2017年06月27日

【応仁の乱−戦国時代を生んだ大乱−】呉座勇一



第1章 畿内の火薬庫、大和
第2章 応仁の乱への道
第3章 大乱勃発
第4章 応仁の乱と興福寺
第5章 衆徒・国民の苦闘
第6章 大乱集結
第7章 乱後の室町幕府
終 章 応仁の乱が残したもの

 基本的に歴史好きである自分は、面白そうだと思うものにはなんでも手を出す方である。この本もタイトルを見ただけで即、読むことにした次第。その理由としては、歴史の授業でも学んでいて有名であり、後の戦国時代へと繋がったという事件である割に詳しいことを知らないということである。そんな興味を持ちつつ、ページをめくったのである。

 はじめに、著者自身、「応仁の乱が日本社会に残したものは何だったのか」記したいとしている。まさに自分が願った通りの狙いなわけである。応仁の乱は難解だと言われているらしいが、その理由は「なぜ戦乱が起こったのかよくわからないし、最終的に誰が勝ったのかもよくわからない」からだとする。そんな戦乱を、著者は時代を少し前に遡って丁寧に描いて行く。

 応仁の乱の38年前の1429年、奈良にある興福寺大乗院衆徒の豊田中坊と興福寺一乗院衆徒の井戸氏とが対立し、合戦へと発展する。これが大和永享の乱であるが、南北朝時代が終わったあと足利将軍は第8代義教の時代、畿内は火薬庫状態であったところに起こった事件であったらしい。これが結城合戦へと繋がり、やがて嘉吉の乱では将軍義教が暗殺されるという事態にまでなる。こうなると、将軍家の威光も地に落ちている。

 そして大乱直前には、伊勢貞親を中心とする将軍義政の側近グループと、これと敵対し義政の弟義視の将軍就任を支援する山名宗全をリーダーとするグループ、そしてその中間の細川勝元をリーダーとするグループの3つの勢力が対立するようになる。要は、将軍継承問題をめぐる争いであるが、これが御霊合戦へと進む。将軍義政による停戦命令が出され、細川勝元と山名宗全は一旦従うも再び戦火が上がる。

 これが細川勝元を東軍とし、山名宗全を西軍とする勢力の衝突であり、応仁の乱がスタートするのだが、当初は東軍側に大義名分もあり兵力も多かったが、やがて西軍に足利義視が寝返り、西幕府を宣言したことからややこしくなる。さらに井楼(物見櫓)や御構という陣地による要塞化といった戦法の変化が、乱が長期戦と化していった背景だと語られる。また、この時代に足軽が誕生したらしい。

 応仁の乱を著者は、第一次世界大戦と類似していると言う。それは、
・新興勢力(山名宗全=ドイツ)が覇権勢力(将軍家=細川勝元=英仏)に挑戦した戦いであったこと
・最初から全面戦争を意図していたわけではなく、共に短期決戦を志向していながら長期戦化したこと
・最後は補給路を絶たれた方が破れていること
などである。なるほど、面白い比較だと思う。

 一応、東軍に軍配は上がった形となるが、勝った東軍も内紛が起こり一枚岩が崩れていく。そして中央の将軍の力が衰え、その取り巻きである参戦大名も没落していく。そしてそれ以外の各大名は、京都から地方の支配地へ戻り統治力を高め、これが後の「戦国大名」となっていく。まだ、織田信長も豊臣秀吉も徳川家康も出てこない時代。何となく漠然とした時代の雰囲気がよく伝わってくる。

 正直言って、登場人物の数が多くとても覚えきれない。読んでいても誰と誰がどういう関係でというのが複雑化していき、読んでいてわからなくなることしばしば。多分、一ヶ月くらいしたら忘れてしまいそうである。気がついたらベストセラーになっている本書だが、なぜそうなったのか正直よくわからない。まぁ、大まかな流れは理解できるし、面白いことは面白い。歴史好きにはいいだろうと思う。
 
 戦国時代へと繋がる時代の雰囲気がよく伝わってくる一冊である・・・



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2017年06月01日

【ノモンハンの夏】半藤一利



第1章 参謀本部作戦課
第2章 関東軍作戦課
第3章 五月
第4章 六月
第5章 七月
第6章 八月
第7章 万骨枯る

 個人的には歴史好きである私は、「ノモンハン事件」にはもともと興味を持っていた。戦争に負けた日本であるが、この時点でそれまでの方向変換をすれば悲劇は避けられたのではないかと言われていたからである。そんな興味を持っていたゆえに、『昭和史』の著者の手による本書を見つけて迷わず手にした次第である。

 本書が始まるのは、1939年(昭和14年)である。この年、ヨーロッパではドイツがポーランドに侵入し、第二次世界大戦が勃発する。その前夜、日本は中国と泥沼の日中戦争を展開している。すでに防共協定を結んでいたドイツから急速な接近があり、「持たざる国(日独伊)が持てる国(英米仏)とのアンバランスを解消して世界秩序を打ち立てる」との考えで、日独伊三国同盟締結の機運が流れている。中国の天津では、イギリス租界に逃げ込んだテロ犯の引き渡しをイギリスが拒み、反英のムードが漂っている。

 ノモンハン事件といっても、その背景事情も重要だということが、本書を読んでいてよくわかる。特に日独伊三国同盟締結に関する動きは、本書の記述の多くを占めている。ヒトラーは犬猿の仲であるはずのスターリンに接近し、ソ連と英仏との連携をけん制する。この時期、英仏対独伊、独対ソ、ソ対日、日対中英ソという対立模様が各所に存在している。そして国内では、三国同盟を強固に主張する陸軍と、それに反対する天皇と海軍との対立構造がある。

 街角には「三国同盟即時締結せよ」などのビラが貼られ、世論は後押しムード。反対する海軍の先頭に立つ山本五十六次官には、暗殺の噂さえ流れる。当初はすぐ終わるとタカをくくっていた支那事変が、泥沼の長期戦になったのは、それを支援するソ連とイギリスの動きがあり、ヨーロッパにおいてそれをけん制するという理由で、三国同盟推進派は突き進む。

 ソ連とは朝鮮の朝鼓峰で衝突し、日本軍は手酷い損害を被っているが、根拠のないソ連軽視が支配する。そんな中で、関東軍が事件の中心になる。陸軍も一枚岩ではなく、統帥部は天皇の意向もあり、ソ連との衝突には積極的ではない。しかし、もともとくすぶっていた満蒙国境で紛争が発生すると、関東軍は積極的に排除に動く。そして本来、天皇の統帥命令が必要なはずの越境爆撃を進言し、参謀本部は「自発的中止勧告」という曖昧な指示に終始し、これを「明確な中止命令がないからやってしまいましょう」と関東軍は実施してしまう。

 その関東軍で中心的な役割を果たすのが、司令部第一課の辻政信少佐。強硬派の少佐に率いられた関東軍は、ノモンハンに第23師団を中心とした軍を派遣する。しかし、その装備は日露戦争から進化しておらず、歩兵が持つのはシングルボルトアクションの三八式歩兵銃であり、戦車は軽戦車。以前からなんで日本軍はおもちゃのような軽戦車しかなかったのか不思議だったが、そもそも戦車は「歩兵支援」という考えに立っていたのだと解説される。戦車対戦車の戦闘という概念はなかったようである。

 実際の戦闘は、ソ連の戦車に日本兵は火炎瓶を投げつけるという肉弾戦。しかし、これで日本軍は健闘する。のちにソ連のジューコフが日本軍についてスターリンに「下士官は頑強で勇敢、青年将校は狂信的な頑強さで戦うが高級将校は無能」と報告するが、まさにその通りである。第23師団の戦死傷病率は76%に及び、これは太平洋戦争でもっとも激戦だったガダルカナルの34%を大きく上回るという結果にもよく表れている。事件後には、捕虜になった将校には自決させるなどの事後処理もショッキングである。

 本来、大元帥である天皇が反対している以上、ノモンハンでの衝突はありえなかったはず。なのに「大御心が間違っている場合だってある」という雰囲気さえ出てきてしまう恐ろしさ。大敗の後すら、関東軍は「戦場掃除」の名目でさらなる攻撃を進言し、さすがに参謀本部に阻止されるが、最後の最後まで「やれる」という暴走機運がみなぎっている。そして事件を主導した人物たちは、ほとんどお咎めなく陸軍の中枢部へと進んでいく。読めば読むほど滅入ってくるし、著者の抑えた怒りも伝わってくる。こんな時代に生まれなくて良かったとつくづく思う。

 「天皇の戦争責任」を問う声をよく聞く。しかし、こうした歴史の経緯を学べば自然とそういう考えは出なくなるだろう。そういう意味で、歴史を学ぶ意義は大きい。戦争に限らず国家の崩壊を防ぐためにも、特にこの時代の流れはよく学びたいところである。
単にノモンハン事件だけではなく、現代にも生かせる教訓として、学び多き一冊である・・・



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2016年11月26日

【明治維新という過ち】原田伊織



はじめに 〜竜馬と龍馬〜
第1章 「明治維新」というウソ
第2章 天皇拉致まで企てた長州テロリスト
第3章 吉田松陰と司馬史観の罪
第4章 テロを正当化した「水戸学」の狂気
第5章 二本松・会津の慟哭
第6章 士道の終焉がもたらしたもの

 すでに『官賊と幕臣たち』『大西郷という虚像』と、シリーズ第2,3弾を読んでいるのだが、改めてシリーズ第1弾である本書を手に取った次第。本来は、ここから始めなければならなかったのであろうが、まぁ仕方ない。

 前2著で著者のテイストは分かっているのであるが、ここでもそれは変わらない。著者の歴史観は、言ってみれば「反長州史観」ともいうべきもので、「長州憎し」一辺倒の偏った歴史観である。この本を書いたのは、今の長州が書いた歴史の蔓延に「止むに止まれぬ思いに駆られ」たそうである。我々が学ぶ歴史とは、「長州薩摩が書いた歴史」であり、明治維新という出来事を冷静に総括する必要があるのだとか。

 歴史は勝者によって書かれるというのは、世の常であるが、どうも著者の主張はわからない。さらに歴史については、資料の裏付けばかりが全てではないという主張は、『逆説の日本史』シリーズで井沢元彦氏もしているのでそれ自体不思議ではない。しかし、井沢氏の鋭い推理に基づくものと違い、この本の著者が主張するのは「皮膚感覚」である。

 「京都八坂通りの夕靄の中に佇めば、会津藩士や新撰組隊士が腰をかがめて長州のテロを求めて疾駆する姿が眼前に浮かび上がる」のだそうである。笑止千万とはこのことだろう。こうした激しい偏向ぶりが全編を通して根底に流れる。「明治維新という過ち」がなければ、「徳川政権が江戸期の遺産をうまく活かして変質し、国民皆兵で中立を守るスイスか自立志向の強い北欧三国のような国になっていたのではないか」だそうである。

 長州憎しの著者によれば、長州の奇兵隊などはテロリスト集団であり、「吉田松陰は特に過激な若者の一人で、若造と言ってもよく、今風に言えば東京から遠く離れた地方都市の悪ガキ」だそうである。さらに「何らかの思想を持っていたとしても、それは未来に向けて何の展望もない虚妄」と手厳しい。さらに水戸黄門は試し斬りをやった人非人であり、水戸学はファシズムだとする。

 水戸藩の公家好きを批判するが、これは『逆説の日本史16』では違う解釈がなされていて、対比すると興味深い。同じ徳川でも幕府側でなければ、一刀両断である。こんな調子なので、当然幕府側はべた褒めである。老中阿部正弘などは、講武所を開き海軍伝習所はのちの世界三大海軍国への道を開いたと絶賛。歴史家司馬遼太郎も著者にかかれば、「(長州が設立した)陸軍戦車隊に所属していた個人的な体験が大きく(悪)影響している」らしい。

 「明治政府はテロリストが作った政府(だからダメ)」というのが著者が言いたいことなのだろう。確かに会津攻めにしても酷いのは事実だろう。だが、「勝てば官軍負ければ賊軍」という言葉が今でも残っていることは、「勝てば(テロリストだろうと)官軍=正義になってしまう」という意味で、それは裏を返せば明治政府は勝ったから正当化されている(テロリスト扱いされていない)ことを表しているのである。今更著者が強調しなくても皆わかっているだろう。

 今の世で「長州が、薩摩が」と言って何になるのであろう。私自身薩長政権に支配されている意識はないし、自分の祖先が幕府側だったのかどうかもわからない。関ヶ原で東軍西軍のどっちについたのかもわからないし、わかったところで敵対勢力に対する反感など湧いてこない。著者は京都八坂の夕靄の中に佇むと、一瞬にして幕末の世界に身を置けるらしい。今だ幕末に生きている所は、すごいことだと畏敬の念が湧いてくる。

 歴史の検証には何が必要なのか。そのことを改めて思い起こさせてくれる一冊である・・・





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2016年11月12日

【世界を作った6つの革命の物語】スティーブン・ジョンソン



原題:How We Got to Now/Six Innovations That Made the Modern World
序 章 ロボット歴史学者とハチドリの羽 
第1章 ガラス
第2章 冷たさ
第3章 音
第4章 清潔
第5章 時間
第6章 光
終 章 タイムトラベラー

物事は、何事であれ違う角度から見るとまた違って見えることがある。歴史もしかり。以前、『帳簿の世界史』という本を読んだが、これは「簿記」という観点から歴史を見たもので、通常の歴史とはまた違った世界の見方ができるのだと思ったものである。この本では、何気ない6つの発明が歴史に大きな影響を与えたということを示した本である。

まず初めに紹介されるのが「ガラス」。人類によるガラスの発見はおそらく偶然で、リビア砂漠あたりで旅人が躓いたか何かした程度であろうとする。しかし、その発見されたものは貴重品扱いされ、ツタンカーメン王の墓の装飾品に使われる。やがて、ガラスの加工技術が進歩し、まず眼鏡が発明される。そして鏡が作られ、それによって画家が自画像を描けるようになる。さらにグーテンベルクによる印刷機の発明は、人々の識字率の向上をもたらし、眼鏡の市場が急拡大する。

2つのレンズを使用する眼鏡が普及すると、それを重ねることで顕微鏡の発明へと繋がり、それは細菌の発見と伝染病予防等へと繋がる。また、顕微鏡は望遠鏡へと発展し、ガリレオはその望遠鏡を利用した天体観測データから地動説を導き出す。時代は下り、カメラ用レンズが開発され、グラスファイバー、光ファィバーの出現により、今や我々はスマホで写真を撮り、SNSで投稿することができるようになっている。いずれにもガラスの技術無くしては不可能である。

続いて、「冷たさ」。これは冷凍技術であるが、昔は天然の氷しかなく、当然寒いところ限定のものであった。それをボストンの実業家フレデリックが、西インド諸島に氷を運ぶ事業を始めることからチャレンジが始まる。商売になるとなれば、工夫がなされる。氷の採取、断熱、輸送、保管に成功すると、天井から吊るした氷が部屋を冷やすことが発見され、それはエアコンへと繋がる。大量製氷装置は、肉の保存のための冷却室、そして冷蔵庫へと繋がり、フリーズドライにより美味しく食べ物を保存することが可能になる。

単に、発明の歴史かといえばそうではなく、例えばエアコンの影響として大統領選挙への影響も語られる。エアコンの登場により、アメリカでは北部の共和党員が南部へと大量に移住。フロリダ、テキサス、南カリフォルニアの人口が急増し、それは大統領選挙人の移動をも伴う。今や大統領候補はこの地域から出ることも多く、無視できない地域となっている。何気ない歴史の推移にエアコンが絡んでいるという見方は面白い。

音に関しては、音の記録という歴史もさることながら、真空管の発明、拡声器の出現、ラジオ放送の開始等の流れを追い、ヒトラーは真空管アンプとマイクを使って演説をしたと続ける。ビートルズは戦後同じものを使ってライブを行う。これも目に見えない歴史の裏側である。音はさらにソナーによる海洋探査、超音波による妊婦健診に繋がっている。

さらに「清潔」、「時間」、「光」が取り扱われるが、いずれも発明の発展とその影響という形で興味深い。特に昔は風呂に入ることがなく、毎日体を洗うことが唱道されたのが19世紀も半ばになってからというのは驚きだ。医師でさえ患者の処置前に手を洗うということをしていなかったのだとか。トレビア的なところもあるが、モノの発明と世の中の変化の歴史という点では、どれも興味をそそられる物語である。

 こういう視点で物事を捉えられるというのも、着眼点として素晴らしいと思う。雑学として読んでも面白い一冊である・・・


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2016年10月16日

【逆説の日本史22】井沢元彦



第1章 明治維新編-近代国家へと踏み出す「廃藩置県」の断行
第2章 明治政府のグランドデザイン編-日本の骨格作りと留守政府の奮闘
第3章 明治六年の政変編-「征韓論」とは何だったのか?
第4章 サムライたちの反抗編I-陰謀に散った不運の男・江藤新平
第5章 サムライたちの反抗編II-“最強”の西郷軍はなぜ敗れたのか?
第6章 補遺編

 シリーズ第22弾、とうとう時代は明治を迎える。毎回楽しみにしているシリーズの最新刊。今回は、先日読破した『大西郷という虚像』に違和感を抱いたこともあり、また内容的に重なることもあって、読み比べをしてみたいと楽しみにしていた経緯があった。結果的には、「重みが違う」という内容で、『大西郷という虚像』の浅薄さが際立つ結果となった。

 中国古典『易経』から取られ、元号は「明治」と改められる。当初は首都を大阪にする案もあったようであるが、日本郵便の父前島密から大久保利通へ手紙で献策がなされ、東京が首都になったという。まだ函館では榎本武揚率いる幕府軍が最後の抵抗を続けており、その様子が解説される。幕府軍は、当時世界最大級の戦艦「開陽」を擁し、せっかくの城五稜郭も設計は良かったが施工が悪く、防御には役立たなかったなどという説明が興味深い。

 その一方で、中央では版籍奉還、廃藩置県と近代国家への歩みが進む。そんな近代化と朱子学に毒された薩摩藩の島津久光の反対との間で、西郷隆盛は苦労する。また、太政官布告によって個人の名前に関する制度が統一される。それまで日本ではいくつもの名前を持つのが当たり前だったのが、これによって今の姓名の制度になったという。西郷隆盛は、本当は「隆永」が諱であったらしいが、なかなか手続きをしないことに業を煮やした知人が手続きをしたところ、間違えて父の諱である「隆盛」にしてしまったいうエピソードが面白い。

 通貨制度改革、地租改正、秩禄処分と、そういえば学校で習ったことが続く。鉄道建設をめぐる米英の思惑と、国力としては分不相応ながら、富国強兵を目指して敷設を進めた伊藤博文と大隈重信。その陰では尾去沢銅山事件や山城屋和助事件などの汚職事件も起こる。『大西郷という虚像』でも徹底的に批判されていたが、この本では、「汚職まみれだったが実務的には極めて有能」と評価している。こうしたバランスの良さも公平感が強く、読んでいて心地よい。

 明治六年の政変では、「征韓論」が詳しく語られる。西郷隆盛が主張した征韓論の内容。特に征韓論=悪というイメージは、第二次大戦後の反省に基づくもので、明治の常識では征韓論=善とされていたことが解説される。西郷隆盛は公平な態度で改革を進め、その結果留守政府で土肥勢が増え、欧米視察団のメンバー出会った大久保らが「留守政府潰し」にかかったとする。西郷隆盛の征韓論はこの過程で否決されたという。

 『大西郷という虚像』では、感情的に新政府を批判し、大西郷は虚像だとし、批判を重ねるがこの本と比べるとその説明は稚拙。西郷隆盛の行動をその時代背景とともに追うこの本の方がはるかにわかりやすい。西南戦争の経緯も実に詳細で、なぜ西郷軍は堅固な熊本城の攻略という無謀に走り、そして敗北したのかが詳述される。これこそ歴史的な態度であろう。

 そして連載から25年を経て、歴史界による発見などにより補足・修正が必要になったこととして補遺編が付属する。ケガレ忌避の思想は現代の護憲思想につながるという説明は、一概に頷きにくいが、「言霊思想」や「話し合い絶対主義」などの説明は、なるほどである。元寇における神風勝利説が実はそうではなかったという説明は、著者の発見ではないが、ちょっと衝撃的な事実である。

 これから激動の時代へとシリーズは続いていくが、どんな内容となるのであろうか。ますます続きが楽しみなシリーズである・・・

   
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2016年09月22日

【大西郷という虚像】原田伊織



第1章 火の国薩摩
第2章 西郷と島津斉彬
第3章 西郷の幕末動乱
第4章 明治復古政権の成立と腐敗
終 章 田原坂への道

 前著『官賊と幕臣たち』に続く続編であり、『明治維新という過ち』シリーズの完結編という位置付けである。実は、『明治維新という過ち』はまだ読んでいない。気がつかないまま前著を読んでしまった結果であるが、あまり順番には意味がないと思うので、気にしない。
 
 今回は、「維新三傑の筆頭」と称される西郷隆盛を中心に添えている。と言っても、実は周辺事情が多く、ご本人に対する分析は心なしか中途半端である気がする。そもそもであるが、本書の狙いは明治維新を単なるクーデターととらえ、官軍教育としての薩長史観の産物である現代の歴史教育に対し、明治維新なるものの実相を史実に忠実にあからさまにすることとされている。それはそれでいいのだが、どうも偏り感がきつい。

 話は西郷の故郷鹿児島からスタートする。著者が訪問した時、知り合いに紹介されて行った飲み屋のママに世話になった例を挙げ、これぞ「薩摩おごじょ」だと持ち上げる。薩摩の気風を言いたかったのであろうが、たった一人の飲み屋のママを挙げてそう言われても、という気がする。そんなママなら全国津々浦々どこにでもいそうである。ここからして著車の思い込みの激しさが伝わってくる。

 そこから話は薩摩藩に及ぶ。蘭癖大名と言われた島津重豪が莫大な借財を作り、家督を斉興に譲る。藩財政を立て直した斉興は、同じく蘭癖性のある斉彬に家督を譲るのを躊躇し、藩内で対立要因を作る。西郷隆盛は斉彬につき、やがて斉興の側室の子久光との間でお由羅騒動が起きる。西郷には、「テゲ」という薩摩男の気風があると説明。「テゲ」とは、上に立つものは下に対しては細々としたことは任せておけとする気風だとする。なんとなく、西郷さんのイメージにあっている。

 ペリーの来航前にすでに西洋との接触はなされており、ペリー来航で初めて日本人がアメリカ人と接したかのような歴史教育は事実と異なるとする。このあたり『逆説の日本史18』と同様である。さらに大政奉還、王政復古の大号令によって明治維新とするのも間違いで、特に王政復古の大号令は失敗だったとする。このあたり、もう少し詳しい説明をして欲しかったところである。

 王政復古の大号令は、幼い天皇を人質とした岩倉具視、西郷隆盛、大久保利通らのクーデターだとする。作家の司馬遼太郎が、明治維新を「革命であった」と評したことを指し、「これは単なるクーデター」だと断じる。正直言って、よく違いがわからない。革命とは、天の意思を背景とするイメージがあるが、そうではないと言いたいのであろうか。ともかく著者には「反薩長・親幕府」の思想があり、そうした思想が随所に言葉として現れる。

 会津戦争は、戊辰戦争とは切り離して考えるべきで、倒幕とは無用の単なる復讐とする。そしてそもそも倒幕という目的を著者は「大義とは言わない」と断ずる。こうなると、違和感を覚える。もうはるか150年も昔のことである。今更薩長も幕府もないであろう。そもそも徳川幕府も家康の巧妙な策により豊臣家を滅ぼして成立しているのである。政権を取ったものが歴史の主人公となるのは、洋の東西を問わず行われていることである。とはいえ事実は事実であるから、冷静に論ずれば良いことだと思う。

 むしろ新政府の腐敗の説明が個人的には目新しかった。著者としては、にっくき薩長の新政府の腐敗を白日に晒したかっただけかもしれないが、こうした事実を知らなかった立場としては、単に興味深い。まぁ酷いことだとは思うが、150年前のことだし、「そういうこともあっただろう」と思うだけである。伊藤博文も井上馨も、女癖悪く金銭欲も強かったと蔑むが、だからどうだとも思わない。

 それよりも「大西郷という虚像」というタイトルを掲げながら、当の西郷隆盛に対する記述が少ない。有名な征韓論については、さらりと触れられているだけであり、西南の役も記述はほとんどなく、没後わずか12年で復権し上野に銅像まで建立されている。それを著者は、西郷を死に追いやった新政府指導者の「後ろめたさと断言して間違いない」と主張する。「後ろめたさ」というのもいかがかと思う。薩長史観を排除し、歴史を正しく認識せんとするなら、このあたりも冷静に論じてもらいたいと思わざるをえない。

 大西郷の虚像を剥がすと勇ましかったが、どうも剥がれなかったというのが正直なところ。『逆説の日本史』の著者井沢元彦氏との力量の差は否めない。こうなると、『明治維新という過ち』も知れてくる気がするが、売れていることもあり、結論は読んでみてからにしたいと思う。どちらにせよ、西郷隆盛については、『逆説の日本史』最新刊に期待したいと思うところである・・・

  
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2016年08月27日

【逆説の世界史2】井沢元彦



序 章 一神教の起源
第1章 ユダヤ教と『旧約聖書』の謎
 第1話 ユダヤ民族が体験した二大奇蹟
 第2話 聖地エルサレムをめぐるローマ帝国との攻防 
第2章 キリスト教と『新約聖書』の謎
 第1話 民主主義社会における「平等化推進体」
 第2話 『新約聖書』で読み解くイエスの生涯とその復活
第3章 イスラム教と『コーラン』の謎
 第1話 メッカで布教を開始した使徒ムハンマドと聖戦
 第2話 誰がムスリムのリーダーを務めるのか
第4章 十字軍遠征と聖地エルサレム
第5章 オスマン帝国の崩壊と中東戦争
 第1話 近代資本主義社会の成立を阻むもの
 第2話 中東平和をこじらせる最大の障害

 『逆説の日本史』シリーズの著者が、世界史に進出したシリーズ。第1巻『逆説の世界史』はまずまず期待を裏切らない内容。それに気を良くして本書に進む。

 今回のテーマは宗教。今や地球人類の3人に1人はキリスト教徒であり、2人に1人は一神教(キリスト教徒またはイスラム教徒)の信者であることから、「世界史を知るということの根本に宗教を知るということがある」と著者は語る。一神教というものを我々はよくわかっているようであるが、実はそうでもないと読むに従ってわかってくる。

 人類最初の完成された一神教はユダヤ教である。その神の名は、「ヤハウェ」とされる。神聖四文字では「YHWH」と表記されるらしい。このあたりは旧約聖書の世界。イスラエル王国のソロモンの栄華からバビロン捕囚までの苦悩が語られる。そして「エジプト脱出」と「バビロン捕囚からの解放」がユダヤ民族としての二つの奇跡体験だとする。この間、神殿を失ったことからユダヤ民族は律法中心となり、聖典が重視され、それは識字率と教育水準の向上という副産物を生む。

 多神教と一神教との大きな違いは、多神教は多神教ゆえに他の神を信じることに寛容だが、一神教はそれゆえに自分の信じる神以外の神は絶対悪と決めつけるところにあるとする。それは大航海時代のスペイン・ポルトガルによる大虐殺にもつながる。考えてみれば、我が国も宗教には寛容だ。

 ユダヤ民族の受難は、ユダの裏切りだけにその原因があるのではない。イエスの処刑を記したマタイによる福音書に、イエスの処刑について「その血の責任は我々と子孫にある」とユダヤ人たちが語ったとされている記述がある。聖書にこう書かれたら、その運命は明らかであるが、同じ場面を記した他の三つの福音書にはこの記載がない。それについての「逆説」を期待したいところであったが、著者は「削除されることが望まれる」とするだけである。

 そしてもう一方の一神教であるイスラム教の成立が語られ、コーランの説明やスンニ派とシーア派の違い、十字軍の遠征などが続く。ユダヤ人差別はシェイクスピアの『ベニスの商人』にも現れる。唯一へぇぇとなったのが、なぜアントニオはキリスト教徒の金貸しにお金を借りなかったのかという疑問について、「当時良心的なキリスト教徒の経営する金融機関など存在しなかった」と説明するところである。単なる小説でも奥が深いものである。

 こうして、キリスト教とイスラム教を通じて、「世界史」が語られるわけであるが、気がつくとそれは普通の歴史の説明で、著者の得意とする「逆説」的な解釈部分が見られなかった。歴史は歴史でもともと好きだからいいのであるが、「逆説」の著者であるだけに、いつもの切れ味ある「逆説」を求めたかったというのが正直なところである。とはいえ、さすがに難しいのかもしれない。今後、このシリーズはどうなるのであろうか。多分、続いていくのであろうと思うが、「逆説」は期待できるのであろうかと思ってしまう。

 期待できるか否かは別として、もともと世界史好きではあるし、なければないで普通に歴史書として読めば良い。そう考えて、また次も読もうと思うのである・・・


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2016年05月22日

【官賊と幕臣たち−列強の日本侵略を防いだ徳川テクノクラート−】原田伊織



其の一 鎖国とは何であったか
其の二 オランダの対日貿易独占
其の三 幕府の対外協調路線
其の四 幕末日米通貨交渉
其の五 官と賊

よく知らなかったのであるが、この本は『明治維新という過ち―日本を滅ぼした吉田松陰と長州テロリスト』という本の続編であったらしい。知らないうちに、順序を違えて読んでしまったことになる。一見、幕末を舞台とした小説家と思いきや、実は真面目に歴史を研究した本であった。

まずは鎖国について説明される。実は鎖国というのはそういう政策があったわけではなく、貿易管理を目的として時間をかけて事実として出来上がったものだという説明がされる。
そもそも戦国時代、戦場では略奪が当然で、その対象は人間にも及んだという事実がある。捕らえられた人々は、奴隷として売買され、そうした奴隷の一部はポルトガル商船などによりアジアに売られたりしていたらしい。

そんなポルトガルなどの人身売買を防止するため、幕府はポルトガルを追放し、オランダとは海外の情報収集を目的として交易を認めたのだという。そして幕末の黒船騒動についても、オランダから事前に情報はもたらされていたらしい。それに対し、幕府は老中首座阿部正弘を中心に対応する。同じ日本史を扱う『逆説の日本史18』はでは、幕府の無能ぶりが説かれていたが、この著者はどちらかといえば幕府擁護のスタンスである。

逆にタウンゼント・ハリスらのアメリカ側の要人に対しては、私服を肥やす目的であったと手厳しい。有名な国富の流出についても、悪逆なハリスらの交換レート交渉に対し、水野忠徳が防戦し、「1ドル=1分と1ドル=3分」とで争ったとする。結局、したたかな米英によってうまくやられ、金の流出=「コバング漁り」を招いてしまう。『逆説の日本史18』でも「ハリスの主張は誤り」としている点では同じであるが、ハリスを「善人」と見ている点で、この本の主張とは大きく異なる。

そして倒幕の動きについては、幕府=善、長州=テロ集団というスタンスが貫かれている。坂本龍馬の活躍も後講釈であり、薩長同盟も「同盟と呼べるものではない」という主張は『逆説の日本史21』と同じであるが、それは坂本龍馬の功績などではなく、坂本龍馬はただグラバー商会の手先になって薩摩と長州貿易を行っていただけとする。
「実態はグラバー商会の意向に沿って動く、薩摩・長州の密貿易システムに組み込まれた徒党の集団に過ぎない」との表現は、坂本龍馬ファンには厳しいだろう。

事実はもちろん一つであり、不変であるが、その解釈が大きく違っている。両者とも自分なりに調べて研究しているわけで、どちらの解釈が正しいかということは私には判別できない。当事者がいない歴史の「真実」が一体何なのかは興味深いところである。
歴史的真実はともかくとして、様々な見方があるという意味で、この本は興味深いところである。
次は『明治維新という過ち―日本を滅ぼした吉田松陰と長州テロリスト』を読んで、また『逆説の日本史』と比較して読んでみたいと思うのである・・・

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2016年04月29日

【最速で身につく世界史】角田陽一郎



第1章 文明の話     第13章 国家の話
第2章 水の話      第14章 約束の話
第3章 宗教の話     第15章 理想の話
第4章 思想の話     第16章 革命の話
第5章 帝国の話     第17章 産業の話
第6章 商人の話     第18章 統合の話
第7章 中華の話     第19章 分割の話
第8章 民族の話     第20章 戦争の話
第9章 征服の話     第21章 イデオロギーの話
第10章 周縁の話    第22章 お金の話
第11章 発見の話     第23章 情報の話
第12章 芸術と科学の話  第24章 未来の話

著者はTBSテレビでプロデューサーをやっている方らしい。そんな著者が、東大在学中に専攻した世界史の面白さを伝えたいと記した一冊とのこと。歴史の勉強というと「暗記もの」というイメージであるが、そうした無味乾燥のものではなく、「世界史とはバラエティである」として歴史の面白さを知らしめたいとの意図から出版されたようである。

早速始まる人類の歴史は、四大文明の発生から。アフリカで誕生した人類は住んでいる場所が住みにくくなって、「グレート・ジャーニー」と呼ばれる移動の旅に出る。そして過酷な乾燥地帯が続く中、乾燥に強いムギとアワが取れる地域にとどまり、農耕と牧畜を始めたが、それが四大文明につながったとする。確かに、頭の中ではるか遠くの人類の祖先の旅が思い浮かび、そんな物語は、「勉強」という気がしない。

その四大文明はすべてナイル川、チグリス・ユーフラテス川、インダス川、黄河という大河のほとりという共通点があり、その反乱の周期性から暦が生まれ、それぞれ現代に続く独特の世界観を形成する。中でも閉鎖的だった黄河文明は、集団主義的な傾向を宿し、中華思想を発展させていったという説明は、改めてなるほどと思わせられる。

そして早々に宗教の話となるのも、人類の話としては当然であろう。宗教とはズバリ「思い込み」であり、アーティストも神様も基本は一緒という主張は、聞く人が聞いたら怒るかもしれない。しかし、ユダヤ教もキリスト教もイスラム教も同じ神様を崇拝しており、ただその「崇拝の作法が違うだけ」という説明は、わかっているつもりだった身にも新鮮であった。

人が増えれば国も大きくなる。大きくなれば、離れていた地域が接するようになる。民族が移動し、それに伴い衝突が起こり、巨大な帝国が生まれる。一方、人と人の交流は商売を生む。近代とは世界史が一つになる話という定義は、言い得て妙である。
イスラム帝国、中華思想、東西冷戦の原型はカトリックvs東方正教会、そういった考え方は歴史が連続していることの証でもある。

人類の誕生からインターネットまで登場するのに、この本はそれほど分厚いものではない。「最速で身につく」というタイトルも、実に適切で、歴史の流れをつかむという意味では、この本はなかなか優れている。歴史とは勉強するものではなく、「物語」として楽しむものだと思っていたが、まさにそれを実感させてくれる。歴史の苦手な高校生の娘に読ませようと思って買ったのであるが、是非読ませてみようと思う。
これで歴史に対する抵抗感が少しでも薄れてくれればと思う次第である。

歴史は単に勉強のためだけでなく、それ以外の意味でも子供には興味を持って欲しいと思っている。そんな子供に興味を持たせるためにも、娘の次には息子にも読ませたいと思う一冊である・・・
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2016年04月14日

【日本軍はなぜ満州大油田を発見できなかったのか】岩瀬昇



第1章 海軍こそが主役
第2章 北樺太石油と外交交渉
第3章 満州に油田はあるか
第4章 動き出すのが遅かった陸軍
第5章 対米開戦、葬られたシナリオ
第6章 南方油田を奪取したものの
第7章 持たざる者は持たざるなりに

第二次大戦で敗戦した日本にとって、その敗因の一つに「石油」がある。もともとABCD包囲網で石油の輸入を止められ、開戦に踏み切らざるをえなかったという事情があり、一方で満州を確保しながらのちに中国経済を支えることになる満州の油田を発見できなかったことにも興味があって、手にした一冊。歴史好きでもあって大いに興味をそそられた。

はじめに石炭から石油へと変わりゆく時代背景の説明があり、当初は新潟などの国内の油田から始まり、そしてサハリンへと開発が進む。北樺太のオハ油田は、日本人が自らの手で掘り出した最初の海外油田だということである。しかし、これは交渉上手なソ連にやられ、大きな供給源となることなく終わってしまう。

そして肝心の満州であるが、ここからは戦後、「大慶油田」、「扶余油田」、「遼河油田」などの油田群が発見される。日本の調査隊も石油系アスファルトを発見するなど、その兆候に気づいて調査を行っていたものの、発見できずに終わる。当時は、探鉱技術はアメリカが進んでいたが、その力を借りることはなかった。その原因は、「軍事機密」という名のもとにすべてを自分たちの手で行おうとした過信があったとする。

タイトルでは、「日本軍はなぜ満州大油田を発見できなかったのか」とあるが、これは日本の石油史ともいうべき内容。そこにあるのは、やはり資源のない「持たざる国」の悲哀ともいうべきものであろうか。北樺太では交渉負けし、満州では技術力が未熟かつ過信、大戦では南方油田を確保するものの、輸送力を軽視してこれを生かせずに終わる。特に使用する航空揮発油の「オクタン価」でアメリカとは大きな格差があったというのは、つくづく悲哀を感じる。

内容は石油史にとどまらず、彼我の国力差を認識しながらも、戦争へと向かっていく軍部の姿も描かれる。猪瀬直毅の『日本人はなぜ戦争をしたか』も引用されていて、「総力戦研究所」も紹介されている。石油を中心としながらも、それにとどまらない戦史という内容である。

著者は、エネルギーアナリストとのことであるが、もともとは三井物産の商社マンだったようである。のちに三井石油開発に出向したらしいから、そのキャリアの中で「石油」という専門分野を磨いていって、本書を含めて著作を記すまでになったようである。「仕事を極める」という点では、サラリーマンの見本のような方である。

歴史好きともあって、興味深く読了した一冊である・・・


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