巡っては日米で思惑が交錯。補償費を払ってもらいたいという日本の表の顔。議会に対しても払えないという立場を崩せないアメリカ。打開策として、費用は日本側が負担し、アメリカ側が何食わぬ顔でそれを日本に払うという案が採用される。

毎朝新聞の弓成亮太は、政治家にもパイプを持つ敏腕記者であるが、ある時外務省審議官付事務官三木昭子から、日米の密約を記した書類を受け取る。世紀の特ダネを手にしながら、ニュースソースを守るため記事にできないという葛藤を抱える弓成。しかし、政府の欺瞞に我慢ができず、野党の政治家にそれを渡した事から書類の存在が公けのものとなり、やがて機密漏洩事件として大きな問題となっていく。

前半はこの機密漏洩事件の顛末が描かれ、後半は傷心の弓成が移り住む沖縄を舞台に、米軍基地との共存に苦しむ沖縄の姿が描かれる。戦争中は米軍の上陸で大勢の人間が犠牲となり、今なお騒音問題や米兵による暴行事件などに苦しむ沖縄。前半と後半と、内容的にはまったく異なる物語を、弓成亮太という主人公を中心にうまく結び付けている。

前半は外務省機密漏洩事件が、描かれる。
敏腕記者弓成は、事務官三木昭子とは不倫関係にあり、それが事件の変化球となって物語を左右する。記者としての「知る権利」と国家の機密が対立した時に、どこまで国家の機密が優先されるのか。そもそも国家の機密とは何なのか。

外務省の官僚にはエリート意識があって、当然何でも秘密にしたがるだろう。
「自分達しか知らない」という意識は、特権意識にもつながるのは人間の性と言える。
本当に秘密にするべき事と、公けにすることによって国民のコントロールが効く事もある。
新聞記者の知る権利と言っても、今のマスコミのひどさを目の当たりにすれば、要求できる資格などありはしないだろうとも思える。ストーリーとは離れたところで、いろいろと思うところが出てくる。

後半の沖縄はがらりと変わる。
一つの物語の中で、関連付けを行ってはいるものの、明らかに内容が異なる。
戸惑いを覚えるところではあるものの、沖縄の抱える問題がよくわかる。
米兵による暴行事件、ヘリの墜落事件など、昨今の鳩山元首相の招いた混乱からオスプレイ騒動まで、この本で描かれている事が今もリアルタイムで紙面を飾っているのがわかる。

純粋にストーリーを楽しむ小説でもあり、現代の問題を考えるきっかけになる小説でもあり、まあその両方を楽しめるものであると言えるのだろう。
読み応えは十分あるし、じっくりと読んでみるのもいい本である・・・
  
     
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2012年06月03日

【1Q84 BOOK3】村上春樹 読書日記248




「1Q84 BOOK1」 「1Q84 BOOK2」と続いてきた物語の最終編。
前作で登場してきた謎の人物牛河が、この本では第3の人物として独立した章が与えられる。
容姿の醜い男であり、優秀なれどその容姿ゆえに苦労もある。
弁護士であったのに、裏社会とつながりを持ち、それがゆえに弁護士会を除名になる。
家庭も失い、孤独のまま教団「さきがけ」の調査を請け負うことになる。

独自の嗅覚で天吾と、そしてその先の青豆を追う牛河。
一方で施設にいる父親を訪ねる天吾。
空気さなぎが再び現れる事を期待している。
そして教団から追われ、マンションの一室でじっと息をひそめて待つ青豆。
ドアを叩くなぞのNHKの集金人。

天吾と青豆と牛河と、それぞれの視点から物語は進んでいく。
それぞれの視線から語られる事で、一つの事実を角度を変えて見る事になる。
あわせ鏡のように平行して進む物語。
天吾と青豆と牛河はどのように絡み合うのか、自然とページを送る手が早くなる。

空に浮かんだ月二つ。
物語の中のお話であったはずのリトル・ピープルが登場する。
雷の夜の出来事が、まだ出会わない天吾と青豆とを結ぶ。
1Q84年はどうなるのか。
長い物語がついに結末を迎える。

村上春樹の小説は初めてである。
これ一冊で評価すべきではないところではあるが、不思議な世界観を感じる。
映画では 「ノルウェーの森」を観たが、何となく同じ匂いを感じる事はできる。
その匂いが人気の元なのだろうかと考えてみたりもする。

長い小説であり、どうなるのだろうと気を持たせられたところもあったが、さすが見事な着地という感じである。
そのうち機会を見つけて他の本も読んでみようか。
そんな気持ちにさせられた小説である・・・


「1Q84 BOOK1」
「1Q84 BOOK2」

   
posted by HH at 22:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説(長編ドラマ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする