2018年06月15日

【神になりたかった男 徳田虎雄−医療革命の軌跡を追う−】山岡 淳一郎 読書日記930



第1章 アメリカ帰り
第2章 けものみち
第3章 エデンの東
第4章 政界漂流
第5章 王国崩壊、生き残ったものは・・・

医療法人で徳洲会グループというものがあることは、いわゆる「徳洲会事件」で知っていたが、では果たしてそれがどんなグループなのか、あるいはそもそも「徳洲会事件」てどんな事件なのか、改めて問われると答えられない。そんな徳洲会について、設立者である徳田虎雄の人生を踏まえつつ語った一冊である。

徳田虎雄は、昭和13年の生まれ。もともと生まれは兵庫県だが、2歳の時に徳之島に移住。貧しく医者のいない中で、小学校3年の時に3歳の弟が病死する。夜中に叩き起こされて医者を呼びに行かされたというが、この時の原体験から医者になったあと、「患者を断らない」主義を掲げる。38歳の時には当直の時にはあらゆる患者を入院させたという。

高度経済成長下の1971年当時、大都市圏でも休日・夜間の救急患者を受け入れる病院は極めて少なく、「医療砂漠」と呼ばれる医療空白地帯が広がっていたという。そんな中であらゆる患者を受け入れたため、徳田が当直と聞くと、救急隊員が遠くからわざわざ患者を運び込んだという。その数、一晩で救急車20台以上にも達したという。しかも徳田はこの当直を他の病院も含めて週4日こなしていたという。

やがて、「年中無休、24時間誰でも診る」と宣言してそれを実践する病院づくりに取り掛かる。まさに医者の鏡のような人物である。そして奥さんとともに土地を探し、銀行回りをし、あちこちで融資を断られながら最後に第一勧銀の融資を受けて最初の病院を建てる。ストーリーは徳田本人ばかりでなく、関係者の視点からも迫っていく。当時の看護婦は、徳田に誘われてこの病院に移り、28時間勤務に突入していく。理想はいいが、現場は「野戦病院」のようだったという。

なんでもそうだが、こうしたストーリーは上り坂を駆け上がっていく時期が面白い。ヤマト運輸が宅急便を全国展開させようとした時に運輸省が立ちはだかったのは有名な話であるが、徳田が次々と徳洲会の病院を作る過程で立ちはだかったのは医師会。
「患者からの付け届けは受けない」
「健康保険の3割負担も困っている人には猶予する」
「生活資金の立替・供与をする」
こんな方針を掲げる徳田に「理想の医療」をやられては堪らないという考えがあったのだろう。世論は当然徳田の肩を持ち、徳洲会はこの逆風にもめげずに成長していく。

しかし、医師会との対立から「政治」の重要性を痛感した徳田が、選挙に走るあたりから歯車がきしみ始める。選挙資金を捻出するために、医療制度の裏で裏金を作る。カネまみれの選挙に病院建設のための資金調達が膨らみ、外資系銀行団と死闘が始まる。莫大な金が動く中、ファミリーと病院との衝突も起こり、次々と「戦友」も戦線を離脱していく。さらに徳田本人もALSを発症してしまう・・・

徳田氏本人は、今もALSで身動きできない中、完全看護にあると言う。一読してものすごいエネルギーを持っていた人物であることがわかる。本人が書いた自伝でない分、清濁併せて書かれており、物語としても面白い。救急難民の話を最近は効かなくなったが、おそらく徳洲会の果たした役割が大きいのだろう。例え汚い部分があったとしても、スタートに掲げていた理想は本物だと思う。診てもらう立場としては、全ての医者に徳田のようであって欲しいと思う。

その意義を讃えたい一冊である・・・




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2018年03月14日

【中洞正の生きる力 山地酪農家】中洞正 読書日記902



第1章 山地酪農と牛のしあわせ
第2章 酪農のアウトサイダー
第3章 導き、支えてくれた人々
第4章 本当の「おいしい牛乳」
第5章 酪農維新に向けての決意

 この本は、どうやら「ソリストの思考術」というシリーズの一冊であるようで、第7巻とある。だが、そんなことを意識しなくても十分に読める。ここで採り上げられている人物は、山地酪農(やまちらくのうと読むそうである)を実践している酪農家。山地酪農とは、自然放牧の牧場ということである。何となく酪農というと牛舎を想像してしまうが、著者の実践する酪農は日本の従来の酪農とは全くスタイルが異なるようである。

 日本の酪農は、中洞氏曰く、「工業的酪農」だそうで、牛舎の中で一坪に満たないスペースで牛を飼い、器具または綱で牛を固定し、濃厚飼料や配合飼料を与え、邪魔な尻尾や角を切り落とし、ひたすら効率的に牛乳を絞るそうである。これに対し、山地酪農にはまず牛舎がない。自然放牧で24時間365日ほったらかしで、唯一朝夕に搾乳するだけだという。それも牛が自ら搾乳舎にやってくるそうである。農薬も飼料も一切使わず、牛たちにとっては楽園だと中洞氏は語る。

 聞けば聞くほど、自然放牧の良さばかりが目立つ。しかし、農協が取り扱い流通が認められているのは脂肪率が3.5%以上の牛乳。自然放牧だと脂肪率は3.2%程度にしかならず、流通には乗せられないという。この法改正が行われ、それまで少なからずいた自然放牧牧場はことごとく方向変換させられたそうである。

 さらに工業的酪農は、設備投資が大変で、酪農家は皆農協に借金する。濃厚飼料はアメリカからの輸入であり、酪農家は借金を返すためにせっせと「効率的に」稼がざるを得なくなる。なにやら陰謀めいた匂いがしないでもない。大いなるシステムに組み込まれれば、様々な補助金や援助もあり、抜けられなくなるらしい。その中で、己の信念を貫く中洞氏の姿は強烈である。

 自然放牧へのこだわりは、それが「自然の摂理に適っているから」という中洞氏の意見は実にシンプル。自然放牧は牛舎にまつわる重労働から解放され、むしろ「楽農」だとする。牛の幸せがあっておいしい牛乳がいただけるとする。その通りなのだろう。殺菌方法も低温保持殺菌法というものらしく、工業的酪農の高温短時間殺菌法より味がいいらしい。この方法は運送手段の発達した日本ではもう頼らなくてもいいはずと中洞氏は語る。いろいろと日本の酪農界の問題点も描かれる。

 自然放牧は、牛が草を食べることから、林業との相性も良く、コラボすれば可能性も広がるのだとか。さらに日本の土地はスイスの3倍も生産量があるらしく、そう考えるとやりようによっては世界的な競争力もありそうである。とにかくいい事づくしのような感じであるが、ネックはその価格。調べてみたら500mlで800円くらいしていて、めちゃくちゃ高い。これに対しては、「牛乳は『贅沢品』、『滋養食品』として週に何回か飲む程度でいい」と中洞氏は語るが、そう考えないとなかなか飲めない。

 なんでも『奇跡のリンゴ』の木村秋則さんとは交流があるのだとか。無農薬と自然放牧とはその目指すところは同じであり、息が合うのだろう。こういう農業がもっともっと増えてくればいいのにと思わざるを得ない。それはともかくとして、一度飲んでみたいとつくづく思った。できれば毎日飲めなくてもいいから、こういう牛乳を飲みたいと思わされる。そんな自然放牧の実態が描かれた一冊なのである・・・



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2017年10月10日

【再起動 リブート−波瀾万丈のベンチャー経営を描き尽くした真実の物語−】斉藤徹 読書日記842



第一話 ブレイクスルー 自由への始動
第二話 リアリティ 起業の現実
第三話 ブレイクアウェイ 依存心との決別
第四話 ベンチャーバブル 狂乱の宴 
第五話 ロックボトム 失意と戦いの日々
第六話 パラダイムシフト 再挑戦、そして覚醒
第七話 リブート 再起動

著者は、本の肩書きに「起業家」としている通り、これまで起業家としての人生を歩んできた方のようである。大学を卒業して日本IBMに入社するも20代で退職し、それからの起業家人生を綴ったのが本書である。私のようにサラリーマン人生を歩んできた者にはわからない世界の話が興味深い。

日本IBMに入社した時は、プログラムのことなどまるでわからなかったという著者は、入社後猛勉強して詳しくなる。そして学生時代からの仲間たちとの会話から、当時流行りつつあったダイヤルQ2の関連事業で創業することになる。理想として念頭にあったのは、当時大ヒットしていたドラマ『俺たちの旅』の「なんとかする会社」だというから、同世代の香りが漂ってきていい。「フレックスファーム」と名付けたその会社では、「プロレス道場」という番組を始めると、たちまち注目を集め、お金が唸るように入ってくる。

ダイヤルQ2のことは覚えているが、当時はよくわからないまま手を出さなかったものである。その後課金が問題となって、手を出さなくてよかったと思ったものである。その後、フレックスファームはサーバー提供会社へと転身し、成長の波に乗る。しかし、様々な問題が生じ、資金繰りに窮していく。背後にオウム真理教のパソコン事業などがチラつき、自分自身の記憶も刺激される。

起業はうまくいけば華やかであるが、そう簡単にうまくいかないのが世の中というもの。自転車創業の資金繰りを両親と住む家を担保に入れて銀行から資金調達して凌ぐ。一歩間違えれば、両親共々財産を失いかねない。胃がキリキリと痛むような毎日だったに違いない。背に腹は変えられず頼ったコンサルタントに救われるが、今度はそのコンサルタントへの支払いで首が回らなくなっていく。

そんな苦境にあって、著者は「社員の給料だけは払う」と決めて行動する。安易に給料を下げて社員にしわ寄せをする経営者も多い中、このスタンスは立派だと思う。そして資金調達先に翻弄する日々。時にベンチャーブームが起こり資金調達に成功するも、この時自社株購入資金として銀行から借りたお金がまた苦境へのきっかけとなる。

安定したサラリーマン生活とは程遠い著者の起業家人生は大波の中を進みゆく小舟の如し。とてもではないが、精神的なタフさが要求される。1つを乗り越えればまた次の困難。やがて会社を手放し、また創業。そしてまた次の大波が来る。しかし、困難の乗り越え方を習得した著者は強く、呆れて去っていくベンチャーキャピタルの人間との違いが際立つ。

自分では、味わいたいと思わないが、こうして人様の経験を疑似体験できるのは、読書のいいところだと思う。今は大学で起業についての講座も持っているようであるが、貴重な経験談を聞ける学生が羨ましい気もする。一方で、こういう著者の経験が果たして若い学生にわかるのだろうかという疑問も持つ。思い切ってリスクを取るには、ある意味若者ならではの「えいやぁ」の度胸も必要ではないかと思うからである。ベテランサラリーマンにはなかなか難しいことかもしれない。

単なる読み物としても面白いし、起業の真実としても面白い。起業を考えている若者向けでもあり、サラリーマンの身でも十分面白い一冊である・・・



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2017年06月08日

【えんぴつの約束 一流コンサルタントだったぼくが、世界に200の学校を建てたわけ】アダム・ブラウン 読書日記802



THE PROMISE OF A PENCIL
1 ひとと違う道を歩む
2 居心地のいい場所を出る
3 生かされている意味を知る
4 一本の鉛筆で変わる人生もある
5 名刺ひとつで大きなことができる
6 ツーリストは見物し、トラベラーは模索する
7 許可を求めない
8 ひらめきをつかみとる
9 大きな夢も、理由のない小さな行動からはじまる
10 信用は日々作られる
11 夢を口に出してみる
12 目的を持って歩く
13 幸せとは、だれかを祝うこと
14 不可能に発奮する仲間を見つける
15 ひとりだけに語りかける
16 啓示を読み取る
17 つながるために離れてみる
18 最終決定者からイエスを引き出す
19 モノよりも志に従う
20 本物になる
21 第一印象は取り消せない
22 失敗と向き合う
23 フォローアップを忘れない
24 言葉を変えれば評価も変わる
25 明確な目標だけが現実になる
26 自分を向上させてくれる人の側にいる
27 弱さをさらけ出す
28 反響を増幅させる
29 怖くなるほど大きな目標を掲げる
エピローグ 語る価値のある人生を送ろう

著者は、世界の貧困地帯に学校を建てるという活動をしている「ペンシル・オブ・プロミス(POP)」という団体のCEOを務める社会起業家である。この本は、ベイン&カンパニーという有名なコンサルティング会社に勤務していた著者が、その安定した職を捨て、POPを設立して活動していく経緯を語った一冊。

著者がそうした活動に興味を持つのは、ホロコーストの生き残りである祖母の影響があるのかもしれない。学生時代には、騙されてアフリカから連れてこられた学生2人を両親が法的後見人になって世話をする。そんな経験もあるのかもしれない。そしてきわめつけは、「セメスター・アット・シー」という活動。これは各国から集まった学生が、客船で寝食を共にしながら世界を航海するというもの。著者はそこに参加する。

一行がインドに到着した際、著者は物乞いをしていた少年に質問をする。
「もしなんでも好きなものが手に入るとしたら何が欲しい?」
著者は、行く先々で子供達にこの質問をしていたそうである。そしてインドでの少年の答えに衝撃を受ける。少年の答えは、「えんぴつ」。
「ぼくにとっては書くための道具でしかない鉛筆は、その子にとって扉を開く鍵だった」と気づく。これがPOPへと繋がって行く。

大学を卒業した著者は、ベイン&カンパニーという有名なコンサルティング会社に就職する。そのまま行けば、大金を稼げていたに違いない。しかし、発展途上国で目にした子供達への抑えきれない思いから、POPの活動を始める。なんでもエクスターンシップという社外活動が認められており、最初はそれを利用する。しかし、やがて岐路に立たされる。両立できなくなったところで著者は、安定した職を投げ打ってしまう。

「できるだけたくさん稼いで、40代、50代で世の中を良くすることに使えばいい」と「まともな」アドバイスをしてくれる人もいたようであるが、著者は動いて行く。その後も破格のオファーを蹴ってしまったりする。フルタイムのスタッフも大口の寄付者のいない活動は、その筋から見ても足りてなかったようであるが、著者にはそれを上回る情熱がある。やはりこの情熱こそがすべてなのだと思う。

実兄が見出したジャスティン・ビーバーとデビュー前から交流があり、売れてからはそのネームバリューも利用できるという幸運もあったが、本人の活動ぶりはそれだけではないものがある。そしてラオスに建てた最初の学校は、ホロコーストの生き残りである祖母に捧げる。その後の活動で、現在は400以上の学校を建てているようである。様々な人との出会い、そしてその人々たちを活動に巻き込んで行く。たった1人の情熱が、大きなうねりとなって行く。

何より人を惹きつけたのは、理念だと思う。恵まれた環境を蹴って、苦難の道を行く姿は、アントレプレナーの鏡といえよう。自分も社会起業をしたいとは思わないが、何か少しでも社会の役に立つようなことはしたいし、ビジネスでは著者の情熱をこそ真似したいと思う。
学び多き一冊である・・・


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2017年03月03日

【LIFE SHIFT−100年時代の人生戦略−】リンダ・グラットン/アンドリュー・スコット 読書日記769



原題: The 100-Year Life: Living and Working in an Age of Longevity
序 章 100年ライフ 
第1章 長い生涯
第2章 過去の資金計画
第3章 雇用の未来
第4章 見えない「資産」
第5章 新しいシナリオ
第6章 新しいステージ
第7章 新しいお金の考え方
第8章 新しい時間の使い方
第9章 未来の人間関係
終 章 変革への課題

このところ未来予測的な本を続けて読んでいるが、これもその一つ。現代は100年以上生きられる時代であり、そんな100年ライフを過ごすつもりでいた方が良いという。事実、長寿世界一の我が国では、2014年に生まれた子供の平均寿命は109歳だとか。1964年生まれの自分も92〜96歳くらいだというが、やはり素直に喜ぶべきだろうか。

そんな時代、もはや過去のロールモデルは役に立たず、親の世代に有効だったキャリアの道筋や人生の選択が我々にも有効だとは限らず、当然ながら我々の子どもたちも違う決断をするという。長生きするのはいいが、医療や年金は大丈夫かなどと心配したくなるが、それは全体像を見失うことになるので、視野を広く持たねばならないとする。長寿化時代には新しい生き方が試みられるようになるのである。

事実、人々が70代後半や80代になっても活力と生産性を失わず、長く働き続けられれば年金問題や人口減少の弊害はだいぶ和らぐ。20世紀の人生は、「教育」「仕事」「引退」という3つのステージだけであったが、100年ライフではマルチステージになる。そこでは、生涯に2つもしくは3つのキャリアを持つようになる。これは今の自分もそうだから間違いないだろう。

そうしたマルチステージの人生では、「エイジ」と「ステージ」とが結びつかなくなる。「大学生」という情報だけでは年齢を推測できなくなる。「レクリエーション」から「リ・クリエーション」へと変わる。そこでは自分がどのような人間か、自分の人生をどのように組み立てたいか、自分のアイデンティティと価値観を人生にどのように反映させるかを一人一人考えなくてはならないとする。

そんな人生のあり方を著者は、ジャック、ジミー、ジェーンという三世代を例に挙げ、具体的な人生を例示し説明してくれる。自分はジミーの世代だが、そんな自分自身の現状と重ね合わせて考えてみる。我が子供達の世代であるジェーンについては、どんな変化があるのか著者にもわからない。「あらゆる事態に備えていないということは、まったく備えていないのと同じ」という言葉が紹介されるが、我が子たちも大変である。

100年ライフに備えるには、2種類の資産が必要だとする。「無形の資産」と「金銭的資産」である。「無形資産」は、さらに「生産性資産(スキルと知識)」「活力資産(肉体的精神的な健康と幸福)」「変身資産(人的ネットワーク)」とに分けられる。そうした資産を元に、「エクスプローラー」「インディペンデント・プロデューサー」「ポートフォリオ・ワーカー」のステージを生きることになる。

個人的にそれでも不安なのは、加齢による衰え。しかし、脳の機能が低下するペースは、1/3が遺伝的要因で残りは生活習慣、日々の行動、コミュニティの関わり方、人間関係の強さ、肉体的健康、食事などだという。心したいところである。その他、長く生きることによるお金の問題、時間の使い方、さらに子育てが中心だったこれまでと比べ、友達付き合いが生活の中心になる時期が新たに出現するかもしれないということ、考えるべきことは多い。

 「私は何者なのか」「私はどのように生きるべきか」それに応えられるのは自分だけという著者の言葉に深く頷く。自分の生き方について、人生について、今一度考えてみないといけない。もうとっくに折り返し地点を過ぎたと思っていた我が人生。どうやらまだ折り返し地点をウロウロしているのかもしれない。そんな今後の人生を真剣に考えさせてくれる一冊である・・・



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2017年01月15日

【ロケットササキ】大西 康之 読書日記748



プロローグ 孫正義の「大恩人」、スティーブ・ジョブズの「師」
第1章 台湾というコスモポリス
第2章 「殺人電波」を開発せよ
第3章 アメリカで学んだ「共創」
第4章 早川電機への転身
第5章 「ロケット・ササキ」の誕生
第6章 電卓戦争と電子立国への道
第7章 未来を創った男
エピローグ 独占に一利なし

 著者は、『会社が消えた日 三洋電機10万人のそれから』『ファースト・ペンギン 楽天三木谷浩史の挑戦』を書いた方。どうやらこうしたビジネス系の書き物が得意な方のようである。そんな著者が、今回対象にしたのは元シャープの役員であった佐々木正。若き日の孫正義やスティーブ・ジョブズに力を貸した人物と知って興味を抱く。

佐々木は戦前の台湾で生まれ育つ。高校時代、成績は優秀だったが全校生徒を率いてストライキをやるなど破天荒であったという。卒業すると父の命で京都大学へ進学する。卒業後は学者になるつもりだったらしいが、在学中から逓信省の研究所に呼ばれて働き、軍の意向で川西機械製作所に送られレーダーの研究をする。戦時中はドイツへ行き、Uボートで帰国する。別便で帰国した同僚は、撃沈されたというから運も良かったのであろう。

戦後はGHQの命令でアメリカに行く幸運を得る。真空管、トランジスタ、時代の変化の中で、その時の最先端技術の世界で佐々木は生きる。この時以来築き上げた人脈と、教えあう『共創』という概念が佐々木の心に刻み込まれる。通産省に通って予算をつけてもらい、トランジスタの研究を始める経緯は、時代を感じることができる。この頃、のちにノーベル賞を受賞する江崎玲於奈を育てたというのも興味深いエピソードである。

そして佐々木が真骨頂を発揮するのが、早川電気(現在のシャープ)に入社したあと。初めは大学で教えるつもりであったものの、創業社長らから日参して口説かれる。そしてここからのドラマは日本のエレクトロニクス産業史そのものである。世はコンピューターの時代となり、早川電気は電算機の開発に着手する。佐々木は独自の人脈を生かし、技術と資金を確保する。

やがて始まる電卓戦争。各社騒乱状態となるも、小型化・低価格化の争いで早川電気とカシオが抜け出る。MOS-LSIなど専門用語はよくわからないが、佐々木はあちこちと自由に飛ぶ発想の豊かさから、米ロックウェルの技術者たちに「戦闘機のスピードでは追いつけない、ロケット・ササキだ」と言わしめる。これがタイトルの由来。

結局、最後に太陽電池を採用し、シャープは電卓競争で勝利する。自由な発想と「共創」という佐々木の信念のなせる技と言える。一人の頭よりもみんなの頭、考えてみれば当然であるが、アイデアを生み出すのには「共創」という保育器の役割は大きいのかもしれない。自分の仕事でも何か役立つことが多い気がする。

時代は下り、栄光のシャープも業績不振で台湾ホンハイ・グループの傘下に入った。そんな現状に対し、101歳になった佐々木は現社長にあるアイデアを授ける。ラストのエピソードは心温まるものであり、時代を走り抜けたシャープの再生を期待させるものがある。時代背景は違うものの、基本的な考え方ではまだまだ我々にも参考になるところが多い。

ビジネスの先人の教えとしてもよく、物語として読んでも面白い。さすが著者はよくこういう人物を見つけてきたものだと思う。著者の出版動向には、これからも注目していきたいと思うところである。



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2016年12月19日

【何を捨て何を残すかで人生は決まる】本田直之 読書日記740



第1章  「人生を縛る常識」を持たない
第2章 「なくてもいい物」を持たない
第3章 「必要以上のつながり」を持たない
第4章 「やらなくていい仕事」を持たない
第5章 「振り回されるほどのお金」を持たない

著者はビジネス界で実績を残し、現在は年間でハワイ、東京、ヨーロッパとそれぞれで暮らしているという誠に優雅な生活を送る成功者。そのビジネスで得た成功のエッセンスを様々な著書に記している方のようである。そんな方の著書を一冊でも読んでみようかと手に取ったのが本書。

著者がまず初めに唱えるのは、「持たない生き方」。「持たない生き方」とは、単なる断捨離のようなものではなく、「自分にとって必要なモノを見極め、それを選び取り、見た目ではない豊かさを手に入れること」だとする。そしてそのために大事なのは、「何を捨て、何を残すか」を決断する自分を取り戻すことだという。「何々だけはしたくない」と叫んでいる心の声に耳を傾けるべしとする。

「他人と自分とを比べ、『あの人のようにできない』などと考えるのは、誰かの作った価値観で自分を縛っているのと同じこと」と著者は語るが、このあたりはどうも納得しかねるものがある。「踏み出す前に『大変なリスクだ』と思っていたことのほとんどは、通り過ぎてしまえばどうということもない」とするが、まったくその通りだろう。ただし、「成功した場合は」であるが・・・

ティッシュやフリーペーパーなどの貰い物は、著者はすべて断るのだという。貰うという行為は「完全に受け身だから」というのがその理由。しかし、個人で取りに行ける情報には限りがある。時として「入ってくる情報から」ヒントを得ることもある。そう思ってティッシュをもらっている自分には、受け入れる要素のない言葉である。どうも著者とは波長が合いそうもない。

「『みんながいいと言っているから』と流されてしまうのは危険なこと」ということには同意できる。しかし、「ルーティンになっていると感じたらとにかく壊す」という部分は、「ルーティンも所によっては必要」と考える自分とはまたしても合わない。「世間の常識にとらわれてはいけない」という部分には同意できるが、それは自分にとっては「わざわざ言うほどのことでもない初歩的なこと」である。

読みながらそんなやりとりをしていたら、なんとなく読み進む集中力が欠如していってしまった。著者は、自分など足元にも及ばない凄い方だとは思うが、考え方の合う合わないは当然ある。ただ、傾聴に値するところもあって、それは素直にメモした。
1. お金を稼ぐ力とお金を持ち続ける能力はまったく別のもの
2. 変化にいち早く対応するのはいつも若い世代、彼らは批判の対象ではなく学ぶべき対象
3. 人生で大切にしている点@自分で考え続けることA過去の常識をリセットすることB実験をし続けることC少しの勇気を持つこと

著者に対しては、自分など足元にも及ばぬ成功者だし、その意見をどうのこうのと言える立場ではないが、自分の人生の指南役としてはどうも合わないと言う感じだ。それはそれで、仕方がないと思う。無理に合わせようとすれば、それこそ著者が批判する「誰かの作った価値観で自分を縛る」ことになるからである。自分に合うと思うところだけ、ありがたく拝聴したいと思う。

まさに、自分でしっかり考えながら読みたいと思う一冊である・・・


     
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2016年10月21日

【天才】石原慎太郎 読書日記719



最近、田中角栄がブームである。関連書籍やテレビ番組等よく目にする。そのきっかけとなったのが何かは知らないが、ベストセラーとなってブームの「象徴的」でもあるのがこの本であると言える。そんなわけで手に取った一冊。

 角栄さん関連の本といえば、これまで元秘書だった早坂茂三氏の著書や、先月は『冤罪 田中角栄とロッキード事件の真相』を読んだが、そのほかにも実にたくさんの本が書かれているのだという。戦後の政治家で角栄さんほど多くの本が書かれている者はないのだそうである。これはそんな角栄さんの本であるが、内容はすべて一人称で書かれており、一瞬、角栄さんが自ら書いたのかと錯覚させられる。

 子供の頃はジフテリアの後遺症でドモリだったらしいが、ある時それが理由でイジメられ、思わず大声でわめき散らしたことがヒントとなり、学芸会で先生に頼み込んで弁慶役をやらせてもらう。その舞台をこなすことで見事ドモリを克服したのだという。その時の経験から、何事も事前の仕掛け=根回しが必要だと学んだという。子供の頃からやはり違いをみせている。

 高等小学校を卒業し、土方となってトロッコを押して暮らしていたが、嫌になって辞める。そして、柏崎の県の土木派遣所に応募して採用され、現場監督としてトロッコを押していた現場に戻り驚かれる。このあたりからもうその才能を発揮している。そして東京に出て土建会社の小僧となるも、兵役に従事。第二次大戦は病気で本国送還となり、命を拾う。

 その後事業で成功するが、政治家へ立候補することになり、二度目の挑戦で政治家となる。同期にはのちの中曽根首相がいたそうである。30歳で吉田内閣の法務長官となり、すでにこの頃、この世は互いの利益の軋轢で、これを解決するのは結局互いの利益の確保=金次第と考えるようになる。造船疑獄に際しては、大事な頼みごとをするのに200万円ほど持参するのは、菓子折りを持っていくのと同じと言い切る。

 やがて大蔵大臣、通産大臣を務める。当時は、アメリカに「何から何まで言いなり」の状態だったが、角栄さんは日米協議で堂々と日本の立場を主張する。ニクソンとはすぐに昵懇となり、後継は福田赳夫と考えていた佐藤首相の思惑とは裏腹に、ゴルフや会見の場で福田を押しのけてニクソンと田中は親密さをPRする。そして角福戦争を経て、角栄さんは総理大臣に就任する。

 あくまでも小説の形をとっているのではあるが、選挙で空前の一人3,000万円もの金を配ったなど金権政治と言われた部分は、そのまま出てくる。ロッキード事件が起こり、世間は騒然とするが、問題となった5億円は、選挙で集めた300億円の一部に紛れ込んでいたと主張。ロッキード裁判の異様さも語られる。

 そんな華やかな活躍の一方で、青年時代の淡い恋から、結婚後も愛人(それも二人)がいたことが語られる。まさに「英雄色を好む」を地で行っている。
著者の石原慎太郎も、自らの金権政治を批判する先方として登場する。著者は、角栄さんの金権政治を真っ先に批判したらしいが、そんな著書が角栄さんの本を描くというのも面白いものである。

 ロッキード事件の当時は批判一色だったように記憶しているが、ここにきて事件はアメリカの陰謀だったという説が濃厚に語られる。歴史の評価というものが正しいのだとしたら、まさにその見直しが行われているのかもしれない。何はともあれ、当時の「田中総理」を知る者にとっては、興味深い一冊である・・・


  
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2015年08月04日

【狼たちへの伝言】落合信彦 読書日記571



まだ社会人になって間もない頃、どういう経緯だったかは忘れてしまったが、読んで衝撃を受けた本である。
久しぶりに著者の落合信彦の名前を見かけ、本棚の奥から引っ張り出してきて、パラパラめくっているうちに読み返したくなってしまった一冊である。

書いてあることは、落合信彦氏の実体験に基づく人生観。
タイトルにある「狼たち」とは、真の男たらんとするものたちということだろう。
女性が活躍する時代というのは、基本的に平和な時代。
それはそれで素晴らしいし、否定する気はない。
だが、その中にあって、「男たるもの」とやっぱり考えてみる必要はある。

衝撃を受けたのは、著者の実体験。
中学生の時に父親は女を作って出ていく。
「お前たちも好きに生きろ」と言い残して。
そして日本に幻滅した著者は、アメリカ行きを決意する。

決意しても、貧困母子家庭に留学費用なんてない。
英語の辞書を1ページずつ破り捨てる方法で英語を学び、アメリカ大使館に行って直談判し、アメリカの大学入学試験を受けさせてもらい、奨学金も確保して合格する。
されど渡航費用がなくて、横浜の港に泊まり込んで船を捜し、頭を下げまくって臨時船員としてアメリカまで乗せてもらう。
着いた西海岸から、コーラで腹を満たしながら大学のある東海岸までヒッチハイク。
今読み返しても胸が熱くなるようなど根性だ。

男にとって大事なのは、おしゃれなんかより生き様だと語り、イイ女を抱きたかったらエキサイティングに生きろと説く。
「ケンカもできないヤツ、弱いヤツは男としてダメだ」との主張は、女性が聞いたら顔をそむけるかもしれない。
けれど、「男にとって力は絶対必要だ」という主張は、それまでの自分の意見と同じであり、激しく同意したのを覚えている。

一方で、宗教にのめり込む危険性を説くところは、のちのオウム真理教事件を暗示しているかのようだし、アメリカの戦争体質から近々の戦争の可能性を指摘している部分は湾岸戦争で実現するなど、世の中の動きも的確に語っている。
こういう視点に影響され、その後私は、国際情勢に興味を持っていったものである。

電車の中で若いサラリーマンがマンガを読んでいる姿を嘆き、きちんとした思考を持つことの重要性を語る。
これに影響を受けて、ビジネス書を読み漁るようになったものである。
若き日の私にとって、非常に大きな影響を残した一冊である。
今、あの頃に増してナヨナヨした男が多くなった気がするが、今の若い人にもこの本を読む価値は大きいと思う。

改めて読み返してみても、死語になった言葉や古い事例以外は今でも十分通用することばかりである。
読んでも響かないようなら、それは"ナヨナヨヤサ男くん"の証拠かもしれない。
たとえ女に笑われようとも、「男たる者かくあるべし」と思って読むといいと思う。
もう少し大きくなったら、息子に読ませたいと思う一冊である・・・

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2015年08月01日

【ぼくの命は言葉とともにある】福島智 読書日記569



プロローグ 「盲ろう」の世界を生きるということ
第1章 静かなる戦場で
第2章 人間は自分たちが思っているほど強い存在ではない
第3章 今この一瞬も戦闘状態、私の人生を支える命ある言葉
第4章 生きる力と勇気の多くを、読書が与えてくれた
第5章 再生を支えてくれた家族と友と、永遠なるものと
第6章 盲ろうの視点で考える幸福の姿

著者は、9歳で失明、18歳で聴力を失うという「盲ろう」の方。
それでも大学を卒業し、今は東大の教授だというから、その努力たるや並大抵ではないのだろうと思わされる。
視力と聴力が失われた著者にとって、外界との意思疎通の接点となるのは「言葉」。
ヘレン・ケラーは、生まれつきの「盲ろう」だったから「言葉」すらなく、だから「三重苦」と言われたが、著者の場合は18歳まで言葉によるコミュニケーションができていたわけで、だからこそ、よけい「言葉」というものに対する重みを感じているのかもしれない。

暗く静かなるところにいる著者にとって、我々がさりげなく使う言葉に対する感性も違うのかもしれない。
ホロコーストを生き抜いたフランクルからは、「絶望=苦悩−意味」という言葉を学ぶ。
「絶望とは意味なき苦悩」
よくよく考えてみれば、なるほどと思うも、言われなければスルーしてしまいそうだ。
そんな言葉をつかみ取るのも、著者の感性のレーダーが発達しているからに他ならない。

この本は、著者の思うままが綴られているが、「いかに生きるべきか」というところが強く出てくる。
自分の生きる意味を見出すことが救いになると語るのである。
前向きに生きていければそれが良いが、時として横向きや斜めを向いてしまう時もある。
さらに後ろ向きにさえなることもあるかもしれないが、そうなったら「後ろ向きに後ずさればいい」と語る。
この発想は、私にとっても参考になる。

著者は、他者とのコミュニケーションには従来の点字に加え、指と指とで行う「指点字」なるものも利用しているという。
そうした他者とのコミュニケーションこそが自己を認識できる機会であり、著者からすれば、「コミュニケーションは命」ということになる。
「ぼくの命はいつも言葉とともにある」と語る理由がそこにある。

盲ろう者になって、著者が学んだことの一つが「挑戦」。
「どんな困難な状況にあっても、可能性がゼロになるわけではない」という。
「挑戦とは相手を打ち負かして競争に勝つことを意味するのではなく、その本質は自分自身に対する挑戦」
「挑戦とは他者の立場を想像する力と、他者と協力しながら新しいものを生みだしていく営み」
考えてみれば、著者は他者の協力がなければ生きてはいけないわけであり、それゆえに紡ぎ出された考え方なのだろうと思う。

著者に比べれば、健常者はそれだけで恵まれているわけである。
それを当り前とせず、切磋琢磨しつづけないといけない。
前向きに、常に挑戦者たらんと思わせられる一冊である・・・

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