2019年12月20日

【そして、バトンは渡された】瀬尾 まいこ 読書日記1106



 著者は、個人的にはあまり馴染みのない作家。作品を読むのもこれが初めてである。そういう新しい作家との出会いは、期待させてくれるものがある。
 
 主人公は女子高生の森宮優子。普通とちょっと変わっているのは、その家庭環境。父親と2人暮らしであるが、実はその父親とは血の繋がりはない。生まれた時は、水戸優子であったが、そのあと田中優子、泉ヶ原優子と三度苗字が変わっている。なぜ、そんなことになったのかと、冒頭から興味を惹かされる。その経緯が明らかになっていく過程が縦のストーリーとなっている。高校生の優子の生活と同時に、過去の優子の生活が描かれていく形で物語は進むのである。

 優子は、初めはもちろん血の繋がった両親の元に水戸優子として生を受けている。しかし、産みの母が早逝し、父は優子が小学校2年の時に再婚する。その女性は田中梨花と名乗り、優子は産みの母に対するこだわりもそれほど見せず梨花を受け入れる。梨花と優子はウマがあったのか、仲良く過ごすがやがて父がブラジルに転勤となる。この時、優子は梨花と一緒に日本に残ることを選択する。まだ小学校の4年生だったせいか、「友達と離れるのが嫌」というのがその理由。そして父はブラジルに単身赴任する。

 しかし、父とはやがて音信不通となり(理由はのちに明かされる)、梨花は「ピアノが欲しい」という優子の望みを叶えるため、優子が中学生の時、泉ヶ原茂雄と結婚する。合間に高校生の優子の日常が描かれる。それは友達同士の他愛ないやり取りだったり、血の繋がりのない父親(優子は「森宮さん」と呼ぶ)とのやり取りだったりする。優子がどういう経緯でこんなに苗字が変わり、そして血の繋がっていない人たちと親子関係になっていったのか。非常に興味を惹かされたまま物語は進む。

 優子の親が変わっていく経緯は、なるほどそんなこともありそうな感じがする。いわゆるたらい回しとはまったく違い、どの親も優子に愛情を持って接する。特に最後の親である森宮は、優子の食事を作ったりと献身的に面倒を見る。親子のやりとりもユーモラスである。高校生の優子の日常もごく普通の女子高生のそれ。特に波乱があるでもなく、物語は静かに進んでいく。この作家のこれが作風なのだろうかと思ってみたりする。

 変わっているのは、親が次々に変わっていった優子の身の上だけで、何があるというものでもない。ちょっと軽い感じの物語である。読み終えてみれば、タイトルの意味もよくわかる。なんとも言えないが、ユニークな作品である・・・




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2019年11月09日

【ソビエト・ミルク ラトヴィア母娘の記憶】ノラ・イクステナ 読書日記1092



 著者は、現代のラトヴィアを代表する小説家の1人だという。サブタイトルでもわかるように、この小説はラトヴィアを舞台としたある母娘の物語。ラトヴィアは、あまり日本では馴染みがないが、「バルト三国」の一国であることぐらいはなんとか知っている。小国の悲哀か、旧ソ連の支配下に組み込まれ、長年ソ連を構成する共和国の1つの地位を占めてきた。この小説の随所に、ソ連下のラトヴィアの様子が描かれていて興味深い。

 この小説の1つの特徴として、物語が母娘それぞれの視点から一人称で語られる。それがくるくると切り替わるので、ぼぉっと読んでいると、果たしてこれは母親の話か娘の話かわからなくなる。時代は母親の生まれた第二次世界大戦末期と1970〜1980年代が並行して描かれる。母親は女医であるが、娘を産んですぐ五日間失踪してしまう。自分の母乳が子供にとって毒だとなぜか考えたらしい。こんなイントロで物語は始まる。

 母親は大戦末期に生まれる。幼い頃、父親がソ連兵がモミの木を伐採するのに抵抗して連行されてしまう。祖母と母はクローゼットに隠れて難を逃れるが、町へ逃げてアパートに移り住むが、まずやらなければならなかったのは、夜中に凍死しないように爆撃で破壊された窓を修復することだった。混乱期の出来事とは言え、母親にとっても辛い幼少期である。

 そんな経験が影響したのかはわからないが、母乳の事件といい、母親は娘にあまり愛情を注がない。「母に抱きしめてもらった経験はない」と娘は語る。それどころか、学校の送迎をしてくれたこともなく、送迎は母を養子にした義父で、娘は祖父母が事実上の育ての親となって育つ。それでも母親なりの愛情はあり、娘にはひたすら体制に従うように教え諭す。「先生の言うことは全部覚えて模範生になりなさい。反抗しちゃだめ。共産主義青年同盟の行事には積極的に参加しなさい」と。

 母親は、ソ連の人間に尋問され、反体制派とみなされた父親との関係を聞かれる。娘もまた、校長室に呼ばれ、灰色のコートを着た人物に尋問される。「母親に学校で教えられていないようなことを教えられていないか」と。娘は咄嗟に女性の妊娠について教えられていると機転を聞かせて答える。日頃、ソ連批判をしていた母親の言動がどこかで漏れたのであろう。母娘二代に渡っての経験である。

 クリスマスを祝うことは禁じられ、新年にはアナウンサーがロシア語で「新年おめでとう!同志諸君!」と呼びかける。「ロシア人を粉砕してゴミにすれば食料計画は達成できる」と誰かが落書きを残す。やがてチェルノブイリで原発事故が起こり、娘の担任は胸を張って医師である息子を事故現場に行くように説得する。そして2週間も経たずに息子は現場で命を落とす。ソ連の一部だという印象しかなかったラトヴィアだが、物語に描かれているラトヴィアはそんなイメージとはまるで違う。

 あくまでも小説なのであろうが、背景に描かれているラトヴィアは、たぶん現実の姿だったのだろうと思われる。事実は小説よりも奇なりと言われるが、小説の中で描かれる事実もまた奇なりであると思う。最後はベルリンの壁が崩壊するのを祖父がデレビで観るところまで描かれる。小説ではあるものの、日本にいてはなかなか窺い知れないラトヴィアの現代史を覗き見ることのできる小説である・・・

 

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2019年10月09日

【充たされざる者】カズオ・イシグロ 読書日記1081



 著者のカズオ・イシグロのことは、2017年にノーベル文学賞を受賞したことでその名をはじめて知った経緯がある。一度は読んでみようと思っていたところ、たまたま父親の本棚で見つけて拝借したのが本書である。何でも良かったのであるが、結果的にはやっぱりよく選べば良かったという感想を持った一冊である。

 主人公は世界的に高名なピアニストであるライダー。そのライダーが、とある街のとあるホテルにやってくるところから物語は始まる。ライダーの名声をよく知るホテルマンが恭しく迎える。どうやら街全体での歓迎のようである。皆がライダーの過密スケジュールを気にしているが、不思議なことにライダー自身はスケジュールの中身を把握しておらず、なんとなく周りに合わせて行動していくことになる。そしてなんとも言えない不思議な物語が展開される。

 ライダーはホテルに努めるグスタフに頼まれて娘のゾフィーと孫のボリスに会いに行く。過密スケジュールを抱えているはずなのに、本人がその内容を知らないせいか、ライダーは請われるままゾフィーとボリスに会う。そして家での食事に招待され、一緒に歩いてゾフィーの家に向かう。ところがゾフィーは1人でどんどん歩いて行ってしまい、ライダーはボリスとともに迷子になってしまう。普通、そんな事態にはならないだろう。

 不思議な展開はそれに限らず、ライダーはボリスを連れたままあちこちと街をさまよい、挙句にあっさりホテルに戻ってきたりする。ライダーの周りの人たちも、やれアルバムを見てくれだの、ピアノの演奏を聴いてくれだのと寄ってくる。しかし、ピアノの演奏にしても部屋の外で聞いていたり(なぜそばで聞かない)、いずこかのパーティー会場に案内されて行くのだが、ドアをいくつか開けるとホテルに戻っていたり・・・

 ライダーの前に登場する人物は、皆が皆恭しくライダーに話しかけるが、その話の内容は冗長で回りくどく、何を言いたいのかはっきりしない。それに加えてライダーの身の回りに起きることはどうも現実感に乏しいことばかり。そんなやり取りが長くダラダラと続き、読んでいてイライラしてくる。よほどもう読むのをやめようと何度も思うも、ノーベル賞作家だし、きっと何か劇的なオチがあるに違いないと思い直して読み進む。

 読んでいる最中、以前観た『ジェイコブス・ラダー』という映画を思い出した。この映画で主人公はベトナム戦争から帰国した後様々な不思議な経験をする。しかし、実はジェイコブはベトナムの野戦病院で死にかけていてすべては夢だったというオチの映画。この物語もきっとそんなオチが待っているに違いないと信じて読み続ける。これはなかなかの苦行。

 そして物語では、最大の目的だったはずのライダーのピアノコンサートも行われないまま朝を迎える。それはちょうど夢を見ていて、目的地に行こうとするのに次々と脇道にそらされていき、なかなか目的地に着けないうちに目が覚めたという経験を思い起こさせる。ライダーもコンサートの舞台へ向かおうとするのに、あちらで話しかけられ、こちらで頼み事をされとリハーサルさえさせてもらえない。そうして長い物語はエンディングを迎える。

 あれほど期待していたオチはまったくないまま物語は終わる。この本を評価する人はもちろんいるのだろうが、それがどんなに権威のある人の評価だとしても、個人的には「つまらない」の一言である。読まなければよかったと断言できる。ただし、この一冊を持ってカズオ・イシグロは合わないと決めるのは間違っていそうである。もう一冊くらい読んでみて、合う合わないを決めたい。そう思う一冊である・・・



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2019年09月12日

【砂の女】 安部公房 読書日記1071



 名前は知っているが、読んだことのない作家というのは何人もいる。読まずに終わらせるのはもったいない。安部公房はそんな読んだことのない作家の1人であり、父の本棚にあったのを良いことに手にした一冊。「20数カ国語に翻訳された名作」という説明も興味をそそられる。

 冒頭、1人の男が行方不明になったことが説明される。一体何があったのか。男は教師であるが、昆虫採集を趣味としており、8月のある日、休暇を利用して昆虫採集に出かける。砂地に住む昆虫の採集のため、男はある砂丘へとやってくる。思うような成果が得られぬまま時間が経ち、男はたまたま出会った村の老人の親切な申し出を受けて、一軒の家に泊めてもらうことになる。その家には三十前後の女が1人住んでいる。

 その家は、砂地の底にあり、男は砂の崖を梯子を伝って降りる。ランプ一つしかなく、風呂もない家。夜になると、外では砂かきが始まる。男も成り行き上、興味もあってかその作業を手伝う。聞けば毎晩の作業だと言う。不思議に思いつつも一夜を過ごす。そうして朝になり、男は外に出る。そこで降りてきた梯子がなくなっていることに気がつく。よじ登ろうとしても砂が崩れてうまくいかない。女を問い詰めても明確な答えが返ってこない・・・

 こうして男は砂の底の家に女と2人取り残された形となる。帰るために上へ行こうにも梯子がない。そうして実は村人たちの企みで、砂の中の暮らしを維持して行くために男を呼び入れたのだと知る。当然、そこに閉じ込める意図でなされたわけである。立派な監禁なのであるが、村を維持して行くためには仕方ないのだとする。

 そんな村の勝手な事情で人生が左右されるのはたまったものではない。女を叱り飛ばしてもラチがあかず、砂地からは脱出できない。村人もグルであるゆえ、助けを叫んでも無駄である。何もできぬまま、1日また1日と時間は経過して行く。自分がいなくなって、家族や職場の同僚はどうしているかと男は考えてみるも、行く先を誰にも告げておらず、誰も男の居場所を知りようがない。

自分だったらどうするだろうとやっぱり考えてみる。ネックは「時間」だろうか。休暇にも限度はあるし、時間が経てば仕事や家庭生活にも支障をきたしてくる。自分に置き換えてみればローンの支払いだってあるし、などと考えてみる。個人の企みならともかく、村ぐるみとなるとなかなか脱出は無難しいかもしれないが、やっぱりとことん諦めずにチャンスを伺うかもしれない。

 突拍子も無い想定の小説はカフカの小説のようでもある。全く日常とはかけ離れた世界の話を想像力を逞しくしながら読むのも面白いものである。ラストの男の心境の変化もなんとなく頷ける。思わずいろいろと想像させられてしまう小説である・・・




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2019年08月26日

【人間失格】太宰治 読書日記1062



《目次》
はしがき
第一の手記
第二の手記
第三の手記

 この本は、太宰治の代表作であるが、これまでなんとなく敬遠してきたという経緯がある。どうにも読むと暗くなりそうなイメージが強いのである。そしてそのイメージは、間違ったものではなかった。

 内容は3つの手記に分かれている。主人公は東北地方のお金持ちの末息子である大庭葉蔵。はしがきでは、ある人物が3枚の写真を眺めている。それぞれ幼少期、学生時代、その後であるが、その3枚の写真と重ね合わせるようにして、3つの手記が続く。まずは葉蔵の幼少期から。その「第一の手記」では、「恥の多い生涯を送って来ました」という告白から始まる。それにしてもなんという告白だろうか。それが世に残った理由なのだろうかと思えてくる。

 葉蔵は幼少期から変わっている。「空腹感」とはどんなものかわからず、空腹感からものを食べたことがなく、故に家族の食事の時間が苦痛で、どうしてごはんを食べるのかわからなかったという。こうした変わった感性の持ち主だったからか、人と会話ができず、そのために考え出したのが「道化」である。バカなことをやって周囲を笑わせ、目障りにならぬようにと下男下女にまでお道化をして笑わせたという。父にお土産を買って来てやると言われてもリクエストできず、そっと欲しいものを父親の手帳に書き込むほどなのである。

 「第二の手記」は中学時代になるが、ここでも道化によって周囲を笑わせることで自分の居場所を作っていく。しかし、ある時それを竹一という友人に見抜かれ恐怖する。「人間恐怖」という言葉が登場するが、旧制高校へ進み、堀木という悪友ができ、酒とタバコと女と左翼思想とにハマっていく。そして女と心中事件を起こす。太宰治のイメージにある世界である。それにしても葉蔵はこの後も女にはよくモテる。金持ちの息子で女にもモテるなら、この世は我が世ではないかと、恵まれない男なら思うだろう。

 結局、旧制高校は放校となり、「第三の手記」となる。東京での後見人である人物から逃げ、女のところに身を寄せる。漫画を描いてとりあえず日々の暮らしは賄うも、すぐに酒に溺れ、自殺未遂をし、出会う女たちと次々と関係を持つ。そんな異常な様子は、本人も自覚するところ。それ故に「人間失格」となる。考えてみれば、精神を病む人間というのは、皆似たり寄ったりの経験をしているのかもしれないと思わされる。世間にはなんでもないことなのに、本人にとっては極めて困難だったりする。

 単なる小説、作り話として終わらせられないものがこの中にはある。身近なところでちょっと苦しんでいる人がいるからかもしれない。文章自体というよりも、やはりその内容だろうか。時代は昭和初期という感じの雰囲気だが、そんな時代にも今に通じる心の闇を抱えている人も(小説に描かれるくらいだから)いたのだろうと思う。それにしても心の動きの描写が実に真実味を帯びていて、とてもフィクションには思えないところがある。そこが名作ゆえんなのかもしれない。

 私のようにイメージだけで避けている人はいるかもしれないが、一度は読んでみてもいい作品である・・・





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2019年06月10日

【アルケミスト 夢を旅した少年】パウロ・コエーリョ  読書日記1038



 著者はブラジルの作家。かねてから評判を聞いていて、読んでみたいと思っていた一冊。
物語の舞台はスペインのアンダルシア。主人公は羊飼いの少年サンチャゴ。羊たちを連れて依頼があれば毛を刈って売ると言う仕事をしている。いつも本を読んでいる勉強家でもある。ある商人の家を訪れた時、その家の少女が可愛くて心を動かされるというごく平凡な少年である。

 サンチャゴの父はサンチャゴを神父にしたいと願ったが、サンチャゴは旅に憧れ、自分の人生の目的は旅をすることだと考えている。そしてそれに近い仕事として羊飼いになったのである。ある時、サンチャゴは同じ夢を続けて見る。夢の中でサンチャゴはピラミッドに連れて行かれ、「ここにくれば隠された宝物を発見できる」と告げられる。その夢の意味をジプシーの老女に尋ねたサンチャゴは、老女の答えを受け入れ、夢に出て来たピラミッドへ行くことを決意する。

 一生懸命働いて増やした羊をすべて売り払い、そのお金を持ってサンチャゴはエジプトへ向かう。その背中を押したのはある老人。町のパン屋も若い頃旅をしたがっていたが、まず自分の店をやってお金を貯めることにしたという話をサンチャゴにする。人はいつでも自分の夢見ていることを実行できるのに気がつかないと続ける。このあたりお話というより、自分自身にすぐに当てはまる人生訓のようなところがある。

 すべての羊を売り払い、そのお金を手にしてエジプトに到着したサンチャゴは、着く早々見事にお金をすべて巻き上げられる。どうやらそこは生き馬の目を抜く世界らしい。サンチャゴの心中は察して余りある。人生にはすべてを賭けたのに思いがけない失敗をするというのもよくあることだろう。サンチャゴは自分のことをどろぼうに会ったあわれな犠牲者と考えるか、宝物を探し求める冒険家と考えるか、どちらかを選ばなければならないと考える。そして後者を選ぶわけである。果たして自分は後者を選べるだろうかと考えながら読んで行くと面白い。

 タイトルのアルケミストとは錬金術師のこと。ここでは最後に登場し、ピラミッドへ向かうサンチャゴに同行する。中世の錬金術師とはちょっとイメージが違う。そしてサンチャゴが手にする宝物とは。物語の流れから予想していたものとはちょっと違ったが、「何かを強く望めば宇宙のすべてが協力して実現するように助けてくれる」という錬金術師の言葉は心に何かを伝えてくれる。

 単に物語を追うだけでなく、要所要所で示される教えに気づき、心に刻みたい一冊である・・・




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2019年04月25日

【妻に捧げた1778話】眉村卓 読書日記1024



《目次》
毎日一話
闘病五年
一日一話
新制中学
妻と私
俳句
非常と日常
一日一話の終わり
少し長いあとがき

 この本の存在を知ったのは、映画『僕と妻の1778の物語』を観た時であった。映画はアレンジされていて原作通りではなかったが、「いつか原作を読んでみたい」と思っていたのである。著者の眉村卓については、SF作家とはいうものの、正直言ってほとんど名前を知らなかった。作品も薬師丸ひろ子主演で映画化された『ねらわれた学園』くらいしか知らない。まぁ知る人ぞ知る作家さんだったのかもしれない。

 そんな著者だが、最愛の奥さんが癌を告知され、余命宣告を受ける。動揺する中で、妻のために何かできることはないかと考え、作家ならではの方法として、「一日一話のショートストーリーを書く」ということを思いつく。読者は妻一人。内容にも「必ずお話にする」「四百字詰原稿用紙三枚以上」「病人の神経を逆なでするようなものは書かない」などと自ら制約を課す。こうして、日々ショートストーリーを綴っていく。

 一日一話は、「商業誌に載せてもおかしくないレベル」にすると奥さんに宣言した通り、途中で「日がわり一話」として媒体に紹介されたりもしたし、自費出版もしたようである。そしてその努力が実ったのか、当初余命1年少々と医者に言われていたらしいが、結果として5年近く頑張ったようである。その間、書かれたショートストーリーの総数が1778話ということである。

 読む前は、その1778話の内容に期待していたが、さすがにすべては収録されていない。一部の紹介に止まっている。そして間を著者が奥さんについて書く形で埋められている。奥さんとは高校の同級生だったそうである。さりげない思い出話が続いていくが、そのさりげなさが奥さんに対する思いを感じさせてくれる。思わず、「仲良きことは美しきかな」という昔どこかで目にした言葉が脳裏に浮かぶ。

 途中途中に紹介される1778話の一部もまた独特の味わいがある。ある時券売機に入れた硬貨がなんども戻ってきてしまい、よく見たら45年前に何気なく自分で傷をつけたものだったという『古い硬貨』という話などは、特に一種独特の雰囲気がある。土砂降りなどというレベルを超えた雨が降る『降水時代』などにはSF作家らしいテイストが漂う。

 奥さんとの思い出の合間合間に1778話の一部が紹介されていくという展開。互いに貧しくて、社宅に共働きで住み、仕事の合間に著者が小説を書き始める。奥さんがそれに感想を述べるという形で、いわば共同作業が始まる。そんな風にして2人で過ごしてきた時間を振り返っていく。なるほど、なぜ著者が奥さんのために一日一話なんて始めたのか、著者の奥さんに対する深い愛情が感じられる。とても羨ましい。

 願わくば1778話のすべてを読んでみたいところだが、それは別の努力が必要みたいでちょっと残念である。こんな夫婦だったらよかったのになぁと我が身を振り返って思わざるを得ない一冊である・・・


 

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2019年03月29日

【ドーン】平野 啓一郎 読書日記1011



第1章 それぞれの物語
第2章 惑星と惑う人々
第3章 過去は熾んに乱反射する
第4章 メールシュトレーム
第5章 見えない群
第6章 我と汝
第7章 永い瞬きの終わりに

 著者の評判を聞き、興味を抱いて読んでみようと手にした一冊。評判が良くても伊坂幸太郎みたいに個人的に合わない作家もあるから、そこは賭けみたいなものである。新しい作家との出会いはそんな緊張感もあったりする。

 ちょっと変わったタイトルは、有人火星探査船の名前。これはいよいよ火星への有人探査が現実化した未来社会を舞台にした物語。物語の中にはいくつもの物語が存在する。登場人物の1人は日本人外科の佐野明日人。妻今日子がいるが、10年前の東京大震災で最愛の息子太陽を亡くしている。そして明日人は医師クルーとして有人火星探査船《ドーン》に搭乗する。クルーには米副大統領候補の娘リリアン・レインがいて、物語の背景で米大統領選が進んで行く。

 一方、米社会ではハマダラ蚊を利用した致死性の熱帯熱マラリアによるテロが起こる。犠牲になったのは、ジャック・ダニエルと称される男のほか数名。時に東アフリカでは米軍が介入する東アフリカ戦争が起こっている。そんな中、打ち上げられた有人火星探査船内では、リリアン・レインの妊娠騒動が起こり、クルーの1人であるノノ・ワシントンが精神に異常をきたす。そうした物語が交互に織り成されて進んで行く。

 物語に添加されるのは、未来社会の数々の技術。最愛の息子を失った明日人と今日子だが、太陽のDNAから作られたAR人間というヴァーチャル人間のような形で誕生した太陽と今日子は暮らしている。町中に「散影」という監視カメラネットワークが張り巡らされている。生の生鮮現実に対して、添加現実というヴァーチャル現実の技術がある。可塑整形という変幻自在の整形技術は「散影」の普及が後押しした面もあるかも知れない。

 こうした技術に加え、「分人=dividual」という概念もしばし語られる。これは個人の中にある様々な「顔」とでも言うべき人格のことで、よく内と外で変わる(外面がいい)など人によって見せる顔が違ったりするのを1つの人格のように表しているのである。ちょっと哲学的な匂いがするところである。

 また、泥沼化する東アフリカ戦争では、米軍は民間戦争会社への委託を進めており、そこには移民を中心とした低所得者層の若者を多く集め、正規軍に代わって危険な任務を担う様が描かれている。正規軍の戦死者を減らすことで批判をかわせることができるもので、これは既に顕在化しつつあると思うが、そんな問題も大統領選のテーマの1つとして挙げられていたりする。

 様々な物語が詰め込まれていて、初めのうちは迷子になりそうであったが。火星探査というのは背景として描かれているだけ。火星での変わった出来事が描かれるわけではない。中心となるのは各々の人間ドラマ。バラバラだったストーリーが最後に集約して行く。SF的ではあるが、根底にある人間ドラマと現代でも当てはまりそうな問題点を諸々考えさせてくれる。

 試しに読んでみたのであるが、その不思議なテイストは興味深い。もう少し他にも読んでみたいと思わせてくれる一冊である・・・



 


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2019年03月06日

【本日は、お日柄もよく】原田 マハ 読書日記1004



 原田マハという変わった名前の作家のことは、『キネマの神様』で初めて知ったのであるが、その著書を読むのはこれが2冊目である。タイトルは、結婚式のスピーチでの決まり文句。これは、ひょんなことから友人の結婚式で感動的なスピーチを目の当たりにし、スピーチライターを目指すことになった主人公の物語である。
 
 冒頭で「スピーチの極意十箇条」が掲げられているが、これはストーリーとは無関係にとても参考になる。
1. スピーチの目指すところを明確にすること
2. エピソード、具体例を盛り込んだ原稿を作り、全文を暗記すること
3. 力を抜き、心静かに平常心で臨むこと
4. タイムキーパーを立てること
5. トップバッターとして登場するのは極力避けること
6. 聴衆が静かになるのを待って始めること
7. しっかりと前を向き、右左を向いて、会場全体を見渡しながら語りかけること
8. 言葉はゆっくり、声は腹から出すこと
9. 導入部は静かに、徐々に盛り上げ、感動的にしめくくること
10. 最後まで、決して泣かないこと
 いつかわからないが、スピーチの機会があるときにまた見直してみたいと思う。

 主人公の古葉は、幼馴染の厚志の結婚式の披露宴に出席しているが、来賓の退屈な挨拶の途中、睡魔に襲われてスープ皿に顔を突っ込んでしまう。退席したところで声をかけてきたのはスピーチライターの久遠久美。その後で久美の感動的なスピーチを聞き、古葉は俄然久美に興味を抱く。厚志の知り合いでもあったことから、頼み込んで改めて紹介してもらい、弟子入りすることになる。
 
 ここで古葉を惹きつける久美のスピーチであるが、これがなかなかうまいスピーチである。いくら小説とは言え、パクってくることはできないだろうから、著者が考えたものだと思うが、美味いものだと思う。ひょっとしたら著者もスピーチ教室にでも通ったのだろうかなどと思ってしまう。このスピーチに迫力がないと物語も締まらないし、うまいものだと改めて思う。

 古葉は製菓会社に勤めるOL。そんな古葉は、同僚の結婚式でスピーチを頼まれる。それに向けて仕事帰りに久美の事務所に顔を出し、スピーチの訓練生活に入る。その間、古葉は実は厚志には片思いを隠していたり、お婆ちゃんは俳句の先生だったり、厚志の父は民衆党の政治家であり、久美はそのスピーチライターだったりという事情が語られていく。

 スピーチの物語なのであるから、随所でスピーチが出てくる。民衆党の政治家として、厚志の父今川篤朗衆議院議員のスピーチも出てくるが、いずれもなかなかのモノ。個人的に言葉には関心を持っているが故にか、どうもそのあたりばかりが気になる。途中、政権与党のスピーチライターでもある和田日間足(わだかまたり)なる人物が登場する。なんともふざけた名前だが、これはちょっと余計だった気がする。普通の名前で良かったのではないかと個人的には思う。

 総選挙が迫る中、政権交代を目指す民衆党は、かつて今川議員の地盤であり、今は与党進展党の有力政治家が牛耳る神奈川四区の候補として厚志に白羽の矢を立てる。これを受けた厚志とそのスピーチライターを引き受けることになった古葉。何となく、民主党が政権奪取した時を彷彿とさせる。民主党政権が大失敗だっただけに、そのイメージが物語の足を見事に引っ張る。

 まぁそれはそれとして、政治家のスピーチというのも人の心を打つものが求められるが、これもなかなかのもの。こういうビジネス的な要素の詰まった小説は個人的には大好きであるが、読後感は満足いくものであった。スピーチの参考になり、そして原田マハという作家の他の著作も読んでみたくなった一冊である・・・



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2019年02月05日

【蜜蜂と遠雷】恩田陸 読書日記997



 タイトルからは連想できないが、これはあるピアノコンクールを舞台にした物語。音楽を文字で表すというのは、一見難しく思われるが、プロの小説家にかかれば見事に脳内に再現される。そんなことを痛感させられる小説である。

 芳ヶ江国際ピアノコンクールは、3年ごとに開催されていて「ここを制した者は世界最高峰の国際ピアノコンクールで優勝する」というジンクスもあり、近年注目を集めている。冒頭、パリでコンクール出場希望者に対するオーディションが行われている。疲れの見えた審査員の前に現れたのは、「ジン カザマ」という少年。なんの経歴もないが、音楽界の伝説ユウジ・フォン=ホフマンの推薦状が審査員を驚かせる。ホフマンが推薦状など書くはずがないと思われていたからだが、少年の演奏を聴いた審査員は度肝を抜かれる。

 そして本番。審査員に賛否の議論を巻き起こし、コンクール出場を手にした少年・風間塵は15歳。養蜂家の父とともにヨーロッパ各地を転々とし、自宅にピアノを持たない少年は異例中の異例。そんな少年とともにコンクールに出場するのは、かつて天才少女として国内外のジュニアコンクールを制覇しCDデビューもしながら、母の突然の死去以来、長らくピアノが弾けなかった栄伝亜夜20歳。それに楽器店勤務のサラリーマンながら細々とピアノを続けてきたコンクール年齢制限ギリギリの高島明石28歳。完璧な演奏技術と音楽性で優勝候補と目される名門ジュリアード音楽院のマサル・C・レヴィ=アナトール19歳ら総勢90名を越すピアニストたち。

 審査員も日本人の嵯峨三枝子に三枝子とはかつて夫婦であったナサニエル・シルヴァーバーグらが登場する。ナサニエルはマサルの師匠でもある。コンクールは第1次から3次までの予選があり、そして本選で優勝を争うスタイル。単純に優勝するのは誰なのかを楽しむ物語かといえば、そうではない。登場人物たちのコンクールに至る過程が丁寧に描写されていて、いつの間にか思い入れに近い感情が生まれてくる。

 栄伝亜夜は、かつて二人三脚でピアノを続けていた母を突然失い、以来表舞台から姿を消している。その才能を惜しんだ浜崎学長やその娘の奏の手厚いサポートを受けている。コンクールにエントリーしたものの、戸惑いを覚えつつも世話になった人たちの期待を裏切りたくない気持ちからの出場である。それが風間塵の演奏を聴いて眠っていた何かが目覚めていく。

 高島明石は、楽器店に勤めながらもピアノに対する夢を諦めきれず、妻の応援を受けてのエントリー。世界各国から集まってくる才能たちを前に気後れする気持ちもあるが、そんな様子を友人の雅美がドキュメンタリーにしようとカメラに収める。優勝候補筆頭のマサルは、子供の頃、自分をピアノの世界へと引き込んでくれた「あーちゃん」の存在を心に秘めての来日。師匠も審査員を務める中での演奏である。

 そんな登場人物たちのプロフィールが紹介されつつ、いよいよ予選が始まっていく。曲目はいずれもクラッシック。ショパンやバッハ、モーツァルト・・・名前は知っているものの、曲目を聴いても音楽が思い浮かばない。今はYouTubeがあるから、再現して雰囲気を楽しむことができるのがありがたい。残念ながらプロのピアニストの奏でる微妙なニュアンスはわからないが、それでも著者の描き出す「音楽」は頭の中で独自に再生されていく。読んでいくうちにいつの間にかコンクールに観客として参加しているような気がしてくる。

 登場人物たちのそれぞれの物語は、誰をも優勝させたくなる。一体誰が優勝するのか、先が全く読めないストーリー展開も物語の世界に引き込んでくれる。時折、胸が熱くなるシーンがしばしば。最初こそ優勝の行方が気になったものの、最後は結果よりもそれぞれの出場者たちの姿に感動を覚える。著者の作品は、『夜のピクニック』以来であるが、他の著作にも俄然興味を抱かされた。探して読んで見たいと思わされる、心揺さぶられる一冊である・・・


posted by HH at 00:00| 東京 ☁| Comment(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする