2020年06月05日

【独ソ戦−絶滅戦争の惨禍−】大木 毅 読書日記1157



《目次》
はじめに 現代の野蛮
第一章 偽りの握手から激突へ
 第一節 スターリンの逃避
 第二節 対ソ戦決定
 第三節 作戦計画
第二章 敗北に向かう勝利
 第一節 大敗したソ連軍
 第二節 スモレンスクの転回点
 第三節 最初の敗走
第三章 絶滅戦争
 第一節 対ソ戦のイデオロギー
 第二節 帝国主義的収奪
 第三節 絶滅政策の実行
 第四節 「大祖国戦争」の内実
第四章 潮流の逆転
 第一節 スターリングラードへの道
 第二節 機能しはじめた「作戦術」
 第三節 「城塞」の挫折とソ連軍連続攻勢の開始
第五章 理性なき絶対戦争
 第一節 軍事的合理性の消失
 第二節 「バグラチオン」作戦
 第三節 ベルリンへの道
終章 「絶滅戦争」の長い影

 この本を手に取ったのは、もともと歴史好き、戦史好きということもあるが、「絶滅戦争の惨禍」というサブタイトルに惹かれたところもある。学校の歴史の授業で、「第二次世界大戦でソ連の死者が格段に多い」ということを習っていたのが脳裏にあったということもある。著者も冒頭で、独ソ戦は「未曾有の惨禍」としている。そんな興味から手にした一冊。

第二次世界大戦におけるソ連の死者は、2,700万人と言われているそうである。対するドイツは軍民合わせて600〜830万人らしい。当時の日本とドイツの人口はほぼ同じ。日本の死者が約300万人であることから、死者の数は日本の比ではない。戦後、わが国でも戦争の悲惨さが繰り返し説かれているが、独ソの被害はかけ離れている。ドイツはソ連だけでなく、米英仏とも戦争をしていたが、こちらはそれほどの被害ではなく、ドイツの被害はほぼ対ソだと思われる。なぜ、そんなことになったのか。

独ソ戦は、ドイツにとっては「世界観戦争」とみなしたとする。それはヒトラーにとって絶滅戦争を意味するもの。一方のスターリンにとっては、ファシストの侵略を撃退し祖国を守るための「大祖国戦争」としての意味を持っていたという。ソ連には、独ソ戦開始前に各地からドイツ侵攻の情報が寄せられていたが、スターリンは根強い対英不信からこの情報を無視したという。また、大粛清によって軍では将校が不足し、戦力は弱体化していたという。これが初期のドイツの侵略に抗しきれなかった理由だとする。

ドイツでは、対英戦争の苦戦から、ソ連を屈服させればイギリスの抗戦意志を挫けると考え、マルクス・プランやロスベルク・プランといったソ連侵攻計画を立てる。そしていよいよ「バルバロッサ」作戦として始動する。しかし、その内容はといえば、ソ連軍を質・量ともに過小評価した楽観的な判断に基づくものだったという。しかし、開戦後は驚異的な進撃でソ連軍を撃破する。それもそのはず、装備に加え、センノの戦いでは司令官や軍団長レベルではソ連軍はドイツ軍より11歳若く、大粛清の影響が出ていたとする。

ドイツ軍の攻撃により、ソ連軍は大打撃を負う。西正面軍、北西正面軍では合計で51万人の戦死者がでる。これは第二次世界大戦における米軍の戦死者(約42万人)よりも多い。ドイツ軍にも弱点はあり、国境会戦で決着がつくと考えていたため、兵站機構の準備ができておらず、従って次第に消耗していく。同じ損害を受けてもソ連軍はすぐに補充されるが、ドイツ軍はできず、戦争に勝つ能力を失っていく。また、攻撃目標についても、経済目標を重視するヒトラーと政治的・戦略的目標を重視する陸軍が対立する。

独ソ戦はドイツにとって「通常戦争」「収奪戦争」「絶滅戦争」という三つの戦争を包含する。占領地においては、「出動部隊」と呼ばれる掃討部隊が暗躍し、ナチ体制に反する危険分子を処分していく。ソ連軍捕虜に対する扱いも戦時国際法に基づく扱いから除外され、虐待する。米英の捕虜とは異なる扱いである。それはソ連についても同様で、例えばドイツ軍将校の捕虜の生存率は5%だったという。

解説は、時系列に独ソ戦を追っていく。有名なスターリングラード攻防戦はもうあちこちで語り尽くされているが、その他の東部戦線の戦況推移は残念ながら概略にとどまる。結局、なぜ他の戦場に比して独ソ戦で両軍にこれだけの人的損害が出たのかは、コミュニストとファシストという相反する2つの文化が、互いに「合わせ鏡の憎悪」を映したかのようにエスカレートさせていったというくらいなのかと思わされる。それだけだとあっさりし過ぎているように思えてならない。

単に戦争の推移を追うだけではなくて、もっと掘り下げたものがあった方が良かったように思う。独ソ戦が突出した未曾有の惨禍だということはわかったが、少々物足りなさが残ったのは事実である。まぁ、興味の端緒としてはいいかもしれない。今後、興味を持っておきたいと思わせてくれたことは間違いのない一冊である・・・




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2020年02月03日

【逆説の世界史 3】井沢元彦 読書日記1118



《目次》
序章 多神教社会に生きる日本人―無宗教ではなく、「日本教」を信じる民族
第1章 インダス文明の滅亡とヒンドゥー教の誕生―古代インド思想における「輪廻転生」と「永遠の死」
第2章 ブッダの生涯と仏教の変容―なぜインドではなく中国と日本で発展したのか
 第1話 ブッダが追求した「完全なる死」の境地
 第2話 禅宗がもたらした日本型資本主義
 第3話 仏教はなぜ発祥の地印度では衰退したのか
第3章 オリュンポスの神々とギリシア文明の遺産―ポリス(都市国家)の連合体が確立した平和
 第1話 キリスト教に敗北したギリシア神話の世界
 第2話 民主主義のルーツとしてのポリス
 第3話 アレクサンドロス大王の偉業とマケドニア帝国の興亡
 第4話 ギリシア・ヘレニズム文明の賢者たち

著者の『逆説の日本史』シリーズは全巻読破中であるが、満を持して始まった「世界史」シリーズの第三弾。今回も宗教が前面に出てくる。それは多神教と一神教の対立関係。日本は神道でありながら、クリスマスはすでに日本の祭りとして定着し、葬式は仏教で行う。こういう例は一神教の世界ではありえない。著者はこの力を芥川龍之介の言葉を使い、「造り変える力」と紹介する。

そして今回は、インダス文明から始まる。「世界最古の看板」に刻まれた「インダス文字」は、実は現代に至るまで解読されていないのだという。そして多神教のバラモン教が生まれ、ヒンドゥー教へと発展する。しかし、実は「バラモン教」「ヒンドゥー教」という呼び名は、欧米の学者が便宜的につけたもので、本来は呼び名がないのだとか。それぞれの内容が語られ、このあたりは宗教講座と言える内容である。

やがてブッダが登場する。ブッダの目的は「解脱」=「輪廻転生」のサイクルからの脱出。「輪廻転生」はいい事のように思われるが、実はそうではないらしい。やがて仏教は「根本分裂」によって上座部仏教と大乗仏教に分裂。シルクロードを経て日本に大乗仏教が伝わるが、その進化形はそれまでの仏教者をして「これが仏教か」と言わしめるものになる。それはそうだろう、修行をして輪廻転生からの解脱を目指すものが、いつの間にか大衆の救済に変わっているのである。しかも、親鸞に至っては妻帯まで可としている。

さらに本願寺を拠点とする教団は武装戦闘集団と化す。僧兵であるが、殺傷まで認めてしまっては、流石にいかがかと思うが、屁理屈はいくらでもつけられるのはキリスト教もイスラム教も同じである。やがてキリスト教なき資本主義が日本において発展する。大阪が「値切りの文化」であるのに対し、江戸が「正札文化」である理由がなるほどである。商人は騙す悪いやつで、だから値切るのが当然であったが、それを三井の越後屋が「現金取引掛け値なし」の正直商売を初めて大成功したのだとか。東京人として値切れないのに引け目を感じることはないのだということである。

後半は西洋に移り、ギリシア文明の話となる。こちらでは多神教のギリシア神話は一神教のキリスト教に敗れてしまう。現在のインドにおいてはヒンドゥー教が中心だが、実は仏教は敗れたのではなく、「取り込まれた(ブッダはヒンドゥー教の神々の1人)」のだとか。なぜギリシア神話は敗れたのか。政治や軍事への市民参加は神聖な義務だが、生きるために畑を耕すのは卑しい行為であり、だから奴隷がそれを担ったとか。興味深い説明が続く。

アレクサンドロス大王の遠征、ソクラテス、プラトン、アリストテレスの哲学、この時代のギリシア文化はやっぱり面白い。日本神話とギリシア神話には共通点が多いという話も興味深い。パンドラの箱の神話に至っては、最後に箱の中に希望が残ったというエピソードについて、(他のが飛び出て世界に広まったのに対し)残ったのなら人類には渡らなかったのではないかと疑問符がつけられる。言われてみればその通りである。常々何となく疑問に思ってきたことが明確に語られると、思わず膝を打ってしまう。

宗教を背景とした各文明の発展。表面上の事実の羅列だけではわからない底流のようなものを感じる。この視点はやっぱり面白い。「逆説の視点」は世界史でも健在である。日本史と比べて世界史は範囲がはるかに広い。これからどんな話を読ませてくれるのか。大いに期待したい一冊である・・・


【逆説の世界史シリーズ】
『逆説の世界史』
『逆説の世界史2』



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2019年07月04日

【天皇の日本史】井沢元彦 読書日記1045



《目次》
神話と天皇
神武天皇(初代)と崇神天皇(第一〇代)
応神天皇(第一五代)
聖徳太子
天智天皇(第三八代)と天武天皇(第四〇代)
持統天皇(第四一代)
聖武天皇(第四五代)
称徳天皇(第四八代)
光仁天皇(第四九代)と桓武天皇(第五〇代)
宇多天皇(第五九代)〔ほか〕

 著者は、『逆説の日本史』シリーズでおなじみの作家。歴史学者ではないものの、独自の観点からの歴史解説は面白く、出版されるたびに欠かさず読み続けてきている。今回は、得意の日本史について、「天皇家」を中心にしたものである。例によって目からウロコの話の数々が面白い。

 天皇家の祖先は神話に遡る。しかし、神話といってもその後の歴史を見れば一本の筋が見えてくる。天皇の祖先アマテラスは禊で生まれたとされる。ゆえに世界で最も清らかな存在とされる。のちに死穢が徹底して忌避されるのも、この生まれにあるといえる。初代の天皇は神武天皇。もっとも「天皇」という呼び名は後世のもので、当時は「スメラミコト」と言われていたそうである。さらに「神武」というのも漢風諡号であり、後世に贈られたものである。

 また、歴代天皇でこの諡号に「神」が使われているのは3人だけ。すなわち「神武」「崇神」「応神」天皇であるが、いずれも「新しい王朝」の象徴だと著者は説く。つまり、初代は神話上の、崇神は本当の初代だとする。そして応神は天皇家の断絶を推測させるものだとする。仲哀天皇を父とし、神功皇后を母とする応神天皇は、仲哀天皇の死後、11ヶ月目に生まれたとされている。なぜ仲「哀」なのか。このあたりの解説は非常に興味深い。

 諡号に「徳」の字を使うのは、怨霊化防止策だと著者は説く。これは『逆説の日本史』シリーズでおなじみの説明である。聖徳太子の話も既に読んでいる。日本の歴史学者の最大の欠点は、「歴史を通しての専門家」がいないことだとする。時代ごとの専門家になってしまっているらしいが、素人目にも著者の主張は正しいように思う。

 持統天皇が歴代天皇として初めて火葬された理由の説明(推測)も目から鱗である。それまで天皇が亡くなるごとになぜ遷都していたのか。死穢とともにその理由を語り、火葬の意義を説く。なるほどである。藤原氏台頭の経緯。穢れを嫌って軍事部門から天皇家は手を引き、それゆえに藤原氏の横暴と京の治安悪化を招く。黒澤監督の映画『羅生門』の世界の背景である。

 『源氏物語』については読んだこともないし、深く考えたこともない。しかし、その内容は、例えるなら「関ヶ原で石田三成が勝ったという話を徳川陣営が創った」と言える話。それが怨霊鎮魂として説明される。そんな見方があったのかと思わず唸ってしまう。上皇制度が生まれた背景、武士の起こり、鎌倉幕府の成立は日本にとって元寇を退けるにいいタイミングであったこと。その元寇から日本を救ったのは鎌倉武士なのになぜ「神風」なのか。こうして見ていくと日本史の世界は深く、そして限りなく面白い。

 秀吉の朝鮮出兵は、天皇を一地方政権の長にしてしまおうという秀吉の壮大な計画に基づいていたとか。昭和39年の東京オリンピックの直前、時の昭和天皇が密かに崇徳天皇陵に勅使を派遣したという。ここに至るまで、800年前の怨霊鎮魂の動きがなされていたというのも驚きである。こういう驚きは、まだまだほんの一部なのかもしれない。
 昨今、続編が出版されたようであるが、そちらの方も是非とも読みたいと思わずにはいられない一冊である・・・


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2019年05月11日

【逆説の日本史24】井沢元彦 読書日記1027



《目次》
第1章 大日本帝国の構築3 帝国憲法と教育勅語
第2章 大日本帝国の試練1 条約改正と日清戦争への道
第3章 大日本帝国の試練2 台湾および朝鮮統治

 長い長いシリーズもいよいよ明治の中盤。まずは明治14年の政変。ここでは井上毅が紹介される。なんとなく聞いたことのある名前。しかし、実は「明治国家のグランドデザイナー」と称される人物。天皇中心の立憲国家にすることに意見の対立はなかったものの、民権をどこまで認めるかで大隈重信と伊藤博文の意見は対立する。イギリス派の大隈とプロシア派の伊藤の対立である。ここで井上毅はプロシア型を主張する。

 井上毅は一官僚に過ぎなかったが、伊藤博文に「プロシア体制」を提案し、採用される。そして政変で大隈は失脚し、伊藤博文派が勝利する。以後、この路線が確定する。翌年には「軍人勅諭」が発表される。この勅諭では、「軍人は世論に惑わす政治に拘らす」とうたわれ、なんと軍人には選挙権も与えられなかったのであるが、のちに軍人は政治を動かしていく。その過程は時の流れなのだろうか。
 
 いよいよ帝国憲法制定を目指していくが、その目的は「不平等条約の改正」。学校の歴史ではこういう目的まで習っていない。当時はまだガイジンを斬り殺す野蛮な国とされていて、とても条約改正には応じてもらえなかったらしい。そう説明されれば、欧米列強の考え方も理解できる。思い余って外国人判事の登用まで検討されたらしい。そうした経緯があり、大日本帝国憲法が制定される。

 成文憲法は、大日本帝国憲法と皇室典範に分類され、それがゆえに、大日本帝国憲法下の帝国議会は、別の憲法となる皇室に関する事項について全く関与できなくなる。これも初耳である。今では批判の対象となっている「教育勅語」だが、天皇の名を借り、国民に勉強せよというメッセージとなっていたとか。これで2,000年以上続いた男尊女卑の儒教の常識を打破することになったのだとか。「天皇に対する忠誠を貫き国民に戦争を強いるものであり民主的でない」という批判について、著者は「歴史がわかっていない」と切り捨てる。

 そしていよいよ日清戦争へとつながる。当時、意外にも清国の北洋艦隊はアジア最大の巨艦を有し、それを見せつけるべく日本に寄港したのだとか。そしてさらに意外だったのは、日清戦争の狙いが不平等条約の改正にあったこと。条約改正の必要性が高まる中、予想外にも帝国議会の反対で暗礁に乗り上げてしまう。それを陸奥宗光は、「日清戦争開戦=国家の非常事態」、「国家の非常事態=議会が政府を無条件で支持する」という図式を利用し、条約改正を議会に認めさせてしまう。これも歴史の教科書には載っていない。

 その日清戦争であるが、日本兵の奮闘により、アジア最大の巨艦を撃破するなどの活躍があるが、その陰で「補給の無視」というのちに重大な欠点となる悪しき伝統がこの時すでに現れる。「現地調達」という聞こえのいい命令が当たり前となる。日清戦争の勝利も軍律の不徹底が招いた清国軍の反乱もある。近代国家へと生まれ変わっていく過程の姿はどの部分も興味深い。こんなに「近い歴史」にも知らないことが溢れている。つくづく、歴史は深いと思う。

 まだまだ続くこのシリーズ。さらにこの先の展開が楽しみでたまらない一冊である・・・







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2019年03月05日

【世界史を変えた新素材】佐藤健太郎 読書日記1003



《目次》
はじめに――「新材料」が歴史を動かす
第1章 人類史を駆動した黄金の輝き――金
第2章 1万年を生きた材料――陶磁器
第3章 動物が生み出した最高傑作――コラーゲン
第4章 文明を作った材料の王――鉄
第5章 文化を伝播するメディアの王者――紙(セルロース)
第6章 多彩な顔を持つ千両役者――炭酸カルシウム
第7章 帝国を紡ぎ出した材料――絹(フィブロイン)
第8章 世界を縮めた物質――ゴム(ポリイソプレン)
第9章 イノベーションを加速させる材料――磁石
第10章 「軽い金属」の奇跡――アルミニウム
第11章 変幻自在の万能材料――プラスチック
第12章 無機世界の旗頭――シリコン
終 章――AIが左右する「材料科学」競争のゆくえ

 タイトルにある通り、この本は「材料」に視点を合わせ、それが歴史に果たしてきた役割をみようというもの。そういえば似たようなものとして、『世界を作った6つの革命の物語』という本を読んだことがある。どちらも趣旨は同じだと思うが、「材料」のみに特化しているのがこの本の特徴と言える。

 「材料」が「世界史を変える」というと大げさな気もするが、冒頭でレコードの素材がポリ塩化ビニルに変わったことで、レコードが飛躍的に普及することになり、それによってプレスリーやビートルズの登場を可能にし、音楽の世界が変わったことが例示されると、なるほどと思わざるを得ない。著者の言わんとすることもよくわかる。そんな「材料」について、ここで採り上げられているは全部で12種類。

 最初に取り上げられるのは「金」。日本がかつては黄金の国ジパングと言われていた歴史はよく知るところ。改めて驚くのは、これまでに全世界で産出された金の総量はオリンピックプール3杯分ほどでしかないということ。それゆえに錬金術が流行り、その成果として様々な科学の発展につながったということ。欲望のなせるワザであろうか。

 続く陶磁器については焼き物という観点から語られるが、現在でも焼き物という材料はバリバリの現役だということが今更ながら驚かされる。ファインセラミックスに至っては宇宙ロケットに使われているわけであり、土器を作っていた人たちが見たらなんと思うだろうと思わざるを得ない。

 変わったところでは、コラーゲン。なんとなく美容のイメージがついて回るが、これは毛皮の主成分であり、人類が氷河期を生き抜くことができたのは毛皮のおかげであることを考えると、その重要性が測れる。もともと我々の体にあるタンパク質の一種であり、それゆえに今後も病気やケガによって失われた臓器や体の一部の再生など医療やバイオ分野での利用に期待が持てるのも頷ける。

 鉄や紙は今では身の回りに当たり前にあるが、それゆえに「もしもなければ」と考えると重要性は測り知れない。セメントの材料であり、真珠の成分でもある炭酸カルシウムや絹はその歴史が興味深い。さらにゴムに至っては、良質のゴムが発明された19世紀に球技の発展を促し、1896年のオリンピックへの流れを作ったというのも面白い関係である。さらにゴムはタイヤへと繋がり、交通革命を促すことになる。

 アルミニウムはジュラルミンを生み、航空機の素材として利用され、航空機の発展につながる。プラスチックはポリエチレンがレーダーの設計に革命を起こし、第二次世界大戦でドイツの進撃に歯止めをかけることになる。これだけ例示されると、「世界史を変えた」という表現も大げさではないとわかる。普段当たり前のように身の回りにある「材料」も、気がつけば大きな影響力を持っていたとわかる。

 これらのことを知ってどうなると言えば、つまらない議論になってしまうかもしれない。知ってどうなるものとも思えないが、雑学としては面白い。物にも歴史があるということで、雑学としてタメになると言える一冊である・・・

 

 
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2018年12月06日

【絶滅の人類史 なぜ「私たち」が生き延びたのか】更科功 読書日記979



序章 私たちは本当に特別な存在なのか
第1部 人類進化の謎に迫る
 第1章 欠点だらけの進化
 第2章 初期人類たちは何を語るか
 第3章 人類は平和な生物
 第4章 森林から追い出されてどう生き延びたか
 第5章 こうして人類は誕生した
第2部 絶滅していった人類たち
 第6章 食べられても産めばいい
 第7章 人類に起きた奇跡とは
 第8章 ホモ属は仕方なく世界に広がった
 第9章 なぜ脳は大きくなり続けたのか
第3部 ホモ・サピエンスはどこに行くのか
 第10章 ネアンデルタール人の繁栄
 第11章 ホモ・サピエンスの出現
 第12章 認知能力に差はあったのか
 第13章 ネアンデルタール人との別れ
 第14章 最近まで生きていた人類
終章 人類最後の1種

 今年、『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福』を読んだが、もともと歴史好きの延長で、人類史にも大いに興味がある。そんなところから手に取った一冊。

 ここ数年、放射性炭素による年代測定法の精度の向上や試料の前処理の検討によって、人類の化石や遺跡の年代が大幅に修正されているのだという。それによって人類史の解釈も変わっているらしい。改めて説明されると意外であるが、「人類は何種類もいた」という。どうしても人類史というと、「ヒトは猿から進化した」というイメージがあるが、ヒトと猿の間には大きな隔たりがあるという。

 そもそもヒトに至る進化の系統とチンパンジーに至るそれとが分岐したのが700万年前。その頃の最古の人類はサヘラントロプス・チャデンシス。気の遠くなるような昔である。それからの流れの中で、人類は人類で進化し、チンパンジーはチンパンジーで進化、例えれば人類が1番とするとチンパンジーは26番くらいで、その間すべてが絶滅してしまったようなものだとする。実にわかりやすい喩えであり、だからヒトとチンパンジーの間には大きな隔たりがあるのである。

 ヒトの特徴は何と言っても「直立二足歩行」。なぜ直立二足歩行になったかについては、どうやら「食料運搬説」が有力らしい。ヒトの祖先は、どうやら道具を使い、食料を分け合い、ナックル歩行ではなく普通の四足歩行をして樹上に住んでいたと考えられている。そして疎林地域に進出。チンパンジーと比べ、ヒトの犬歯が小さくなっているのは、オス同士の争いがなかったからだとする。化石といっても、全身のものがあるわけでもないのに、よくぞいろいろと調べるものだと感心する。

 脳を発達させるには、エネルギー(=肉)が必要で、それゆえにエサが取れないと脳の大きなライオンから死んで行くという説明は、なぜ肉食のライオンの脳が小さいかの説明としてはなるほどである。そして何よりも肉食獣より弱く足の遅い人類が発展できたのは、食べられても「多く生んだから」という説明にもなるほどである。チンパンジーには年子がいないという話も新鮮である。そんなたくさんのなるほどが詰まっている。

 それにしても、簡単に説明してくれるが、考えてみれば気の遠くなる時間単位の話である。700万年前に最古の化石人類が現れ、アウストラロピテクス属が登場するのが390万年前。そしてホモ・エレクトスの登場が190万年前である。古代エジプト文明が紀元前4,200年頃とされているから、それにしても人類の文明史は現代まで6,300年くらいな訳である。まだ1万年も経っていないのと比べると、非常に長い時間がかかって進化していることに改めて感じ入るものがある。

 ヒト(ホモ・サピエンス)とネアンデルタール人が分岐したのが40万年前。それからヒトとネアンデルタール人は共存。その間にもホモ・ハイデルベルゲンシスやホモ・フロレシエンシスなどの人類もいたようである。しかし、最終的にはすべて絶滅してしまい、我々ホモ・サピエンスだけが残る。ネアンデルタール人の絶滅は、気候変動(寒冷化)とホモ・サピエンスの出現だと結論づける。

 実はネアンデルタール人の方が、体格が良かったようである。なのに生き残れなかったのは、基礎代謝がホモ・サピエンスの1.2倍あり、これはつまり食料が乏しくなる寒冷期にサピエンスより1.2倍の食料を要したということらしい。加えてサピエンスは何でも食べたらしい。ネアンデルタール人に比べると華奢な体は、動き回るのに有利という利点があり、さらに優れた狩猟技術を有していたという。どれもこれも皆興味深い話ばかりである。

 それにしても、やはり人類は奇跡のような存在だと改めて思う。長い年月をかけて、少しずつ進化してきたホモ・ピエンス。高度な文明社会を築き上げた我々は1万年後どうなっているのだろうと思わず想像してしまう。「我々はどこから来てどこに行くのか」という問いかけがテーマとなったのは『オリジン』であったが、その前半部分の問いの答えとなる一冊である・・・




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2018年10月15日

【世界史を変えた詐欺師たち】東谷暁 読書日記963



《目次》
プロローグ―巨大な詐欺は詐欺でなくなる
ジョン・ロー―フランスの財政赤字に挑戦した「賭博師」
アイザック・ニュートン―天才の二つの錬金術
ベンジャミン・フランクリン―米国紙幣の「父」の希望と悪夢
ネイサン・ロスチャイルド―ナポレオン戦争で台頭した金融政商
チャールズ・ポンジ―ただの詐欺師が生んだ「国家的詐欺」の手法
ヒャルマー・シャハト―敗戦国ドイツで振るった「魔術」の正体
ジョン・M・ケインズ―「ジョン・ローの再来」インサイダー取引に手を出した大経済学者
ジョージ・ソロス―世界の金融当局を「味方」にしたヘッジ・ファンド
ケネス・レイ―史上最大の倒産エンロンの内幕
アラン・グリーンスパン―バブル「形成者」にして「始末人」の欺瞞
サトシ・ナカモト―新しい通貨の「神」か、金融詐欺の「悪魔」か
エピローグ―国民の信頼を裏切る「サギノミクス」

ちょっと面白そうだなと感じて手にした一冊。しかし、タイトルとは裏腹の内容にちょっとがっかりした一冊でもある。

冒頭、詐欺と言ってもそのスケールが大きくなり国家規模となると、つまり政府が絡むと詐欺とは言われなくなると著者は語る。それはその通りかもしれない。「1人を殺せば殺人だが、大勢を殺せば英雄」という言葉もあるくらいである。このあたりが何となく引っ掛かるところ。必要のない建物、ほとんど使われないような道路、国民の資産を紙クズにしても犯罪として裁かれないことを挙げ、どうやらこれを「詐欺」と断定したいようである。

そしていよいよ内容に入るが、採り上げられるのは11人。知らない名前もあるが、そのほとんどが著名人。それが本当に詐欺師なのかと思って読んでいくと、どうもその内容には疑問符がつく。始めに採り上げられるのは、ジョン・ロー。『フランスの財政赤字に挑戦した「賭博師」』とされていて、確かにその前半生は放蕩と浪費、さらには決闘での殺人罪もあるという「立派な」もの。それがヨーロッパ放蕩で得た経済知識を元にフランスの財務総監に上り詰める。

当時、財政難に陥っていたフランス政府。そこでジョン・ローはバンクジェネラルを創設し、当時貨幣と言えば金か銀でなければならなかったのを紙の紙幣を印刷することを提案する。先見の明があったわけである。しかし、結局はうまくいかず、財務総監を5ヶ月で更迭されてしまう。西方会社を設立し、その株式購入資金に国債を充てるということもやったらしいが、それが失敗だったからと言って、「詐欺師」とするのは如何なものかという感じである。

さらにはニュートンが採り上げられる。ニュートンと言えば、万有引力の法則くらいの知識しかないが、怪しげな錬金術にはまっていたとか、高級官僚として金融的な犯罪組織を摘発したとか、知られればその地位を失いかねない神学研究に浸ったなどという事実は興味深いが、南海泡沫事件に関わったとか、地位を利用して莫大な資産を築いたからと言って詐欺師とするのは如何なものかという感じがする。

こんな調子で、ベンジャミン・フランクリンも新大陸において紙幣を発行したが、金貨や銀貨に交換する気があるならまだしも、何の見通しもなくやるなら詐欺と批判される。もっともこれは著者も「当時の植民地の状況を考えるなら一時的には必要になる事態があった」と認めているくらいであり、詐欺というには無理がある。ロスチャイルド家は、ワーテルローの戦いでいち早くナポレオン敗北の情報を得て膨大な財産を作ったという話が有名だが、実はこれは伝説だとする。その実態が細々説明されるが、豆知識としては面白いがどう読んでも詐欺には思えない。

結局、本当にいかがわしいのは、チャールズ・ポンジなる人物くらいである。それよりもエピローグではアベノミクスが批判の槍玉に上がっているが、結局のところ著者は黒田総裁のインフレターゲット策を含め、アベノミクスを詐欺と批判したかったようである。これらの「詐欺的政策」を見分けるには、歴史に現れたそれらを思い出すことが新たな経済政策に対する冷徹な目を養うことにつながるらしい。ただ、著者の例示した「詐欺例」をいくら研究しても難癖つけるくらいの役にしか立たないと思う。

考えてみれば、思わせぶりなタイトルで読者を釣るのも「詐欺」と言えるのではないかと思う。そういう意味で、著者も立派な「詐欺師」と言える。まぁ、その解釈は別として、事実として面白い部分もあったからそれはそれで良しとしたい。
そう前向きに捉えたい「詐欺的な」一冊である・・・




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2018年05月27日

【ナポレオン時代−英雄は何を遺したか−】アリステア・ホーン 読書日記924



原題:The Age of Napoleon
序 章 ナポレオン時代
第1章 権力への意志
第2章 時代はいつも次代を夢見る
第3章 運は女性のようなもの
第4章 栄光を求めて
第5章 建築・施工主
第6章 帝政様式
第7章 帝国の娯楽
第8章 ロマン主義の表象
第9章 没落
第10章 ラシーヌ通りにコサック兵が
終 章 一つの時代の終焉

ナポレオンと言えば、知らぬ者がいないほどの歴史上の有名人。そんなナポレオンの名前のついた本であるが、「ナポレオン時代」とあるように、この本はナポレオン個人に焦点を合わせたというよりも、ナポレオンを中心に動いていた時代の本というべき一冊。特にここで扱われるのは、1795年から1820年までの25年間である。

1795年の秋、パリに滞在していたナポレオンは、反革命王党派の反乱をパリの街中で大砲を使用するという大胆な作戦でわずか1日で鎮圧し、イタリア方面軍司令官に任じられる。コルシカ島出身の貧しい工兵が大いに飛躍する。そして対仏大同盟という危機の中、有名なエジプト遠征を実行し、取って返したパリでクーデターにより任期10年の第一執政に就任する。そして婚姻制度の復権、カトリック教会との融和を進める。

ナポレオンの本であれば、名を馳せた軍事的成功の数々にスポットライトを当てると思うが、この本はあくまでも「ナポレオン時代」の本であるがゆえに、そうした軍事的な成功譚よりも、当時は結婚制度が緩んでいて、夫も妻も互いに相手を「コートを変えるように」変えていたなどという風潮を紹介している。カトリック教会との融和は、革命期に教会が革命勢力によって荒らされたという事実があるようである。

そうした当時の時代風景はやはり興味深い。ロベスピエールやその一派の堅苦しい道徳律から解放され、パリの女性の間では薄くて軽い生地のブラウスが着用されたそうであるが、これらは雨に濡れるとシースルーだったという描写がなされているのはとても興味深い。しかし、一方でパリは荒廃の地でもあり、ぬかるんだ地面は悪臭を放ち、下水道には蓋もなかったという。そんなパリをナポレオンは再建という野望を掲げる。セーヌ川河岸の整備、近代的上水道、美術館、凱旋門等々今に連なる礎をこの頃築いたようである。

ナポレオンは国民投票によって次々と改革を行う。著者によれば、「民衆は1789年の革命以来の無政府状態、悪政、腐敗そして破壊行為に背を向ける者ならなんでも賛成した」という状態でナポレオンを支持し、ナポレオンは有名な民法典を成立させ、教育制度の改革や文化育成等も行い、やがて皇帝に就任し戴冠式を行う。こうしたよく知られたエピソードも面白いが、やはり当時の社会の様子も興味深い。

失業率は低いレベルで抑えられていたものの、労働は過酷で労働時間は長かったという。建設労働者は午前6時から午後7時まで働かされ、1813年までは10歳以下の子供も働いていたという。さらにパン屋の寿命は50年に届かなかったという。それでも革命前よりは良い暮らしだったというから驚きである。

長引く戦争で、ナポレオンは常勝軍団を形成したが、実は脱走兵もかなり多かったという。さらに戦場は主に国外だったせいか、パリの暮らしには戦争の影響はほとんどなかったとか。こうしたことが諸々語られていく。それらはやはりナポレオンの名は冠しているが、メインは「時代」である。こういう視点の本も歴史好きとしては面白いと思う。

ナポレオン時代の特にパリを、いい面も悪い面も含めて伺い知ることのできるという意味で興味深い一冊である・・・




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2018年05月16日

【朝鮮出身の帳場人が見た慰安婦の真実−文化人類学者が読み解く『慰安所日記』−】崔 吉城 読書日記920



序 章 「慰安婦問題」とは何か
第1章 慰安所日記の概要
第2章 慰安婦たちはなぜ死んだのか
第3章 慰安所日記を読み解く
第4章 軍政と慰安所
第5章 慰安所日記から見えてくるもの
終 章 韓国は慰安婦問題を政治的なカードにすべきでない

いわゆる従軍慰安婦問題は、個人的には大変興味深いところである。こういうタイトルの本が出れば当然手が出る。これはもともと戦時下の日本軍慰安所で帳場人として働いていたある朝鮮人の日記なのだという。「従軍慰安婦問題を理解する上で最も価値あるもの」と考えた著者が、2年の月日をかけて読み解いたという。そんな著者は、東亜大学の教授である。

日記は、ハングル、漢字、平仮名、片仮名混じりで、同じ立場の著者としてはそれだけでも自分がやるべしと考えたようである。その根底には、軍と性の問題に対する関心もあるようである。というのも、自身の体験として朝鮮戦争下の故郷で、共産化から守ってくれるはずの国連軍が村の女性をレイプし、それを機にムラが国連軍の売春村と化したという経験があるようである。

従軍慰安婦問題が初めて報道されたのは、1991年12月2日。著者によれば韓国の反日感情は主に国内向けで、それを日本が過剰反応してメディアを使って増幅しているのだと言う。この微妙なニュアンスは、日本にだけいるとわからないと思う。そうした慰安婦問題に対する著者の考えが、前半部分を占める。個人的には、早く本題に入って欲しくてもどかしく思うところであった。

そして肝心の日記部分になるが、これは本当に朝何を食べたから始まり、何をして夕食はどうしたという普通の日記そのものである。自分の日々書いている日記と大差ない。著者はこの日記に対し、「反日・親日・親韓・嫌韓の立場を超えて、偏見なし、先入観なし、自他なし、敵味方なし」の公平な立場で読もうとしたとする。期間は1943年から1944年までの2年間である。

個人的に興味深かったのは、以下の事実。
1. (利用時に)軍人は管理人のところで札を買い、それを持って部屋に来た
2. 軍人はコンドームをつけることが原則
3. 1日10人から20人の軍人の相手をした
4. 軍事郵便貯金をして総額1,800円くらい貯金した

当時既にコンドームが使われていたというのは、大変参考になる事実。お金の価値は現在と異なるが、「1,000円あれば大邱に家が一軒買える」という表現があることからすると、総額1,800円の貯金というのはかなりの大金であることがわかる。今も昔も性風俗産業は稼ぎがいいのだということであろう。「強制連行された性奴隷」が果たしてこんなに稼げるものであろうかと思わなくもない。

酔って日本刀を抜いて斬りかかってきた下士官から刀を奪って刺してしまった慰安婦が、軍法会議で無罪になったという話も出てくる。その真義を疑う人もいるらしいが、そもそもありえない話なら噂にも出てこないであろう。もっともらしく語られるということは、すなわちそういうこともありうるということである。「強制連行された性奴隷」に正当防衛など認められるだろうか。

慰安所が軍の施設なのかただの関連施設なのか、日記からはわからないという。しかし、「移転せよ」という軍の命令に、「慰安婦たちが反対して行かなかった」という記述もあるという。著者も「強制連行の有無」については多大な関心を寄せて、日記を読み込んだというが、ついに決定的な証拠はなかったという。それを著者は、「関係者や慰安婦たちにとって関心事ではなかった」のではないかとする。

さらに当地では、日本人も朝鮮人もまとめて「邦人」と呼ばれていたという。慰安婦を連れて内地帰還の旅行証明願いを提出したという記述から、ある程度の移動の自由もあったと伺える。「強制連行」についての記述の有無も確かに大事かも知れないが、当時の知られざる事情をうかがい知るのも興味深い。直接的な表現はなくとも、十分なのではないかと思われる。
白黒をつけるものではないにせよ、興味深い内容であることは間違いのない一冊である・・・



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2018年04月24日

【サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福】ユヴァル・ノア・ハラリ 読書日記912



原題: Sapiens A Brief History of Humankind
第1部 認知革命
 第1章 唯一生き延びた人類種
 第2章 虚構が協力を可能にした
 第3章 狩猟採集民の豊かな暮らし
 第4章 史上最も危険な種
第2部 農業革命
 第5章 農耕がもたらした繁栄と悲劇
 第6章 神話による社会の拡大
 第7章 書記体系の発明
 第8章 想像上のヒエラルキーと差別
第3部 人類の統一
 第9章 統一へ向かう社会
 第10章 最強の征服者、貨幣
 第11章 グローバル化を進める帝国のビジョン
 第12章 宗教という超人間的秩序
 第13章 歴史の必然と謎めいた選択
第4部 科学革命
 第14章 無知の発見と近代科学の成立
 第15章 科学と帝国の融合
 第16章 拡大するパイという資本主義のマジック
 第17章 産業の推進力
 第18章 国家と市場経済がもたらした世界平和
 第19章 文明は人間を幸福にしたのか
 第20章 超ホモ・サピエンスの時代へ

 「サピエンス全史」というのは、随分大上段に構えたタイトルであるなと思ったが、内容を読んでみれば納得の大作。ホリエモンも読んでいるベストセラーなのも頷ける内容である。
現在の人類は「ホモ・サピエンス」と名付けられているが、実はアウストラロピテクス属に属するサピエンスは多岐にわたっていたという。いわゆるホモ・ネアンデルターレンシスやホモ・エレクトスなど多数である。今も猿が何種類もいるのを見れば納得する。

 そんな人類が、ホモ・サピエンスに統一されたのは、70,000年前の「認知革命」の結果だという。これにより比類なき言語と架空の事物について語る能力を手にし、ホモ・サピエンスは非常に多数の見知らぬ者同士の協力を可能にし、他のサピエンスを駆逐したのだと言う。チンパンジーは150という個体数を超えると大混乱に陥るという説明は説得力がある。デモなんてできないわけである。

 初期の狩猟採集生活は、実に栄養も豊富で、幼児死亡率の高さから平均年齢は低かったものの、80代まで長生きした者もいたというのは驚きである。これが旺盛な大移動で各地に広がり、それによって多くの大型動物を絶滅させたというのは、意外な事実である。そしてサピエンスは次に「農業革命」を迎える。一段の飛躍かと思いきや、実はここで見れば狩猟採集生活の方が豊かだったと著者は論ずる。これも意外。

 要は生産性がアップして食料自給も増えたが、個体数もその分増加して、個々人ベースで見ればそうなのだという。
・子供が増えれば余剰の小麦はより多くの子供が分けあわなければならない
・母乳を減らせば免疫系が弱まり、永続的な定住は感染症のリスクを増やす
・単一の食料への依存は干ばつのリスクが高くなる
そうした事実から、著者は「農業革命は罠だった」とする。そして大きな発明は何と言っても貨幣。これにより最も普遍的で最も効率的な相互信頼の制度を可能とする。

 こうした農業革命は、神々を生む。豊作と家畜の多産に対する願いが起源だという説はなるほどである。しかし、それがアミニズムから一神教になると様相が変わる。ローマ皇帝がキリスト教徒を迫害したのは300年間で4回、犠牲者は数千人だが、その後1,500年間でキリスト教はわずかな解釈の違いを守るため同じキリスト教徒を数百万人殺したという指摘には考えさせられる。

 そして最後の「科学革命」が来る。この科学と帝国主義と資本主義のフィードバックがその後の歴史を動かす原動力となる。探検と支配の精神構造が優っていたヨーロッパが、アジアを逆転して繁栄をもたらす。西暦1,000年から1,500年までの変化と、1,500年から2,000年までの変化には同じ500年でも格段の差がつく。国家と市場経済がもたらした平和は、人類の存続も脅かすほどになるが、一方で大戦後は史上空前の平和社会を実現する。

 人類史と言ってしまえばそれまでであるが、3つの革命を通じての発展は、気がつかなかった見方を様々与えてくれる。目から鱗の感があるところが多々ある。さらにサピエンスの未来は、これまでの自然淘汰ではなく、生物工学、サイボーグ工学、非有機的生命工学からの可能性にも言及していて、思わず唸らされてしまう。改めて「人間とは」と考えさせられてしまった。

 壮大なスケールで展開されるサピエンスの歴史。地球にとって善か悪かはわからないが、これからどう発展していくのだろうか。実に考えさせられる一冊である・・・




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